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検索対象: 日本大百科全書 8
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1. 日本大百科全書 8

こうじよう元来は、文書によらずログ等技術部内の間接部門担当者の増加のほか、運転を可能にし、マニュファクチュア時代の労 鉱床探査を試みた形跡があり、昔の旧坑をみて口上 も、現在の技術に比べると幼椎ではあるが、り頭で事柄を伝達することをいう。芸能の分野で管理部における作業伝票、作業手順書、作業指働者の協業と分業が、同種作業機の何百台にも じようるり つばな鉱山技術が発達していたことがわかる。 は、歌舞伎や人形浄瑠璃において、劇場側が観示書の作成、経理部門における伝票処理などの及ぶ並列的協業と異種作業機間の分業に置き換 えられ、そこでの人間労働は機械の単なる補助 客に何かを伝える場合に、舞台から口頭で述べ業務の増加などがその原因である。 資源開発の将来 ることになっていた。歴史的には、幕があく前 〔工程別分業の場としての工場〕大小の工場労働に転化したといわれている。確かに、ここ なだい 科学および科学技術の進歩した現在では、地 に狂一一一一口名題や出演者の名を述べる口上が古く、 は、その製品の性質によって、それそれ、素では一台の作業機が一つのマニュファクチュア げんろく 工場のほば全工程を遂行しており、女性や児童 材、部品、組立て部門のいすれかに属してい 質学、地球物理学、地球化学など地球科学の分元禄期 ( 一六公 ~ 一七 0 四 ) には「口上役」が重要な しすい 野における諸科学の知識や試錐工学など近代技役の一つと考えられていた。今日も人形浄瑠璃る。しかし、単一の機械あるいは一人の人間でが生産の前面に進出し、成人男子は仕上げ工、 術を基にして、鉱床探査の方法も著しい進歩をにはこの形式が伝わっている。歌舞伎では、劇仕上げられるような商品は例外的で、大多数の監督工、ないしは運搬・運送・石炭荷揚げな 遂げた。既開発の鉱山や油田が年とともに老衰中の浄瑠璃名題とその演奏者・出演者を紹介すものは、数段階にわたる工程を経て製作されど筋力を要する二次的領域に後退している。 しかし、この大量生産型の紡織工場や縫製工 していくにもかかわらず、世界の金属や石油のる「浄瑠璃触れ」、幕切れに「まず本日はこれる。工場生産を支配している原理は、マニュフ きりこうじよう 生産が年々増加していくのは、新たな鉱床が探まで」という「切口上」などが、古風な演出アクチュア ( 工場制手工業 ) を出発点とする分場は現代の工場の主流ではない。工場生産の主 し当てられ次々と開発されるからである。しか として残っている。今日、ただ「口上」という業に基づく協業であり、それそれの作業は一定流は、電力という新動力の登場と関連して、二 し世界の地下資源には限りがある。 ときには、初舞台、襲名、追善などの披露口上の工程に従う。この場合、工程は、製品加工の〇世紀初頭前後から、むしろ特殊的諸工程を独 立させる方向に向かった。そして機械もまた、 わが国の第二次大戦後の復興は、エネルギー をさすことが多い。これは、とくに一幕を設け手順であると同時に製品移動の経路であり、エ 源としての石炭の傾斜生産と、農業肥料の基とて礼装をした俳優がずらりと居並び、順々に挨場内の地理的配置、機械の配置や人員の配置を部分工程が要求する特殊機能を有する高度な専 門機械を体系的に発展させる方向 ( 大型溶鉱 なった硫化鉄鉱の生産に負うところが大きく、 拶する。狂言の途中で劇を一時中断し、登場人示すものである。一人一人の労働者が持ち場で ふんそう 行う単純な反復工程によって、一つの全体作業炉、化学合成・重合塔、超硬工具を備えた高速 その後の経済的発展は石油エネルギーに依存し物の扮装のままで正座し、口上を述べるという ^ 服部幸雄〉としての「工場生産」が生まれる ( したがって切断機、精密研削盤など ) に向かった。近代的 た。そして、現在わが国は世界屈指の資源消費やり方もある。 長 Fabrik 工場は、生産の基本単位であると同時に、労働 こうじよう factory 国になった。今後さらに世界の発展途上国の近工場 、 ) - LO -0 ワ朝っ -4 -0 《 0 -0 0 フラ 、 .0 ワ】《 0 ーっ 0 一 -0 0 乙 -8 C) manufacture 一定の固定資本と流動資本のなかの人間関係をも規定するのである ) 。 代化が進むとともに、地下資源の消費はますま 1 ー人 1 よ 1 よ 1 よワ】尸 0 -4 C:) が投入され、機械体系を基礎とする労働者の分〔作業機と発達した単能機械の体系〕一般に、 す増大するに違いない。人類は早晩、金属、非 出意 業と協業に基づいて、商品生産が継続的に行わイギリス産業革命は、紡織を中心とする作業機 -9 、 -8 -0 戸 0 《 0 金属、エネルギーを問わず地下資源の枯渇とい 十・ -0 -8 -0 0 -4 ・ -0- -0 0 年 う危機に直面することは必至である。したがつれる場所をいう。固定資本とは、工場用地、生の発明と普及に始まり、蒸気機関という原動機 数 1 人っ」 宀夭 1 《ワ】 00 -4 ワ 0 -0 ワ一 11 っ と伝動機構の登場が多数の作業機の同時並列的 て、今後は大洋底のマンガン団塊や金属濃度の産・事務用建造物、機械、原料・製品倉庫等に たいせき しし、流動資本とは、原材料 高い海底堆積物だけでなく、海水そのものから投入された資本を、 っ′」「ー -0 4 ・尸 0 -8 7 ー (I) -0 0 ワ戸 0 1 人 0 ” 0 CO ワ」 (. 0 確保と労働者の雇用に投入される資本をいう。 の有用元素の回収に迫られるであろう。 っ -8 11 -0 、 1 11 -4 ・ワ -4 ・ 11 工場での商品生産 ( 工場制工業 ) は、機械設 「かっての世界の政治・経済は地勢図を中心に LO 、 1 回転したが、いまや地質図を中心に回転する」備を主要な労働手段として組織されるため、機 フー ( ト - -4 ・《 C ・ワ編 11 ーっ -4 ・フー 《 0 -8- ワ】っー 11 -8 一 0 ) ということばは、まさに世界における地下資源械制工業とよばれる。ここでは、多額の固定資 -0 -8- 11 -0 1 ー - 1 人 ワっ 0 LC) 11 -4 ・、 1 の偏在性を象徴的に表している。われわれ日本本の能率的利用および回収のため、一定規模以 戸 0 1 よ 人は資源消費国の国民として、今後、地下資源上の生産が継続的に拡大されねばならない。そ O 、ー 0 戸 0 00 t--—「 / -4 ・ 1 上 -0- 1 ー 0 ー ) -0- 4 ・ 4 ・ -8 戸 0 0 ) の消費の節約、合理的利用に努力するととものためスタッフ部門による新製品の開発やマー L.n ワ 0 11 1 ム 1 人 -8 -4 ・つ」 数 ー 11 -4 ・、 1 に、鉱床探査・開発技術だけでなく、海洋資源ケティングを含む生産計画、資材および連搬管 -4 ・ 1 場 を含めた資源問題の研究を進めるべきである。 理、品質ならびに原価管理等の徹底が図られるエ (C) 1 よワ】 -4 ・、 .0 00 -0 0- っ 0 っ 0 0 - 一 00 「 / ト一 -0 c.O -0 -. 0 co ワ 3 -8 一 - Ⅱ ) オ《 0 っ -. 0 「 / 11 「 / 戸 0 - -0 1 ー また一方では、われわれは、地下資源の地球ほか、可変資本 ( 労賃 ) の最大限利用による利 ・ 4 ・ 0- イ 1 11 -4 ・ CO CO み 上における偏在性を正しく認識し、優れた国際潤拡大のため、労働時間の延長と労働強化が労 -4 ・ 11 ら 感覚の育成により国際間の協調を主軸とし、世務管理の中心課題となり、工場長・職工長を中か O 00 -8 1 人 -8- っ・】 -8- ( Ⅱ ) ・不 - 0 ー ) お 0 -4 戸 0 -8 、 .0 8- ( 〕 界各地の地下資源の探査・開発に寄与する資源軸とする監督・命令ラインの強化が、スタッフ -4 ・ワ」フー 政策を確立すべきである。↓鉱山↓鉱物資源部門の拡充強化を伴いつつ実現されている。工 の 〈今井直哉〉場内では、生産現場 ( 直接部門 ) と事務部門 ↓地球 LC¯) 1 人 -4 ・、 .0 ^. 0 -8 《 0 -4 -0- 内 4 ・ L.n -0- ・ 4 ・ -8 CO 、 1 「 / ハ 0 CO Cn 0 ) ワ 00 -0 CO -8 尸 0 っ 0 ー (. 0 ( 間接部門 ) ともども最大限の合理化が図られ業 回 W. Lindgren 】ミき e 、ミ 0 0 、 s ( 1933 , 1 人 -4 ・ 11 - -0- 1 人っ」 McGrau Hill Book Co こ New York) ▽るが、工場規模が拡大すればするはど、むしろ 間接部門が肥大化する傾向があり、大企業では 表模満人人人人人上人上 -9 、 7 スリス じ 人員面の直・間比率が 1 】 2 あるいは 1 】 3 に達 ) 、ミ、ミミミ ( 1941. Springer Verlag, 規未 人 2 人 者人 0 亠ー Stuttgard) ▽渡辺武男編『鉱床学の進歩』するのが普通である。図面・見積り図面の作 11 0 -0 -0 -0 0 -0 11 -0- = = ロ 11 O -0 -0 -0 1 人 CO 戸 0 11 成、開発作業、技術サービス、エンジニアリン ( 一九五六・冨山房 ) あい 〔表 2 〕工場の規模からみた従業者数 ( 単位 : 千人 ) 1955 年 1960 従業者規模 10 人未満 1 102 1 194 1 599 1 910 10 ~ 29 人 1 187 1 586 1 688 1 909 30 ~ 99 人 1 027 1 669 1 992 2 204 100 ~ 299 人 1 859 710 1 551 1 231 300 ~ 499 人 760 307 651 507 500 ~ 999 人 991 374 795 608 1000 人以上 2 047 805 1 374 1 645 1 ~ 299 人 4 026 7 882 5 680 6 830 300 人以上 1 486 3 798 2 489 3 091 合計 1 1 680 5 51 2 8 169 9 921 注 : 〔表 1 〕〔表 2 〕通商産業省「 1982 年工業統計表 ' ( 産業編 ) による 1975 1970 1965 1982 2 153 1 972 2 157 1 704 696 853 1 761 7 986 3 310 1 1 296 2 105 2 204 2 147 1 719 655 786 1 500 8 175 2 941 1 1 1 1 6 737

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けるまん 書林 ) ▽塩谷饒著『ゲルマン語』 ( 服部四郎 占める比重がかなり大きかったと考えられる。 ことになり、紀元前一世紀のカエサルの『ガリ 編『言語の系統と歴史』所収・一九七一・岩波書階層的には自由人、半自由人、奴隷に分かれ、 ア戦記』では、ゲルマン人が太陽や火や月だけ 店 ) 自由人の上層部は政治的特権と大土地所有を基を神として崇拝していたことが、また紀元後一 ' 〕 / ケルマーンシャー Kermänshäh イラ礎にして、豪族層を形成していた。政治的に世紀の大歴史家タキトウスの『ゲルマニア』で ン西部、ケルマーンシャーハ ーン州の州都。人は、キーウイタースとよばれる小単位に分か は、ローマのメルクリウス、ヘラクレス、マル ロ二九万〇六〇〇 ( 一九七 0 。ササン朝のパフラれ、キーウイタースはさらに一ないし数個のパ スにあたる神々の存在とそれらへの供犠が触れ ーム四世が建設した古い町で、イランとイラク ーグスに分かれていた。キーウイタースの上に られている。しかしこれらは片々たる叙述にす を結ぶ通商路上にある。冬寒く夏は非常に暑ゲンス ( 部族 ) とよばれる組織体があったが、 ぎず、早くからキリスト教化したイギリスやド クルド族やトルコ系住民が多く、小麦のま タキトウスの時代にはこれは政治上の単位では ィッでは八世紀の文献時代に入るころ、すでに か、遊牧民による良質の羊毛の産地として名高なく、一種の祭祀団体であったと考えられる。異教を破棄する立場にたっていた。このためゲ 近郊にナフティシャー油田の精油所があキーウイタースの政治体制は、まだかなり強く ルマン民族の神話を知るには、キリスト教化が な 1 一り る。ターケ・プスターンなどササン朝期の遺跡原始民主制の名残をとどめており、全自由民の比較的遅れ、異教の信仰や習俗をまだ濃厚に残 も町の周辺に散在している。 〈香川優子〉構成する民会が戦争、平和などの重大事項を決していた北ゲルマン人の記録、とくに『エッ ウ , で じん Germanen イ定したが、 他方、豪族層への政治権力の集中化 ダ』『スカルド詩』「サガ』などの古ノルド語の ゲルマン人 リに境描国 レ世辺たをマ ンド・ヨーロッパ語族のうちゲルマン語派に属も相当進んでいた。世襲王制をとるキーウイタ文献に頼らざるをえない。ゲルマン人の神々を ウ治のつ人一 アの国戦ンロ する一一 = ロ語を話す民族の総称。現在のデンマーク ースと、民会で選出されるプリンケップスに統組織だてて叙述しようとしたのは、一三世紀ア 帝はマ スはしルフ 人、スウェーデン人、ノルウェー人、アイスラ治されるキーウイタースとがあったが、後者のイスランドのスノッリがおそらく最初であろ ク ~ 族ばゲ一 う。↓北欧神話 〈谷口幸男〉 ンド人、アングロ・サクソン人、オランダ人、場合も、プリンケップスに選ばれるのは豪族に 丿部しこリ 人マゴ諸とっレ ドイツ人などがこれに属するが、これら民族の限られ、両者の相違はそれほど大きなものでは回谷口幸男訳『エッダーー古代北欧歌謡集』 ンのン車なの ママと棺館祖先と考えられる、民族大移動以前の古ゲルマなかった ( 一九七三・新潮社 ) ▽トンヌラ、ロート、ギラ ル一帝ル一虜石術 ケロスゲロ捕た美 ン人をさす場合が多い。ュトランド半島とそれ 四世紀以降フン族の西進による圧迫に触発さ ン著、清水茂訳「ゲルマン・ケルトの神話』 に隣接する北および北西ドれて、ゲルマン系諸民族は大移動を開始し、ロ ( 一九六 0 ・みすす書房 ) てキ、きょ , つど , ったい ィッ、スカンジナビア半島 ーマ領内の各地に建国するが、その過程で軍事ゲルマン的共同体 の中・南部が、紀元前二千指揮権を中核とした王権の強化・確立と、政治 germanische Gemeinde ハイ所有のゲルマ 年紀中葉のゲルマン人の原単位としての新しい部族形成が行われた。民族ン的形態に伴う共同体。マルクスは「資本制生 住地と考えられるが、前一移動期に登場する、フランク、バンダル、東・ 産に先行する諸形態』 ( 天五七 ~ 五 0 において、 千年紀の中葉ないし前三世西ゴート、ランゴバルドなどの部族は、 ~ しすれ生産手段と労働者が自然的に結合している所有 紀ごろまでに、西方ではオもこのような新しく形成された部族である。↓ の本源的形態を論じ、「自由な小土地所有」の ランダからライン川下流域民族大移動 〈平城照介〉 一つとしてゲルマン的形態を置いた。それは まで、東方ではウイクセル回タキトウス著、泉井久之助訳註『ゲルマー一一「個々の家族長が遠い道のりで隔てられた森林 ( ビスワ ) 川流域から、ド ア』 ( 岩波文庫 ) ▽カエサル著、近山金次訳の中に定着」する個人的土地所有である。個々 ナウ川北岸、ドニエプル川 『ガリア戦記』 ( 岩波文庫 ) ▽増田四郎著の家が経済整体 das ökonomische Ganze で 下流域まで広がり、北ゲル 『西洋封建社会成立期の研究』 ( 一九五九・岩波書あり、共有地は不分割のほうが利用しやすい狩 マン、西ゲルマン、東ゲル 店 ) 猟地、牧草地、伐採地などであって、その利用 ーーしんわゲルマン民族全は共同体 ( を代表する貴族 ) によってでも、共 マンの三つのグループを形ゲルマン神話 ぜんばう 成するようになった。 体のもっ神話。しかしその全貌をうかがうに足同体のためにでもなく、個々の土地所有者の経 カエサルの『ガリア戦る資料は残されていないため、『エッダ』を中済を補うためになされる。彼らは血統、言語、 言』やタキトウスの『ゲル 心とする北欧の資料から推定されるにすぎな共通の過去と歴史などの点で統一性をもっては マニア』など古典古代の叙 ゲルマン神話は、ギリシア・ローマ神話と いるが、土地所有は共同体に媒介されたもので 述家たちの記録により、紀 ともにヨーロッパの二大神話をなす。厳密には はない。共同体は、経済的に自立したこのよう 元前後のゲルマン人の社会 北欧神話というべきである。紀元前のスカンジな家族長たちが相互に所有を保障しあう同盟、 構造や政治組織について、 ナビア半島南部およびバルト海沿岸に居住して紛争を処理するための集会に現れるだけであ 若干具体的に知ることがで いたゲルマン種族が、元来どのような信仰形態る。都市に集住せず、したがってそこでの官吏 きる。このころゲルマン人や神話を有していたかは、残された岩絵や墳墓ももたない彼らは事実上国家を構成しない。 がすでに定着農耕を営んでのような考古学的遺跡からしてもよくわかってのようなゲルマン的共同体は、タキトウスの いたことは疑問の余地がな いない。南方のローマ人と接触したゲルマン人『ゲルマニア』を典拠に一九世紀中ごろに理解 いが、農耕とともに牧畜のがやがてローマ側の記録により光を当てられるされていた古ゲルマン社会のあり方には類似し ルンク、を イ ) ケ ) レン オルムス ノヾユ 3 レン - ン一 - / バッサウ ゲルマン人 / 民族大移動直前 ( 350 年頃 ) のケルマン諸部族 ジ 1000km 500 1 ゲノレマン ゲピド ・ミラノ 1 、コンスタンティノーフ ) 0 7 マ ロ 276

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こうつう 交通 / 〔表 1 〕輸送機関別国内旅客輸送分担率表 ( % ) 1950 年 1955 1970 1960 1965 鉄道 国鉄人数 人キロ 民鉄人数 人キロ 人数 人キロ ハイヤー、タクシーなどの企業が競争すること 的によって一つの産業と分類したり、さらに細 元来は鉄道が独占的事業であるために利用者を改善やコストの低下をもたらす力をもってい 「よっこ。 分して鉄道業、バス業、トラック業などに分類保護することが必要となって始まった。そしてる。このために独占を前提とする法規制は実情 このような変化によって、第二次世界大戦前 される。また都市間交通、都市交通、国際交通 いったん規制が始まると、交通産業の需給の安にあわない面も生じてきて、規制を撤廃ないし の鉄道中心の交通体系は崩壊し、今日では自家 のように対象とする市場に応じて細分されるこ定と事業の継続性を図ることが規制の重要な目緩和する動きが、イギリス、アメリカを中心に ともある。需給の調節や資源の配分を問題とす的となり、事業者には適正な利潤 ( 公正報酬 ) 進み、 ( 経済協力開発機構 ) 諸国や日用車中心の旅客交通体系、トラック中心の貨物 る場合には、代替性のある交通サービスを供給を保証することが基準となった。 本もその動きのなかに入りつつある。 輸送体系がつくりだされた ( 表 1 ・ 2 ) 。しか する企業グループを一つの産業としてとらえ、 新しい交通機関が登場するに伴って、鉄道に 自家用乗用車と自家用トラックの普及は、交し自家用車利用に限界のある長距離輸送や大都 その産業組織の効率を調べることが必要とな 対する規制に準じて、自動車運送、航空運送に通市場のあり方を一変した。交通企業相互間の市輸送では、大量輸送の公共交通機関が中心と る。今日では国民が選択利用しうる交通機関が対しても法規制が加えられるようになったが、 競争は、運賃とスピードを中心とするサービスなる。↓交通事業↓公営交通 多様化し、それそれの機関は質的に異なるサー 〔交通政策〕古代国家以来、道路の整備は国 もともと事業の技術的・経済的特徴、いいかえ の質 ( ほかに頻回性、快適性など ) をめぐって ししったん保有される家、君主の仕事であったが、今日の近代国家に ビスを提供しているが、相互の間にはかなりのれば「規模の経済性」によって独占を形成する行われるが、自家用車ま、、 代替性が認められるからである。 鉄道と異なり、小資本でも開業でき、規模の経とガソリン代のみが費用として意識され、車両おいても、交通の基礎施設 ( 道路、港湾、管制 交通産業は、電力、水道などの公益事業と同済性の顕著でないトラック業、ハイヤー・タクの償却費や保険料などは一回一回の利用とは関施設 ) の整備は国家の重要な任務となってい 様に、規制された産業であるという点で、一般シー業、内航海運業などは、競争的な産業組織係がない。運賃収入で償却費から金利、人件費る。明治以来の日本政府は、鉄道国有主義のも とに、鉄道網の全国的整備を追求し、地方的鉄 の産業と異なる。営業を開始するためには運輸をもっており、寡占的な航空業や外航定期船業までまかなわなければならない公共交通機関に 大臣の免許が必要であり、事業を廃止するためとは対照的である。自動車や航空の本格的発展とって自家用車は脅威となる。随意必要なとき道のみを民間企業にも認めてきた。しかし第一一 には大臣の許可が必要である。また運賃を変更に伴い、鉄道と自動車、航空の間でも、航空と に必要な所へ移動できる自家用車が愛用される次大戦後のモータリゼーションの進行と航空の するためには、大臣の認可を得ねばならない。 海運の間でも、激しい競争が展開されるように ようになって、公共交通機関の市場は縮小し、発達、貿易の振興と国際化の進展は、交通施設 このような交通産業に対する国家の法規制は、 なった。競争は企業の革新を促し、サービスの縮小した市場をめぐって、鉄道、バス、航空、整備の重点を移行させた。昭和二〇年代末期か tn -4 ・《 0 、 1 -0 1 よ 1 人 / っ 0 ー 尸 0 っ 0 《 0 っ 0 -4 ・ -8- ワ一血 - ワ 3 《 .0 11 0 ワ」戸 0 っ 0 月→・ (. 0 -0- 00 11 《 0 0 -0 っ乙 (. O ワ LI¯) 0 ・ ) っ 0 ワ】 14 0 ) 月は・ 11 ワ朝ワ 3 、 1 っ 0 0 こ -4- -0- ワ - ュ - っ′】 LO っこ -0 ーワ 3 《 0 1 ー 、 1 0 1 人・ 4 ・ C.O っ 0 っ 0 ワ 0 (C) 0 ・ ) 11 ワ朝ワ 1 よっ 0 っ 0 戸 0 11 1 よ戸 0 / ・ 4 ・ CY¯) 1 人っ 0 、 1 っーっ」 0 《 0 ワ】 -9 し戸 0 11 ・な・ LI¯) っ 0 - 血・ワ 3 LO O っ 0 - 血・ -4 ・ (. 0 IS) 、 1 ワっ 0 1 人っ 0 内 4 ・ 《 0 11 1 人 -0 「 / 、 1 つ」 ワ】 / 00 っ′」 (. 0 ワ】 0 11 4 ・ LC) っ 0 -4 、 1 - -0 4 ・ O 00 00 -4 -4 ・ (. 0 仄 ) 1 亠ワ」ワ」 11 っこ 4 ・ -0- ワ」 00 1 人 00 00 (¯) 8 「 / っ・】 11 00 1 ー・ 00 っ 0 っ 0 (. 0 LC¯) 戸 0 1 画っ / 」 -4 ・ 1 人ワ 00 L-n ′ 4 ・ LO 戸 0 -0- 《 0 00 11 11 第 4 CY¯) L.n ワ】っ朝 / -4 ・ (X) つ」 っ 0 つ」 0 LO 0 0 0 戸 0 つ」 ( 0 1980 1975 1983 1982 1981 30 . 9 27 . 3 25 . 3 21 . 8 16 . 1 15 . 3 58 . 9 5 5 . 0 51 . 0 45 . 5 32 . 3 30 . 3 52 . 9 42 . 0 35 . 3 29 . 5 24 . 3 22 . 8 31 . 1 27 . 1 24 . 8 21 . 3 16 . 9 1 5 . 3 83.8 69 . 3 60.6 51 . 3 40.3 38.1 90 . 0 82.1 75.8 66 . 8 49.2 45.6 一三ロ 自動車 ノヾス 営業用人数 人キロ 自家用人数 人キロ 小計人数 人キロ 乗用車 営業用人数 人キロ 自家用人数 人キロ 小計人数 人キロ 人数 人キロ 人数 人キロ 人数 人キロ 〔表 2 〕輸送機関別国内貨物輸送分担率表 ( % ) 1950 年 1955 1960 15 . 1 18 . 0 13 . 0 15 . 7 3 . 0 18 . 7 13 . 8 16 . 0 19 . 1 14 . 1 20 . 1 11 . 3 23.2 15.5 25 . 3 14 . 0 29 . 1 17 . 5 32 . 6 19 . 2 34 . 3 21.0 30 . 5 17 . 6 31 . 0 18 . 1 25 . 0 13 . 9 25 . 2 14 . 1 00 「 / -0- -0 っ ー戸 0 -4 ・ワ《 0 1 ー 0 0 0 -0 1 人 -0 Ln 「ー / 計 旅客船 っ 0 「ー -0- 11 -0- 0 ・ 一 -0 1 よ LO ワ】 -0- 1 よ -0 ワ】 1 よワ 3 空 航 11 っー 11 1 上 -0 00 1 ム -8 -0 1 よ 1983 1982 1981 1980 1975 1970 1965 鉄道 国鉄 民鉄 トン数 25 . 9 トンキロ 51 . 4 トン数 5.6 トンキロ トン数 31 . 5 52.3 トンキロ 11 t&— 0 0 っ乙「 / 、 1 t— -0 0- っ・」 CO 0 -4 ・ -8 ワ 3 00 ( ー 0 ワ」 -8 -0 0 っ乙 CO 12 . 9 3.8 17 . 8 4 . 9 19 . 3 12 . 7 52 . 0 38 . 6 30 . 3 23 . 3 1 5 . 5 52.9 39 . 2 30 . 7 ニ = ロ 自動車 営業用トン数 19 . 9 トンキロ 自家用トン数 39.2 トンキロ トン数 59.1 トンキロ 29 . 1 30 . 6 25 . 3 28 . 0 60 . 2 59 . 4 17 . 1 17 . 0 89 . 2 90 . 0 42 . 2 45 . 0 21 . 2 24 . 9 27 . 8 19 . 0 24 . 8 25 . 3 19 . 2 19 . 2 23 . 6 12 . 0 62 . 5 61 . 1 49 . 4 50 . 6 58 . 2 66 . 8 16 . 8 17 . 2 14 . 0 19 . 5 68.4 75.4 83.5 88.0 87.3 88.9 26.0 38.7 36.0 40 . 7 計 内航海運 47 . 5 49 . 5 50 . 6 50 . 9 トン数 9 . 4 トンキロ 39 . 4 43 . 1 43 . 3 45 . 8 3 5 . 5 空 航 -0 、 1 -0 -0 トン数 0.0 トンキロ 注 : 「人キロ」「トンキロ」とは , 輸送した人員 , 貨物トン数にそれぞれの輸送距離 を来したもの。〔表 1 〕〔表 2 〕運輸省「連輸経済統計要覧」 ( 1985 年版 ) による -0- 1 よ -0- 11 853

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こうりゅう 事訴訟における最高の原理でなければならな訴前の勾留は、原則として、勾留請求日から 証責任は検察官が負う ( 疑わしきは被告人の利 、州事訴訟けいじそし、う国家は刑法におい 。検察官と被告人 ( 補助者としての弁護人 ) 一〇日以内であり、やむをえない事由がある場益に ) 。検察官はこれらの事実を厳格な証拠 じて抽象的に犯罪とこれに対する刑罰とを規定し ているが、犯罪が行われたことを疑うべき事件 とが互いに対立し、攻撃・防御を行うという訴合に、例外として、通じて一〇日間の延長が認 ( 証拠能力があり、かっ適法な証拠調べを経た ナ . が発生した場合には、刑事訴訟法にのっとっ 訟形式、すなわち、当事者訴訟の形式を現行刑められる。内乱罪などの特殊な事件について証拠 ) により証明しなければならない。裁判所 て、捜査機関は事件を解明するために被疑事件事訴訟法 ( 昭和二三年法律一三一号 ) が全面的は、さらに五日間の延長が認められる。 が有罪判決を下すのは、裁判官が、当該事件に を捜査し、検察官は起訴・不起訴を決定し、裁に取り入れたことは、当事者訴訟の形式が、事 捜査の終結として、司法警察員は、犯罪の捜ついて有罪であるとの合理的な疑いを超える確 判所は起訴された事件について被告人が有罪で案の真相を明らかにするために便宜であるとい 査をしたときは、原則として、速やかに書類お信を抱いた場合に限られる。自白の証拠能力お あるか無罪であるかを審判し、かっ有罪である う限度においてだけ是認されるものである ( 職よび証拠物とともに事件を検察官に送致しなけ よび証明力、伝聞証拠の証拠能力、違法収集証 場合には言い渡された刑罰が執行されなければ権証拠調べ義務に関する最高裁判所判決昭和一一一ればならない。検察官は、当該事件について、拠の証拠能力について制限を設けている。 ならない。すなわち、国家は犯人に対し刑罰権三年二月一三日第一小法廷・最高裁判所刑事判起訴か不起訴かの処分をしなければならない。 〔冒頭手続〕人定質問、検察官の起訴状朗読、 を行使しなければならない。この国家刑罰権の例集一二巻二号二一八頁、訴因変更命令義務に 起訴に関して検察官の起訴独占主義 ( 国家訴追被告人への黙秘権などの権利の告知、被告人・ 具体化に関する全過程を名づけて広義の刑事訴関する最高裁判所決定昭和四三年一一月二六日主義 ) 、起訴便宜主義 ( 公訴提起について検察弁護人への陳述の機会付与の順で行われる。 ッ払 ) いい そのうち審判、しいかえれば審理・ 第三小法廷・最高裁判所刑事判例集一三巻一一一 官の裁量を許し、起訴猶予を認める ) 、起訴状〔証拠調べ〕冒頭手続が終わったのち、証拠調 判決の過程を狭義の刑事訴訟と名づける。 号一三五二頁参照 ) 。 一本主義 ( 裁判所に起訴状だけを提出する ) をべが行われる。その順序は次のとおりである。 刑事訴訟は、私法上の権利の具体化を目的と 刑事事件が発生したときは、検察官が公訴をとっている。検察官の起訴独占主義に対する控 ①検察官の冒頭陳述、②被告人および弁護人の する民事訴訟と対比される。私法では、私法自提起し、かっこれを維持することができるよう 制の制度として、裁判上の準起訴手続の制度冒頭陳述、③証拠調べの請求、④証拠調べの請 治の原則が行われ、自由・平等ということが指 にするため、捜査機関は、犯人および証拠を発と、検察審査会制度とがある。各種の証拠資料求の採否の決定、⑤証拠調べの範囲・順序・方 導原理とされている。したがって民事訴訟で見する手続 ( 捜査 ) を行わなければならない。 を総合勘案して、合理的な判断過程により有罪法の決定、⑥職権による証拠調べ、⑦証人・鑑 は、訴訟の開始・進行・終了が、もつばら当事この場合、あくまでも真実の発見ということをと認められる嫌疑を検察官が抱き、公益上訴追定人・通訳人・翻訳人の尋問、⑧証拠書類の取 者の処分に任されており ( 処分主義・処分権主目標にし、被疑者に不利益な証拠だけでなく、 を必要と考え、訴訟条件も備わっているとき調べ、⑨証拠物の取調べ、⑩証拠物中書面の意 義または弁論主義 ) 、当事者の意思によって人利益な証拠をも収集しなければならない。」 用事は、検察官は当該事件を起訴する ( 検察官の公義が証拠となる物の取調べ、証拠調べを終わ 為的に真実として主張されているところのもの訴訟法が捜査機関として規定するのは、司法警訴の提起なければ裁判なし ) 。 った証拠の提出、囮被告人の任意の供述、 g 証 ( 相対的真実または形式的真実 ) をもって裁判察職員、司法警察職員として職務を行うべき者〔通常第一審の公判手続〕検察官が公訴を提起拠調べに関する異議申立て、鬮証拠の排除決 の基礎とする。また私法上の権利は民事訴訟を ( 麻薬取締官・海上保安官など ) 、検察官、検察したときは、当該被告事件について、公判準備定、閲証明力を争うための機会の付与。 経ないで実現されることが多い。これに反し事務官である。捜査は、事の本質上、強力に、 旧法と異なり、起訴状一本主義の採用に伴っ の段階を経て、公判が行われる。公判期日の取 て、国家刑罰権を具体化するには、 かならす刑 かっ、なんらの制約も加えられることなしに実調べは、原則として、裁判所または支部であるて、証人尋問について交互尋問の制度が採用さ 事訴訟し 、こよらなければならない ( 刑事訴訟なく 行されることが合目的的である。しかし、その建造物内の公判廷において行われる。公判廷をれた。また訴因制度が導入され、訴因事実が顕 して刑法の実現なし ) 。刑事訴訟では、無実のようなことが是認されると、個人の自由は侵害組織する者は、裁判官、裁判所書記官、検察在的な審判の対象となり、公訴事実は潜在的な じゅうりん 者が処罰されることがないようにしたうえでされ、人権は蹂躙されがちになる。憲法第三 官、そして原則として被告人および弁護人であ審判の対象となった。 ( 被告人は有罪とされるまでは無罪と推定され一条以下が設けられ、刑事訴訟法に各種の規定る。訴訟指揮・法廷警察は、一般には裁判長が 〔弁論〕証拠調べが終わったのち、検察官は事 る。「疑わしきは被告人の利益に」という挙証 が置かれたのも、これを防止するためである これを行う。 実および法律の適用について意見を陳述しなけ 責任についての鉄則、「無実の者が処罰される ( 人を得て証に及ぶ捜査方法から、証を得てム 通常第一審の公判手続は、冒頭手続、証拠調ればならない ( 論告 ) 。この際、実務上、求刑 よりは、一〇人の逃罪者が出たほうがまだまし に及ぶ捜査方法へ ) 。したがって、任意捜査べ、弁論、判決の順で行われる。 が行われるのが普通である。被告人および弁護 ほうげん だ」というイギリスの法諺がある ) 、有罪の者 ( たとえば、被疑者の取調べ、被疑者以外の者 公判の主義として、実体的真実発見主義、直人は、意見を陳述することができる。後者を弁 は確実にこれを検挙し、処罰するという意味の取調べ、鑑定・通訳・翻訳の嘱託など ) が原接審理主義、口頭審理主義、公開主義などをと論という。被告人または弁護人には最後に陳述 で、あくまでも実体的な真実が追求されなけれ則であり、強制捜査は例外である。また、強制 っている。旧法は職権主義をとっていたが、現する機会を与えなければならない。 ばならない ( 実体的真実主義、実体的真実発見捜査は、令状による強制搜査 ( 裁判官の発する行法は顕在的に当事者主義を採用し、潜在的に 〔判決〕以上により公判審理を終わったとき 主義。また「正義は行われなければならない、 逮捕状、差押え・搜索・検証・身体検査の各令職権主義をとっている。現行法は予審を廃止は、公判廷において宣告により判決が告知され そして正義が行われることが人々によって観取状による、逮捕、差押え、捜索、検証、身体検し、また、控訴審について、旧法の覆審制度をる。有罪の判決を告知する場合には、被告人に されなければならない」とイギリスでいわれて査 ) が原則であって、令状によらない強制捜査改めて、事後審制度をとったことにより、旧法対し、上訴期間および上訴申立書を差し出すべ いる ) 。たとえば、殺人罪を犯したという被告 ( 現行犯人を逮捕する場合、令状により被疑者と比べて第一審を重視している。証拠につい き裁判所を通知しなければならない。なお、裁 人の申立てによって、ただちに被告人に有罪のを逮捕しまたは現行犯人を逮捕するため、被疑て、証拠裁判主義 ( 事実の認定は証拠による ) 、判長は、判決の宣告をしたのち、被告人に対 判決を下し、この者を死刑に処するようなこと者を捜索し、または逮捕の現場で差押え、捜索自由心証主義 ( 証拠の証明力は裁判官の自由な し、その将来について適当な訓戒をすることが は許されない ( アレインメントの手続を採用せまたは検証をする場合、領置をする場合 ) は例 判断にゆだねる ) をとっている。罪となるべきできる。 ず、簡易公判手続の制度をとっている ) 。裁判外である。さらに、逮捕後の手続には、だれが事実の存在、法律上犯罪の成立を妨げる理由と 以上の通常第一審の公判手続のはかに、特殊 所が公判を開き、事案を審理し、実体的真実を逮捕したのかにより、四八時間とか、二四時間 なる事実の不存在、処罰条件たる事実の存在、な手続として、簡易公判手続、略式手続、交通 発見して、公正な判決を下すということが、刑 とか、七二時間とかの時間的な制限がある。起累犯加重の理由となる前科の存在を証明する挙事件即決裁判手続、小 ノ年事件に関する家庭裁判

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けにあ 奴隷の交易ルートを確保するにとどまった。 の禁止を布告した。しかし、急進派の一部が暴を達成したケニア、ウガンダ、タンザニアの三 月 八二三年、イギリスが初めてこの地に進出走し、ついに五二年にに対する弾圧が開国で東アフリカ共同体を結成した。鉄道、港 2 怩℃ E LLJ E っっ 0 1 ー ( ー 0 を開始したが、八四年にマッキノンがザンジバ 始された。この弾圧は、アフリカ人の死亡者一湾、郵便、通信、関税などを共通に運営し、通 ルのスルタンから貿易特許を取得した。彼は、 万人以上、ケニャッタなどの指導者を含めて逮貨も東アフリカ・シリングに統一した。さらに U) おもに内陸のウガンダとの取引をもくろみ、イ捕者三〇万人以上に及ぶ強大なものであった東アフリカ大学、東アフリカ航空などを結成 ギリス東アフリカ会社を設立した。当時、東アが、同時にイギリスの植民地政策の転換を強い し、緊密な相互依存関係の維持を目ざした。し フリカではドイツ、イギリス両国が植民地獲得ることにもなった。五四年、政府は土地問題と かし、その後の三国の国内における政治や経済 の競争を激しく争っていた。一 ノノノ年イギ自治問題に関する変革に着手し、五七年の初めの独自の展開のため足並みが乱れ、これらの相 リス東アフリカ会社は帝国イギリス東アフリカての選挙では八名のアフリカ人議員が選出され互依存関係は解消された。一九七七年には、東 会社に名称を変更しイギリスの統治下に入り、 た。五九年、アフリカ人による即時独立を主張アフリカ航空の解体をきっかけにして、ケニ 2 ℃ E LD E 九五年には東アフリカ保護領となり、モンバサする「ケニア独立運動」がオディンガを党首とア、タンザニア間の国境封鎖の事態を迎えるに 一 .0 E L-n からウガンダへ通じる鉄道建設に着手し、植民して結成された。六〇年にはケニア憲法会議が至った。しかし、八三年一一月にふたたび国境 地経営が本格化した。鉄道建設は住民の抵抗を開催され、イギリスはアフリカ人の多数支配に が開放され、両国間の関係に新たな展開が生ま 00 る 8 日皿 受けたが、大量のインド人労働者をインドから よる政府樹立に踏み切った。ケニア・アフリカれつつある。 7 気量「 徴用し、一九〇一年には線路はビクトリア湖岸人民族同盟æ<ZD) やケニア・アフリカ人 軍隊は、陸軍一万三〇〇〇人、海軍六五〇 均水 5 表 年 5 平降 のキスムまで敷設された。 民主同盟が結成され、六一年の総人、空軍二三五〇人で、総兵力は一万六〇〇〇 年年 一九〇七年、東アフリカ保護領の行政中心地選挙ではが第一党を占めた。同年八月人 ( 一九〈一 ) 、志願兵制である。ほかに一八〇〇 がモンバサからナイロビに移転された。ナイロ に釈放されたケニャッタが総裁に就任、人の治安警察隊がある。 2 日皿水度高 気降緯標 ビはそれまでマサイ語で「冷たい水」とよばれによる内閣が組閣され、六三年一二月一二日 〔経済・産業〕独立後一〇年間の経済成長率は 1 ーっ」っ ") ) 月 3 ・つ 0 ワ」 たキャンプ地にすぎなかったが、以後急速に都にイギリス連邦内の自治国として独立を達成し実質で平均六・七 % に達し、。フラック・アフリ 市的発展を遂げた。そのころウガンダ鉄道沿い 力では最高であった。しかし石油危機、その後 かんばっ 東西の二公園をあわせると、四国よりも広い二 の土地にヨーロッパ人移住者が増加し、政府は 〔政治〕独立一年後の一九六四年一二月、ケニ のコーヒー価格の低迷、干魃、人口の急増など 万〇七八二平方キロの面積をもつ。これらの国立 「ホワイト・ハイランド」という白人専用地をアは共和国を宣一一一一口、建国の父ケニャッタが初代 により、一九七〇年代後半以後、経済成長率は 公園に生息するのは、ゾウ、キリン、シマウ建設し、保護地区を設けてアフリカ人住民を押大統領に就任した。対立していたも全大幅に鈍化している。 、ヾッファロ マ、サイ ヌー ( ウシカモシし込めた。さらにホワイト・ハイランドを拡大員がに入党し一党制となったが、 産業の中心は、国内総生産の三三 カ ) などの大形動物のほか、イン。ハラ、トムソするために、ウガンダ東部を東アフリカ保護領 ZD 内部で近代派と急進派との対立が激化し % ( 一九ハ一 l) を占めるコーヒーなどの農業であ ンガゼル、イランドなど小形から大形のレイヨ に組み込んだ。 た。急進派のオディンガ副大統領は辞職しケ一一る。ケニアの農業は、従来大農場と小農の両者 ウ類、ライオン、ヒョウ、チーター ハイエ 一九二〇年、東アフリカ保護領は直轄植民地ア人民連合を結成した。六九年の総 で成り立っていたが、独立以後ホワイト・ハイ ナ、ジャッカルなどの肉食動物、カバ、ワニのとして王室領となり、ケニア植民地と命名され選挙で、はルオ族やルイヤ族の支持を得ランドの三〇〇万タもの広大な土地を、アフ ほか、フラミンゴなど多種類の鳥類まで多様でた。原住民登録条令 ( キパンデ制度 ) を施行して九議席を確保した。しかし、同年に施行され リカ人に分割する「一〇〇万エーカー計画」や ある。 アフリカ人労働力の調達を目ざした。アフリカた公共治安維持法により、オディンガを含む 「スクオッター計画」で、小農の育成に努めた。 〔歴史〕古代ギリシア・ローマ時代、東アフリ 人住民の危機意識もようやく高まり、一九年ご 幹部は投獄された。六九年にはも非 農産物はケニアの輸出の七〇 % を占めるが、な 力の海岸地方はアザニアとして知られていた。 ろキクュ族は「東アフリカ協会」を結成した。 合法化され、強権政治によりケニアの一党制が かでもコーヒーは一九七七年に九万七〇〇〇トン また、アラブ人は今日のソマリアとケニアの海二一年には、キバンデ制度の撤回、家屋税、人維持された。七一年、ルオ族とカンバ族によるの生産量に達し、農産物輸出の第一位、茶は七 岸一帯を、ゼンジの国すなわち黒い人々の土地頭税の引下げ、賃金切下げの阻止、土地返還な クーデターが勃発、七二年のケニャッタ大統領〇 % を小農が生産し、第二位を占める。ヨーロ とよんでいた。一〇世紀末にはアラ。フ人の影響どを要求し、反植民地運動を開始した。その暗殺末遂事件など、キクュ族の支配に対する反 ッパ向けの果物や野菜の輸出額も、七七年には ショチュウギクも でゼンジ王国が形成された。ポルトガルの航海後、キクュ族、ルオ族、ルイヤ族などの大部族感や政府不信が強まった。七八年八月、ムゼー 六九年の一八倍に増大した。・ 者バスコ・ダ・ガマは、インド航路の発見の旅の間に民族主義的な運動が芽生えた。二四年キ・ ( 大長老 ) として慕われたケニャッタ大統領が無公害の防虫剤として需要が高く、世界の生産 の途中、一四九八年にモンバサやマリンディのクュ中央協会 (*<0<) が結成され、ジョモ・ 八六歳の高齢で死去し、新大統領にはリフト・ 額の七〇 % を占めている。そのほか、サイザル 港を訪問したが、当時はオマーンからのアラブケニャッタ書記長を中心として活発な活動を開バ レー地方の少数部族トウゲン族出身のダニエ麻、ワタ、サトウキビなどの商品作物、トウモ 人が多数海を渡り交易基地を建設していた。ポ始した。 ル・アラップ・モイ副大統領が就任した。 ロコシ、キャッサバ、サツマイモ、マメ類など ルトガルは東海岸にフォート・ジェサスの基地 第二次世界大戦中、アフリカ人の政治活動は 外交は、独立当初は非同盟中立の方針を掲げの自給作物の栽培面積が大きい。牧畜も盛ん を築き、この地域の植民地化をねらったが、オ非合法下に置かれた。一九四六年イギリスよりていたが、しだいに旧宗主国イギリスを中心とで、ウシ一一〇〇万頭、ヤギ四五三万頭、ヒッ マーンのアラブ勢力の強固な抵抗に出会い不成帰国したケニャッタはケニア・アフリカ人同盟する欧米寄りの傾向を強めている。最近ではモ ジ四三〇万頭、ラクダ六一万頭 ( 一九ハ 0 ) が飼育 功に終わった。アラ。フ人はラミュ、モンバサ、 の党首として活動を再開し党勢は伸 ンバサ港のアメリカ軍事基地を拡大するなど、 され、肉製品、皮革類の輸出も多い タカウングなどに都市を建設したが、その活動長した。五〇年ごろ、の勢力拡大を恐れアメリカとの軍事・経済的関係が強化されてい ケニアは軽工業も発達しており、の一 そうげ 二 % を占めている。食料、飲料、たばこ部門が は海岸部の狭い地域に限られ、内陸には象牙やた植民地政府は、マウマウ団と称する秘密結社る。一方、近隣諸国とは、ほば同じ時期に独立 ケニアの気象 ナイロビ モンノ、サ - 400 300 200 100 ばつばっ

6. 日本大百科全書 8

こうちゃ 紅茶 / おいしいいれ方 湯沸し ④ ⑨ ⑧ る プて ン っ乙、 1 1 よ -8 0 -4 っ 0 8 一ワ】《 0 8 1 ・亠 / (. 0 っ 0 (. 0 -1 0 戸 / -0- っ 0 -8 -4 ・・ーーにー 14 4 ー 1 人 -4 00 11 カ漉 ロ っ 0 4 -0 ワ】一 .0 っっ行 / 、ー 0 めし ワ】 - -0 ^ 0 尸 0 11 ワ《 .0 -4- 0 ワ 4 戸 0 11 つつ 量 第鹿る 1 ー 0 1 人 -0 11 ・ 4- 1 人っん 11 ワ】 0 ワ」 / ー、ー 0 ワ LO 0 / 0 0- 00 00 、 1 LO 6 れ産 、 1 00 11 っ 0 8 《 0 4 、 1 / ワ】 ン と コ ・なせ 4 -4 11 0 -0 0 4 ーっーワ 0 ワ】っ / ン 国年 0 0 0 、 1 0 0 00 《 0 ワ】 0 0 4 0 / ーワ朝 0 0 1 ・・ -0- っ 8 8 CY¯) 1 -4 ・ 1 人 4 「 / -4 ワ 0 っ -4- 戸 0 1 ロ きぶ 、 1 イ 11 っ 0 つん 1 人 8 / -4 -9 、戸 0 / つん 産 「 / っっ 0 1 人ワ】 11 L.0 11 11 11 ワ】、ー 4 11 ・ー 4 ワ 0 ・ ) 戸 0 テ いをる生 テ ア 低子す要 ナ 国 ョ 立 9 が帽温主 ィーフー -4 《 0 -4 0- 8 ワ】 -0 -8 -8 0 《 0 ( 0 -8 コ シ ュ 温茶保 14 0 「 / -. 0 11 1 よ門 0 -. 0 0 CO -4 《 0 CO の ナ ン 、ンア アク共 癶は 「 / っ 00 1 人ワ 0 11 -. 0 1 人 11 11 1 人、 1 11 1 人ワ】一 ュ 茶 一カア エチル 5 どて デカシ タ 紅 シ 一フンネ 一イタビダリニダルプンルド テ ン 量 ゼジア一ア他 ドグラドン一コルャウリンンフザ・ン一 数 名ンン ン国ラレルメニラ一ザワアンガイン連ルラクルフの計 0 「 / 、 1 -8 り・】 11 -4 ・ 0 っ 0 キ ,. 表 00 4 8 4 0 ) 戸 0 - -0 0 -8 ワ】ワ行ーっ 0 人て 国イバスイ中イマトカケマモモル南タウサジソアプエベハそ合注 ョ ) し 尸「 / っ 0 1 よワ -0 4 0- 11 1- ・ 1 1 人 11 1 人ワ、ノ ナ 昜をく 年 オレンジ・ペコーを切断したもの りなどにされ、大口取引用、業務用、計り売り た蓋置 年 タ ン 用にされる。包装茶は、防湿、長期保存のためで、紅茶のなかではもっとも需要の多い当 フー《 0 1 人 11 《 0 ー - -0 、 .0 っ 0 っ《 0 、ー 4 ・ -4 ワ 騰ぎら 人 L.n 00 っイ 1 ワ】 0- 4 ・ 0 11 -0 11 1 よ、 1 1 人ワ】 弗主ま にほとんど缶詰にされるが、最近では防湿素材葉で上級品。 ①礒し ②。フロークン・ペコー (n ・ペコ を使って真空パックした簡易包装のものも出回 で っている。ティーバッグは、 O ()* O ティー約二 ーを切断したもので中級品。 紅 い茶スる ア ・スーチョンの ③プロークン・ペコー グラを一人分として紙袋に入れたもので、カップ 分ラれム 人プい ン ートラカ アラ一の に入れ熱湯を注げば飲める簡便さが好まれ、近・・ (-n) ペコー・スーチョンを切 各 スラ ( 葉年急速に消費が伸びている。日本では全消費量断したもので下級品。 リルクダエジラアコプニス一 -4 分り茶 リリルジュ一ユ 名ギイ港ラルウウ 〔その他〕粉茶タイプが含まれる。 の七〇 % を占めるようになっているが、これは 表 数盛の エチオニ注 国イア香イヨクサスシト 人山杯 世界的な傾向でもある。 ①ファニング風選で出た浮葉で 盟匙 1 -0 -0 0 -0 0 0 0- 0- 0- -0 0 ”な もっとも小形の葉。オレンジ・ファニン 〔名称と等級〕仕上げ茶の形状およびサイズに の 茶 よって伝統的なリーフグレード ( 葉茶スタイグはチップを含んだ上級品。 一三い ②ダスト (Q) ふるい分けで出る粉茶。 ル ) 、近代的なプロークングレード ( 砕茶スタ る立一グ圓 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 統 ッお イル ) 、その他に区分した名称と等級がつけら ③ 0 0 ティー ( 粉茶 ) 製造工程の揉け カて 早イン 7 0 1 2 2 2 4 0 5 4 5 売 お れている。 捻の段階で O+O (crush つぶし、 tear 温 0 -0- 0 -0 -0- -0- 0 -0 0- -0 0- ー 〔リーフグレード〕茶葉の形状、外観を重視しひきさき、 curl まるめる ) 機でつくる 0 0 0 0- 0 -0 -0- 0 0 ・ LO 0 「用一 本費 8 / ^. 0 ワ 1 人 1 よ 11 11 -4 ・ L.n / 粉茶。浸出時間が短くて濃厚な色と味が て中国語からきた名称がつけられている。 ワ】ワワ朝ワ】ワ】ワ】ワ 0 ワ】つんワワ】ー ②熱 ・ 1 丿男 はオレンジ・ペコー ( O ・ ) オレンジは中出るため、ティーバッグの原料に向いて とう・」う 4 -. 0 ( 0 -8 -0- 11 ワっ -4 はく′う 国語の橙黄、ペコーは中国語の白毫 ( 白い毛 ) いる。紅茶は湿気を嫌い、また香りも移は ふた 狒ポな りやすいので、缶詰のものでも蓋をあけ からきた名称。橙黄色の芯芽 ( チップ ) を多く たならば二重缶で保管する。ティーバッグはと ①水は硬水を避け、くみたての新鮮な軟水を用 水る用含んだ細い針金状の長い葉の意で上級品。 軟 - い阜」 くに袋の紙が吸湿しやすいので、缶や密閉容器 ②ペコー ( o-« ) オレンジ・ペコーよりも短く な用器 に入れて保存する。 ②沸騰している湯を用いる。 鮮て鉄太めでよくよれた葉で中級品。 斤せは 1 癶、ー「 〔紅茶のいれ方〕茶はもともと薬用効果が認め ③茶葉の適量は一人分約一ララ ( ティースプーン ③ペコー・スーチョン・ (n) スーチョン しようしゅ られて飲まれるようになったもので、総じて茶山盛り一杯相当分 ) であるが、人数分プラス一 とは中国語の小種 ( 小さな植物の意 ) からき た名称。ペコーの葉柄部分の切り頭で太く丸くの効用とはカフェイン ( 苦味 ) 、テアニン ( う杯がイギリス流においしくいれるこつである。 ④あらかじめ温めておいたポットに茶葉を入れ ま味 ) 、タンニン ( 渋味 ) の三大成分による心 仕上げられた葉で下級品。 ブッチ ツツ亠 6 ッ ーフグレードよりも身への鎮静作用といえる。その効用を生かした熱湯を注ぐが、浸出時間はリーフタイプでおよ 〔。フロークングレード〕リ ポカ一一ビ おいしいいれ方は、紅茶の場合もいくつか基本そ四分前後、。フロークンタイプで三分前後が目 一一サガク早く濃厚な味がでるタイプで、世界の主流商品 イイ一ユル 的なルールがあげられる。イギリス式のゴール安とされる。 となっている。 デンルールによると次のようになる。 ⑤浸出時間が終わるまでポット内の熱が冷めな ①。フロークン・オレンジ・ペコー (n ・ O ・ イ 1983 588 44 179 68 68 24 3 2 120 32 6 15 7 7 16 3 5 143 10 3 3 8 22 1 494 1980 ~ 82 3 . 19 3 . 32 1 . 60 2 . 52 1 . 08 4 . 28 1 . 61 1 . 41 1 . 01 1 . 44 1 . 26 1 . 23 1 . 50 2 . 07 一三ロ 840

7. 日本大百科全書 8

ばだい とよた せとだ の文化財があり、国指定重要文化財・重要美術め、曹洞宗に転じた。さらに毛利家菩提寺とな 〔鉱山災害の防止〕鉱山災害は、多くの場合、耕三寺こうさんじ広島県豊田郡瀬戸田町に ちょうせいぎん 品は約六〇点に及ぶ。寺宝は宝蔵などに出陳、公るにあたって、秀元の法号「智門寺殿功山玄誉 ある浄土真宗本願寺派の寺。山号は潮声山。 いろいろの原因が交錯して起こる。たとえば、 からよう 坑内にメタンが充満してもそれだけでは大災害俗に「西の日光」といわれる。当地出身の鉄工開されてきたが、五二年 ( 昭和二七 ) 諸堂の一大居士」にちなんで功山寺とした。仏殿は唐様 かな - もレ」 ばだいくよう 〈清水乞〉仏殿建築の典型的遺構で、国宝に指定されてい にならない。爆発に有効な混合比、その他種々業者金本耕三が、母の菩提供養のため仏道に入部が博物館に指定された。 3 し削 よしなが しものせきちょうふ こうざんじ山口県下関市長府町川端る。境内には大内義長や毛利氏累代の墓、高杉 の要素が必要である。その要素を一つずつ除去り、独力で建立した新興の寺院。一九三六年功山寺 しんさく きんぎん そうとう いくち かんのん 〈菅沼晃〉 晋作の銅像などがある。 3 削 にある曹洞宗系の単立寺院。山号は金山。一三 して、坑内を最高水準の保安状態に保つことが ( 昭和一一 ) に起工、瀬戸内海の生ロ島の観音 とがのお きあんげんじゃく ざん こうざんじ京都市右京区梅ケ畑栂尾 二七年 ( 嘉暦一 l) 虚庵玄寂が開創し、初めは 高山寺 必要である。鉱山災害を防止し、保安を確保す山中腹に本堂をはじめ一一十数棟の堂宇を建立し しんごん りんざい 、臨済宗に属した。足利氏、町にある真一一一一口宗系の単立寺院。山号は栂尾山。 るために、鉱山の自主的な努力がなにより必要た。諸堂宇はわが国各時代の代表的寺院建築を金山長福寺といし 、一うにん である。これの監督指導には、通産省の立地公模したもので、日光東照宮陽明門を模した孝養大内氏の外護で寺運は盛んであったが、大内氏七七四年 ( 宝亀五 ) に光仁天皇の勅願によって じようがん 七 ) 、のちに一三代天 、宇治の平等院鳳凰堂を模した金堂などがあが滅亡してから荒廃、一六〇二年 ( 慶長七 ) 長開創。貞観年間穴五九 ~ 害局および地方の鉱山保安監督局があたってい ぎす すがわらのみちぎわおんりよう もうりひでもと 府藩主毛利秀元が復興して寺号を笑山寺と改台座主となり、また菅原道真の怨霊を鎮めた 〈黒岩俊郎〉る。堂内には絵画、彫刻、工芸、書跡などの多く る。↓鉱山保安 ・一」数【 0 ワ 0 11 ワ 0 4 ・ 0 -. 0 ワ -0 0 1 ・ワ】 -4 ・ 0 -8 0 4- 4 ・ワ】ー -8 11 -. 0 -8 1 、ワ 0 ーワ】 00 っ 0 1 《ー -4- -0 1 ・ -4 ・【 0 1 、 0 1 ・ワ 者死者 亡 死 発水発水発災発水発 出発火発水発 災発出発出発 出発災発 の 爆出爆出爆火爆出爆′ ー突爆発爆出′爆′ 突爆火爆 火′爆突爆′突爆 由ス内ス内ス内ス内ス スス 内′ススス スス内ス スス然ス内′ス ま 事ガ坑ガ坑ガ坑ガ坑ガ ガガ自ガ坑ガ 坑ガガガガガ ガガ坑ガ 月 5 岐美 池島張 年害名 志洋宇 内田砂内砂芦タ新 高タ 鶴砂内 不尻志山井志狩井内井大張 〃月明菱大 災鉱尻沖町嘉島藤Ⅷ原恒平内川尻池焼磐中ロ井昇志入張州井路清辻住浜池張王野知別唄 , 日 大炭茂若鹿上大後新久太武田茂赤香常堤東江三大歌新タ豊扨庶上大福大三糒タ伊山奈奔美′平茂歌下三歌石三幌三南タ三有三南 降重 ワ 00 ワ】 00 1 人 11 ワ】ワ」 ワ】ワ】 11 っ 0 ワ】っ 0 ワイ 1 っ 0 11 り′】 1 よィー人 1 人 0 ′】 1 人、 1 11 11 1 ーり′】 1 よ 以の 11 -0 ワ ( 0 ワ 1 ワ朝 8 14 1 人・ 1 ワ】 CO 11 -. 0 c-.D ワ 1 ワ」ワん -0 っ 0 っ 1 人 -0 1 亠ワ」ワ -4 ・ 00 、 1 、 1 戸 0 ・ 4 ・戸 0 ワ】ー、 1 ワ」、 1 -0 -0 , 1 ・ 4 ・ 年上生 1 人 11 11 11 11 11 ・ー人 11 11 0 ズ発日 0 0 0 ・ 1 11 ワ 0 -4 ・ -4 -4 ・ -4 ・′ 0 ( 0 ( 0 ー / 8 -8 -8 0- -0 0 0 , 1 11 11 っ 0 ′ 0 -8 -8 -8 -0 11 ワ 4 ・ 0 っー 11 14 -4 ・ LO LO ′ 0 LO LO LO じ - 圭〔月 1 よ 1 ・ - 11 イ 1 1 ーよ 人災年 幌岡′幌岡 岡幌 岡′幌 幌岡′幌岡幌岡幌岡′幌岡′幌部岡ー幌岡′幌 区幌部岡 表 福札 札福′札福′平札福′札福札福札福′札福′札宇福′札福′札 地札宇福 8 0 8 ワ】 ( 0 「 / ーワ朝 0 4 -8 ワ / 4- -. 0 《 0 -0 11 、 1 8 0 0 ts-—【 / ワ 1 8 -4- 10 《 0 人者 8 1 人 -4 00 -4 ー -4 0 ワ】 -8 1 人 -8 《 0 4 ・ -8 11 1 人 - -0 っーワ】 4 00 -0 -4 -0 0 L.n 戸 0 00 0 -8 -8 00 りん・ 0 00 / 1 人 8 4 ・戸 0 4 ・・ 4 ・ワ】《 0 ワ】 0 っー 8 -0 8 っ 0 -0 、 LO -4 ・ -8 -4 - -0 8 《 0 《 0 11 -0 1 画 Lr-) 《 0 ワ編 -4 っ 0 ワ】 / -0 -8 《 0 -4 ・っ 0 11 -0 -8 t-•-- ワ】「 / 《 0 戸 0 -4 -4 4 t.n -. 0 LO 戸 0 ^. 0 《 0 、《 0 - -0 4 ・ 4 っ 0 ワ】 11 11 、ー - 1 人、ー・ 1 人 罹 数ど べ災 者な 延罹 0 ワ 0 1 人、 1 8 1 △ 0 ワ】 -4 「 / -4 ・ L.n 一 4 -4 ・ - -0 / 11 -0- っ 0 -4 《 0 《 0 - -0 ー 4 イ 1 -8 ー《 0 00 / -4 ・ 0 8 -0 -4 -0 0 ワ】 00 戸 0 / 《 0 《 .0 C-D -4 ・ 14 -4 ・ 稼版 戸 0 -. 0 0 《 0 ・ 1 戸 0 0 、ー 0 戸 0 c-D 一 .0 - -0 -4- L.n -4 ・ -4 -4 ワ 1 00 ワ】 1 よ 8 ワ」 た年 る 稼当死 す 出 計 = 一口 00 -0 ー 0 / ワ 11 LO ^ 0 00 「 / -0 1 人ー 0 ワ】ワ】つん《 0 0 - -0 11 0 《 0 , 1 -. 0 0 っーー 00 ワ】 -8 、 1 ワ -4 一 4 ・つ 0 ワ】 / っ 0 っ / 「 / -8 ワ】 ( 0 ワん / O ( 0 -8 ワ 0 《 0 者 報 者 LO 11 -4 ーワ】ーワ】 11 ワワ 11 0 0 1 人《 0 00 《 0 つん 8 -. 0 ワ 実 年 災 状 災 11 ーっ 0 ワ朝 - -0 ワ 1 ワ L.0 0 戸 0 -4 ・ー 8 、 .0 1 人 i.n 0 11 戸 0 ワ】ー 00 ワ】ワ】ワ】 1 人 11 1 よ 11 安 8 11 / (. 0 ー ^ 0 《 0 《 0 LO ・ - -4 -4 -4 ・つワん、ー・ 11 者 生 11 1 1 式 山兄数 00 1 宀 4 ワ朝 0 -4 8 8 -. 0 0 っ 0 ー -4 0 ワ】 -8 -0 、 .0 《 0 ワ】ワ】 11 ・ 4 -4 ワ尸 0 00 11 の っワつん《 0 0 ^. 0 ワ】 1 よ LO ( 0 -8 【 / 1 よ 14 -0 、 .0 ー 0 ( 0 00 -4 ・ -4- 山 害災亡 8 8 8 8 ー 8 ー「ー「ー 0 4 【 / 4- っワ】ワ】 1 よ 11 11 、 1 11 次 状災亡 災罹死 省生罹死 g 各 洋、・ 0 山 発 率 0 8 1 0 1 ワ】 -4 戸 0 《 0 00 -0 -4 8 11 -8 4 -8 ワ】「ー -4 1 人ワワ -8 -8 4 -0 ワ 害 g 、 1 -4 ・ 8 、 1 -4- ーワ】 -8 -4- ワ】 4 っ 0 / ワ】ワ -8 、 1 -8 ワ】っ 11 、 1 / ワんワ】 0 戸 0 商害 鉱 年 発数 -11 00 っ 0 CO ワ】ー 00 っ朝 9 、 00 ワ】 CO 「ー′ 0 8 「 / / -4 ・ワ】ワ】ワ】 8 " 0 っワ】巛火 O 災発数 全害回 0 、 00 1 よ L.n ワ】 11 -. 0 0 -4 ・ 4 8 っー「 / -. 0 0 1 人 8 ・ 1 ′ 0 ワ】行ー 00 CO っ 0 つんワ 11 1 よ 1 よ 11 害回 -8 CO 、 1 / 《 0 《 0 《 0 ー、ー 0 《 0 《 0 《 0 ′ 0 4 -4 4 4 CO ワ】ワ 14 、 1 11 イ 1 1 災生 員数人は 山災生 当 数人者ペ員 表 1 よ -4 - 」 8 【 0 0 ー - -0 -4 ー 8 ワ 0 8 、 1 っ「 1 0 ー【 0 1 CO / 【 0 ワ 0 【 0 8 【 0 0 月亠ペ火 ) 世一 , 八、つ 労数四圏簡貶凵引凵川囲 g 亡延罹働ぺい幻男 死働一稼延を表 山者 の ワ 0 11 ワ 0 1.n 00 00 8 8 / 1 8 CO 8 8 0 ワ 4 ー 4 ー 00 8 ーペ ( 縁 = 働 ム 鉱 一 .0 戸 0 一 .0 LO 4 -4 ・ 4 -4 -4 4 -4 -4 00 00 ワワ】ワワ】ワ】 1 よ 11 1 亠 14 延 = 者稼も 災 働亡災おた 表 稼死罹なし 0 1 人ワ】 -4 -. 0 《 0 / 8 0 , 1 ワ a 4 ・ LO 0 -8 0 1 よワ】 00 -4 0 ー 8 、 0 、 1 ワ 表 こ鉱年 エ・ら′」れ・つ 坑内出水 ガス爆発 坑内火災 ガス爆発 坑内出水 炭塵爆発 ガス爆発 稼働延べ 100 万 人当り罹災害率 鉱種名 石炭 1 083 124 989 24 金属・非金属 167 14 165 8 石灰石 88 4 9 82 石油 9 1 12 0 亜炭 3 0 4 0 全鉱山 1 350 143 1 252 41 注 : 各鉱種別の上段は 1981 年 , 下段は 1982 年の数字 1 250 1 002 161 168 86 82 7 3 4 1 507 1 267 143.13 118.02 35 . 86 39 . 43 23 . 65 23 . 67 11.19 17 . 23 108.51 147.30 86 . 05 75 . 06 709

8. 日本大百科全書 8

できるようになった。血漿成分にはさらに化学た。七三年以降、血液確保はすべて献血だけと環させ、主要な腎機能を代行させるもので、こ血縁けっえん kinship 「親子関係」 filia- なったため、現在の輸血用血液の受け入れは日の血液透析を行う装置を人工腎臓という。↓人 tion の連続としてたどることができる社会関 1 , ん的操作によ 0 て精製したものがある。 本赤十字社の血液センターのみとなっているエ腎臓 係、いいかえれば「出生」に基づく関係をさ っ〔全血製剤〕手術時の出血ややけど、シ「ツ ( 一九八五年現在七四か所 ) 。↓献血 血液透析を行うには、患者から人工腎臓の回し、「地縁」との対比においてもしばしば用い ナ . ク、低タンバク血症などに用いられる。 加新鮮血液、加新鮮血液、へ。 ハリン加新 次に血液センターのおもな事業内容を示す。 路へ動脈血を取り出し、透析された血液をふた られている。ただし、ここでいう「親子関係」 鮮血液、保存血液などがある。 ①輸血用血液の確保血液センターの担当地区たび患者に戻す場所を静脈側に設置しなければ 「出生」は、ともに社会的事実としてのそれで ならない 〔血液成分製剤〕それぞれ不足した血液成分を内に献血協力団体 ( 会社、町会、学校等 ) を組 。この血液の出入口 ( プラッド・アクあって、単に生物学的な事実と混同してはなら にセス blood access) はシャント shunt ともよ 補うために注入される。新鮮液状血漿、濃縮血織し、血液の安定確保を図る。また、駅前等 ない。たとえば、アフリカの父系部族の間で とうかん 小板血漿、合成血、新鮮凍結人血漿、新鮮洗浄献血車を派遣し、広く献血協力を呼びかける。 ばれ、プラスチック製の套管 ( カニューレ ca- は、しばしば婚約中の男が死亡すると、その婚 ちんせつ 赤血球、白血球除去赤血球、新鮮赤血球沈屑、 ②血液の検査献血された血液が輸血に支障が nula) を動静脈に挿入したスクリブナーシャン約者に死者の親族男性と性的交渉をもたせ、生 ふんごう 解凍赤血球濃厚液、赤血球濃厚液、解凍赤血球ないかどうかを検査する ( 血液型、梅毒血清、トを用いる外シャント法、動静脈を吻合して拡まれた子供を死者の子とする、幽霊婚 ghost せんし 浮遊液、新鮮赤血球浮遊液、人赤血球濃厚液、 抗原、肝機能等の検査 ) 。さらに、献血大した静脈に透析のたびに穿刺する内シャント marriage の制度がみられる。またスーダンの 人赤血球浮遊液、洗浄人赤血球浮遊液がある。 者への健康管理の一助としての血液検査 ( 血液法、移植血管を用いる方法の三通りがある。ま ヌエル族には、幽霊婚のほかに、女性が男性と 〔血漿分画製剤〕①免疫機能の低下している患型、総タンパク、コレステロール等の検査 ) 。 た、透析器にはコイル型、平板型、中空糸型して結婚する形式もあり、「夫」である女性は、 者に感染予防や治療のために用いられるもの ③血液の調整と供給献血された血液を医療機 ( ホロー・ファイバー型 ) の三種があり、中空別の男性に頼んで妻に子を生ませ、自らがその 乾燥スルホ化人免疫グロプリン、乾燥ペプシン関からの依頼に基づき調整製造し、供給する糸型がもっとも多く使用されている。なお、透子の「父」になる。いすれの場合においても けっしよう 処理人免疫グロプリン、乾燥ポリエチレングリ ( 全血、血小板、赤血球、血漿製剤等 ) 。 析器の中で血液が凝固するのを防ぐため、ヘパ 「親子関係」は生物学的な意味での親子関係と コール処理人免疫グロプリン、プラスミン処理 ④その他血液に関する調査研究および技術の リンを用いて凝固時間の延長が図られている。 は一致していない。血縁は、日本では、「血 ガンマ 〈古谷克己〉 7 ーグロプリン、②血友病の治療に用いられる開発等。 血液透析は通常週に三回行い、一回の透析時ということばの使用からもうかがえるように、 間は三 ~ 五時間である。日本では血液透析を専「血のつながり」といった形で、強い生物学的 もの血液凝固第Ⅷ因子製剤 ( クリオプレシピ血液代用薬けっえきだいようやく血液の血 テート、血液凝固第Ⅷ因子 ) 乾燥抗血友病人グ漿成分にかわりうる輸液のことで、血液の液 門に行うセンターで行われる場合がほとんどで意味合いを込めて使用されており、分析概念と ねんちゅう ロプリン、乾燥濃縮抗血友病人グロプリン、体成分 ( 血漿 ) のうち水、電解質そして粘稠あるが、アメリカでは家庭で行う家庭透析が全しては適切ではないという意見もある。親族の いんゅ ③型肝炎の予防と治療に用いられるもの抗度を保持する。外傷や火傷 ( やけど ) 、大出血透析患者の三〇 % を占めている。慢性血液透析つながりを「血」という擬似生物学的な隠喩に HBs 人免疫グロ。フリン、乾燥抗 (RhD 人免や手術時の失血などでは輸血が不可欠な処置での問題点は、心不全、脳血管障害、感染症、骨訴えてとらえること自体、日本を含む一部の社 疫グロプリン、④その他乾燥破傷風人免疫グあるが、輸血には血液型、感染、保存など種々 合併症、技術的事故、貧血、心理的障害などで会の文化特有の現象ともいえる。こういった難 ロプリン、抗ワクチニア人免疫グロ。フリン、乾の困難な問題があるところから血液代用薬が用ある。 点を避けるため、社会的血縁、生物学的血縁の まんさ 燥ワクチニア人免疫グロプリン、乾燥人血液凝 いられる。生理食塩液、五 % ブドウ糖注射液は 一九八二年 ( 昭和五七 ) 末における慢性血液区別を明示する試みもあるが、やや燒瑣にすぎ 〈浜本満〉 固第Ⅸ因子複合体、加熱人血漿タンパク ( プラ体液とほば等しい浸透圧 ( 等張 ) で主として水透析患者は日本全国で四万八〇〇〇人、人口一る難がある。 スマネート ) 、人血清アルプミン、乾燥人フィ分の補給に用いられる。電解質および水の補給〇〇万人当り年間四六人の増加をみている。そ血縁集団けっえんしゅうだん kin group ・フリノーゲン、人免疫グロプリンがある。 にはリンゲル液、乳酸加リンゲル液、これに糖の生存率は一年生存率七三 % 、五年生存率五一一一血縁関係は、居住関係に基づく地縁と並んで、 いずれも保存温度と有効期間が定められてい を加えたもの、さらに各種の複合電解質輸液が % で、腎移植の腎生存率をやや下回っている。集団構成の重要な原理の一つである。ある集団 る。 〈幸保文治〉市販されている。また電解質の補正のために添週に二、三回血液透析を受けなければならない への所属が血縁関係に基づいて個人に帰属する けっえき 患者・医療機加される補正用電解質注射液もこれに属する。 こと、社会活動がかなり制限を受けること、食といった場合がそれで、このようにして構成さ 血液センター 関と献血者の間にたって、必要な輸血用血液を血液の粘稠度を保っためには血漿増量剤 ( プラ事内容や飲水量が制限されることなど、腎移植れる集団を血縁集団、または親族集団とよぶこ 確保するとともに、その血液を検査し、医療機スマエキスパンダー ) が用いられるが、これは に比べると難点が多く、さらに血液透析に要すとがある。血縁集団のうち、特定の祖先を共有 こうしつ 膠質輸液とも、 しい、デキストランおよび間、 関の要請に応じて供給する施設をいう。 る費用も大きく、これによる医療費の増大が問 する形で成立しているものを出自集団 descent 6 ( ヒドロキシェチルデンプン ) の注射題となっている。↓人工透析 血液センターは当初、血液銀行とよばれ、日 〈中村宏〉 group という。血縁は親子関係の連続として けっえきどく血液の中の赤血球に作 たどることができるが、特定の共有祖先との関 本赤十字社による創設は一九五二年 ( 昭和二剤が有名である。乾燥人血漿、プラスマネー血液毒 七 ) であった。当時の血液銀行には民間のものト、血液分画製剤は保存血を含めて血液製剤と用して、赤血球を破壊 ( 溶血 ) する作用のある係設定において、親子関係のうち、父方または して別に分類されている。 もあり、血液確保の方法はほとんど買血によっ 〈幸保文治〉もの。多数存在するが、おもなものは、動物界母方の、いずれか一方の性の親だけを用いる様 けっえきとうせき hemodialysis ではヘビ毒、クモ毒、ハチ毒、植物界ではキノ式があり、これに基づいて構成される集団を、 ていた。やがて買血による弊害が社会問題とな血液透析 じん り、政府は六四年「献血の推進について」の閣急性または慢性の腎不全に対する治療法の一 コ毒、非食品性植物、工業薬品ではべンゾール単系出自集団 unilineal descent group とい 議決定を行い、献血思想の普及と献血受け入れつ。患者の血液から過剰の水とタン。ハク質代謝系のもの ( べンゼン、キシレン、ガソリンな う。父系出自集団は始祖から、父方つまり男だ 体制の整備を図ることとした。同年、日本赤十の結果生じた窒素含有性老廃物を除去し、血ど ) 、医薬品ではピリン剤、サルファ剤、フェ けを介して関係がたどれる人々からなり、母系 そうえん 字社の血液銀行は「預血・優先還元」というイ漿の酸・塩基平衡と電解質濃度を改善させるナセチン、金、蒼鉛などの重金属剤、試薬では出自集団は逆に女性だけを通じてたどれる人々 メージをなくすため、すべて血液センターと改ように構成された溶液中に、透析膜でつくったフェニルヒドラジンなど。溶血性貧血をおこ からなる。このように性を一方だけに限定しな 称され、民間の血液銀行は次々と業務を廃止し管を浸し、この管の中に患者の血液の一部を循し、血色素尿を出すことがある。〈伊藤健次郎〉 いものは、一括して共系出自集団 cognatic de ・ しよう

9. 日本大百科全書 8

けるとこ 膝分れラ d 館なてさ出英 血してケルト・イベロ人が形成され、一方、大 0 ' 十さグ巳物蓋め高方大 陸からのたび重なるケルト人の渡来によりプリ 2 に施ン。博や極 . , 地 あ うてイ英手をてヌン テン島のケルト化も進み、現在でも、アイルラ ン ス ' 域大把緻方一 座しデ館 精片レ ロ ンド語、スコットランド・ゲール、ウェール てをン物 ン器はのロ し頭グ専 さま縦 ズ語として、ケルト語は生き続ける。 ト容工ち , ろ イム やの , 高りを サン酒細うス 鶩生羊ク国 ②「東方のケルト人」前四世紀ごろ、一派は を牡一 いイロうのの、年 盾あ中しウど匠、ラ ポヘミア ( ポイ族からきた名称 ) 、モラビア、 のの , 美のろぷ意フ 枝手ン 製ごでが部こ製物一 の左デ一 ハンガリーを経てルーマニア北部に入り、他の 銅あの刻中紀銅動。 5 巳館 青らも彫ド世青のるコ物 一派はノリクムを経てダルマチアに移動した。 をる ①かなたン 2 ②どい土博 前二七九年ごろにはデルフィーを侵寇してい 神首てコ る。北に転じた一派はシンギドウヌム ( ・ヘルグ ト手従ろ ル右を ラード ) を建て、別の一派はトラキアに入って ケ , ち年 たでた o 王国を建設し、その影響力は南ロシア平原まで れ神物 一さス動 d 及び、ケルト、スキタイ混交文化も生まれた。 出ノの巳 さらに、小アジアのビテュニアの王位継承に干 ちヌ生 一「・ , 打ル野土 渉した一派は、その後、前三世紀初めフリギア にケ , 出 鉢がてプ高原に定着し、ガラティアとよばれる地域をベ 大のつッ のる握ル ルガモン王から与えられ、小アジアの地にケル レ 、製いをウ ① ト人社会の伝統を保持し続けた。 ケ ③ ③ったス しわゆるオッピドウム 〔後期〕前一世紀には、、 つくられ、湖の水位調節、泥流発生の防止に有ルト語およびプリタニック諸語では、インド・ が、南西ドイツ、スイス、東フランスの青銅器 ( 城市 ) 文化が中部ヨーロッパの戦士、農耕民 効であったが、六六年の噴火でトンネルが壊ヨーロッパ祖語における子音 kW(=qU) が p 文化の担い手であり、初期鉄器時代のハルシュ のケルト人の世界に確立した。しかし、カエサ れ、大泥流で死者二八二人を出した。火山観測の音で現れている。たとえば、ラテン語 quat- タット後期、後期鉄器時代のラ・テーヌ最初期ルのガリア戦争に対して続けられた自由を求め 所がある。 〈諏訪彰〉 tuor ( 四つ ) に対して、ゴール語 tor ・、ウに、シャンパ ーニュ、ザール、モーゼル、中部る闘争も、前五二年に終止符を打ち ( ウエルキ ほうき ごはインド・ヨーロッパ ケルト語派 エールズ語 pedwar のようにである。この事ライン地方において、民族としてのケルト人が ンゲトリクスの率いる大蜂起 ) 、前一六 語族中の一分派。ケルト人は紀元前五世紀 ~ 前実から、これらのケルト語をまとめて群 p ・ 形成されたと思われる。なお、ギリシア、エト 〇年には、大陸の最後のケルト人の拠点もロー 三世紀にかけて、原住地と目される現在の南ド Celtic とよぶことが多い。他方ゲーリック諸ルリア文化との交流も明らかな北西アルプス地マの支配下に入り、ケルト人の地、ガリアは完 ィッ地方から、ヨーロッパ各地へ広がっていっ 語は C 群 q ・ Celtic とよばれる。ウェールズ語方のハルシュタット文化は、彼らが担ったと推全にローマ化する。 た。プリテン諸島へ渡来したケルト人もその一 Pedwar ( 四つ ) に対するアイルランド語 ceat ・定される。ついで、前五世紀の、初期ラ・テー 〔政治・社会・文化〕ガリアやプリテン島で 部であった。このようにケルト語は広い地域で hair Ck'ahir 〕はその一例である。総じてケル ヌ時代のシャノヾ 、ノーニュ、中部ライン地方の貴は、政治的には、段階的なクリエンテス制 ( 上 話されていた。これらの言語をあわせてケルト ト語は、インド・ヨーロッパ祖語における語頭族の墳墓および出土品は、初期ケルト美術の精下の保護隷属関係 ) に基づく一種の貴族制的体 語派という。地理的観点から大陸ケルト語 ( ゴの子音 p を落とす傾向にあった。そのほか語頭華を示してくれる。 制が保たれたが、ついに統一国家を形成するこ とうしょ ール語、ケルト・イ・ヘリア語 ) および島嶼ケル の緩音化・鼻音化とよばれる変音現象、さらに 〔移動期〕①「西方のケルト人」イタリアに とはなかった。経済的基盤は、古くは血縁的な ト語 ( プリタニック語、ゲーリック語 ) の二つは語彙、形態、文構造にもこの語派には著しい 侵入したケルト人は、前三八七年 ( または三九共同体に属する土地にあり、貨幣の鋳造も行わ に分けることができる。 特徴がみられる。代名詞と融合して人称と数に 〇年 ) のアツリアの勝利後、ローマを荒らしれた。一般に、ケルト人の世界は、王、神官、 しん・一う 大陸ケルト語は五世紀にはラテン語に吸収さ応じて変化するいわゆる屈折前置詞の使用、動 ( ケルト人の侵寇 ) 、その後、北イタリアのアド 戦士貴族および自由農民からなったが、城市や れた。プリテン島では同じころプリタニック語詞文頭の >TO ( 動詞ー主語ー目的語 ) の語順 リア海岸に定着した。一派のインスプレス族は貴族の墳墓の発掘によって、その社会構成も明 しゅゅう がアングロ・サクソンの侵攻により語形が崩など。古い豊かな文献を有するアイルランド語 メディオラヌム ( ミラノ ) を首邑とし、ポイ族らかにされつつある。城市の建設、商・工業の れ、しだいにウェールズ語、コーンウォール語やウェールズ語はいまも活力のあるケルト語ではエトルスキの町フェルシナをポノニアとし発展によって貴族の権力が確立、伸長してゆく ( 一八世紀末に廃れた ) および対岸のプルター はあるが、その実勢力は英語の圧力に押されてた。またアドリア海岸にはセノネス族が定住すが、それとともに神官 ( ドルイド僧 ) 層のカ ニュ地方のプルトン語などの下位語群に分かれ漸減する現状にある。 〈土居敏雄〉る。前二九三年にローマ軍に敗れたのちは、北 も、宗教、文化、政治に及んでゆく。ドルイド ていった。他方アイルランドのゲーリック語か ケルト人ーーじん Celts インド・ヨーロ イタリアのケルト勢力も衰えたが、ローマも各教の教義、儀式は、文字化されすロ伝によるた らは、六 ~ 七世紀にかけて、、 しわゆる古期アイ ハ諸族の一派。紀元前五世紀から前一世紀に 地に植民市を設けてこれに相対した。ケルト人め、ギリシア・ローマ人の叙述、遺物、伝承に ルランド語が形成された。スコットランド・ゲヨーロッパ中部および西部で活躍した民族。のスペインおよびプリテン島侵入の時期につい よって再構成せざるをえない。彼らは、イン ール語およびマン島語 ( マンクス語 ) はその派ギリシア語でケルトイ、ガラトイ、ラテン語でては諸説あるが、ラ・テーヌ期にさかのばると ド・ゲルマン人的な宇宙神を中心とする独特の 生である。 ケルタ工、ガリイ ( ガリア人 ) とよばれた。 推定される。ガリアの地の大部分のケルト化も神の体系をもっていたと推定されるが、霊魂不 以上のうちケルト・イ・ヘリア語を除く大陸ケ 〔初期〕原住地、起源については議論がある進み、イベリア半島では、先住のイベロ人と混滅を信じ、自然崇拝が盛んで、聖樹、聖獣、聖 ②

10. 日本大百科全書 8

こうきよ ^ 0 L.n -0 LO -8 0 率 0 -8 -0- っ 0 0 -0 11 -0 ばならない産業である。一度操業を中止する % 人足幻 1 ーム、ー人 11 11 11 1 よ、ー亠、ー一 と、ふたたび稼動する際に膨大な経費がかかる 6 求充 ( ため、変動する金属市況にかかわらす、操業を -4 1 よ 1 人尸 0 -8- 、 1 0 0 求率 , 続けなければならない 。また鉱産物の生産費 効立ロ立ロ 第ィー・ 1 -0 1 △ ^ 0 0 -0 -0 -0 0 有人 ( は、地下資源の存在状態によって著しく異なる が、国民経済上あるいは軍事上、一定量の鉱産 る 率 あ 物の生産は不可欠である。こうした特徴から、 除職 - 迩・ー 00 「ー 8 ワ】 1 よ 0 を就 合 世界的にみて、鉱業に対して生産保護政策をと 卒 1 人っ 0 -4 ー -4 -8 0 Ⅷ吻 0- ・ 1 -0 - は - 1 人 学 っている国が多い 職数 大 就牛 〔国内資源の開発〕わが国には、「国内探鉱長 -8 -4 ・、 1 0 0 「以 ^ 0 11 -8 「 / 14 ワ 0 一 -0 期計画」 ( 一九六六年度策定 ) がある。これは、 る カ 状 国内鉱山は、もっとも安定した資源の供給源で -0 -4 っ 3 0- 一 -0 ^. 0 (. 0 - ・八つー 0 11 11 -0- 11 ワ朝 CO 1 人 -0 ワ】 11 《 0 ロ効人千 の 、・よ、ー人 1 ・人 11 、ーよ あり、さらに減耗資源であるという特殊性か 状 年 -8 -. 0 CO 尸 0 紹有求 ( 0 11 11 1 人 職 一三ロ 11 11 ら、今後も長期的かっ積極的に国内鉱物資源の レ」 、 1 -0 ワ編 11 00 -8 入 0 ワ「 / 尸 0 《 0 -9 》 一三卩 開発を続けなければならないという趣旨から設 C•O ワ 0 っ 0 っ 0 00 っ 0 っ 0 -8 11 0 11 -. 0 CO 11 、 1 00 8 ムロしみ の在ム 2 般規人秘 -8 -8 8 一 .0 0 ) ワ】 LO っ 0 けられたものである。具体的には、鉱業審議会 一新求 ( 統者現イ阡 / 1 亠 t—— Ln 1 人 -0- 「 / 戸 0 戸 0 -0 11 ワ】 め ハ 0 、 1 4- 4 門 0 8 一 -8 00 -8 業働日夕数 の答申に基づき、二八地域について第一期国内 11 1 人ー画 11 11 11 1 ーート . る 定 数 表求数 ) 探鉱長期計画が策定され、一九六六年度 ( 昭和 効者 て 均 = 人職数業ム月一働 千 有職 ( し覧 四一 ) から計画的な調査・探鉱が続けられてい 小数者娜人イ 業入要 五計 間件職有化娜局 る。第一期計画策定後の探鉱技術の進歩、デー ワ】 L.n -0 -4 ・ -9 ~ ・ 4 ー L.n 年職求 = 京有定ト 戸 0 ワ】戸 0 《 0 -8 -0- 0- 1 人 定職数 捨嫩 3 3 3 3 3 4 4 4 て就効率 = 安 タの蓄積などにより、数多くの有望地域が出て 訳 安求件 べ有倍率業一 業業業水業 規込千 す = 人足職 内業売険業信スス満「 きたので、大規模・高品位鉱床賦存の可能性の 業新申 ( は率求充省 業 年業工業小保産通ガビ未省 値職効人働 人働 産 高い二五地域について第二期国内探鉱長期計画 工学工売融動輸気一 数就有求労 2 千労 L-n O LO O つ」っ 0 ー 共 (. 0 「 / フー 00 8 8 7 7 7 7 8 8 8 8 四軽化重卸金不運電サ 表 を策定し、第一期計画と並行して一九七三年度 公 年 年 から調査・探鉱が実施されている。 その方法としては、地質構造を解明するため より、第二次世界大戦の長期間にわたる技術的業所有権保護同盟条約または単にバリ条約とよ は特許を取り消すとい , っ制度を設けようとする 途上国側の強い意見 ( 南北問題 ) やら、ソ連やの広い地域を対象とする調査から、狭い地域の 空白を理める数多くの優れた外国技術の導入がぶことがある。 この条約はその後一九〇〇年に。フリュッセル東ヨーロッパ諸国における発明者証の制度を特探鉱までの過程を、「広域調査ー精密調査ー企 円滑に進められ、自主技術の開発が促進され た。このように、技術の交流、およびそれを支 ( ベルギー ) で、一一年にワシントンで、三四許制度と同等に認めるようにという意見 ( 東西業探鉱」の三段階に分け実施している。これに えづり 年にロンドンで、五八年にリスポン ( ポルトガ える工業所有権制度は、国内産業の発展、ひい 問題 ) が提案され、改正討議がなされている。 より、秋田県の餌釣鉱床 ( 黒鉱 ) の発見 ( 一九 ル ) で、六七年にストックホルム ( スウェーデしかし、各国の利害が対立し、条約の改正は困七七年開発開始、七九年末出鉱 ) 、鹿児島県菱 ては国民の福祉の向上に大きく寄与している。 ン ) で改正され、加盟国は日本を含めて約九〇難であり、そのため最近は、パリ条約とは別の刈鉱山 ( 高品位の金銀脈 ) の発見 ( 一九八一年 法律的には工業所有権法という単一の法典は めるかわ 国際条約、たとえばヨーロッパ共同体加盟国間 に発見、八五年開業予定 ) 、秋田県の温川地区 なく、特許法、実用新案法、意匠法、商標法、か国である。 くどお この条約は、工業所有権の国際的保護のための特許条約 (=-æo) とか、わが国も加盟して ( 黒鉱 ) 、北海道の久遠地区 ( 金・銀・鉛・亜 不正競争防止法および条約がある。条約として いる特許協力条約というような新し 鉛 ) 、広島県の玖珂地区 ( スズ・タングステン ) はいわゆるパリ条約のほか、通称とよば に加入国が同盟を形成し、特許発明、実用新 はや い条約がつくられる傾向がある。〈瀧野秀雄〉の有望鉱の発見 ( 一九八二年 ) ほか、岩手県早 れる特許協力条約などがある。↓工業所有権保案、意匠、商標、サービスマーク、商号、原産 〈瀧野秀雄〉地表示または原産地名称、および不正競争の防回土井輝生著『知的工業所有権法』 ( 一九八一一・青池峰地区、佐渡、伊豆地方の金銀鉱山の再調査 護同盟条約 や探鉱も行われている。 林書院新社 ) ▽中山信弘著『注解特許法 回瀧野文三著『最新エ業所有権法』 ( 一九七五・中止を、その保護の対象としている ( 第一条 ) 。 上巻』 ( 一九全・青林書院新社 ) 深海底鉱物資源 ( ①熱水鉱床Ⅱ銅・鉛・亜 央大学出版部 ) ▽特許庁編『進展する工業そのために同盟国民の内外人平等の原則、優先 こうぎようせいさく 0 産業政策 鉛・金・銀を含有、②マンガン団塊Ⅱマンガ 所有権制度』 ( 一九七五・財団法人日本特許情報権、周知商標の保護、国際博覧会出品物の仮保工業政策 ン・ニッケル・コバルト・モリ。フデン・チタ こうぎようせいさく鉱業に対する センター ) 護、不正競争防止等に関する規定を設けてい鉱業政策 ヤ」、つギ、よ , っしょ る。ソ連や東ヨーロッパ諸国の発明者証に基づ国家の政策。鉱業は地下資源を対象とする基礎ン・銅・鉄を含有 ) の開発も現実化が急がれて 工業所有権保護同盟条約 ゅうけんほごどうめいじようやく国内産業の発展のく優先権主張も、ストックホルムにおける改正産業であるため、製造工業と異なった特徴があ いるが、とくに熱水鉱床の存在が推定される太 おがさわら ため各国はそれそれ独自の工業所有権制度をもで可能となった。条約の管理事務はスイスにある。たとえば、探査には多くの資本が必要であ平洋の伊豆・小笠原海域、沖縄海域の海底二〇 り、また資本投入をしたからといってかならず〇〇地帯は、マンガン団塊 ( 海底四〇〇〇 ~ っているが、それらの調整を図る必要から締結る世界知的所有権機関が行っている。 条約加盟国のなかには発展途上国も数多くあ発見されるとは限らない、きわめてリスクの多六〇〇〇に存在 ) よりも早く資源開発の対象 されたのが「工業所有権の保護に関する一 い産業である。また継続して採掘を続けなけれとなるものと資源エネルギー庁等の期待が高ま 三年三月二〇日のパリ条約」であり、略してエり、特許発明の強制実施、それに反する場合に ( 千件 ) ( 9 / ) 148 158 122 119 120 118 127 -8 -8 0 / 、 .0 、 1 11 1 人 ートタイム入職者数 ( 千人 ) 全入職者に占める割合 ( % ) 男女 ノ 女 男 51.4 45 . 7 56 . 0 74 . 2 84 . 4 86 . 4 85 . 3 83 . 5 290 . 1 359.4 346.5 473.4 540 . 3 520.4 537.6 540.6 14 . 2 18 . 2 17 . 8 21 . 2 23 . 3 22 . 8 23 . 2 24 . 7 1 よ行ー戸 0 11 LO 、 .0 っーー 10 . 6 10 . 8 12 . 8 14 . 2 13 . 8 14 . 4 14 . 9 238.7 313.7 290.5 399 . 3 455 . 9 434 . 0 452 . 3 457 . 1 ワ編 1 人 0 ー 0 ワ】 00 ワ】ワ 3 11 -0 0 -4 ・ 20 . 2 11 . 8 18 . 2 19 . 8 10 . 0 30 . 9 25 . 5 36 . 8 29 . 1 17 . 2 14 . 9 さんぎようせいさく