こまでが羊の影なのか、それさえもわからないんだ 「あなたがさっきおっしやった打つべき手というのはどんなことなのですか ? 羊博士は首を振った。「私は君にそれを一一一一口うつもりはない」 再び沈黙が部屋を私 0 た。窓の外では激しい雨が降り始めていた。札幌に来て最初の雨だ一 「最後にその写真の土地の場所を教えて下さい」と僕は言った。 「私が九年間暮していた牧場だよ。そこで羊を飼っていた。戦後すぐに米軍に接収され、返遠 , れた時にある金持に牧場つきの別荘地として売った。今でも同し持ち主のはずだ」 「今でも羊を飼っているんですか ? 「わからん。しかしその写真を見るとどうやら今でも飼っているらしいな。ともかく人里離れ ~ 士戸で、見渡す限り人家もない。冬には交通も途絶える。持ち主が使うのは年に一「三カ月く、 . いのものだろう。静かで良いところだがね」 「使われていない時は誰かが管理しているんですか ? 「冬場はたぶん誰もいないだろう。私をのぞけば、あんなところで一冬過したがる人間はまず、 ないからわ。羊の世話は金を払ってふもとにある町営の緬羊飼育場に委託すればいいんだ。屋 の雪は自然に地面に落ちるように設計してあるし、盗難の心配もない。あんな山の中で何かを宀 んでも町に辿りつくまでが大変だよ。なにしろおそろしい量の雪が降るからな」
が、なにしろ交通の便が悪いものですから、そのうちに誰も来なくなって空家同然ですね。だか ら町に貸与してもらっています。本当は買い取って観光牧場にでもすれはいいんでしようが、貧 乏な町ではどうしようもないですわ。ます道路整備が必要ですしね」 「貸与 ? 」 「夏には町の緬羊牧場のものが五十頭はかり羊を連れて山に上ります。牧場としてはなかなか良 い牧場ですし、町営の牧草地だけでは草が足りないものですから。それで九月の後半になって天 候が崩れ始めるとまた羊をつれて帰ってくるんです」 「その羊のいる時期はわかりますか ? 」 「年によって若干の移動はありますが、五月の始めから九月半ばというところですね」 「羊を連れていく人間は何人ですか ? 」 「一人です。この十年ばかり同じ人間がそれをつづけてやっています」 Ⅲ「その人に会ってみたいですね」 冒職員は町営の緬羊飼育場に電話をかけてくれた。 る 「今からいらっしゃれば会えますよ」と彼は言った。「車で送りましよう」 を僕は始めのうちは断ったが、よく聞いてみると車で送ってもらう以外に飼育場に行く方法はな 羊 かった。町にはタクシーもレンタ・カーもなく、歩けば一時間半かかった。 職員の運転してくれる軽自動車は旅館の前を通りすぎて西に向った。そして長いコンクリート
「きちんとしたロ髭とあとは無精髭だよ」 僕は髭をのばした鼠の顔を想像してみたが、うまくいかなかった。 羊博士は牧場の細かい地図を描いてくれた。旭川の近くで支線に乗りかえ、三時間ばかり行 0 たところにふもとの町があった。その町から牧場までは車で三時間かかった 「どうもいろいろとありがと、つございました」と僕は言った。 「本当のことを言えばあの羊にはこれ以上関らん方が良いと私は思う。私がその良い例だ。あの 羊に関って幸福になれた人間は誰もいない。何故なら羊の存在の前では一個の人間の価値観など 何の力も持ち得ないからだ。しかしまあ、君にもいろいろと事情があるんだろう」 「そのとおりです」 「気をつけてな」と羊博士は言った。「それから食器をドアの前に出しておいてくれ」
囲しくきちんとした建物だった。 僕は町役場の畜産課の窓口で二年ばかり前フリーライターのまねごとをしていた時に使ってい た雑誌名入りの名刺を出して、緬羊飼育についてうかがいたいのですが、と切り出した。女性週 刊誌で緬羊の取材をするというのも妙な話だったが、相手はすぐに納得して中に通してくれた。 「町には現在一一百頭あまりの緬羊がおりまして、全部サフォークです。つまり食肉用ですわ。肉 は付近の旅館や飲食店に出荷されていまして、非常に好評です」 僕は手帳をひつばり出して適当にメモを取った。おそらく彼はこれから何週間かこの女性週刊 誌を買いつつけることだろう。そう思うと心が暗くなった。 「料理か何かのことで ? 」ひとしきり緬羊飼育の状況を話してくれたあとで相手が訊ねた。 「それもあります」と僕は言った。「しかしどちらかといえば羊の全体像を捉えるのが我々の テーマです」 「全体像 ? 「つまり性格や生態、そんなものです」 「はう」と相手は言った。 僕は手帳を閉して、出された茶を飲んだ。「山の上に古い牧場があると聞いたんですが ? 「ええ、ありますよ。戦前まではちゃんとした牧場だったんですが、戦後米軍に接収されまして ね、今は使われてませんよ。返還後十年ばかりはどこかのお金持が別荘として使っていたんです
自分たちに親切にしてくれるのか、さつばりわけがわからなかった。多くの人々は、これまで いん苦労したんだから、まあたまには良いこともあるのさと考えた。 もちろん政府は親切心から農民に羊を与えたわけではない。来るべき大陸進出に備えて防寒 羊毛の自給を目指す軍部が政府をつつき、政府が農商務省に緬羊飼育拡大を命じ、農商務省が 庁にそれを押しつけたというだけの話である。日露戦争は迫りつつあったのだ。 村で緬羊にもっとも興味を持ったのは例のアイヌ青年であった。彼は道庁の役人について緬平 の飼育法を習い、牧場の責任者となった。彼がどうしてそのように羊に興味を持つようにな買 のかはよくわからない。たぶん人口増加に伴って急激に入り組み始めてきた村の集団生活に、 2 く馴染めなかったのだろう。 牧場に来たのはサウスダウン羊三十六頭とシュロップシャー羊一一十一頭、それにポーダー ー大が二匹だった。アイヌ青年はすぐに有能な羊飼いとなり、羊と大は毎年増えつづけた。 は羊と大を心から愛するようになった。役人は満足した。仔大たちは優良牧羊大として各地の」 場に引き取られていった。 日露戦争が始まると村からは五人の青年が徴兵され、中国大陸の前線に送られた。彼らは五ー とも同し部隊に入れられたが、小さな丘の争奪戦の際に敵の榴弾が部隊の右側面で破裂し、二ー が死に、一人が左腕を失った。戦闘は三日後に終り、残りの一一人がばらばらになった同郷の戦 者の骨を拾い集めた。彼らはみな第一期と第一一期の入殖者たちの息子だった。戦死者の一人は
106 管理人との交渉は金を払ったことで実にスムーズに運んだ。管理人は明くる朝の八時に我々 + 旅館に迎えに来て、山の上の牧場まで送ってくれることになった。 「ま、羊の消毒は午後からで間に合うだろう」と管理人は言った。実にきつばりとしていて現亠 になって来るのかはわからんけど、まあそれは持ち主の勝手で、あたしらのロ出すことしゃな」 もんな。誰にも言わんでくれということだから事情でもあるんだろうよ。とにかくそれからす と上にいるよ。食料品や石油なんかは俺がこっそり買って、ジープで少しすっ届けてるんだ。 れだけストックがありや、あと一年は持つわ」 「その男は僕と同じくらいの年で、ひげをはやしてませんか」 「うん」と管理人は言った。「そのとおりだ」 「やれやれ」と僕は言った。写真を見せるまでもない。 3 十ニ滝町の夜
本省資料室に配属にな「た。資料の目録を作「たり、書棚の整理をしたりするような仕事であ ちゅうすう る。要するに彼は東亜の農政の中枢から追放されたのだ。 一九 = 一七年、羊博士は農林省を辞し、かって彼がその中心を担っていた、日満蒙緬羊三百万頭 増殖計画を利用して農林省の民間貸付金を受け、北海道に渡「て羊飼いとな「た。羊五十六頭。 「羊は私の中から去ってしまった」と当時の羊博士は親しい友人に言った。「しかし、それはか っては私の中にいたのだ」と。 1939 年、羊博士結婚。羊一一一八頭。 1 ワ 3 年、長男誕生。 ( 現在のいるかホテル支配人 ) 羊一八一頭。 1946 年、羊博士の緬羊牧場、米占領軍の演習場として接収される。羊六一一頭。 1947 年、北海道緬羊協会勤務。
札幌から旭川に向かう早朝の列車の中で、僕はビールを飲みながら「十一一滝町の歴史」とい ) 箱入りのぶ厚い本を読んだ。十一一滝町というのは羊博士の牧場のある町である。たいして役に」 著者は昭和十五年・十一一滝町生まれ、 立たないかもしれないが、べつに読んでおいて損はない。 北海道大学文学部を卒業後郷土史家として活躍、とある。活躍しているわりには著書はこの一 だけだった。発行は昭和四十五年五月、もちろん初版である。 冒 る 本によれば、現在の十一一滝町のある土地に最初の開拓民が乗り込んできたのは明治十三年 2 わず を夏であった。彼らは総勢十八名、全員が貧しい津軽の小作農で、財産といえば僅かな農具と亠 羊 ・夜具、それに鍋釜・包丁くらいのものだった。 彼らは札幌の近くにあったアイヌ部落に立ち寄り、なけなしの金をはたいてアイヌの青年を 十ニ滝町の誕生と発展と転落
「我々は氷河時代に巡り会うべきじゃなかったかしら」と札幌に向うバスの中で彼女は言った。 「あなたがマンモスを獲り、私が子供を育てる」 「素敵みたいだな」と僕は言った。 それから彼女は眠り、僕はバスの窓から道路の両側に延々とつづく深い森を眺めていた。 我々は札幌に着くと喫茶店に入ってコーヒーを飲んだ。 「ます基本方針を決めよう」と僕は言った。「手わけしてあたるんだ。つまり僕は写真の風景・ あたってみる。君は羊についてあたってみる。これで時間が節約できる」 「合理的みたいね」 「うまくいけばね」と僕は言った。「とにかく君には北海道にある主だった羊牧場の分布と羊 ( 種類を調べてほしいんだ。図書館か道庁に行けばわかると思う」 冒「図書館は好きよ」と彼女は言った。 の 「良かった」と僕。 ホ 「今からかかるの ? る僕は時計を見た。三時半だった。 「いや、もう遅いから明日にしよう。今日はのんびりして亠 ら泊まる場所を決め、食事をして風呂に入って寝る」 「映画が観たいな」と彼女は言った。
% 「昨日も言ったように、我々は手わけして行動するんだ」と言って僕は羊の写真のコピーを彼女 に渡した。「僕はこの写真の北旦示に写っている山をてがかりに場所を探してみる。君は羊を飼っ ている牧場を中心に探してほしい。やり方はわかるね ? どんな小さなヒントでもいいんだ。盲 滅法に北海道をうろっきまわるよりはまだましだからね」 「大丈夫よ、まかせておいて」 「しゃあ夕方ホテルの部屋で会おう」 「あまり心配しちゃ駄目よ」と彼女は言ってサングラスをかけた。「きっと簡単にみつかるか 「だとししー 、、ナれどね」と僕は言った。 しかしもちろん物事は簡単には運ばなかった。僕は道庁の観光課に行き、様々な観光案内所と 観光会社を巡り、登山協会を訊ね、およそ観光と山に縁がありそうな場所は全部まわった。しか し誰一人として写真に写った山に見覚えのあるものはなかった。 「とても平凡な形をした山だしね」と彼らは言った。「それに写真に写っているのはそのまた一 部ときてるからさ」 僕が丸一日歩きまわって得た結論といえばただそれだけだった。つまりよほど特徴のある山で ら」