相棒 - みる会図書館


検索対象: 羊をめぐる冒険
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1. 羊をめぐる冒険

るんだ」 「実に良い質問だな」と相棒はたいして感動的でもなさそうに言った。「ちょうど僕が君にしょ うとしていたのと同じ質問だよ」 我々は黙った。 「ところで何故羊の話だってわかったんだ ? ーと相棒は言った。「何故だ ? 俺の知らないとこ ろでいったい何が起ってるんだ ? 「縁の下で名もない小人が翫ぎ車をまわしてるんだよ」 「もう少しわかりやすく言ってくれないか ? 」 「第六感だよ」 「やれやれ」と相棒はため息をついた。「それはともかく最新情報が二つある。さっき言った月 刊誌の記者に電話で聞いてみたんだ。ひとつは先生が脳卒中かなんかで倒れて再起不能になって いるって話だ。でもこれは正式には確認されていない もうひとつはここに来た男のことだ。彼 は先生の第一秘書で、組織の現実的な運営を任されているいわばナンバ ー・ツーだ。日系一一世で スタンフォードを出て、十一一年前から先生の下で働いている。わけのわからない男だけど、おそ ろしく頭は切れるらしい。わかったのはそれくらいだよ」 「ありがとう」と僕は礼を一言った。 「どういたしまして」と相棒は僕の顔も見すに言った。

2. 羊をめぐる冒険

「存じています」 男は顎の先を何ミリか動かして短かく肯いた。視線だけがびくりとも動かなかった。「焼いて 下さい」 「焼く ? 」相棒はばかんとして相手の目を見つめた 「その名刺を、今すぐ、焼き捨てて下さい , と男は言葉を切るようにして言った。 相棒はあわてて卓上ライターを手に取り、白い名刺の先に火を点けた。そして端を手に持った まま半分ばかり焼いてから大きなクリスタルの灰皿に入れ、一一人でそれが燃えっきて白い灰にな るのを向いあって眺めていた。名刺が完全な灰になってしまうと部屋は大量虐殺の直後を思わ せる重い沈黙に覆われた。 「私はその方から全権を委任されて、ここに来ています」としばらくあとで男はロを開いた。 「つまり、私がこれからあなたに申しあげることは全てその方の意志であり、希望であると理解 していただきたい」 「希望 : : : 」と相棒は言った。 「希望というのはある限定された目標に対する基本的姿勢を最も美しいことばで表現したもので す。もちろん」と男は言った。「別の表現方法もある。おわかりですわ ? せりふ 相棒は頭の中で男の科白を現実的な日本語に置き換えてみた。「わかります」 「とはいっても、これは概念的な話でも政治的な話でもなく、あくまでビジネスの話です」男は

3. 羊をめぐる冒険

「しかし : : : 」 「第一一に」と男は相棒の言葉を押しとどめた。「この。ヘージの担当者と直接会って話がしたい 男はスーツの内ポケットから白い封筒を出し、中から四ッ折りにした紙片を取り出して相棒に わたした。相棒は紙片を手に取って広げ、眺めた。それはたしかに我々の事務所で製作した生命 保険会社のグラビア・。ヘージのコピーだった。北 海道の平凡な風景写真ーー雲と山と羊と草原、 そしてどこかから借用したあまりばっとしない牧歌的な詩、それだけだ。 「このふたつが我々の希望です。第一の希望に関していえば、これは希望というよりは既に確定 した事実です。正確に言っなら、我々の希望に沿った決定が既になされたわけです。御不審の点 があればあとで広報課長に電話してみて下さい」 「なるほど」と相棒は言った。 「しかしあなたがたのスケールの会社にとってはこのようなトラブルから受けるダメージが極め て大きなものであることも容易に想像できます。幸い我々はーーあなたも御存しのように の業界では少なからす力を持「ています。だから我々の第一一の希望をえていただけ、その担当 者が我々に満足のいく情報を与えてくれるなら、我々はあなた方の受けたダメージに対して十分 な埋めあわせをさせていただく 用意があります。おそらくは埋めあわせ以上のものです」 沈黙が部屋を支配した。 「もし希望が叶えていただけなければと男は言った。「あなた方はどのみちアウトです。これ

4. 羊をめぐる冒険

眠り込んでいた。僕は四回ベルを鳴らしておいてから受話器を取った。 「すぐこちらに来てくれないか」と僕の相棒が言った。。 ひりびりとした声だった。「とても大事 な話なんだ」 「どの程度に大事なんだ ? 「来ればわかるよ」と彼は言った。 「どうせ羊の話だろう」とためしに僕は言ってみた。一一 = ロうべきではなかったのだ。受話器が氷河 のように冷たくなった。 「なせ知ってるんだ ? 」と相棒が言った。 とにかく、そのようにして羊をめぐる冒険が始まった。

5. 羊をめぐる冒険

く重くなっているように感じられた。極端に言えは、部屋の中にある何もかもが釘で床に固定さ れたような、そんな感しだった。 「もちろん、そういう感じがしたというだけのことだよ」と相棒は言った。 「もちろん」と僕は一三ロった。 一人で電話番をしていた女の子は緊張感のためにもうぐったりと疲れ切っていた。相棒がわけ のわからないまま応接室に入り、自分が経営者であると名乗ると男ははじめて姿勢を崩し、胸の ポケットから細い煙草を取り出して火を点け、煩わしそうに煙を宙に吐き出した。あたりの空気 がはんの少しだけゆるんだ。 「あまり時間がないので、手短かにやりましよう」と男は静かに言った。そして札入れからびし りとした手の切れそうな名刺を取り出し、机の上に置いた。名刺はプラスチックに似た特殊な紙 冒でできていて、不自然なほど白く、そこには小さな黒々とした活字で名前が印刷されていた。肩 る 書きもなければ住所も電話番号もなし。ただ四文字の名前だけだった。見ているだけで目が痛く をなるような名刺だった。相棒は裏返してみて、そこがまったくの白紙であることを確かめてから 羊 もう一度表を眺め、そして男の顔を見た。 「その方のお名前は御存じですね ? 」と男は言った。 わすら

6. 羊をめぐる冒険

らね」 「すっと仲良くやってたよ。それに喧嘩別れしたわけでもない」 相棒は困った顔をして黙り込み、あいかわらすポールペンの先で手のひらをつつきつづけてい 彼は濃いプルーの新しいシャツに黒いネクタイをしめ、髪にはきちんとくしが入っていた。 オーデコロンとローションの匂いは揃いだった。僕はスヌーピーがサーフポードを抱えた図柄の シャツに、まっ白になるまで洗った古いリーヴァイスと泥だらけのテニス・シューズをはいて いた。誰が見ても彼の方がまともだった。 「我々と彼女が三人で働いてた頃のことを覚えてるか ? 「よく覚えてるよ」と僕は言った。 「あの頃は楽しかったよ」と相棒は言った。 僕はエアコンの前を離れて部屋の中央にあるスウェーデン製のスカイプルーのふわふわとした ソファーに腰を下ろし、応接用のシガレット・ ケースからフィルターっきのポールモールを一本 取って重い卓上ライターで火を点けた。 「それで ? 」 「結局のところ、我々は少し手を広げすぎたんしゃないかって気がするんだ」 「君がいってるのは広告とか雑誌のことだな ? 」 うなす 相棒は肯いた。彼がそれを言いだすまでにすいん悩んだに違いないと思うと少し気の毒に

7. 羊をめぐる冒険

93 羊をめぐる冒険 I から先すっと、この世界にはあなた方の入り込む場所はありません」 そして再び沈黙。 「何か質問はありますか ? 」 「つまり、この写真が問題なわけですね ? 」と相棒はおそるおそる質問した。 「そうです」と男は言った。そして手のひらの上で注意深く言葉を選りわけた。「そのとおりで す。しかしそれ以上のことはあなたには申し上げられません。そういう権限は私には与えられて いないのです」 「担当者には電話で連絡を取ります。三時にはここにいると思います」と相棒は言った。 「結構です」と言って男は腕時計に目をやった。「それでは四時に車をよこします。それからこ れは重要なことですが、この件に関しては一切他言は無用です。よろしいですね ? 」 そして二人はビジネスライクに別れた。

8. 羊をめぐる冒険

85 羊をめぐる冒険ー 、。バックがあったり肩書きがついたりするだけでふんぞりかえってるその にも貸しも韭日りもなし 辺の連中とはわけが違うんだ」 「我々は昔友だちだったな」と相棒が言った。 「今でも友だちだよ」と僕は言った。「すっと力をあわせてやってきたんだ」 「離婚してはしくなかったんだ」 「知ってるよ」と僕は言った。「でもそろそろ羊の話をしないか ? 彼は肯いてポール。ヘンをベン皿に戻し、指の先で瞼をこすった。 「その男が来たのは今朝の十一時だった , と相棒は言った。 その男がやってきたのは朝の十一時だった。我々のような小さな規模の会社にとっては二種類 の朝の十一時がある。つまり、おそろしく忙しいか、おそろしく暇かのどちらかだ。その中間と 奇妙な男のこと まぶた

9. 羊をめぐる冒険

228 「そんなところです」 男はメモにとった事項を電話ロで読みあげた。きちんとしたメモだった。 「これでいいわ」 「結構です」 「それでは」と男は言った。そして電話が切れた。 あたりはもうすっかり暗くなっていた。僕はズボンのポケットに小銭と煙草とライターをつつ こみ、テニス・シューズをはいて外に出た。そして近所の行きつけのスナックに入ってチキン・ カツレッとロールバンを注文し、それができあがるまでプラザーズ・ジョンソンの新しいレコー ドを聴きながらまたビールを飲んだ。プラサーズ・ジョンソンが終るとレコードはビル・ウィ ザーズに変り、僕はビル・ウイザーズを聴きながらチキン・カツレツを食べた。それからメイ ド・ファーガソンの「スター・ウォーズ」を聴きながらコーヒーを飲んだ。あまり食事をし たような気になれなかった。 コーヒー・カップが下げられるとピンク電話に十円玉を三枚入れ、相棒の家の番号をまわし 。電話には小学生の長男が出た。 「こんにちは」と僕は言った。 「こんばんは」と彼が訂正した。僕は腕時計を見た。彼の方が正しかった。 少しあとで相棒が出た。

10. 羊をめぐる冒険

官にしては知性的に過ぎた。それ以外の職業は彼女には思いつけなかった。男は洗練された不 吉なニュースのように彼女の前に突然現われ、たちはだかっていた。 「ただ今外出しております」と彼女は雑誌をあわてて閉して言った。「あと三十分ばかりで戻る と申しておりましたが」 ちゅうちょ 「待つよ」と一瞬の躊躇もなく男は言った。そんなことははしめからわかっているといった感 彼女は相手の名前を訊こうかと迷ったが、やめて男を応接間に通した。男はスカイプルーのソ ファーに腰を下ろし、足を組み、正面の壁の電気時計に目をやったまま静止した。余計な動作は 何ひとつなかった。あとで麦茶を持っていった時も、彼はその姿勢のままびくりとも動かなかっ 「君がいま座っているのとちょうど同し場所だよ」と相棒は言った。「そこに座ったまま、まる まる三十分同じ姿勢で時計を眺めていたんだ」 僕は自分の座っているソファーのへこみを眺め、それから壁の電気時計を見上げた。それから もう一度相棒を見た。 九月の後半にしては異常なほどの外の暑さにもかかわらす、男は実にきちんとした身なりをし