好きだ。 - みる会図書館


検索対象: 村上ラヂオ
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1. 村上ラヂオ

すき焼きは好きですか ? 僕はけっこう好きです。子どものころ「今日のタ御飯はすき 焼きだよ」と言われると、とても嬉しかった。 でもどういうわけか、人生のある時点を過ぎてから ( どんな時点だろう ? ) 、僕のまわ りにはすき焼きの好きな人かひとりもいなくなってしまった。誰に質問しても、「すき焼 き ? うーん、そんなに好きじゃないですね」と冷淡な答えが返ってくる。うちの奥さん も「すき焼きなんか五年に一回食べれば、それでいいんじゃない」という人で、したがっ て結婚してこのかた、ろくにすき焼きを食べた記憶がない。 五年に一回といえはオリンピ ックよりも数か少ないじゃよ、ゝ。 オしカ誰か、僕と一緒にすき焼きを食べてくれませんか ? 僕は糸こんにやくと焼き豆腐と葱が好きなので、肉を中心に食べてくれる人だとすごく嬉 しいです。いや、ほんとに。 ところでご存じのように、坂本九の『上を向いて歩こう』は、アメリカでは『スキャ キ』という題でレコード発売された。 19 6 4 年のことで、そのときは「ひでえタイトル すき焼きが好き

2. 村上ラヂオ

国会議があって、「猫たるもの、この厳しい時代に生き残りをかけて、構造の見直しと、 ドラスティックな意識変革が必要とされているのではあるまいか」みたいな決議が採択さ れ、全国の猫山さんたちは神社の庭の片隅でみんなで腕組みをして、「うんうん。そうか もしれんなあ」とうなすきあっているのだろうか。 でもそうはいっても、「ばーろー、何がお手だ。ふん。俺は大じゃねえよ。ふざけん な ! 」と威勢のいい啖呵を切る猫山さんが、僕はやはり好きだ。がんばれ、全国の猫山さん。

3. 村上ラヂオ

昔「コロッケ」という名前の、コロッケ色をした大きな雄猫を飼っていた。当然のこと ながら、この猫を見るたびにコロッケが食べたくなって困った。でもコロッケって憎めな かどうかまで い食べ物ですよね。僕は好きだ。コロッケの好きな人に悪い人はいよい は知らないけど、テープルに向かって無心にコロッケを食べている人に、後ろから急にバ ットで襲いかかったりはなかなかできない。 もちろん食べているのが焼き肉だったらやっ てもいいというものではないんだけど ( 当たり前だ ) 。 うちの奥さんは油を使った料理を作るのが好きではなくて、おかげで結婚以来コロッケ とか天ぶらを作ってもらった覚えがない。だからうちでコロッケが食べたければ、どこか に行って出来合いのものを買ってくるか、あるいは自分で作るしかない。僕は料理を作る のはそれほど苦痛ではないので、ときどき思い立っとコロッケの仕込みをした。 じゃがいもを買ってきて茹でてすり潰し、肉と混せてコロッケのかたちにして、パン粉 たくなった をつけてひとつひとっラップにくるんで冷凍しておく。そしてコロッケが食べ コロッケとの蜜月 114

4. 村上ラヂオ

僕は歳のときに大学新入生として東京に出てきて以来、一貫してヤクルト・スワロー ズのファンをやっている。当時は産経アトムズという名前で、とてつもなく弱かった。い つも最下位か、せいぜい 4 位か 5 位だった。どうしてこんな弱小チームを応援することに なったかというと、早い話神宮球場が好きだったからだ。球場も好きだったし、球場のま わりのたたすまいも好きだった。だから結果的に ( 今の ) スワローズを応援することにな った。もちろん反巨人ということもあったんだけど、それにしてもどうにも清けない試合 が多くて、外野席の芝の上でよく涙したものだった。 このあいだ医学の本を読んでいたら、「ひいきのスポーツ・チームが勝ったりすると、 人間を元気にし活性化する何かの分泌物が、体内でより多く分泌される」という記事があ って、愕然としてしまった。ということはつまり、この年間の通算勝率を比べてみると、 僕はヤクルト・ファンになるより巨人ファンになっていた方が、遥かに充実した人生を送 れたんだということになりますよね。それってちょっと余りな話だ。今更そんなことを一一一一口 太巻きと野球場

5. 村上ラヂオ

もちろん世の中にはいろんな不夬なこと気にくわないことがあるけれど、僕の場合顔写 昔から写真に写っている自分の顔かどうしても好き 真を撮られるくらい嫌なことはな、 になれなかった ( 写真に写っていなくたってべつに好きじゃないけど、とりわけもっとと いうことです ) 。だから顔写真撮影を要求されるような仕事は、なるべくお断りするよう にしているんだけど、でもポール・マッカートニーさんも歌っておられるように、人生は 長く曲がりくねった道だから、断りきれない場合だって出てくる。 どうして写真に写った自分の顔が好きじゃないかというと、カメラを向けられたとたん、 ほとんど反射的に顔ががちがちにこわはってしまうからです。「はい、力を抜いて笑って くださいね」なんて言われると、緊張してよけいに肩に力が人って、笑いは死後硬直の予 行演習みたいになってしまう。 トルーマン・カボーティが作家としてデビューしたとき、本の裏表紙に使われた顔写真 はものすごく ( 病的なまでに ) 美しくて、それが世間のーー・とくに一部方面のーーー評判を ーの中の子犬

6. 村上ラヂオ

みなさんは体重計って好きですか ? と訊ねると、「そんなもの、ただの体重を量る機 械じゃよ、ゝ。 オしカ好きでも嫌いでもないよ」という声が聞こえてきそうな気がする。世の中 の人ってだいたいそうみたいだから。あるいは「体重計に乗るたびに不快な気持ちになる から、体重計なんて大嫌いオし ! 」という人だって中にはいるかもしれない。そういう理 不尽な原因で嫌われる体重計は気の毒だよなと、僕はついつい同情してしまうんだけど。 正直に打ち明けると、僕は個人的に体重計というものが好きだ。これまでいくつも体重 計を所有し、生活をともにしてきた。い つも浴室の片隅で、言葉もなくこっそりと時間を 過 1 」し、たまに引 つばり出されて上に乗っかられ、「うう」とか「ああ」とかよくわから ないことを言われて、そのまままた片隅に押しやられる体重計って、なんだか健気だと思 いませんか ? 僕は体重計を目にするたびに、「もし僕が体重計だったら、 したいとん な気持ちで一生を送るだろう」とかしみじみ考え込むことになる。うーん、だからといっ て体重計に対して、僕の側で何かしてあげられることがあるかというと、とくにないんだ 体重計 194

7. 村上ラヂオ

だから、と言いわけするのではないけれど、ビールを飲みながら柿ピーを食べていると、 きりがないですね。気がつくと一袋空になっていたりする。それにあわせて ( 喉が渇くか ら ) ビールもついつい飲んでしまう。困ったものだ。こうなると、ダイエットも何もあっ たものではない。 ただそのように優れた食品である柿ピーにも、問題がまったくないわけじゃない。その ひとつは「他者が介入してくると、柿の種とピーナツツの減り方のバランスが狂ってしま う」ことである。たとえはうちの奥さんはピーナツツが好きなので、一緒に食べると、柿 ピーの中のピーナツツばかり一方的にぼりぼり食べて、その結果柿の種だけが余ってしま うことになる。僕がそのことで文句を言うと、「だって、あなたは豆類ってあまり好きじ ゃないじゃない。柿の種が多い方かいいんでしよう ? 」と言い返される。たしかに僕はピ ーナツツよりは、柿の種の方が好きだ。それは進んで認める ( 僕はだいたいにおいて甘い ものより辛いものの方が好きなのだ ) 。 でも柿ピーを食べるときには、僕は自分の内なる欲望をできる限り抑え、柿の種とピー ナツツをなるべく公平に扱うように努めている。自分の中に半は強制的に「柿ピー配分シ ステム」を確立し、そのとくべつな制度の中に、偏屈でささやかな個人的喜びを見いだし

8. 村上ラヂオ

コンピュータを日常的に使っている人はわかると田 5 うけど、コンピュータのスイッチを 「びよーん」と押してから、画面がセットアップされるまでに時間がかかりますよね。イ ンターネットで情報を取り込むのに手間取ることもある。画面をにらみながらじっと待っ ているといらいらするものだけど ( すべての新しい便利さは、例外なく新しい種類の不便 さを産み出すんだ ) 、そういうときにみなさんは何をしていますか ? 僕は画面のことはいったん忘れて、横を向いてのんびり文庫本を読んでいます。「君は 好きにやってなよ。こっちも好きにやってるからね」という鷹揚な感じで。まあそんな風 にばらばらと断続的に読むものだから、長大で筋の複雑な本 ( たとえばドストエフスキー 『悪霊』とか ) は用途的に向かないし、かといってありあわせの雑誌を読むのもいかにも 「暇つぶし」という感じがして面白くない。あれこれ試してみたんだけど、結果的には童 話がいちはん良かった。 小さな菓子バンの話 138

9. 村上ラヂオ

か、別のときには正しくないことだってあるわけだから。 という風に考えていくと、なんだか自分がただのそのへんの空気になってしまったよう な気がして、とくに頭をひねらなくても毎週わりにすらすらと文章が出てきた。「 anan 」 の読者が実際に読んでどう思ったのかはよくわからないけれど、僕自身のことをいえば、 好きなことを好きに書けたので、けっこう楽しかった。ここに集められた文章が世の中の 役に立っとか、そういうことはたぶんあまりないと思うけど、楽しんで読んでいただけた としたら、その上でたとえ少しでもあなたの個人的なお役に立てたとしたら、筆者として は幸いです。 連載に大橋歩さんの絵がついていたのも、僕にとってはとても励みになった。僕がまだ 猿同然の脳味噌しか持ち合わせない高校生だったころ、大橋さんは若くして既に「平凡パ ンチ . の表紙を書いておられた。僕は毎週「平凡パンチーを買って読んでいたものだ。連 載分に加え、単行本化にあたって大橋さんにはたくさんの挿し絵を新たに描いていただく ことになった。感謝します 213

10. 村上ラヂオ

今回はドーナツツの話です。ですから、今まじめにダイエットをしているという人はた ぶん読まない方がいし 、と思います。なんといってもドーナツツの話だから。 僕は昔から甘いものがあまり好きではない。 でもドーナツツだけは例外で、ときどきわ けもなく理不尽に食べ たくなることがある。どうしてだろう ? 思うんだけど、現代社会 においてドーナツッというのは、ただ単に真ん中に穴のあいた一個の揚げ菓子であるに留 まらす、「ドーナツツ的なる」諸要素を総合し、リング状に集結するひとつの構造にまで しⅱたたドーナッ その存在性を止揚されているのではあるまいか : ・、えーと、だから早、話、 ツがけっこう好きなんだということです。 僕がポストン郊外にあるタフツ大学に「居候小説家 ( ライター ・イン・レジデンス ) 」 として在籍していたとき、大学に行く前によくドーナツツを買った。途中の道筋にあるサ マーヴィルのダンキン・ドーナツツの駐車場に車を停め、「ホームカット」をふたっ買い 求め、持参した小さな魔法瓶に熱いコーヒーを詰めてもらい、その紙袋をもって自分のオ ドーナツツ