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検索対象: チェルノブイリ診療記 : 福島原発事故への黙示
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1. チェルノブイリ診療記 : 福島原発事故への黙示

使用量が限定されているにもかかわらず ! ) 。今日の日本の外科治療現場は、少々神 経質すぎるのではないかと、つい思えてきてしまう。 次に、実際に手術をするときの大変さについても少し触れてみる。 まず、メス。これが非常に切れ味が悪い ( 替え刃式のメスは高価なためほとんど使 われていない ) 。皮膚切開に二度、三度、とメスを往復させなければならぬこともあ 場 こつけい 療る。最初のころ、べラルーシの人は皮膚が固いのかと思ったほどだ。滑稽なのは別の メスを要求したら、もっと切れぬものを渡されたこと。思わず苦笑いである。 そして、手術用のハサミ。これもまたひどい。使いすぎのためか、二枚の刃で糸や べ組織をうまく鋏むことができないので、きちんと切れるまでに数回パチパチやらなけ ればならない。 一回でスパッと切れるハサミに出会うと、ニコニコホッである。 もっと困るのは、ピンセットや鉗子だ。両方の器具に共通する機能は、対象物を的 確につまむこと。ここのピンセットは字型の両先端がいき違ったり、ひどいときに はきちんと接触しない。鉗子に至っては、たとえば細い血管をつまんでもその間から 依然として出血していたり、大事な場面でつまんだ組織の一部がはずれてしまうこと 簡もある。別の鉗子を要求しても、 かんし

2. チェルノブイリ診療記 : 福島原発事故への黙示

大人たちによるミンスク訪問グループの話も、少しばかり記しておこう。 八月初旬、青森県から「チェルノブイリ調査視察団」といういささかいかめしい名 称の一行が、医療救援物資を運びながらミンスクを訪れた。それぞれ異なった職種で バランスよく構成された六名のグループであった。 彼らは長旅の疲れも何のその、連日精力的にあちこちを歩き回っていた。使命感に 記燃えたこの調査団の熱心さには脱帽した。もう少し肩の力を抜いて行動しないと、途 診中で疲れはててしまうのではと、密かに心配したほどである。 このグループは「青森・チェルノブイリ子ども支援ネット」を結成し、私も二回目 プ の帰国の折、八戸、青森、弘前の各地で、現地からの実情報告の機会を与えていただ チ ) た。この「みちのく」の旅では、人情味溢れる暖かい心を持った多くのすばらしい 新人々との出会いがあり、大変感動した。 一〇月初旬には、東京に事務局を置く「支援協議会」というボランティア団 体の一行がミンスクを訪れた。この Z O グループは、これまでロシアやウクライナ の医療機関のために、無線システムの整備などを支援してきている。 今回のミンスク訪問は、ふたりの放射線科医も加わり、チェルノブイリ被曝者の診 172 ひそ あふ

3. チェルノブイリ診療記 : 福島原発事故への黙示

私が想像するに、国からの多大な支援によって、できるだけ多くの国民がべラルー シの文化に直接触れ、そのことによって、自国の文化的財産を大切に守り育て、誇り を持ってもらうための国策の現われではないだろうかと考える。 満席の館内を見渡すと、大人に混じって子どもたちの観衆が結構多いことに気がっ いた。聞いてみると、首都のミンスク市から遠く離れた地方からも、教師に引率され 記て学校単位でバレエ鑑賞に来ているそうだ。もちろん彼らの入場料金が、一般のそれ 診とくらべはるかに安いのは一 = ロうまでもない。 プ このように国が伝統文化に早い時期から慣れ親しむ機会を与えることは、非常に重 要と思われる。こうすることによって子どもたちは自分の国を知り、ひいては国を愛 チ する心をはぐくんでゆくのではないだろうか。 版 うらや 新 これは優れた教育方法のひとつであると、私は大変羨ましく思った。 かぶき 日本では従来、伝統的古典芸能の歌舞伎や能楽などは、、 とちらかと一言うと、ある特 殊な人々や愛好者たちが、高い料金を払って観に行く傾向にある。最近少しは変化の きざ 兆しも見えつつあるようだが、それでもまだ普段着のままで溶けこめる、庶民レベル の文化の域にはほど遠いのではないかと思う。 どんなに国は貧しくとも、このあたりの文化に対する考え方は、「金持ち」日本と 142

4. チェルノブイリ診療記 : 福島原発事故への黙示

い学校にもなかなか慣れなくって」 都会に住んでみたものの、一五歳の少女にとってそれはつらく悲しみに満ちた時期 だったのだ。一七歳の時、外国語アカデミー ( 単科大学 ) に入学した。自分の将来を 考え、英語教師になろうと決心したからだ。 「今、大学二年生なの。英語を専攻し、他にもスペイン語を勉強しているわ。この大 記学は五年制だから、あと三年。難しいけれど、一生懸命努力しているの。でも宿題が ル多いから大変」 この国は、基本的には教育にかかる費用は無料である。教科書 「授業料はいらない。 ルなども大学の備品として備えてある。しかし数が不足していたり、かなり傷んでいる チ 本もあるようだ。 版 新「一冊の教科書を共用しなければいけない場合もあるから、試験のときは大変なの。 友だちの家に泊まって勉強することもあるわ」 少額ながら国からの奨学資金をもらっている。ほとんどの学生は奨学制度を利用し ているという。 「でも試験の成績が悪いと、減額される。だから必死で勉強しなきゃならないの」 多くの学生は、親から小遣いをもらったり、アルバイトで稼ぐことはしない。お金 108

5. チェルノブイリ診療記 : 福島原発事故への黙示

〇日もすると顔ぶれはがらりと変わる。 「ガンセンタ 1 に入院している間は、特別な薬以外はすべて無料なの。だからそんな に困らないと思うわ。でも手術後退院して、それぞれの家に戻ったあとは、薬代や検 査費用に結構お金がかかって大変だと思う。それでも親たちは苦しい生活のなかから、 子どものために何とかお金を工面しているのよ」 甲状腺ガンの場合、このセンタ 1 では基本的に甲状腺を全部摘除してしまう。手術 後は、合成甲状腺ホルモン製剤の内服が不可欠である。それも一生涯飲み続けなけれ ばならないのだ。また、血液中の甲状腺ホルモンの検査や、再発・転移の有無を定期 的にチェックするため、超音波や >< 線撮影などの検査も欠かせない。日常生活を維持 ねんしゆっ 六するだけでも大変なのに、そのうえこれらの医療費を捻出することは、今のこの国で は家族にとってかなりの負担となる。 「ときどき、子どもたちの母親からの悩みごとの相談を受けるけれど、忙しくてなか なか親身に聞いてあげられないの。自分でもどうしようもなくてつらいわ」 と、イリーナ。 「入院中の子どもたちから相談されることもあるでしよう ? 」 と日と、 189

6. チェルノブイリ診療記 : 福島原発事故への黙示

る意気ごみが感じられた。 アカデミー内の保健施設も案内してもらった。そこには常勤の小児科医や歯科医が 控えており、いつでも対応できるような態勢にあり驚いた。 女性校長の話によると、生徒たちの健康のことが一番心配であり、常に体調を整え、 万全の状態でレッスンに臨む必要があると言われ、そのきめ細かい配慮に感心した。 こうじようせん 後日、私は彼女からの依頼を受け、甲状腺検診のため再訪したが、とくに問題のある 記 / 診子はいなかった。彼女もチェルノブイリ事故のことを大変心配していたので、この検 「診結果を非常に喜んでおられた。このようにすべての面でいき届いた環境のなかで厳 ルしい訓練を受け、世界的なバレリ 1 ナが養成されていくのだろう。 チ私がこのアカデミーを訪れたとき、ちょうど日本からも五人のチャーミングな女の 新子たちがバレエ留学していた。親元を離れ、連日それぞれ大変厳しいレッスンを受け、 それに耐えて励んでいる彼女たちに心からの応援を送った。 ぎわ アカデミーからの帰り際、ひとりの経験豊かなバレエ教師にそっと尋ねた。 「日本からの生徒たちはどうですか ? 」 「そうね。彼女たちの努力は高く評価したいわ。でも : そこまで言ってから、彼女は茶目つけたつぶりに含み笑いをした。しかしそのあと 144

7. チェルノブイリ診療記 : 福島原発事故への黙示

こうじようせん コンドラトーヴィッチ・ヴィクタ 1 ・アレクサンドラヴィッチ。三〇歳。甲状腺病 棟主任医師。大変活動的で、早朝から夜遅くまで精力的に仕事をこなしている。勉強 家でもある彼は、独学で英会話を習得した。 一九九五年には一〇日間ほど日本の医療施設を視察し、彼なりの日本観を持ってい る。それゆえ、とき折鋭い指摘をすることがある。もちろん日本をそれなりに評価は している。 そして、九六年八月からこの病棟の責任者として働き始めた。私が本格的に甲状腺 闘 のの手術に参加する時期にちょうど重なった。彼との出会いは私にとっても大変幸運で 々 あった。 人 ヴィクターは若さゆえ、日常診療のなかで多少突っ走るところもあるが、少なくと もこの病院のホープであることは間違いないと思う。一日の手術が終わり、夕方の術 前・術後回診を済ませると、彼の部屋でコ 1 ヒ 1 を飲む。そして治療方針や日常のこ とを話しこむのが日課となっている。ヴィクタ 1 は手術のやり方を常に工夫し、患者 にとってより良い方法をとり入れようと努力を重ねている。 たとえば皮膚切開、術創の縫合方法、リンパ節郭清の手術手技、反回神経や副甲状 腺の損傷防止、ドレ 1 ンの入れ方など。 179

8. チェルノブイリ診療記 : 福島原発事故への黙示

比べてべラル 1 シの方が格段に優っている。病院との比較はともかくとして、わが国 民も早くそれに気づき、大いに見習いたいものだと痛感した。 話は少し変わるが、べラルーシには国立バレエアカデミー ( 学院 ) がある。国をあ げて優秀な舞踏手の育成に努めているもので、ミンスク市の中心部よりやや離れた閑 静な地区に存在している。私はひょんなことから、ここを訪れる機会に恵まれた。 シ ゆいしょ このアカデミーは、モスクワのポリショイバレエアカデミーと同系列で、大変由緒 べのある名門校だ。近年、モスクワのアカデミ 1 がさまざまな事情でレベルダウンして 議いるため、べラル 1 シの方が優っているとも聞く。全校生徒は男女合わせて二七〇人 思 不ほど。べラル 1 シ全土より生徒が集まってきており、原則として男女ともに全寮制で 四 ある。基本的には九年制を敷き、外国からの留学生も受けいれている。 構内は広々として大変明るい雰囲気で、清潔な感じを受ける。そして種々の設備が よく整っている。全寮制ということもあり、校則が厳しく生徒たちのマナーもよい 九年制に入学する生徒には、バレエの他に幅広い教育、すなわち通常の科目や一般教 養の授業も並行しておこなわれている。さらに外国語教育として、英語をはじめ、フ ランス語、ドイツ語が専門教師のもとで教えられ、世界に通用する舞踏手を育てあげ

9. チェルノブイリ診療記 : 福島原発事故への黙示

気にかかっていた。言葉の問題があるので、こういう日常生活上の事象が一番つらい 「七三に分けてあるこの髪型でお願いします」 とは言えないので、店の人によくわかってもらえるように、前夜からきちんと分け ておいた。店に入ると、雑誌やテレビもない薄暗い殺風景な待合い室で、耳をそばだ てながら緊張する場面がふたつある。 ひとつは何人かの客がおし黙ったまま順番を待っていて自分が最後のとき、次に来 シ ルわ」客「か べ「クト 1 パスレドニイ ( 誰が一番最後ですか ) 」 と尋ねるので、 石「はい私です」 四 と一一一一口うか、手を上げて合図をしなければならない。すごく緊張する。もうひとつは、 待合い室に隣接する仕事場 ( 五—六人の理容師が働いているがほとんどが女性 ) から、 「プリハジ 1 チェ ( 次の方どうぞ ) 」 と呼ばれるときである。ロシア語にいまだ慣れ親しめぬものにとっては、こんな簡 単な一言葉でも大変なことなのである。いずれも何とかクリアしてなかに入り、椅子に 腰をおろすと、早速理容師さんに、 137

10. チェルノブイリ診療記 : 福島原発事故への黙示

133 この病院で働き始めたとき、とにかくいちばん驚き困惑したのは、病院のトイレの ノ、ーカオ 実情だった。まず、清潔さに欠けること。便座がないこと。トイレットペー かぎ いこと。ドアにきちんと鍵がかからないことなどである。さらに困ったことに、手術 いったいどうなっているのであろうか。 室にはトイレが備わっていないのである。 われわれ外科医も人間である。胃腸の調子が思わしくないときもあり、そういう状 シ ル態のもとで手術をしなければならないこともある。それゆえに外科医にとって手術室 べのトイレは、極めて重要な場所なのだ。 の 議 この病院のなかで私が関係するフロアのトイレの詳細については、緊急必要事項と して、一応頭のなかにインブットしてある。先に述べたいくつかの理由から、このこ 四 とは私にとって大変重要な意味を持つのだ。インブットされている内容とはたとえば、 手術室にもっとも近い病棟のふたつのトイレのうち、左側にはきちんと鍵がかかると か、三階の家族待合い廊下の右側は便座はないが比較的きれいだ、などといったこと である。 幸いにも、これまでは緊急の事態が発生したことは一度もなかった。しかし、この