コオロギ「そら、会社やからね、マジでやりますがな」 コムギ「へえ、それがなんでまた : ・ カオルがいらいらした声でロを挟む。「よう、ちょっと待てよ。今はこっちの話をしてん だよ。そういうこみいった身の上話はどっかべつのとこでやってくれよな」 コムギ「すいませんー カオルは画像をもう一度川時分に戻し、今度はコマ送り再生する。そして適当なところ を選んで静止画面にし、男の姿が映っている部分を段階的に拡大していく。そしてプリント アウトする。男の顔がかなり大きくカラー印刷されている。 コムギ「すげえ」 コオロギ「こんなことほんまにできるんですね。まるで『プレードランナ 1 』みたいやな いですか」 コムギ「便利つつうか、考えてみたらおっかない世界っすね。これじゃおちおちラプホに も入れないよー カオル「だからさ、お前らもあんまり外で悪いことはしねえ方がいいよ。昨今、どこにカ 104
たらばしばし乱れてましたから」 コオロギ「ええやないの。若いんやからいつばい乱れても。そのためにお金払ろて、こう いうとこに来てるんやもん」 コムギ「でもねえ、私もこれでまだ若いけどさ、最近はとんとご無沙汰だよ、乱れたりす るのに」 コオロギ「そら、意欲が足りんのや、コムギちゃんー コムギ「意欲っすかねえ ? 」 カオル「おい、そろそろ 4 0 4 の客だよ。下らねえこと言わずによく見てな」 画面の中に男が現れる。時刻は川時分だ。 男は淡いグレーのトレンチコートを着ている。年齢は代後半、に近いかもしれない。 ネクタイをしめて革靴を履いており、サラリーマンのようだ。金属縁の小振りな眼鏡をかけ ている。荷物は持たず、両手をポケットにつつこんでいる。身長も、体型も、髪型もごく普 通。通りですれ違ってもほとんど印象に残らないタイプだ。 「なんかやたら普通っぱいやつですね、こいつ。とコムギは言う。 100
メラがあるかわかんねえからさ」 コムギ「天知る、地知る、ディジタル・カメラ知る」 コオロギ「ほんまに。気いつけなあかんわ」 カオルは五枚ばかり同じ画像のプリントアウトを出す。三人はその顔をそれぞれにじっく りと眺める。 カオル「拡大してつから画像は粗つばいけど、それでもおおよその顔つきはわかるだ ろ ? コムギ「うん、今度道で会ったら、こいつだってちゃんとわかりますよ」 カオルは首をごりごりと音を立てて回しながら、無言で考えを巡らせている。やがて何か に思い当たる。 「お前らさ、あたしがさっき出て行ったあと、この事務所の電話使ったか ? 」とカオルは二 人に尋ねる。 二人は首を振る。 コムギ「使ってませんよー 10 ラ
ている。最短コースっていうか、無駄な動きがない。 コムギ「つまり、ここは初めてじゃないと ? 」 コオロギ「いわゆるお得意さん」 カオル「たぶんな。そして前にも、同じように女を買ってるんだろう」 コムギ「中国人の女専門という線もありますね」 カオル「うん、そういう趣味のやつは多いからな。でもさ、サラリーマンでここに何度か 来ているってことは、このへんの会社に勤めてる可能性が高いよな」 コムギ「そうなりますね コオロギ「それで、主に深夜勤務で働いていると」 けげん カオルは怪訝な顔をしてコオロギを見る。「なんでそう思うの ? 一日の勤めが終わって、 どっかで一杯飲んで気持ちよくなって、それからむらむらっと女がほしくなったってことも あるだろ ? 」 コオロギ「そやかて、こいつ手ぶらでしよ。荷物を会社に置いてきとるんですわ。これか ら家に帰るんやったら、なんか手に持っとるはずです。鞄とか書類袋とか。手ぶらで通勤す きよろきよろもしてない」 102
「じゃあ、どうすんですか ? 」コムギは言う。 「だから、それはあとでまた考えるって言ってんじゃねえか」 カオルが半ばやけつばちで、どこかのアイコンをほとんどカまかせにダブル・クリックす ると、ややあって、川時絽分の画面がモニター画面に現れる。 「やったねー コムギ「すごいっすね。為せばなるつつうか コオロギ「コンピュータもきっと、びびりよったんですわ」 三人は何も言わず、息をのんで画面を見ている。川時分に若い男女のカップルが入って くる。学生風。二人とも見るからに緊張している。部屋のパネル写真の前であれこれ迷って から、 3 0 2 号室のボタンを押してキーを取り、エレベーターに乗り込む。エレベーターの 場所がわからなくて、そのへんをうろうろする。 カオル「これが 3 0 2 号室のお客だ」 コムギ「 3 0 2 ね。見かけ純朴そうだけど、激しかったすよ、この人たち。片づけにいっ
「だからさ、罪のない女の子をばこばこにするようなやつは許せねえって、さっき言っただ ろうが。ホテル代を踏み倒したのも頭にくるし、このところてんみてえなサラリ 1 マン面も 気にくわねえ」 コムギ「でもね、あいつらがもしこの男をみつけたら、重石つけてどぶんと東京湾に沈め たりするんじゃないすかね ? そういうのに下手にかかわり合いになるとやばいっすよ」 カオルはしかめ面をしたままだ。「まあ、殺しまではしねえだろう。中国人同士でいくら 殺しあっても、警察はとくに気にしないが、かたぎの日本人が殺されたとなると話は違って くる。あとが面倒だ。とっ捕まえて、因果ふくめて、せいぜい耳のひとつでも切り取るくら いじゃねえかな」 コムギ「うつ、痛そう」 コオロギ「なんかゴッホさんみたいやね」 コムギ「しかしねえ、カオルさん、こんな写真だけで、男一人見つけ出せると思います ? なにせ大きな街だし」 カオル「でもあいつら、 いったんやると決めたらとことんやるぜ。こういうこととなる
る会社員ってまずいません。とするとこいつ、これから会社に戻ってもう一回仕事するんや ないかな。そう思たわけです コムギ「真夜中に会社で仕事をする ? コオロギ「明け方まで会社に残って仕事してる人、世の中にはわりかしいるんですよ。と くにコンピュ 1 タ・ソフト関係とかね、そういうことが多いです。ほかのみんなが仕事を終 えて帰ってしもてから、誰もおらへんとこで、一人でぐじぐじとシステムをいじるんです わ。みんなが仕事してるときに、システムを全部停めて作業するわけにはいきませんから ね。それで二時、三時まで残業して、タクシーで家に帰るんですわ。そういう人にはタクシ ー・チケット、会社から出ますから」 コムギ「なるほど。そういえば、こいつって、なんかコンピュータおたくつばい顔してる かもな。でもコオロギさん、なんでそんなことよく知ってるの ? 」 コオロギ「私、こう見えて、実は前は会社で働いてたんよ。ちゃんとしたとこで、いちお う O '--äやっとったんです コムギ「マジで ? 」 103
「普通っぱいやつがいちばんおっかないんだよ」とカオルが顎をさすりながら言う。「スト レス抱えてつからな」 男は腕時計に目をやって時刻を確認し、迷わず 404 号室のキ 1 を取る。そして足早にエ レベーターに向かう。男の姿がカメラの視野から消える。カオルはそこで画像を一時停止に する。 カオルは二人に質問する。「さて、これ見てて、なんかわかったことあるかい ? 」 「サラリーマンみたいに見えますね」とコムギは一一一一口う。 カオルはあきれたようにコムギを見て、首を振る。「あのな、いちいちお前に言われなく ても、この時間にビジネス・ス 1 ッ着てネクタイしめてるのは、仕事帰りのサラリーマンに 決まってんだ」 「すんません」とコムギは一一一一口う。 「あの、こいつ、こういうことにけっこう馴れているみたいですね」とコオロギが意見を述 べる。「場慣れしてるゆうか、迷いがぜんぜん見えへんもんな」 カオルは同意する。「そうだよな。すぐにキーを取って、まっすぐエレベータ 1 に向かっ 3
404 号室に補充するための新しいバスロープだ。 「バッグもお金も携帯電話も、みんなその男に持って行かれたそうですーとマリは一一一一口う。 「それ、やり逃げつてこと ? 」とコムギが横からロを出す。 「そうじゃなくて、つまり、なんていうか : : : 、始める前に急に生理が始まったらしいんで す。予定より早く。それで男の人が怒りだしちゃって : 「しようがないじゃないよねえ、そんなこと」とコムギは言う。「あれって、始まるときは 突然始まっちゃうんだからさ カオルは舌打ちする。「いいから、おまえは無駄ロたたいてないで、さっさと 4 0 4 の片 づけしてきな 「はい。すみませんーとコムギは言って、事務所を出てい 「さあやろうと思ったら、女が生理になって、それでキレちまって、ばこばこにぶん殴っ て、金と服をはぎとって消えてしまったわけだ」とカオルは一一一一口う。「問題あるよな、そいつ」 マリはうなずく。「シーツを血でよごしちゃって申し訳ないって言ってます」 「それはべつにかまわない。うちもその手のことには馴れてる。なんでか知らないけど、ラ
「何してんすか、カオルさん ? 」とコムギが尋ねる。 「えらいむずかしい顔して」とコオロギが言う。 「防犯カメラの。とカオルは画面をにらんだまま答える。「だいたいの時刻をチェッ クすれば、どんなやつがあの子をぶん殴ったかわかるだろう」 「でもあの時間のお客さんの出入りは少なくなかったすよ。誰がやったのか、見分けつくん ですかね」とコムギは一一一一口う。 カオルは太い指でキーを不器用にばたばたと叩く。「ほかの客はみんな、男女一緒にホテ ルに入ってるんだ。でもその男だけは先に来て、女が来るのを部屋で待っている。男が入り ロで 4 0 4 号室のキーをピックアップしたのは、川時分だ。それははっきりわかってる。 女がバイクで配達されて来たのは、その間分くらいあとだったと、フロントの佐々木さんが 一一一一口ってる 「じゃあ川時分頃の画像をとり出せばいいんだ」とコムギは言う。 「ところが、そうすんなりとまゝゝ ーし力ない」とカオルは一一 = ロ , つ。「あたしはどうも、こ一つい一つ一ア イジタルなんとかといった機械モノは苦手でね」