すが、自傷行為はこの不快な感覚を緩和するという効果をもつようです。 自傷行為に嗜癖して、これを繰り返すようになると、痛覚が鈍麻してきますので、 自傷行為はさらにひんばんに繰り返されることになります。こうなると患者のからだ は、切り傷や打撲におおわれるというグロテスクなものになります。 自傷行為は虐待体験をもった者に高率に生じることが確認されています。虐待を受 けた年齢が低いほど、その人の攻撃性は自分自身に向けられるようです。こうした 人々の場合、自分のなかの攻撃性を調節する能力、あるいは他人からの攻撃に対する 不安を調節する能力が弱まっているといえるでしよう。 「不安や攻撃性 ( 怒り ) を調節する能力」が低くなると、それは自己や他者への 「憎しみへの嗜癖」を生みます。たとえば、ベトナム戦争帰りの復員兵のなかで若い 兵隊で部隊への忠誠心が強いというような人が、自分の仲間が殺されたというような 状況に遭遇した後で、大量殺戮に加わることが多かったそうです。そういうタイプの なかから、重いが発生しているというレポートもあります。 「憎しみへの嗜癖」という言葉は、クリスタルがナチの強制収容所から解放された 人たちの、その後の人生について述べた言葉でもあります。どこへ行っても誰と会っ ても、他人への不安や怒りに圧倒されて、人間関係をつくれないまま人生から逃避す る結果になってしまう。 31 第 1 章家族に心を傷つけられた子どもたち
いる人に出会うと、その人を支配し、離れられないようにしようとします。要するに 「共依存的に」しがみつくわけです。 共依存は「偽の親密性」です。表 2 の⑦でいうように、アダルト・チルドレンは共 依存で他者に接してしまうために、親密な関係を楽しむことができません。つまりア ダルト・チルドレンは支配欲を愛情と混同しがちなのです。このことを「アダルト・ チルドレンは嫉妬深い」と言い換えてもよいでしよう。 あつれき ここから男女間の関係の混乱や同僚や部下との軋轢も生じます。 【アダルト・チルドレンは被害妄想におちいりやすい】 前に述べたようにアダルト・チルドレンの自己評価は低く、他人に良い評価をされ ているような気になれません。そのため他人の言葉やふるまいの背後にある悪意を読 み取ろうとする「マインド・リーディング ( 空想的読心 ) 」を絶えずやっています。こ れは一歩進めば妄想にいたる危険な傾向ですが、ほとんどのアダルト・チルドレンは これの愛好者です。これが彼らを孤立させ、その孤立が彼らの自尊心をさらに下げる という悪循環におちいっています。 表 2 の⑩他人との違い探しの傾向は、ここで述べているような他者不信のひとつの 表現ですが、それはウオイティッが考えていた以上に深い病理性に根ざしているよう に思います。 99 第 3 章アダルト・チルドレン
なものです。それらにいちいち責任を感じたり、罪悪感をもったりする必要はないと いうことを彼らは知りません。 【アダルト・チルドレンは環境の変化を嫌う】 表 2 の⑧で述べていることです。 アダルト・チルドレンは必要に迫られて「共依存的自己ーを身につけました。これ は「偽りの自己」とも呼ばれるもので、傍から見ると苦しそうなのですが、彼らにと っては必死にたどりついた救命ボートのようなものなので、これから離れようとしま せん。こうした彼らを「新たな成長」に導くのは大変困難です。 治療場面以外について見ても、彼らは保守的で著しく頑固です。それまでの生活習 慣に固執し、それがいかに不適切なものであっても変えようとしません。まして他人 の強制による変化には反発します。 アダルト・チルドレンは長い間、親からの侵入にさらされながら生きてきましたの で、他人から変化を勧められると侵入されたように感じてしまうのです。 【アダルト・チルドレンは他人に承認されることを渇望し、さびしがる】 「あなたはそのままで私の愛と関心の対象です」というメッセージを他人から受けた がっているという点では誰でも同じなのですが、アダルト・チルドレンの場合、自己評 価が低すぎるために「あなたはそのままでいい」という他者の言葉が聞き取れません。 101 第 3 章アダルト・チルドレン
【不誠実 ( 不正直 ) 】 共依存者は自己評価が低いため、本来の自分の判断を否定したり、隠してしまいま す。暴力を振るう夫との緊張をはらんだ関係に耐えている女性たちは、自分の居心地 の悪さなどの感情に不誠実で、それを否認してしまいます。 共依存者は自尊心に乏しいために「他人からの批判」を極度に恐れます。その結 果、自分の判断を否認したり、隠そうとしたりしがちです。 【自己責任の放棄】 夫との緊張や暴力に苦しむ女性たちのなかには、その関係から離れたいと思って も、そのことが「他人に批判される」ことを恐れ、結局は離れられないという人たち がいます。自己責任の放棄とは、このことをいいます。 【支配の幻想】 「他人からの批判」を配慮するあまり、居心地の悪い生活に耐えている女性たちは、 周囲の人間にもこうしたかたちでの「他者への配慮」を求めます。 「自分の世話を受けている他人は自分の仕事・役割に感謝し、少々問題があってもそ れを表面に出したりせずに自分の支配下にいなければならない」というわけです。と くに、親と子のような上位と下位の関係のなかでそれは露骨に現れてきます。共依存 的人間関係は必ず、支配する者と支配される者とをつくります。 57 第 2 章家族という危険地帯
ならなかったとしても、人のためにだけ生きて自分の生に喜びを見いだせなければ 「生き残れている」とはいえません。 アダルト・チルドレンの多くは一見「良い子。そのもののように見えるのですが、 それは彼らが自分の欲望や感情にそって生きることが難しかったからです。そういう 人々のなかには、他人の役にたっていないと生きていてはいけないような気がして、 人の世話を一生の仕事として選ぶ人が少なくありません。そういう事情もあって、看 護婦、ケースワーカー、医者といった人たちにはアダルト・チルドレンが多いのです。 いうまでもないことですが、こうした職業がいけないといっているのではありませ ん。どんなに他人の役にたっ、崇高な職業についているにしても、それが自分にとっ て喜びのないものであれば、それは生き残りとはいえませんし、そういう人には本当 しいたいのです。そういうわけで治 の意味で人を癒すということもできないだろうと ) 療者といわれる人たちも自分のなかのアダルト・チルドレン的な部分に気づいて、そ こから離れるという作業を続けていく必要があります。 ・アダルト・チャイルドを自覚するまで このへんで一人のアダルト・チャイルドのことに話を移すことにしましよう。第 1 章で紹介した兄弟の兄・太郎がその人です。アダルト・チルドレンには次郎のように 巧第 3 章アダルト・チルドレン
【アダルト・チルドレンは表情に乏しい】 アダルト・チルドレンは不安、悲しみ、寂しさ、怒り、喜びなどの感情を認知する ことが不得手であり、ましてそれを表現することには恐布さえ感じています。 感情をいちいち認知したり表現したりしていては、生き残れないようなところで暮 らしてきたからですが、その結果、彼らの表情は不活発で、なかには能面をつけたか のような人もいます。 【アダルト・チルドレンは楽しめない、遊べない】 ウオイティッが表 2 の⑤で指摘しているように、アダルト・チルドレンは生活のな かに楽しみを見いだすことが不得手ですし、楽しむことに罪悪感さえ抱いています。 他人に誘われて遊びに出かけても、他人が自分をどう思っているかということに気 を取られてほとんど楽しめません。結局、一人で部屋にこもることが多くなりますの で、これが前記の他者不信をさらに深刻なものにしてしまいます。 【アダルト・チルドレンはフリをする】 前に述べたように、アダルト・チルドレンは不誠実で嘘つきです。楽しくないのに 楽しそうにふるまい、怒っているのに気にしていないフリをします。まず自分自身に 対して嘘をつき、自然な感情を押し殺して生きているのです。 怒りや嫉妬などの感情は「自然に湧いてくる」もので、あえていえば「屁」のよう ( ) 第 7 章で後述 する「グリーフ・ワー ク」の効用のひとっ は、彼らの表情を生き 生きさせることです。
私はこの本のなかでそうしたことを述べていきたいと思っているのですが、その前 に、家族内で生じるトラウマ ( 心的外傷 ) のことを説明しておく必要があると思いま す。 私たちはこの世の中に一定の秩序と連続性を見いだそうとしています。こうしたも のがないと、とても安心しては暮らせない。今日は昨日のようであった。明日も今日 のようであるだろう。明日の景色も今日の景色のようであり、今日良いこととされて いることは、明日もまた良いことであるはずだという認識です。 自然災害や事故はこうした日常の連続性を遮断し、人が生きるための大切な基盤で ある安全感にヒビを入れます。災害や事故を体験した後では、人はそれ以前のような しいます。 信頼を周囲に対して抱けなくなるのです。こうした体験をトラウマと ) 事故や災害だけが人の心を危険にさらすわけではありません。むしろ他人からの攻 撃や暴力の方が人の心に破壊的に働くでしよう。その典型は戦争で、事実、戦争は大 勢の人々の心を破壊してきました。でも戦争の場合には、自分と同じような被害を受 けている多数の犠牲者がいます。 自分ひとりが、特定の他人からの攻撃を受ける状況では、トラウマはさらにひどい ものになりがちです。強盗や強姦の被害にあって自分が獲物のように扱われたとき、 私たちは被害の痛みのほかに、そのような被害の犠牲にあってしまう自分というもの 21 第 1 章家族に心を傷つけられた子どもたち
てつらかったのは母親の期待だったのではないでしようか。彼は母親の期待にそえな い自分に対し、自身で激しい処罰を与え続けていたと思います。 彼はまた父親の母親に対する激しい暴力の目撃者の役割もとらされました。このこ ともまた、ひどい心理的虐待にあたります。彼の内部には父親への怒りが渦巻きなが ら、彼自身もまた他人に対して暴力的にしか対応できない人になりました。このこと がわかっているから、彼は一〇年以上にもわたって、家にひきこもることになったの です。 要するに彼は親たちとの関係で生じたトラウマによって人生を支配されていまし た。実は彼はその後、兄とともにあるプロセスを経て回復というか成長というか、そ うした道に足を踏み入れるようになりました。それについては第 3 章でふれたいと思 しいます。親と いますが、この兄弟のような人々をアダルト・チルドレン (< 0 ) とゝ の関係のなかで情緒的な傷を負いながら大人になった人々という意味です。 アダルト・チルドレンがそのトラウマの後遺症 ) からどのように立ち直 るかということに関しての系統的な研究は始められたばかりです。とはいえ、すでに いくつかの効果的な方法が報告されていますし、私自身、劇的な改善に立ち会うとい う幸運に恵まれてきました。 そのことについては、この本のなかでおいおい述べていくつもりです。 も第 1 章家族に心を傷つけられた子どもたち
聞き取れないがゆえに、それを聞きたいという欲望が昂進している状態を、ウオイ ティッは表 2 の⑨他人からの肯定や受け入れを常に求める、として取りあげたのです。 他者からの「あるがままの自己の受け入れ」が得られないことに早々と失望してし まうために、アダルト・チルドレンは常に「さびしさ」の痛みを抱え、これが彼らに 人生を苦しいもの、生きる価値のないものと感じさせます。 その失望は「愛を求める他者ーに対する怒りや恨みを鬱積させ、ときにこれが爆発 することがあります。次章で「思春期の親虐待 ( いわゆる「家庭内暴力」 ) 」にふれま すが、これを激化させるのは、アダルト・チルドレンのこの部分なのです。 もっとも、この種の憤怒の爆発は、思春期のアダルト・チルドレンにだけ起こると はかぎりません。前章で述べたような、妻や愛人に対する男たちのひどい暴力の原因 もここにあります。被害者 ( 妻や恋人 ) の方では成人の男が、こんな赤ん坊のような メッセ 1 ジを、しかも暴力を通して伝えているとは思いませんから、当惑する一方に なりがちです。 もちろん、すべてのアダルト・チルドレンがこうした怒りや恨みを暴力で放出する ( 巧 ) 潰瘍性大腸炎。 わけではありません。彼らの多くは静かに一生を送ります。しかしそうした場合に 難病のひとつで、原因 も、彼らの心の背後には、この種の激しい憤りが隠されていて、それがアダルト・チ不明とされている。大 腸に潰瘍ができ、下痢 が続く。 ルドレンに固有の抑うつ感、無力感として表現されます。喘息や潰瘍性大腸炎などの 10 2
アダルト・チルドレンが孤高を気取って高慢にふるまい、周囲を下俗、無知などと 罵るのは、そうすることによって、自分に従う者だけを周囲に集めようとするからで す。この種の傲慢を身につけた人が他人の助言に従おうとするのは、よくよくのこと しいます。 です。こうしたアダルト・チルドレンたちを、他人は「頑固だーと ) 【アダルト・チルドレンは「 ZO 」が言えない】 アダルト・チルドレンは見捨てられるのが怖くて、他人の誘いや要請に「ノー」が 言えません。表 2 の③本当のことを言ったほうが楽なときでも嘘をつく、とはこの種 の「ノーが言えないことによる嘘ーであることが多いのです。 なんでもかんでも他人のいいなりになってしまうために、思わぬ事件や犯罪にまき こまれがちです。そのようなことにならない場合でも、他人のいいなりになっている 関係がやがて重荷になり、引きこもることになります。要するに人間関係が長続きし ませんし、行動に一貫性がありません。 アダルト・チルドレンたちはたいてい孤独ですし、寂しさを訴えます。いつでも、 どこでも人が自分から遠ざかり、一人になってしまうと彼らは言うのですが、それは 彼らがそのような状況をつくり出しているからなのです。 【アダルト・チルドレンはしがみつきを愛情と混同する】 アダルト・チルドレンは孤独恐怖のために、自分より弱い人、自分の世話を待って