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検索対象: 風の歌を聴け
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1. 風の歌を聴け

僕たちは彼女のプレイヤーでレコードを聴きながらゆっくりと食事をした。その間、彼女は主 に僕の大学と東京での生活について質問した。たいして面白い話ではない。猫を使った実験の話 や ( もちろん殺したりはしない、 と僕は嘘をついた。 主に心理面での実験なんだ、と。しかし本 当のところ僕は二カ月の間に匹もの大小の猫を殺した。 ) 、デモやストライキの話だ。そして僕 は機動隊員に叩き折られた前歯の跡を見せた。 「復讐したい ? 「まさか。」と僕は言った。 「何故 ? 私があなただったら、そのオマワリをみつけだして金槌で歯を何本か叩き折ってやる わ。 「僕は僕だし、それにもうみんな終ったことさ。だいいち機動隊員なんてみんな同しような顔し てるからとてもみつけだせやしないよ。」 「しゃあ、意味なんてないじゃない ? 」 「意味 ? 」 「歯まで折られた意味よ。 「ないさ。」と僕は言った。

2. 風の歌を聴け

118 デレク・ ートフィールドは、その厖大な作品の量にもかかわらす人生や夢や愛について直接 語ることの極めて稀な作家であった。比較的シリアス ( シリアスというのは宇宙人や化け物が登 19 3 7 ) の中でハート 場しないという意味でだが ) な半自伝的作品、「虹のまわりを一周半」 ( フィールドは皮肉や悪口や冗談や逆説にまぎらせて、はんの少しだけ言葉短かに本音を披して 僕は車で鼠を家まで送り届けてから、一人でジェイズ・ 「話せたかい ? 」 「話せたよ。 「そりや良かった。 ジェイはそ、つ一言って、僕の別にフライド・ポテトを置いた ーに立ち寄った。

3. 風の歌を聴け

。完璧な絶望か存在しないようにわ。」 「完璧な文章などといったものは存在しない 僕が大学生のころ偶然に知り合ったある作家は僕に向ってそう言った。僕がその本当の意味を 理解できたのはすっと後のことだったが、少くともそれをある種の慰めとしてとることも可能で あった。完璧な文章なんて存在しない しかし、それでもやはり何かを書くという段になると、いつも絶望的な気分に襲われることに ナなった。僕に書くことのできる領域はあまりにも限られたものだったからだ。例えば象について を何かが書けたとしても、象使いについては何も書けないかもしれない。そういうことだ。 歌 8 年間。長い歳月だ。 8 年間、僕はそうしたジレンマを抱き続けた。 の 風 もちろん、あらゆるものから何かを学び取ろうとする姿勢を持ち続ける限り、年老いることは 7 それはどの苦痛ではない。 これは一ル文ム間・こ。

4. 風の歌を聴け

ゃあ、元気かい ? こちらはラジオ Z ・・、ポップス・テレフォン・リクエスト。また土 曜日の夜がやってきた。これからの 2 時間、素敵な音楽をたつぶりと聴いてくれ。ところで夏も そろそろおしまいだわ。どうだい、 良い夏だったかい ? 今日はレコードをかける前に、君たちからもらった一通の手紙を紹介する。読んでみる。こん な手紙だ 「お元気ですか ? を毎週楽しみにこの番組を聴いています。早いもので、この秋で入院生活ももう一二年目というこ のとになります。時の経つのは本当に早いもんです。もちろんェア・コンディショナーのきいた病 室の窓から僅かに外の景色を眺めている私にとって季節の移り変わりなど何の意味もないのだけ れど、それでもひとつの季節が去り、新しいものが訪れるということはやはり、いの躍るものなの 彼女は夢を見るように、そっとそう呟いた。彼女は眠っていた。 3

5. 風の歌を聴け

加彼が一番気に入ってした月説ー 、、、ま「フランダースの大」である。「ねえ、君。絵のために大が死 ぬなんて信じられるかい ? 」と彼は言った。 ある新聞一三ロ者かインタヴューの中でハートフィールドにこう訊ねた。 「あなたの本の主人公ウォルドは火星で一一度死に、金星で一度死んだ。これは矛盾じゃないです ートフィールドはこ、 2 言った。 「君は字宙空間で時がどんな風に流れるのか知っているのかい ? 」 「いや、」と記者は答えた。「でも、そんなことは誰にもわかりやしませんよ。 「誰もが知っていることを小説に書いて、いったい何の意味がある ? 」 ☆ ートフィールドの作品のひとつに「火星の井戸」という彼の作品群の中でも異色な、まるで ・ 0 ↑、力しと一一」っつ 2 は レイ・プラドベリの出現を暗示するような短編がある。すっと昔に読んだっきり、、 忘れてしまったが、大まかな筋だけをここに記す。

6. 風の歌を聴け

を開いた窓から港にむかって放り投げた。 「着るものを取って。」 「どんな ? 」 彼女は煙草をくわえたまま、もう一度眼を閉した。「何んだっていいのよ。お願いだから質問 しないで。」 僕はべッドの向い側にある洋服ダンスの扉を開き、少し迷ってから袖のないプルーのワンピー スを選んで彼女に手渡した。彼女は下着もつけすに頭からすつはりとそれをかぶり、自分で背中 ーをひつばり上げてもう一度溜息をついた。 「もう行かなくっちゃ。」 「何処に ? 」 「仕事よ。」 彼女は吐き捨てるようにそう言うと、よろめきながらべッドから立ち上がった。僕はべッド 齲端に腰を下ろしたまま、彼女が顔を洗い、髪にプラシをかけるのを意味もなくすっと眺めてい 風 部屋の中はきちんと片付けられてはいたが、それもある程度までで、それ以上はどうしようも ないといった諦めに似た空気があたりに噤っていて、それが僕の気分を幾らか重くさせた。

7. 風の歌を聴け

114 くとも、書くたびに自分自身が啓発されていくようなものじゃなくちや意味がないと思うんだ。 そうだろ ? 」 「そうだね。」 「自分自身のために書くか : : : それとも嬋のために書くかさ。」 「ああ。」 ・コインのペンダントをしばらくいしくりまわしていた。 鼠は裸の胸に吊したケネディー 「何年か前にね、女の子と一一人で奈良に行ったことがあるんだ。ひどく暑い夏の午後でね、俺た ちは 3 時間ばかりかけて山道を歩いた。その間に俺たちの出会った相手といえば鋭い鳴き声を残 して飛び立っていく野鳥とか畔道に転がって羽をバタバタさせているアプラ嬋とか、そんなとこ ろさ。なにしろ暑かったからわ。 しばらく歩いた後で俺たちは夏草がきれいに生え揃ったなだらかな斜面に腰を下ろして、気持 ちの良い風に吹かれて体の汗を拭いた。斜面の下には深い濠が広がって、その向う側には鬱蒼と 木の繁った小高い島のような古墳があったんだ。昔の天皇のさ。見たことあるかい ? 僕は亠冂いた。 「その時に考えたのさ。何故こんなにでかいものを作ったんだろうってね。 : もちろんどんな

8. 風の歌を聴け

ば、三日三晩書き続けた挙句それがみんな見当違いといったこともある。 それにもかかわらす、文章を書くことは楽しい作業でもある。生きることの困難さに比べ、そ れに意味をつけるのはあまりにも簡単だからだ。 十代の頃だろうか、僕はその事実に気がついて一週間ばかり口もきけないはど驚いたことがあ る。少し気を利かしさえすれば世界は僕の意のままになり、あらゆる価値は転換し、時は流れを 変える : : : そんな気がした。 それが落とし穴だと気づ いたのは、不幸なことにすっと後だった。僕はノートのまん中に 1 本 の線を引き、左側にその間に得たものを書き出し、右側に失ったものを書いた。失ったもの、踏 みにじったもの、とっくに見捨ててしまったもの、犠牲にしたもの、裏切ったもの : : : 僕はそれ らを最後まで圭曰き通すことはできなかった。 僕たちが認識しようと努めるものと、実際に認識するものの間には深い淵が横たわっている。 どんな長いものさしをもってしてもその深さを測りきることはできない。僕がここに聿日きしめす ことができるのは、ただのリストだ。小説でも文学でもなければ、芸術でもない まん中に線が 1 本だけ引かれた一冊のただのノートだ。 教訓なら少しはあるかもしれない

9. 風の歌を聴け

ノ ートフィールドに学んだ。殆んど全部、というべきかも 僕は文章についての多くをデレク・ ートフィールド自身は全ての意味で不毛な作家であった。読めばわか しれない。不幸なことにハ ーは出鱈目であり、テーマは稚拙だった。しかしそれにもかかわ る。文章は読み辛く、ストーリ らす、彼は文章を武器として闘うことができる数少ない非凡な作家の一人でもあった。ヘミング ートフィールドのそ ウェイ、フィッジェラルド、そういった彼の同時代人の作家に伍しても、 の戦闘的な姿勢は決して劣るものではないだろう、と僕は田 5 う。ただ残念なことに彼ハ フィールドには最後まで自分の闘う相手の姿を明確に捉えることはできなかった。結局のとこ ろ、不毛であるということはそういったものなのだ。 8 年と 2 カ月、彼はその不毛な闘いを続けそして死んだ。 1938 年 6 月のある晴れた日曜日 ナの朝、右手にヒットラーの肖像画を抱え、左手に傘をさしたままエンパイア・ステート・ビルの を屋上から飛び下りたのだ。彼が生きていたことと同様、死んだこともたいした話題にはならな のかった。 風 9 僕が絶版になったままのハ ☆ ートフィールドの最初の一冊を偶然手に入れたのは股の間にひどい

10. 風の歌を聴け

を包んでくれていた。 そしてある時、彼は突然日の光を感した。横穴は別の井戸に結ばれていたのだ。彼は井戸をよ しのばり、再び地上に出た。彼は井戸の縁に腰を下ろし、何ひとっ遮るものもない荒野を眺め、 そして太陽を眺めた。何かが違っていた。風の匂い、太陽 : : : 太陽は中空にありながら、まるで タ陽のようにオレンジ色の巨大な塊りと化していたのだ。 「あと万年で太陽は爆発するよ。パチン : : : さ。万年。たいした時間しゃないがね。 風が彼に向ってそう囁いた。 「私のことは気にしなくて いい。ただの風さ。もし君がそう呼びたければ火星人と呼んでもいし 悪い響きじゃないよ。もっとも、言葉なんて私には意味はないがわ。」 「でも、しゃべってる。」 「私が ? しゃべってるのは君さ。私は君の心にヒントを与えているだけだよ。 「太陽はどうしたんだ、一体 ? 」 「年老いたんだ。死にかけてる。私にも君にもどうしようもないさ 「何故急に・ 「急にしゃないよ。君が井戸を抜ける間に約億年という歳月が流れた。君たちの諺にあるよう 光陰矢の如しさ。君の抜けてきた井戸は時の歪みに沿って掘られているんだ。つまり我々は