食べ - みる会図書館


検索対象: 風の歌を聴け
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1. 風の歌を聴け

「ああ。」 「作ったんだけど、私一人じや食べ切るのに一週間はかかるわ。食べに来ない。」 「悪くないな。」 「オーケー、一時間で来て。もし遅れたら全部ゴミ籀に放り込んしゃうわよ。わかった ? 「ねえ : 「待つのが嫌いなのよ。それだけ。 彼女はそう言うと、僕が口を開くのも待たすに電話を切った。 僕はソファーにもう一度寝ころんでラジオのトップ・フォーティーを聴きながら川分ばかりば んやりと天井を眺め、そしてシャワーに入り熱い湯で丁寧に髭を剃ると、クリーニングから戻っ たばかりのシャッとバ ーミューダ・ショーツを着た。気持の良いタ方だった。僕は海岸に沿って タ陽を見ながら車を走らせ、国道に入る手前で冷えたワインを一一本と煙草のカートン・ポックス を買った。 彼女がテープルを片付けてその上に真白な食器を並べている間、僕はワインのコルク栓を果物 ナイフの先でこし開けていた。ビーフ・シチューの湿っぱい熱気で部屋の中はひどく蒸し暑かっ

2. 風の歌を聴け

三日目に僕はもう一度学校に行き、事務所で彼女の進んだ大学の名前を教えてもらった。それ は山の手にある一一流の女子大の英文科だった。僕は大学の事務所に電話をかけ、自分はマコー ミック・サラダドレッシングのモニター担当の者だがアンケートに関して彼女と連絡を取りたい ので正確な住所と電話番号を知 りたい。申しわけないが重要な用件なので、と丁寧に言った。事 務員は調べておくので分後にもう一度電話を頂けないか、と言った。僕がビールを一本飲んで から電話をかけると、事務員は彼女は今年の 3 月に退学届けを出したと教えてくれた。理由は病 気の療養です、と彼は言ったが、何の病気なのか、今ではサラダを食べられるはどに回復してい るのか、そして何故休学届けではなく退学届けだったのか、といったことについては何も知らな 古い住所でもいいんだけどわかりますか、と僕が訊ねると、彼はそれを調べてくれた 。学校に 近い下宿屋だった。僕がそこに電話をかけてみると女主人らしい人物が出て、彼女は春に部屋を 出たっきり行く先は知らない 、と言って電話を切った。知りたくもない と、った切り・万 - だっこ。 それが僕と彼女を結ぶラインの最後の端だった。 僕は家に戻り、ビールを飲みながら一人で「カリフォルニア・ガールズ」を聴いた。

3. 風の歌を聴け

「朝からわ。 「ねえ、何か食べさせてやるよ。とにかく外に出よう。」 「何故食べさせてくれるの ? 」 「さあね。何故だかは僕にもわからなかったが、僕は彼女を改札からひきすり出し、人通リの 途絶えた道を目白まで歩いた。 そのひどく無ロな少女は一週間ばかり僕のアパ ートに滞在した。彼女は毎日昼すぎに目覚め、 食事をして煙草を吸い、ばんやりと本を読み、テレビを眺め、時折僕と気のなさそうなセックス をした。彼女の唯一の持ち物は白いキャンバス地のバッグで、その中にはぶ厚いウインド・プ レーカーと 2 枚のシャツ、プルー ジーンが 1 本、汚れた 3 枚の下着とタンポンが 1 籀入って いるだけだった。 「何処から来たの ? 」 ある時、僕はそう訊わてみた。 「あなたの知らない所よ。」 彼女はそう答え、それ以上はロをきかなかった。 僕がある日スー ・マーケットから食料品の袋をかかえて戻ってみると、彼女の姿は消えて 、こ。彼女の白い ッグも消えていた。それ以外に消えたものも幾つかあった。机の上にばらま

4. 風の歌を聴け

はキラキラ輝いて、とても軽く、しかも正確に動く新しい時計だったんだね。山羊さんはとって も喜んでそれを首にかけ、みんなに見せて回ったのさ。」 そこで話は突然に終っこ。 「君が山羊、僕が兎、時計は君の心さ。 僕は騙されたような気分のまま、仕方なく肯いた。 週に一度、日曜日の午後、僕は電車とバスを乗り継いで医者の家に通い、コーヒー アップルバイやパンケーキや蜜のついたクロワッサンを食べながら治療を受けた。一年ばかりの 間だったが、おかげで僕は歯医者にまで通う羽目になった。 文明とは伝達である、と彼は・言った。もし何かを表現できないなら、それは存在しないのも同 たいいかい、ゼロだ。もし君のお腹が空いていたとするね。君は「お腹が空いています。 けと一言しゃべればいし 僕は君にクッキーをあげる。食べていいよ。 ( 僕はクッキーをひとつつ をまんだ。 ) 君が何も一言わないとクッキーは無い。 ( 医者は意地悪そうにクッキーの皿をテープルの しかしお腹は空 いた。そこで君は 下に隠した。 ) ゼロだ。わかるね ? 君はしゃべト 風 一一口葉を使わすにそれを表現したい。ゼスチュア・ゲームだ。やってごらん。 四僕はお腹を押さえて苦しそうな顔をした。医者は笑った。それじや消化不良だ

5. 風の歌を聴け

消化不良 : ー・トーキングだった。 次に僕たちのやったことはフリ 「猫について何んでも ) しいからしゃべってごらん。」 僕は考える振りをして首をグルグルと回した。 「思いつくことなら何んだっていいさ。」 「四つ足の動物です。」 「象だってそうだよ。」 「すっと小さい。」 「それから ? 「家庭で飼われていて、気が向くと鼠を殺す。」 「何を食べる ? 」 「ソーセージは ? 「ソーセージも。」 そんな具合だ。

6. 風の歌を聴け

鼠はおそろしく本を読まない。彼がスポーツ新聞とダイレクト・メール以外の活字を読んでい るところにお目にかかったことはない。僕が時折時間瞶しに読んでいる本を、彼はいつもまるで が黽叩きを眺めるように物珍しそうにのぞきこんだ。 「何故本なんて読む ? 」 「何故ビールなんて飲む ? 」 風 僕は酢漬けの鰺と野菜サラダを一口すっ交互に食べながら、鼠の方も見すにそう訊き返した。 鼠はそれについてすっと考え込んでいたが、 5 分ばかり後でロを開いた 「キロだって走れる。」と僕は鼠に言った。 「俺もさ。」と鼠は言った。 しかし実際に僕たちがしなければならなかったのは、公園の補修費を金利つきの三年割賦で市 彳戸に払いこむことだった。

7. 風の歌を聴け

彼女はつまらなさそうに唸ってからビーフ・シチューを一口食べた。 僕たちは食後のコーヒーを飲み、狭い台所に並んで食器を洗ってからテープルに戻ると、煙草 に火を占けて・»-: ・のレコードを聴いた。 彼女は乳首の形がはっきり見える薄いシャツを着て、腰まわりのゆったりとした綿のショー ト・パンツをはいていたし、おまけにテープルの下で僕たちの足は何度もぶつかって、その度に 僕は少しすっ赤くなった。 「おいしかった ? 「とてもね。」 彼女は下唇を軽く噛んだ。 「何故いつも訊ねられるまで何も言わないの ? 」 「さあね、癖なんだよ。いつも肝心なことだけ言い忘れる。 を「忠告していいかしら ? 」 歌 の 「どうぞ。」 風 「なおさないと損するわよ。」 「多分わ。でもわ、ポンコッ車と同しなんだ。何処かを修理すると別のところが目立ってくる。」

8. 風の歌を聴け

130 彼女がそう訊ねた。 「去年わ、牛を解剖したんだ。」 「そう ? 「腹を裂いてみると、胃の中にはひとっかみの草しか入ってはいなかった。僕はその草をビニー ルの袋に入れて家に持って帰り、机の上に置いた。それでね、何か嫌なことがある度にその草の 塊りを眺めてこんな風に考えることにしてるんだ。何故牛はこんなますそうで参めなものを何度 も何度も大事そうに反芻して食べるんだろうってわ。」 彼女は少し笑って唇をすばめ、しばらく僕の顔を見つめた。 「わかったわ。何も言わない。」 僕は肯いた。 「あなたに訊ねようと思ってたことがあるの。 「ど、つぞ。 「何故人は死ぬの ? 「進化してるからさ。個体は進化のエネルギーに耐えることができないから世代交代する。もち ろん、これはひとつの説にすぎないけどわ。」 「今でも進化してるの ? 」 しい力し、ら ? ・」

9. 風の歌を聴け

ハスの入口には二人の乗務員が両脇に立って切符と座席番号をチェックしていた。僕が切符を 渡すと、彼は「幻番のチャイナ」と言った。 「チャイナ ? 」 「そう、幻番の O 席、頭文字ですよ。 < はアメリカ、はプラジル、 O はチャイナ、はデン マーク。こいつが聞き違えると困るんでね。」 彼はそう言って座席表をチェックしている相棒を指さした。僕は肯いてバスに乗り込み、幻番 の O 席に座ってまだ暖かいフライド・ポテトを食べた。 を 歌 のあらゆるものは通りすぎる。誰にもそれを捉えることはできない 僕たちはそんな風にして生きている。 僕は夜行バスの切符を買い、待合所のべンチに座ってすっと街の灯を眺めていた。夜が更ける につれて灯は消え始め、最後には街灯とネオンの灯だけが残った。遠い汽笛が微かな海風を運ん でくる。

10. 風の歌を聴け

「ビールの良いところはね、全部小便になって出ちまうことだね。ワン・アウト一塁ダブル・プ レー何も残》りやしない。」 鼠はそう一言って、僕が食べつづけるのを眺めた。 「何故本ばかり読む ? 」 僕は鰺の最後の一切をビールと一緒に飲みこんでから皿を片付け、傍に置いた読みかけの「感 情教育」を手に取って。ハラ。ハラとページを繰った。 「フローベルがもう死んしまった人間だからさ。」 「生きてる作家の本は読まない ? 「生きてる作家になんてなんの価値もないよ。 「何故 ? 」 「死んだ人間に対しては大抵のことが許せそうな気がするんだな。」 僕はカウンターの中にあるポータブル・テレビの「ルート 6 6 」の再放送を眺めながらそう答え た。鼠はまたしばらく考え込んだ。 「ねえ、生身の人間はどう ? 大抵のことは許せない ? 「どうかな ? そんな風に真剣に考えたことはないね。でもそういった切羽詰まった状况に追い 込まれたら、そうなるかもしれない。許せなくなるかもしれない。」