鈴木が引き取った五分後に、亠白が応接室に入ってきた。 「鈴枩ム長いかがでした」 「三本だ。もっとふつかけてもよかったかもなあ」 「三本が適当な線じゃないでしようか」 産業経済社でも、杉野良治事務所でも、綾は丁寧語で杉野と話す。 ク「それよりから手が出るほど勲章を欲しがってる財界人は、たくさんいらっしやるんです ジから、この際、枠を広げられたらよろしいと思うのですが : ・ : 。いわば人助けですよねえ。 プ春の叙勲に間に合わなければ秋の叙勲もありますよ」 篝「古村、グッドアイデアじゃないか。さしずめ叙勲プロジェクトってわけだな」 「そういうことになりますかしら」 章 一一綾はにこやかに返して、「ふふふふつ」と含み笑いを洩らした。 「よし、もう一人押し込もう。一人も一一人も一緒だ。問題は藤田みたいに一番欲しがってる のは誰かだな。業績の悪い会社は問題にならんが」 「そんな必要はまったくございません」 「それならいいが、ちょっと気になったんです」
「一杯だけだぞ」 田宮が紹興酒を一一つのグラスに注いだ。治子のグラスにはキュービックアイスを多めにし 治子は妊娠してから、意識的に酒量を落していた。六月一一十八日が予定日だ。さすがにも う隠せなくなっている。 紹興酒を飲みながら、田宮が言った。 「きみは僕が産業経済社にカムバックするほうがいいと思ってるわけか」 「どっちかって言えば賛成できないわ」 ~ ロ村綾のとりすました顔が治子の眼に浮かんだ。しかし、綾の則を口にすることは れた。 先日、田宮に山下明夫の則を出されて、動揺したことに思いを致したのだ。 「僕も、いくらなんでもそれはないと思うよ。とにかく、主幹にはきつばり断るからな」 縁「そうね」 臈「主幹はなんで気が変ったのかねえ」 章「さあ。産業経済社の将来のことを考えてるのかしら。一代で潰したくないんでしよ」 ル「普通の会社にすればいいんだよ。文彦さんが後を継ぎたいと考えるんなら、それもいいけ ど、かれはそんなつもりはなさそうだし、世襲にこだわることもないだろう」 「いまの幹部クラスは頼りにならないのかなあ」 つぶ
腹腔内を観察すると、 very fatty. 特に腸間膜の脂肪が多かった。 状結腸をみると、腸間膜の脂肪が豊富で挙上すると重い感じがした。外側への癒着が 強かったのでこれをで剥離した。ここで透視下に marking cl 一 ps を探り同部に hernia sta 三 er で漿膜面にマークした。状結腸の中部よりやや尾側と思われた。 Monk's line に沿って結腸を授動して十分に挙上できることを確認した後、下腹部正中 の port site を頭側へ 6 5 切開を延長して小開腹した。 授動した結腸を挙上しようとするに、結腸間膜が脂肪のため著しく厚く、挙上が困難で あった。そこでさらに 1 5 皮膚切開を延長した。 marking staples の部位を含んで結腸 が十分に創外へ出たことを確認して、腫瘤に触れてみると有茎性で良く動いていた。癌は あっても腺腫内癌と考えられた。呂を約 5 切除すべく腸間膜を切開すると脂肪が押し 院出されてきた。状結腸動脈を一本処理して、腸管を扇状に切除した。 病 再建は端々に Gambee 一層加納変法にて施行した。 結腸間膜の欠損部を縫合閉鎖して、左上腹部の port より川号 duple drain および川号 亀 penrose drain を挿入し、左傍結腸溝に留置して閉腹した。他の port sites も縫合閉鎖し ? 」 0 全体に振り返ると、腸間膜の脂肪が予想より遥かに呈だったため苦労した。 流動食の摂取のが出たのが術後三日目で、一日ごとに三分叝五分粥、七分粥、おか
「そんなに食べて大丈夫なの。 いくら健啖家のあなたでも、ちょっと食べ過ぎなんじゃない かしら」 「余計なことは言わんでいい。人間、食えなくなったらおしまいだ」 杉野は厭な顔をした。 ひと言多かった、と綾は思ったが、杉野は機嫌をそこねるほどではなかった。 ロイヤルサルートの水割りを飲みながらの話になった。 「久しぶりに大一一郎と会ったが、おまえは大一一郎に含むところでもあるのか」 「なにを言いだすのかと思ったら : ・ 。なによ、それ。そんなことを言いたくてわたしを呼 んだわけなの」 「そうじゃない。おまえと年越し蕎麦が食いたかったからだ。ただなあ、ウチは人材の層が ク薄いからなあ」 ジ「そりゃあそうでしよう。あなた一人で持ってる会社なんだから、しようがないじゃない。 プあなたはあと一一十年は現役でやれるわよ。スー ーマンだって自分でも思ってるんでしよ。 でも田宮君を呼び戻したいんなら反対はしないわ」 「大山さんや田宮さんが莫迦に大一一郎を褒めるんだ。なんで辞めさせたんだって、叱られた 章 第 「さすが大山さんと田宮さんはお目が高いわ。田宮大一一郎君は、瀬川や川本に比べたら、ず っと切れるもの」
504 「病院へ一度来てくれましたけど。なんだか顔色が悪くて、一兀気がなかったような感じでし 「実は、ちょっと事件になりそうなんです」 「お兄さん、某大手広告代理店にお勤めでしよう」 「ええ」 「某大手広筏理店で石をければ有名人の子弟に当たると言われてるのは、ご存じと思い ますけど、杉野文彦さんも、その一人ですよねえ」 治子は田宮と顔を見合せた。 「文彦さんがどうかしたのか」 「ドラッグですよ。周りに遊び人のよからぬ連中がいるんでしようねえ。大物代議士の莫迦 息子と、有名女優の莫迦息子に引っ張り込まれて大麻を吸引したんです。杉野文彦さんが常 習犯じゃないのは不幸中の幸いだし、警察の事情聴取にも素直に応じて、心証はそう悪くな いようですけど : : : 」 「兄は母が亡くなって、綿状態が不安定になってるから・ : 治子がおろおろ声でつづけた。 「新聞に書かれでもしたら、早苗さんや甥や姪が可哀想だわ」 「大物代議士がしやかりきになって、モミ消しに乗り出してますから、新聞が書くかどうか
148 リビングのソフアで二人は向かい合った。 菘原の家の一一倍はあるから、一人でいると怖いくらいよ。もの音ひとっしないでしよ。 時々小鳥のさえずる声が聞こえるくらいなの」 「ほんと静かですねえ。管理人の小父さんと小母さんはお出かけですか」 「杉野の旅行中に、故郷に帰してあげたの。ご長男が酒田市の中学の先生。ずっと帰ってな かったんですって。すごーく喜んでたわ」 「管理人夫婦が、主幹や古村さんと同郷だとは知りませんでした」 「治子さんから聞いてなかった」 「ええ。多分知らないんじゃないですか」 綾がティカップをセンターテープルのソーサーに戻して、田宮を鞦娜つばく見上げた。 「あなた、主幹からわたしのこといろいろ聞いてるんでしよ」 田宮もティカップをソーサ 1 に置いた。 「再婚のことでしたら聞きました」 「治子さん、よく納得してくれたわねえ。あなたが説得してくれたんでしよ」 「昨日、成田空港で出発直前に話したんです。聞きわけがいいのでびつくりしました。主幹 もホッとしたでしようねえ」 「おっしやるとおりよ。治子さんのことはずいぶん気にしてたから」 「失礼します」
リ 0 サンフランシスコ二日目、杉野は三時に起床してトレバン姿になってリビングでデスクに 向かった。 習い性で、早朝の原稿執筆は欠かせなかった。 六時まで次号「帝都経済」のインタビュー記事〃主幹が迫る〃の原稿を書き、六時からス サニーレタス、マッシュルームを添えたホタテも、サワーテースト、トリュフーオイル、 チェリー 、トマトをあしらったわたりがにのダンジネスクラブも、関口がオーダーしたシー フード料理は、シェフのおすすめ品だけあって、舌がとろけそうなほど美味だった。 ホワイトワインをベースにしたムール貝のホットスープも美味しかった。 「イギリス人とアメリカ人はお料理に淡泊と思ってましたけれど、舌がこえてきたんでしょ 一つか」 「わたしは、シスコの前はロスに駐在してたんですが、料理はシスコのほうが圧倒的に美味 しいと思います」 話すのはもつばら治子と関口で、杉野は料理と料理の間隔があき過ぎるほど食べ方が速か った。ワインをあけるピッチが速くなる。確実に一人で白ワインのフルポトルを一本あけて しまった。
12 8 「それではあしたとあさってモントレーとカーメルに行かせていただきます」 「大塚さん、モントレーの宿泊の手配をお願いします。杉野先生の送迎は、わたしの車を使 いますから、リムジンはお嬢さんの方に回してください。杉野先生、そういうことでよろし いですか」 「けっこうです。シスコでは娘を立てるとしましよう」 杉野は上機嫌だった。 サウサリ 1 トの街並みは〃絵画的美しさをもアとガイドブックにあるとおり、海岸通り は気持ちがよいほどきれいなたたずまいで、わけてもリアドロの専用ギャラリーに、治子は 心を奪われた。 杉野はさして興味を示さなかったが、厭な顔もせず小一時間も治子につきあった。 治子は土産にリアドロの人形を三点も買い求めた。 ″アクア〃は満席だった。 「杉野先生がシスコにお見えになると本部から連絡を受けましたときに、すぐこのテープル を予約したんです」 「高級感のある雰囲気のいいお店ですねえ」 治子は店内を見回しながら、関口に返した。 タキシード姿のウェイターがれの高い椅子を引いて治子をまず坐らせた。次に杉野、
「雑煮を食べたら、一一回戦をやってもいいぞ」 「そんな無理しなくてもいいわよ」 「無理ってことはない」 杉野は大浴場と露天風呂に浸り、綾はヨーロピアン・ロイヤルスウィートに戻って、バス ルームで汗を流した。 六時の朝食は、杉野ならではのスペシャルサービスだ。元日の朝も杉野は浴衣に母覗綾 はスーツ姿で食卓に着いた。一一人は驪鮴の前にビールを飲んだ。 「風呂上がりはビールに限るな」 「ええ。明けましておめでとうございます」 「おめでとう」 一一人は小ぶりのコップを触れ合せて、乾杯した。 女性従業員が料理を並べ終えて、いったん去ったあとで杉野が訊いた。 「初夢っていうのは、元日の夜に見る夢をいうのか」 「そう聞いてるけど」 「目が覚める直前に見た夢だから、俺は初夢でいいと思うんだが、良い夢を見たぞ。おまえ と結婚式を挙げてる夢なんだ。ホテルオーヤマの『平和の凹か、帝京ホテルの『芙蓉の 間』かよくわからんが、盛況だったぞ。一年後にひと稼ぎ出来るんじゃねえか」 「一で盛大な式っていうのも、おかしくないかしら」 とそ
田宮は、綾の申し出を断わった。躰を世け出してきたことが、その伏線だとわかってしら けたこともある。それ以上に、″鬼のスギリョ ー〃が怖かったのだ。 綾は、そんな田宮を逆恨みして、田宮にレイプされたと杉野に訴え出た。激した杉野は、 治子に田言と離婚するよう迫ったが、田宮は三人だけの秘密〃を盾に、綾との関係ではシ ラを切り通し、遺一一 = ロ状の一件を杉野と治子に明かすことによって、窮地を脱することができ まぎ しかし、綾と男女関係が生じたことが、依願退職の動機づけになったことは紛れもない事 実である、と田宮はいまにして思うのだ。 田宮が・ ~ ・ロに思いを馳せたのは一瞬のことだ。時間にしたら、数秒間に過ぎない。 治子に言い募られているときに、文彦が一一階にあらわれたのだ。 「親父が呼んでるよ。そろそろ寝る時間だから、早く来てくれってさ」 文彦は顔を赤く染めていた。アルコールが顔に出る体質なのだ。い くら飲んでも平気な田 宮とはえらい違いである。同じ兄妹でありながら、治子のほうはアルコ 1 ルに強い。 「治子、主幹に挨拶して帰ろう」 「そうね」