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検索対象: ハードボイルド/ハードラック
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1. ハードボイルド/ハードラック

これはこの土地と私の頭の中のある部分が呼び合って見ている悲しい夢の中 なのだ、と私は思った。だから、今は、懐かしい千鶴でも見よう。 そう、しゃべりさえしなければこの夢の千鶴は昔の千鶴に見え、とても懐か しかった。そでロがほっれた白いカーディガンも、いつも取り合いになって結 局朝先に起きたほうがはくことにした、半額ずつ出し合って買ったジーンズも、 毛先がばさばさの薄茶色い髪の毛も、すっと、見たくても見ることができなか ったものだった。私は彼女をじっと見つめた。 そしてきっと本当のところ、千鶴に私の考えが届いたことなど一度もなかっ いつもこうして深く沈みこんでいた たのた、と思った。 , 彼女は彼女の中に、 千鶴はそれを人に伝えようとする気持ちも持ってはいなかった。 私はそれを見ているだけだった。だからこそ千鶴を眺めているのが好きたっ 。千鶴は幾層もの苦悩が創り出した、人生の淡い影でできているような存在 35 ハードボイルド

2. ハードボイルド/ハードラック

た不幸も背負ってないわよ。私の人生なんか、あんたの深刻さに比べたら、す ごく楽よね。女ののど自慢で o 賞も狙えないね。」 私は自分でも止められない怒りに震える声で言っていた。言いながら自分が、 自分で思っているよりもすっと、自分の人生を大変だと思っていることに気づ がくぜん いて愕然とした。 洞くつは熱く、空気が薄かった。私は窓がほしいと思った。いつまでここに いるのだろう。ろうそくの光が土の壁をほのかに照らしていた。ほこりやかび の匂いがした。 熱さで目が覚めた。部屋の天井がライトで明るかった。私は汗をかいていて、 夢の重さで頭がすっしりと痛かった。浴衣は不快によしれ、シーツもしわがよ っていた。なんて夢だろう、と私は思った。 時計を見たら、午前二時だった。目が冴えて、眠りに戻れそうになかった。

3. ハードボイルド/ハードラック

「お供えをしようと思って、ム叩日だし。」 「それは私がすることなんじゃないかな」 私は言った。 「忘れてたくせに。」 千鶴は笑った。 「すっかり忘れて鼻歌混しりに山道を歩いていたくせに。」 彼女は言った。 私はなにも言い返せなかった。 「あなたはまだわかっていなし ) 。いつだって、自分がいちばん大変で、自分さ え助かって、楽で、いちばん楽しければい、 しと思っているんだもの。」 千鶴は言った。その目は見たことのない暗い怒りに燃えていた。私は無匪に くやしくなった。私はいつも自分なりに千鶴を愛してきたのだ。 「より一深 . ならばい、 しって、そりやそうよ、あんたに比べたら私なんて、大し 31 ハードボイルド

4. ハードボイルド/ハードラック

まった。部屋にはべッドしかなく、窓の外は裏山だった。今度目が開いたら、 この、陽にやけてしまったカーテンを照らして、朝日が入ってくるはすだ、と 思いながら眠りに沈んでいった。今日体験したちょっと気味悪いことも、もう 過ぎ去ったことになっているだろう : ・。眠る直前によぎったその考えは私をほ っとさせた。 しかし、世の中はそんなに甘くなかった。 時間は、伸び縮みする。伸びる時にはまるでゴムのように、永遠にその腕の 中に人を閉じこめる。そう簡単には出してくれない さっきいた所にまた戻り、 立ち止まって目をつぶっても一秒も進んでいない闇の中に人を置き去りにする ことがある。 夢の中で、私は迷宮のような所にいた。 細い通路が人り組んだ暗闇の中で、私は這って進んでいた。い くつもの別れ

5. ハードボイルド/ハードラック

おばさんはこんな遅くになんで到着するの、と言いたそうにしていたが、私 か食事していないことを告げると、 いきなり優しくなった。 レストランが十時までやっているから、今すぐ入れば間に合うけど、もしも 確実に降りてくるなら、事情を話して開けておいてもらってあげるから、一回 部屋に上がって荷物を置いてきなさい、 このへん唯一のラーメン屋さんは今日 定休日なのよ、とおばさんは言った。 私はすぐに降りてきますからお願いします、と告げて部屋に上がった。 荷物を置き、汗臭い靴下を脱いで、あわてて下へ降りて行った。 もちろん、その薄暗いレストランには私しかいなかった。テープルの上の妙 な花瓶には蘭の造花がささっていた。花柄のお皿に注がれたボタージュスープ はもちろん、缶詰めの味がした。日本人はいつどこでなにをどう間違えてこれ らを上品さの標準装備とみなしたのだろう。でも、スープと、硬いパンと、小 瓶のビールは私の胃袋をやっと温めた。

6. ハードボイルド/ハードラック

街灯の明かりか届かない、少し奥まったカープにさしかかる時、突然、すご ゆが こ進まな くいやな感じがした。ぐにやりと空間が歪んで、歩いても歩いても前 ( 、 いような錯覚にとらわれた。 私には、全く超能力というものはなかったけれど、ある時期から目に見えな いものを少し感しるようになった。 私は女性でありながら、一度だけ、女性とおっきあいしたことがあった。そ の人には人に見えないものが見えた。一緒に住んでいたらいつの間にかつられ たのか鍛えられたのか、私もなにかの気配くらいはわかるようになってきたの 彼女とは、数年前に、ドライプに行った先のこんな山道で、永遠に別れた 彼女はもう同じ家に帰ることができなくなる その日は私が車を運転していた。 , のなら、しばらく旅をしてから帰るから、ここで私を降ろして、と懇願した。 真剣だった。どうりで荷物が多いと思った、と私は言い、旅に出る前から彼女 13 ハードボイルド

7. ハードボイルド/ハードラック

そうして一生懸命歩いているうちにだんだん日が暮れてきて、鮮やかな藍色 の空にはいつの間にか宝石のようにくつきりとした光をたたえた宵の明星が輝 いていた。まだ薄いピンク色を残している西の空には晩秋の細い雲が柔らかい 色に染まって次第に闇にのまれていくところだった。月も出ていた。爪のよう な細い細い月たった。 したいいっ頃、町に着くことができるんだろう。」 「このまま一何 / 、と、 と私はひとりごとを言った。あまりにも長く黙って歩いていたので、自分の 声を忘れそうだった。ひざがだるく、つま先が痛くなり始めていた。 「ホテルにしておいてよかった、晩ごはんの時間には間に合いそうもないや。」 電話を入れておこうと思ったが、山奥過ぎて携帯電話が通じなかった。にわ かにおなかもすいてきた。もう少ししたら、私が予約しているホテルがある小 さな町に着くはずだった。そうしたら、その町でなにか温かいものを食べよう、 私はそう思って少し歩調を速めた。

8. ハードボイルド/ハードラック

私はあてもなくひとり旅をしていて、ある午後、その山道を歩いていた。 国道から一本山側の、緑にこんもりと覆われたいい感じの道だった。 私は光と影が作る美しい模様を見ながらその道を歩き始めた。 その時はとてものんきな、散歩を始めるような気持ちだった。 地図を見ると、その道はやがて国道に合流することになっているハイキング コースとしてしるされていた。 春のように暖かい午後の光の中、私は気分よく歩き続けた。 しかし思ったよりも道は険しく、坂道がたくさんあった。 1 ロ ハードボイルド

9. ハードボイルド/ハードラック

十一月について 3 、音楽 ードラック 138 128 95

10. ハードボイルド/ハードラック

一口 2 、ホテル 4 、訪問者 、畳部屋 6 、再び夢 7 、朝の光 ードボイルド 目 次 89 84 74 37 27 21 11