陽子もお、汗だくだくよお。 明、自分の首に巻きつけてあるスポーツタオルを姉に渡す。 二人はグリーンべンチに座る。 陽子はポロシャツのボタンを二つはずし、ポロシャツの中にタオルを入れて胸の谷 間の汗を拭う。明は放心したように姉の胸もとを眺めている。 陽子 ( 明の顔を覗き込んで ) 明、どうしたの ? ・ほうっとして : : : 疲れた ? 陽子は明にタオルを返す。 明ううん : : : 疲れてなんかないよ : 明は、自分の表情を隠すようにタオルでしきりに顔を拭う。 のぞ
なんだかさあ、どっか大手の不動産屋に勤めてたらしいんだけど、借金つくってや めたんだって : 陽子そんな人がどうしてママと知り合ったのよ。 明川島さんがママに紹介したんだ。 陽子 ( ロごもる ) あの : : : その人 : : : 幾つフ 明二十五。 陽子 ( 驚く ) 二十五 ! 私とあんまり変わらないじゃない : 明と陽子の目が合う。明の胸は苦しげに膨らむ。明、視線を落とす。明、テニスポ ールを姉に投げ渡す。 陽子ほんとうにそんな若い人とママ、つき合ってるの ? 明つき合ってるなんて言ってないじゃないか。 ぼうぜん 泰子は茫然とテニスコートを眺めている。
17 グリーンべンチ 明 ( 声を落として ) ママ、なんか変じゃない ? 陽子変て : : : どこが ? 明 ( ロごもる ) どこがって言われると : 陽子大丈夫、普通よ : : : 昔からあんな調子だったじゃない ? 明 ( 一瞬、考え込んで ) そうだね。 明は曇った視線を足もとに落とす。 陽子、明、テニスを再開する。 こも 泰子は自分の殻に閉じ籠り、頭の中で幻想の庭の花々の色を塗っていく。童女がク レョンを握り、無心に塗り絵をするように : 泰子私たちのお庭には一年中、花が咲いているようにしなくっちゃね。 陽子、明、目を閉じてうっとりしている母親からそっと離れ、テニスコートに向か
37 グリーンペンチ 陽子でも家に出入りしてるんでしょ ? 明時々、家に泊まるんだ。 陽子家に ? どうしてフ 明は怒ったように素振りをはじめる。 言葉を失くした二人は無言でテニスをはじめる。 激しい打ち合いになる。 陽子のスマッシュを明が空振りする。 陽子 ( 息を切らして ) 休憩ー 明、姉の側に駆け寄る。 陽子 ( ポロシャツを両手でばたばたさせて ) 暑い、暑い 明は姉の首筋にはりついた髪の毛に目をやる。
心臓の赤い色。スイト。ヒーは ( 思い詰めた表情で、ぶつぶつ呟く ) ・ 。ヒンク、陽子ちゃんが。ヒアノの発表会に着たドレスのようなビンク : ぶどうしゆいろ 物思いに耽っているような。 ( ンジーは葡萄酒色。 泰子の口から笑いが溢れ出る。溺死した人間の口から流れ出る海水のように : 明は何か身が入らず、スマッシを失敗し、ネットにひっかけてしまう。 明、ネットに駆け寄り球を拾って、 。、パはまだママが帰るのを待ってるんじゃないかなフ 明 C ほそっと ) 陽子 ( 笑って ) 待ってなんかないわよ。 だってさあ、普通、離婚して当たり前なのに、離婚届出さないでいるじゃないか : 明 ・。、。、に舌したのかな ? 陽子ママ : : : もう・ : 明話してないと思うよ。 陽子、明、テニスを再開する。 あふ っや できし ・ : 薔薇は
髪の毛をフランス人形のようにカールし、ところどころ黄ばんだ若い頃の白いワン ビースを着ている。 泰子は待ちくたびれた少女のように足をぶらぶらさせている。ワンビースからはみ ふくらはぎ でた泰子の脹脛が黄色い魚のように揺れる。 陽子 ( サープしながら ) 明、体、鈍ってるんじゃない ? 明 ( 打ち返して ) テニスなんて何年ぶりだろう ? 陽子学校ちゃんと行ってるの ? 明ちゃんとでもないけど、なんとか行ってるよ : : : 姉さん何やってるのフ 陽子この前言ったじゃない、画廊の事務よ。 明マンションに電話してもいつも留守電でさあ、姉さん、いつも何処行ってんだよ。 陽子 ( ロごもる ) 何処にも行ってないわよ : ・ ( 誤魔化す ) 無言電話ばっかり毎日十件 くらいはいってておかしいと思ってたのよ。 犯人は明だったのね。もしかして昨日もかけた ? 何の用なの ? 明 ( ロごもる ) あの留守電の声、変だよ、キンキン声でさ。 ( 間 ) それより姉さんの方
陽子 泰子 ( 女教師のように手を叩いて ) さあ、これで休憩はおしまいです。 ( 陽子と明のお尻をはたいて ) テニス、テニスよ。 明は立ち上がり、テニスラケットを陽子に差し延べて、陽子を沈黙から救い上げる。 陽子と明は立ち上がり、並んで歩き始める。 明、野村との関係を姉に尋ねたいのだが、話を切り出せない。明は水の中にいるよ かな うな哀しみで息が詰まりそうになる。 チ 陽子 ( 声を潜めて ) どんな男なの ? ン明えフ 陽子さっきの話の続きよ。 明ああ : : : あのお : 陽子何それ : ・ ほど速く呼吸をしているのに気付きびつくりする。 ・ : 最近、家に谷口って若い男が出人りしてるんだよ。
106 陽子 明 ほほえ 陽子 ( 寂しく微笑んで ) アッ君、恋人いる ? あだな 姉の口から自分の仇名を聞くと、明は姉に自分の体を触られた感じがしてうっとり 泰子は見えない球をサープする。 谷口は仕方なく泰子に従って見えない球を打ち返す。 陽子と明はグリーンべンチに座っている。 二人の間には果物籠がある。 明はつい見てしまったという感じで、ちらりと姉の顔を見る。 そして、すぐに視線をそらしかけるが、それをやめて、かえってしげしげと姉を見 つめる。 0 0 くだものか′」
泰子 ( 大声で ) アッ君 ! 陽子ちゃん ! お昼にしましよう ! 泰子は。ヒクニックの時に使うようなビニールシートをグリーンべンチの下に敷く 明はタオルで汗を拭いながら辺りを見回す。 明ママ、ここはちょっと暑いよ。 ( 樹影を指さし ) ねえ、あっち、日陰で食べようよ。 陽子そうしましよう、こんな所に座りこんでたら、頭おかしくなっちゃうわよ。 明と陽子、。 ( スケットとポットを手にとり、日陰に移動しようとする。泰子、明の 手からポットと、、ハスケットを奪う。 泰子駄目 ! 此処で食べるのよ。ママの言う通りにしてれば間違いはないのよ ! あきら 二人は諦めてビニールシート の上に腰を下ろす。
川島さん : 陽子奥さんのところに帰ったの ? うなず 明は肩で呼吸しながら、面倒くさそうに頷く。 陽子ふうん、帰ったんだ : : : 長く一緒に住んでたのにねえ : : : 五年 ? 明八年だよ。俺が九つの時からだから : 陽子私・ : ・ : 川島さんとママ : : : 死ぬまで続くと思ったんだけどなあ : 明 この一年はママから逃げ回ってたよ。 ママが会社に電話しても居留守使ったりしてさ : ・ 泰子、二人がゲームを再開しないので苛々している。 チ ン ン ( 明に ) 攻める 泰子つっ立ってぐちゃぐちゃ話してないで、ゲームをはじめなさい ! のよ。とにかく攻めて、攻めて、攻めまくるの ! 守りにまわったらおしまいよ ! ファイト ! 0 0 0 0