あったのである。ではどうして左脚ではうまくできないのだろう ? 股関節の動き 図のグラフに示したのは股関節におけるトルク、角速度の変化である。白マル ( 〇 ) で 示したのはトルク、黒マル ( ・ ) で示したのは角速度である。 股関節を曲げるトルクの大きさは、左脚も右脚と遜色ないどころか、やや大きめである。 ところが左脚では、インパクト直前に股関節を伸ばすトルクを発揮するのがやや遅く、結果 として股関節を曲げる角速度が右脚よりも大きくなっている。なんと股関節を曲げる角速度 は逆に左脚の方が大きいのである。このように股関節がいつまでたっても減速しないことが、 膝関節にかかる力の左右差を生む一つの要因であると考えられるだろう。左脚では股関節を 曲げる角速度が必要以上に大きく、それが膝関節を伸ばす動作を阻害しているのである。 三 oue ら ( 8 ) は、スポーツバイオメカニクス学会のプロシーディングスで、この膝関節 にかかる上方向のカの発生源について別の可能性を示唆している。それによるとインステッ プキックの上級者は初心者に比べ股関節の上方向の動きが大きく、初心者のトルクのデータ に上級者の股関節の動きを加えてシミュレーションした結果、蹴り脚のスイングスピードに い 6
改善が見られたそうだ。これは、股関節を引き上げることも膝関節に上向きの力を発生させ る有力な要因であることを示唆しているといえる。 股関節を引き上げる動作は、おそらく軸脚の動きに大きく依存する。そのため軸脚の動き の左右差が、蹴り脚のスイングスピードに影響している可能性は高いだろう。そういわれて みると、確かにインステップキックでは、他のキックとは違って上に伸び上がるようにキッ クする場面をよく目にするような気がする。 運動連鎖の修正 さてここで新たな知見に基づいて、先に述べた股関節の屈曲—膝関節の伸展に至る運動連 鎖現象の解説を修正してみたい。 ロ—四を見てほしい。 先の説明ではキックの序盤、股関節の前方へのスイングにより膝関節に前向きの力がかか っているように説明したが、カの三成分をみると下向きの力もかなり大きく作用しているよ うである ( 図の黒矢印 ) 。 さらにキックの終盤では、膝関節に後ろ向きの力がかかるとしていた。ところが、実際に 138
詳細は後ほど述べる。 関節を捻る動き 話をデータに戻そう。 根元から末端へと加速する作用は、インサイドキックにおいてもインステップキックにお いても同じように働いているようである。このように身体の中心から末端に向けて角速度の ピークが連続していく現象は「運動連鎖」と呼ばれ、この現象を上手に利用することによっ 旅て、最終的には先端の部分に大きな速度を与えることができる。 学 つまり股関節と膝関節の前後の動きを見ただけでは、 2 つのキックに大きな違いは見られ 科 ぐないということである。ではその違いはどこにあるのだろうか ? 今度は関節を捻る動きを め を見てみよう。 カ図 5 のグラフは関節を捻るトルクと角速度の変化である。この捻る動作に関しては、 2 っ サ のキックの間に明らかな違いが見られ、その違いは統計的に意味のあるものであった。 章 まずは股関節の捻りのトルクと角速度を示した上段のグラフに注目しよう。どちらのキッ 第 クでも股関節を外向きに捻る方向にトルク ( グラフ上向き ) が働いていることがわかるだろ
に述べた股関節のトルクによる間接的な作用なのである。この作用があるおかげで、膝関節 は通常の動作では出し得ない角速度を、キックの終盤において発揮することができるのだ。 根元部分から加速、速やかに減速 キックのメカニズムの説明を続けよう。 やがて膝関節を伸ばすトルクの作用が勝るようになると、膝関節は伸びる方向に加速され る ( 曲がる速度が減り、伸びる速度が出現する ) 。その後、キックの終盤になると股関節を 旅曲げるトルクは急激に減り、インパクト直前では逆向きに作用することになる。これによっ 学 て膝関節自体も減速し、図 4 のように膝関節に加えられていたカの方向も逆向きになる。こ 科 る の力が今度は膝関節を伸ばすトルクとして作用することで ( 図中の黒い半円の矢印 ) 、膝関 を節は十分な角速度を維持したまま、インパクトの局面を迎えることができると考えられるの 力である。 サ Putnam ( ) はヒトの脚部で起こるこのような複雑な作用を明らかにし、アメリカの著 章 名なスポーツ医科学の専門誌 "Medicine Science in sports Exercise" に報告している。そ 第 こでは、サッカーのゴールキー パーがよく使うパントキックにおいて、股関節が発揮するト
股関節の捻りのパワーは小さく、膝関節を伸ばすパワーは大きい 話を戻そう。 一見してわかるとおり、ピクシーのインサイドキックでは、股関節を外向きに捻るパワー が日本人選手に比べて明らかに小さい。つまり彼のインサイドキックでは、股関節を「捻 る」動作が蹴り脚のスイングに十分な貢献をしているとはいえないのである。 サッカーの教科書をいくつか紐解いてみると、インサイドキックのポイントとして″カカ トを前方に押し出すようにという表現を見つけることができる。確かにインサイドキック の際、カカトを前に押し出す意識で蹴ると比較的自然に股関節を外向きに捻ることができる のである。つまり、日本人選手のインサイドキックは、教科書に書かれていることを忠実に 学んだ結果、身に付いた動作であるということができる。 図の下段のグラフは、膝関節を伸ばす方向のトルクによるパワーの比較である。 こちらは逆にキック動作の終盤で、ピクシーの方が明らかに大きなプラスのパワーを発揮 している。 このようにピクシーがインサイドキック中に発揮しているパワーは、日本人選手のものと 104
図 1 2 パワー (W) 500 250 ー 250 ー 500 1500 750 - 750 ー 1500 股関節の捻りのトルク ( 上段 ) と膝関節を伸ばす方向のトル ク ( 下段 ) によるパワーをピクシー ( 左 ) と日本人選手 ( 右 ) で比べたもの。塗りつぶされた部分はプラスのパワーで、 その面積は仕事量に相当する。 25 25 ピクシー 50 50 時間 ( % ) 股関節 75 膝関節 75 100 100
反映していると考えてもいいだろう。もっと大雑把にいえば、ここで計算しているのはキッ ク中の「カの出し方 , なのである。 実際にデータを読む ではキック中のカの出し方を見てみることにしよう。 図 1 のグラフに白マル ( 〇 ) で示したのはキック中に股関節や膝関節など脚部の関節が発 揮しているトルクで、黒マル ( ・ ) で示したのは実際に関節が動いた速度 ( 角速度 ) である。 旅縦軸は、左側がトルク、右側が角速度の単位を表している。 学 横軸は時間を示しており、蹴り脚のつま先が地面を離れた時点を 0 % 、足がボールにイン 科 る パクトした時点を 100 % に標準化してある。 め をピンとこない人は図 2 を見てほしい。両キックに共通して観察される一連の動作の流れを 励示している。すべてのグラフは蹴り脚のつま先が地面を離れた時点をキック動作の開始時点 サ としている ( 一番左側 ) 。まずはバックスイングで股関節が大きく後ろに引かれ、その直後 章 に軸脚のカカトが地面に着地する ( 左から二番目 ) 。その後、股関節は前方に引き戻される 第 が膝は曲がりつづけている ( 左から三番目 ) 。キックの終盤に膝関節は急激に伸ばされ、ボ
ールとのインパクト ( 一番右側 ) を迎えるのである。 股関節のトルクと角速度 まずは上段のグラフに注目しよう。 このグラフに示されているのは股関節を前後に動かすトルクと角速度の変化である。どち らのキックでも股関節を曲ける方向 ( グラフ上向き ) に大きくトルクが発揮されていること がわかる。 、。べックスイングに 実はこのトルクは脚部の関節が発揮するトルクのなかでは一番大きしノ よって後ろへ引き上げられた股関節は、このトルクによって大きく前方へと引き戻され、蹴 り脚は前向きのスイングを開始するのである。ところがこのトルクによって生じた速度は、 インパクト前にピークを迎えてしまう。その後このトルクは急激に低下し、インパクト直前 にはわずかだが逆向き ( グラフ下向き ) にトルクが発揮されている。股関節はむしろ減速し ながらボールとのインパクトを迎えてしまうのである。どうしてだろう ? 実はここにヒト の手や脚を素早く振り回すための重要な物理的作用が隠されているのである。
図 1 トルク (Nm) 350 150 ー 150 ー 300 150 70 ー 150 股関節 ( 上段 ) と膝関節 ( 下段 ) のトルクと角速度をインステッ プキック ( 左 ) とインサイドキック ( 右 ) で比べたもの。上段の グラフでは曲げる方向がプラスで伸ばす方向がマイナス。下 段では伸ばす方向がプラスで曲げる方向がマイナスとなる。 インステップキック 25 25 50 50 時間 ( % ) 股関節 75 膝関節 75 角速度 (rad/s) 30 1 5 ー 15 ー 30 100 30 ー 15 ー 30 100
は、股関節を中心とした回転運動を行ないながらボールにインパクトする。この動作で通常 よりも深い位置にあるボールをインパクトしようとすると、蹴り脚の最下点手前でボールを 捉えなければならない。そのように腰の高さを調節するとボールを蹴った後、地面も蹴って しまうことになる ( うーん確かにそうなってしまった ) 。 一方ピクシーは、膝関節を伸ばすパワーが優勢なので、インサイドは膝関節を中心とした 回転運動をしながらボールへとインパクトする。この場合も蹴り脚の最下点の手前でボール を捉えることになるのは同じだが、回転の中心である膝をタイミングよく引き上げることに よって、地面との衝突を回避することができるのである。 もちろん日本人選手の場合も股関節をタイミングよく引き上げればいいのだが、股関節を 上下させるためには軸脚を伸ばして伸び上がるように蹴るしか方法がない。体重を支える軸 脚をコントロールするよりも、膝関節を引き上げる方がはるかに容易であることは言うまで もない。第一、伸び上がるようにインサイドキックを蹴っている選手など見たことがない。 このようにピクシーの特徴的なキックフォームは、身体の奧の深い位置にボールをキープ しながら、自在にボールを蹴り出すことを可能にしているのである。試しに、けっして一流 ではない筆者の大学のサッカー部にピクシーの蹴り方を教えたところ、なんと「この蹴り方 110