はじめに 「そりゃあ、子供のころ親父にはよくぶたれたけど、それは僕が間違った方向にいかないようにしつ けるためだったんですよ。そのことと、僕の結婚が破綻したことが、いったいどう関係あるんです そう言ったのは、腕ゞ 力しいことで評判の三十八歳になる整形外科医だった。彼は六年間一緒に暮ら した妻に出ていかれ、私のところにカウンセリングを受けにきていた。なんとかして妻には戻ってほ しいのだが、彼女のほうでは彼がかんしやく持ちの性格をなおさない限り絶対に戻らないと言ってい るという。彼女は、彼が腹を立てると突然怒りを爆発させることに法え、しかも情け容赦もなくのの しるのにはもう疲れきっていた。 彼は自分がかんしやく持ちで時としてロやかましくなることはわか っているか、まさかそのために彼女が出ていくとは思わなかったという。 私は彼自身のことについて質問しながら面談を進めていった。両親についてたすねると、彼は微笑 み、著名な心臓外科医だという父親について誇らしげに語った。彼の話によると、父はすべての患者 から聖人のように慕われている素晴らしい人物で、その父がいなかったら自分は医師にはならなかっ ただろうという。 私はつぎに、その父との現在の関係はどうかとたずねてみた。彼はちょっと落ちつかなげに笑った。 最近、整形外科をやめて自然療法などの分野に進むことを考えていると言ったところ、父は激怒し、
四十七歳になる現在になっても、 いまだにアル中の母に人生をいいようにされていることに耐え がたい怒りを抱いている。母はもういい年だが、飲酒は相変わらすだ。先日も、久しぶりの休牋 で旅行に行こうとしていたところ、出発の三日前になって電話がかかってきた。ろれつがまわら なくなっており、酔っているのはすぐわかったが、驚きはしなかった。電話をかける前には立い ていたようだった。父は釣りの仲間とやはり旅行に行ってしまい、寂しさで気が滅入って耐えら れないので、二、三日一緒にいてくれないかとい、つ。ちょ、つどこれから休段で旅一灯に行くところ だと一一一口うと、電話ロのむこうで泣き出した。叔母のところへでも行ってみてはどうかと勧めたが 母はおさまらす、なんとひどい娘だと言って責め始めた。あの時もああだったこうだったと昔の ことまで持ち出して止まらなくなったので、やむなく旅行をキャンセルして会いに行くことを約 束せざるを得なかった。どのみちこんな状態では、旅行に行っても楽しめまいと思った。 その出来事は、彼女にとって特に新しいことではなかった。子供の時からずっとそういうようなこ とばかりだったのだ。彼女はいつも母の機嫌をとって世話を焼いていなくてはならなかった。だが母親 毒 は感謝することもなく、機嫌が悪いといつも彼女をなしってはかりいた。いちばん嫌だったのは、い 中 ーノ つも一言うことが変わるので、どうすれは機嫌がよくなるのかわからないことだった。 コ 彼女の母は、息が詰まりそうになるはど優しいかと思うと、信じられないはど残酷になったりした が、それはその時の気分や飲酒の量、そして彼女の言葉を借りれば、月の満ち欠けと関係があったと いう。彼女の話によれは、母の気分が高すぎも低すぎもなく安定している日が続くということははと 3
・「そのことはもう謝ったじゃないの」 あなたの言い分を一応認め、「今後は気をつける」とか「愛情のある親になる。と言っておきながら、 それはロばかりで騒動がおさまると元の木阿弥、何ひとっ変わらないというケースもある。最もよく 聞くセリフは「だから悪かったと言っただろう。それ以上、どうしろというんだ . 〔あなたの対応〕【「謝罪してくれたのは感謝するけど、それがロだけではなくて、心からすまなかっ たと思っているのなら、今後は私が話をしたいと言った時にはいつでも応してくれて、私といい関係 を保つよう努力してくれるということですね 「自分はベスト ろう。例えば、「あなたは言うことを聞かなかった」、「あなたは難しい子供だった を尽くしたがあなたがいつも問題はかり起こした」、「あなたは気むすかしくて手に負えなかった , 、 「そのことは家中のみんなが知っている」等々、いろいろな理屈を並べるだろう。また、「自分の間題 は何ひとっ解決できないくせに、どうしてこんな風に親を攻撃してばかりいるんだ . という具合に、 この話し合いをしようとすること自体、あなたが問題ばかり起こす子供の証拠だと一一一口うかもしれない さらに、話をすり替えて逆にあなたに説教しようとすることもあるだろう。それらはすべて、話題を 自分からそらせようとしているものでしかない。 〔あなたの対応〕〕「そうやって私のせいにするのは勝手だけど、そんなことをしても、私が子供の 時にあなたがしたことの責任を逃れられるわけではないのですよ , 255 独立への道
・私は親から批判されたら腹か立つ。 ・私は親が私をコントロールしようとしたら腹が立つ。 ・私はどのような人生を生きるかについて親から指図されたら腹が立つ。 囲・私がどう考え、どう感じ、どう行動するかについて、親からロを出されたら腹が立つ。 ・私は親からああしろこうしろと言われると腹が立つ。 ・私は親から何か要求をされると腹か立つ。 四・私は親が私を通して自分の人生を生きようとしたら腹が立つ。 ・私が親の世話をすることを彼らが期待していたら腹が立つ。 田・私は親に拒否されたら腹が立つ。 っ の これらの感情以外にも、材科として使えるものがあればリストに加えてみてほしい。例えは、身体 的な反応などもよい材料だ。だれでもロではごまかすことができるが、体はその時の感情に正直に反絎 と 応する。各人の体にどのような反応が出るかは、遺伝的要素やそれぞれの個人の体の弱いところ、身 体的な個性、その時の感情の状態などによって異なるが、一般的に言って、頭痛、胃や腸の不調、体 のこり、疲労感、食欲不振または異常に食べたくなる衝動、睡眠障害、吐き気、などは「毒になると 親 , を持った子供が成人後によく見せる症状としてまれではない。もっとも、もしそれらの症状があえ ってそれが心因性のものだと確信できても、あまり長く続く場合には身体的な病気に進むこともある ので医師に相談したはうがよい。
してみるのもよいだろう。もし精神的ショックやストレスが親の病状を悪化させたり、生命を脅かす ほど大きいようであれば、直接的な対決の代わりになる方法はいくつかある。 言うべきことを手紙に書き、投函する代わりに親の写真に向かって読み上げるという方法もある。 ・フレイを行うのも効果がある。これらについて詳し カウンセラーに親の役をやってもらい くは、二百七十七ページの「すでに死亡している親との対決」の項で述べる。 意外に思われる方もいるかもしれないが、私がカウンセリングしたいくつかの例では、これらの方 法は、親が同居していて二十四時間介護を必要としている人の場合でも有効であることが証明されて いる。また、そういう親に対して子供のほうからオーフンに接しようと努力することが、テンション を和らげることもあり、その結果、世話がしやすくなったケースもある。 だが、直接のク封決みをしたために不和が拡大し、同居生活がそれまで以上に耐えがたいものとな る可能性も大きい。そうなっても同居をやめることができない場合には、直接的な〃対決みではなく 代わりの方法を用いるほうがよいかもしれない 三章に登場した、母に反抗するあまり結婚しないで生きてきた実業家は、その後ようやく母と′ 決〃して話をする決心をした。彼は言いたいことはたくさんあったが、問題は母親が八十二歳という 高齢のうえ、数年前に心臓発作を起こして以来、健康状態が衰えていることだった。だがそれにもか の かわらす、母は電話や手紙をよこしては、いまだにああしろこうしろと指図し続けていた。彼は中年立 を過ぎたいまになっても、母に会いに行くのは平和を取りつくろうための見せかけであり、内むは苦 痛だった。彼は人生を母親に好きなように牛耳られたことにいまだに怒りを覚えていたが、何かを言
何も言わないもう片方の親 親 ん 加害者と被害者がともに口を閉ざし、何事もないかのような演技をしているとしても、もう片方の ど と 親はどうしているのだろうか ? 私は以前、子供時代に父親から性的な行為をされていた女性をはし めてカウンセリングし始めたころ、被害者の多くは加害者の父親に対するよりむしろ母親のほうに強 る い怒りを抱いていることに気がついた。被害者の多くの女匪は、「父のしていたことを母は知ってい たのだろうか , という、しばしば答えを知り得ない間いを自間し、自らを苦しめていたのである。彼 女らの多くは、時として父は母の目をほとんど気遣うことなく行動したと述べており、母は知ってい たに違いないと確信していた。また、そこまでは考えないという被害者も、娘の態度や行動が変わっ たことに母はなぜ気づかなかったのだろうか、と感じていた。何かが起きているに違いないというこ とはわかりそうなものだし、もっと注意を払うことはできたはすだ、というのである。 だが結論から先に言えは、必すしも母親は気づいていたのに知らぬフリをしていたとは限らない。 ) 、はっきり知っていた、の三つの可能性がある。知ら 本当に知らなかった、知っていたかもしれなし なかったはすがないという意見もあるが、本当に知らなかったということもあり得るのである。 「知っていたかもしれない」というケースでは、その母は、何かがおかしいとは思っても「恐ろしそ うなことは見たくないとはかりに目の前にカーテンを下ろし、何も見ない道を選んだのである。だ が、「見ないこと」によって自分と家の平穏を守ろうとするのは、見当違いな努力である。
せるとは限らないからだ。晩年優しくなり、自分の余命が日々少なくなっていく事実と直面すること で、自分の行動の責任を取れるようになる親もいるが、その反対に、ますますかたくなに「事実の否 定」に固執し、ますますつむし曲がりで機嫌が悪く、 怒りを吐き出すようになる親もいるのである。 そのような親にとっては、すでに中年を過ぎている子供を攻撃することが自分の〃うつ状態みと 〃老いの恐怖〃をまぎらわせる唯一の方法なのかもしれない。残念ながら、そういう親は子供の気持 ちなど永久に理解することなく怒りと限みを抱えたまま墓に入ることになるだろう。だか、もしそう なったとしても、それは仕方のないことだ。それはだれにも止められないし、重要なことではないの である。重要なのは、あなたが言わなくてはならないことを言ったかどうか、ということなのだ。 すでに死亡している親の場合 これまで本書の述べてきたさまざまな方法をいくら理解したところで、親がもう生きていない場合 にはどうにもならないと思われる方もいることだろう。たか、親がすでに存在しなくても、〃対決み を行、つ方法はいくつかある。 そのひとっとして、言い分を手紙に書き、親の墓の前で読み上げるという方法がある。そんなこと の が、と思われるかもしれないが、これは実際に非常に効果のある方法であることが多くの人によって立 証明されている。この事実はちょっと意外かもしれないが、そうすることによって実際に親に語りか けているような感覚が心のなかに呼び起こされ、長い間押さえ込んできた感情をようやく吐き出した
電話で話せは安全なように田 5 えるかもしれないが、実際には効果がなくます失敗する。電話というの は非常に人工的な道具なので、感情的なコミュニケーションには向いていないうえ、一方的に切られ てしまう可能匪もある。もし親が遠く離れたところに住んでいて直接会えないようなら、手紙のはう 戻 カレい 手紙による方法 文章を書くというのは、頭のなかを整理し、自分の考えや言いたいことをまとめるのに非常に効果 がある。しかも満足がいくまで何度も書き直すことができ、受け取った人は何度も読み返して内容に ついてゆっくり考えることができる。また、親が暴力を振るう危険性がある場合には、手紙は安全で もある。いくら〃対決〃が重要なこととはいえ、身体を危険にさらすようなリスクをおかす必要はな 両親がともに健在なら、手紙は必すそれぞれの親に別々に書く。言いたいことに重複していること があっても、それぞれの親に対する感情の持ち方や、関係の形態は違っているからだ。順序としては、 二人のうち毒性がより強いと思われるほうの親に向けて先に書く。普通はそのほうが書くのが容易だ からだ。それが書ければ、もうひとりのほうの親への手紙もたいてい書きやすくなる。 手紙などあまり書いたことがないという人も多いだろうが、この方法は対面して話をするのとほば 同じくらいの効果がある。どちらの親に対する手紙も、ます、「この手紙にこれから書くことは、い
暴力の正当化 親 ん 暴力を振るう親のもうひとつのパターンは、暴力を振るうことを他人のせいにするのではなく、 ど しまだに体罰こそ子供の教育し 「お前のためにこうするのだ」と正当化するものである。世の中には、 ) には欠かせない手段と信じている親がたくさんいる。宗教などでもいまだに体罰を認めているものが親 る あるのには驚くはかはない。聖書はど体罰を正当化するために悪用された本はない。 体罰を肯定する人間のなかには、子供というのは生来悪いことをするように生まれついていると信 して矯正しないといけないというわけだ。 している者がよくいる。だから悪くならないように厳しく叩 ) 「私もそうやって育てられたんだ。たまに叩かれたくらいではどうってことはない , とか「悪さをす れは ( 言うことを聞かなけれは ) どういうことになるのか、わからせなくてはいけないんだ、などが その言い分である。なかには「体罰は子供を強くするために必要な儀式であり、子供はそういう試練 に耐えなくては強くなれない」と、体罰を正当化する親もいる。 だが近年の研究によれば、体罰によって実際に子供が特に強くたくましく育っということはなく、 好ましくない行為をした時の罰としても役にはたたないことが示されている。体罰は一時的に押さえ つける効果があるだけで、子供の心には強い怒りや復讐心、自己嫌悪、大人に対する不信感などを生 しさせ、むしろ障害になるというのが事実なのだ。すなわち、そういった悪影響は、どのような一時 的な効果をも帳消しにして余りあるのである。
) うこともあるが、親が困ったことになって家庭が崩壊してしまうことを非常に恐れるからである。 くら恐ろしいことだとしても、自分がしゃべったらそれが原因 親からそのような行為をされるのはい で家のなかがめちやめちゃになってしまうと思うと、もっと恐ろしいのである。どんなにひどい家で あっても、家が平和であることははとんどの子供にとって驚くはど大切なことなのだ。 まれに親の行為が露見することがあるが、そうなった場合には、その家庭はほほ間違いなく崩壊す 世間から好 る。離婚裁判所の命令などにより子供が家族から引き離されて親戚にあすけられたり、 奇と蔑みの目で見られたりということが起き、その後も家族がそれまでと同じようにやっていけるこ とはますない。そのような親とは一緒に暮らさないことが子供にとってはいちばんよいことだとして も、それでもなお、子供は例外なく一家の離散は自分に責任があるように感しるものだ。この後ろめ い気持ちは、事件そのものによってすでに耐えられないほどの心理的重荷を背負わされている子供 の上にさらに加わるのである。 子供が黙っているもうひとつの理由として、たとえそのことを人に言っても、どうせ人は大人の言 うことを信して、自分の言うことは相手にされないだろうと感じているためであることがある。たと親 す え親がアル中であろうが、いつも失業していようが、暴力的な人間であろうが、世の人は子供の言う を 為 ことより大人のはうが信用できるとつい考えてしまう傾向があるのである。ましてその親がちゃんと 行 仕事をしていたり、社会的に認められる地位がある場合には、子供の言うことなどまったく聞いても 的 らえなくても不思議はない。 最も悲惨なのは、父親からそのようなことをされた息子のケースだ。この場合、子供には羞恥と屈