アドルフ - みる会図書館


検索対象: アダルト・チルドレンと家族 : 心のなかの子どもを癒す
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1. アダルト・チルドレンと家族 : 心のなかの子どもを癒す

害者意識に正当性を与え、共通の敵としてのユダヤ人という「憎んでもよい対象」を匝第一次世界大 戦で敗戦国となったド 定めたのです。 ィッは、ベルサイユ講 和条約により国土を割 第三帝国を支えた大きな力のひとつは、ドイツ女性たちのアドルフ・ヒットラーへ 譲され、多額の賠償金 を支払う義務を負い、 の賛美でした。 , 彼女たちの多くは家族内の理不尽な女性への抑圧の犠牲者でした。こ 経済状態が悪化してい のドイツ女性たちのなかのアダルト・チルドレンとしての要素が、権力者アドルフへ た。 の共鳴を呼んだのだと思います。父・アロイスがクララたちからそうされたように、 哀れで従順なドイツ女性たちにとって総統ヒットラーは敬愛の対象になったのです。 被虐待少年は苛酷な生活をファンタジー ( 白日夢 ) で癒す術を身につけるものです が、アドルフ少年にとっては軍事への関心と戦争ごっこがこれになりました。この少 ン レ ド . 年の戦争ごっこは、自らをアメリカ・インディアンやポーア人の立場に置き、弾圧者行 ) 南アフリカに 入植したオランダ系白ル チ に闘いを挑むという筋書きのものだったそうですが、この少年は仲間に対しては無条人たち。イギリス人た ちに入植地を追われ、ト 件に服従することを求めていたそうです。 大英帝国とポーア戦争 彼の雄弁は仲間の少年たちを魅了していたということですが、それは演説者アドル ( 一八九九 5 一九 9 一ア 年 ) を戦って敗れた。 れ フが聴衆である少年たちの心の動きをよくとらえていたからです。少年たちはアドル 荒 章 フと同じように親の圧力にさらされながら、強大な父たちのパワーを取り込もうとし に ) 「カづけ」とい うことですが、単なる第 ていたでしよう。アドルフ少年はそうした仲間たちをエンパワーしながら、小さい聴 励ましではありませ ん。第 5 章参照。 衆たちの瞳に浮かぶ賛美を自らの癒しにしていたのだと思います。

2. アダルト・チルドレンと家族 : 心のなかの子どもを癒す

りかえし語っています。ただし少年時代の自分の勇気を示す挿話としてです。 アドルフはある時、冒険小説を読んでいて「痛みを外に表さないのは勇気ある証拠ー という文章に出会い、以後殴られても声を出さないことを決心したそうです。そして、 実際そういうことになった時のことを、総統ヒットラーは次のように語っています。 「まだはっきり覚えているがね、母が部屋の外に立って心配そうにのぞいていたよ。 私は一打ちごとに父といっしょになって数えたものだ。私が誇りで顔を輝かせなが ら、「お父さんは僕を一一三回もお打ちになったよ」と知らせにいったとき、母は私の 頭がおかしくなったと思ったものだ」 ここに見られるのは被虐待児アドルフです。それと同時に、父の暴力から愛児を守 れない母親の無力も活写されています。アドルフは暴力の恐怖と苦痛におののくばか りでなく、自分の心のなかに苛酷な父のイメージを取り込んで、苦痛を表現すること さえ出来なくなったわけです。母親はこの暴力に介入することも、少年の絶望を癒す こともできませんでした。このような状況に置かれた少年のトラウマが、後年の彼の 心に影響をおよばさないはずはありません。 総統ヒットラーは不眠症でした。しかもそれは激務による神経系の過剰興奮といっ たものではなく、トラウマ後遺症による精神障害を思わせるものでした。 総統の護衛にあたっていた秘書たちは、彼が「ひきつけるような大声」をあげて夜 〇四頁。 ( 7 ) 「魂の殺人」ニ

3. アダルト・チルドレンと家族 : 心のなかの子どもを癒す

になる。夫婦間の不和が母親に対する父親のひどい乱暴という形を取り、酔った上で の暴力になるという時、それが子どもたちにいかなる影響を及ばし得るものか、その ような境遇を知らぬ人には想像もっくまい この記述がアドルフ自身の体験に基づくか否かは別として、少なくとも彼はアダル ト・チルドレンの生き方をよく知っていて、関心をもっていた人に違いありません。 父・アロイスは、一家の守護神であると同時に元来怒りつばく、ヒットラー家の暴 虐な独裁者でした。妻や子どもたち、とくに男の子たちには暴力的なところを抑制で きない人だったようです。 官吏としての体面上、その攻撃的な性格を世間の場で表現することはありませんで した。しかし家では、彼の短気と怒りつばさがおとなしい妻を萎縮させ、意のままに ならない子どもたちには暴力として爆発していたようです。 アロイスの折檻はまず長男 ( アドルフの異母兄 ) のアロイス二世 ( 「汚いいたずら小 僧」で、官吏になって欲しいという父の期待を裏切り続けました ) に向けられ、彼はカバ 皮の鞭で情け容赦なく叩きのめされていたそうです。アドルフもやられましたが、こ ちょうちゃく ちらの方は自負心の強い子で、打擲は身体の痛みとしてよりも、恐怖と屈辱という 心の傷としていつまでも残りました。 ヘア・ファーター 後年の総統ヒットラ 1 は、「父親殿」が自分に加えた暴力を周囲の秘書たちにく 〇九頁。 ( 6 ) 「魂の殺人」ニ 129 第 4 章荒れるアダルト・チルドレン

4. アダルト・チルドレンと家族 : 心のなかの子どもを癒す

中に目覚める場面に何度も立ち会ったそうです。そうしたときの総統は大声で助けを 求め、べッドの縁に座り込み、理解できない言葉を口から漏らしていました。「あい つ、あいつがそこにいたんだ」と彼はあえぎながら言ったそうです。 あるときは突然「数をかぞえ」はじめました。この不思議な挿話を、アリス・ミラ ーはアドルフが子どものときに呑み込んだ恐怖の再来と解釈しています。鞭の一打 ち、一打ちを数えなければならなかった、あの、かって打ち消した恐怖の再来だとい うのです。「あいっーとは父・アロイスのことです。 この恐怖と屈辱は、もちろん少年アドルフから引き継がれたものですが、この少年 には父親への怒りを表現できる機会がほとんどありませんでした。かろうじて表現で きたことのひとつは、父親の期待したような「良い子」になって、官吏を目指すこと を拒否することでした。 この少年への大人たちの評価 ( そのなかにはヒットラーの伝記作家たちのものもふくま れます ) は怠惰、教師への反抗、成績不良、嘘つきといったものですが、これは以下 のような総統ヒットラ 1 自身の回顧との関連でとらえられるべきでしよう。 「私は自分の意見をしばらくの間我慢しておくことができた。父の言うことにすぐに 逆らう必要はなかったのである。私自身の固い決意、役人になどなるものかという決 ( 8 ) 意だけで、私は完全に気持を落ち着かせることができた」 〇七頁。 ( 8 ) 「魂の殺人」ニ リ第 4 章荒れるアダルト・チルドレン

5. アダルト・チルドレンと家族 : 心のなかの子どもを癒す

しかし、父親にとっては、出来の悪い息子の心のなかのひそかな怒りなど取るに足 らないものでした。アロイスは犬を呼び寄せるように指笛を吹き鳴らしてアドルフを 呼び付けていたそうです。 総統ヒットラーがオーストリアを併合して直ちに命じたことのひとつは、ドレルス ハイム村とその周辺村落をすべて練兵場に変えることでした。父親の生家も祖母の墓 場もすべて軍の戦車によって破壊され、跡かたもなくされてしまったのです。あの悪 名とどろく人種法もヒットラーの父親 ( ユダヤ人の血を引いているという噂に取り憑か れていた者 ) に対する憎悪と復讐心に由来していたのかも知れません。 アダルト・チルドレンにとって悲惨なことのひとつは、彼ら自身が憎悪の対象であ るはずの親の似姿になることです。そのメカニズムについては第 1 章と第 3 章に述べ ましたが、とくに男の子の場合、圧倒的な暴力で襲いかかるパワ 1 への同一化が徹底 します ( 第 3 章、表 3 の 5 ー、を参照してください ) 。 その際、迫害者の親のイメージは分割され、そのパワー部分は神格化されて、憎悪 部分は他者に転化されます。ヒットラー家のなかの独裁者 ( 子どもたちを暴力で制し、 無力な妻クララの敬愛の対象となる ) の姿は、アドルフ・ヒットラーのなかに取り込ま れて、彼のドイツ国民 ( という子どもたち ) への演技の骨格をつくりました。その際 に彼が備えていた魅力とは「憎悪する能力」だったと思います。彼はドイツ国民の被 ( 9 ) ( 9 ) 純粋なアー ア種族であることを三 代前までにわたって証 明させ、そうでない者 の市民権を制限すると いう法律 132

6. アダルト・チルドレンと家族 : 心のなかの子どもを癒す

クララは三人の愛児の死を自分の不道徳 ( 私生児を産んだ ) への神の処罰と考える ような人でしたが、無力で、従順で、終生「おじさま」を敬い、アロイスの死後も、 遺品として飾ってあるパイプに「うやうやしく」接していたそうです。 父・アロイスは二面性をもった人でした。彼は戸籍を修正してまで、純正なアーリ ア種族であることを世間に主張しようとしていましたが、村には彼の出生にまつわる 噂がいつまでも残っていました。アロイスは一族の守護神のような存在で、クララを 家に引き取ったのもそうした役割のせいだったと思われますが、面倒を見たのはクラ 5 ) 「魂の殺人」ニ 一五頁。伝記作家ョア ラだけではありませんでした。精神障害者の妹を引き取って終生面倒をみたりもして ヒム・フェストはアド ルフが父の人格を傷つ います。しかし、その一方で彼はアルコホリックでした。 けようとして、アル中 『魂の殺人』から引用すると、彼 ( アドルフ ) はそういう父を〃悪臭紛々たる、紫煙 説を吹聴したと言って いますか、ミラーも述 の立ちこめる居酒屋みから〃身の毛のよだつほど恥ずかしい思いをしつつ、なだめた べていることですが、 ( 5 ) りすかしたりして家に引っ張って帰らねばならなかった〃ということです。 その事実もないのに自 分の父をアル中と呼ぶ また、ミラーはアドルフ・ヒットラーの主著『わが闘争』のなかに次のような文章 必要など、権力者アド ルフにはなかったので があることを指摘しています。 はないでしようか。総 「このような両親間の戦いが、ほとんど毎日のように、内的な粗暴性を余すところな統ヒットラーの回顧を く見せつけるような形で終わるとしたら、結局のところ、徐々にではあるかもしれな事実そのとおりだった と考えてはなぜいけな いのでしよう いが、このような人生観を教え続けられる結果が子どもたちの上にも現れてくること

7. アダルト・チルドレンと家族 : 心のなかの子どもを癒す

それにはそれなりの理由があり、そのことをしつかり考えることが日本の子育て、親 子関係、そして日本人一般の行動パターン理解の鍵ともなるというのが私の考えです。 第 1 章に出てきた次郎は、「荒れるアダルト・チルドレン」といえます。そうした 人々の話に入る前に、アダルト・チルドレンがどうして「パワ 1 への渇望」を心に秘 めるようになるのかを、絶好の素材を紹介しながら考えてみたいと思います。 ・ <O としてのヒットラー 親の不適切な養育によるストレスにさらされながら育った人々が、いかに深刻な影 響を受けるかということについて、もっとも早く、しかも大胆に発一言してきたのは、 ドイツの元精神分析医アリス・ミラーでした。 そのミラーは著書『魂の殺人』の中で、第三帝国の独裁者ヒットラーが被虐待児と ( しての側面をもっていることを指摘しました。それを読むと、この独裁者の行為があ る種のアダルト・チルドレンの特徴を実にわかりやすく示しているのに気づきます。 父親によるアドルフ少年への暴力は、多くの伝記作家たちによって事実として記載 されながら、謹厳な紳士である父親による教育的な折檻とみなされ、この少年の無規 律と怠惰だけが強調されてきたものでした。 ミラーは父の折檻にさらされた少年アドルフの恐怖、屈辱、憎悪、憤怒について共 ー ) 元という字を 計・したのはミ一フーか精 神分析という治療法に 一種の精神的暴力を認 め、一定の距離を置く ようになっているから です。 2 ) 「魂の殺人」 < ・ミラー著、山下公 子訳 . ( 一九八三年、新ン レ 曜社 ) 。 3 ) アダルト・チチ ルドレン云々について は別ですか、アドル フ・ヒットラーに関す ア る事実関係についてる れ は、以下の記述のすべ 荒 てが「魂の殺人」に書 章 かれているところに拠 っていますので、くわ第 しいことはそちらを一 / んでください

8. アダルト・チルドレンと家族 : 心のなかの子どもを癒す

仲間への演説は、この少年にとって単なる伝達ではありませんでした。自己を癒す 必死の手段であったから聞く者たちの心を打ったのでしようし、この少年は大人にな ってからもこの癒しの術を手放せなかったのです。 残念なのは、この癒しは共通の敵、憎悪の対象を必要としていたことです。聴衆の 年齢が上がり、数が飛躍的に増えるにしたがって、敵への憎悪の強調も極端なものに なりました。 こうして見ると、ドイツの歴史に暗黒の影を落としたナチスの熱狂は、ひとりのア ダルト・チャイルドの自己流グループ療法に始まったことになります。 ・攻撃的なアダルト・チルドレンの誕生 以上、アドルフ・ヒットラーという有名人を素材として、被虐待児がどのようにパワ ー渇望と攻撃性を身につけたアダルト・チルドレンへと成長するかを見てきました。 次にこうしたアダルト・チルドレンがどのような経路で発生するかについて考える 際に参考になる客観的な資料をあげますが、その前にトラウマが何を傷つけるかにつ いて、ここでもう一度確認しておきたいと思います。 生理的早産という宿命にさらされた人間の乳児は、生後の数カ月を親の腕と胸とが つくる空間 ( 安全な場 ) 、一種の人工子宮のなかで過ごします。家とはこの人工子宮 リ 4

9. アダルト・チルドレンと家族 : 心のなかの子どもを癒す

感しようとした最初の人だと思います。思えば『魂の殺人』がドイツで出版された一 九八〇年は、アメリカで始まった児童虐待への注目がようやく世界に広がり出した時 期でした。 一八三七年、オーストリアの寒村の小農の家で、マリア・アンナ・シックルグルー ーという未婚女性が生んだのが、アドルフの父・アロイスです。これが、アドル フ・ヒットラー物語の発端になります。 ハン・ゲォルク・ヒートラーと結婚したのです マリア・アンナは粉挽き職人ヨー ハン・ネボムク・ヒュットラー が、夫婦は極端に貧しかったため、乳児を夫の弟ヨー にゆだね、この子はそこで育ったのです。 この子の父親が誰かについて正確なところはわからないままです。このヨー ゲォルク・ヒートラーないし、その弟ヨー ハン・ネボムク・ヒュットラーが実父では ないかとされていますが、マリア・アンナが奉公していた、富裕なユダヤ人商人の家 の息子によって妊娠したという噂が、この寒村に連綿と受け継がれていました。その 噂の根拠となったのは、マリア・アンナに、そのユダヤ商人から養育費が支払われ続 けていたという事実でした。いろいろな噂のまとわりついたこの子は、養父のもとで 苛酷な乳幼児期と少年期を過ごしたものと思われます。 アロイスは一三歳で靴職人の徒弟になりましたが、職人をきらって役所で働くよう

10. アダルト・チルドレンと家族 : 心のなかの子どもを癒す

になり、刻苦勉励につとめて、彼の学歴では精一杯ともいえる官職 ( 上級税関事務官 ) につくようになりました。 アロイスはそのことを誇りとし、官職名と敬称で呼ばれることを好んだそうです が、貧しい家の出で学歴がなく、そのことでの鬱屈はかなりのものだったでしよう。 それ以上にアロイスを苦しめたのは、彼の実父が誰であるかはっきりしなかったこと のようです。 そういうアロイスは四〇歳近くになって、ある画策をしました。このときマリア・ ハン・ゲォルクも死んで一九年経っていたそうで アンナは世を去って二九年、ヨ 1 ハン・ネボムク・ヒュットラーと彼の三人の知人たち す。その画策とは、養父ヨー ン レ ハン・ゲォル に、ドレルスハイムの司祭を訪ねさせ、婚外子アロイスは、実はヨー チ ク・ヒートラーの嫡出子であると、戸籍を訂正させたことです。こうしてアロイスは ( 4 ) どうしてヒー ヒットラー籍を名乗ることになりました。 トラーでもヒュットラ々一 ア 自分が私生児であることに散々悩んだはずのアロイスは、自身も私生児を生んでい ーでもなく、ヒットラ る ーであるのかは「魂のれ ます。アロイスの従妹クララは、一六歳のときに一族の出世頭であった「アロイスお 殺人」には書いてあり 章 じさま」の家の住み込み女中になり、アロイスの病んだ妻とその子どもたち二人の世ません。 第 話をしていましたが、このクララは二年半の間にアロイスの子を三人産み、三人とも ほば同時に病で失っています。その一年後にアドルフを、後に女児を産みました。