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検索対象: 風の歌を聴け
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1. 風の歌を聴け

152 ーズは彼の最大のヒット作となり、全部で貶編を数える。その中でウォルドは 3 回死に、 5 千人もの敵を殺し、火星人の女も含めて全部で 375 人の女と交わった。そのうちの幾つかを、 僕たちは翻訳で読むことができる。 ートフィールドは実に多くのものを憎んだ。郵便局、ハイスクール、出版社、人参、女、 大、 : : : 数え上げればキリがない。しかし彼が好んだものは三つしかない。銃と猫と母親の焼い たクッキーである。彼はパラマウントの撮影所との研究所を除けば恐らく全米一の完璧に 近い銃のコレクションを持っていた。高射砲と対戦車砲以外は全てである。中でも彼の自慢の品 は銃把に真珠の飾りをつけた口径のリヴォルヴァーで、それには弾は一発しか装瞋されてはお らす、「俺はいっかこれで俺自身をリヴォルヴするのさ。」というのが彼の口癖だった。 しかし 19 3 8 年に母が死んだ時、彼はニューヨークまででかけてエンパイア・ステート・ビ ルに上り、屋上から飛び下りて蛙のようにペシャンコになって死んだ。 彼の墓碑には遺言に従って、ニーチェの次のような一一一一口葉が引用されている。 「昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか。

2. 風の歌を聴け

皮膚病を抱えていた中学三年生の夏休みであった。僕にその本をくれた叔父は三年後に腸の癌を 患い、体中をすたすたに切り裂かれ、体の入口と出口にプラスチックのパイプを詰め込まれたま ま苦しみ抜いて死んだ。最後に会った時、彼はまるで狡猾な猿のようにひどく赤茶けて縮んでい ☆ 僕には全部で三人の叔父がいたが、一人は上海の郊外で死んだ。終戦の二日後に自分の埋めた 地雷を踏んだのだ。ただ一人生き残った三人目の叔父は手品師になって全国の温泉地を巡ってい る。 ☆ ートフィールドが良い文章についてこんな風に書いている。 「文章をかくという作業は、とりもなおさす自分と自分をとりまく事物との距離を確認すること である。心要なものは感ではなく、ものさしだ。 ( 「気分が良くて何が悪い ? 僕がものさしを片手に恐る恐るまわりを眺め始めたのは確かケネディー大統領の死んだ年で、 それからもう年にもなる。燔年かけて僕は実にいろいろなものを放り出してきた。まるでエン 19 3 6 年 )

3. 風の歌を聴け

ノ ートフィールドに学んだ。殆んど全部、というべきかも 僕は文章についての多くをデレク・ ートフィールド自身は全ての意味で不毛な作家であった。読めばわか しれない。不幸なことにハ ーは出鱈目であり、テーマは稚拙だった。しかしそれにもかかわ る。文章は読み辛く、ストーリ らす、彼は文章を武器として闘うことができる数少ない非凡な作家の一人でもあった。ヘミング ートフィールドのそ ウェイ、フィッジェラルド、そういった彼の同時代人の作家に伍しても、 の戦闘的な姿勢は決して劣るものではないだろう、と僕は田 5 う。ただ残念なことに彼ハ フィールドには最後まで自分の闘う相手の姿を明確に捉えることはできなかった。結局のとこ ろ、不毛であるということはそういったものなのだ。 8 年と 2 カ月、彼はその不毛な闘いを続けそして死んだ。 1938 年 6 月のある晴れた日曜日 ナの朝、右手にヒットラーの肖像画を抱え、左手に傘をさしたままエンパイア・ステート・ビルの を屋上から飛び下りたのだ。彼が生きていたことと同様、死んだこともたいした話題にはならな のかった。 風 9 僕が絶版になったままのハ ☆ ートフィールドの最初の一冊を偶然手に入れたのは股の間にひどい

4. 風の歌を聴け

鼠はそれには答えなかったが、不満足そうに何度か首を振った。「でも、とにかく俺たちはツ イてる。」 「そうだな 鼠はテニス・シューズの踵で煙草をもみ消し、吸殻を猿の檻に向って指ではしいた。 「ねえ、俺たち一一人でチームを組まないか ? きっと何もかも上手くいくぜ。」 「手始めに何をする ? 」 「ビールを飲もう。 僕たちは近くの自動販売機で缶ビールを半ダースばかり買って海まで歩き、砂浜に寝ころんで それを全部飲んでしまうと海を眺めた。素晴しく良い天気だった。 「俺のことは鼠って呼んでくれ。」と彼が言った。 「何故そんな名前がついたんだ ? 」 「忘れたね。随分昔のことさ。初めのうちはそう呼ばれると嫌な気もしたがね、今じゃなんとも 何にだって饋れちまうもんさ。」 僕たちはビールの空缶を全部海に向って放り投げてしまうと、堤防にもたれ頭の上からダッフ ル・コートをかぶって一時間ばかり眠った。目が覚めた時、一種異様なばかりの生命力が僕の体 中にみなぎっていた。不思議な気分だった。

5. 風の歌を聴け

それは火星の地表に無数に掘られた底なしの井戸に潜った青年の話である。井戸は恐らく何万 年の昔に火星人によって掘られたものであることは確かだったが、不思議なことにそれらは全部 が全部、丁寧に水脈を外して掘られていた。いったい何のために彼らがそんなものを掘ったのか は誰にもわからなかった。実際のところ火星人はその井戸以外に何ひとっ残さなかった。文字も 住居も食器も鉄も墓もロケットも街も自動販売機も、貝殻さえもなかった。井戸だけである。そ れを文明と呼ぶべきかどうかは地球人の学者の判断に苦しむところではあったが、確かにその井 戸は実にうまく作られていたし、何万年もの歳月を経た後も煉瓦ひとっ崩れてはいなかった。 もちろん何人かの冒険家や調査隊が井戸に潜った。ロープを携えたものたちはそのあまりの井 戸の深さと横穴の長さ故に引き返さねばならなかったし、ロープを持たぬものは誰一人として戻 らなかった。 ある日、宇宙を彷徨う一人の青年が井戸に潜った。彼は字宙の広大さに倦み、人知れぬ死を望 けんでいたのだ。下に降りるにつれ、井戸は少しすっ心地よく感しられるようになり、奇妙な力が を優しく彼の体を包み始めた。 1 キロメートルばかり下降してから彼は適当な横穴をみつけてそこ のに潜りこみ、その曲がりくねった道をあてもなくひたすらに歩き続けた。どれはどの時間歩い のかはわからなかった。時計が止まってしまっていたからだ。一一時間かも知れぬし、二日間かも 盟しれなかった。空腹感や疲労感はまるでなかったし、先刻感じた不思議な力は依然として彼の体

6. 風の歌を聴け

「他には ? 」 「〈ギャル・イン・キャリコ〉の入ったマイルス・ディビス。」 今度は少し余分に時間がかかったが、彼女はやはりレコードを抱えて戻ってきた。 「次は ? 」 「それでいいよ。ありがとう。」 彼女はカウンターの上に 3 枚のレコードを並べた。 「これ、あなたが全部聴くの ? 」 「いや、プレゼント用さ。」 「気前がいいのわ。 「らしいわ。」 彼女は窮屈そうに肩をすくめ、五千五百五十円、と言った。僕は金を払い 受け取った。 「まあとにかく、あなたのおかげで昼までにレコードが 3 枚売れたわ。」 「良かった。 風 彼女は溜息をついてカウンターの中の椅子に座り、伝票の束をもう一度繰り始めた。 「いつも一人で店番してるの ? 」 レコトの包みを

7. 風の歌を聴け

「ビールの良いところはね、全部小便になって出ちまうことだね。ワン・アウト一塁ダブル・プ レー何も残》りやしない。」 鼠はそう一言って、僕が食べつづけるのを眺めた。 「何故本ばかり読む ? 」 僕は鰺の最後の一切をビールと一緒に飲みこんでから皿を片付け、傍に置いた読みかけの「感 情教育」を手に取って。ハラ。ハラとページを繰った。 「フローベルがもう死んしまった人間だからさ。」 「生きてる作家の本は読まない ? 「生きてる作家になんてなんの価値もないよ。 「何故 ? 」 「死んだ人間に対しては大抵のことが許せそうな気がするんだな。」 僕はカウンターの中にあるポータブル・テレビの「ルート 6 6 」の再放送を眺めながらそう答え た。鼠はまたしばらく考え込んだ。 「ねえ、生身の人間はどう ? 大抵のことは許せない ? 「どうかな ? そんな風に真剣に考えたことはないね。でもそういった切羽詰まった状况に追い 込まれたら、そうなるかもしれない。許せなくなるかもしれない。」

8. 風の歌を聴け

「ああ。」 「作ったんだけど、私一人じや食べ切るのに一週間はかかるわ。食べに来ない。」 「悪くないな。」 「オーケー、一時間で来て。もし遅れたら全部ゴミ籀に放り込んしゃうわよ。わかった ? 「ねえ : 「待つのが嫌いなのよ。それだけ。 彼女はそう言うと、僕が口を開くのも待たすに電話を切った。 僕はソファーにもう一度寝ころんでラジオのトップ・フォーティーを聴きながら川分ばかりば んやりと天井を眺め、そしてシャワーに入り熱い湯で丁寧に髭を剃ると、クリーニングから戻っ たばかりのシャッとバ ーミューダ・ショーツを着た。気持の良いタ方だった。僕は海岸に沿って タ陽を見ながら車を走らせ、国道に入る手前で冷えたワインを一一本と煙草のカートン・ポックス を買った。 彼女がテープルを片付けてその上に真白な食器を並べている間、僕はワインのコルク栓を果物 ナイフの先でこし開けていた。ビーフ・シチューの湿っぱい熱気で部屋の中はひどく蒸し暑かっ

9. 風の歌を聴け

「私はこの部屋にある最も神聖な書物、すなわちアルファベット順電話帳に誓って真実のみを述 べる。人生は空つほである、と。しかし、もちろん救いはある。というのは、そもそもの始まり においては、それはまるつきりの空つはではなかったからだ。私たちは実に苦労に苦労を重ね、 一生懸命努力してそれをすり減らし、空つばにしてしまったのだ。どんな風に苦労し、どんな風 にすり減らしてきたかはいちいちここには書かない。面倒だからだ。どうしても知りたい方はロ マン・ロラン著『ジャン・クリストフ』を読んでいただきたい。そこに全部書かれている。 ートフィールドが「ジャン・クリストフ」をひどく気に入っていた理由は、ただ単にそれが 一人の人間の誕生から死までを実に丹念に順序どおり描いてあるという点と、しかもそれが恐し く長い小説であるという点にあった。小説というものは情報である以上グラフや年表で表現でき るものでなくてはならないというのが彼の持論であったし、その正確さは量に比例すると彼は考 けえていたからだ。 を トルストイの「戦争と平和」については彼は常々批判的であった。もちろん量について問題は のないが、と彼は述べている。そこには宇宙の観念が欠如しており、そのために作品は実にちぐは ぐな印象を私に与える、と。「宇宙の観念」という言葉を彼が使う時、それは大抵「不毛さ、を 意味した。

10. 風の歌を聴け

100 夢を見たのは久し振りだった。あまり久し振りだったので、それが夢だと気づくまでにしばら く時間がかかった。 僕はべッドから起き上がり シャワーで体中の嫌な汗を流してからトーストとリンゴ・ジュ スで朝食を済ませた。煙草とビールのおかげで喉はまるで古綿をつめこまれたような味がする。 ンのコットン・スーツとなるべくきちんと 食器を流しに放り込んでから、僕はオリープ・グリ プレスされたシャツ、それに黒いニット・タイを選び、それを手に抱えたまま応接室のエア・コ ンの前に座った。 テレビのニュース・ショーのアナウンサーは、今日は夏一番の暑さになるでしよう、と得意気 に断一言していた。僕はテレビを消すと隣りにある兄の部屋に入り、厖大な本の山から何冊かを選 び出し、応接室のソファーに寝転んでそれを眺めた。 一一年前、兄は部屋いつばいの本とガール・フレンドを一人残したまま理由も一言わすにアメリカ に行ってしまった。彼女と僕は時折一緒に食事をする。僕たち兄弟は本当によく似ている、と彼 女は一一一一口、つ。 「何処が ? 僕はいて彼女にそう訊ねてみた。 「全部よ。ーと彼女は一一口った。 そのとおりかもしれない。そしてそれは僕たちが十何年間交代で磨き続けた靴のせいだと思