カープ - みる会図書館


検索対象: 羊をめぐる冒険 下
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1. 羊をめぐる冒険 下

122 いだ。彼らは信し難いスピードで東へと向っていた。中国大陸から日本海を越えて北海道を横〔 り、オホーックへと抜ける重い雲だ。次から次へとやってきては去っていくそんな雲の群れ + しっと眺めていると、我々の立っている足場の不確かさは耐えがたいものになってきた。彼ら」 気まぐれな一吹きで岩壁に貼りついたこのもろいカープもろとも我々を虚無の谷底にひきすり〈 ろすことだってできるのだ。 「急ごう」と言って僕は重いリュックをかついだ。雨だかみぞれだかが降り出す前に、屋根の + る場所に一歩でも近づいておきたかった。こんな寒々しい場所ですぶ濡れになりたくはない。 我々は急ぎ足で〈嫌なカープ〉を通り抜けた。管理人が一一一口うとおり、そのカープにはたしか」 不吉なところがあった。ます体が漠然とした不吉さを感し取り、その漠然とした不吉さが頭のい こかを叩いて警告を発していた。川を渡っている時に急に温度の違う淀みに足をつつこんでー まったよ、つな感しだった。 その五百メートルばかりを通り過ぎるあいだに、地面を踏みしめる靴音が何度か変化した。 のようにくねくねとした湧水の流れが幾筋か地面を横切っていた。 我々はカープを通り抜けてしまったあとも少しでもそこから遠ざかるためにペースを緩めす 歩きつづけた。そして三十分ばかり歩いて崖の傾斜がなだらかになり僅かながらも木々の姿が え始めたところで、やっと一息ついて肩の力を抜いた。 そこまで来てしまえは、あとの道にはたいした問題はなかった。道は平坦になり、まわりのし

2. 羊をめぐる冒険 下

業には道路がそれほどっているとは隸えなかった。どちらかといえば固く乾いているよ、つに 見、疋た。 「中が湿ってるんだ」と彼は説明した。「それでみんなだまされるのさ。ここらはわ、ちょっと 変った場所なんだよ」 「変った ? 」 彼はそれには答えすに上着のポケットから煙草を出してマッチを擦った。「まあ少し歩いてみ ようや」 我々は次のカープまで二百メートルばかり歩いた。体にまつわりつく嫌な寒気がした。僕は ウインド・プレーカーのジッヾ ーを首まであげて襟を立てた。それでも寒気は消えなかった。 カープの曲りばなで管理人は立ち止まり、ロの端に煙草をくわえたまま、しっと右手の崖を睨 んだ。崖のまんなかあたりから水が湧き出し、それは下におりて小さな流れとなり、道路をゆっ くりと横切っていた。水は粘土を含んで薄茶色に濁っていた。崖の湿った部分を指でなぞってみ 冒ると、岩はみかけよりすっともろく、表面がばろばろと崩れた。 「これはすごく嫌なカープなんだ」と管理人は言った。 め を「地面ももろい。でもそれだけしゃねえんだ。なにかこう、不士ロなんだよ。羊でさえここではい つも法えるんだ」 管理人はしばらく咳きこんでから煙草を地面に捨てた。「悪いけど無理したくないんでね」 おび にら

3. 羊をめぐる冒険 下

僕は来た時と同しように草原のまん中を横切った。足もとで雪がざくざくと音を立てた。足あ とひとつない草原は銀色の火口湖のように見えた。振り返ると僕の足あとが一列に家まで続いて いた。足あとは意外なはど曲っている。まっすぐ歩くのは簡単なことではないのだ。 遠くに離れてみると、家はまるで生きもののように見えた。家が窮屈そうに体をよしると、駒 険 冒形屋根から雪がふるい落とされた。雪のかたまりが音をたてて屋根の傾斜をすべり、地面に落ち て砕けた。 め を 僕は歩きつづけ、草原を横切った。そして長い長い白樺林を抜け、橋をわたり、円錐形の山に 羊 沿ってぐるりとまわって、嫌なカープに出た。 カープにつもった雪はうまい具合に凍りついてはいなかった。しかしどれだけしつかりと雪を 戻してから、鏡の前に立って僕自身に最後のあいさつをした。 「、フまくいくといいわと僕は言った。 「うまくいくといいね」と相手は言った。

4. 羊をめぐる冒険 下

9 鏡に映るもの・鏡に映らないもの 9 そして時は過ぎて行く 闇の中に住む人々 秬時計のねじをまく鼠 緑のコードと赤いコード・凍えたかもめ 不吉なカープ再訪 十ニ時のお茶の会 エピローグ 一巷 一九七

5. 羊をめぐる冒険 下

げとげしさも薄らぎ、次第に穏やかな高原の風景へと移行していった。島の姿も見えるように よっこ。 それから三十分ばかりで我々はその奇妙な円錐形の山を完全に離れ、テープルのようにのつべ 巨大な火山の上半分が りとした広い台地に出た。台地はまわりを切り立った山に囲まれていた。 すつはりと陥没してしまったような感しだった。紅葉した白樺の樹海がどこまでも続いていた。 白樺のあいだには鮮やかな色あいの灌木ややわらかな下草が茂り、ところどころに風に倒された 白樺が茶色くなって朽ち果てていた。 「良さそうなところね」と彼女は言った。 あのカープを通りぬけてきたあとでは、たしかにそこは良さそうな場所に見えた。 一本のまっすぐな道が白樺の樹海を貫いていた。ジープがやっと通れるくらいの道で、頭が痛 くなりそうなほどまっすぐだった。カープもなければ、急な坂もない。前を見ると、何もかもが Ⅲ一点に吸い込まれていた。黒い雲がその点の上空を流れていた。 黒いむつくりとした鳥 冒おそろしく静かだった。風の音さえ広大な林の中に呑み込まれていた。 が時折赤い舌を出してあたりの空気を鋭く裂いたが、鳥がどこかに消えてしまうと、沈黙がやわ め を らかなゼリーのようにそのすきまを埋めた。道を埋めつくした落葉は二日前の雨を吸い込んだま 羊 ましっとりと湿っていた。島のほかに沈黙を破るものは何もなかった。どこまでも白樺の林がっ づき、どこまでもまっすぐな道がつづいていた。ついさっきまでは我々をあれほど圧迫していた

6. 羊をめぐる冒険 下

118 谷から吹き上げる重い風が右手のスロープに茂る緑の草を下から撫であげていった。車の窓ガ ラスに細かい砂があたってばちばちと立日を立てた。 いくつかのきわどいカープを抜け、車が円錐形の上に近づくにつれて右手のスロープは険しい 岩山へと姿を変え、やがて垂直な岩の壁に変った。そして我々はのつべりとした巨大な壁に刻ま れた狭いはりだしに辛うじてしがみついているような格好になった。 天候は急速に崩れつつあった。青が僅かにまじった淡い灰色はそのエ女定な微妙さに倦んだか のようにくすんだ灰色へと変り、そこに煤のような不均一な黒が流れ込んでいった。まわりの山 山もそれにつれて陰鬱な影に暗く染められていった。 風がすりばち形になった部分で渦を巻き、舌をまるめて息を吐くような嫌な音を立てていた。 僕は手の甲で額の汗を拭った。セーターの中でも冷たい汗が流れていた。 管理人は唇をしつかりと結んだまま右へ右へと大きなカープを切りつづけた。そして何かを聞 きとろうとするかのような顔つきで前かがみになったまま少しすっ車のスピードを緩め、ほんの 僅か道が広くなったところでプレーキ・ペダルを踏んだ。エンジンが停まると、我々は凍りつく ほう、」う ような沈黙の中に放り出された。風の音だけが大地を彷徨していた。 管理人はハンドルの上に両手を載せたまま長いあいだ黙り込んでいた。それからジープを降 作業靴の底で地面をとんとんと叩いこ。 僕も車を下りてそのわきに立ち、路面を眺めた。 「やはり駄目だね」と管理人は言った。「俺が考えてたよりすっと強く降ってるよ」 かろ わず すす ゆる

7. 羊をめぐる冒険 下

目次 第七章いるかホテルの冒険 映画館で移動が完成される。いるかホテルへ 2 羊博士登場 3 羊博士おおいに食べ、おおいに語る 4 さらばいるかホテル 第八章羊をめぐる冒険Ⅲ 十ニ滝町の誕生と発展と転落 2 十ニ滝町の更なる転落と羊たち 3 十ニ滝町の夜 4 不吉なカープを回る 5 彼女は山を去ゑそしておそう空腹感 6 ガレージの中でみつけたもの 草原のまんなかで考えたこと 7 羊男来る 8 風の特殊なとおり道 きた 六九

8. 羊をめぐる冒険 下

険 冒鳥が鳴いていた。 太陽の光がプラインドのすきまから縞模様になってべッドに降っていた。床に落ちた腕時計は め を 七時三十五分を指していた。毛布とシャツはバケッいつばいぶんの水をこばしたくらいぐっしょ 羊 りと濡れていた。 頭はまだばんやりとくすんでいたが、熱は去っていた。窓の外は一面の雪景色だった。新しい ドが緑のコードご 「戦争について何か聞いたかい ? , と羊男が訊わた。 べニー・グッドマン・オーケストラが「エアメイル・スペシャルーを演奏しはしめた。チャー ・クリスチャンが長いソロを取った。彼はクリーム色のソフト帽をかぶっていた。それが僕 の覚えている最後のイメージだった。 不吉なカープ再訪

9. 羊をめぐる冒険 下

214 踏みしめても、奈落の底にひきすりこまれてしまうようなあの嫌な気分から逃れることはできな かった。僕はほろばろと崩れる崖にしがみつくようにしてそのカープを歩ききった。わきの下が 汗でぐっしよりと濡れた。まるで子供の頃に見た悪夢のようだ。 右手に平野が見えた。平野もまた雪に覆われていた。そのまんなかを十一一滝川が眩く輝きなが ら流れていた。汽笛が遠くに聞こえたような気がした。素晴しい天気だった。 僕は一息ついてからリュックを背負い、なだらかな下り道を歩いた。次の角をまがったところ に見覚えのない新しいジープが停まっていた。ジープの前ーー こまあの黒服の秘書が立っていた。 「待ってた」と黒服の男は言った。「といっても一一十分ばかりだけどね」 「なぜわかったんですか ? 「場所のことかい ? それとも時間のこと ? 」 十ニ時のお茶の会 まばゅ

10. 羊をめぐる冒険 下

142 見たこともない種類の鳥の群れがクリスマス・ツリーの飾りつけみたいに玄関の前の椎の木に しがみついてさえすっていた。朝の光の中で、あらゆるものがしっとりと濡れて輝いていた。 僕はなっかしい型の手動式のトースターでパンを焼き、フライバンにバターを敷いて目玉焼き を作り、冷蔵庫にあった葡萄ジュースを二杯飲んだ。彼女がいないのは寂しかったが、寂しいと 感じることができるというだけで少し救われたような気がした。寂しさというのは悪くない感 情だった。小島が飛び去ってしまったあとのしんとした椎の木みたいだった。 の不吉なカープを曲って一人で山を下りていくガール・フレンドのイメージがしばらくそこにか さなり、それが消えてしまうと今度は羊の群とその写真を撮っている鼠の姿が現われた。しかし 月が雲に隠れ再び現われた時にはそれも消えていた。 僕はスタンドの灯りで「シャーロック・ホームズの冒険」を読んだ。 6 ガレージの中でみつけたもの 草原のまんなかで考えたこと