いっか別々の所でここをなっかしく思うのだろうか。 それともいっかまた同じ台所に立っこともあるのだろうか。 でも今、この実力派のお母さんと、あのやさしい目をした男の子と、私は同じ所にい る。それがす。へてだ。 も。ともっと大きくなり、いろんなことがあって、何度も底まで沈み込む。何度も苦 ヾックする。負けはしない。力は抜かない。 しみ何度でもカムノ 夢のキッチン。 私はいくつもいくつもそれをもつだろう。心の中で、あるいは実際に。あるいは旅先 で。びとりで、大ぜいで、二人きりで、私の生きるす。へての場所で、きっとたくさんも つだろう。
173 の中の、す。へてがあまりにも美しくやさしい一日のその余韻のように、振り向いた等の 黒いジャケットが闇に溶けてゆくさまをおほえている。 ースした場面だ。いや、思い出す度に涙が出てしま この場面は泣きながら何度もリヾ った。橋を渡り、追いかけていって行ってはだめだと連れ戻す夢も何度も、何度も見た。 夢の中で等は、君が止めてくれたから死なずにすんだよ、と笑った。 、ノにむな 真昼にこうしてふと思い出しても、泣かずにいられるようになったことが如 しい。果てしなく遠い彼が、ますます遠くへ行ってしまうように思える。 その、 川で見えるかもしれないなにかを半分冗談にして、半分期待して、うららと別 れた。うららは、にこにこして街なかに消えていった。 ム もしも彼女が変なうそっきで、わくわくして朝早くに走っていった私がばかをみても 私はかまわないと思った。彼女は私の心に虹を見せた。思いもよらないことを考えると きめきを思い出して、私の心には風が人ってきたのだから。もしなにもなくても、多分 二人で並んで冷たい川の流れがきらきら輝くのを朝見ていたら気分がいいだろう。それ 水筒を抱えて歩きながら、私はそう思っていた。自転車をとりに行こうと思い、駅を 抜ける途中で柊を見かけた。
「もう歳だから無駄だよ。」 雄一が説明書を見ながら言った。 目の前の二人があまりに淡々と普通の親子の会話をするので、私は目まいがした。 「奥さまは魔女」みたいだ。不健康きわまりない設定の中で、こんなに明るいんですも 「あら、みかげは引っ越しハガキ書いてんの ? 」えり子さんが手元をのぞき込む。 「ちょうどいいわ。引っ越し祝いあげる。」 そして、くるくる紙に包まれたもうびとつの包みを差し出した。広げてみると、バナ ナの絵が描いてあるきれいなグラスが出てきた。 「それで、ジュースを飲んでね。」 えり子さんが言った。 「バナナジュースを飲むと、 雄一は真顔で言った。 「わー、嬉しい。」 私は、泣きそうになりながら言った。 出ていく時、これを持ってゆくし、出てからも何度も何度も来て、おかゆを作ります から。 の。 いかもしれない。」
Ⅲきあげ丼は、食欲を思い出すくらいにおいしかった。 「なー ? 」 柊が言った。 「うん。おいしい。生きててよかったと思うくらいおいし、。 私は言った。あんまりほめたので、店の人がカウンターの向こうで恥ずかしそうにす るくらい、おいしかった。 「そうだろ ! さっきは絶対そう一言うと思ったんだ。君の食。へ物の趣味は正しい。喜ん でくれて本当に嬉しい。」 びと息にそう言って笑ってから、彼は母親の所への出前を頼みに行った。 私はしつこい性格だし、まだまだこの暗さに足をひつばられながら生きていかなくて はいけないのは仕方ないが と私はかきあげ丼を前にして思っていた。この子は一日 も早く、セーラー服を着てなくても今みたいに笑えるようになってほしいと。 真昼。突然その電話はかかってきた。 私は風邪をひいてしまい、、 ジョギングも休んでうつらうつらしてべ にしオ少 熱つほい頭の中にベルの音が何度も何度も割り込んできて私はばんやりと起き上がった。 家人は誰もいないらしく、仕方なく私は廊下に出て受話器を取った。
193 薄陽の射す春の午後、校舎から昼休みのざわめきが風にのって聞こえてくる。プレゼ ントのレコードを差し出しながら、私は笑って言った。 「そういう時は、ジョギングをするといいですよ。」 柊も笑った。光の中でたくさん笑った。 私は幸せになりたい。長い尸丿 Ⅱ底をさらい続ける苦労よりも、手にしたびと握りの 、と田 5 砂金に心うばわれる。そして、私の愛する人たちがす。へて今より幸せになるといし 等。 私 . はも、つここにはいられない。・リ 亥々と足を進める。それは止めることのできない時間 の流れだから、仕方ない。私は行きます。 びとつのキャラ。ハンが終わり、また次がはじまる。また会える人がいる。二度と会え ない人もいる。いつの間にか去る人、すれ違うだけの人。私はあいさつを交わしながら、 どんどん澄んでゆくような気がします。流れる川を見つめながら、生きねばなりません。 いつもあなたのそばにいることを、切に祈る。 あの幼い私の面影だけが、 手を振ってくれて、ありがとう。何度も、何度も手を振ってくれたこと、ありがとう。
188 ~ もと思、 しかし、夜明けの最初の光が射した時にす。へてはゆっくりと薄れはじ めた。見ている目の前で、等は遠ざかってゆく。私があせると、等は笑って手を振った。 やみ 何度も、何度も手を振った。青い闇の中へ消えてゆく。私も手を振った。なっかしい等、 そのなっかしい肩や腕の線のす。へてを目に焼きつけたかった。この淡い景色も、ほほを ったう涙の熱さも、す。へてを記憶したいと私は切望した。 , 彼の腕が描くラインが残像に なって空に映る。それでも彼はゆっくりと薄れ、消えていった。涙の中で私はそれを見 つめた。 完全に見えなくなった時、す。へてはもといた朝の川原に戻っていた。横に、うららが 立っていた。うららは、身を切られそうな悲しい瞳をして横顔のままで、 「見た ? 」 と一一一一口った。 「見た。」 と涙をぬぐいながら私は言った。 「感激した ? 」 うららは今度はこちらを向いて笑った。私の心にも安心が広がり、 「感激した。」 とほほえみ返した。光が射し、朝が来るその場所に、二人でしばらく立っていた。
。ハスはとても混んでいた。暮れる空がはるかビルの向こうへ消えてゆくのを、吊り革 につかまった手にもたれかかるようにして見つめていた。 まだ若い月が、そうっと空を渡ってゆこうとしているのが目に止まった時、バスが発 車した。 がくん、と止まる度にムッとするのは自分がくたびれている証拠である。何度もムツ としながらもふと外を見ると、遠くの空に飛行船が浮かんでいた。 風を押して、ゆっくりと移動してゆく。 私は嬉しくなって、じっと見つめていた。小さなライトを点滅させて、飛行船は、淡 い月影のように空をゆくのだった。 と、私の前あたりにすわっている小さな女の子にすぐうしろの席のおばあさんが小声 で話しかけた。 きれいだよ。」 「ほら、ゆきちゃん飛行船。見てごらんなさい。 顔がそっくりなので孫らしい彼女は、道もバスも混んでいるのでむちゃくちゃに機嫌 が悪いらしく、身をよじらせて怒って言った。 「知らない。あれ飛行船じゃないもん。」 「そうだったかねえ。」 おはあさんは全然動じずに、にこにこして答えた。
146 持った。 そして、鈴は心を通わせた。会えない旅の間ずっと、お互いに鈴のことを気にかけて いた。彼は鈴が鳴る度私と、私がいた旅行前の日々をなんとなく思い出し、私は遠い空 おも の下で鳴る鈴のことと、鈴といる人のことを想って過ごした。戻ってからは大恋愛がは じまった。 それからおおよそ四年の間、あらゆる昼と夜、あらゆる出来事をその鈴は私たちと共 に過ごした。初めてのキス、大げんか、晴れや雨や雪、初めての夜、あらゆる笑いと涙、 好きだった音楽や > ーー二人でいたすべての時間を共有して、等が財布がわりのその ハス人れを出す手と一緒に、いつもちりちりとかすかな澄んだ音が聞こえた。耳を離れ ない、愛しい、愛しい音だ。 そんな気がしたなんて、後からいくらでも言える乙女の感傷だ。しかし私は言う。そ んな気がしました。 いつも心から不思議に思っていた。等は時折どんなにじっと見つめていてもそこにい ない気がした。眠っていても、私はどうしてか何度も心臓に耳をあてずにはいられなか った。笑顔があまりにもばっと輝くと思わず瞳をこらして見てしまった。彼はいつもそ の雰囲気や表情にある種の透明感を持っていた。だから、こんなにはかなく心もとなく 感じるのだろうと私はずっと思っていたが、 もしそれが予感だったとしたらなんと切な ひとみ
満 チン、とエレベーターが止まり、私の心が瞬間、真空になった。歩きながら私は言っ 「もっと、本質的に ? 」 「そうそう。人間的にね。」 「あるの。絶対にあるわ。」 私はすぐさま言った。もしこれが「クイズ 100 人に聞きました」の会場だったら、 あるあるの声が怒号のように響き渡っただろう。 「やつばり、そうか。いや、みかげは芸術家になるとばっかり思っていたから、きっと 君にとってはそれが料理なんだなと勝手に納得してたんだ。そうかあ。みかげは本当に 台所仕事を好きなんだなあ。やつはり。よかったなあ。」 雄一はひとりで何度もうなずいて、納得していた。おしまいのほうは、ほとんどひと り言のような声だった。私は、 「子供みたいね。」 と笑った。さっきの真空がふいに一言葉になって頭をよぎる。 ′雄一がいたらなにもいらない〃 それは瞬間のことだったけれど、私はひどく困惑した。あまり強く光って目がくらみ そうになったからだ。、いに満ちてしまう。 、 0
が折れた。 「まあ、ぼくも自分のいろんなもの買ったけどさあ。」 より重いほうの袋を抱えた雄一が言った。 「いろんなもの ? 」 と言ってのぞき込んだ私の抱える袋の中に、シャンプーやノート の他に、たくさんの レトルト製品が見えた。なるほど、彼のこのところの食生活が読めた。 「 : : : じゃあ、あなたが何度も往復すればいいのよ。」 「だって、君が来ればいっぺんですむんだからさ。ほーら、月がきれいだよ。」 雄一は冬空の月をあごで指した。 「全くほんとにねえ。」 と私は皮肉で言ったが玄関に人る時、名残りの月をちらりと振り返った。すごい明る さを放って光り、ほぼ満ちていた。 昇ってゆくエレベーターの箱の中で雄一が言った。 「やつばり、関係あるんでしよ。 「なにが ? 」 「すごく月がきれいなのを見た、とかって料理の出来に響くんでしよ。月見うどん作る 」カそ、つい、つ日 門接的なことじゃなくてさ。」