女 - みる会図書館


検索対象: 1Q84 BOOK1
490件見つかりました。

1. 1Q84 BOOK1

にそろそろと注いだ。両方の濃さが均等になるように注意深く。 「余計なことかもしれませんが、どうして入り口に網戸をつけないのですか。と青豆は尋ねた。 女主人は顔を上げて青豆を見た。「網戸 ? 「ええ、内側に網戸をつけて扉を二重にすれば、出入りするたびに、蝶が逃げないように注意す る必要もなくなるでしよう」 女主人はソーサーを左手で持ち、右手でカップを持って、それを口もとに運び、静かにハープ 小さく肯いた。カップをソーサーに戻し、そのソ 1 サーを ティーを一口飲んだ。香りを味わい トレイの上に戻した。ナプキンでロもとを軽く押さえてから、膝の上に置いた。それだけの動作 に彼女は、ごく控え目に言って、普通の人のおおよそ三倍の時間をかけた。森の奥で滋養のある 朝露を吸っている妖精みたいだ、と青豆は思った。 それから女主人は小さく咳払いをした。「網というものが好きではないのです , と言った。 青豆は黙って話の続きを待ったが、続きはなかった。網を好まないというのが、自由を東縛す る事物に対する総合的な姿勢なのか、審美的な見地から出たものなのか、あるいは特に理由のな いただの生理的な好き嫌いなのか、不明なままに話は終わった。しかし今のところ、それはとり たてて重要な問題ではない。ただふと思いついて質問しただけだ。 ープティーのカップをソーサーごと手に取り、音を立てずに一口 青豆も女主人と同じようにハ 。皮女はハープティーがそれほど好きではない。真夜中の悪魔のように熱くて濃いコーヒ 飲んた。彳 1 が彼女の好みだ。しかしそれはおそらく昼下がりの温室には馴染まない飲み物だった。だから 温室ではいつも、女主人の飲むのと同じものを頼むことにしていた。女主人はクッキーを勧め、 巧 3 第 7 章 ( 青豆 ) 蝶を起こさないようにとても静かに

2. 1Q84 BOOK1

のスッ 1 ルに腰を下ろしていた。細かい花柄のワンピ 1 スを着て、小振りなグッチのショルダー バッグを肩から提げている。爪には淡いピンクのマニキュアがきれいに塗られている。太ってい るというのではないが、丸顔でどちらかというとほっちやりしていた。いかにも愛想の良さそう な顔だ。胸は大きい 青豆はいくぶん戸惑った。女に声をかけられることは予期していなかったからだ。ここは男が 女に声をかける場所なのだ。 「トム・コリンズーと青豆は言った。 「おいしい ? あ で 「とくに。でもそんなに強くないし、ちびちび飲める」 神 「ど、つしてトム・コリンズってい、つんだろ、つ ? の て 「さあ、わからないな」と青豆は言った。「最初に作った人の名前じゃないかしら。びつくりす るほどの発明だとも思えないけど 人 その女は手を振ってバ 1 テンダーを呼び、私にもトム・コリンズをと言った。ほどなくトム・ そ コリンズが運ばれてきた。 肉 「隣りに座っていいかな ? ーと女は尋ねた。 と青豆は思ったが、ロには出 「いいわよ。空いてるから」、もうとっくに座っているじゃない、 さなかった。 第 「誰かとここで待ち合わせをしているわけじゃないんでしょ ? とその女は尋ねた。 青豆はとくに返事はせず、黙って相手の顔を観察していた。たぶん青豆よりは三つか四つ年下

3. 1Q84 BOOK1

青豆はひとっとって食べた。。 シンジャーのクッキーだ。焼きたてで、新鮮なショウガの味がした。 女主人は戦前の一時期を英国で過ごした。そのことを青豆は思い出した。女主人もクッキーをひ とつ手に取り、ほんの少しすっ囓った。肩ロで眠っているその珍しい蝶を起こさないようにそっ と静かに。 「帰り際にタマルがいつものように、あなたに鍵を渡しますと彼女は言った。「用が済んだら、 郵便で送り返して下さい。、 しつものよ、つに」 「わかりました」 しばらくおだやかな沈黙が続いた。閉めきった温室の中にはどのような外界の音も届かない 蝶は安心したように眠り続けていた。 「私たちは間違ったことは何もしていません」と女主人は青豆の顔をまっすぐ見ながら言った。 青豆は軽く唇を噛んだ。そして肯いた。「わかっています」 「そこにある封筒の中身を見て下さいーと女主人は言った。 青豆はテープルの上に置かれていた封筒を手に取り、そこに収められていた七枚のボラロイド 写真を、上品な青磁のティーポットの隣りに並べた。タロット占いの不吉なカードを並べるみた いに。若い女の裸の身体が部分ごとに近くから写されていた。背中、乳房、臀部、太腿。足の裏 まである。顔の写真だけはない。暴力のあとが各所に、あざやみみす腫れになって残っていた。 どうやらベルトが使われたようだ。陰毛がそられ、その付近には煙草の火を押しつけられたらし いあとが残っていた。青豆は思わず顔をしかめた。同じような写真はこれまでも目にしたが、こ こまでひどくはない。 巧 4

4. 1Q84 BOOK1

地下鉄の駅まで歩きながら、青豆は世界の奇妙さについて思いを巡らせた。老婦人が言ったよ うに、もし我々が単なる遺伝子の乗り物に過ぎないとしたら、我々のうちの少なからざるものが、 どうして奇妙なかたちをとった人生を歩まなくてはならないのだろう。我々がシンプルな人生を シンプルに生きて、余計なことは考えず、生命維持と生殖だけに励んでいれば、を伝達す るという彼らの目的はじゅうぶん達成されるのではないか。ややこしく屈折した、ときには異様 としか思えない種類の人生を人々が歩むことが、遺伝子にとって何らかのメリットを生むのだろ 初潮前の少女を犯すことに喜びを見いだす男、筋骨たくましいゲイの用心棒、輸血を拒否して 進んで死んでいく信仰深い人々、妊娠六ヶ月で睡眠薬自殺をする女性、問題ある男たちの首筋に 鋭い針を刺して殺害する女、女を憎む男たち、男を憎む女たち。そんな人々がこの世界に存在す ることが、どのような利益を遺伝子にもたらすというのだろう。遺伝子たちはそのような屈曲し たエピソードを、カラフルな刺激として楽しみ、あるいは何らかの目的のために利用しているの にろ、つ、刀 皮女にわかっているのは、今となってはもう他に人生の選びようがない 青豆にはわからない。彳 ということくらいだ。何はともあれ、私はこの人生を生きていくしかない。返品して新しいもの に取り替えるわけにもいかない。それがどんなに奇妙なものであれ、いびつなものであれ、それ が私という乗り物のあり方なのだ。 老婦人とつばさが幸福になってくれればいいのだが、と青豆は歩きながら考えた。もし二人が 本当に幸福になれるのなら、自分がその犠牲になってもかまわないとさえ思った。私自身には語 キャリア キャリア 443 第 19 章 ( 青豆 ) 秘密を分かち合う女たち

5. 1Q84 BOOK1

話が合わなくなるかもしれない」 「いいよ。それはたしかに正しい意見だ。で、たとえば私のどんなことを知っておきたいの ? 「たとえば、そうだな : ・ : どんな仕事をしてるの ? 女はトム・コリンズを一口飲み、それをコ 1 スターの上に置いた。そして紙ナプキンでロを叩 くように拭った。紙ナプキンについた口紅の色を点検した。 「これ、なかなかおいしいじゃない」と女は言った。「べースはジンよね ? 」 「ジンとレモンジュースとソーダ」 「たしかにそんなに大した発明とは言えないけど、でも味は悪くない 「それはよかった」 「ええとそれで、私がどんな仕事をしているのか ? そいつはちっとむずかしい問題ね。正直に 言っても、信じてもらえないかもしれないし」 「じゃあ私の方から一一一一口うわーと青豆は言った。「私はスポ 1 ツ・クラブでインストラクタ 1 をし ているの。主にマーシャル・アーツ。あとは筋肉ストレッチング」 「マーシャル・アーツ」と感心したように相手の女は言った。「プルース・ 1 みたいなやっ ? 「みたいなやっ」 「強い ? 「まずます」 女はにつこり笑って、乾杯するようにグラスを持ち上げた。「じゃあ、いざとなれば無敵の二 人組になれるかもね。私はこう見えて、けっこう長く合気道をやってるから。実を一言うとね、私

6. 1Q84 BOOK1

運 戎な 疋彼 野結 つ意 ば れも て味 ⅱ冊か て ん思 し、 温ち い分 く 、た はな い誘 か的 あ不 。か だな 惑で い穏 と だ 。と 小方 ろ に店 お女別 義オ っ 吐る い証 向、 違在 理置 けを見天 つ明 いな の か は有 がれ が体 ら でた 熱き も し彼 を教 才受冫坦 : な を見 に天 っか弁知 尢が よ て世 てあ 、界 つ な 危 女出種彼十同徒謎 っ知 ち柔 な て的分カ 、は 角 味オ に 押す を彼 の問弁蠣 ま方 持ほ し やす ん理 っか ら て性 田、よ い少 れ 。チ いが ャち秘ず る女 匂そ 抜た小の 。た き ネ何 差所 わ着 嗅、 の女 な た中 、る い快 な く と 当 の は 距 を し、 け方団 い そ っ し な 険けけ れ ば ま 舌し へ と は 生 だな店 謎 。離満頭 ち た 小 た教上 いかれ ら き る だ ざ 、か た い し、 場松か と も ら彼少な明 な 力、 考 つ何カ や ぎ な さ メ、 た ら け、 み 積 に の ・つ だ し し ふ り に わ る の は も つ よ し た し、 し、 と つ の の ど り し、 て も そ の メ ツ セ を ⅱノし み 解 く と き な し、 ん ば い い の ろ れ しナ ら ひ と っ ク ) 総 体 な メ ツ セ な ク ) だ そ れ に ど っ し と な ん て で き し、 、彼特 は に間存 な く お れ と っ 的何た ら か ク ) て な彼ち は な、 ん て ふ か り き な ん だ と は め て 田 っ の と 上ヒ べ る い と も わ っ ち ↑生 な た興耳 。味 を 抱 く と 0 よ も な か た 彼 た の た パ ン ャ の い を た に理女 対がた てかを を ( こ き か る し ふ ん に 会 着かな ら ー天。 五 が の よ っ いな中 で少を み女撫 た し い と 知 つ た 0 の は の 則 は戯学 、だ つ た 関 委攵 背 で を め 目 自 て分開 を じ っ と い と っ た 自 数 と っ ン を 通 し て マ ン ス を た華問 や 力、 し た 五 る教効 室 ま わ し は七時 歳 が十そ ノ、 い少の 女 た の か カゞ は 委攵 子 の 題 の に解オ き を 実 白勺 に に す る の に の に ら ル人れ入手 い ま し ま つ の 言冓 は に な く を 巾 び 生 た そ の 設雄牡 に わ め聞人 き つ ロ彼収 の も な し、 し - つ ん さ で れ ば の は ら か な の つ に の の 499 第 22 章 ( 天吾 ) 時間がいびつなかたちをとって進み得ること

7. 1Q84 BOOK1

「それを見たのは初めてでしよう ? 」と女主人は言った。 青豆は言葉もなく肯いた。「だいたいのところはうかがいましたが、写真を目にするのは初め てです」 「その男がやったことですーと老婦人は言った。「三カ所の骨折は処置しましたが、片耳が難聴 の症状を示しています、もとどおりにはならないかもしれない」と女主人は言った。音量は変わ らなかったが、 前よりも声は冷たく硬くなっていた。その声の変化に驚いたように、女主人の肩 口にとまっていた蝶が目を覚まし、羽を広げてふらふらと宙に飛び立った。 彼女は続けた。「こんな仕打ちをする人間を、そのまま放置してはおけません。何があってもー 青豆は写真をまとめて封筒に戻した。 「そう思いませんか ? 「思いますーと青豆は同意した。 「私たちは正しいことをしたのです」と女主人は言った。 彼女は椅子から立ち上がり、おそらく気持ちを落ち着けるためだろう、かたわらにあったじよ うろを持ち上げた。まるで精巧な武器でも手に取るように。顔がいくぶん青ざめていた。目は温 室の一角をじっと鋭く見据えていた。青豆はその視線の先に目をやったが、変わったものは何も 見あたらなかった。アザミの鉢植えがあるだけだ。 「わざわざ来てくれてありがとう。ご苦労様でした」、彼女はからつほのじようろを手にしたま ま言った。これで会見は終わったようだった。 青豆も立ち上がり 、バッグを手に取った。「お茶をご馳走になりました」 巧 5 第 7 章 ( 青豆 ) 蝶を起こさないようにとても静かに

8. 1Q84 BOOK1

女主人は木綿の軍手を取り、それを夜会用の絹の手袋でも扱うように、テープルの上に丁寧に 重ねて置いた。そしてつややかな色をたたえた黒い目でまっすぐ青豆を見た。それはこれまでい ろんなものを目撃してきた目だった。青豆は失礼にならない程度にその目を見返した。 「惜しい人をなくしたようね、と彼女は言った。「石汕関連の世界ではなかなか名の知れた人だ ったらしい。まだ若いけれど、かなりの実力者だったとか」 女主人はいつも小さな声で話をした。風がちょっと強く吹いたらかき消されてしまう程度の音 量だ。だから相手はいつもしつかり耳を澄ましていなければならなかった。青豆は時々、手を伸 ばしてポリュームのスイッチを右に回したいという欲求に駆られた。しかしもちろんポリュー ム・スイッチなんてどこにもない。だから緊張して耳を澄ましているしかなかった。 青豆は言った。「でもその人が急にいなくなっても、見たところとくに不便もないみたいです。 世界はちゃんと動いています」 女主人は微笑んだ。「この世の中には、代わりの見つからない人というのはまずいません。ど れほどの知識や能力があったとしても、そのあとがまはだいたいどこかにいるものです。もし世 界が代わりの見つからない人で満ちていたとしたら、私たちはとても困ったことになってしまう でしよ、つ。もちろん と彼女は付け加えた。そして強調するように右手の人差し指をまっす ぐ宙に上げた。「あなたみたいな人の代わりはちょっとみつからないだろうけど」 「私の代わりはなかなかみつからないにしても、かわりの手段を見つけるのはそれほどむすかし くないでしよう」と青豆は指摘した。 女主人は静かに青豆を見ていた。ロもとに満足そうな笑みが浮かんだ。「あるいは」と彼女は 巧 0

9. 1Q84 BOOK1

だろ、つ。 「ねえ、私はそっちの方にはほとんど興味ないから、心配しなくていいよ」と女は小さな声で打 ち明けるように言った。「もしそういうのを警戒しているのならだけど。私も男を相手にしてい る方かいし あなたと同じで」 「私と同じ ? 」 「だって一人でここに来たのは、良さそうな男を探すためでしょ ? 」 「そう見える ? 」 相手は軽く目を細めた。「それくらいわかるよ。ここはそういうことをするための場所だもの。 それにお互いプロじゃないみたいだし」 「もちろん」と青豆は言った。 「ねえ、よかったら二人でチームを組まない ? 男の人って、一人でいる女より、二人連れの方 が声をかけやすいみたい。私たちだって、一人よりは二人でいた方が楽だし、なんとなく安心で きるでしよ。私はどっちかとい、つと見かけは女つほい方だし、あなたはきりつとしてポーイッシ ュな感じだし、組み合わせとしちゃ悪くないと思うんだ」 ボーイッシュ、と青豆は思った。誰かにそんなことを言われたのは初めてだ。 「でもチームを組むといっても、それぞれに男の好みが違うかもしれないじゃない。うまくいく かしら」 ええとそれで、 相手は軽く唇を曲げた。「そう言われれば、たしかにそうだな。好みか : あなたはどんなタイプの男が好みなの ? 」

10. 1Q84 BOOK1

ままで、柳は静かに垂れ下がっていた。いくつかの枝の先は、あと少しで地面につこうとしてい 「その女の人は元気にしている ? ーと青豆は尋ねた。 「どの女 ? 「渋谷のホテルで心臓発作を起こした男の奥さんのこと」 「今のところ、それほど元気とは一言えないな」とタマルは顔をしかめながら言った。「受けたシ ョックがまだ続いている。あまり話ができない。時間が必要だ」 「どんな人なの ? スタイルもなかなかのものだ。しかし残念な 「三十代前半。子供はいない。美人で感じもいい。 がら、今年の夏は水着姿にはなれないだろう。たぶん来年の夏も。ボラロイドは見た ? 「さっき見た」 「ひどいものだろう ? 「かなりと青豆は言った。 タマルは言った。「よくあるパターンだよ。男は世間的に見れば有能な人間だ。まわりの評価 も高い、育ちも良いし、学歴も高い。社会的地位もある」 「ところがうちに帰ると人ががらりと変わる」と青豆があとを引き取って続けた。「とくにゞ 入ると暴力的になる。といっても、女にしか腕力をふるえないタイプ。女房しか殴れない。でも しい。まわりからは、おとなしい感じの良いご主人だと思われている。自分がどんな 外面だけは、 ひどい目にあわされているか、奥さんが説明して訴えても、まず信用してもらえない。男もそれ そとづら 157 第 7 章 ( 青豆 ) 蝶を起こさないようにとても静かに