お母さん - みる会図書館


検索対象: ハードボイルド/ハードラック
31件見つかりました。

1. ハードボイルド/ハードラック

なんて告げてはくれない 目が赤いふたりが作業を終えた頃、父がやってきて、姉の上司や社長に挨拶 をしていた。 私と父は挨拶をして、大勢の人に手伝ってもらって姉の荷物を地下の駐車場 に降ろした。二度とは会うことのない優しい、スーツ姿の人たち。なんとか荷 物を積みこんで、私は手を振った。初めて会う人がほとんどだったのに、なぜ か私は、自分がそこで働いていて、結婚退職するために荷物を運び出している ような錯覚を起こした。 「お父さん、どうして小さいほうの車で来るのよ。ワゴンで来いって言ったじ ゃない」 車が走り出してから、初めて私は言った。 「お母さんが病院に乗って行っちゃったんだよ。お母さんも疲れておかしくな 131 ハードラック

2. ハードボイルド/ハードラック

「十一月。」 「あっそう。どうして ? 」 「空が高くて寂しくて、心細いような感じがして、どきどきして、自分が強く なったような感しがするから。でも、なにか空気に活気が感しられて、本当の 冬がやってくるのを待っている状態でもあるの。」 「俺、も。」 「そうよね。なんだか、すごく好き。」 「俺もそうなんた。そうだ、みかん食べる ? 」 「もうみかんの季節だっけフ 「いや、なんとかかん、なんだったかな、名は忘れた。親戚の人が送ってきた ってお母さんが言っていた。」 「誰だろう ? 九州のおばさんかな。」 「 . 知らない」 106

3. ハードボイルド/ハードラック

境くんは東京に住んでいるというだけで、「僕でよければお見舞いに来ま す。」と言って、ほばなんの関係もない人なのに、わりとしよっちゅう病院に 来た。はしめは弟のふがいなさを申しわけないと思っているのだろう、と家族 は陰口をたたいていたが、そうでもないらしく、まめに来ては看護婦さんをナ ンパしたりしていた。わりとすぐにこの衝撃的な状態に慣れたように私には見 えた。得体の知れない人だった。 彼のこれまでの人生は謎に包まれていたが、姉が前に言っていたことには、 彼ら兄弟は結構苦労人らしい。お父さんは難病で死に、お母さんは長く婦長さ んをしながら、女手ひとつで兄弟を育てた、とかそういうような話だったと思 そうして姉がしゃべっていた頃のことを思い出すと、いつも膜に包まれたよ うな感じがした。姉は高くて細い声で、よくしゃべった。よく、子供の頃、布 団をお互いの部屋に引きすっていっては、夜明けまでしゃべった。大きくなっ ドラック

4. ハードボイルド/ハードラック

「なんで ? 」 「変わったモザイクだなあと思って。」 「そうよ、オ 1 ナーは変人で、石ころを集めていたの。ダイヤとかそういうん じゃないのよ。正真正銘の石。くす石。」 「なるほど。でも、すてきですよ、あのお風呂。」 私は言っておいた。 「でも、おばさん、気をつけて下さいよ。幽霊もいるし、ここって変ですよ。 はにか」 「大丈夫よ、さっきも言ったけど、変な夜っていうのは、どこにいてもあるの よ。それに、必す過ぎていくの。っとめていつもどおりにして、朝が来れば、 なんていうことなくなっているものよ。それよりも、私は人間がこわいね。オ ーナーが死んだ時の息子の嬉しそうな顔とかに比べたら、大したことないね。 世にも上品な夫婦が泊まった後、掃除のおじさんが吐いたこともあるよ。部屋 81 ハードボイルド

5. ハードボイルド/ハードラック

後味が悪いのに、言いたくないことを言わなくて済んた。 「誰も亡くなってないよ。あそこおじさんがひとりだけど、無事逃げ出したっ て。店のストープの火の不始末だってさ。だいたい、ばやだったみたいよ。」 おばさんは笑った。 「あんたのせいじゃあるまいし、風呂に人ってきな。」 いや、私のせいかもしれないんです、なんとなくだけど・ : と私は思った。 そして風呂に向かった。本当は逃げ出したかった。違う町に、今日以外の時 間の中に。しかし私はもうすつばりとこの夜に、この寂しくおかしな雰囲気の 中に体ごと人りこんでしまっていた。もうすでに目に映るもの全てになにかの フィルターかかかっていて、なにもかもをまともには考えられなくなっている、 そんな気がした。この夜の力に捕らえられてしまった。 温泉で満たされた小さな浴槽の、古いタイルのきれいな模様が水に揺れるの 25 ハードボイルド

6. ハードボイルド/ハードラック

また少し深く、 そのことを、この男の人はよくわかっている、と私は思い、 境くんに好意を持った。私にとって恋はいつも意外性と共に訪れる。どうして こんな時にこんなことを思いつくのだろう ? ということをどんどんしてくれ る人が好きだ。こんなに弱ってひしやげていても、それは変わらない 「十一月の夕方だねえ、秋の最後の匂いがするね。」 彼が窓の外を見ながら言った。 「あとは明るく過ごすしかないね。」 「無理しないで、明るくね。」 「どっぷりと浸りこんでいると、お姉ちゃんが遠くなると、お母さんも今朝一言 っていたよ。」 「お母さん、この短い期間によくそこまで言えるようになったなあ。」 街路樹の枝がちょうど見えて、若者たちが楽しそうに騒ぎながら古着屋を見 ていた。そのとなりには八百屋があって、いろいろな色の野菜が電気に照らさ 127 ハードラック

7. ハードボイルド/ハードラック

「朝になったらもう大丈夫だから、荷物持って出ればいいじゃない。」 私は、どうして、お金を払ってこの渋すぎる和室にこのおばさんと寝なくち ゃいけないんだろう、と思ったが、珍しい体験なので、そうすることにした。 「では、お言葉に甘えて。」 もう眠くてどうでもよかったというのもある。 おばさんは、さっきから敷きっ放しのおばさんのふとんから少し離れたとこ ろに、私のためにふとんを敷いてくれた。 せまい部屋、低い天井、菊の匂い 私はふとんに人って、おやすみなさい、 と言った。 おばさんはおやすみ、と電気を消してくれた。 台所の電気だけつけて、おばさんが洗い物をしている間に、私はあっという 間に眠りに落ちた。 83 ハードボイルド

8. ハードボイルド/ハードラック

それ以上不機嫌な声を人類は出せないというくらいの声たった。 「疑うなら、同行して下さい。」 私は言った。 万が一、相手の男が死んでいたりしたら、おばさんがいたほうがいいと 「恥ずかしながら、今日の客はあんただけ , おばさんは言った。 「ええ ? でも、ムマ、確かに。」 「ううーん、どっちの立場を取るべきか。」 おばさんは言った。 「なんです ? 」 「ホテルの利益か、客を安心させるか。」 おばさんは真剣な顔でそう言った。 つ

9. ハードボイルド/ハードラック

し。 それを察して黙っていた。 そうしていても、生まれ育った街がびゅんびゅんと流れていった。 「お母さんまいってるかしら。今日は泊まろうかな。この荷物の整理もしたい 私は言った。 「そうしてあげてくれ。」 父は言った。 「じゃあ、私がなにか作るよ。」 「鍋がいいな。熱いものが食べたい。」 「じゃあ、ス 1 ノ ーに寄って。」 暖かい車の中で、その会話をした時、あれっと思った。 またいい時間を過ごしてしまっていた。 姉はたまらなさだけではなく、たたただ濃い時間を与えてくれている、そう 137 ハードラック

10. ハードボイルド/ハードラック

私はたすねた。 「うどん屋さんが火事たって。」 おばさんは言った。ああ、なんてことだろう、と思って、私はたすねた。 「どなたか亡くなりましたか ? 」 私の雰囲気をじっと見つめて、おばさんはしばらく黙っていた。私はつけ加 えた。 「さっき、うどんを食べたんです。でも食べ切れすに出てきてしまったので、 まさかあのお店かな、と思って。」 と一一一口った。 「あんた、晩ごはん食べてないって : ・ああ、まあ、そうよね。あそこまずいも んね、地元の人も行きやしないのに、都会の人のロに合うわけないよね。わか るよ。」 おばさんは言った。おばさん、なかなか鋭い ! と私は思った。ただでさえ