7 時燔分に電話のベルが鳴った。 僕は居間の籐椅子に横になって、缶ビールを飲みながらひっきりなしにチーズ・クラッカーを つまんでいる最中だった。 リクエスト。ラジオ聴 「やあ、こんばんは。こちらラジオ Z ・・のポップス・テレフォン・ をいててくれたかし ? 僕はロの中に残っていたチーズ・クラッカーを慌ててビールで喉の奧に流しこんだ。 風 「ラジオ ? 」 : ・最良の機械だ。電気掃除機よりすっと精密だし、冷 「そう、ラジオ。文明が産んだ : ・・ : ムツ : わかったよ、もういいよ。それはそうと今度はビールが飲みたいね。グッと冷たい : : おい、参ったね、しやっくりが出そうだよ :
、ったい何処が最初なのか僕には見当もっかなかったし、どんな風に話せば彼女を納得させら れるのかもわからなかった。、つまくいくかもしれないし、駄目かもしれない。冀は川秒ばかり老ノ えてから話し始めた。 「暑いけれど気持の良い一日だった。僕は午後じゅうプールで泳いで、家に帰って少し昼寝をし てから食事を済ませた。 8 時過ぎだね。それから車に乗って散歩にでかけたんだ。海岸通りに車 つもそうするんだ。 を停めてラジオを聴きながら海を眺めてた。い 分ばかリしてから急に誰かに会いたくなった。海ばかり見てると人に会いたくなるし、人ば かり見てると海を見たくなる。変なもんさ。それで『ジェイズ・ ー』に一丁くことにした。ビ ルも飲みたかったし、あそこでなら大抵は友だちにもあえるしわ。でも奴は居なかった。それで 一人で飲むことにしたんだ。一時間ばかりかけてビールを三本飲んだよ。」 僕はそこで一言葉を切って煙草の灰を灰皿に落とした。 「ところで「熱いトタン屋根の猫』を読んだことあるかい ? 彼女はそれには答えす、まるで浜辺にうちあげられた人佑 ( のようにしつかりとタオルにくる まったまま天井を睨んでいた。僕は構わすに話しつつけた。 たび 「つまりね、 一人で酒を飲む度にあの話を思い出すんだ。今に頭の中でカチンと音がして楽にな れるんしゃないかってさ。でも現実にはそ、つうまくはい、よ 日なんてしたこともないよ。そ
「家族の悪口なんて確かにあまリ良いもんしゃないわね。気が滅入るわ。」 「気にすることはないさ。誰だって何かを抱えてるんだよ。」 「あなたもそう ? 」 「うん。いつもシェービング・クリームの缶を握りしめて泣くんだ。」 彼女は楽しそうに笑った。何年か振り、といった笑い方だった。 「ねえ、何故ジンジャー ・エールなんて飲んでるの ? 」僕はそう訊ねてみた。「まさか禁酒して るわけじゃないんだろ ? 」 そのつもりだったんだけど、もういいわ。」 「何を飲む ? 」 「よく冷えた白ワイン。」 僕はジェイを呼んで新しいビールと白ワインを注文した。 を「ねえ、双子の姉妹がいるってどんな感じ ? 」 「そうわ、変な気分よ。同じ顔で、同じ知能指数で、同しサイズのプラジャーをつけて : 風 つもうんざりしてたわ。」 「よく間違えられた ? 」
108 スに小銭を入れて何曲かを選び、カウンターに戻ってビールを飲んだ。 川分ばかりして、ジェイがもう一度僕の前にやってきた。 「わえ、鼠はあんたに何も言わなかった ? 「変だね。 「そう ? ジェイは手にしたグラスを何度も磨きながら考えこんだ。 「きっとあんたに相談したがっているはすだよ。 「何故しない ? 「しづらいのさ。馬鹿にされそうな気がしてね。 「馬鹿になんかしないよ。 「そんな風に見えるのさ。昔からそんな気がしたよ。優しい子なのにね、あんたにはなんていう : 別に悪く言ってるんしゃない。 か、どっかに唐り切ったような部分があるよ。 「わかってるよ。」 「ただね、あたしはあんたよりも年上だし、その分だけいろんな嫌な目にもあってる。だから、 これはなんていうカ :
川分ばかり後で、グレープフルーツのような乳房をつけ派手なワンピースを着た歳ばかりの 女が店に入ってきて僕のひとっ隣りに座り、僕がやったのと同しように店の中をぐるりと見まわ り、うんざりする してからギムレットを注文した。彼女は飲み物を一口だけ飲んでから立ち上が 日 ソグを抱えて便所に入った。結局鬨分ばかりの門 くらい長い電話をかけ、それが終るとハンドバ にそれが 3 回続いた。ギムレットを一口、長電話、ハント / ーテンのジェイが僕の前にやってきて、うんざりした顔で、ケツがすりきれるんじゃないか な、と言った。彼は中国人だが、僕よりすっと上手い日本語を話す。 女は三度目の便所から戻ると、あたりを見回してから僕の隣りに滑りこみ、小声で言った。 「ねえ、悪いんだけど、小銭を貸していただけない ? 攵あった。 こ。川円玉が全部で本 僕は肯いてポケットの小銭をあつめ、カウンターの上に並べオ 「ありがとう。助かるわ。これ以上店で両替すると嫌な顔されるのよ。」 「構いませんよ。おかげですいぶん体が軽くなった。 を 彼女はニッコリ肯いて、すばやく小銭をかきあつめると電話の方に消えた。 僕は本を読むのをあきらめ、ジェイに頼んでポータブル・テレビをカウンターに出してもら 風 ビールを飲みながら野球中継を眺めることにした。たいした試合だった。 4 回の表だけで二 人の投手が 2 本のホームランを含めて 6 本のヒットを打たれ、外野手の一人はたまりかねて貧血 や
は車の屋根によじのばり、天窓から運転席をのぞきこんだ。 「大丈夫かい ? 」 「ああ、でも少し飲みすぎたな。吐くなんてね。」 「出られるかい ? 」 「引っぱり上げてくれ。 鼠はエンジンを切り、ダッシュポードの上の煙草の箱をポケットにつつこんでから、おもむろ に僕の手をつかんで車の屋根によじのばった。僕たちはフィアットの屋根に並んで腰を下ろした ートンの まま、白み始めた空を見上げ、黙って何本か煙草を吸った。僕は何故かリチャード・ 主演した戦車映画を思い出した。鼠が何を考えていたのかはわからない。 「ねえ、俺たちはツィてるよ。」 5 分ばかり後で鼠はそう言った。「見てみなよ。屋我ひとつな 一三ロじられるかい ? 」 僕は肯いた。「でも、車はもう駄目だな。」 を「気にするなよ。車は買い戻せるが、ツキは金じや買えない 僕は少しあきれて鼠の顔を眺めた。「金持ちなのか ? 」 風 「らしいね。」 「そりや良かった。」
106 街にはいろんな人間が住んでいる。僕は年間、そこで実に多くを学んだ。街は僕の心にしつ かりと根を下ろし、想い出の殆んどはそこに結びついている。しかし大学に入った春にこの街を 離れた時、僕は心の底からホッとした。 夏休みと春休みに僕は街に帰ってくるが、大抵はビールを飲んで過ごす。 9 一週間ばかり鼠の調子はひどく悪かった。秋の近づいてきたせいもあるだろうし、例の女の子 のせいもあるのかもしれない。鼠はそれについては一言もしゃべらなかった。 鼠の姿が見えない時、僕はジェイをつかまえてさぐりを入れてみた。 「ねえ、鼠はどうしたんだと思う ? 「さあね、あたしにもどうもよくわかんないよ。夏が終りかけてるからかね。」 秋が近つくと、いつも鼠の心は少しすっ落ちこんでいった。カウンターに座ってばんやりと本 を眺め、僕が何を話しかけても気の無さそうなとおりいつべんの答えを返すだけだった。夕暮に
く末、趣味だとか、寝た女の数だとか、テレビの番組についてだとか、昨日見た夢だとか、そう いった話をね。そして二人でビールを飲むんた。」 し。一体何処にビールがあるんだ ? 」 「ねえ、ちょっと・侍ってくオ 鼠は少し考えた。 「浮いてるのさ。船の食堂から缶ビールが流れ出したんだな。オイル・サーディンの缶と一緒に ね。これでいい力い ? 」 「そのうちに夜が明けてきた。〈これからどうするの ? 〉って女が俺に訊ねる。〈私は島がありそ うな方に、冰いでみるわ〉って女は言うんだ。でも島は無いかもしれない。それよりここに浮かん でビールでも飲んでれば、きっと飛行機が救助に来てくれるさ、って俺は言う。でもね、女は一 人で、冰いでいっちまうんだ。」 鼠はそこで一息ついてビールを飲んだ。 を「女は二日と二晩泳ぎつづけてどこかの島にたどりつく。俺は俺で一一日酔いのまま飛行機に救助 のされる。それでね、何年か後に一一人は山の手の小さなバーで偶然めぐりあうんだな。」 風 「それでまた一一人でビールを飲むんだろ ? 」 「悲しくないか ? 」
墓にだって意味はある。どんな人間でもいっかは死ぬ、そういうことさ。教えてくれる。でもね、 そいつはあまりに大きすぎた。巨大さってのは時々ね、物事の本質を全く別のものに変えちま う。実際の話、そいつはまるで墓には見えなかった。山さ。濠の水面は蛙と水草でいつばいだし、 柵のまわりは蜘蛛の巣だらけだ。 俺は黙って古墳を眺め、水面を渡る風に耳を澄ませた。その時に俺が感じた気持ちはね、とて も一一一一口葉しや一一一一口、たない。 いや、気持ちなんてものじゃないね。まるですつばりと包みこまれちまう ような感覚さ。つまりね、蝉や蛙や蜘蛛や風、みんなが一体になって字宙を流れていくんだ。 鼠はそう言うと、もう泡の抜けてしまったコーラの最後の一口を飲んだ。 「文章を書くたびにね、俺はその夏の午後と木の生い繁った古墳を思い出すんだ。そしてこう思 う。蝉や蛙や蜘蛛や、そして夏草や風のために何かが書けたらどんなに素敵だろうってね。」 語り終えてしまうと鼠は首の後ろに両手を組んで、黙って空を眺めた。 け「それで、・ : ・ : 何か書いてみたのかい ? 」 を 「いや、一行も書いちゃいないよ。何も書けやしない。」 歌 の「そう ? 「汝らは地の塩なり。」
ートに電話をかけてみたんだ。出て来て一緒に飲まない のうちに待ちくたびれたんで奴のア。ハ : 亦父な気がしたよ。奴はそ、つ かって誘うつもり だった。でもね、電話に出たのは女だった。 いったタイプじゃないんだ。たとえ部屋の中に人の女を連れこんでグデングデンに酔払ってた としても自分の電話は心す自分で取る。わかるかい ? 僕は番号を間違えたフリをして謝って電話を切ったよ。切ってから少し嫌な気分になった。何 故だかはわかんないけどね。そしてもう一本ビールを飲んだ。でも気分は晴れなかった。もちろ んそんなのは馬鹿げてるとは田 5 うよ。でもわ、そういうもんさ。ビールを飲み終るとジェイを呼 んで勘定を払い、家に帰ってスポーツ・ニュースで野球の結果を聞いて寝ちまおうと思った。 ジェイは僕に顔を洗えと言った。たとえビールを一ヶース飲んだって顔さえ洗えば連転できると 信してるんだね。仕方ないから僕は顔を洗うために洗面所まで行った。本当のことを言うと顔な んて洗うつもりはなかったんだ。フリをするだけさ。あの店の洗面所は大抵排水口がつまって水 A うべ ナかたまってるからね。あまり中に入りこ オくない。でも昨夜は珍しく水がたまってなかった。その をかわり床に君が転がってた。」 彼女は韶息をついて目を閉じた。 の 風 「それで ? 」 「君を抱き起こして洗面所から連れ出し、店じゅうの客に君のことを知らないかって訊ねてま