すべての沙汰はカネ次第だ。 曽根田弘人元総理、武井守元総理ら大物政治家がスギリヨーを支援し続けているのは、 玉を握り合う仲で、もたれあっているためとも一一一一口えるし、腐れ縁で切るに切れない仲だか、・ まがいの悪事を働きながら、スギリヨーに司直の手が伸バ とも一一一一口えるが、恐喝まがい、一評欺 ないのは、大物政治家に担保しているためとみてさしつかえない。被害者のはずの財界が 害届けを出さないこともある。 スギリョ 1 が塀の中に落ちれば、大物政治家や大物財界人だって危ない。きわどい均衡匕 保てるのは、運命共同体だからこそなのだ。 スギリヨーの正妻の死と法事の日程はあっという間に政財界の隅々にまで伝わった。 その結果、香典をいくら包むか、をめぐって大企業の広報部長、秘書課長らは電話で意日 を交換し合った。 「十万円ですかねえ」 「慶事ならぬ弔事ですから、五万円でしよう」 「おたくのトップは、スギリヨーとは格別お親しいようですから、十万円でもかったるいア じゃないですか」 一「とんでもない。御社の相談役こそ、若かりしころからスギリヨーに入れあげてるそうじ ( ないですか」 広報部長、秘書課長たちは冗談抜きの本気で、そんなやりとりをしていたのだから、
十七日の夜、吉田と電話でそんなやりとりをしたが、〃 潭亭〃の八重山料理は関西風にア レンジされていて、妙なくせもなく、美味しかった。 「吉田にしてはしゃれた店を知ってるなあ」 「料理もさることながら、沖縄の古酒がいけるんですよ」 萢盛だろう。強い酒だよねえ。俺はビールにする」 ビールも沖縄産のオリオンビールだった。 ビールで乾杯するなり、吉田が訊いた。 「電話では話せない大事な話だとか思わせぶってましたが、いったいなんですか」 「産業経済社に一一人そろって、復帰しようって話だよ」 「冗談でしよう」 「本気だよ。『帝都経済』を俺と吉田でリニューアルしようっていうわけだ。スギリヨー 事三顧の礼で、一一人を迎えたいって頭を下げてきた。無下に断るわけにもいかんだろう」 人「いい加減にしてくださいよ。田宮さんは娘婿だから、あり得るとは思うけど、スギリヨー 逆にとってわたしは不倶戴天の敵ですよ。もっとも、わたしみたいな若造なんて目じゃないか 章もしれないけど、いくらスギリヨーが枯れたり丸くなっても、そんなのあるはずないでしょ 「それがあるから不思議なんだよなあ。スギリョ ーが″お山みと縁を切ったのは、知ってる よなあ」 カ
「それにしてもスギリヨーが古と再婚ねえ。さぞや挙式をネタに″取り屋〃ぶりを発揮 することでしようよ。田宮さんと治子さんのときも企んだけど、計算どおりに行かなくて、 怒ってましたよねえ」 「爺さんの再婚で″取り屋〃ぶりを発揮できるだろうか」 「やりますよ。ホテルオーヤマの平和の間に政財界人を集めて、盛大な披露宴をやると思い ます。なんなら賭けてもいいですよ」 田宮も古酒を飲み始めたが、ロ当たりは悪くなかった。 「ここだけの話、スギリヨーの時代は長くないと思うんだ。治子も言ってたが、せいぜいあ と五年だろう。われわれの手で『帝都経済』を一流経済誌にするチャンスだと割り切って考 える手もあるんじゃないのか」 「スギリヨーが死んだら考えましよう」 事「吉田の気持ちはわかった。猿知恵だって莫迦にされたが、迷ってたことはたしかだよ。ス 人ギリヨーに断るとするか」 逆「そこは慎重に考えたらどうですか。わたしを道連れにする手はありませんけど、田宮さん 章が産業経済社にいることは、社員に希望を持たせることにはなるかもしれませんよ」 第「なにを一一 = ロうか。心にもないことを」 「いや、そんなことないですよ。とりあえず『ウォーキング』を立ち上げたらどうですか。 『帝都経済』はどうあがいても変えようがないと思います。スギリヨー一代でおしまいにす
222 「帝都経済」五月上旬号が発売された四月一一十五日の夕方、稲村から鈴木に電話がかかっ 」 0 鈴木は居留守を使いたかったが、逃け回るわけにもいかない。しかも、東亜銀行は石原重 工業のメ 1 ンバンクでもある。 女性秘書が稲村からの電話を知らせてきたとき、「回して」と、しかめつ面で答えた。 「鈴木です。いっぞやはどうも」 「さっそくですが、『帝都経済』読みましたか」 ) ) え。なにか」 「スギリョ 1 に筆誅を加えられました。〃有情仏心みとかいうコラムで、ぶったたかれたん ですけど、落しまえをつける方法はないですかねえ。新聞広告にも大きく出されて、往生し てます。このまま引き下がる手はないと思ってるんですけど」 「さっそく読ませてもらいますが、スギリヨーと喧嘩して勝てると思いますか。相手が悪過 ぎます。どういう内容か知りませんが、黙殺するのがよろしいと思いますよ」 「名巻〔毀損で訴えるのはどうですかねえ」 「スギリヨーは意地になって、書くんじゃないでしようか。わたしはそっちのほうが心配で 4
まえて帰ってくれ、だものねえ」 山岡がソフアから上体を乗り出した。 「それでどうなりました」 「午後からは三人で回った。気性の激しい稲村さんが、憎まれ口をききながらもハーフで帰 ったものねえ」 「帰りましたか。稲村さんに、退場を命じるとは、さすがスギリヨーですよ」 1 がこの事件を『帝都経済』に書くかどうかだよ」 「心配なのは、スギリョ 「ふう 1 ん。どうなんでしようか。書かないでもらいたいって神に祈るしかないでしようね え。わたしはスギリョ 1 だって書けた義理じゃないと思いますけど。それこそ目糞鼻糞を笑 う、じゃないですか」 「しかし、アバウトの桁が違うからねえ。へタに突っついてャプ蛇になってもなんだし、静 糞観するしかないな」 鼻「そう思います」 目山岡が言った目糞鼻糞を笑うが現実のものとなったのだから、鈴木が驚くのも無理はなか 章った。 七 第
「五十万円はわれわれ中小企業にとっては、安いおカネではありません。上げ幅が大き過ぎ ますよ」 各支局長にクレームをつけてきた中小企業は一一十数社に及んだ。 支局長レベルで押し返したところもあるが、強硬なオーナーには杉野が直々に電話をかけ 「五十万円ぐらいのはしたガネでガタガタ一一一一口うなんて大物の x x さんらしくないねえ。店頭 公開、上場を目指して頑張ってるんでしようが。わたしとっきあってて、損はないですよ。 敵に回すと泣きを見ることになるんじゃないの」 ″鬼のスギリョ 1 , にまれて、なお反発するほど根性の据わった経営者は比品った。 〃歩こう会〃のアイデアは、スギリヨーが早朝ゴルフから考え出したものだ。 スギリヨー主催の午前五時半スタートという異常な早朝ゴルフ会は、財界で知られてい た。恐れられてもいた。 五時半にスタートするためには、三時に起床して、五時過ぎまでにゴルフ場に到着してい なければならない。自宅の場所によっては、前夜から当該ゴルフ場近くのホテルに宿泊を強 いられる羽目になる。 杉野は半年前に早朝ゴルフ会の案内状を出す。 じきじき
れたよ」 「それはなによりです」 「スギリヨーもしぶといよねえ。文彦さんの事件のモミ消しを俺に命じるんだから。『週刊 潮流』に書かれたら、さんとか言ってたよ」 「書かないと思いますよ。というより大物代議士がしやかりきになってるから書けないんじ ゃないかなあ」 「そうだったら、ありがたいんだが」 「『ウォーキング』はどうなるんですか」 「走り出しちゃってるから止めようがないね。挫折したら、沽券にかかわると考えてるんじ ゃないのかねえ」 「ま、そうなんでしようねえ。『ウォーキング』がどんなことになるのか、せいぜいウォッ 事チさせてもらいますよ」 人「吉田は古巣を大事に思ってくれてるらしいから、天下の『潮流』で叩くなんてことはしな 逆いよなあ」 章「その点は留保させてください。田宮さんが復帰しないことがはっきりしただけでも、よし 第としましよう。杉野文彦さんは産業経済社に就職するんですか」 「多分そういうことになると思うけど。だからこそスギリョ 1 は俺をめてくれたんだと思 一つよ」
「もう出しちゃったんだから、いまさら引けないわ。とにかく当たってみて。だからっ て、あなたに暴力をふるったりしないでしよ。治子さんたちを巻き込むこともないと思う わ。主幹が万一のときは別だけど」 しいところ 綾は、田宮の調停能力を引き出せると思い込んでいるらしい。買い被りも ) りようじ 綾との一一度の房事を通じて、スギリヨーの一尸籍上の名則が、杉野良治ではなくて、杉野良 はる 治であることを田宮は知った。また、昭和四十四 ( 一九六九 ) 年十一一月の総選挙に杉野は山 形一一区から立候補したが、与党の公認洩れが響いて、わずか千票足らずの差で落選したこと なども。 杉野は財界からかすめ取った膨大な資金を選挙戦に投じ、選挙違反で五十人以上の逮捕者 を出したうえ、杉野自身も一カ月近く拘留されたという。綾は出産後、杉野陣営の選挙運動 員として、しやかりきになって選挙戦をたたかったに相違ない。杉野と綾の関係は、俺が考 再えた以上に強い絆で結びついていたのだ、と田宮は思ったものだ。 昭和四十四年当時、まだ弱小派閥の領袖に過ぎなかった曽根田弘人が保守系無所属の杉野 章 一の応援に山形に駆けつけたと田宮は綾から聞いたが、爾来、杉野は曽根田との盟友関係を保 ーがどれほどパワーアップしたか測り 持していた。曽根田が総理時代の五年間に、スギリョ 知れない。
「スギリョ 1 のパワーは衰えてないよなあ」 「現役総理と判澤一兀総理以外の総理経験者は、全員出席してますよ。″感謝する会″はお笑 いだけど、あのパーティに呼ばれなかった与党の政治家は、個人的には見通し暗いっていう ことになるんじゃないですか」 「さぞや、老害財界人も、うじゃうじや出席してるんだろうねえ」 「日本をダメにした老害どもが、一堂に会して大宴会をやってるわけでしよう。いま正に、 斜陽国日本の縮図がホテルオーヤマの平和の間の宴にあるんじゃないですか。これから、日 本は坂道を転がるように、大不況に見舞われるような気がするんですけど、危機感のまった くない老害どもが寄ってたかってスギリヨーなんかをョイショしてる場合なんでしようか」 「吉田は、超ペシミストなんだなあ」 「田宮さんはどうなんですか。この国の将来に自信がもてますか」 発「もし、もてると考えてたら、あなたの危機感の欠如も相当なものですよ。権力の座にしが 本みついている老害どもが、宴に酔ってるこの国の現実を憂えないような田宮さんだったら軽 章蔑します。バブルの責任を取らずに口をぬぐってる人たちが、いま、この国のリーダーなん 第ですよ。サラリ 1 マンも学生も去勢されちゃって、現実に対して怒ろうとしない。もっと怒 るべきなんじゃないですか」 「老害政財界人には、お引取り願いたいとは思うし、橋龍じゃもたないとも思うが、学生に
実際問題として、文子も文彦一家も、そして治子自身も、スギリヨーの傘の下でぬくぬ / としている現実から目をそらすわけにはいか 一一流私大出の文彦が大手広告代理店の東通に就職できたのも、スギリヨーのコネだし、 彦一家が住んでいる三田のマンションもスギリヨーの所有物だ。文子がスギリヨーから受 ていた経済的な支援があればこそ、治子も少なからぬ恩恵を受けてきたのである。 母のお葬式を兄が取り仕切ったあとで、怒り心頭に発した父に、なにをされるかわかつわ ものではない。 頭に血をのばらせ、激情に駆られたスギリヨーの阿修羅の形相を治子はこの眼で何度も日 てきただけに、文彦の提案は非現実的に思えた。 『ふざけるな ! 出ていけ ! 』 治子はぞくっと身ぶるいした。 スギリヨーが髪振り乱して、絶叫する場面を眼に浮かべたのだ。 4 ほどなく田宮大一一郎がトレンチコートを脱ぎながら霊安室に入ってきた。 田宮は三十七隲苦み走った顔が弔意をあらわして深刻に歪んでいる。 「母は苦しまずに、安らかに逝ったわ。昨夜、ロスに一緒に行って〃ガラスの教会〃の結 ,