向日葵 - みる会図書館


検索対象: グリーンベンチ
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1. グリーンベンチ

236 栄貴ねえ : : : お兄ちゃん : : : ここに引っ越してきたばかりのとき : : : 家の前に向日葵が いつばい咲いてたでしょ ? 栄敏ああ : : : 俺たちの背よりずっと高い向日葵が咲いていたな : 沈黙。 栄貴ねえ、夏の夜 : : : 家をこっそり抜け出したの覚えてるフ ・ : あれは夢だったのかしらフ 夜の空気は、吸い込むと泉の水みたいだったわ。 お兄ちゃん、私ふかあく深呼吸するたんびに、自分が夜の中に溶けて行って : しいことも憎んだことも一度もなかったような静かな感じになったわ。 栄敏向日葵の花が月の光に向かって咲いてたな : ・ 栄貴花は眠らないのね : 私もお兄ちゃんも月を見ながら歩いたわね : なんだか夢の中をお兄ちゃんと歩いているような変な気がしたわ。 栄敏どこまでもどこまでも向日葵が咲いていた : 0 、 0 、 / もママも眠ってて :

2. グリーンベンチ

179 向日葵の柩 長い沈黙。 栄敏ここに引っ越してきたばかりのときは : たくさん : 言葉は通じないのだが、永玉は何か考えているふうである。楽しげに笑みを浮かべ て何かを考えている。 栄敏何を考えているの ? うなず 永玉は何もいわすにこっくり頷き、月を覗き込む。 わび 栄敏も自分の眼差しを月に戻す。二人は妙に心を動かされたような侘しい気持ちで し。いになる。 栄敏俺の眼に映るのは月の影法師で : : : 本当の月はどこか冫彳オ こ一丁っこら見えるような気が する。 : 向日葵もどこかに咲いているような気がするんだ。 おれ 0 まなざ ひまわり : この場所に向日葵が咲いていたんだ :

3. グリーンベンチ

231 向日葵の柩 栄貴 ( 時計の音を聴きながら ) ねえ : : : お兄ちゃん : : : うちの前に向日葵がたくさん咲 いていたこと覚えてるフ 春 : : : うちの物置で子猫が生まれて : : : ママが生まれたばかりの子猫を生きたまま 埋めたの私 : : : 見てたのよ。 土の中でいつまでもいつまでも猫の声が聞こえていたわ。 私 : : : その夜 : : : 布団の中で向日葵の花の下で、湿った土を口いつばい詰めこんで る猫の姿が浮かんで眠れなかったわ。爪と歯で上に向かって土を掘っている猫の姿 が浮かんで : その夜は雨が降っていたの : : : : ミミズだらけの土の中で : ・ : ・腐って : ・ : ・眠 泥の中で : : : 硬くなって : : : 腐って れない夜は私いつもママが殺した猫のことを考えて : : : 息をするのが苦しかったわ。 一一人は時計の音を聴く。

4. グリーンベンチ

237 向日葵の柩 つな 栄貴私、迷子にならないようにお兄ちゃんと手を繋いだわ。 残酷なくらい暑い夜だったのに、お兄ちゃんの手はひんやりしていたわ。 月とお兄ちゃんだけ凍ってるみたいだった。 月の光を吸い込んで : : : お兄ちゃんの顔は死んだ人みたいに青白く見えたわ。 栄敏向日葵が夜の色に沈んでいた : おぼ 月の光で俺は溺れそうだった。 兄妹は手を繋いで過ぎた夏の夜の月の光の中で深呼吸する。 かな 栄貴 ( 喉の奥に霧のようにたちこめる哀しさを押さえながら ) 夢だったのかしら ? ほお 向日葵の花の下に座ったわ : : : お兄ちゃんの髪の毛が私の頬にあたった : ・ ねえ : : : お兄ちゃん : : : 夢だったのかしら ? 栄貴の唇は病気の子供の唇のように震えている。 栄貴は兄の手を無理やり引っ張ってそれを自分の唇に持っていく。 栄敏の指が栄貴の唇に触れる。 のど まい′」

5. グリーンベンチ

180 ほほえ 彼女は寂しく微笑む。そして、栄敏を見る。 永玉の目に映る栄敏は、自分の殻に閉じこもり、思い詰めたように喋り続けている。 スクラップに向日葵の影がゆらめく。 栄敏月の影 : : : 向日葵の影 : 月がとてもよく照っていて : : : 昼間のように明るくて ・ : 真夏の夜なのに、寒くて : : : 風が少し強かった。たくさんの向日葵が風に揺れ ていたよ。あの時の俺が今の俺なんじゃなくて、あの時の俺はどこかで今の俺を待 しっぽ ちぶせしているような気がするんだ。子供の頃、宝物をーーとかげの尻尾や変わっ び た色のビー玉なんかを枇杷の樹の下に埋めて、どこに埋めたのか忘れてしまったみ オいに、この世の中には隠されたままの風景があって、夕方、校庭で見つけた小石 たど を家まで失くさないように蹴りながら帰ろうとした俺は、今でも家に辿りつけずに 小石を蹴っているような気がするんだ。俺はその俺たちの影法師なんだよ。いっか ら影法師になったのかは分からないんだ。 栄敏は過去を夢見る。 しゃべ

6. グリーンベンチ

235 向日葵の柩 アポジ ( しぼんだ風船のように ) お前たち、もう寝ろ : に一何ってくる : 父親は電気を消して、韓国語でもごもごと何か呟きながら外に再び出て行ってしま 兄妹は部屋を出て去く父親の姿を静かに見送る。 シーン向日葵の柩 Part3 〈李家の居間〉 電気は消えているのだが、月光の屈折で部屋は明るい。 父親は〈朴大統領〉の就任演説をし始める。 身ぶり手ぶり激しく威厳たつぶりに演説をしているのだが、演説の締め括りの言葉 がどうしても思い浮かばず、つかえてしまう。 つぶや アポジはちょっと : : : 飲み

7. グリーンベンチ

向日葵の柩

8. グリーンベンチ

241 向日葵の柩 踏みつけてやろうという衝動にかられる。 栄敏はわれを忘れて永玉を殴打する。 永玉 ( 韓国語で ) やめて ! やめて ! 助けて ! 誰か助けてー 栄敏は気が狂うほど自分を苦しめたその響ぎにとどめを刺そうと思う。 彼は永玉の首に犬の鎖を巻きつけて永玉の首を締め上げる。 その瞬間、重く感じられた身体がふわりと軽くなり、甘美で快い疲労感が彼に押し 寄せる。 シーン四向日葵の死〈鉄屑置き場〉 調子の狂った手回しォルガンのように静けさを破っていたコオロギの鳴き声と夜の 冷気が栄敏を現実の世界に引き戻す。 かんべき 〈その響き〉は完璧な死体としてそこらに転がっている鉄屑と同じように地面に転

9. グリーンベンチ

向日葵の柩 再び「あなたの名はあなた」 グリーンべンチ 目次 筒井康隆一一四四

10. グリーンベンチ

本書は「 Green Bench 」 ( 一九九四年三月河出書房新社刊 ) と「向日葵の柩」 ( 一九九三年一月而立書房刊 ) を文庫化し たものです。