しずく ね : : : ( 頬を伝っている雫をはらって ) 歌、うたおうー まゆ 親戚たちは眉をしかめる。 孝 ( 吼えるように ) うたおうー 冬樹冬逢が最後までうたえる歌はひとっしかないんだ。親父が教えてくれた歌、親父、 おれたちに手え、つながせてさ ( 歌う ) お手え手えつうなあいでえ、野お道いをお こおりいすうにいなああってえー ゅうけえばあ、みいいんなあかあわあいし おこ 冬樹は調子つばずれに、孝は怒ったような大声で歌う。 ぎわくまなざ 春子 ( 疑惑の眼差しを冬樹、結里、留里に向けて ) 結里と留里がはらちがいだ。 貞子みんなあたしが生んだんですよ、お義母さん。 春子そうか、思い出した、結里と留里は父親がちがうんだった。 貞子ひと聞きの悪いこというのやめてください。 春子 ( ロのなかでぶつぶっと、留里と冬樹を指さし ) この子とあの子が孝の子 ( 結里と棺 しんせき ほお かあ かん
果物屋の親父これは千五百円。 孝は財布から千五百円取り出して支払い、もうひとつ、西瓜を受け取る。 果物屋の親父お近くなら、あとで配達しますよ。 孝雨 : ・・ : 降らないねえ : 果物屋の親父はあ : 孝暑いなあ。 果物屋の親父はあ : : : 日照りつづきで : 孝暑いなあ。 果物屋の親父暑いですねえ。 孝あなた、奥さんはいるんですか ? 果物屋の親父はフ によ、つ」うつま 孝女房、妻、ツマはいるんですか ? 果物屋の親父え、そりゃあ、まあ。 おく
57 魚の祭 孝まあじゃなくて、わたしはあなたのこと、訊いてるんですよ。奥さんはいますか ? します。 果物屋の親父は、。、 孝 ( 大きくうなずいて ) それはいいですねえ。 果物屋の親父も孝も汗をだらだら流している。 ふたりとも何故か汗を拭こうとしない。 孝子どもはなん人ですか ? むすこ 果物屋の親父息子がひとりです。 孝ひとり ? それはいけないなあ、もっとがんばらないと。 果物屋の親父はあ。 孝そのひとりがいなくなったらどうするんですかフ めいわく 果物屋の親父、迷惑そうな顔で孝を見るが、孝の手にぶらさがっているふたつの西 瓜に目をやり、何とか堪えている。 あせ ふ こら
孝あなた、パチンコやるフ 果物屋の親父。ハチンコ ? あさひごてん 孝黄金町の駅まえの旭御殿ってパチンコ屋、知ってます ? 果物屋の親父そっちのほうは行かないんで : 孝出る台、知りたくありませんかっ・ しいかげんうんざりする。 果物屋の親父、 孝なにか書くものあります ? 果物屋の親父、もうどうにでもなれという感じでメモ用紙を渡す。 孝は出る台のナン。ハーをメモして、果物屋の親父に渡す。 孝極秘情報ですよ。 孝は西瓜を両手に天秤のように持って、貞子の家に向かってゆらゆら歩いていく。 」くひ てんびん わた
くちびるすきま 孝はポケットから煙草を取り出し、唇の隙間にしわしわに折れたハイライトを一本 さカ くわえてライターを捜すが見つからないので、溜め息をつく ひとみすいか くだものや 孝は果物屋の前で歩を停める。孝の瞳に西瓜が映る。 果物屋の親父だんな西瓜ですか ? あまいですよ。 孝はいくつかの西瓜をひとさし指とおや指で弾いてみる。 孝これ。 果物屋の親父毎度ありい。千円です。 孝、ポケットから財布を出し、千円を払い、西瓜を受け取る。 祭 の 魚孝あっ、やつばり、これも。 孝はいちばん大きな西瓜を指さす。 さいふ
冬樹あまい。 貞子おぼえてない ? 遠足のとき、冬樹、お砂糖いつばい入れてうんとあまくしてって いってたじゃない ? しんにゆう きんちょうあんど 貞子の声が冬樹の血管のなかに侵入して、緊張と安堵、慨しみと懐かしさ、といっ しようとっ わ た互いに衝突する感情が同時に湧きあがる。 冬樹おぼえてないなあ。おれと親父、ふたりで暮らすようになってから、麦茶に砂糖な んて入れないし。 貞子よく、夏休み、海に行ったじゃない、家族ぜんいんで、朝早くからお湯沸かして、 あまい麦茶たくさんつくって、 パの車に大きな西瓜なん個も積んで : 冬樹車が動き出すと、すぐ親父と ( いい難い ) お母さんのけんかがはじまる。けんかの きっかけはささいなことなんだけど、そのうちののしり合いになって、だから、お れ、遠くの海に行くっていわれてもちっともうれしくなかった。 おやじ なっ
結里留守電にここにくるようにつて入れておいたから、きっともうそろそろくるわよ。 冬樹あいつんち、いつも決まって留守電だろ ? どこ行ってんだろ ? あいっ仕事なん もしてないのになあ。 結里働くのが嫌いなのよ。 冬樹じゃあ、どうやって暮らしてるんだよ。生活費とか家賃とか。 結里 ハバから月々お金もらってるんじゃないのフ おやじ 冬樹親父にそんな金ないよ、あいかわらず馬やってるんだもん。 結里競馬か : 冬樹留里んち、行ったことある ? あいつ、おれや親父に住所教えないんだよ。今年の 正月も帰らなかったし。行ったことあるフ 結里 ( 首を横に振る ) ううん。 冬樹なにして暮らしてるんだろう ? 結里ねえ。 冬樹 ( さらっと ) お母さんはどうやって暮らしてるの ? 結里男のひととは別れたみたいよ、半年前。 冬樹水商売か。 るすでん きら
のお母さんが帰ってきたんだと思って見に行ったじゃない ? 結里そう : : : でもお母さん猫が帰ってきたわけじゃなかったのよね。子猫はにゃあにや あ鳴きながら、目も見えない小さなからだで這いまわってたわ。おかしなかっこう だった、よろよろしてて。 冬樹目が開きかけたばかりのころだったよな。 みそしるにお 留里おとなりの家からお味噌汁の匂いがしてたわ : : : あたしたち四人、そこに突っ立っ たまま身動きできなかったのよ。 こぎ おやじ 冬樹親父が水槽に水を入れてたんだ。冬逢はおれの手をぎゅっと撼って親父の顔をじい っと見てた。 結里わたしはよろよろ這いまわっている子猫をつかまえた : : : 持ってみるとあたたかか ったわ : : : 母猫にそっくりな子猫はにゃあにゃあ鳴いていたの : : : わたしはそのま ま子猫を抱いてどこかに逃げたかったのよ : : : 二度とうちに帰ってこないつもりで 留里でも、お姉ちゃん、パパに子猫を渡したじゃない。 結里どうしてだか、わたし凍ったみたいに動けなくて声も出せなかったの。パ。、はなに もいわないで、わたしの手から子猫をとりあげて水のなかに落としたわ。水のなか こお わた
登場人物 なみやまたかし 波山孝 ( 父 ) さだこ 杉本貞子 ( 母 ) ゆり 波山結里 ( 長女 ) ふゆき 波山冬樹 ( 長男 ) るり 波山留里 ( 次女 ) ふゅお 波山冬逢 ( 次男 ) ささききようこ こいびと 佐々木香子 ( 冬逢の恋人 ) なつお むすこ 佐々木夏逢 ( 香子の息子 ) はやしやすこ 林恭子 ( 貞子の妹 ) すぎもととしかず 杉本俊和 ( 貞子の兄 ) かわだはるこ 川田春子 ( 孝の母 ) さとうかわしまそうぎしゃ 佐藤、川島 ( 葬儀社 ) くだものや おやじ 果物屋の親父他
貞子佐々木、とか佐々井とかいう名前だったと思うけど : みようじ 結里はアドレス帳の【さ】行のところをめくってみるが、佐々木という名字は見当 たらない。 冬樹冬逢、その子の電話番号暗記してたんじゃないかな ? 結里ああ ! 無一一一一口電話かかってきたじゃない ? あれ、その佐々木とかなんとかいう子 しわざ の仕業じゃない ? そ・つしき 冬樹そんなに親しかったんなら通夜か葬式にくるだろう。冬逢の仕事先のだれかに聞い てさ。それはそうと、親父おそいなあ。 結里留里も。 ガラス 結里は窓硝子の外に目をやる。 家のまえにひと待ち顔の少女が立っている。 結里だれか家のまえに立ってるけど : ささき 0 0