第 11 章失敗恐物 のばして , 他人との比較に耐えられるようにすることにあるのだと , まるで呪術 にでもかかったように信じこんでしまったら , その人はいつもいつも不安におび え自分は・価値のない ' 存在ではないかと悩んでしまうだろう。そして , 行動は いつも他人志向型となり , たった一度しかない人生で , 自分の本当にやりたい とからそれてしまうだろう。さらに , 。私は他人と同じかあるいは他人よりも優 れている場合のみ , 自己を認めかっ安心するのだ ' などという , 結局自分を救い がたいところへ追いこんでしまうような考えをもってしまうのである。 6 ・もしも人が , 異常なほど成功にこだわって失敗することを恐れていたなら ば , 機会があってもやってみようとせず , 失敗することやまちがうことを恐れ , 自分が本当にやりたいことさえできなくなってしまうだろう。成功して人目に立 つことにこだわると , 自己の選択の幅を極端なまでに狭めてしまうのである。す なわち , ( a ) 失敗して抑うつ状態に陥るか , ( b ) 失敗を恐れて何もせず , 自己嫌悪に 陥ってしまうかのいずれかの選択しか自分に許さないのである。とても現実的と はいえない高い水準の望みをもてば , 失敗がいずれ現実のものとなるばかりでな く , 失敗の恐怖にさいなまれることも必然的な過程なのである。そして失敗の恐 怖は往々にして失敗そのものよりも有害なのである。 不能症 失敗そのものよりも有害な失敗の恐怖の実例は , 不能症あるいは不感症の問題 となって悲惨な形であらわれる。われわれが他の本 ( 『愛の方法と愛の科学』『創 造的結婚生活』『感覚的人間』など ) に示しておいたように , 人はまず性の領域 でしくじるのである。その原因は , 疲労 , 病気 , 性とは関係のない問題について の悩み , セックスのパートナーに対して魅力をもてないこと , 妊娠の恐れなどで ある。そして , 自分には力がないのだと思いはじめ , あの時うまくいかなかった のだから , ・私はぎっと能力が根本的に足りないのだから , これからもきっと失 敗の連続になることは目に見えている ' と思いこんでしまうのである。 セックスがうまくいかなかったもともとの原因が何であれ , また失敗するので はないかと恐れるがゆえに , そのあと何回も失敗してしまうのである。・あっ なんてことだ。この間もうまくやれなかった。どうせまた失敗のくり返しだろ う。私が幾度やってもだめなのが相手に分かってしまったら , なんとおそまし 152
第 15 章不安 になったとか , 自分の身に起りうるすべての厄災は , 現実に起ってみれば , くよと考えて思いえがいていたことよりそれほどには恐ろしくないものだ。悲惨 くよ 213 なるだろう。あまりひどい苦痛が続くと , たいていの人は , 生きているよりむし 4. くよくよと心配ばかりしているとかえって本当に苦しい事態を招くことに いことではなくなるだろう。 ることができるだろう。それができれば , なにごとも恐ろしい , 恐い , おぞまし 存在するものはまぎれもなく存在しているという , この明らかな事実を受けいれ を創造するのをやめるならば , たとえそれがどんなに不快で不都合であっても , んでいるに他ならない。現実を受けいれて , 愚かしい頭で宇宙の不変の法則など 恐ろしい , と述べたてる人がいれば , それは不可能なことを恥し気もなく信じこ 事象が広く存在してはならない , そのうえ ( b ) まさにその事象が目前にあることが なら , 要素 A と要素 C とはけっして両立しないだろう。したがって , ( a ) そのような ると思う⑧のような事象は存在してはならない◎ , という宇宙の法則があるの 部分については , 必ずしもそうではないと思う。実際 , 自分がきわめて不快であ うが , 不快に感じるがゆえにそんなことがあってはならないと考えてしまう (b) の 存在と意識されるのである。 ( a ) の部分については容易に理解していただけると思 あるから , ( b ) その不快さのゆえに , 絶対にあるべきではない , あってはならない 加えて , 恐ろしいことというのは , ( a ) きわめて不快な気持にさせられることで のである。 際に存在していないのは明らかである。恐怖を生む心にだけその事実がみえない たということの内包と外延をはるかに超えた意味を含んでいる。そんなものは実 めてみれば , それは単なる不幸よりはるかに深い内容をもち , 不利益をこうむっ ものでもなければ極端な不利益を意味するものでもない。自分の感情を正直に眺 げられた空想的な悪魔によって生じているのである。恐怖とは , 不幸な事実その は , 定義することも確認することもできず , 頭のなかの愚かな想像によって作りあ といったようなことが現実のこととなるのは稀である。恐怖や恐れやおじけなど 語に絶する苦痛を味わったり , 多数の人が苦しんだり死んだりするのを目撃する われわれが生きることは , 無数の不快を味わうことに他ならない。しかし , るのではなく , それについて誇張した考えを抱くことに由来している。 な事態に関しても , 最も悪い事態が生ずるのは , そのものに固有な苦痛から生じ
第 19 章受動的な生き方 277 「もしあなたが牡蠣を食べたことがあるなら , その時と同じことなのですよ。 まず , 牡蠣はけっして恐ろしいもの , 死ぬようなものではないと自分に納得させ るわけです。つぎに , 実際にそれを食べても , 何も悪い結果が起らないことが 証明されるまで , たびたび牡蠣を食べてみることです。あるいは , 牡蠣はけっし て好ぎじゃないけれど , それを食べることを想像するだけで身の毛がよだっとい うようなものではない , と証明できればそれでもよいのです」 「じゃあ私は , 彼女にキスしてもなにも恐ろしいことはないんだと自分にいい きかせて , 何回も何回もキスしてみればいいんですね」 「そうです。異性と触れあうのはなにも恐いことではないんだ , と自分を説得 していくこの第 1 段階 , 具体的にいうと女性とキスをしたってなんともないとい う事実を観察するための実践ですね , これを幾度やってもけっして恐ろしいこと など起らないのです。ところがタミーとキスをする機会があるのにいつもそれを 逃がしていると , それは現実問題として , ' もしも彼女とキスをしたらなにかひ どいことになりそうだ ' という自分の恐れの気持を強化することになるのです。 あるいはいい方をかえると , あなたのものぐさが災いして・タミーとキスするの を恐れるのは , 理論的にはたしかにナンセンスだ。しかしこれを実行するとなる と , どうしても私にはできない。いや , こればかりはとてもだめだ ' とあくまで もいいはっています。そうやってむずかしいむずかしいといいつづけることによ って前の習慣をやめるのはいっそうむずかしくなるのですよ」 「つまり先生の考えでは , 私が自分の愚かしい恐怖にとらわれないようにする には , 行動でもって女性恐怖を打ちゃぶっていったほうがよいということでしょ うか ? そういってよろしいですか ? 」 「まったくそのとおりです」 気持に逆らう 「でも , 前にいったようなわけで , 私はどうしてもキスをする気になれないの ですよ。もしもですよ , 私が自分の根っからの趣味に反してキスをしたと考えて みてください。それは私にとっては不愉快きわまりない経験をするわけですか ら , 女性に対する興味を増すどころか , よけいいやになるだけではないでしよう
226 発する可能性はあるけれども , それが今にも勃発しそうであるのかどうか。もし 起ったとしたら , 不具になったり殺されたりする確率はどのくらいあるか。もし 戦争で死ぬとしたら , それは 10 年か 20 年先にべッドのうえで平穏に死ぬのにくら べて , 本当にそれほど悲惨なことであるのかどうか。 4. 不安にうちかっていくためには , 言葉だけでなく , 行動にも訴えて不安を 弱めていかなくてはならない。まず , 不安は自分の心が語った内的文章によって 自分が作りあげたものに他ならないことを理解し , それを問題として検討し抵抗 していかねばならない。また自分が意味もなく恐れている行動をあえて実行し , この恐れに抵抗して , ( すばやく , 活発に / ) その行動をくり返し行なっていか ねばならない。 以上のとおりであるから , もしバスに乗るのを避けているというなら , その過 剰な心配は , 実は自分が否定的な考えを自分に吹きこんでいるがゆえであること を理解するのである。すなわち , バスは危険がいつばいである , / くスに乗ると何 か恐ろしいことが起るかもしれない , 何か恐ろしいことが起ったら自分は耐えら れないだろう , などと自分に語ったからなのである。したがって , つぎにはバス はこのうえなく安全であり , ノくスに乗って怪我をする人はきわめて稀であり , 何 かあったとしても処置の方法はあるのだ , と自分に示してこの愚かしい考えを否 定することだ。なるべくなら幾度もバスに乗るよう努め , バスのなかで / くスにつ いての健全な考え方を自分のものとするよう努めることである。自分で作りだし てしまった不安を否定する一方で , 意味もなく避けていた行動をあえて行なって いくほどに , 本来あるはずのない恐怖もまた , それたけ早く消減していくだろ 5. 不安の多くは , 人前での失敗や他人を敵にまわすことや愛を失うことなど への恐れに関係している。自分には実在の恐怖とみえるものの背後に , 他人に非 難されはすまいかという恐れがあるかどうか疑ってみることた。そして , 他人の 非難がもたらすものはせいぜい不利益ぐらいのものでしかなく , ・恐怖 ' を感じる 自分の恐れの気持と強力に持続的 それを悪化させるものであることを自覚すること。もし不愉快なことが起ったら 6. 与えられた状況について思いわずらうことは , 事態を改善するよりむしろ に闘っていくことだ。 のは自分の妄想にすぎないことを自分に教え ,
第 15 章不安 221 不安に陥ったのです。ひとたび不安に陥ると , 不安にうちかとうと熱心に努力で きなくなり , もうこれはどうしようもないのだと自分にいう他なくなるのです。 そうすると今度は , 何もできないという無力感が不安を増幅していきます。ひど い悪循環です」 「まったくそのとおりだと思います。私は父や最初の夫を恐れていました。そ れはたしかにそうなのですが , 本当は私を , 私の弱さを恐れていたのです。そし て今もって不安から脱けでられないこと , 未だ自分が弱い存在であることに恐れ を抱いているのです。もう夫や娘たちが私を虐待することなどけっしてないとい うのに , もしもそうなったら , 私にはそれに対応する能力がないからと恐れてい るのです。私はたいていの場合 , 私を破減状態にさせてしまう自分の無能さに未 だ恐れを抱くのです。不安を感じる自分を恐れているのです」 「それでだいたい正確だと思います。では観察をもう一歩進めてみましよう。 実際にあなたの恐怖はたいへん大きく , その恐怖のゆえに行動がたいへんぎこち なくなり , はては昔ながらのあなたの例の仮説に行きつくのです。つまり , 自分 はこんなに弱々しく無能な人間だから , 誰だって私を愛してくれるはずがない。 娘たちたって今の夫だってきっとそうに違いない , と」 「実は私の心にははじめから愛への強い欲求と , 自分は価値のない人間だから この気持が満たされることはないのではないか , という不安とが同時に存在して いました。その不安のせいで私の行動はいつもとてもぎこちないものでした。自 分の行動のぎこちなさに気づいた時 , 私は自分にこういったのです。私が何の価 値もない人間だからこんな行動しかできないのだ。そうやって自分の値うちのな さを二重に証明して , 今度だってこの愛が報われることなどあるまいとさらに恐 れをつのらせたのです。そうです , それのくり返しでした」 「そのとおりだと思います。ではさらにもう一歩進めてみましよう。あなたは いつまでたっても弱々しい自分 , そのくせ愛情に対するはげしい欲求をもつ自分 を憎んでいます。それに , 今のご主人や娘さんたちが , あなたが要求するほどの 反応であなたの愛情欲求を満たしてはくれず , また過去にあなたに加えられた怒 りや暴力を償って忘れさせてくれないといって , かれらに憤慨しています。その 憤慨もなかなかはげしいものですから , あなたの心はしだいに乱れてしまうので
第 11 章失敗恐怖 153 に達して快い状態にあったようだとあなたはいわれましたね。そうでしょ 「ええ , でも私のほうはそうでもないわけです。私の満足はどうなります ? 」 「ちょっと待ってください。すぐに話はあなたのことになりますから。いずれ にせよ , あなたの不能についての恐れというのは , あなたが性行為に際して十分 な満足を得られないことに関係しているとあなたは理解されていますね。それは よろしいですか ? 」 「ええ , だいたいそうです。私はジャニーに不能だなんて思われたくないんで す。それなのに / 私だって , 自分のことを不能だなんて思いたくないのです」 「まあまあ。もう少し考えてみましよう。あなたのほうが満足を得られないと いって嘆いているだけでなく , もう少し考えようがありそうですよ。あなたの説 明によれば , セックスの喜びも満足もすっかり失くしてしまった。これはなんと もつらいことだ , ということでしたね。あなたの説明は正しい点もあります。あ るいは経験的に正しいようにみえる , とでもいっておきましようか。なぜならあ なたは実際に満足できなかったのですから。しかし , そうだとしても , あなたの 説明のなかには絶対に間違ったいい方がありました。 ーはきっと私のこ とをホモかなんかと思ったにちがいない。もしかしたら私にはホモを愛好する性 質が潜在しているのではなかろうか。なんとおそましいことか / 私はなんと恐 ろしい状況にあるのだろう ' というところです。あなたはこんなふうに考えてい るのですね ? 」 「そういうことです」 「さて , 今までのところから , この問題に対する解決の方向が明らかに見えて きませんか ? 」 「ええと , こういうことでしようか。まちがった考えをするのをやめて , 正し い考えだけを自分にいい聞かせる一一そういうことでしようか ? 」 「そのとおりです。性の問題でしくじることがなんと恐ろしい , とかおそまし いことだとか , それがやがて同性愛に自分を近づけるなどと考えるのをやめるこ とです。そして真実に即して考えるのです。なるほどあなたは性の喜びを得るこ とに失敗したとはいえるでしよう。でも , あなたは奥さんには十分な満足を与え ることができたのだということに重点を置いて , 自分は失敗したのだという考え
幻 4 ろ死んでしまったほうがましだと考えてしまう。しかし大切なのは , 恐喝や怪我 や死など , もしもそういう本当の危険に出会うことが避けられなかった時 , たとえ どんな場面に遭遇しようとも , 真正面から問題を直視することである。そこから どんな不利益を生じたとしても , それは苦痛に呻吟しながら生きていくよりはず っとよいことである。逃亡し , 隠れ , 強い不安にさいなまれながら生きているく らいなら , 刑務所に入るかあるいは死んたほうがよいことさえあるたろう。 5. 肉体的苦痛や何かきわめて大切なものを失くしたような場合を別にすれ ば , 本当に恐れるようなことが何かあるだろうか。たとえば誰かに嫌われると か , 反対されるということだろうか。仲間はずれにされたり , いやなことをいわ れたりすることだろうか。自分の評判が落ちてしまうことだろうか。いや , けっ してそういうことは恐ろしいことではない。せいぜい不利益を生じるぐらいのこ とである。もっと楽に構えよう。他人から非難されることで , 文字通り飢えたり 刑務所に入ったり , 肉体的危害を受けるのでもないかぎり , 他人の頭のなかでど ういう思いが巡っていようとそれほど思い悩むことはない。他人の反発はつねに 予想されるところであるが , それについてくよくよ考えるのをやめて , つぎの行 動に移ってこそ , はじめてそれに対抗することができるのである。自分でどうし ようもない時は・・・・・・強くなるしかない / カードが配られる時はたいていそうい ったものた。手元のカードが悪いからといって泣きごとをいったり , くよくよし てしまうとゲームはよけいまずいことになる。くよくよ悩まない 第一である。 6. 幼い子供にとっては , いろいろなことがとても恐ろしく見えるものた。そ れはかれらが大人にくらべて自分の人生を変えていく力をほとんどもっていない からである。それにひきかえ , 大人はたとえひどい環境におかれてもそれを変え ていく力をもっているものである。たとえ変えることができない時でも , とり乱 すことなく , 生きていくすべを理論的に学ぶことができる。大人の場合は , たと え恐怖を覚えることがあつも , それを心のなかで拡大 , 再生産することなく , も 恐怖の条件反応 っと違う考え方をすることができるのである。 子供っぽい恐怖をかたくなにもちつづけている事例としては , 、ノエ ン・ポ
276 めになる ' 努力をしようと決心したのだった。彼は , 私 ( A ・丁リス ) が他の医者 たちとは違って常習的同性愛でも直す力をもっているらしい , とどこかで聞いて ここに来たのだった。 最初のうち , ジャックは治療にとても熱心だった。考え方を根本から変えたほ うがよいと自分でも納得した。女性とデイトするように自分をしむけることなど を含んだ ( 論理療法の共通的課程である ) 自宅研修も拒まなかった。ところが第 2 回目の自宅研修にかかろうという時 , つまり今交際している女性といっそう親 密になるという課題の段階で , 突然しりごみしていろいろといいわけをはじめ た。彼はタミーという女性と交際しており , もし彼がキスしようとしたり , 彼女 を愛撫しようとすれば彼女は快く応じたたろう。しかし , 彼はけっしてそうしよ うとはしなかった。 「自分が心からキスしたいとも思わない 7 回目の面接過程で彼はこういった。 のに , キスしたり愛撫したってそれはむたなように思えるんですよ。むたではな いにしても , それはどうも不自然だし , 感情のこもらないものになると思うんで すが」 「そういう態度をしていては , いつまでたってもどうにもなりませんよ。とい うのはね , 何しろあなたは長い間同性愛になじんできたわけたからいったいどう してタミーと ( あるいは他の女性と ) キスすることを心から欲するでしようか ? そのことについていうなら , あの牡蠣にしたって , まず思いきって食べてみて , さらに何回か続けて食べていくうちに本当においしいことが分かる一一一そうなる までは , 誰だってそれほど食べたいとは思わないものですよ」 「でも牡蠣についてなら , いったいそれを好きかどうか知るために , まず試し に食べてみたいと思うことはあると思うんですが」 「そうですね。もしも牡蠣をこわがるなどという愚かしい気持にさえならなけ れば , それが自分の嗜好に合うものかどうか , まず食べてみたいと考えるのがふ つうです。ところがあなたは , 女性に対しては愚かしい恐怖を現実に感じてしま います。この恐柿があるかぎり , あなたは彼女にキスしようと望むはずはないで しようね」 「分かりました。でもどうやってこの恐怖から立ちなおることができるのでし よう ? 」
216 ほど分かっていました。ですから , かれらが怒りはじめたと分かると , たちまち つぎにくる罰の恐怖にとらわれたのは自然のなりゆきでした。私は恐ろしさのあ まり逃げだすか , 早く私を打ってくださいと請うて , 恐怖が早く通りすぎるよう にしたものです」 「分かりました。今の説明はたいへんよく分かります。しかし , あなたはとて も大切な点をひとつ抜かしています」 「何のことでしよう ? 」 「まず , かれらが恐りだすといわれましたね ? そうすると , つぎにかれらが あなたに罰を加えると分かっているから , 自分はすっかりとり乱してしまうので あると。このあとのほうの説明 , つまりかれらがあなたを罰するのが分かってい るという部分については , あまりにも安易に事実を曲げていると思います。たぶ ん , あなたはかれらが怒りだすのを見て , すぐ自分につぎのようにいったのでは ありませんか ? ' まあ , なんてことでしよう。またあれが始まったわ。何もし ていないのに私に向かって腹をたてているわ。なんてひどいんでしよう。こんな ことがあるなんて。こんな理不尽な父 ( あるいは夫 ) が私の父だなんて私はなん と哀れな人間なのでしよう。彼は私にこんな強大な権力をふるって , 一方の私は 身を守るにもこんな無力な存在だなんて / ' かれらが怒りだした時 , およそこう いった類いの言葉を自分にいったのではありませんか ? 」 「はい , そうだったと思います。とくに父の時はそうでした。こんな父親だな んて , なんて恐ろしいことでしよう , とよく自分にいったものでした。それにひ きかえ , 私の親友のミネルヴァ・スキャンランのお父さんはとっても優しい , 楽 天的な人で彼女をどなったりぶったりあるいは罰を与えたりしたことは少しもな いというのに , 私はあんな父親だということをとても恥しく感じました。私の家 庭ときたら本当におぞましいものでしたから , そこで私がどんなめにあっている かミネルヴァだけでなく誰にも知られたくありませんでした」 「最初のご主人の場合はどうだったのです ? 」 「それも同じでした。今度は私は彼のことをたいして恥しいとは思いませんで と結婚したなんて , 私はなんて馬鹿なのでしよう / 家でさんざんこういうめに だして , 私にかかってくるのが分かるといつもこういっていました。 したが , 彼のような人と結婚してしまった自分を恥しいと思いました。彼が怒り こんな人
第 9 章絶望的な不幸感〃 3 事件にかかわって何事かをなそうとする気力はおよそもちえないのではないだろ うか。いや , することがなくはないかもしれない。すなわち , ( a ) 恐ろしいことにつ いてはてしなくくよくよと思い悩むこと。 ( b ) 恐ろしい結果を生じさせてしまった として , 自分をダメな人間であると思いこむ。 ( c ) 別の誰それの友人との関係を維 持していく場合にも気持が混乱していて , 結局何もできないこと。 ( d ) 魔法のよう に , 自分の友をとり戻してくれる誰か , あるいは何か超自然的な功 ' の出現を こい願うこと。 (e) 自分はもう , 望ましい友人関係を首尾よく作ることは不可能に ちがいないと , 愚かしくも思いこむこと。 (f) 自分はもうまるつきりダメだと信 じ , こんな虫けらのような人間は , 他人に受けいれられるには値しない存在であ ることを , 自分に対してしつこく・証明 ' しようとする。 (g) さもなければ , 。恐 怖の神 ' がしつかりと自分をつかんで , 自分の助かるすべはもはやなく , もう いかんともなすすべはなくなったと思いこむか , である。 自己のかかわった経験あるいはその結果を , 恐ろしい , ひどい , ものすごいも のであるとみなすと , それはもう自分のカではいかんともしがたく , こんな恐怖 を作りだして自分を悩ませる宇宙の恐ろしい本質に対して , とるに足りないほど 弱い自分にはまったく対処するすべはない , と思いこんでしまうのである。たと えどんなに不幸で , 望ましくないことであっても , そこにはなお変更し , 対処し ていく可能性が存在するはずである。しかし , 心底から恐ろしいことたと思い んでしまったら , 本来その事実に対してもっている状況変更のカ , あるいはそれ に対処する力を放棄してしまい , 自分が想像して作りあげた恐怖に完全に従属し てしまうことになるだろう。 絶対法則 4. もしも率直に自分に向きあうなら , 実は , 何らかの不満や喪失について思 いめぐらしている時はいつも , それが極度に自分にとって不利であるがゆえに そんなことはあるべきでない , なければならない , ないほうがよい , と内心では 考えているのではなかろうか。それを望ましくないと考えるだけでなく , この世 を支配する力が自分をこんな目にあわせるのは理不尽だと考えているのではなか ろうか。あるいは , そのあまりの不都合さに , こんなこと , こんな成りゆきがあ ってはならないと考えてはいないだろうか。いや , 絶対にあってはならないと考