一いめい 西方約五〇〇にある。泉質はアルカリ性含塩細かい特徴との共通性 けたが、主要作品は斉明・天智両朝の一四年間 ろ たいせつ に集中する。初め斉明天皇に仕え、主として天泉。国設スキー場や、ひがし大雪博物館があはあまりないが、『花 じゅか 皇の意を代弁して呪歌 ( 祝意あるいは願望など り、冬はスキー、スケート、夏はハイキング、世の姫』は昔話に近 ゅうこん く、山に捨てられた姫 を込めて祈る歌 ) を詠じたらしく、雄渾で格調登山、釣りが楽しめる。国道二七三号に沿い、 ぬ 高い作がある ( 例歌参照 ) 。斉明の崩御で一時根室本線帯広駅からのバスの便があり、約一時が、鬼の家で老婆に助 おうみ 〈進藤賢一〉 間二〇分を要する。 けられ、虫をとった礼 宮廷を離れていたらしいが、天智天皇の近江遷 うばかわ に姥皮など不思議な宝ポ 都のころ、ふたたび召されたようで後宮に列し囮二万五千分の一地形図「糠平」 とかち カ た。おそらく歌人としてであろう。天智時代糠平湖ぬかびらこ北海道中央部、十勝支庁物をもらうという「糠 おとふけ かみしほろ は、開明的気風のもとに大陸的みやびの世界を管内上士幌町にある人造湖。十勝川支流の音更福米福」の前段部分が 不歌 ! こ導入し、優美、繊細な新風で宮廷サロン 川を糠平ダムによってせき止めたもの。ダムはある。しかも、姥皮を着て老女になり、火たき七ミリ、小花が一個ある。護穎は包穎より短く、 のぎ の花形的存在となった。春秋の美の優劣を判定電源開発を目的に一九五二年 ( 昭和二七 ) 着として住み込む「灰かづき姫」の要素もある。芒はない。日本全土の丘陵地に普通に生え、朝 する歌「冬こもり春さり来れば鳴かざりエ、五六年完成したコンクリート重力式ダム『鉢かづき姫』や『うばかは』もこの系統であ鮮半島、中国、またフィリピンの高山にも分布 たんすい ぬか し鳥も来鳴きぬ : : : 秋山われは」は有名であで、高さ七六、堤頂長二九〇。湛水面積る。 する。名は、小穂が小さく、糠のように微細で 類話は、朝鮮、中国、ベトナム、インドネシあるためつけられた。基本種はヤマヌカボであ り、衆を代表して歌う立場などとともに、次代 ・二平方キ。、有効貯水量一億六〇〇〇トン、道 、つりゆ - っ かきのもとのひとまろ 〈許建昌〉 の柿本人麻呂を呼び起こす先駆をなす点で評内では雨竜ダムに次ぐ容量をもち、地下水路でア、インドをはじめ、アジアからヨーロッパ 価が高い。その経歴および作品から、天智、天南東三キ。の糠平発電所 ( 最大出力四万二〇〇〇かけて広く分布し、数も多い。ヨーロッパでは ヌカホシソウ〔糠星草〕ト鳶 ~ 、を たいせつぎん シャルル・ペローの昔話集の「灰かぶり」以 武両天皇との間に、王をめぐって深刻な三角関 ロワット ) に導かれる。大雪山国立公園に含ま 3 ざ sa E. Meyer var. き C 、 0C0 、、 ()u ・ そうせい 係があったとする見方が一部にあるが、おそられ、周囲三〇キ。を超える湖岸は原生林に覆われ来、もっとも有名な昔話の一つである。中国に chen. ) Ohwi イグサ科の多年草。茎は叢生 だんせいしき ゅうようぎっそ く誤りであろう。 〈橋本達雄〉た山々に囲まれ、釣り、ポートが楽しめ、国設は段成式穴六三没 ) の『酉陽雑俎続集』に「シ にきたづ 熟田津に船乗りせむと月待てば瀚もかなひぬ野営場などの施設がある。南西岸西方には糠平ンデレラ」の典型的な類話がみえている。これ 今は漕ぎ出でな 温泉があり、スキー、登山、観光の基地ともな は中国広西省に住むチワン族の昔話の記録で、 回谷馨著『額田王』 ( 一九六 0 ・早稲田大学出版部 ) っている。 〈岡本次郎〉 いまもよく似た話が伝わっている。継娘の靴を ▽中西進著『万葉集の比較文学的研究』 ( 一九鷓一万五千分の一地形図「糠平」 手に入れた人が靴を手掛りに娘を探し出すとい ぬかぶくこめぶく昔話。継子が幸う趣向も共通している。この部分は日本ではあ 六三・桜楓社 ) ▽神田秀夫著『初期万葉の女糠福米福 王たち』 ( 一九六九・塙書房 ) ▽橋本達雄著『万福な結婚をすることを主題にした継子話の一まり明確に説かれていないが、ヨーロッパではウ ソ 葉宮廷歌人の研究』 ( 一九七五・笠間書院 ) ▽伊つ。継母が姉の継子には破れた袋を、妹の実子 印象的な要素になっている。「糠福米福」は継 シ 藤博著『万葉集の歌人と作品上』 ( 一九七 : にはよい袋を持たせて栗拾いに行かせる。妹は子と実子の名前で、東北、中部地方では、このポ 塙書房 ) すぐいつばいになるが、姉のほうは破れている系統の糠と米を一対にした名が多い。継子にはカ ヌ からなかなかいつばいにならない 。日が暮れ、糠の団子を、実子には米の団子を持たせたの 額田亠ハ福ぬかだろつぶく ( 天九 0 ー一九四 0 劇 むっとみ わせだ べにぎらかけ 作家。本名六福。岡山県に生まれる。早稲田大山の中の一軒家に行く。人食鬼の家であるが、 で、この名があるという伝えもある。↓紅皿欠し、高さ一五 ~ 二五誓・。根出葉は数枚、茎葉は ぎら 学英文科卒業。青年期に病気で右手を失い、脚老婆がかくまってくれる。姉は老婆のシラミを皿 〈小島瓔禮〉 二、三枚、ともに縁に白色の軟毛を散生し、先 きどう は硬化して丸みを帯びる。花は五 ~ 一五個、細 本作家を志して岡本綺堂に師事。一九一六年とってやる。帰りに姉は老婆から宝箱をもら糠袋ぬかぶくろ米を精白する際にできた かひ ( 大正五 ) 雑誌『新演芸』の懸賞脚本に『出陣』 う。町の祭りの日、母親は妹を連れて祭りに出米糠を小袋に入れた化粧具。小袋は一〇誓・内外 い柄に単生し、径約五 : リ。花被片は六枚。雄し かぶき 亠こ・、も 3 蒴果は花被片 が入選し、地歩を固めた。以後、歌舞伎、新かける。姉にはたいへんな仕事を言いつけるの長方形のもので、米糠を入れ、ロの両端に渡べは六本で、花糸は葯より短い。 いとひも 派、新国劇などのため、時代劇を主とする大衆が、旅の僧やスズメの援助で果たす。宝箱を開した糸紐でロを締めてから湯に浸し、顔や体をより長く、種子は長さ約一・六ミリ、基部にほば しゅちん 性、娯楽性に富んだ大劇場中心の脚本を多く提けると、中にきれいな着物が入っている。姉は洗う。せつけんのない時代はもとより、明冶に同長の種枕がある。日当りのよい草むらに生 供した。また、三〇年 ( 昭和五 ) 創刊の岡本綺それを着て祭りに行く。姉はそこで見そめら なってせつけんが出回ってからも、糠袋を用い え、北海道から九州、および東アジアに広く分 〈清水建美〉 堂監修の戯曲雑誌『舞台』の編集・経営に終始れ、幸せな結婚をする。前半の栗拾いは、独立る習慣は引き続き、だいたい大正時代まで続い 布する。 こかじまる かんえい ひ した「継子の栗拾い」としても語られている。 力を尽くした。代表作に『小梶丸』『寛永遺聞』 た。糠袋をもみじ袋ともいうのは、袋が緋の紅ヌカホタデ〔糠穂蓼」 P 。ミミき・ ふゆき しんによ しらのべんじゅうろう み 後半は典型的な「シンデレラ」の類話である。 絹でつくられたことによる。 『冬木心中』『真如』『天一坊』『白野弁十郎』 〈遠藤武〉 q ミミ Lévl. タデ科の一年草。茎は、下部は ( 『シラノ・ド・ベルジュラック』の翻案 ) な 地をはって節から根を出し、上部は直立し高さ 日本では平安中期にすでに、継母に虐げられヌカホ〔糠穂〕 os ~ ミ Trin. ひしん どがある。 〈菊池明〉る継娘が結婚して幸福になることを主題にした subsp. ミミミ、ミ Tateoka ィネ科の多年二〇 ~ 四〇垰一、まばらな毛がある。葉は狭披針 おちくぼ すみ 回渡辺やえ子編「額田六福戯曲集』 ( 一〈究・青物語文学が生まれている。『落窪物語』や「住草。はやや株立ちし、高さ約五〇、基部に 形で先は鋭くとがり、基部はくさび形、質は薄 よ - っしよう えんすい 蛙房 ) 吉物語』 ( 現存するのは鎌倉時代の作品 ) がそ翌年の新苗をつける。四 ~ 七月、稈頂に円錐花 く両面に毛があり、乾くと緑色になる。葉鞘 糠平温泉ぬかびらおんせん北海道中央部、れであり、室町時代の物語草子にも同材の作品序をつける。花序の分枝は長短不同で、仮輪生は筒状で、同長の縁毛がある。九 ~ 一一月、紅 おとふけ とかち かみしはろ りよ、つ 十勝支庁上士幌町にある温泉。十勝川支流音更が少なくない。『ふせやの物語』『美人くらべ』状、ほば基部から小穂がある。花序は花期に開色花を開く。果実は三稜形。湿地に生え、本州 川をせき止めてつくられた人造湖の糠平湖岸の『秋月物語』『岩屋の草紙』などがある。昔話の出し、花期後は直立する。小穂は一・五 ~ 一 から九州、および朝鮮半島に分布。〈小林純子〉 てんじ まま - 一 小穂 へり 208
立した類型を形成しているが、一連の「一つ覚 が栽培される。ムラサキモクワンジュ B. ) 直垂にかわって素襖が礼服となり、その後素襖てつくられた袴で、膝関節より下は脛巾風にし ー ) み ~ 謇わ え」の話がよく知られている。馬鹿聟が、妻の にかわって肩衣袴が礼服となる。肩衣袴が礼月 て膝下と裾を紐で結んでおり、鹿皮、木綿、繻、き L. は小苗でも大きな紫赤色花を開き、 すからおり 化することで、いままで表面から見えなかった子、唐織などでつくられた。一六世紀、織田信観賞温室で栽培する。熱帯アジアでは若芽や花実家に家ほめに行く。妻は、節穴があったら縁 ふだ とよとみ たつつけ を食用にするという。ほかに白色花のモクワン起が悪いからお札を張るとよいといえと教え 小袖が露出するようになる。江戸時代、裃の正長、豊臣秀吉当時にも用いられた。↓裁着 のしめ ジュ B. ミミミ L. や、黄色花のキバナモる。そのとおりにして褒められる。後日、牛ほ 裁着は江戸時代の初めに武士が旅行するとき 装には熨斗目小袖を着用し、その上に麻長裃を よせひだかんえい ばんしよう かりゅうど めに行く。牛の尻を見て、穴にお札を張るとい 着用する。袴の寄襞は寛永 ( 一六 = 四 ~ 四四 ) ごろよや、番匠、木こり、狩人などが用い、また相クワンジュ洋、。き e ミ。き L ・など、丈が低く しようとくきようほう いといって笑われる。 花がよくつく種類が栽培される。〈高林成年〉 り始まり、正徳・享保 ( 一七一一 ~ 三六 ) 以降袴の撲の行司も用いた。その後、民間に移行した。 たん ちゃっこ 「馬鹿聟」は愚人譚の一つで、主人公は聟にし 中央にとるようになり、形式が整えられた。社〔女子〕女子の袴は、古くは貴族社会での服装袴着はかまぎ〔〉着袴 はなしばんはつわぐさはなしおおかがみ なくても成り立つ。噺本『初音草噺大鑑』 はかまだれやすすけ袴垂の名は と褌とは肩衣と袴のことで、肩衣に長袴を着用構成上なくてはならないものであったが、室町袴垂保輔 すれば長裃と いい、肩衣と小袴 ( 半袴 ) を着用時代に小袖、帯を用いるようになってから姿を『今昔物語』『宇治拾遺物語』にみえ、文中では ( 一六九 0 や落語の「池田の牛ほめ」 ( 東京では すれば半袴という。半袴が一般化し、肩衣と袴消していた。明治以後、欧米文化の移入ととも大盗人として登場する。袴垂保輔といわれるの「牛ほめ」 ) ではただの愚かな男であるが、古 せいすいしよう い噺本『醒睡笑』 ( 一六一一三 ) では、やはり聟であ は、平安中期における盗賊の頭目であった藤原 の材質の異なったものを略して着用するように に学制が発布され、女子も学校へ通うようにな つぎかみしも なった。これを継裃という。やがて半袴からる。明治中期ごろ、女生徒の通学に用いられた保輔と結び付けたものであろう。藤原保輔はる。能狂言でも、聟を笑いものにする話は多 ふひと 。この種の「馬鹿聟」型の類話は、朝や中 袴が分離独立して、小袖の上に着るようにな男子と同様の襠のある袴が改良されて、はきや『尊卑分脈』などによると、藤原不比等の後裔、 やすまさ だいなごん ひら る。この袴を平袴 ( 常の袴 ) という。武家も町すい襠のない袴が用いられるようになった。こ大納一言元方の孫である致忠の子で、歌人の保昌国にもいろいろみられ、インドではサンスクリ うまのすけ ット文学の『カター・サリット・サーガラ』に 人も袴をはくようになるが、襠の低いものは町の袴を男子も平常に用いるようになり、これをの弟である。正五位下、右馬助、右京亮、右 ひやくゆきよう まちなし あんどん ひょうえのじよう 兵衛尉となる。最後に捕らえられ、獄中で九あり、漢訳経典『百喩経』にもみえる。入れ知 人仕立てといわれた。初め武士はこの袴をはか襠無袴、また行灯袴ともいう。↓行灯袴 てんめい 恵をするのは妻で、しくじる場所も妻の実家で なカったが、天明 ( 一大一 ~ 瓮 ) 以後はくように 現在、日常着は洋服化されているが、男子の 八八年 ( 永延一 l) 六月一七日、自害の傷によっ おしよう まちあり 〈芳井敬郎〉あることが多い。「馬鹿聟」は「和尚と小僧」 て死去する。 なった。しかしこれをはいた場合は、馬に乗れ和服の礼装には襠有袴を欠くことができない かんぶん と同じく、「笑い話」の登場人物の基本形式の ない。寛文 ( 一六六一 ~ 七三 ) のころ、江戸・芝神明七五三の五歳の男児の祝い着の正装としても襠 バカマッタケ〔馬鹿松茸〕 T 斗ぎす りえもん 一つであった。 町の松葉屋理右衛門が乗馬用に考案して仕立て有袴を用いる。女子は学校の卒業式や琴の演奏、き守ミミ s ミ e Hongo 担子菌類、マッ 東アジアのこれらの地域には並行して「馬鹿 た特有の袴は、乗馬に便利であるとの好評を得などに着用する程度である。特殊な面では、わタケ目キシメジ科の食用キノコ。形も香りもマ て武士に用いられた。これは襠を高くつけ、馬が国独特の技芸の剣道、弓道、能、仕舞、素踊ッタケに似るが、はるかに小形。生態的にマッ嫁」もみられる。聟や嫁は、親しい家族のなか の新しい異端者として、日常生活の習慣にもな タケと比較すると、マッタケがマツに菌根をつ 上でもすねがあらわにならないようになっており、また神官の装束、相撲の呼出し、行司など うまのりばかま じまず、違和感が強い。そうした現実が誇張さ において、それぞれ伝統のある袴が用いられてくるのに対して、バカマッタケでは、コナラ、 り、馬乗袴といわれた。馬乗袴の背の上方に くら′一し れて、笑いの素材になり、聞き手の共感をよん 〈藤本やす〉 ミズナラ、クヌギなどに菌根をつくる。傘は、 は薄板を入れた鞍越をつけるが、これは蝉の形 径六 ~ 一〇、表面の地色は黄白色だが中央部だのであろう。「一つ覚え」は単純な趣向であ をしているところから俗に蝉形ともいう。歩行回後藤守一著『服装史概説』 ( 一九四三・四海書房 ) ▽喜田川守貞著『類聚近世風俗志 ( 守貞漫は淡い黄褐色ないし栗褐色を帯び、繊維状のさるが、西アジアからヨーロッパにも広くみられ するときにはく袴は、馬乗袴と平袴の中間で、 稿 ) 』 ( 一九天・文潮書院 ) ▽喜多村信節著さくれ紋を現す。また、全体に淡黄を帯びるる。笑い話がいかに伝統の力に東縛されている 襠の高さを馬乗袴より低く、平袴より高くし 〈小島瓔禮〉 ( とくに周縁部で顕著となる ) のも特徴の一つかがわかる。 『改訂嬉遊笑覧』 ( 一九一一七・六合館 ) た。これを半馬乗袴という。襠の高さによって はがやいち ( 天六七ー一九一一七 ) 国文 相引の高さが異なる。襠が高い位置にあるもの である。傘の下面は繊維質の被膜で覆われる芳賀矢一 ハカマカスラ〔袴葛〕きをを・ えちぜん レつ一は , れ にこ学者。応三年五月一四日越前福井に生まれ が、傘が開くと、膜はつばとなって茎の上立ロし は相引も高い位置まであり、襠の低い平袴は相 ぎ Maxim. マメ科の常緑藤本 ( つる植物 ) 。 どんす 引寸法が少ない。馬乗袴、半袴には緞子、織文夏に総状花序を直立し、淡黄緑色花を多数つけ残る。胞子紋は白。かっては日本特産種と考える。父真咲は国学者。一八九二年 ( 明治二五 ) などを用いて袷に仕立て、裾に黒ビロードの縁る。中央が深く切れ込む葉形からこの名があられたが、現在では北アメリカ、ニューギニア帝国大学文科大学国文学科卒業。第一高等学校 とうぎん をつける。そのほか唐桟を用いるものも袷にする。和歌山県から沖縄にかけて自生する。ハカ島、中国東北部にも分布が知られている。マッ教授兼高等師範学校教授を経て、九八年文科大 たてじま る。粗末なものは小倉木綿の縦縞を主として用マカズラ属は温帯から熱帯に三〇〇種以上あタケと同様に優れた食菌である。〈今関六也〉学助教授。一九〇〇年 ( 明治三三 ) から二年間 うまのりばかま ドイツへ留学、ベルリン大学で文献学を研究 これは夏冬とも単である。↓馬乗袴 り、日本では属名のバウヒニアの名で次の各種袴能はかまのう能の略式上演方式の一つ。 平袴に裾縁をつけて用いるものを野袴とい 能面、能装束を用いず、紋服、袴姿のままで一し、帰国後、教授。一八年 ( 大正七 ) 国学院大 う。緞子、錦などの袷の野袴は上輩が用い、下 番の能を演ずること。小道具、作り物の類は普 通の上演と同じに用いる。能面、能装束を汗で 輩の者は縞織のものを用いる。幕府御用達の町 汚さぬための夏の催しの便法であり、すがすが 人が平日出仕のときに羽織と縞の野袴を着る。 また士民ともに火事装束をするときは、野袴を しい情趣も好まれたが、能楽堂に冷房装置がっ 花 着用する。踏込袴は野袴よりやや狭く、裾の縁 いて以来は、袴能の上演はまれになりつつあ ~ ( > 布の幅も細いものがつけられている。これを裾 ラる。なお、狂言では、装束を着けず袴のまま演 げんぶん ばそ ズ 〈増田正造〉 ずることはまれである。 . 細ンも、 、元文 ( 一七三六 ~ 四 l) に出てはやった カ たつつけ かるさん ばかむこ昔話。愚かな聟の失敗を主 力もので武士が着用した。裁着は伊賀袴、軽衫と マ馬鹿聟 もいい、南蛮人渡来により南蛮風の影響を受け 題にした一群の笑い話。笑いの趣向により、独 せみ すそ かみ も・つ 4 ひざ はばき しゅ 芳賀矢ー 587
/ イ・スクール high school アメリカ 4 範囲になるよう、種々の水理公式を用い、上下水液には、ほとんど灰分や有機物質が含まれてそれそれ同じゲノムの二倍体であり、 AAAA と BBBB はそれぞれ同質四倍体である。 AB の中等学校。民主的な市民の形成を目ざす、一 5 いないが、排水細胞や排水毛から出る水液に す . 流の圧力差を勘案しつつ計算をする。↓給排水 、設備↓下水道 〈中村良太〉 は、炭酸カルシウムその他の塩類や糖などの有は異質二倍体、 AABB は異質四倍体 ( 複二倍九世紀に発足した当初から希望者全入の総合制 学校である。初め八・四制の四の部分を担当し よ排水はいすい植物が水滴として水を排出機物質が含まれる場合がある ( とくに塩生植物体ともよぶ ) である。 〈相馬研吾〉 植物では自然界で倍数体が多数みられる。たていたが、二〇世紀に入り六・三・三制の普及 することをいう。根から吸収された水の大部分で著しい ) 。 すう せんばく とえばキクでは基本染色体数 ( 9 ) の二倍体に伴い、ジュニア、シニアの二段階制をとる型 は水蒸気となって葉から蒸散されるが、特別の排水量はいすいりよう 0 船舶トン数 排水組織をもっ植物では、水孔、排水毛などか 倍数ばいすう整数 4 が正の整数わで割り ( ) から一〇倍体 (S) まで、またコムギでが多くなった。無選抜、無償のゆえに急速に普 は基本染色体数 ( 7 ) の二倍体 ( 凵 ) 、四倍体及し、アメリカをして世界一の教育普及国にし ら水滴として水を排出する現象がみられる。こ切れるとき、つまり、 a=bxc となる整数が ( ) および六倍体 ( 貶 ) などが知られている。 た。大幅な選択科目制を採用し、生徒の多様な れは、根圧が高まって水の排出が蒸散だけでは存在するとき、 4 はわの倍数であるという。こ 動物では倍数体の例は少なく、自然界では単為要求にこたえた反面、学力低下が問題視され、 のとき、わは〃の約数である。だから、倍数・ 処理できなくなったときにおこるものである。 野外では、吸水が盛んで蒸散が抑えられる夜か約数というのは、同じ事柄の別の表し方である生殖をするミミズ類や甲虫のゾウムシ類で報告近年さまざまの試みがなされている。↓教育制 〈桑原敏明〉 といえる。ろが負の整数や 0 であるときも、同されているのみである。染色体数の倍加は自然度 ら早朝にかけてよくみられ、日中はみられな サトイモの葉ではとくに著しく、多いとき じように、はわの倍数であるということがあでもおこるが、コルヒチン処理などの物理的刺 / イセ Paul von Heyse ( 天三 0 ー一九一四 ) ドイツの小説家。言語学者を父としてベルリン る。しかし、わの倍数を考えるとき、わは正の激によって人為的に誘発することもできる。植 は一分間に一五〇滴に及ぶ排水がみられる。こ に生まれる。ミュンヘンでガイベルとともに保 物では、同質倍数体の場合は四倍体や六倍体は の水はほとんど純水に近いが、排水毛から出る整数として考えることが多い 細胞や形質が一一倍体より大きくなるので、育種守的な詩人グループ「ミュンヘン派」の中心人 水液には無機物や有機物が含まれることが多 わが正の整数のとき、わの倍数は、 ー 3 法の一つとして用いられている。一般に偶数倍物となる。詩、小説、戯曲などあらゆる文学ジ 塩水植物では炭酸カルシウムを主体にケイ ねんせい ャンルで活躍した多作の作家で、とくに『ララ 数体は稔性 ( 高等植物が花をつけて種子をつく 酸塩などを含んでいる。↓排水組織〈吉田精一〉 しようえき 肺水腫はいすいしゅ漿液性の体液が毛細管と無数にあり、最小のものも最大のものも存在る性質 ) に富むが、奇数倍数体では稔性が低下ビアータ』 ( 一会五 ) をはじめイタリアに舞台を とった短編少 = 説で知られる。また、誇り高い貴 する。三倍体の種なしスイカはこの原理によっ 0 以上の数に限ると、最小のものは、 から肺組織、ことに肺胞内に急激にあるいは緩しよい。 たか わがなんであっても 0 である。 0 以上の 2 の倍て育成されたものである。異質四倍体 ( 複二倍婦人に恋した貧しい騎士が、たいせつな鷹を犠 徐に漏出した状態をいう。原因としては、肺毛 こう 体 ) は雑種強勢で生育力が強く稔性も高くなる牲にしてようやく彼女の愛を得ることができた 細血管圧の上昇によるもの、肺血管の透過性亢数を偶数という。これに対して、 0 の倍数は 0 しん という『デカメロン』のなかの話を踏まえて、 だけである。 ので、これを作出することも育種法の一つとし 進によるもの、両者の合併によるものがある。 わの倍数どうしの和・差は、またわの倍数でて利用されている。動物ではカエルの受精卵を短編小説にはこのような転換点が必要だとする すなわち、心疾患または高血圧による左心不全 ある。わの倍数の倍数は、またわの倍数であ低温処理することにより、また末受精卵を針で「鷹の理論」を唱えた。ウォルフが作曲したス に伴う肺静脈還流障害で肺うつ血をきたすと、 刺激して発生させることにより二倍体や四倍体ペイン詩とイタリア詩の翻訳もある。一九一〇 肺毛細血管圧が上昇する。有毒ガスや有毒物のる。 などが得られている。動植物では体細胞にしば年ドイツ人として最初のノーベル文学賞を受 倍数を見分けるのに、次の方法がある。 吸入または吸引、重症感染症、低酸素血症など 〈石井不二雄〉 しば倍加がみられる。とくに動物の肝細胞は高 ・ 2 の倍数・ : 一の位が偶数 は毛細管壁の透過性を高める。ショック肺や麻 い倍数性になっている。また、癌細胞などの病回関泰祐訳「片意地娘 ( ララビアータ ) 』 ( 岩波 ・ 3 の倍数 : ・各位の数の和が 3 の倍数 薬使用による肺水腫は両者の合併による。症状 文庫 ) 的細胞では染色体の倍加がみられ、培養細胞で としては、低酸素症を伴う強度の呼吸困難、広 ・ 4 の倍数 : 卞二桁の数が 4 の倍数 ・ 5 の倍数・ : 一の位の数が 0 か 5 範な水泡性ラ音 ( 聴診によって聞かれる雑音 ) 、 もしばしば四倍性細胞が出現する。〈吉田俊秀〉梅盛ばいせい生没年末詳。江戸前期の俳 まうまっかくたん ばいすうひれいのはうそく 人、狂歌師。高瀬氏。通称は太郎兵衛。別に佗 泡沫状喀痰などがみられ、救急処置を必要とす ・ 9 の倍数 : ・各位の数の和が 9 の倍数 倍数比例の法則 しんし ていはっ 心子と号し、剃髪後は宗入居士を名のった。京 るが、つねに原因疾患を念頭に置いて治療を行 ・Ⅱの倍数・ : 各位の数について、一つ置きにと law of multiple proportion 「二種の元素 て - いレ」′、 、つ の化合によって、二種以上の化合物が生成する都の人。貞徳門で七俳仙の一人。『貞徳永代記』 〈山口智道〉 ってつくった和が等しいか、その和どうしの ずいりゅう きゅうはいすいせつび 場合、一方の元素の一定量に対する他方の元素 ( 随流著、一六九一一刊 ) に「生まれつき律俳にして 差がⅡの倍数 排水設備はいすいせつび 0 給排水設備 二個以上の整数の共通な倍数が、それらの整の化合する量は、簡単な整数比となる」という古風を捨てず、世間天地をかへし物に狂へども ト且織はいすいそしき高等植物における だんりん 〈三輪辰郎〉法則。一八〇三年、イギリスの・ドルトンが少しもさはがず」と評されたごとく、談林の流 水液の排出に関係する組織で、分泌組織の一数の公倍数である。↓約数 しようふう ばっ - 1 う 行や蕉風の勃興にかかわりなく貞門風を押し 種。排水組織には、水孔、排水細胞、排水毛な 倍数体ばいすうたいを一 y 三 0 ミ生物の染原子説とともに提案したものである。ドルトン どがある。水孔は一般に葉脈の末端付近の葉縁色体が普通の個体の倍数 ( 生殖細胞の染色体の法則とよばれることもあるが、「ドルトンの通し、その円満篤実な人柄で俳壇に勢力を占め た。一七〇一 ~ 〇二年 ( 元禄一四 ~ 一五 ) ごろ 〃の整数倍 ) になっているものをいい、倍数体分圧の法則」との混乱を避けるためには用いな にあり、脈端の仮道管から出る水は、葉肉の組 くちまね 、ほ , つがよし↓ドルトンの法則 没、享年八十余と推定される。編著は『ロ真似 のある状態を倍数性 polyploidy という。体細 織を通って水孔から水滴となってあふれ出る。 たとえば、一酸化炭素と二酸化炭素、水と過草』 ( 一六五六刊 ) 、『類船集』 ( 一六七六刊 ) など数多 排水細胞は主として葉の表面にあり、一ないし胞は通常二倍体 ( ) であるが、同じ染色体組 〈乾裕幸〉 数個の特殊化した表皮細胞からなり、そのわす ( ゲノム ) が重複して三組ある場合を三倍体酸化水素を比べてみると、酸素八に化合する 乙女草やしばしとゞめん霜おはひ 二酸化炭素は三 かに突出した外壁から水滴を出す。排水毛も表 ( ) 、四組ある場合を四倍体 ( ) などとよ炭素は、一酸化炭素は六等、 はいせいけん lung biopsy 肺の組 、同じく水素の量を比べると、水では一、 皮細胞の変形で、糸状に連なる数個の細胞からぶ。ゲノムを重複して含む個体を同質倍数体、 肺生検 なる毛状の構造をもち、その先端または途中の異なるゲノムを含む場合を異質倍数体という。過酸化水素は〇・五であり、どちらも一一対一織片を採取して病理組織学的に検査する方法 という簡単な整数比となっている。〈山崎昶〉で、各種の検査で診断不能の場合や組織診断が 細胞から水分を分泌する。水孔から排出されるかりにゲノムをとで表すと、 AA と BB は ー 2b. がん るいせん
しようど 、糠灰も使われ、農家では灰小屋、灰屋、焼土小 おもや よ屋などとよぶ小屋を母屋とは別につくって、た めておいた。この小屋は全国各地でみられ、家 かまど の竈などの灰や灰焼き ( アクヤキ、ハイヤキ ) さ一ちりあくた などとよんで、山の草木、笹、塵芥等を焼い かんしょ てつくった灰をためた。また灰は甘藷に多用さ れたので、埼玉県の川越には市が立ったり、 この周辺には灰問屋もあり、売買の対象ともな もりさだまんこう った。江戸時代末の『守貞漫稿』には、京坂や 江戸では灰買いが町屋から灰を買い集めたとあ る。灰の肥効については、草木灰と藁灰、完全 に燃えた白灰と燃え尽きてない黒灰のどれがい 立ロ ちばんよいか、土地によって異なっている まじな 灰は肥料などに使われるほか、占いや呪いに 肺翩 やくもみしよう も用いられた。『八雲御抄』 ( 一一三一こしには内容 ろっこっ は不明だが灰占いがみえ、また東北・中部地方描くように突出し、肋骨に接するため、これを かゆ しし小正月の粥を煮た燠を十一一肋骨面とよぶ ( 肋骨面がもっとも広い ) 。下面 には十二焼と、 個並べて消え方と灰のぐあいで一年の天候を占は肺の底部になり、横隔膜の上にのっているた う習俗がある。これと同様な置炭神事がいくつめ、横隔膜の凸湾状の形に即して強くくばんで いる。これを横隔面とよぶ。 かの神社でも行われている。呪いには小正月の 肺の内側面のほば中央部には肺門があり ( 第 火祭りの灰は病気除けになるとか、船で水死人 の亡霊に会ったときは灰を落とすと離れるなど五 ~ 第七胸椎の高さ ) 、この部分から気管支、 がある。灰をめぐる民俗にはこれら以外にまだ血管 ( 肺動脈、肺静脈、気管支動脈、気管支静 はっとら 多くある。岐阜県では正月初寅の日を灰取正月脈 ) 、リンバ管、神経などが出入する。これら この日に竈の灰をとると一年中の火のは結合組織で束状に包まれており、肺根とい う。肺門の周囲にはリン。ハ節 ( 肺門リンパ節 ) 用心になるとする所があり、秋田県には葬式の しゅよう 翌朝の供養を灰納めという所がある。さらに大が発達している。肺門付近は腫瘍の発生がしば 阪府や山梨県には願掛けや礼参りに灰をかけるしばみられ、これによって肺根部には障害がお こる。内側面と肋骨面の全面との境は前縁で、 灰かけ地蔵があり、昔話のなかには灰の発句と 〈小川直之〉薄くなっている。後縁は鈍縁となる。また、肋 題される話も伝わっている。 回小泉武夫著『灰の文化誌』 ( 一九会・リ。フロポ骨面と横隔面との移行部である下縁は鋭くなっ 本冓 ている。左右肺の前縁は、心臓の縁に沿って削 ート ) 葉 平葉 裂 葉 肺はい脊椎動物のなかで空気呼吸をする動られたようになっているが、とくに左肺前縁で 肺肺 水中 上 下 物がもっている呼吸器官で、肺臓ともいう。肺は著明となるため、心切痕とよばれる。 か、それが分布する肺区域にも名称と番号がっ は左肺よりも大きく、その容積比はおよそ右四、 肺の表面には、四角形あるいは六角形をした は酸素と一一酸化炭素 ( 炭酸ガス ) の交換を行う , リットル、左五けられている。つまり、これらは肺の構成単位 ~ 二・五ミリほどの小区がみられ左三 ( 右六〇〇、一二〇〇、、、 もっとも重要な臓器である。ヒトでは左右一対大きさ〇・六 きよう えんすい とみなされているわけである。したがって、外 , リットル ) となっている。 あり、全体の形は半円錐状である。肺は、胸る。これらは小葉間結合組織によってくぎられ〇〇、一〇〇〇 : 、 科的にも肺区域を単位として肺切除手術をする また、左肺は右肺よりも細長いとされている。 腔の中で中央を占めている縦隔とよぶ空間を挟たもので、成人の肺ではこの小葉間結合組織に んで、胸の左右に位置している。肺の上端は鈍塵埃や他の沈殿物などが沈着するため、暗青色〔気管支と肺胞〕気管は第五胸椎の高さで左右ことができる。呼吸細気管支になると太さも または黒色の線として認められる。しかし、乳の気管支に分かれ、それそれ肺門から肺に入る〇・五 = 、リくらいとなり、ここからはいくつもに 円状にやや細くなっており、鎖骨の上方に二 ~ はいせん 分かれた袋状の肺胞に到達する。呼吸細気管支 が、肺門のところで、右肺では右上葉・中葉・ 三突出している。この部分を肺尖とよぶ。右幼児の肺では、これらの物質が沈着しないた 肺尖のほうが左肺尖よりもわずかに高くなってめ、毛細血管網によって紅色を呈している。肺下葉気管支が分かれ、左肺では左上葉・下葉気から肺胞に入る通路を肺胞管とよぶ。結局、肺 管支が分かれる。葉気管支は、それそれの葉内の実質は無数の肺胞によって充満しており、そ いる。肺の内側面は大部分が縦隔腔に面する縦の表面には、右肺では二条、左肺では一条の深 い切れ込みがある。すなわち、右肺は下方に斜でさらに一定の分布区域に行く区気管支 ( 区域の数はおよそ三億ほどといわれる。 隔面で、心臓を抱きかかえるように強くくばん 肺胞の大きさは径〇・一 ~ 〇・二ミリで肺胞の でいる。これを心圧痕という。内側面の後ろの裂、上方に水平裂があり、これらによって右肺気管支 ) に分かれ、さらに細気管支 ( 径一ミリ以 ついこっ せきちゅう は上葉、中葉、下葉に区分される。左肺は一本下 ) 、呼吸細気管支へと分岐して細くなる。各壁は、肺胞上皮細胞によって構成されている。 一部分は脊柱に接しており、この部分を椎骨 面とよぶ。外側面は胸壁の内面に対応して弧をの斜裂により上葉と下葉とに区分される。右肺葉内の区気管支は詳細に分岐番号が付されるほ肺胞壁の周囲には肺胞毛細血管網が密に発達し めか せきつい おきずみ おき じんあい 左肺 横隔膜 当き一三一一ジ 管尖 気肺 肺 左 右肺 上葉 肺門 7 首な睾彖 み心切痕 斜裂 葉 下 484
ばいかっ 頭』 ( 一九 00 出版後の初めての長編。主人公塀を伝播するには、病原体を体に付着させたり消て、総生産機数は六四四機に達したが、ターポ子」という意味で、継娘が灰まみれになるよう わ 化管を通過させて伝播する方法 ( 機械的な媒ファンエンジン機の進出により六四年生産を停な、虐げられた暮らしをしていることによる。 和三蔵に託した自伝性の濃い青春小説。俳句に み % はん ? わ 熱中した京都の高校時代、東京より来遊する俳介 ) と、宿主を刺咬した際などに病原体が節足止した。日本では六一年 ( 昭和三六 ) から六九日本では「シンデレラ」型の一例「姥皮」にこ ぎだゅう 人たち、上京後の女義太夫へのあこがれなど、動物体内に取り込まれ、体内で発育あるいは増年まで、全日本空輸が八二八型八機を使用しの趣向がみえている。姥皮で老女に身をやっし めいせつ 正岡子規、内藤鳴雪、藤野古白、新海非風、五殖し、その後、病原体がほかの宿主に伝播された。優れた性能と信頼性・快適性で第二次世界た継娘が火たき女として住み込む話で、物語草 おぎひょうてい 百木飄亭、竹本小土佐らをモデルにした。原る方法 ( 生物学的な媒介 ) の二つがある。昆虫大戦直後の短・中距離航空の近代化を促進した子の『うばかは』『花世の姫』それに『鉢かづ 作は九〇回本。女義太夫への痴情部分を除いた類、ダニ類が媒介動物となっているおもな疾病功績は大きく、旅客機の歴史を通しての名機のき』などもその類話である。継子が「灰っ子」 〈落合一夫〉であることを強調した昔話には「灰坊」があ 改訂の七八回本もあるが、原作本が優れてい 名と、その病原体は次のとおりである。 一つにあげられている。 る。 る。継母にいじめられる若者が家を出て、長者 〈福田清人〉 は機械的に媒介されるものハエやゴキプリが / イカウント・メルビル弯ーーわん の家の火たき男になる。芝居のとき、長者の娘 回『定本高浜虚子全集 5 』 ( 一九七四・毎日新聞社 ) 媒介する消化器系伝染病で、病原体は赤痢菌、 Viscount Melville Sound カナダ、ノース が若者を見そめ、恋の病になる。占者によって ウエスト・テリトリーズ北部、北仰のメルビル はいかいしちぶしゅう江戸中期コレラ菌、腸チフス菌、ポリオウイルスなど。 俳諧七部集 しようふう りゅうきょ の俳人佐久間柳居 ( 一六九五ー一七哭 ) が蕉風俳諧 ②生物学的に媒介されるもの力が媒介する日島と南側のビクトリア島との間を東西に長く広病気の原因がわかり、若者は娘と結婚する。若 せん 者を継子とはいわない類話も多いが、若者を灰 の発展過程を明らかにするため、色蕉関係の撰本脳炎、黄熱で、病原体はウイルス。ほかに力がる湾状の海峡。長さ約四〇〇キ。。メルビル・ じゅう 集より『冬の日』 ( 一冊、一穴四 ) 、『春の日』 ( 疾病名マラリア、病原体は原虫 ) 、ノミ ( ベスサウンドともよばれる。一年を通じパックアイ坊とよぶなど、全体の形式は「シンデレラ」の あらの はっしん 男性版である。「シンデレラ」型の昔話群のな ( 一冊、一枩 0 、『礦野』 ( 三冊、一六兊 ) 、「ひさ ト、ベスト菌 ) 、シラミ ( 発疹チフス、リケッ ス ( 流氷 ) に覆われる。一八五〇年ロバート・ さるみの すみ マックルールにより発見された。〈大竹一彦〉かから変成したものであろう。難題婿「播磨糸 ご』 ( 一冊、一六九 0 ) 、『猿蓑』 ( 二冊、一六九 D 、『炭チア ) 、 ハエ ( アフリカ睡眠病、原虫 ) 、マダニ だわら ・一うはん 俵』 ( 二冊、一六九四 ) 、『続猿蓑』 ( 二冊、一六九 0 ( 野兎病、野兎病菌 ) 、マダニ ( ロッキー山紅斑 / イカオウレン〔梅花黄蓮〕 C 長」と結び付いた類話も広く分布しており、そ きようほう ねっ の七部一二冊を撰定し、刊行したもの。享保熱、リケッチア ) 、ツツガムシ ( つつが虫病、 q ミミミ Miq. キンボウゲ科の常緑多年のような形式で語り物として語られた時代もあ ↓シン一丁レラ 〈小島瓔禮〉 リケッチア ) 。 草。地下茎は細長く横にはう。茎は高さ約一〇るらしい ~ 一一一六 ) 末年にはすでに刊行されていたら セン。葉は硬く光沢があり、掌状に五全裂し、長 しいが、本書が広く流布するのは一七七四年 なお、機械的な媒介をする節足動物を伝播動 ハイカツッジ〔梅花躑躅〕 R ぎト〒 ししゅう ( 安永三 ) 子周編の小本二冊本の『俳諧七部集』物、生物学的な媒介をする節足動物を媒介動物さ、幅ともに約二以下。花は三 ~ 五月、茎頂を sen まミきミ Maxim. ツッジ科の落 せんもう ~ 二。若枝や葉柄に腺毛が多 〈吉川翠〉 に一個すつつき、純白で径約一・五弩。果実は葉低本。高さ一 の刊行からである。本書の流布により各地に芭として区別する説もある。 だえん たいか 、。葉は枝先に集まって互生し、楕円形で長さ 蕉復興運動がおこり、いわゆる中興俳諧の興隆 / イカウッギ〔梅花空木〕 P 、ミ・袋果で側面に一本の脈がある。名は、花形がウ をみるに至ったのは注目すべきである。なお七ききき、き s L. ユキノシタ科の落葉低メの花を思わせることによる。また葉がウコギ三 ~ 五、縁に細かい鋸歯がある。六 ~ 七月、 だえん ていもんだんりん 部の撰定に関し、貞門・談林時代の作品を加え木。葉は対生し、短柄がある。葉身は長楕円状 ( 五加木 ) に似るのでゴカョウオウレン ( 五加前年の枝の先端近くにやや小形の白色花を開く るべきだとか、不適当なものを他と差し替える 卵形または卵形で、長さ五 ~ 一〇、先はとが葉黄蓮 ) の名もある。本州、四国の亜高山帯のが、新葉に隠れてあまり目だたない。花冠は五 はんてん きよし べきだとか等の異論も出、また変風の明らかな り、縁にはまばらに小さな鋸歯がある。基部か 針葉樹林内に生える。屋久島や台湾には、地下裂して平開し、径約一一で上面に紅紫色の斑点 かゆうずい 茎が短く、全体が大形となる変種オオゴカョウがある。雄しべは五本。上の二本は仮雄蕊化し 『冬の日』『猿蓑』『炭俵』の三部で十分とするら出る五本の葉脈が目だっ。六 ~ 七月、枝先に 〈門田裕一〉て短く、花糸に白毛を密生し、下の三本は長く 意見も出され、芭蕉の研究が活発化した。本書やや大きい白色花を総状につける。花は四数性オウレンが分布する。 きよう て花糸の基部に毛がある。萼、花柄、果実に腺 はいかきよう 0 ゾロアスター教 は近世後期には、半紙本、小本、中本、横本なで、萼裂片、花弁ともに四枚。花弁は倒広卵拝火教 ばいかさい京都市の北野天満宮で一一毛がある。果実は球形で径約五ミリ、熟すと五裂 どさまざまな書型で刊行され、広く一般に流行形、開出し、花冠は径約二・七。雄しべは約梅花祭 なたねごく 〈雲英末雄〉 二〇本。花柱は一本で約八、リ、先端は四裂す月二五日に行われる祭り。別名菜種御供ともい すがわらのみちぎわ ちる 回中村俊定校注『芭蕉七部集』 ( 岩波文庫 ) る。子房は下位。名は、花形がウメの花に似てう。この日は菅原道真の忌日で、西京の御供 しんせん しゆくしゅ 年供 。いかいどうぶつ宿主 ( ヒト、動 いるウッギの意味であるが、ウッギ属ではな田を預かる家より神饌の献進があり、この御供 媒介動物 でんば に黄菜の花を挿して奉るのを例とし、菜の花の 物 ) からほかの宿主に病原体を伝播することが く、バイカウッギ属の植物である。山路に生 女神 できる動物で、通常、節足動物をさし、とくに え、本州、四国、九州に分布。〈若林三千男〉咲かないときには梅花にかえるという。現在 男て 昆虫類、ダニ類に絞られる。節足動物が病原体 は、社務所にて調製され、大盤に二斗五升、 / イカウント Viscount イギリスのビッ はの こうだて カース社 ( 現プリティッシュ航空機会社 ) 製の盤に一斗五升の大御供に、さらに紙立とよばれ 「紙方 四発、短・中距離用中型旅客機。世界で最初に る紙の袋に玄米を入れたものを盛り、梅の小枝 やくよ しを ターポプロップエンジンを実用化した旅客機でを挿して神前に供える。祭典終了後は、厄除け 挿個 寺一んけい を ある。一九四八年七月一八日、原型機六〇三がの御供として参詣者に配られる。〈茂木貞純〉 初飛行し、五〇年八月から量産が開始された。 売価政策ばいかせいさく 0 価格政策 の 梅れ 往復運動のピストンエンジンに比べて振動がな 梅花石ばいかせき 0 ウミュリ なぞ はいかづきひめ日話。「シン一丁 〔憐れ く快適な乗り心地、高速度、大きな窓からの優灰かづき姫 か可そ れた視界などで世界の主要航空会社に採用されレラ」型の継子話の一つ。「シンデレラ」の主 た。その後、エンジンの改良と航空会社からの人公の継娘が、イギリスでシンデレラ、フラン 、よ 要求で七〇〇系や八〇〇系と逐次大型化されスでサンドリョンとよばれているのは「灰っ ( 一七一六 パイカウッギ へり カかくせいキ ~ く 一 1 へり 0
はくさん 0 北九州にきた朝の陶工がその技術を伝えたと つくり、白色の小花を多数開く。核果は球形高火度釉のくふうがなされたらしく、五七五年 あたみみやけ いわれ、一六一六年 ( 元和一 D ごろ、有田の 6 で、紅色。山口県、九州、沖縄、熱海、三宅 ( 武平六 ) に没した范粋の墓 ( 河南省安陽県 ) りさんべい いずみやま つばわん 島、八丈島に隔離分布する。名は、石川・岐阜から白磁壺と碗が出土していることから、五六泉山 ( 佐賀県 ) に白磁鉱が発見されて李参平 らんしょ・つ はく寺ん が焼造したとされる。当時すでに世界は絵付白 県の白山にちなんでつけられたが、白山には生〇 ~ 五七〇年代が白磁の濫觴期といえよう。 磁の全盛期で、純然たる白磁にははとんどみる 育しない。植栽するとよく生育するが、庭木と六世紀以前には高火度釉陶磁の伝統がまったく なかった華北の地で、国運の隆盛を背景に白磁べきものがなく、すべては絵付磁器のための素 〈福岡誠行〉 してはほとんど利用されない 地としたもので、有田でもまもなく白磁・染付 が創造されたと推察できる。したがって、続く はくさんろ中国の香炉の名。海をか ロ博山炉 そう ふた の量産が始まり、また赤絵も制作されるように フ たどった受け皿の上から突出した山岳形の蓋を隋・唐・宋時代は華北が白磁の主産地となり、 かきえもんにごで ていよう ′いー ) ゅ、フ りくちょう ン もっ香炉で、漢代に始まり、六朝から唐代ま唐代の邪州窯、唐・宋時代の定窯などの名窯なった。赤絵の素地としての柿右衛門の濁し手 サ ひめたに ク が輩出した。とくに北宋時代の定窯では、白磁の白磁は名高い。また古九谷、姫谷などのほ で盛んに用いられた。陶製、玉製、金属製など 寺つま か、平戸や薩摩などでも白磁が焼かれ、幕末の があり、この香炉を用いて香を薫ずれば、煙はの絶頂期を示す優作が焼かれ、牙白色の高貴絶 ぶんせい ぶんか 文化・文政年間 ( 天 0 四 ~ き ) には日本各地でつ 妙な名品に白磁の完成をみたのである。 蓋の山岳の諸所にうがたれた穴から、あたかも に分布する。 一方、江南で白磁が焼かれ始めたのは五代のくられ、日用品として普及したが、明治になっ 広義のハクサンチドリ属は、花粉塊の下にあ雲が山の峰にまつわりつくごとく立ち上る趣向 暑一い、か・つ ころで、北宋初頭の一〇〇〇年ごろ、江西省のて京都の三代目清風与平が白磁の美を追求して る粘着体が小胞とよばれる袋に包まれることでである。薫香の風習はこの独特の器を得て流行 けいとくちんよう し、仏教の香華供養のための不可欠の器具とな景徳鎮窯で釉薬に青みのある青白磁、いわゆる一つの頂点を樹立した。 特徴づけられる。北半球に約一〇〇種あり、日 いんちん 〔その他〕ベトナムでは一四世紀に白磁がつく った。仏像の台座の装飾の至る所に博山香炉を影青が盛んに焼かれて一派を形成し、福建、広 本にはほかに、オノエラン、ニョホウチドリ、 〈井上健〉みることができる。名称の由来については、海東の白磁窯も台頭して一様に青白磁を焼き、東られたが素地は半磁胎で、以後も染付に押さ ウチョウランなどが分布する。 れ、白化粧地白磁が若干焼かれているが主流に ハクサンフウロ〔白山風露〕 Ge 、ミ中にそびえる山岳の意、あるいは山東省の山名アフリカにまでも輸出された。吉州窯、潮州 はなっていない。 によるなど諸説あり、一定しない。 3 要神仙思窯、徳化窯なども宋代の大きな白磁窯である。 結局、西アジアでは白磁は創成できす、日本 〈吉村怜〉元代には景徳鎮窯で宮中の御用品としての白磁 kai フウロソウ科の多年草。単にフウロソウ想 まり すうふ はくし最高位の学位の一種。わが国が焼かれ、枢府窯の名で知られる。元代後半、の輸出伊万里焼の刺激を受けて一七一〇年代に とよぶこともある。地下茎は短く、根は肥厚す博士 そめ がんりよう たいほうりつりよう に白磁の素地にコバルト顔料で文様を加えた染ドイツのマイセン窯で初めて焼造され、ヨーロ る。茎は下部は倒伏し、上部は立ち上がって分では博士ということばが、大宝律令 ( 七 0 一 ) ゅうり・一う つけせいか ホーン・チャイ ハ全土に白磁窯がおこった。 : 付 ( 青花 ) が始まり、銅で釉裏紅を開発し、さ よって大学寮の教官の官職名に用いられたが、 枝し、高さ三〇 ~ 八〇弩、下向きに伏した毛が みん うわえつけ 学位・称号の性格をもたなかった。一八七三年らに明代になると上絵付を施した赤絵 ( 五彩 ) ナとよばれる軟質の白磁もっくられたが、美術 ある。葉は対生し、葉身は幅四 ~ 七、掌状に 五深裂し、裂片はさらに細く深裂する。長い葉 ( 明治六 ) の「学制」の改定で、博士が学士おも発達して、景徳鎮の成長は目覚ましいものが性では東洋に及ばす、主流はやはり絵付磁器用 〈矢部良明〉 よび得業士とともに学位とされ、一九二〇年あった。白磁はこれら絵付磁器の素地として使の白磁胎として展開した。 柄があるが、茎上部になるにしたがって短くな る。托葉は合生または離生し、膜質で褐色。七 ( 大正九 ) の学位令により、博士は唯一の旧制われるようになり、主流の座は降りたが、宮廷回「世界陶磁全集宋』『同四李朝』 ( 一九七七、 しん 含・小学館 ) 八月、径三の紅紫色花を開く。花弁は五の学位となった。現行の学位制度では、大学院御器を焼く景徳鎮窯では、明代・清代とも白磁 はくしいにんじよう委任状の受 枚、基部に白毛を密生する。萼片は五枚、短毛博士課程に五年以上の在学、三〇単位以上の修は祭器の基本として重視されていた。とくに明白紙委任状 がある。果実は細く、長さ約三弩、熟すと種子得、当該大学院の行う博士論文の審査および試前期の官窯白磁は、白玉のような滋潤な釉調の任者欄または委任事項欄を記載せす ( 白地にし をはじき出す。高山の草地に生え、中部地方以験に合格した者、または博士課程を修了した者名磁である。清代では景徳鎮とともに各地の窯ておく ) 、その決定を相手方またはその他の者 に任せたもの。決定を任せられた者 ( 補充権者 ) 北の本州に分布する。基本種工ゾフウロは茎やと同等以上の学力を有する者で論文審査に合格で量産が行われ、白磁は一般の日用品として広 が白地を補充したときに、委任状としての効力 く普及した。 葉、萼に長い逆毛が生え、東北地方、北海道、した者に博士号が授与される。なお現代も、博 せ 〔朝鮮〕白磁づくりは早くから手がけられ、九が生する。白紙委任状の例としては、記名株式 〈小林純子〉士と呼称することがある。↓学位〈金子忠史〉 および千島に分布する。 じんせん とうめいゅう の譲渡にあたって株券に添付される名義書換え 一〇世紀ごろに京畿道仁川市において、陶胎 はくじ白色磁胎に透明釉をかけた磁 ハクサンボウフウ〔白山防風〕 8P ミ白磁 ・」うらい の白紙委任状、株主総会における議決権行使の きミミミミミミ Maxim. セリ科の多器の総称。中国で発明されたが、その母体は青で、白みの勝った焼物が焼かれ、高麗時代の一 ふあん きじうわぐすり 二世紀には全羅北道扶安郡柳川里では美しい白白紙委任状などがある。↓委任状〈淡路剛久〉 年草。茎は高さ三〇 ~ 九〇。葉は一、二回一一一磁で、青磁の素地と釉の中から鉄分を除去し きよし はくしとうひょうムム議体の議決ま 磁がわずかながら試焼され、一部には赤土の象白紙投票 て白磁がつくられた。実際にはカオリナイト 出複葉で光沢があり、小葉に粗い鋸歯がある。 たは選挙の投票に際して、可または否の表示が ~ 九月、小形の散形花序をつくり、白色花を A1203 ・ 2Si02 ・ 2H20 とよばれる組織をもつ、ケ眼文様をもっ象眼白磁も認められる。これらが なく白紙で投票することをいう。白紙投票の効 開く。果実は狭い翼がある。高山の草原を彩イ酸とアルミニウムを主成分とする白色の粘土世に高麗白磁として珍重されるものである。一 三九二年に建国された李王朝は明朝を宗主国と力については、憲法第五六条二項に、両議院の る、日本特産の代表的な高山植物で、中部地方で素地をつくり、鉄分を含まぬ植物灰とカオリ 以北の本州、北海道に分布する。〈門田裕一〉ナイトから精製した透明釉をかけ、一二五〇度仰いだため、明官窯白磁の流れをくみ、京畿道議事が出席議員の過半数で決せられることを定 広州郡の官窯では純良な白磁が一五世紀以来一一めていることに関して、これを出席議員に数 0 以上の還元炎で焼き上げる。 ハクサンホク〔白山木〕 Vib ミ、ミミを・ ほくせい え、その他の無効票とともに反対票と同様な取 をこミき (Thunb. ) Spreng. スイカズラ科〔中国〕北斉時代の五六二年 ( 太寧一 l) に没し〇世紀に至るまで焼造された。とくに後期の一 こてきかいらく 八世紀ごろ分院窯で焼かれた白磁は、清楚な美扱いをする見解と、白紙投票を、その他の無効 た庫狄廻洛の墓 ( 山西省寿陽県 ) の出土品に、 の常緑低木。高さ一 ~ 六、全体に毛はない 票とともに反対票とみることはできないとして 葉は広卵形で長さ七 ~ 一五、質は厚く、光沢低火度の鉛釉 ( 呈色剤を入れないと透明体であの頂点ともいえるものである。 けいちょ、つ ぶんろく 出席議員数から除外すべきであるという見解と がある。四 ~ 五月、径約一〇弩の散房状花序をる ) を白素地に施したものがみえる。ほどなく〔日本〕一六世紀末の文禄・慶長の役のおり、 たくよう がん そう
ばなな 開く。花柄には細かい曲がった毛が密生する。 になる部分に花や葉の美しい植物を植えた、装九九〇年の天球上の位置は赤経一七時五七分、 ほかのトリカプト類に比べて花が大きく美しい 飾的な花時計となっている。また時計盤になる赤緯プラス四度三二分である。一年間に動く視 ためにこの名がある。茎の先に大形の花が密集 位置の変化角、すなわち固有運動が全天の恒星 面は、普通一五度程度傾斜させて見やすいよう してつくため、キクに見立ててカプトギク、あ にくふうされている。外国ではイギリスのエジ中最大で、年一〇・三一秒にも及ぶので有名で るいは、中国原産であるため、日本産のトリカ ーナードにより ンバラ王立植物園、スイスのジュネー。フのものある。一九一六年に・・ 。フトと区別してカラトリカプトともいう。 が知られ、日本では神戸市市役所前 ( 一九五七 ) 、発見されたのでこの名がある。視線速度も大き むこうおか オ 花や切り花に用いる。漢方薬の烏頭や附子は、 ノ く、毎秒一〇八キ。メートルで太陽系に近づきっ 川崎市向ヶ丘遊園地 ( 一九六三 ) 、神奈川県立フラ この植物の根を減毒して乾燥させたものであ つあり、合成した空間速度は太陽に相対的に毎 ワーセンター大船植物園 ( 一九六七 ) などのほか、 こまざわ ナ 〈門田裕一〉 る。↓トリカフト 東京都駒沢オリンピック公園、札幌市市民会館秒一四〇キ。メートルとなる。スペクトル型は おとふけ ナナ〔花菜〕きミ s ミミミを s 、こ s L. 5 の主系列星で、表面温度は約二五〇〇。質 前 ( 一九五 0 、北海道音更町などに設置されてい 月、茎頂に小さな唇状の管状花を数十個、穂状アプラナ科の一年草。花を野菜として利用する る。 〈堀保男〉量は太陽の〇・一五倍ぐらいと推定されてい につける。花色は普通は淡紅色であるが、白色のでナバナ ( 菜花 ) ともいう。チリメンハクサ <lll) 放送作る。またこの星の固有運動が蛇行的に方向を変 花登筐はなとこばこ ( 一九天 えるところから、不可視伴星の存在が確認されの品種もある。北アメリカ原産。切り花、花壇イから分離してできたといわれるが、詳細はわ 家、小説家。本名花登善之助。滋賀県生まれ。 だえん ており、周期二五年、離心率〇・七五の楕円軌用として観賞する。繁殖は株分けにより、春、からない。冬季に千葉県や淡路島の暖地で切り 同志社大学経済学部卒業。コント作家を経て、 ひがん でっち 道で周りを回っている。この不可視伴星の質量秋の彼岸ころ、地下茎を一本すっ株分けする。花として栽培される。品種は大きく分けて、葉 テレビドラマ『番頭はんと丁稚どん』 ( 一九五九 ~ ちりめん みしよう が縮緬状に縮むチリメン系と、広葉で縮みがな 実生も可能である。寒さに強いじようぶな宿根 六 I) でヒットを飛ばし、以降、大阪を舞台にしを求めると太陽の〇・〇〇一六倍 ( 木星の一 く花房が大きい丸葉系がある。つばみが柔らか また連 七倍 ) になり、恒星界における惑星の存在を暗草であるが、夏の極端な乾燥には弱、。 た根性ドラマを書き、人気放送作家となった。 はんじようき 〈北村正利〉 作すると地下茎が長く伸び、花つきが悪くなるくて美味なので、ツマナ ( つま菜 ) とよび、野 示している。 代表作に『堂島』『細うで繁昌記』『どてらい ので、毎年植え替えをするとよい。〈神田敬二〉菜としての出荷も多い。ナノハナとごく近縁で 男』など。大衆小説や商業演劇台本にも進出 ハナトラノオ〔花虎尾〕 P を s 。 s 、 e を ^ 水落潔〉、をこミミ Benth. シソ科の多年草。茎の断 し、劇団「喜劇」を主宰した。 ハナドリ「花鳥〕 flowerpecker 鳥綱スあるが、ナノハナと異なる点は、花茎は太くて 伸びず、葉は小形で、葉柄、花柄ともに短く、 ーナード星ー。。・せい Barnard へびつ面が四角形であることからカクトラノオ ( 角虎ズメ目ハナドリ科に属する鳥の総称。この科 総状花序に形よく花がつく。花色は同じく黄色 Dicaeidae には、ホウセキドリ類とよばれるも かい座にある実視等級九・五等の暗い赤色の尾 ) ともいい、属名のフイソステギアでよぶこ アルファ のも含めて、七属約五八種が含まれている。全であるが、花は大きく、よく開く。九月中旬か ともある。茎は直立し、高さ〇・六 星。ケンタウルス座星の四・三光年に次い きよし ひしん 長七 ~ 一九弩。大部分の種は全長一〇以下のら下旬播きで、一二月以降、短日の真冬でもよ 。葉は対生し、披針形で鋸歯がある。七 ~ で二番目に近い直星で、距離は五・九光年。一 〈横山二郎〉 く開花する。 小鳥で、雄は一般に赤、黄、青、黒などの羽毛 バショウ斗バンヨウ属 をもち、はでな色をしている。雌は緑色やオリ ナナ banana ー。フ褐色を主とした目だたない色である。嘴辷 ~ 、召の英語名であるが、一般には果実を食 は比較的短く、じようぶで、先がとがる。足も用・料理用とするものをさす。 〔特性〕バショウ科の常緑多年草で、高さは二 じようぶである。インドおよび中国南部からオ 一〇に達する。根には定着根と栄養根があ ーストラリアにかけて分布する。多くのものは み - っー」しみ、つ る。茎は葉鞘が互いに抱き合ってできた円柱 開けた林やジャングルの樹冠部にすみ、活発に そうせい かみつ 動き回りながら、花蜜、花に集まる昆虫類、種状の擬茎で、上端から葉身を叢生する。花茎は 葉叢基部から抽出する。この際に直立性の花序 子、小形の果物や漿果を食べている。ハナドリ 類は花で採食することが多いので、花枌の媒介をつけるフェイバナナ groupZM. きミ に役だっている。また種子 ( とくにヤドリギの Mac. を除き、花茎は伸びるにつれて垂れ下が わん 種子 ) を媒介するものがいる。巣は椀形か、枝り、その先端に擬宝珠状に包葉をつけ、包葉が えき からつり下がった袋状で、一腹の卵は普通二先部のつばみを包む。花は各包葉の腋部に二列 につく。その花序の基部に雌花を、中央部に両 個。チッ、チッと聞こえるような声で、飛行中 〈森岡弘之〉性花を、先部に雄花をつける。雄花は雄しべ五 、な、どに良可 / 、。 たちおどり 本、雌花は雌しべ一本で、子房は三室。果実 はなとりおどり 0 太刀踊 花取踊 は、野生型は多くの種子をつけるが、栽培型に ハナトリカフト〔花鳥兜〕」 4 きミ、ミミ き、ミミミ = Debx. キンボウゲ科の多年草。は種子はほとんどない。種子は灰黒色、不斉の の道ン さ海ザ 中国原産。有毒植物で植物全体に毒を含むが、球形で径は三 ~ 四 : リ。各果房を果掌 hand 、各 き 大 , 計ロ 果実を果指 finger とよび、生食用種で長さ六 とくに根に多い。茎は直立し、高さ〇・六 のる時 一誇花ス計 ~ 二〇弩、径二・五弩であるが、料理用種には 一・五葉は質が厚く光沢があり、長さ六 界をのイ時 計世盤町ス花 長さ三〇弩、径七に達するものもある。果指 、深く三裂する。九 ~ 一〇月、茎の先に 時字更司の 花〔文」音〔ヌ総状花序をつくり、青紫色の花を多数密集して数は二〇 ~ 三〇〇〇、果色は淡黄から褐赤色 8 やっ もミ第立 ン
にゆよく 冫硺物新奣ー 朝・・い“いーをい亂 ミ、マい ニューヨーク市 ①マンハッタン島南端から北を望む。左がハド ソン川 , 右がイースト・リノヾー。ィースト・ バーにプルックリン橋とマンハッタン橋か架か るのが見える。手前の緑の区域はバッテリー バーク , 先端の円形の構造物はクリントン砦。 ド A い、 pROMESAS 高くそびえる 2 本の長方形のビルが世界貿易セ ンター この周辺がウォール街を中心とする世 界の金融市場である。遠くに見える高層ビル群 がエンバイア・ステート・ビルを囲むミッド・ タウンのビジネス地区 クの空の表玄関で , 面積 2052ha 。利用客数 2895 万人 ( 1985 ) は全米第 5 位である。 ニューヨ ⑤ クにはほかにラ・ガーディア空港 ( 市内 ) , ニュ アーク空港 ( ニュー・ジャージー州 ) があり , 世界の主要都市と結ばれる ③サウス・プロンクス地区のアバート群。ニュ ーヨークの都市問題を複雑にしている要因の一 つは雑多な人種の混在である。この地区はハー レムと並び , 黒人をはじめ貧困階級が多く , 再 開発が望まれている地域である ④ウォール街のニューヨーク証券取引所の内部。 規模は世界最大を誇り , こでの動きが世界の 株式市場に大きな影響を与える ⑤マンハッタンの出勤時。都心に駐車スペース がほとんどないため , 通勤者の多くは地下鉄 , バスなどの大量交通機関を利用する BR ( ) K E N PNOY,ISE.S ⑥地下鉄の車内。落書きでいつばい。ホームも薄暗く , 旅 行者には気味が悪く , 利用しにくい。しかし路線は多く , 急行と普通の区別もあり , 24 時問営業のため , 慣れれば速 くて便利な交通機関である ⑦ロックフェラー・センター付近のオフィス街の昼休み。 ビジネスマンの昼食は比較的簡単である。ファースト・フ ードの店に人気が集まる 136
に取り込んでおり、以上のすべてを総合して個 なく、さらに広く、発生の基本的原理が及んで いる。たとえば、アメリカ・インディアン、東ての考察が深まり、進化論を推進することとな 体の生命の本質に迫ろうとしているのが発生生 いるすべての生物現象にわたるべきであるとい ヨーロッパ、オセアニアなどの地声、近代ヨー 〈木下清一郎〉 う主張が生じてきた。このような意味で発生学物学の現状である。 ロッパ ( いわゆるクラシック音楽 ) のベルカン 二〇世紀に入ると、胚を観察するばかりでな 、現代の日本や韓国での演歌などのさび声な く実験的操作を加えてその結果を調べ、発生過をとらえる場合、発生生物学とよぶことがある。発生予察は。せいよさつ病害虫発生の様相 発生現象を支配している基本的な原理は、細を事前に予想し推察することをいう。ィネや果 いし鼻声的歌い方などは、それそれの文化の担程のなかでの原因と結果とを明らかにしようと 樹などの主要病害虫について、その分布、繁 胞の増殖と分化である。また、これらが胚とい い手の感性の違いを反映し、それなりの訓練をする動きが始まった。その始まりは・ルー 要するものとなっている。とくにヨーロッパので、実験発生学の祖といわれる。この時代に両う一種の細胞の社会集団の中で、有機的に制御殖、ならびにそれに影響を与える気象や作物の 場合、専門の訓練師 ( ポイストレーナー ) が存生類の胚を細いガラス針や毛髪のループ ( 輪 ) されている機構も含まれる。これらの概念は胚生育状況などを調査し、適期に適切な防除を実 在するほどに発声法の教育が重視されており、 などを使って自在に切り出したり植え込んだり発生の研究から生まれたものであるが、やが施するのに必要な情報を広く提供することを目 呼吸法、声区 ( 胸声、中声、頭声 ) の区別をはする技術が確立された。胚の各部分が自身ではて、胚のみならず成体の組織や培養細胞の系、的として、国や地方公共団体において発生予察 じめ、共島、。、、 ヒフラート、レガート、スタッカ何に分化しうるのか、他に対してはどのようなあるいはそれらの病的な状態などにも当てはま事業が行われている。 国内での分布が局地的でなく、しかも急激に ート、ポルタメントなどの唱法が精密に伝授さ働きかけをしているのか、などが当時の主要なることが明らかになってきた。そのうち、いく まんえん 蔓延して農作物に大害を与えるために特別な対 れる。↓ベルカント 〈山口修〉 命題であったが ( 発生機構学とよぶことがあっかの例をあげると次のようなものがある。 る ) 、シュペーマンは、原口上唇を切り出して 成体になった個体では、見かけ上、構成細胞策が必要なものを指定病害虫と称して、国が中 発生遺伝当ナは 0 せいいでんがく developmen- 心となり、それ以外の病害虫については都道府 の種類や数は一生を通じてほば一定であるが、 ほかの胚に植え込むと、その胚には本来の胚の tal genetics 生物の個体発生の過程におい ほかに余分にもう一個の胚を生ずること、それ実際には、たとえば表皮細胞などのように、き県が主体となって行われている。国では農林水 て、各細胞の中に組み込まれた遺伝子が、いつ、 はまったく植え込まれた原口上唇の働きによるわめて激しい細胞の更新が行われていることが産省の植物防疫課、都道府県では各農業試験場 どの細胞で、どのようにして発現するかという ことを研究する遺伝学の一分野。受精卵の分裂ことをみいだし、この部分を形成体と名づけ多い。それにもかかわらず、つり合いが保たれに置かれた県予察員、郡段階では病害虫防除所 た。これに端を発して、胚の発生を一連の誘導ているのは、個体内で細胞の増殖と分化とに対の地区予察員、市町村では非常勤の病害虫防除 によって生じた多くの細胞は、同じ遺伝子の組 する制御が、依然として働き続けているからに員がこの仕事に携わっている。予察の結果によ 合せをもちながら、種々の異なった形や働きを連鎖としてとらえる見方が確立した。 ほかならない。 この仕組みを知るのは発生生物って警告を発するなどの処置がとられ、防除計 もっ細胞に分化するが、その仕組みを明らかに さらに最近に至って、細胞についての知見が 画や薬剤の手配などの参考とされ、病害虫防除 することが、主要な研究目標である。このよ , っ飛躍的に増加し、加えて生物物理化学、分子生学の課題の一つである。 〈村田道雄〉 に貢献している。 万一、この制御の仕組みに狂いが生ずると、 な研究には、発生に異常を示す種々の突然変異物学も急速に発展したため、発生学はふたたび へんばう producer gas を利用して、その現す形質を正常系統と比較す変貌しようとしている。たとえば、胚を細胞の増殖と分化の異常をきたす。これが癌とよばれ発生炉カスはっせいろー、 ることがよく行われる。↓遺伝学〈黒田行昭〉 社会集団としてとらえ、そこでの情報のやりとる状態である。したがって、発生生物学は癌の石炭あるいはコークスを不十分な量の空気で燃 焼して得られる、一酸化炭素を主成分とするガ はっせいがく embryology 生物のりを解析して有機体としての個体の形成の仕組病理の解明をも課題としている。 発生学 個体内で働いている仕組みは、培養された細スをいう。数の径の円筒型の炉に塊炭を投入 個体発生を研究する学問であるが、これに含まみに迫ろうとするものなどは、その一つであ る。 〈木下清一郎〉胞集団の中でも部分的にみることができる。多し、下から空気を吹き込む。最下部では炭素分 れる分野は現在非常に広いものとなっている。 nascent ノ、 の燃焼によって炭酸ガスと熱を発生し、その炭 の細胞はガラス器内で培養すると活発に動き 発生学は最初さまざまの動物の発生過程の形態発生機状態はっせいきじようたい 回っているが、その数が増えて培養面を覆い 酸ガスは上部でさらに反応して一酸化炭素とな 的観察とその記載をする学問であった ( 記載発 state しばしば「発生期」状態と記されてい 生学 ) 。発生の初期にある膠は微小なものであるが、これは誤用といわれる。ある元素が化合互いに接触するようになると運動が止まり、増り、可燃性ガスを生成することになる。温度が 殖も止めてしまう。ところが癌細胞はここでも高くなりすぎると、灰が溶融してトラブルの原 るから、研究の進展は当時の顕微鏡の発達に負物から遊離される瞬間において、きわめて高い うところが大きい。また、海産動物の卵など卵反応活性を示すことがままあるが、このような異常な行動を示し、ほかの細胞の上に乗り上が因となるので、水蒸気を添加して温度を下げる ことも行われる。一酸化炭素二五 % 、水素一〇 。このような細胞の一種の 生のものを用いることによって、形態学的研究ときに「発生機状態にある」という。たとえり、増殖も止めない 社会的行動と、その際に行われている細胞どう % を有効主成分とし、メタンを少量含むが、窒 はきわめて詳しく行われるに至った。 ば、オゾンの分解によって生じた酸素原子は、 やがて一九世紀になると、種々の動物の発生通常の単体の酸素よりもはるかに活性が大き しの情報交換の本質についての研究も、発生生素が約五五 % と多いので、一立方当り一二〇 〇キロカロリー程度の低発熱量となる。しかし、 過程が比較されるようになる ( 比較発生学 ) 。 。また、水素の気流を酸性の過マンガン酸カ物学の一つの課題である。 動物の発生過程には、種類が違えば異なってい リウム溶液に通じても還元はおこらないが、亜 細胞分化の基本原理の一つは、細胞が遺伝子安価であるため工業用燃料としてかってはよく としてもっている情報のなかから、あるものの利用されていたが、近年はほとんど姿を消して る部分と、共通にみられる部分とがあることが 鉛などを投入して溶液中で水素を発生させると いる。最近ではむしろ、大形流動層を用いて空 わかってきた。たとえば、すべての動物が発生ただちに還元がおこる。このような酸素や水素みを発現させ、ほかのものを発現させないとい 。いずれも「発生機状態」のものである。おそう、遺伝子の選択的発現と考えられるので、遺気と水蒸気から低カロリーガスを製造し、ガス の途中でかならず胞胚の時期を経る。こういう 伝子発現の制御機構の研究も発生生物学の重要タービンとスチームタービンを作動させる複合 ことから、個体の発生はある歴史的な過程を反らくは高いエネルギーをもった遊離原子やラジ サイクル発電を目的とした研究開発が盛んに行 カルの形をとっているものと推定されている。 な課題である。 映しているものであるという考えが生まれた。 ^ 富田彰〉 ↓活性酸素↓活性水素 〈山崎昶〉 っその一つに・・ヘッケルの有名な反復説が また、個体という細胞集団の中で、細胞が自われている。↓ガス化 はせがわ はっせがわ 0 初瀬川 はっせいせいぶつがく develop- 己と非自己を認識しうるという問題も、免疫の初瀬ー せある。個体発生は系統発生の短縮された反復で発生生物学 mental biology 発生学が最近になって急速根本原理との関連で最近注目を集めている。 つある、というのがその主張である。幼生の形態 初節供はっぜ。く生児が初めて迎える節供 に発展し、その研究範囲は胚の発生に限ること このはか、再生、老化、死などをも研究範囲のこと。女児には三月節供に雛人形、男児には や相同器官などの研究から、生物の進化につい がん ひな 823
ぎおう しやっきよう じねんこじ うんりんいん 〈喜〉 ( ↓祇王宝剛 ) 「②」五流自然居士 * ④「②」五流石橋 * 枝④「③〕五流鱗形④剛〈喜〉雲林院 * ④ 能現行曲一覧 しゅんかん めえ しやり ⑤五流舎利⑤五流俊寛 * ④〔②」観宝春ぬ鵺 * ⑤五流 「③」観宝剛喜 * は別に本項目があることを示す ねぎめ しゅんぜいただのり えぐち キ一かいがー ) ま・ えのしま えびら ね寝覚①観 剛 ( ↓鬼界島喜 ) 俊成忠度②観宝剛喜 え江口 * ③五流江野島①観箙②五流烏帽 ーしトっキ一 のもり ののみや しおり しゅんねい 曲目の分類の略号は次のとおりである。 わき しゆら の野宮 * ③五流野守 * ⑤五流 春栄④〔②」五流鍾馗⑤観宝春剛〈喜〉 子折 * ④「⑤」観宝剛喜絵馬 * ①観宝剛喜 ①Ⅱ初番目物。脇能物。②Ⅱ一一番目物。修羅 ししつじよう はくらくてん は 1 一ろも しよ、つくん しようぞん おうむこまち おいまっ は白楽天①観春剛喜羽衣 * ③「④〕五流半 昭君⑤五流猩々 * ⑤五流正尊 * ④「②」 物。③Ⅱ三番目物。鬘物。④Ⅱ四番目物。雑お老松 * ①五流鸚鵡小町 * ③〔④〕観宝剛喜 しとみ はしべんけい しろめし おおやしろ おしお しらひげ おおえやま おきな 蔀 * ③五流橋弁慶 * ④「②」五流芭蕉 * ③ 五流白髭 ( 白鬚 ) ①観春〈喜〉代主①観 大江山 * ⑤五流大社①観剛〈喜〉小塩 * ④ 能物。⑤Ⅱ五番目物。切能物。ただし『翁』 はながたみ はちのき はっゆき すみぞめぎくら おばすて すまげんじ おちば おちば はどの分類にも属さぬ特殊な祈りの曲ゆえ、 五流鉢木 * ④「②」五流初雪③春花筐 す須磨源氏⑤観宝剛〈喜〉墨染桜③〔④」剛 「③」五流落葉③剛落葉③〈喜〉姨捨 * はんじよ すみよしもうで おはら 1 」こう すみだがわ 最初にあげた。「」の中の番号はその扱い * ④〔③」五流班女 * ④「③〕五流 隅田川 * ( 角田川 ) ④「③〕五流住吉詣③ ( 伯母捨 ) ③五流大原御幸 * ( 小原御幸 ) ③五 ひばりやま ひがき おろち おみなめし とすることもあることを示す。 ひ飛雲⑤観宝剛〈喜〉檜垣 * ③五流雲雀山 * ④ 「④」観剛喜 流女郎花④五流大蛇⑤宝剛喜 ひやくまん せいがんじ かげつ せいおうば かきつばた かげきょ 流儀の略号は次のとおりである。 かんぜ ほ・つーし、っ 「③〕五流氷室①五流百万 * ④「③」五流 せ西王母 * ①五流誓願寺③五流是界 * ( 善界 ) か杜若 * ③五流景清 * ④「②〕五流花月 * ④ 観Ⅱ観世流宝日宝生流春Ⅱ金春流剛 ふじたい ふじさん せきでらこまち せきはらよいち かしわぎき かすがりゅうじん ふ藤③観藤③宝剛富士山①春剛喜富士太 ⑤五流関寺小町 * ③五流関原与市④〈喜〉 「②」五流柏崎 * ④「③〕五流春日竜神⑤ 日金剛流喜Ⅱ喜多流 ふたりしずか せったい かずらき かずらきてんぐ せっしようせき 鼓 * ④「③〕五流藤戸 * ④五流一一人静 * ③観 殺生石 * ⑤五流摂待 * ④「③」観宝剛喜 同じ曲だが流儀によって名称が全然異なる場合 「①」五流葛城 * ④「③①」五流葛城天狗 ふなペんけい ふなばし ぜんじそが かなわ せみまる かつぼ は、それそれに次のごとく記しこ。 春剛喜船橋④五流船弁慶 * ⑤五流 ⑤〈喜〉合甫⑤「④①」観鉄輪 * ④「⑤」五 蝉丸 * ④「③〕五流禅師曽我④「②〕観宝 くろづか あだちがはら ほうじようがわ はうかぞう せんじゅ かわひら 安達原⑤観 ( ↓黒塚宝春剛喜 ) ほ放下僧 * ④「②〕五流放生川①観宝春剛 〈喜〉千手 * ( 千寿 ) ③五流 流兼平②五流賀茂 * ( 加茂 ) ①五流賀茂 ほうそ はとけのはら ものぐるい かよいこまち そうしあらいこまち 黒塚⑤宝春剛喜 ( ↓安達原観 ) 〈喜〉彭祖④剛仏原③観春剛〈喜〉 そ草子洗小町 * ( 草紙洗小町・草紙洗 ) ③〔④」五 物狂 ( 加茂物狂 ) ④「③〕宝剛喜通小町 * ④ 同じ曲だが、流儀によって表記の異なる場合、 まくらじどう まきぎめ そとばこまち かんたん かんにようきゅう ま巻絹 * ④五流枕慈童 * ④「①」宝春剛喜 ( し菊 五流邯鄲 * ④「①〕五流咸陽宮④「①〕 流卒都婆小町 * ④「③〕五流 および曲名の一部が異なる場合は ( ) 内に記 まくらじどう まっかぜ じどう たいさんぶくん たいてん 慈童観 ) 枕慈童④〔①〕観松風 * ③五流 た大会 * ⑤五流泰山府君⑤「①」剛大典①観 観宝剛喜 したが、どの流儀がどの表記かは省略した。 まつやまかがみ まつのお まつむし ならもうで だいぶつくよう ぎおう ににんおう 海人 ( 海士 ) ⑤五流 松尾①宝松虫 * ④「②」五流松山鏡⑤ き祇王③宝剛 ( ↓二人祇王〈喜〉 ) 鬼界島④ 大仏供養④「②」観宝剛〈喜〉 ( ↓奈良詣 いくたあつもり まつやまてんぐ まんじゅう まくらじ たえま しゅんかん きくじどう たいへいしトつじよう だいろくてん 生田敦盛 ( 生田 ) ②観宝春剛 観剛喜松山天狗⑤剛満仲④宝剛喜 ( ↓仲 春 ) 大瓶猩々⑤観第六天⑤観当麻 * ⑤ 喜 ( ↓俊寛観宝春剛 ) 菊慈童④観 ( ↓枕慈 そうしあらいこまち たかさ 1 一 たけのゆき ただのぶ どう きめた 草子洗小町 ( 草紙洗小町・草紙洗 ) ③五流 光観 ) 童宝春剛喜 ) 木曽④「②」観砧 * ④〔③〕 「①〕五流高砂 * ①五流竹雪④宝喜忠信 みいでら たった きよっね きんさっ ただのり 〈喜〉の表記は、謡本は発行しないが、能として み三井寺 * ④「③」五流通盛 * ②五流三山④ ④観宝忠度 * ②五流竜田④〔③①」五流 五流清経 * ②五流金札①観宝春剛〈喜〉 上演しうる準現行曲であることを示す。観世流 みなづきばらい み みなせ た・ : : っ たまかずら くさな くすのつゆ だんぶう みつやま 《観》宝剛水無瀬④喜水無月祓④観身 く草薙⑤「④①」宝国栖 * ⑤「④〕五流楠露 谷行 * ⑤〔④〕観宝春剛〈喜〉玉葛 * ( 玉鬘 ) ④ の『檀風』と『三山』は上演されたが、流儀と くらま たむら のぶ みもすそ たまのい くせのと 延③観御裳濯①春〈喜〉三輪 * ④「③①」五 「③」五流玉井 * ①観剛喜田村 * ②五流 ④〔②〕観九世戸①観熊坂 * ⑤五流鞍馬 しての扱いが末定ゆえ〈〈観》とした。 くるまぞう だんぶう てんぐ くれは 流 檀風 * ⑤「④」《観》宝剛〈喜〉 天狗 * ⑤五流車僧⑤五流呉服①観宝春剛 流儀の違う同名異曲もある。 むろぎみ ちょうぶくそが むつら くろづか あだちがはら ちくぶしま む六浦③五流室君④「①」観春 ち竹生島 * ①五流調伏曽我⑤「④」宝剛喜 〈喜〉黒塚 * ⑤「④」宝春剛喜 ( ↓安達原 おきな めかり ちょうりよう 翁五流 め和布刈①観宝剛〈喜〉 張良 * ⑤「④」五流 観 ) あおいのうえ あいそめがわ もちづき っちぐるま つわまさ げつきゅうでん つるかめ げんぎいしちめん っちぐも あ藍染川④「⑤①」観春葵上 * ④〔⑤」五流 も望月 * ④「⑤」五流求塚 * ④観宝剛喜紅葉 け月宮殿①喜 ( ↓鶴亀観宝春剛 ) 現在七面っ土蜘蛛 * ( 土蜘 ) ⑤五流土車④観喜経政 * ・のー ) かり あすか あこぎ もりひイ、 つるかめ げつきゅうでん がり げんざいただのり げんぎいめえ 阿漕 * ④「⑤」五流芦刈 * ④「②〕五流飛鳥 狩 * ⑤五流盛久 * ④「②」五流 ( 経正 ) ②五流鶴亀 * ①観宝春剛 ( ↓月宮殿 ④観剛現在忠度④〔②」剛現在鵺⑤剛 がわ あたか あたごくう やまひめ やしま げんじくよう げんじよう 川④「③」剛喜安宅 * ④「②」五流愛宕空 〈喜〉源氏供養 * ③五流絃上 * ( 玄象 ) ⑤ 喜 ) や八島 * ( 屋島 ) ②五流山姫③〈喜〉山姥 * ⑤ や あだちがはら くろづか げんだゅう げんぶくそが ていか 也⑤〈喜〉安達原⑤観 ( ↓黒塚宝春剛喜 ) て定家 * ③五流天鼓 * ④五流 〔①」五流 「①〕五流源太夫①春〈喜〉元服曽我④ あつもり ゅぎようやなぎ ゅうがお レ′ごっ - んい とうがんこじ 敦盛 * ②五流海人 * ( 海士 ) ⑤「①〕五流 「②」〈喜〉 と藤永 ( 藤栄 ) ④「②」宝春剛喜東岸居士④観ゅタ顔③観剛喜雪 * ③〔④」剛遊行柳 * ④ ありどおし あやのつづみ あらしやま - つ - っ ゆみやわた こうてい どうじようじ とうせん こいのおもに 綾鼓 * ④宝剛喜嵐山 * ①五流蟻通 * ④ 「③」五流弓八幡①五流熊野 * ( 湯谷 ) ③五 宝剛喜道成寺 * ④「⑤」五流唐船 * ④五流 こ恋重荷 * ④観春項羽⑤五流皇帝⑤「④」 あわじ こうやものぐるい とうばく どうみようじ 「①〕五流淡路①観春剛 流 観宝剛喜高野物狂 * ④「②」観宝剛喜 東方朔①観春〈喜〉東北 * ③五流道明寺 いかりかずき いくたあつもり ようちそが とおる ようきひ い碇潜⑤観剛生田敦盛 ( 生田 ) ②観宝春剛 鍛冶 * ⑤「④①」五流小督 * ④「②」五流 ①観剛〈喜〉融 * ⑤五流木賊 * ④〔③〕五流よ楊貴妃 * ③五流夜討曽我 * ④〔②」五流養 いっかくせんにん よしのてん ともえ よしのしずか こちょう ともなが そでそが ともあきら 一角仙人 * ④〔①〕観春剛喜井筒 * ③五流 老 * ①五流吉野静③観宝春剛〈喜〉吉野天 袖曽我 * ④「②」五流胡蝶 * ③五流 知章②観春剛喜巴 * ②五流朝長 * ②五 いわふね よりまイ、 よろばし さいぎようギ、くら とりおいぶね さおやま 岩船①観宝春剛〈喜〉 ③観頼政 * ②五流弱法師 * ④〔②〕五流 さ西行桜 * ④「③」五流佐保山①春逆矛① 流鳥追舟 ( 鳥追 ) ④五流 うきふね うげつ らしようもん さくらいのえき まんじゅう らいでん さくらがわ う鵜飼 * ⑤五流浮舟④「③」観春剛〈喜〉雨月 * 観鷺 * ④「①」五流桜井駅④剛桜川 * ④ な仲光④観 ( ↓満仲宝剛喜 ) 難波①観宝春ら雷電⑤観剛喜来殿⑤宝羅生門 * ⑤観宝剛 うたうら さねもり さんしよう ならもうで だいぶつくよう ④「①〕五流右近①観宝剛歌占 * ④「②」 喜 「③」五流実盛 * ②五流三笑④「①」観宝 剛〈喜〉奈良詣④春 ( ↓大仏供養観宝剛 、つレ」 - っ うちともうで りんぞう り竜虎⑤「④」観喜輪蔵①観〈喜〉 五流内外詣④「①⑤〕剛善知鳥 * ( 烏頭 ) ④ 剛喜 うめ しちきおち こしき こしきど ろうぎおう うねめ うのまつり ろ籠祇王③〈喜〉籠太鼓 * ④「③」五流 五流采女 * ③五流鵜祭①春梅③観梅し志賀①観宝剛喜重盛④「②」喜七騎落④ に錦木④五流錦戸④「②」観宝二人祇王③ こんばる がえ さギ一 うろこがた きかいがしま なかみつ レをつ」 - つ、 てんこ ぜがい : にんぎおう ろう みつ ひうん ろうだいこ ゆき もとめづか みちもり やまんば みつやま もみじ 341