著者略歴 舘内端 ( たてうち・ただし ) 昭和 22 年群馬県桐生市に生まれる。日本大学 理工学部機械工学科卒業。東大宇宙航空研究 所勤務の後 , 株鈴木板金 ( ベルコレーシング チーム ) 入社。 2 スポーッカー ( G C カー ) の設計にたずさわる。 S R E ( ソサイアティ ・オプ・レーシングエンジニアーズ ) を設 立 , フリーランスとなる。現在は執筆活動の ほかアドバン鈴木レーシングのチーフェンジ ニアとして高橋国光選手のドライプする F 2 マシン・トールマン T G 2 の改良およびセ ッティングにたずさわる。また日本カーオプ ザイヤーの選考委員をつとめている。 高性能工ンジンの研究 昭和 57 年 10 月 30 日第 1 刷発行 ◎ 1 2 Printed in Japan 定価 1800 円 検印省略 乱丁・落丁本はお取りかえいたします。 編集発行 G P 企画センター 製本所協栄製本 ( 株 ) 印刷所 ( 株 ) 唯真 振替東京 4 ー 194982 電話東京 ( 816 ) 1611 東京都文京区本郷 5 ー 5 ー 18 発売元 ( 株 ) 山海堂 著者舘内端
第 1 章工ンジンのパワーとトルク 63 の重量である。重量といっても , 単なる重量ではなく , 正確にいえば慣性モーメン トということになる。これを小さくすることが大切だ。加速性能のところで述べた ように , 物体が加速するには力が必要であり , 物体の重量 ( 質量 ) が大きいほど , 加速には力が必要である。 このことは , 回転する物体にもいえる。回転する物体の重量 ( 慣性モーメント ) が小さいほど , 回転を上昇させたり下降させたりするのに , 小さな力ですむ。つま り , 回転数を変化させるのが容易なのである。 工ンジンの過渡特性というのは , 回転数が変化することであるから , その変化に 対して , 回転部分の重量 ( 慣性モーメント ) が小さいということは , 追従性がよい ということになる。 ( 2 ) は , 工ンジンの要求する燃料の量に , どれだけ正確に燃料供給装置が応えるか , ということである。 工ンジン回転数の増大にともなって , 吸入空気および燃料の量もふえなければな らない。 しかし , たとえば気化器方式の場合 , 急激に開かれたスロットルに対して , 重量 の軽い ( 体積あたり ) 空気は , その流量を瞬時に増大することができるが , 空気に くらべれば重い燃料は , 一瞬遅れることになり , そのときには混合気は ( 空燃比が ) 薄くなり , 失火を起すことになる。 これは , 減速時の急激なスロットルオフについてもいえることである。このとき には混合気は過濃になる。 急激なスロットルのオン・オフに対して , 燃料供給装置が正確に応答するという ことは , 工ンジンの過渡特性に対して重要なことだ。その点に関して , 気化器方式 は十分な性能を期待できない。その理由だけではないが , 気化器方式はレーシング 工ンジンでは嫌われることになる。 燃料噴射方式は , その点に関して有利であるが , これとても正確なセッティング がなされる必要がある。 工ンジンの過渡特性が問題となりやすいのは , ターポチャージャーの場合である。 このことに関しては , 後に詳しく述べることにしよう。
第 2 章高性能工ンジンの諸問題 115 つまりオーバーハングして取りつけられることになり , 前輪荷重の増大を招きやす い。したがって横置 FF 車においては , 工ンジンの軽量化は , 車重の軽減と同時に 前輪荷重の軽減もはかれることになり , ハンドリング上も有利となる。 このように , 工ンジンの軽量化は現在ではとくに F F 車用のエンジンで著しいも のがある。たとえば 1 S ー U 型 ( トヨタ・ビスタ / カムリ等 ) では , 中空カムシャ フトや中空クランクシャフトが採用されており , E 型 ( ニッサン・パルサー , サニ ー等 ) では . ハーフスカート式のシリンダープロックが使われている。 一方 , ェンジンの軽量化は , プロック剛性の低下 , それに伴う騒音・振動の増大 を招きやすい。 一方でよければ , 他方でマイナスであるという , これもそのよい例である。ここ でも , 全体のバランスが重要だといえる。 2. 振動・騒音を少なくする レーシングカーでは , 工ンジンをシャシーの一部として構造部材に使う場合が多 い。 F 1 ですばらしい成績を残しているコスワース社の D F V 工ンジンは , もとも とシャシーの一部として使えるように設計されているほどだ。 ところが , 工ンジンの振動が強いとエンジンマウントにクラックが入ることがあ る。もし工ンジンマウントが破損すれば , 大事な 1 レースを落してしまうことに なる。 また , 軽量なリアウイングにはエンジンの高周波振動が伝わりやすく , リべット がゆるんだり , マウント部やウイング本体にクラックが入る場合が多い。 どちらかというと , 振動などあまり考えないレーシングカーでも , このとおりで ある。 一方 , 乗用車では , 振動や騒音が大きいと疲労が増し不快である。いやしくも G T ( この場合では , グランド・ツーリスモなる言葉の方がよりピッタリする ) と名 のつくクルマであれば , 車室はできる限り静粛でありたいものである。 たとえば , トヨタの 2.8 ぞ D O H C 工ンジンの 5 M ー G E U 型には , バルプクリ アランス調整を不要にした油圧式ラッシュアジャスタが採用されている。これはま バルブ系の騒音の低減にも一役買っている。ラッシュアジャスタを採用すると , そのほかの D O H C 工ンジンのような直接駆動式 ( カムで直接バルプを開閉する )
2 4. 強度・耐久性の向上 強度を高めるために部品のサイズを上げると重量が増加しそれは慣性力の増加 を招き , かえって部品の強度を低めることにもなる。高回転型であるレーシングエ ンジンのむずかしい面だ。 そこでレーシングエンジンでは , 重量の増加をなるべくきたさないような , 強度 および耐久性の向上技術が求められるが . これは大きく 2 つにわけることができる。 ひとつは , 材質の改良であり , もうひとつは熱処理や機械加工を含めた表面処理 技術である。 材質の改良では , 鋳鉄でつくられていたものは鍛造品に , さらにはより高級な材 料へと進められる。たとえばクランクシャフトは特殊合金鋼を用いた鍛造品が使わ れ , ピストンは鋳造品から鍛造品へと変えられる。コンロッドには , 比強度の高い チタンが使われることが多く . コンロッドボルトの設計・製作は , コンロッドボル トの専門メーカーに依頼するといった改良が必要となる。 図 2 フォード・コスワース DFV 断面図
154 M12 / 7 とほほ。同じ値だ。 80 mm というストロークによって , 最高出力時 ( 6()0() rpm ) のピストンスピー ドは 16m / s , 25m / s の限界ピストンスピードに到達する回転数は 9375rPm で 市販 D O H C としては , 十分に余裕のあるヒ。ストンスピードであるが , コンペテ ニングを考えると , 高回転・高出力型よりも中低速トルク重視 イション用にチュー 型 ( もちろんレーシングエンジンのレベルで ) になる。 3. 動弁機構 D O H C で 1 気筒あたり 4 バルプ方式を採用している。 バルプ径は , 吸気が 34.5mm , 排気が 30mm である。 BMW ・ M12 / 7 は , 35.8 / 30.3mm であるから , 4 バルプ方式としてはけっして小さなものではない。 つけ加えておけば , FJ20 型のバルプ径は , かっての 2 座席レーシングカーである 図 35 FJ20 工ンジンの′ヾーツ
2 工ンジンの素性の良さに , 軽量・コンパクトというのがあるが , これは , 工ンジ ンをクルマの一部品と考えれば大変重要なことである。つまり , 動力性能を向上さ せようと出力アップをはかった結果 , ェンジンが大きくなりそれにつれて車体も大 型になったのでは , 動力性能の向上の割合は低いものとなってしまう。 この点に関してロータリーエンジンは非常に有利である。全長ではレシプロエン ジンの 6 気筒よりはもちろん 4 気筒よりも短い。重量は 6 気筒の約 3 分の 2 程度で ある。 幅については , ほばレシプロエンジンと同程度だ。これはレーシング用に考えた ときだけのことであるが , ロータリーエンジンはエンジン下部の幅がレシプロエン ジンにくらべて広く , シャシー下面をしばりこむ必要のあるウイングカーでは , 意 外にこの下部の幅が気になるところである。 全長の短いことは , フロント・ミッドシップを成功させた R X ー 7 に見られるよ うに , 車体の重量配分を適正化する上において , 非常に有利に働く。 2 ) 低振動・低騒音 ロータリーエンジンは , 往復連動部分を持たないために慣性の不つり合いがなく , 工ンジン振動が少ない。またトルク変動も 6 気筒並の少なさである。 振動が少ないのは , 振動低減のために重量が増加する割合が少ないということで あり , それだけ軽量なシャシーがつくれることになる。 ロータリーエンジンには , カムやバルプがないために , これらから発生する騒音 がなく , 低騒音である。騒音をしゃ断するために多くのインシュレーターが使われ るようになったが , ロータリーエンジンではこの使用割合も少なく , シャシーの軽 量化につなげることができる。 3 ) トルク特性 ロータリーエンジンでは , その吸入効率が回転数の全域にわたって高いので , ト ルク特性は , 低回転から高回転までフラットなものとなる。このために , ドライバ ビリティは良好なものとなる。ただし , トルクに山があって , それを楽しむような 人にとってはもの足りないと感じられる場合もある。しかし , 走ってみると速いの である。 4 ) 広い回転数範囲 ロータリーエンジン車に乗ってみると , 実にエンジンがスムーズに回転すること に驚かされると同時に , 工ンジン回転が知らぬまに上昇してしまうことにもびつく
第 3 章 D 0 H C 工ンジン 165 のエンジンはホンダの AK250E 型で , 63 年に発売された T360 に搭載され 360CC の排気量から 30 馬力を得ていた。 乗用車用としては 63 年 10 月に発売 (T 360 はそれより 2 月早い ) されたホンダの スポーッカー S 500 に搭載された A S 280 E 型が最初になるわけだ。 AS 280 E 型は , 直列 4 気筒で 531CC の排気量から 44ps / 8000 甲 m のパワーを 得ていた。 AS 280 E 型はその後排気量が増大され , AS 285 E ( 606CC , 57 馬力 ) , AS 800E ( 791CC , 70 馬力 ) へと発展していった。 70 年には , ギャラン G T O ・ M R に搭載された三菱の D O H C 工ンジンである 4 G 32 型がデビューしている。 4G32 型工ンジンは , 排気量 15978 で , 125PS / 6800rPm , 14.5 ・ m / 5000 rpm という性能であり , それを搭載したギャラン G T O ・ M R は , 最高速 2 00 km/ h , 0 ー 4 00 m 加速 16.3 秒という駿足モデルであった。 以上はすべて市販乗用車用 D O H C 工ンジンであるが , レーシングエンジンとな ると , ホンダ F 1 用 3 宅工ンジンをはじめとして , ニッサンの G R X 型 , トヨタの V 8 型 , あるいはダイハツの P 3 型 , 日野自動車の Y E 28 型等 , 多くの D O H C 工 ンジンが , かっては存在した。 現在の D O H C 工ンジンは , 少なからずこれらの市販 , そしてレーシング D O H C 工ンジンの影響を受けているわけである。
第 3 章 D 0 H C 工ンジン 163 れ以降トヨタの D O H C 工ンジンは型式名に G が付されることになった。 ニッサン S 20 型工ンジン 2. S 20 型工ンジンは , 直列 6 気筒 D O H C 4 バルプであり , スカイライン G T ー R に搭載されて , 当時絶大なる人気を博したエンジンである。 ーは 1969 年のこ テ、ビュ とであった。 S 20 型は , 2 座席プロトタイプレーシングカー R 380 に搭載された G R 8 型のデ イチューンモデルである。レースでっちかわれた技術を量産車にフィードバックす ることはよくあるが , G R 8 型から S 20 型のように , あまりにもダイレクトな例は ほとんどない。 G R 8 型のディチューンにあたっては , 機械式燃料噴射がソレックスキャプレタ ーの 3 連装となり , ドライサンプからウェットサンプ , カムの駆動がギア式から 2 ステージのチェーンへと変更されている。その結果 , 最高出力は 160PS / 7000rpm, 最大トルクは 18kg ・ m / 5600rPm となった。 図 45 スカイライン GTR 用 S20 工ンジン 二第、
第 7 章 技術である。 レーシンク。工ンジン 233 多気筒化することは , 工ンジンのリビルドをやっかいなものにする。たとえば 12 気筒の 4 バルプエンジンだと , そのバルプの本数は 48 本に及ぶ。それらのバルプを 1 本 1 本すり合わせ , バルプクリアランスを精密に調整することは , 膨大な作業量 を意味する。 それを嫌って . たとえば 12 気筒ではなく 8 気筒を , 6 気筒ではなく 4 気筒を選ぶ と , ストロークの増加からヒ。ストン強度が問題になりやすい。高回転に耐えうるビ ストンの製造技術が求められることになる。 動弁系では , バルプのジャンピングやバウンシングが高回転化にともない問題と なってくる。これをなるべく高回転域まで発生させないようにするには , 動弁系の 固有振動数を高める必要があり , そのためには動弁系の軽量化がポイントとなる。 直接駆動式であると , 動弁系の剛性が高く , 部品点数も少ないので軽くなるわけ だが , これとても 10000rpm を越えるような高回転数域では , さらに軽量化が求めら れる。チタン等の高級な材料を使う技術が求められる。 3. フリクションロスの低減 レーシングエンジンでは , クランクシャフトのジャーナル径やヒ。ン径を減少させ て , しゅう動抵抗を少なくすることでフリクションロスを低減する方法では , 強度 の危険が大きすぎる。 それよりも問題になるのは , クランクケース内のオイルによるフリクションロス である。高速で回転するクランクケース内には大量の油飛沫が存在する。これがク ランクシャフトやコンロッドによってかく拌されると , 大きなフリクションロスと したがってレーシングエンジンでは , クランクケース内のオイルを素早く集めて , これを排出する必要がある。そのためにもドライサンプ化が必要なわけであるが , そうしてもスカべンジャーポンプによって吸い出されるオイルに大量の工アが混 人していたのでは , オイルの冷却と潤滑能力に問題が発生する。オイル排出口の位 置や , スカべンジャーポンプの個数 , 吐出能力 , オイルサンプの形状といったもの の最適化が必要である。
110 によっても火花が飛ぶことになる。 これでは , 正確な点火時期は得られないことになり , 工ンジンはバラついてしまう。 ウインカー以外にも , 電磁ポンプ等のオン・オフされる配線は同じように影響す るし , オン・オフしなくとも , 強電流が流れることによって生じる磁界は , やはり 影響する。 市販乗用車にあっては , このようなことはめったにないが , レーシングカー等 , 常にエンジンを換装したり , 改造を受ける車種においては , 十分に起りうること この現象は , 相手が電気という目に見えないものだけに , 起るとやっかいである。 サーキット等でエンジンがバラつくものの何割かは , これが原因となっているだ ろう。 次は 2 次電圧の誘起の仕方についてである。 CD I 以外は , 1 次コイルに常時電 流を流しておいて , これをしゃ断することで 2 次コイルに高電圧を発生させるもの 20 圧 kV 5 0 0 〇 必生点ム電旦 ( 高圧ェ、オをハ 必要点火電圧 ( 低圧ェこ±Q. 、、 2 3 工ンジン回転数 ( 「 pm ) 4 点火電圧関係図 6 5 6 気筒工ンジン 7 8 X 3 点火プラグに火花を飛ばすのに 必要な電圧は , スロットルを開 くほど , 圧縮圧が上がるほど , 吸入効率がよくなるほど高くな る。しかし , 回転数が高くなる と吸入効率は低下しやすいから , 必要な電圧は低くなる。一方 , 発生する電圧 ( 2 次電圧 ) は回 転数が高くなると低下する。 のグラフでいえば , 5000 「 pm 付 近からは必要電圧に対する発生 電圧の余裕が少なくなり , ミス ファイアが発生しやすい。 図 35 必要電圧と発生電圧 オン・オフ ウインカー 点火信号発生 磁石発電機 占 点火回路 配線のかたまり プラグ 点火信号発生磁石発電機 ( ビックアップ ) から点火回路に向う配線の近くに , ウイ ンカー等の配線があるとその回路を流れ る電流によって , ビックアップの配線に は発電機によるものとは異なる電流 ( ノ イズ ) が流れてしまう。その電流が点火 信号になり , 工ンジンがバラっく原因と なることがある。 図 36 ノイズ発生の原理