また、図 2 のように人間の筋肉は、大きな力を出す場合はゆっくり収縮し、逆に速い収縮 の場合は小さな力しか出せないという特性を持つ。したがって、このキック動作のように、 まず体幹周りの大きく重い筋群を小さい速度で動かして大きなエネルギーを発生させ、順次、 小さい筋群を大きな速度で動かしていくことは、筋の生理学特性にも合っている。実際、イ ンステップキック時に発揮されている筋力自体は、大きな筋群がある股関節が圧倒的に大き るく、膝関節、足関節の順で小さい。しかし、助走も含めて大きな筋肉で生み出したエネルギ 析ーを大腿部 ( 腰から膝までの部分 ) 、下腿部 ( 膝から足首までの部分 ) 、足部へと、大きな部 を位から小さな部位へ鞭のように順序よく伝え、効果的にインパクト部の速度を大きくしてい プると考えられるのだ。一流選手のインステップキックは全身運動で行なわれているという意 タ味が、おわかりいただけただろうか。 ス ジ タ ン いかにロスなくボールにパワーを伝えるか ア フ いかに全身運動で大きなパワーを生み出すことができても、そのパワーをボールに伝達で 章 きなくては大きなボール速度を得ることはできない。物理的に言えば、大きな反発比でボー 第 とい一つことになる。 ルをインパクトしなくては、大きなボール速度を得ることができない、
グばかりでは、無酸素性能力の向上は期待できない。フィジカルコーチは、フィジカル強化 に割り当てられた限られたスケジュールのなかで、この両者をバランスよく鍛えるために、 工夫したトレーニングメニューを考えなけれならなしョ。 、。ト常こ大変なのである。 無酸素性能力ーーーあたり負けしないフィジカル 無酸素性能力の高い選手は、サッカーにそくして言うならば、「あたり負けしない」選手 と表現できる。多少乱暴ではあるが、あたりに強い選手は、ヘディングも強く、強いシュー トも打てる、と考えて差し支えない。 さて、無酸素性能力を左右する最も大きな要因は筋肉の大きさである。先ほども書いたが、 筋肉は大きければ大きいほど大きなパワーを発揮することができるからである。もちろん、 筋肉を考える場合、大きさのみでなく筋肉の質についても考慮する必要はある。しかし、 さな筋肉ではどれだけ質が良くても、根本的に大きなパワーは発揮できない。筋肉を大きく することが無酸素性能力の直接的な向上につながる。 さきほどの画像を使って、ジュビロ磐田に所属する選手の大腿部筋肉の断面積をまと めた結果が図 3 である。ジュニアユース選手からトップ選手へと徐々に筋肉が大きくなるこ 156
ようになってしまう。右側選手の不断の努力を垣間見るこ とができる。 われわれ動物が、まさに動物として動きまわることがで きるのは、筋肉が収縮して力を発揮するからである。筋肉 が発揮する力は、筋肉の断面積に比例する。つまり、筋肉 は大きければ大きいほど大きな力が発揮できる。写真の 2 人では、右の選手は、左の選手のおよそ 1 ・ 3 倍の筋肉の 断面積がある。両選手の身体の大きさは外見的には同じで あっても、発揮できる力には大きな違いがあり、それは、 サッカーのパフォーマンスにも自ずと現れるのだ。 エンジンとしての筋肉ーー・無酸素性機構と有酸素性機構 車は、エンジンで産生したエネルギーをタイヤに伝える 2 ことで走ることができる。われわれ人間では、筋肉が関節 写をまたいで収縮することで、外部へパワーを発揮する。っ 151
股関節を内側に閉じるトルクの意味は 図川のグラフに示したのは、股関節を内側に閉じるトルク ( グラフ上向き ) とその角速度 の変化である。このトルクはどちらのキックにも共通して発揮されており、その大きさは、 脚部のいくつかのトルクのなかでも、股関節を曲げるトルクに次いで大きい。ところが角速 度の変化からわかるように、このトルクによって生じる股関節の動きはほんのわずかである。 つまり大きなトルクを発揮している割に、トルクが働く方向 ( 内側 ) に股関節はほとんど動 いていないのである。 ではこのトルクの役割は、いったいなんだろう ? キックする動作を真上から観察すると、蹴り脚は身体の重心周りに大きく円を描きながら スイングされている。このとき、蹴り脚全体に遠心力が作用する。 遠心力の説明としては陸上競技のハンマー投けを例にとるとわかりやすいだろう。投擲前、 選手が持っハンマーは垂直に垂れ下がっている。つまり重力のみがハンマーに作用している のである。ところが選手が投擲動作を始めるとどうなるだろう ? 選手の回転速度の増加に 伴い遠心力が発生し、ハンマーは地面に対して徐々に水平になり、最終的には十分な運動量
膝関節のトルクと角速度 下段のグラフに示されているのは膝関節のトルクと角速度の変化である。ここでも両キッ クに共通した特徴が見られる。蹴り脚のつま先が離れた直後とボールとのインパクト直前で わずかに膝関節を曲ける方向 ( グラフ下向き ) にトルクを発揮している以外は、ほとんどの 局面で膝関節を伸ばす方向 ( グラフ上向き ) に大きくトルクが発揮されている。しかし、最 終的に膝関節は伸ばす方向の大きな角速度を持ってボールにインパクトするのだが、キック 旅の終盤まで、伸ばす方向の大きなトルクが発揮されているにもかかわらず、膝関節はしばら 学 く曲がりつづけたままである。いったいなせだろう ? この一見不思議な現象を説明するカ 科 る ギは、股関節を曲げるトルクによる間接的な作用にある。 め を カ カラ竿の動き サ サッカーのキックや野球の投球など手足を素早く振り回す動作は、しばしば「鞭」や「カ 2 ラ竿」の動きに譬えられる。第一章で解説に用いたように、鞭の方が一般にはよく知られて いるが、カラ竿の方がモデル化した脚部の構造に近いと思われるので、ここではあえてカラ
るだろう。 トルクと角速度からみた左右のキックの差 図新のグラフに示したのは膝関節におけるトルク、角速度、トルクの変化である。白 マル ( 〇 ) で示したのはトルク、黒マル ( ・ ) で示したのは角速度、破線で示したのが トルクの変化である。 まず、両脚ともほとんどの局面でトルクが膝関節を曲げる方向 ( グラフ下向き ) に働 いていることがわかる。運動連鎖現象の部分で述べたように、キックの序盤で股関節の作用 が勝っている間、膝関節は曲がりつづけるのである。 さて、ここで注目してもらいたいのが、キックの中盤部分でトルクの大きさが左右で違う 点である。やはり右脚の方が大きなトルクを発揮できるようである。グラフの縦軸が変わっ ているためわかりにくいが、。 フラジル人選手の右脚は、日本人選手のほほ 1 ・ 5 倍程大きい トルクが発揮されていることになる。 さらに注目してもらいたいのがトルクの変化である。 右脚ではインパクトの直前にトルクが膝を伸ばす方向 ( グラフ上向き ) に働いている 132
「を日日 NO 10 00 9 を 0 NO ー ー 3 P し日ヤ 1 0 P し Y B 日 C K P [ 日 Y ミ : ー 0 0 1 を 0 一 0 0 05 0 を E 一月 00 E C [ N T [ を を日 0 イ ET 例えば、空気がいつばいつまったボール は内部気圧が高く跳ね返りも大きい。つま り反発比が大きい。逆に空気の抜けた柔ら かいボールは内部気圧も低く跳ね返りも小 さい。つまり反発比が小さいとい一つことに る すなる。しかしサッカー競技に用いられるボ 変 ールの規格は、—の規則で決まって 足 いて一定だ。したがって、インパクトする 蹴 蹴り足の状態や特性が、大きな反発比を得 るためには重要になる。 の 直接肉眼で捉えることは難しいが、高速 ク 度 >E---W でボールキックを撮影すると、イ おンパクト時には、ボールと共に足関節を中 心とした蹴り足も変形していることがわか 写る ( 写真 1 ) 。骨や筋、靭帯、関節など、
キックカとは何か ? 蹴り足の速度と反発比がポイント ハワフルで強烈なシュートを打っためには、ただカ一杯蹴ればいいのだろうか ? ことは それほど単純ではない。身体資源を最大限に生かし、大きなエネルギーを効果的にボールに 伝達する必要がある。言い換えれば、合理的に身体を使うことにより、小さな選手でも大き な選手と同等かそれ以上のシュートやキックが可能なのである。 また、遠くにボールを飛ばす場合でもボール速度は重要である。基本的には、ボール速度 と飛び出し角度によってボールの飛距離は決まるからである。したがって、ボールの初速度 イコールキックカと考えることもできる。 物理学的原理からみれば、キック後のボールの速度は、蹴り足 ( 本書では「足」と「脚」 を使い分けているのでご注意いただきたい。「足」は足首より下の部分、「脚」は腰より下の 全体を表す ) の速度、ボールと蹴り足の反発比 ( 跳ね返りの比率 ) 、ボールの重さ、蹴り脚 の重さの 4 つで決まる。しかしボールと蹴り脚の重さは大きく変わることはないだろう。そ
股関節の捻りのパワーは小さく、膝関節を伸ばすパワーは大きい 話を戻そう。 一見してわかるとおり、ピクシーのインサイドキックでは、股関節を外向きに捻るパワー が日本人選手に比べて明らかに小さい。つまり彼のインサイドキックでは、股関節を「捻 る」動作が蹴り脚のスイングに十分な貢献をしているとはいえないのである。 サッカーの教科書をいくつか紐解いてみると、インサイドキックのポイントとして″カカ トを前方に押し出すようにという表現を見つけることができる。確かにインサイドキック の際、カカトを前に押し出す意識で蹴ると比較的自然に股関節を外向きに捻ることができる のである。つまり、日本人選手のインサイドキックは、教科書に書かれていることを忠実に 学んだ結果、身に付いた動作であるということができる。 図の下段のグラフは、膝関節を伸ばす方向のトルクによるパワーの比較である。 こちらは逆にキック動作の終盤で、ピクシーの方が明らかに大きなプラスのパワーを発揮 している。 このようにピクシーがインサイドキック中に発揮しているパワーは、日本人選手のものと 104
コンピュータシミュレーションは、スパイク設計の現場においても、今後ますます重要な 手法となっていくであろう。 4 相反する要求をいかに満たすか プレーヤーがスパイクに求める性能について述べてきたが、相反する要求特性の存在に気 づいた読者も多いだろう。例えば、グリップ性を向上させるには、スタッドを路面にしつか り突き刺す必要がある。しかしその結果、スタッド近辺には大きな力が発生し、必然的に突 き上げが大きくなり、磨耗も促進される。逆にスタッドの磨耗や突き上げを減らすには、ス 密 秘 タッドにかかる力を減らさなくてはならないが、これでは十分なグリップカは得られない。 の ィまた、高速ボールを蹴り出すためには、剛性の高いシューズが望まれるが、これはシュー スズのフィット性にとってはマイナスである。 カ このように、プレーヤーをケガから守りつつ、プレーヤーのパフォーマンスを最大限に引 サ き出すためのシューズ設計に真正面から向き合った場合、課せられた課題はまだまだ多いこ 5 とを、設計者の一人として改めて感じている。 第 ( 西脇剛史 ) 209