女の頬を思いっきりたたいた : このとき彼女が返した涙ながらの鋭い視線。「大人は、たたけば何とかなると思ってるん や ! たたかれたもんの気持ちなんか、お前にはわからんのや ! 」との心の叫び。 「この言葉が心に突き刺さりました。一瞬にして、私の心の中が変わった。あの子の目は ぜったいに忘れません」 「私は本当に相手のことなど考えていなかった : 「相手」とは、子ども時代の自身の姿だ。子どもの思いに向き合わないことで、虐待環境鎖 代 を生き抜いてきたのだった。少女は真実を見事に代弁してくれたことになる。 世 の 待 虐 れ 切 ち 断
ぜひとも病院の中で活用してほしい 話は変わるが、昨年のある学会で、私は見知らぬ男性から声をかけられ、強い口調で「お 叱り」を受けた。彼は、矯正施設で犯罪少年の治療を担当していた精神科医。私がこの少年 への処遇に異議を唱えていたことに立腹したのだった。 「ヤツは、そのへんのワルとは違う、とんでもないャツだ」、「ヤツの暴力は遺伝だから、 治るわけがない」と : 私もつい感情的に、「ヤッとはどういうことですか。医師にとっては患者ですよ。彼は虐 待の後遺症を治療する必要があったのです」と言い返した。 どんな立場にいる人をも尊重し、その痛みにより添うことが、心の医療の原点ではないか 702
: ・」、「私今まで、なんのために生きてきたの ? 」。 「私、自分のことがわからない : そして、「私は、両親にわかってほしかった ! 」と、絶叫。大きく身をよじった : 「もうがまんしない」と言い捨てた麗子は、夫に離婚を突きつけ、年老いた両親に対して「遅 咲きの反抗」を始めた。そして義父母にも意見した。 ここまでくれば、暴力の再現にも転機が訪れたことになる。これから家族は、変化へ向け て動き出すのだ。 夫婦の間題を解決しようなどと考えなかった麗子をカウンセリングに向かわせたのは、幼鎖 い息子の暴力だった。まだ子どもが小さいうちに再現性に気づくことができれば、子どもの世 の 待 間題は、親にとって紛れもなく「宝物」になる。 虐 れ 切 ち 断
妻がダウンしたことで、夫は自ら体職を申し出て、家族のために食事を作ったり、娘と買 い物に出かけたりするよ、つになったのである。 「あんなやつら ( 千恵子と娘 ) に死なれてしまっては、腹の虫が収まらない」というのが、 夫の理屈だった。 苦労する親の姿を見せることで伸び伸びと子どもが生きられないとすれば、これも虐待と 呼ばねばならない。その人たちの心の辞書には、「前向き」の言葉がないから。前を向こう とするときは、その矛盾を生きるために、しばしばとんでもない理屈を考えだす。 連 千恵子に「死ねばたましいはなくなりますよ」と言うことは、死なない理由を奪い取って世 の 待 しま一つことにほかならない 虐 「勇気がないから」というのも、死なない理由を作って精一杯に生きようとしていること れ に変わりはないのだ。 切 ち
教師をしていた父親から暴力や暴言を受けて育ったこと。母親は、道夫が小学生のときに いなくなったこと。以前、他の自治体で教師をしていたが、体罰沙汰が間題となって解職さ れたこと : そして彼は、「もう子どもをカで押さえつけることはしたくありません」と 締めくくった。 その翌日、道夫は出勤した。相変わらずクラスは混乱状態が続き、周囲からは厳しい指摘 が浴びせられた。しかし彼は、子どもを怒鳴ることも、棒を叩いて脅すことも、平手打ちす ることもしなかった。「ダメ教師」のレッテルは決定的となった。この年を最後に彼は教員連 代 世 を辞め、遠い地に住まいを変えた。 の 最近、私は道夫に会ったという人から、彼がこう語ったと聞かされた。 虐 れ 切 ち 断 「あの三十分がなかったら、自分はいない」
「私ごとで大変恐縮です : : : 」 控えめに始まる、陽子から届いた手紙だった。 「小四の息子が、病院でと診断されました」 鎖 と私は田っ なるほど、子どもの「病気」の相談か : 代 世 「それから、とても悩んでいるのです」 の おや ? 彼女は、子どもの間題の原因が明らかになってから悩みだしたというのだろうか 虐 専門家たちが口をそろえて指摘するように、「しつけのせいではなかったと気づくこ れ 切 とで、親たちは救われる」はずなのだが ち と診断される子どもたちは、小学校で学級崩壊現象が問題にされた頃から爆発的断 に増えた。今では小学校教師たちが日常的に用いる言葉になっているし、私もこの診断を受 けた子どもたちに本当によく出会う。
「あそこ」とは父親の性器のことだった。私は一瞬、返す一一一口葉を失った。 絵里が「父親」を握り返すようになったのは、高校に人学した頃だった。そうすることで、 父親の機嫌がよくなるのだ。 私「お母さんの見えないところでするの ? 」 鎖 絵里「見てるところだよ」 連 代 私「注意してくれない ? 」 世 の 待 『お父さんはじゃれてるのよ』って言う」 絵里「別に : 虐 私の脳裏に「止めない母親」の問題性が浮かび上がる。最近、同じような二組の事例にか れ かわったが、これら親子には共通した特徴がいくつかあった。 切 母親が父親の「ちょっかい」をかばうこと。娘も父親にやり返していたこと。父親が暴力断 をふるった時期があったこと。 私は絵里に続けてたずねた。 絵里「あそこを : : : 」
「あのお : 私の不注意からなんですけど : ・ こう言いかけて、ひとみは話すのをやめた。そしてはにかむように微笑むのだった。 「どうしてそんな場所に行ったのか、自分でもよくわからないのですが : また少し話し、すぐに止まる。そして一段と大きく微笑むと、意を決したかのように、衝 撃的な経験を告白したのだった。 犯罪被害 親から裏切られてきた人たちは、心に、闇を包み込む膜をもつ。それが分厚く、固いのは、 「期待しない」を信条として、さらなる傷つきから心を守ってきたからである。 だからその人が真実を語り始めるとき、この膜の「周辺」で、長いらせんの道を辿らなけ 鎖 ればならない ひとみの場合もそうだった。彼女が「核心」を語るまでに、実に二年にも及ぶ時間を要し世 の 待 ていた。 虐 れ 切 ち
わ再現 幼い心に焼きつく家族の光景は、その子どもにとって家族の原点 ( Ⅱ基準 ) になる。それ 。自分の人生上にも「いがみ合う夫婦」を蘇らせる が「いがみ合う両親の姿」だったら だろう ドメスティック・バイオレンス ( > ) も、世代連鎖のひとつの表現形である。の対鎖 代 世 応が困難なのは、この家族の原光景を扱わなくてはならないからだ。 の 待 麗子は六歳の長男のことで悩んでいた。保育所でほかの子を叩き、泣かせてしまうからだ。 虐 : 」と聞いてみた。 私は「どこかに、息子さんのお手本になるものがあるはずなのですが : 「お手本」とは、家族の中に暴力があるのではないかということ。こうして問題の本質を切 : 」と前置きしながら、夫のことを話断 探ると、麗子は「関係あるかどうかわかりませんが : し出すのだった。 「主人は、息子には甘いんですよ。でも私には違う。自分の思い通りにならないと、すぐ
暴力の連鎖を断とうとする父親たち。彼らがしばしば選ぶ「子どもから離れる」という方 法は、いつもうまくいくとは限らない。それがかえって悲惨な運命を引き寄せることにもな る。 誠二が突然、錯乱状態に陥ったのは、はじめての子どもを妻が妊娠したのを知ったときだ。 「ごめんなさい」 この六文字を何度もつぶやきながら、手当たりしだいに紙に書いた。しばらくして落ち着連 世 くも、そのことは覚えていない の 待 / 。いったい何を謝ろうとしたのだろう : 虐 パニックはその後も週に一、二度のペースで、二カ月間続く。 れ 切 結婚した頃から、誠二は将来の子どものことをよく話し、早々と子煩悩ぶりを発揮した。 ち 断 「子どもは男の子と女の子、一人ずつがいいなあ」 「名前は、男の子なら大輝。強い子になってほしいんだ。女の子なら優香。優しい子に育 ってほしい」