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検索対象: 風の歌を聴け
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1. 風の歌を聴け

「忘れたね。本当だと思う ? 「嘘だ。」 「何故 ? 「夜中の 3 時に目が覚めて、腹ペコだとする。冷蔵庫を開けても何も無い。どうすればいい 鼠はしばらく考えてから大声で笑った。僕はジェイを呼んでビールとフライド・ポテトを頼 み、レコードの包みを取りだして鼠に渡した。 これは ? 「なんだい、 「誕生日のプレゼントさ。」 「でも来月だぜ。」 「来月にはもう居ないからわ。」 鼠は包みを手にしたまま考えこんだ。 「そうか、寂しいね、あんたが居なくなると。」鼠はそう一言って包みを開け、レコードを取り出 してしばらくそれを眺めた。 ーベン、ピアノ協奏曲第 3 番、グレン・グールド、レナー 思いたことないね。あんたは ? 「ないよ。」 ンスティン。ム :

2. 風の歌を聴け

かって誰もがクールに生きたいと考える時代があった。 を高校の終り頃、僕は、いに思うことの半分しか口に出すまいと決心した。理由は忘れたがその思 の いっきを、何年かにわたって僕は実行した。そしてある日、僕は自分が思っていることの半分し 風 か語ることのできない人間になっていることを発見した。 鵬それがクールさとどう関係しているのかは僕にはわからない。しかし年しゅう霜取りをしなけ 「老婆心。」 「そう。」 僕は笑ってビールを飲んだ。 「鼠には僕の方から言い出してみるよ。」 「うん、それかいいよ ジェイは煙草を消して仕事に戻った。僕は席を立って洗面所に入り、手を洗うついでに鏡に顔 を写してみた。そしてうんざりした気分でもう一本ビールを飲んだ。 0 3

3. 風の歌を聴け

「こんなに暑くなるとは思わなかったわ。まるで地獄ね。」 「地獄はもっと暑い。」 「見てきたみたいね。 「人に聞いたんだ。あんまり暑いんで気が狂いそうになるともう少し一保しいところにやられるん だ。そしてそこで少し持ち直すと、またもとの場所に戻される。」 「サウナ風呂ね、まるで。」 「そんなもんだ。でも中には気が狂って、もうもとには戻らないやつもいる。 「そんな人はどうするの ? 「天国に連れてかれるのさ。そしてそこで壁のペンキ塗りをやらされるんだ。つまりわ、天国の 壁はいつも真白でなくちゃならないんだ。シミひとつあっちゃ困るのさ。イメージが悪くなるか らね。そんなわけで毎日朝から晩までペンキ塗りばかりしてるんで大抵の奴は気管を悪くする。」 彼女はそれ以上は何も質問しなかった。僕は瓶の中に落ちたコルクの屑を注意深く取り去って をから、グラスに二つ分注いだ。 歌 「冷たいワインと暖かい心。 の 風 乾杯する時、彼女はそう言った。 「何んだい、それは ? 」

4. 風の歌を聴け

146 「うん。 「でも何年か経ったら一度中国に帰ってみたいね。一度も行ったことはないけどね。 : : : 港に たび 行って船を見る度そう思うよ。」 「僕の叔父さんは中国で死んだんだ。 「そう : いろんな人間が死んだものね。でもみんな兄弟さ。」 ジェイは僕にビールを何本かごちそ、つしてくれ、おまけに揚げたてのフライド・ポテトをビ ニールの袋に入れて持たせてくれた。 「ありがとう。」 「いいのよ。気持ちだけ。 : でも、みんなあっという間に大きくなるわ。初めてあんたに会っ た時、まだ高校生だった。 僕は笑って亠冂き、さよなら、と言った。 「元気でね。」とジェイが言った。 8 月日、という店のカレンダーの下にはこんな格言が書かれていた。 「惜しますに与えるものは、常に与えられるものである。」

5. 風の歌を聴け

「少しすつね。 「何故進化するの ? 」 「それにもいろんな意見がある。ただ確実なことは字宙自体が進化してるってことなんだ。そこ に何らかの方向性や意志が介在してるかどうかってことは別にしても宇宙は進化してるし、結局 のところ僕たちはその一部にすぎないんだ。」僕はウイスキー・グラスを置いて煙草に火を点け 「そのエネルギーが何処から来ているのかは誰にもわからない。」 「そう ? 」 「そう。 彼女はグラスの氷を指先でくるくると回しながら白いテープル・クロスをじっと眺めていた。 「ねえ、私が死んで百年もたてば、誰も私の存在なんか覚えてないわね。 「だろうね。」と僕は言った。 を の店を出て、僕たちは不思議なくらい鮮明なタ暮の中を、静かな倉庫街に沿ってゆっくりと歩い た。並んで歩くと、彼女の髪のヘャー・丿 ンスの匂いが微かに感じられる。柳の葉を揺らせる風 Ⅷは、はんの少しだけれど夏の終りを思わせた。しばらく歩いてから、彼女は指が 5 本ついた方の

6. 風の歌を聴け

彼女は笑って、レコードをマービン・ゲイに替えた。時計は 8 時に近くを指している。 「今日は靴を磨かなくていいの ? 」 「夜中に磨くさ。歯と一緒にわ。」 彼女はテープルに細い両肘をつき、その上に気持良さそうに顎を載せたまま僕の目をのぞきこ むようにしてしゃべった。そしてそれは僕をひどくどぎまぎさせた。僕は煙草に火を点けたり窓 の外を眺める振りをして何度か目をそらせようとしたが、その度に彼女は余計におかしそうに僕 を眺めた 「わえ、信してもいいわよ。」 「何を ? 」 「あなたがこの間、私に何もしなかったことよ。」 「何故そう思う ? 「聞きたい ? 「いや。」と僕は言った。 「そう一言うと思ったわ。」彼女はクスクス笑って僕のグラスにワインを注いで、それから何かを 考えるように暗い窓を眺めた 「時々わ、誰にも迷或 ) をかけないで生きていけたらどんなに素敵だろうって思うわ。できると思

7. 風の歌を聴け

「私が間違っていたと思う ? 」女がそう訊ねた。 鼠はビールを一口飲み、ゆっ くりと首を振った。「はっきり言ってね、みんな間違ってるのさ。」 「何故そう思うの ? 」 「うーん。鼠はそう唸ってから上唇を舌でなめた。答えなど無かった。 「私は腕がもぎとれるくらい一生懸命に島まで泳いだのよ。とても苦しくて死ぬかと思ったわ。 それでね、何度も何度もこんな風に考えたわ。私が間違っててあなたが正しいのかもしれないっ てね。私がこんなに苦しんでいるのに、何故あなたは何もせすに海の上にじっと浮かんでいるん 鼠の小説には優れた点が二つある。ますセックス・シーンの無いことと、それから一人も人が 死なないことだ。放って置いても人は死ぬし、女と寝る。そういうものだ。 ☆ 「さあね。」と僕は言った。 6

8. 風の歌を聴け

71 風の歌を聴け 思うの。」彼女は早ロでそう言った。 「自分に厳しいんだわ。」 「ええ、そうありたいとはいつも思ってるわ。」 ・女はしばらく默った。 「今夜会えるかしら。」 「 8 ・時にジェイズ・ 「わかった。」 「 : : : ねえ、いろんな嫌なげにあったわ。」 「わかるよ。」 「ありがとう。 彼女は電話を切った。

9. 風の歌を聴け

106 街にはいろんな人間が住んでいる。僕は年間、そこで実に多くを学んだ。街は僕の心にしつ かりと根を下ろし、想い出の殆んどはそこに結びついている。しかし大学に入った春にこの街を 離れた時、僕は心の底からホッとした。 夏休みと春休みに僕は街に帰ってくるが、大抵はビールを飲んで過ごす。 9 一週間ばかり鼠の調子はひどく悪かった。秋の近づいてきたせいもあるだろうし、例の女の子 のせいもあるのかもしれない。鼠はそれについては一言もしゃべらなかった。 鼠の姿が見えない時、僕はジェイをつかまえてさぐりを入れてみた。 「ねえ、鼠はどうしたんだと思う ? 「さあね、あたしにもどうもよくわかんないよ。夏が終りかけてるからかね。」 秋が近つくと、いつも鼠の心は少しすっ落ちこんでいった。カウンターに座ってばんやりと本 を眺め、僕が何を話しかけても気の無さそうなとおりいつべんの答えを返すだけだった。夕暮に

10. 風の歌を聴け

貶僕は肯いた。 「セイバーは本当に素敵な飛行機だったよ。ナバームさえ落とさなきやわ。ナバームの落ちると ころ見たことあるかい ? 「戦争映画でね。」 「人間ってのは実にいろんなものを考え出すものさ。また、それが本当によくできてるんだね。 あと川年もたてばナバームでさえ懐しくなるかもしれない。 僕は笑って 2 本目の煙草に火を点けた。「飛行機は好きなのかい ? 」 「操縦士になりたいと思ったよ、昔ね。でも目を悪くしてあきらめた。 「そう ? 」 「空が好きなんだ。い つまで見てても飽きないし、見たくない時には見なくて済む。」 鼠は 5 分間すっと黙っていたが、突然口を開いた。 「時々ね、どうしても我慢できなくなることがあるんだ。自分が金持ちだってことにね。逃げだ したくなるんだよ。わかるかい ? 」 本当にそう隸うんなら 「わかるわけないさ。ーと僕はあきれて言った。「でも逃げ出せばいし 「 : : : 多分ね、それが一番いいと思うよ。どこか知らない街に行ってね、そもそもの始めからや