とりで外国暮らしを続けている。優子はそれまで「家族のためにがんばっている」と感謝し ていたのだが、 ここにきて「父親不在」の問題性がクローズアップされてきた。 夫に国際電話をかけてみた。すると「子育てはおまえに任せてあるじゃないか : い切られてしまう。 八月の面接日、優子は予告なく、夫を連れてきた。ちょうど、お盆で帰国していたからだ。 純一は、「家内がお世話になります」と丁重にあいさつをする。優子は紹介も簡単にすま せると、「浩史は今、父親とのふれあいを求めているのではないでしようか ? 」と単刀直人 に言い、私に同意を求めてきた。 一瞬、夫婦の間に沈黙の、重たい空気が漂った。 子どもとかかわりをもたない親は、親自身の子ども時代に、それなりの「事情」を隠しも っている。純一と浩史の間に、「父ー息子」の葛藤が存在しているはずだった。 そこで私は、優子の間いかけに答えるかわりに、彼にこうたずねてみた。 「お父さんの子ども時代、とてもつらいことがあったのではないですか ? 父親はどんな 人だったのですか ? 」
栄子にとって広美は特別な存在になったのだ。第一の心によって過度に理想化された。 「信頼できる人に生まれて初めて出会いました」 訪問をねぎらい、「また来てほしい」と依存した。広美は、自分が役に立てることを喜んだ。 悲劇は間もなく起こった。広美が訪ねる予定の時刻、第二の心が飛び出したのだ。怒りは その手に包丁を持たせ、いつものようにドアを開けようとした広美に切りかかった。だが幸 いにもその日、かけてあったチェーンロックが二人の壁となり、大事に至ることから免れた。 そして後日、栄子と広美はそろって私をたずねてきた。 正確に言えば、支援を受ける立場にいた栄子のほうが、民生委員の広美を説得して私のと ころに連れてきたことになる。 栄子には、スプリットの感覚が体験的にわかっている。しかし広美にはわからない。栄子は、 第二の心が再び広美に刃を向けることを回避したかった。広美も、自信を失いかけていた。 ーに加わることになった。 こうして栄子は、私の主宰する「親子連鎖を断っ会」のメンバ そしてしばらく、定例の集会には欠かさず参加してきた。この場では、現在の親子関係 ( 子 ノ男断ち切れ ! 虐待の世代連鎖
私は一九九九年一一月、「親子連鎖を断っ会」を立ち上げ、子どもを虐待してしまう親の「心 の癒し」に着手した。親が最愛の子どもを虐待してしまうのは、親自身が幼少期に虐待され ていて、どのように愛情を注いだらよいかがわからないためである。だから私は、虐待の世 代連鎖を「断ち切る」ことを目指した。 しばらくして届いた手紙には、恵子がかって母親から虐待されていたことが告白されてい た。その母親は、酒乱の夫 ( 恵子の父親 ) からの暴力の被害者でもあった。 手紙の続きには、「死にたい」という衝動と闘う日々の苦悩がつづられていた。 子どもを愛する存在として親に勝るものはない。その親から否定された子どもは、自分が 存在していること自体が矛盾となる。そんな恵子がすがっていたのが、「死ぬことを願いな がら生きる」という人生目標だった。 それから一年後の手紙には、夫と別居したことが書かれていた。酒乱で暴力的な夫にしが みつくという、彼女の母親も縛られ、逃れられないでいた鎖を、自らのカで断ち切ろうと動 き出していた。 そしてさらに一年後。離婚をして、子どもと三人で穏やかな生活を送っていたのだった。
「そんなのおかしいよ ! 」 そう思ったけど、僕は怖くて震えてしまったんだ。 そういえば女の人もいた。 女の人は背中を向けていたけど、多分血だらけだった。 ここで何があった ? 怖い、非し ) 凍てつく心 多分、夢。 タイムマシンなんて嘘だ でも、タイムマシンがあればやり直すことができる。 でも、そんなものはこの世に存在しない でも、タイムマシンがあったら、 変えられたかもしれない : 235 あとがきに代えて
世界に一つしか存在しないお星さまを、世界で一番愛している人だよ。 その人たちがいなければ、お星さまが生まれることもなかった。 その人たちは輝く場所を知っているのかもしれないけれど、 涙がじゃましてよく見えないのだと思う、きっと。 お星さまになる順番が違っているから、ひどく苦しんでいる。 もっと悲しいね。 そう、それくらいわかっているよ。 僕には、その人たちの涙を拭いてあげることはできない 慰めや救いの言葉も持ち合わせていない 僕には涙を流す資格がない どうしてお星さまになったの ? 理由はないね。 2 引あとがきに代えて
母親孝行 連続少女暴行事件を起こして逮捕された良介がいた。被害に遭ったのはいずれも小学生か ら中学生の少女たちだった。 私が良介に会ったのは、彼が自分の行いの解明を望んでいたからだ。聡明な彼にも、自分 がそんな行為に走ってしまう理由がわからなかったのだ。というのも、少なくとも彼の意識 上にそのような欲求は存在していない 私「犯行に至るまでの経緯を説明できますか ? 」 良介「それが、わからないのです」 私「記憶がないということですか ? 」 良介「は : 気がついたら、もう行為の最中なのです」 私「気がつくまでに、どれくらいの時間がたっていますか ? 」 良介「三十分くらいだと思います」
「大おばあさんは、定規を集めていた」、「大おばあさんのお父さんも、定規が好きだった」 時をさかのぼること五世代。源流とはいかないまでも、自身の世代連鎖の支流に「竹定規」 の存在を突き止めた。 時子が先代への旅に出たことは正解だった。改めて自分の「がんばり」に気づいたからだ。 そう、彼女は子どもを物で叩かない。手に「じ—ん」と痛みを残す、悲しみを引き受けな がらの虐待だったのだ。 「今はもう、娘に手をあげることはありません」と言う。「きっと私の娘が、私ががんばっ た分を受け継いでくれる」。 彼女は、二つの世代で連鎖を断っことを信じている。 ノア断ち切れ ! 虐待の世代連鎖
第一の心。 「大切な私の子。私なんて生きる資格はないけど、この子のためだけにがんばっている。 私がもらえなかった分まで、愛情を注いでやりたい」 第二の心。 「なんてひどい子なの ? いつも私を困らせてばかり。どうして私があんたにしてやらな きゃいけないのよ ! 憎らしい」 虐待の母親たちの心は、両極端の思いに分裂している。それらは同時に存在しながら、ど ちらか一方が表に出ているのだ。そして些細なことをきっかけに、度々人れ替わる。この心 を「スプリット」と呼ぶ。 虐待で子どもと引き離された母親たちは、「私の子どもを返してほしい」と懇願する。 「この子と離れていると、苦しくてたまりません。反省しています。もうしません : ・・ : 」 % スプリット ルノ断ち切れ ! 虐待の世代連鎖
に、「体罰」のバトンを渡そうとしていた。 「どうしても、私の代で終わらせたいんです ! 」 吐き捨てるようにこう一言うと、押さえた右腕がプルプルと震えた。 「正美さんは子どものとき、お父さんにどうしてほしかったの ? 」とたずねてみた。 正美「認めてほしかった : 私「何を認めてほしかったのですか ? 」 正美「私がこの家の子どもだということです」 私「子どもだと認めてもらえなかったの ? 」 正美「勉強をしなかったら、怒られて、捨てられてしまうと思っていました」 勉強に手を抜かないことが、この家の子どもとして存在することが許される、絶対条件に なっていた。たたかれたのは、勉強しない自分のせいだと : 私は間いかけ続けた。 「今、あなたが子どもだったら、お父さんに、なんて言ってやりたい ? 」 正美「勉強できなくたって、私は私だ ! 」 歹断ち切れ ! 虐待の世代連鎖
言葉のカ 虐待が子どもの心に与える影響の深刻さは、暴力の激しさでは測ることができない。むし ろ言葉のほうが、子どもの心に鋭く突き刺さるものだ。それは言葉が、子どもを責め、存在 を否定する、最愛の親からの直接的なメッセージだからだ。 「親に嫌われている自分は、本当に悪い子だ : : : 」 この呪文に縛られてしまうと、「悪い子」から「悪い大人」への人生軌道を突き進むこと になる。 ある日、私は夕方のテレビニュースに釘付けになった。 このテロップの背後に、四日前に会ったばかりの、和子の写真が映し出されていた。彼女 は私とひとつの約束をかわしていたはずだった : 四日前のこと。私は初対面の和子に、説得を試みていた。 「長男を刺した母親を逮捕」