監修者による序 心理療法には種々さまざまな理論 , 技法があり , また欧米に生れた心理療法の 殆どのものは , すでにわが国に紹介 , 導入ずみと思われるが , 本訳書によってさら に「論理療法」なる , 米国での有力な心理療法の実際が紹介されることになった。 心理療法がかくも多岐にわたるのは , その対象となる人間の心やその病理・病 態のもつ多義性 , 多面性 , 独自性などからくる本質的な問題に加えて , 多数のク ライエントの需要に答えねばならない心理療法の現況からくる実用性や能率性へ の要求にもよるものであろう。それでは当論理療法は既存の心理療法のなかで は , どのような位置づけや特徴をもつのであろうか。本書を一読した限りでの筆 者の感想は次のようなことである。 1. 論理療法の焦点は終始 , 問題の受けとめ方 , 考え方にみられる非論理性の 修正 , 転換におかれている。このためクライエントの当初の非論理的 , 自己破壊 的な構えがしだいに論理的 , 建設的な構えに変化して , 新しい主体的な生き方の 自覚 , 覚醒にいたるまでの過程やその間の技法の展開を客観的 , 論理的にとらえ ることができる。このため論理療法は , 現代の心理療法としての説得法や自己分 析 , 読書療法など臨床的活用性に富む心理療法といえるのではないか。 2. 論理療法は行動療法に近縁性をもっことから , 一見精神分析的心理療法と は無縁のようにみえながら , 精神力動的には防衛分析 , あるいは症状形成に直接 意味をもつ , 個々の自我・性格防衛を支える心の基本的構え , パターンともいう べきものの処理に積極的に活用しうる技法を含んでいるのではないだろうか。論 理療法がクライエントの具体的なことば ( 文章記述 ) の使い方 ( 自己会話 ) の偏 りに顕在化されている思考 , 態度の非理論的独断にもつばら焦点を定めた働きか けによって , クライエントの自覚や洞察を導く技法は , 精神分析療法での自由連 想法の仕方 , あり方や態度・ふるまいの分析によって , 自我防衛の緩解を起こさ せるとする性格分析技法に直結すると思えるからである。 3. 論理療法は主として説得によって直接クライエントの思考やことばのあり 方を論理的に再構成させることで , 行動の変容をめざす点 , きわだって西欧合理
316 うとか , 朝 30 分早く起きるとか , 退屈な人と 1 時間会話するなどです。誰か ( 個人あるいは集団 ) に監視者になってもらって , 自分が決めた罰および楽し い活動を控えることが守られるように援助してもらってもよいでしよう。もち ろんそういう自力による強化を用いていかなくても D I B S をやっていくこと はできます。しかし , D I B s を採用していく場合 , しつかり実践できた時あ るいは怠けた時その直後に報酬か罰を与えていく方法を併用するとさらに効果 的であると思います。 教育的な諸技術を用いる 論理療法は , 医学をモデルにした心理療法あるいは精神力学などよりは , 本来 教育的な要素が強いものである。われわれは , 人間がともすると歪んだ思考に陥 り , 不適切な感情にとらわれ , 自減的な行動にはしるのは無理もないという考え 方に立っている。可能なかぎり教育的な方法を動員して , 別の行動のしかたを強 カかっ執拗に , またダイナミックに指導していくべきであると考えている。 論理療法がとくに強調するのは , 効果的な教育的方法を多彩に用いていくこと である。なかでも読書療法は重要な方法である。来談者たちには論理療法に関す るパンフレットや書物を必ず読んでもらうことにしている。たとえば『神経症者 とっき合うには』 , 本書 , 『人間学的心理療法ーーー論理療法の技術』などである。 面接と面接の間には在宅研修用の課題用紙が与えられ , それに書きいれて提出さ せるようになっている。それは面接にさいして検討され必要に応じて修正される。 面接における問答はカセットレコーダーに録音することを奨励し , つぎの面接ま でにくり返し聞くよう指導する。また論理的な標語を書いたカードも用いるよう に指導する。鏡に貼ったり携帯するようにさせる。論理療法の原理を示すような 表や絵も同時に使用する。論理療法の理論と実践的方法の習得に有効なゲームや 模擬行動なども実施させる。来談者たちが面接期間外に実施できるような研修課 セミナーなどの録音したも 題を与える。論理療法のための会話 , インタヴュ のを与えて , 論理療法の本質をより完全に把握するようにさせる。さらに同様の 目的でヴィデオ・フィルムや映画フィルムも使用する。 上にみたように , われわれは教育的な方法を多数採用している。さらにいえ ば , 心理療法なかんずく論理療法の将来は , 感情教育のいっそうの改善にまっと
第 21 章論理療法引 7 いえると思う。というのは , ・感情に障害をもつ人 ' もそうでない人 ' もともに 自己および世間について論理的に思考することを学ぶのは可能であり , それはま た年齢にもよらないからである。文字どおりゆりかごから墓場まで論理的アフ。ロ ーチは可能なのである。であるから , 究極的にはつぎのようにいっても差支えな いと考える。すなわち感情の教育あるいは緊張解除の訓練が心理療法にとってか わるだろう , と。 研究データを集める 論理療法が創始された頃 , われわれは 1950 年代に存在していた行動療法のごく わずかの研究データによるしかなかった。それはごくささやかなとるに足りぬも のでしかなかった。それ以来今日まで , 今では膨大といってもよいほどの研究デ ータが論理療法の理論と実践の内実をしつかりと作ってきた。私 (A ・エリス ) は 数年前からこれらの資料を収集しており , 将来はこれらを分類整理して , 総合的 な論理療法の研究書として刊行しようと思っている。 われわれの総合的研究の中心のひとつには , 論理療法の理論を支えてきた数百 の研究をまとめたものが置かれるだろう。なかでも , 被験者の考え方や態度 , 意見を賢明かっ率直に変更させるよう導けば , それに伴っておのずと感情や行動 までが きわめてドラマティックに一一一変化するという研究こそ , その中核で あろう。実験心理学 , 社会心理学 , 臨床心理学の各領域で , 著名な心理学者たち が如上の性質を実証するような研究を出版している。たとえば , ジェラルド・ダ ヴィッドソン , ジェローム・フランク , リチャード・ラザラス , O ・ホ / ドナルド・マイヒェンパウム , M ・ C ・モールツビー・シュニア , K マウラー L ・シャーマー , G ・ L ・タフト , ラリ ・イ・ツイングル トレクスラー らである。 論理療法の理論と実践は , 独特の具体的な用語で示すことができるし , われわ れもまた使用する用語には明確な定義を与えるようにしているので , 心理学研究 者がその正否を実験するには格好の素材を提供することになると思う。したがっ て , 理論面および臨床面からさらに多くの研究がひきつづき世にでることと思わ れる。それこそすばらしいことだとわれわれはいいたい。厳密な実験的研究に耐 ええないような理論は結局 , 普及するに値しないからである。われわれは論理療
論理療法について 1 = ロ 國分康孝 論理療法というのは 1955 年頃からアル , く一ト・エリスによって提唱されだした 心理療法のひとつである。精神分析的立場の心理療法と行動療法的な心理療法に 対抗して出現してきた新しいむ理療法のグループがある。いわゆる心理療法にお ける第三勢力といわれるものである。ゲシュタルト療法 , 交流分析 , 現実療法 , 実存分析 , それから論理療法などがそれである。 日本でもここ数年来 , 第三勢力といわれる学派が紹介され , ワークショップな ども持たれつつある。しかし , 論理療法については國分が 1967 年 ( 「愛育心理研 究」井荻児童研究所 , 13 号 ) と 1980 年 ( 「カウンセリングの理論」誠信書房 , 第 9 章 ) に紹介したくらいで , またカウンセリングや心理療法の世界では周知のと ころとはいえない。ところがアメリカの大学のカウンセリング・センターでは近 年 , 論理療法が注目されはじめている。また大学院の「カウンセリング理論」の クラスでも論理療法を講ずるようになった。 論理療法の意義 日本でも論理療法が注目され活用される日が近いと私は思っている。ひとつに はその理論の折衷性である。精神分析 , 行動療法 , 意味論 , 実存主義 , 論理実証 主義 , 来談者中心療法 , ゲシュタルト療法 , サイコドラマなど多様な理論と方法 が集大成されているのが論理療法である。どの理論もオールマイティではない。 限界がある。このことを認識するがゆえに折衷主義というものが提唱されだした のである。そして論理療法は , 私の理解によれば , 折衷主義的色彩がつよい。そ れもモザイク的折衷主義ではなく , 一貫性のあるひとつの理論に統合されている 折衷主義である。 第 2 に , 論理療法は自己分析の色彩のつよい治療法だからである。精神分析も 交流分析もゲシュタルト療法も自己分析の色彩は濃いが , 論理療法もこれらに劣 らず自己分析志向である。ェリスはこれを自己洗脳 (self-indoctrination) とい っている。心理療法やカウンセリングの対象が , 他者の援助を必要とする神経症
11 主義的人間観に立つ心理療法といえよう。したがってこの点では , クライエント 自身によるあるがままの生活・行動体験 ( 森田療法 ) , 深い内省から生れる感動 体験 ( 内観法 ) などを経た新しい生き方の発見 , 体得をめざす東洋的 , 求道的心 理療法とは対極の位置にありながらも , 両者の病理観や治療観に基本的な類似点 をみいだせるのⅸ興味深いことである。論理療法で , 情緒的諸障害の基本問題 が , 思考の非論理的信条や独断にあるとする視点は , 森田療法が「思想の矛盾」 や「とらわれ」を , 内観法が「無明」や「我執」にそれを求める視点と共通して いる。したがってその治療過程も「非論理的 , 独断的思考・仮説からの脱却」 ( 論 理療法 ) , 「あるがまま ( 事実唯真 ) の生活態度の体得」 ( 森田療法 ) , 「転迷開悟」 ( 内観法 ) など表現は異なっても , 等しく人間心理の半面としての , 根強い自己中 心的偏見を直接みすえて , それからの脱却 , 転換をめざすラジカル ( 根本的 , 急 進的 ) な心理療法といえそうだからである。 4. 論理療法の治療技法は , 治療者による直接的な説得 , クライエント自身に よる継続的な自己教育や訓練が中心となるので , 自らその対象や病態などによる 適用上の限界があると思われるし , また他の心理療法との併用 , 統合などの必要 性も生じてくるであろう。しかしこの点にも当療法独自の柔軟性や実用性がある ように思う。すでに述べたごとく , 論理療法は広く他の心理療法諸立場との技法 上の交流を可能とする機動性をもつ心理療法であると思うからである。 本訳書は東京理科大学教育学・教育心理学研究室の同僚國分康孝 , 伊藤順康両 氏の発意と尽力によって生れたものである。そして本書が心理療法に限らず , 生 活指導 , 道徳教育など広く教育のフ。ロバーな諸領域にも直接活用可能な理論や方 法を含むとする両氏の考えに筆者も全面的に同意するものである。とくに現代の いわゆる価値の多元的状況 , 情報の渦のなかで , とかく自己のアイデンティティ を見失いがちな青年期の高校・大学生諸君の主体的 , 自覚的な生き方の把握に直 接役立つ , 現代の論語ともいうべき好著であると確信する。 以上本訳書についての所感を述べ , 監修者のことばにかえた。 1981 年 9 月 北見芳雄
その実証研究というのは大部分が臨床心理学者 , 実験心理学者 , 社会心理学者に よるものであり , かれらの大部分は心理療法とは無関係の人たちであった。これ らの実証研究のほとんどが証明したことは , 何かに対する人間の前提あるいは哲 学を変えるようにしむけると , それに伴って感情や行動も大きく変るということ であった。 たいへんいい話ではないか。しかし 10 年間ほど論理療法を実践したことと , 友 人の一般意味論者たちがアルフレッド・コルジフ・スキー理論の一部を他の誰より も効果的に応用する技法を開発したのはわれわれであると指摘したこともあっ て , われわれは著名な一般意味論者たちの著作を再度読んでみた。そして前述の 指摘のとおりだということがすぐにわかった。論理療法こそがコルジプスキーの やり残したことをしているのである。そしてわれわれが強調したいことは , 心理 療法家および心理療法に関する著者たちは , 情緒的悩みの軽減法として有効性の 高いことがわかってきた一般意味論を用いているということである。このことが わかるやわれわれは , クライエントの思考・感情・行動の変容を同時におこさせ るために意味論的見地からことばの使い方を変えさせるべく , 前よりも効果的・ 意識的に働きかけるようになった。 ところでどんな例があるか ? では , ごく代表的な例を 2 , 3 あげよう。個人 面接でも集団療法でもいい。クライエントがこういったとしよう。「私は職場で もっと働かねばならないのです」あるいは「私は配偶者を憎むべきではないので す」と。これに対しわれわれはこう応じるのである。「職場でもっと働いたら今 よりもっとよくなるということが証明でぎるという意味ですか」あるいは「配偶 者を憎まないにこしたことはないという意味でしようか」と。 クライエントがこういったとする。「私は取越苦労がやめられないのです」と か「食餌療法は私には無理なんです」と。するとわれわれはかれらの文章記述を 次のように変えさせる働きかけをする。「私は取越苦労をやめられますが , 今ま でのところやめていないのです」とか「食餌療法は私にとっては非常にむつかし いのですが , まったく不可能というわけではありません」という具合にである。 「社交の場に出るたびに私はいつもへまをするんです」という人があればそれを こう変えさせる。いわく「社交の場に出るとたいていの場合へまをやるのがふつ うなのです」。
VIII たり , 引用されたりもした。また一方ではしかるべき謝辞をそえていることもあ ったし , そんなものなしのときもあった。それで結構 / それによって , われわ れの目的も永続するからである。われわれの目的とは人間性に関する過去および 現在の最高の知恵を学びとることである ( とくにどちらかといえば , 今まで影の 薄い感のあったェヒ。クテートス , マルクス・アウレリウス , ジョン・デューイ , ートランド・ラッセルなどの哲学的著作から学びとることである ) 。そしてそ れを然るべく修正加筆して , 現代の悩める人びとへ広くゆき渡るようにするこ と。これもわれわれの目的である。 こう信じている。論理療法は理論的にも実際的にも , 教育的 われわれはまた , 側面のつよい心理療法である , と。論理療法は障害に対する医学的発想法を厳密 には模倣していない。医学的発想とは極言すれば , 情緒的問題の本質は病気か異 常であるという考え方である。そして外界にいる人間 ( 治療者 ) のおかげで治る のである。すなわち , 治るためにはどうすべきかを外界にいる人間が権威的に指 示・命令するわけである。ところが論理療法はこのような医学的モデルをとらな いのである。一方 , 論理療法は条件づけのモデルとも似ているが , しかしそれを 真似ているのではない ( 条件づけモデルとは精神分析者と古典的行動主義者が共 有しているモデルのことである ) 。条件づけモデルでは , 人間というものは幼少 期の影響のせいで情緒障害にさせられると考える。したがって外界の親代償たる 心理療法家が , 人間を新しい行動様式にどちらかといえば押しこめるものと考え こうして人間は再構成あるいは再条件づけされなければならないも る。つまり , のであると主張するのである。これに反し論理療法では , ヒ ューマニスティック でかっ教育的なモデルを提唱している。すなわち人間というものは幼少期からす でにわれわれの気づいている以上に自由選択性をもっていること , 人間の " 条件 づけ " の大部分は実際には自己条件づけであること , ひとりの心理療法家 , ひと りの教師 , そして 1 冊の本すら人間が幅広い選択ができるよう援助の手をさしの べていること。論理療法はこれらのことを提唱しているのである。したがって , 自縄自縛ともいうべき深刻な情緒障害を克服するため , 自己の再教育と再訓練を 自らが選ぶことを論理療法は提唱しているのである。したがって論理療法は , 幅 ひろく教育的技法の開発に意を用いてきた。すなわち , 各自の自己破滅的な行動 を指摘し , どうしたらそこから抜けだせるかを教えるのが論理療法である。論理
322 ある。 したがって論理療法ではこう考える。 できごとそのもの ( 例。赤面 ) が悩み ( 感情 ) を生むのではなく ( 人はふつう そう思っているが ) , できごとをどう受けとるか , その受けとり方 ( 考え方 , 文 章記述 ) によって悩みは決まるのであると。論理療法では , これを通俗的に AB C 理論といっている。略述すればこうである。 A (Activating event : できごと ) B (Belief system : 考え方 , 受けとり方 , 信条体系 , 文章記述 ) C (Consequence : 結果の意。感情 , 悩み ) A が C を生むのではなく , B が C を生むのである。 A に変化はなくとも B が変 われば C も変わるのである。これが論理療法の骨子である。ただし , B の変化だ けを強調すると環境 (A) に屈服する受身主義に堕してしまう。そこで , A が変 容可能であれば A に働きかけてこれを変えよ , とエリスはいう。たとえば心頭を 減却すれば火もまた涼し , というのは B の変化があれば C ( 涼しい ) が生ずると いうわけである。しかし , アメリカ人のエリスは消せる火は消せというのであ る。すなわち論理療法はかたくなな現象学ではない。 論理療法はその初期においては「 ABC 理論が骨子である」というようにビー アールされていたが今日ではそのあとに D と E が付加されている。 D とは Dispute ( 反論 ) である。イラショナルな考え方 (B) を粉砕する段階のことである。イ ラショナル・ビリーフをラショナル・ビリーフに修正する段階である。それはい かにして可能か。セラヒ。ストの説得療法によるか , 自分自身を逆洗脳 ( 人に洗脳 されたイラショナル・ビリーフを解除すること ) することである。それが成功す ると行動が変容する。これが E である。 Effect ( 効果 ) のあらわれる段階であ る。したがって正確には , 論理療法は ABCDE 理論が骨子であるということに なる。 ラショナル・ビリーフと論理療法の人生哲学 では何をもってラショナル・ビリーフというのか。原理的には , ①事実に基づ くビリーフか , ②論理的必然性のあるビリーフのことであるが , 実際には日常生 活でわれわれに幸福感 ( C ) をもたらしてくれるビリーフのことである。たとえ 「かっこよい」「りつばな」考えであっても日常生活がうつうっとして楽しくな
第 21 章論理療法 299 ながっていく行為や , ただ楽しみもなく苦痛のみ多い生ぎ方に結果するような行 動を ' 悪い ' ものと評価するのである。楽しい生活を長く続ける方向に役立つ行 為を・良い ' ものと評価するのである。自分の行動の価値を評価することは当然 ありうるもので , 重要なことである。しかしくり返しになるが , 自己の人間性 , 本質 , 総体的価値 , 進歩性 , 自我などを評価 , 測定しようとすればそれは失敗に 帰するほかない。 自己評価をやめることはとてもむずかしいことだと感じただろうか ? おそら くたいていの場合 , なかなか困難なことであると思う。実は論理療法も , ・ふつう の ' 人間行動には , ある行為や行動およびその特徴の評価だけでなく , ' 本質 ' や 絈我 ' に思いをめぐらし , それを評価する側面が含まれているという推定から出 発しているのである。自己評価をけっしてしないような人間になることはおそら くきわめて困難なことであろう。しかしそれに挑戦してほしい。それは , ( 完璧 ではなくても ) 確実に実行可能なことなのであるから。この難事業を完成すれ ば , それが実にすばらしいことだと分かってもらえるだろう。その具体的な方法 については , 本書つまり前出『論理療法』の改訂版である『論理療法』やその他 の関係書 , たとえば『理性による成長』『飛行恐怖症の克服』『経営者のリーダー シップ』『人間学的心理療法ーー論理療法の技術』などに説明してあるとおりで ある。 研修課題をこなしていく 論理療法はその発足の時から認知一行動療法の体系をとってきた。それは自減 的な考え方を修正するだけでなく , 非論理的な考えに対して行動をもって反論を 加えなければ , 人間はなかなか変化していかない , という立場をとっていたから である。当時は , 今日行動療法とよばれるものは存在していなかったが , 論理療 法は理論的にも実践的にも , 明らかに行動療法の特徴をそなえたものであった。 つまり , 論理療法では , 認識 , 理想 , 感情 , 行動の各領域にわたって来談者に研 修課題を課していたのである。課題に含まれている指示は , かれらが恐れの気持 に屈せず , あえて行動にでること , 新しい考え方を実践してみること , わざと不 快な状況に身をおいて , 本当はそういう状況にも耐えられるのを理解することな どであった。論理療法はまた自己管理の技術も援用した。著名な心理学者 B ・ F ・
論理療法 A. ェリス他北見芳雄監修國分康孝・伊藤順康訳 セラピストが能動的に働きかけを行なうことを特徴とする論理療法は現代 人の神経症的行動を修正する新しい自己説得の技法として注目をあつめて おり , その理論と実際の本邦初紹介。カウンセラー , セラピストや問題を 抱えている人への書。 ISBN 4-7610-0282 ー 4 ☆ A5 ・ 328 頁定価 3 , 900 円 ( 本体 3 , 786 円 ) 神経症者とつきあうには A. ェリス國分康孝監訳 私たちは人生で , とにかく一緒にいるとくたびれるく神経症者 > とかかわ らざるを得ないことがある。本書は , 日常生活においてそうしたく神経症 者 > とっきあう際のハウッーとその理論的根拠を , 論理療法の立場からや さしく説く。人間関係を改善するための書。☆四六・ 232 頁定価 1.700 円 ( 本体 1 , 650 円 ) ISBN 4 ー 7610 ー 0305 ー 7 論理療法にまなぶ 日本学生相談学会編責任編集 = 今村義正・國分康孝 非合理的 , 非論理的な思いこみや価値観を変容し , 自己実現を促進する論 理療法について , 創始者であるエリス博士の来日講演・講義・ワークショッ プを基にして , その理論・技法・実際を紹介。さまざまな思いこみや人間 関係で悩みを抱えている現代人のための書。☆四六・ 238 頁定価 2.000 円 ( 本体 1 , 942 円 ) ISBN 4 ー 7610 ー 0396 ー 0 マイクロカウンセリング A. アイビイ福原真知子・椙山喜代子・國分久子・楡木満生訳編 カウンセリング学習のための“メタ・モデリング”の理論と技法を開発し てきたマイクロカウンセリングの 3 冊の原著から , カウンセリングや心理 療法の諸理論や概念の統合的技法を編み出した , いま最も注目されている 技法の入門一紹介書。 ISBN 4 ー 7610 ー 0329 ー 4 ☆ A5 ・ 266 頁定価 3 , 200 円 ( 本体 3 , 107 円 ) カウンセラーの悩みと生きがい 杉渓一言編著 現場で活躍するカウンセラーたち ( 30 余名 ) の , 虚像ではなく実像として の人間的な姿をあらわにする生の声を集め , カウンセリング活動の実際を ったえる。カウンセリングをまなびたいと思っている人や , 現にまなんで いる人たちへの啓発の書。 ISBN 4-7610 ー 0431 ー 2 ☆四六・ 228 頁定価 1 , 900 円 ( 本体 1 , 845 円 ) 川島書店