186 太郎くんを見たつぎの日、弟は熱を出して学校を休んだわ。 千春岩尾さんは黙っててよ、あたしたち、花子の話をしてるのよ。 だいたい千春はいたずら半分に花子さんを呼び出 夏子花子さんを呼び棄てにするなー してるだろ ? ・ほく、いたすら半分で遊んでるやつ見るとはらが立つよ。花子さん しゅ′」れい は守護霊なんだそ ! 魚子花子さんが現れるのはトイレだけじゃないわ。〃花子〃って名前だから、水のある りんご みずの ところが好きなのよ。水呑み場やプールにだっているわよ。中庭の林檎の樹の下に まど ある池にもね。ノックなんかしなくても現れるわ。鏡や水面に姿が映るのよ。 ( 窓 ガラス 硝子を見る ) ほらつ、窓硝子にも。 千春魚子はさっきまで花子さん知らなかったくせに、よけいなこといわないでよー 夏子女便所の奥から三番目のドアの外側を五十回、内側を二十回ノックしなきやだめな んだ ! 千春と香は顔を見合わせてくすくす笑う 香あたしがねえ、「花子さん、花子さん、出てきてください。岩尾さんの好きな人は す
181 静物画 夏子あんたたち、花子さんをおもしろ半分にやってるんじゃないだろうね ? 花子さん に質問するまえに「花子さん花子さん出てきてくださいってちゃんといってる ? トイレから出るときは「花子さんさようなら」 ( お辞儀をする ) あーっ、もう、心 配だからぼくもいっしょに一何くよ。 千春なによ、 いっしょに行きたいんだったら「行きたい。っていえばいいじゃない。 千春は夏子から眼鏡を奪い返し、あわてて眼鏡をかける。 ちょうげん バイオリンの調弦の音が途切れる。 おこ 夏子ちがうよ、・ほくはただ千春と香のことを心配してるんだよ。花子さんって、怒ると 手をつかんでトイレに引きずり込むんだよ。 ろうか 千春、夏子、香、廊下に出る。 香あっ、ちょっと待って。 とぎ
180 夏子は敵意を込めて千春を睨みつける。 千春 ( ふいをつかれて ) なにすんのよー 夏子呼び棄てにするな ! 千春えフ しゅごれい 夏子花子さんを呼ぶときは〈さんづけ〉で呼べ ! 花子さんは守護霊なんだそ ! ゅうれい 魚子花子さんって幽霊なの ? 夏子うん。 魚子学校にいる幽霊はみんな学校で自殺した生徒よ。ねえ、花子さんはどんな死にかた をしたの ? 夏子・ほく知らない。千春は知ってるフ 千春え ? 知らないわ。香、行きましよ。 香ねえ、千春、今日は花子さんになに訊くの ? 千春は香に耳打ちする。 こ にら
千春と香、何かひそひそ耳打ちし合う。 香あたし、さっきは黙ってたんだけど、花子さん呼ぶのって、奥から二番目のトイレ を十五回ノックするんじゃなかったつけ ? 夏子え ? なにいってるんだよ。さっきぼくがやったとおり、トイレのいちばん奥のド アの外側を五十回、内側を二十回ノックして「花子さん花子さん出てきてくださ いっていうんだよー みずさわせんばい 千春ねえ、奥から三番目のトイレを十五回ノックするんだって、水沢先輩がいってたわ。 そうすると、トイレのドアの内側から花子さんがノックして返事するんですって。 画夏子水沢先輩、水沢先輩って、千春、水沢先輩とデキテルんじゃない ? おこ 物千春 ( 怒る ) ふざけたこといわないでよ ! 静冬美まんなかのトイレのドアを十五回よ。太郎くんを呼び出すには。 千春太郎くんってなによ。 冬美男便所に出るのは太郎くんって名前なんですって。わたしの弟の小学校に出るのよ。 夏子 ( 暗く ) なんでもないよ。 だま おく
ゅうれい 香シスター桜井は渡り廊下の幽霊に胸さわられたかしら ? 夏子さわられるわけないだろ。黒いがくらん着た野郎の幽霊なんだって、うちの生徒に ラブレターを渡して目のまえで破かれたから自殺したんだよ。 香その男のひとを振った子が、胸が大きくて三つ編みだったのね。夏子はどの子だか 知ってるのフ 夏子うんと昔の話だよ。 うで 千春なんだあ、昔の話なのかあ。 ( 香の腕をとり ) おトイレつきあって。 香うん。今日は花子さんになに訊くの ? 魚子花子さんってだれ ? 女生徒たち、魚子をばかにして笑う。 画 物千春花子を知らないのフ 静 めがね 夏子、千春の眼鏡をもぎとる。 千春の目のまわりにじめじめした白い輪がふたつできている。
だれなのか教えてくださいって訊いたのよ。 魚子、冬美、夏子の顔色がそれそれに曇る。 千春質問したのは香だけど、花子さんの声を聞いたのはあたしよ。花子さんはねえ、 「岩尾さんの好きな人は紙透魚子さんよっていってたのよ。夏子と香には聞こえ なかったらしいけど、あたしにははっきり聞こえたわ。 けんまく 魚子 ( 赤面し、すごい剣幕で ) なにいってるのよ ! 千春ー 女生徒たち、黙り込む。 かな 夏子はそっと哀しげな口笛を吹くが、溜め息に変わる。 画 物千春ああああ、どこへ行ったのかわかりさえすればねえ。 静 ちんもく 沈黙。
貞子お義母さん、へんなこというのやめてください。四人ともあたしが生んだんですか ら。 春子は腑に落ちない様子だ。 かたたた 真っ赤な顔をして酒を呑んでいる俊和が冬樹の肩を叩いて、 俊和冬樹くん、金に困ったら伯父さんとここいよ。 冬樹はあ。 俊和伯父さんはノン。ハンク、サラ金っていったほうがわかりやすいかな。伯父さんはサ ラ金やってんだよ、知ってるフ 冬樹はあ、知ってます。 ふつう 俊和普通は年三十パーセントの金利なんだけど、冬樹くんが借りにきたら、そうだな : 祭 : きみはいくつになった ? の 魚冬樹二十六になりました。 俊和二十六パーセントでいいよ。 しや、名案だ。二十六歳の 冬樹 ( 両の手をパチンと打ち鳴らして ) そりや名案だなあ、、
おどろ 一同、驚いて孝を見る。 貞子あなたー さいだんれいきゅうしゃ 川島祭壇、霊柩車、会葬者へのお礼の品、花輪すべて最高のものをそろえますと三千万 をカかりますが。 きみよう 孝、のどからグウッという奇妙な音を出す。 さいじよ - っ 佐藤その場合、お葬式はもちろんこんな場所ではなくて、斎場のほうで、 さえぎ 貞子 ( 佐藤の声を遮り、駄々っ子のように ) お葬式はここでやります。ここじゃなきや いやなんです。 川島お花もね、お若いかただとあんまり届かないんですよーーー・かっこうをつけるために 祭 こちらで用意しなければならないし、 の 魚孝社長からひとっ届く。 結里冬逢が働いていた建設会社からもきっと届くわよ、りつばなのが。だって冬逢、そ パのお店で この会社の仕事してて事故にあったんですもの。 ( 指を折りながら )
211 静物画 り ) あら、ここは美術部の部室だったかしらっ・ 香そうです。美術部です。 シスター桜井そう、ほんとかしら ? ( 口に手を当てて笑う ) すぐ片づけるように、 いですか ? さあ、小泉さん、まいりましよう。 うわば シスター桜井の靴音と夏子の上履ぎを引きする音が遠くなる。 残された四人の女生徒たちはカなく絵の具を片づける。 ちょうげん 魚子 ( 。 ( イオリンの調弦の音に耳を傾けて ) 音楽部の練習、まだ終わらないのかしらフ ひび 礼拝の開始を告げる鐘の音が鳴り響き、ゆっくりと暗転。 放課後の教室。 ゅうやみ タ闇が熱心な目つきで教室のなかに押し寄せている。 かげえ 魚子の姿がオレンジ色の光線のなかでひとつの黒い影絵になり、動くことのない顔 かね かたむ
172 冬美わたし、黙っててあげてもいいわ。その代わり、 シスター桜井その代わり ? 冬美 >ZO と煙草のことは忘れてね。「ひとを裁くな。自分が裁かれないためである」。 シスター桜井わかりました。岩尾さん、くれぐれも口外しないようにね。みなさんも : 老シスターとシスター桜井、逃げるように去る。 女生徒たち、あっけにとられて冬美を見ている。 香助かったわ、岩尾さんのおかげで、あたし。 冬美 千春岩尾季子さんってお姉さまだったのね。 冬美 みんなそれそれの思いを追いかけている。 夏子、のカードを片づけて香に渡す。 わた