勇介 - みる会図書館


検索対象: 断ち切れ!虐待の世代連鎖 : 子どもを守り、親をも癒す
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1. 断ち切れ!虐待の世代連鎖 : 子どもを守り、親をも癒す

先人観 「傷心」とはまさにこの表情を指すのだろう。勇介に初めて会ったときの私の印象だ。「ど うしても知ってほしいことがある」と、彼は遠路を飛ぶようにしてやってきた。 勇介と妻との間にはすでに離婚が成立していた。理由はドメスティック・バイオレンス。 鎖 当時、妻の顔には殴られたとみられるあざがあり、それを妻自身が写真に撮り、「証拠」と 連 代 世 こっし して裁判所に提出していた。妻に暴力を振るい、そして子どもに虐待をする男 : の 待 て二人の子どもの親権は妻側に渡された。 虐 子どもたちが自分で勇介のところに逃げてきたのは、それから間もなくのことだった。前 妻は「不当な監禁」だと抗議したが、勇介は返そうとしなかった。前妻は警察に通報し、子切 断 どもたちは連れ戻されていった。 勇介は私に、二人の子どもを「助けたい」のだと言う。話のつじつまがあわない。彼によ ると、子どもを虐待するのは前妻のほうで、彼は暴力を振るったことがないという。私は勇

2. 断ち切れ!虐待の世代連鎖 : 子どもを守り、親をも癒す

介の話を信じた。信じられ、理解されることによって、人は初めて無防備な姿をさらけ出す。 その先に真実が見えてくる。 事態の全容が徐々に明らかになるにつれ、私は人々の先人観というものがもっ怖ろしさを あらためて思い知った。 ののし かっての妻はささいなことで激高し、家族に当たった。夫の勇介はばかにされ、罵られた。 子どもたちにも暴力と暴言をくり返してきたという 長男が小学高学年になり母親に反抗し始めると、しばしば取っ組み合いのけんかになった。 母親は、顔に痕が残るようなけがを負うこともあった。それが裁判で夫からの暴力の「証拠」 として利用されたということだった。 「いくら説明しても、私のことは信じてもらえませんでした」と、彼はうなだれる。男女 間暴力では、加害者は常に男性だと思われがちだ。写真という証拠があれば、なおのこと。 勇介の落胆はその後さらに深まっていく。二人の子どもが母親の虐待に耐え切れなくなっ て、再び勇介のところへ逃げてきたあとのこと。長男の足のすねには刃物で切りつけられた ような裂傷があり、次男の頭は腫れ上がって内出血を起こしていた 2 側

3. 断ち切れ!虐待の世代連鎖 : 子どもを守り、親をも癒す

鎖 連 代 世 強い親権。わが国に残る伝統的な考え方だ。民法上、親権者に「懲戒権」を明記している の ほどであり、親権という壁は「子ども保護」の前に立ちはだかってきた。それにしても、勇待 介の申し立てを退けた裁判官の保守性には異様さを禁じえない 管轄の児童相談所に間い合わせてみると、この事例について把握はされていた。しかし裁切 断 判沙汰になり、腰が引けている様子だった。私は「母親の虐待」として通告するしかなかった。 勇介と出会ってから数カ月後、明るい口調の「知らせ」が舞い込んだ。控訴審の過程で、 裁判官が子どもたちから直接「事情をきいた」のだという。そのときのやりとりを記録した 子どもの身を案じた勇介は弁護士と相談し、裁判所に対して「人身保護請求」を行った。 親権者である母親から子どもを離し、元父の自分が保護するとの申し立て。しかし出された 決定は、「親権を持つ者に子どもを返さなくてはならない。親権を持たない者が身を拘束す るのは違法である」という内容だった。 決定書の中に次のようなくだりを見つけて、私も唖然としてしまった。 「母親の体罰は認められるとしても、ただちに生命の危険につながるものとは言えない」

4. 断ち切れ!虐待の世代連鎖 : 子どもを守り、親をも癒す

資料を見せてもらうと : 裁判官「この足の傷はどうしたの ? 」 長男「お母さんに包丁で切られた」 裁判官「どうして ? 」 長男「理由はわからん。お母さんは急に怒る」 裁判官「弟のほうには、頭にけがの痕があるね ? 」 次男「うん、あるよ。お母さんにゴミ箱の角で殴られた。固いゴミ箱だよ」 裁判官「お母さんはいつもそうなの ? 」 長男「うん、すぐキレる」 裁判官「お父さんも、たたいたりした ? 」 次男「お父さんはしない」 裁判官「お母さん、顔にけがをしたでしょ ? 」 次男「お兄ちゃんとけんかしたときだよ」 ここに記された子どもたちの供述は、勇介が一貫して私に話してきた事実と一致している。

5. 断ち切れ!虐待の世代連鎖 : 子どもを守り、親をも癒す

そして高等裁判所は、家庭裁判所に再調査をするよう命じたのだった。何度も撥ねつけられ ながら、それでもあきらめなかった勇介の願いはようやく実を結ぼうとしている。「家族の 愛憎」の問題に、先人観は禁物なのだ。 次に紹介する達郎の場合は、もっと悲惨だった。人々の先人観は、ときに尊い人生をも転 覆させてしまう。 達郎と私は、不幸にも拘置所で会うことになった。彼が裁判の被告の立場にあったからだ。 深夜、幼児を誘拐し、殺害したとして逮捕されていたのだった。 連 彼の逮捕の決め手となったのは「自白」である。被害児の行方がわからなくなった夜、彼世 は現場近くの駐車場に止めた車の中で寝ていた。 虐 「以前から車で寝泊まりしている不審者がいる : : : 」 れ 切 こんな目撃証言が警察に寄せられた。任意同行で取り調べられ、彼はいとも簡単に「私が ち 断 やりました」と自白したのだった。そして即日逮捕。 面会した私に、達郎は「本当は、何も知らないんです」と、すがるように訴える。私の仕 事は、いつものように彼の一一口葉を信じるところから始まった。

6. 断ち切れ!虐待の世代連鎖 : 子どもを守り、親をも癒す

3 イ引 32 電教定勇 話師規み っ実 足機 ワ 7 応イ 783 撲 8 7 万 72 37 専 門 関 30 無 神 経 な 子 29 か さ ぶ た 7 引 28 だ け の 花 わ 5 2 / 2 25 2 イ A 宿遠 D 題慮 H 7 イ 7 7 引 0 8 7 イ 7 い 救 と 真

7. 断ち切れ!虐待の世代連鎖 : 子どもを守り、親をも癒す

二つのカ 児童虐待の事例検討会などで、違和感を味わうことが度々ある。同じ事態にもかかわらず、 解釈の仕方が大きく食い違う点だ。 たとえば数年前 ( 児童虐待防止法施行前 ) の検討会でのこと。児童相談所の職員が「成功例」 として報告していた。虐待が疑われた母子家庭を訪ね、母親と信頼関係が結ばれ、話し合い も順調に進んだという筋書きである。最後に母親が「もう大丈夫です。がんばれます」と語 るに至り、指導に一応の区切りをつけたのだった。 しばらくして、この母子が転居するとの情報が寄せられた。電話で確認すると、隣県の実 家に引っ越すということだった。「密室」の危険性はなくなったと、関係者は安心したという。 しかし私はこのとき、逆に「危険な事態が進んでいる」と考えていた。母親は児童相談所 に疑われたことを怖れ、さらなる介人を避けるために逃げたのではないか、と。「表面的な 関係しか築くことができなかったのでは」と厳しく指摘したのだった。 2 ノ 8

8. 断ち切れ!虐待の世代連鎖 : 子どもを守り、親をも癒す

ここまでの中間報告を聞き、私はやはり正反対の読みをしていた。「疑われた母親」が、 A 」 子どもの顔を見せることで偽装に走ったかもしれない : 私「その後も、子どもの顔を見ていますか ? 」 教師「強い登校刺激は控えたほうがいいので : : : 」 そこで私は、訪問したときの家の様子と、不登校になる前の児童の身なりを詳しくきいた。 案の定、玄関には不要物が散乱。男児は以前、同じ服ばかりを着て、髪からは異臭を放っ ていた。「ネグレクト」が十分にうかがえる。この家族への支援は空回りしている。 子どもを守るとき、子どもにいつでも会えるかどうかが鍵だ。親が拒めば、半ば強制的に でも調査をし、事実確認を急がなくてはならない。そもそも親たちにとって、児童虐待防止 法の下で動く諸機関は「敵」の立場にいる。だから介人に対して怯え、真実を隠し、取り繕 ) 、逃げようとする。それを許さない権限を持っ部門として、児童相談所は機能すべきだと 考える。迅速な決断力が求められる。 このような動きは当然、親との信頼関係作りに逆行する。ときに親は子どもから引き離さ 220

9. 断ち切れ!虐待の世代連鎖 : 子どもを守り、親をも癒す

事件の数日前、北斗君は保育園でこう訴えた。 「お母さんと一緒にお風呂に人ったり、一緒に寝たり、抱っこしてもらいたい。園長先生、 お母さんに言ってくれない ? 」 それを受け、保育園が母親に伝えた翌日、「お母さんに絵本を読んでもらったよ」と喜ぶ 北斗君の姿があった。 これは一大事 ! 私の眼には、この母親の見せた誠意こそが、緊急信号。母親は「敵」に 回った保育園からさらに疑われ、介人されることを怖れ、子どもに対してサービスし、カム連 世 フラージュに走った。 の 親には「敵」に映る児童相談所と、他方で「信頼」を結びたい保育園。両者の上位組織と しての児童虐待プロフェッショナルを、各拠点に設置することを提言したい。個々の事象を れ 切 的確に読み解き、機敏に動きつつ指揮をとる。この人材育成という見えない部分に、時間と ち 断 予算を投人する。 私と志を共にする中間管理職が洩らした言葉が印象的だ 「どうしたら『上』に緊急性を理解してもらえるか :

10. 断ち切れ!虐待の世代連鎖 : 子どもを守り、親をも癒す

児童相談所が関与したのちに行方をくらまし、その果てに悲惨な結末を迎えるという例は 少なくない。たとえば四年前、関東のある地域で、児童相談所が虐待を認知するたびに転居 をくり返し、三度目の後に子どもが死亡した例がある。関西地方でも最近、児童相談所がか かわっていた母子が他県へ引っ越し、直後に子どもが死亡している。 「介人後の転居」という図式は、緊急度の高さを示すサインであり、転居先を追跡し、現 地機関への引き継ぎを怠らないことだ。表面的に円満な関係が築かれていたとすればなおさ 鎖 らのこと。「見かけ」自体が偽装だからだ。 次は、私が親子の支援にかかわった例。不登校になった小学六年の男児がいた。それまで世 虐 担任が家庭訪問をしていたが、ある日を境にびたりと会えなくなった。居留守は察していた。 担任は、児童委員とも協力して辛抱強く家庭訪問を続ける。ようやく母親が玄関先に出て れ 切 くるようになったが、 子どものことをたずねると、「今は寝ています」と言われ、会うこと ち 断 : 」と、粘りの訪問を続けた。 を拒否されてしまう。それでも「一目でいいから : その甲斐あってか、およそ半月後、ドア越しに本人の顔を見ることができたのだ。「深刻 な虐待でなくてよかった」と、深刻に受け止めていない人が多かった。