62 第 7 章表現技術を工夫しよう 4 . 自分の得意を見極める 「話すことは人柄である」とよくいわれるが , その人・その立場・その状況・その場に 適した話し方をするということは本当に難しいものである。話し方は , 学識と常識 , 生活 態度や生き方そのものまでもが問われるものである。本章で検討した表現手段も , シナリ オ化も , プレゼンターの個性 , その人らしさと結びついていなければ意味がない。 自分の得手・不得手を認識し , 自分自身の性格に合ったもので , かっ十分に活用できる ものをプレゼンテーションの技法として選択することが , プレゼンテーションを成功させ る近道となる。ここではプレゼンターの個性を把握することの重要性を検討する。 ( 1 ) 得手・不得手 人はだれでも自分の得意なことは上手にできるし , それをすることは楽しい。反対に自 分が不得手なことはあまりしたくないし , 上手にもできない。話し方についても , 同じで ある。一度話し方の要素に関して , 自分を振り返り , 得意なこと・上手なこと・よくほめ られること・自慢できることを書き出してみるとよい。そして , その中から , 得意なこと の部分を何度も読み返して , 自分自身で , その得意なこと , 上手なことを信じ込むのであ る。そして , 大切なことは , それをより一層伸ばすように心掛けることである。 「声が美しい」「よく透る声」「ゆったりとした話し方」「明るい話し方」「リズム感のあ る話し方」など , 今までに他の人から言われた話し方に対する評価を思い出して書いてみ こうして良いとこ ると , 意外に自分の中の宝物を見逃していることに気づくものである。 ろが見つかれば , それを強調して活用することで , 自信をもった自分らしい話し方ができ るようになる。その話し方こそオリジナリティがあり , かつアピールする話し方なのであ る。 反対に , 不得手なこともはっきり認識しておくべきである。不得手で上手にできないこ とは , はじめから避けておくべきである。つまり , マイナス点を意図的に減らすのである。 声が小さいなら , どんなに狭い会場でもマイクを使う。滑舌が悪い場合には , むすかしい 言葉や言いにくい言葉は他の言葉に置き換えるなど , 自分自身の不得手を知れば , あらか じめ対策が取れる。そのことによって , 得意なものを中心に , 堂々とした表現ができるの である。
726 第 14 章まとめー自分自身をプレゼンする一 「他人の意見」を取り入れる 自分のことはなかなか客観的に捉えられないものである。話の展開に極端な飛躍はない か , 声の大きさは適当か , 資料が足りなくないか , アイコンタクトは十分か。こうした点 をチェックするには , 周囲の人に自分のプレゼンテーションを聞かせ , 意見をもらうのが 一番である。 本人は気づいていない話し方の癖や , しぐさの癖が見つかるかもしれない。資料に恥す かしい誤字脱字があるかもしれない。率直に具体的に問題点を指摘してくれるような友 人・知人を探し , ぜひ自分の話を評価してもらおう。 「何かーっ目に見えるもの」を用意する 資料に頼りすぎるのはよくないが , 手ぶらで話すのも考えものである。 5 分以上のまと まった話しをするときは , レジュメやスライドなど何かーっでいいから準備しよう 舌し手 プレゼンテーションにおける視覚資料は , 聞き手の理解を助ける効果のほかに に安心感を与える側面もある。何もなしで本番に臨むのは丸腰で戦場に赴くのに等しい。 常に何かーっ用意する習慣をつければ , それが自信となり , プレゼンテーションの出来を 1 ランクアップさせてくれるだろう。 0 一三ロ Plan ( 計画 ) 計画一実行した 内容をきちんと振り返り 次に生かすことが 大切 DO ( 実行 ) See ( 統制 ) PDS サイクル
7 幻第 14 章 2 . 本当にプレゼント ( 呈示 ) まとめー自分自身をプレゼンする一 ( 1 ) 呈示するのはその人自身 しているものは何か 自分がプレゼンテーションを聞く立場で考えてみよう。 2 つの会社から企画のプレゼン テーションを受け , どちらか一方と契約することになっている。 A 社の企画は完璧で , 満 足のいくものだった。しかし , 発表した A 社の担当者はどうもあまり信頼がおけそうにな い。一方の B 社の企画は今一歩の出来だったが , 担当者は頼もしく感じが良かった。こち らの期待に応えてくれそうだ。さて , あなたなら A 社 , B 社のどちらと契約するか。 こうしたケースではまず間違いなく B 社が選ばれる。企画に気に入らない部分があるな ここはこのように直して」と注文を付ければよい。しかし , 「担当者のあなたが気に 入らないので , 誰かと交替して」とは言えないのが普通である。 このように考えると , プレゼンテーションというのは , 企画や商品を説明している場合 でも , 本当の意味で売り込んでいるのは , プレゼンターその人自身であることがよく理解 できる。パワーポイントで目を見はるような美しい資料を作っても , 説明する人が無声映 画時代の弁士のようになってしまっては意味がない。プレゼンテーションの主役はプレゼ ンターである。このことを改めて確認しておこう。 ( 2 ) プレゼンテーションのフォロー プレゼンテーションは一発勝負だと思っている人がいるかもしれないが , そんなことは ない。コミュニケーションや , そこから生まれる人間関係は継続的なものである。プレゼ ンテーションを一回限りのイベントと考えるのではなく , 人間関係を継続的によく保った めの一つの機会・手段と提えよう。 そういう意味では , 発表後のフォローも重要だ。営業上のプレゼンテーションならば , その後 , 少し日をおいてクライアントに挨拶に行くのが常道である。「この人とまた一緒 に仕事をしたい」「この人の話しをまた聞きたい」と思ってもらえるように , 気づかいを 忘れないようにしたい。
第 13 章 1 . 2 . 3 . 4 . 5 . 第 14 章 2 . 3 . 質疑応答を成功させるには この章のねらい 質疑応答の意義・・ ( 1 ) パーソナルコミュニケーションとプレゼンテー ンヨン ・・月 2 のし ) ・・ ( 2 ) 質疑応答の位置づけと期待される効果・・ 質疑応答のための準備・・ ( 1 ) テーマについてのさらに詳しい情報・・ ( 2 ) テーマに関連する情報・・ ( 3 ) ( 聞き手にとって納得できないことについての ) 理由付け 当日の対応・・ たんなる感想や意見・・ 敵対的な質問・・ ピントがずれている質問・・ 答えが分からない質問・・ 困った質問への対処・・・ 質問者が納得したか , 確認する・ 質問に回答する・・ 質問内容を自分の言葉で言い直す・・ 質問者にお礼を述べる・・ ( 4 ) ( 3 ) ( 2 ) ( 1 ) ( 4 ) ( 3 ) ( 2 ) ( 1 ) ニングの重要性・・・ プレゼンテーションカを高めるには・・ ( 2 ) プレゼンテーションのフォロー ( 1 ) 呈示するのはその人自身・・ 本当にプレゼント ( 呈示 ) しているものは何か ( 2 ) その場に合った振る舞い・ ( 1 ) E. ゴッフマンの研究・・ ノヾフォーマンスの理言侖・・ この章のねらい まとめー自分自身をプレゼンする一 演習問題 回答率 80 % を目指して・・ ・・月 2 ・・月 2 ・・月 3 ・・月 3 ・・月 3 ・・月 4 ・・月 4 ・・月 5 ・・ 775 ・・月 6 ・・月 8 ・・月 8 ・・月 9 ・・ 727 ・・ 722 ・・ 722 ・・ 723 ・・ 724 ・・ 724 ・・ 7 幻 ・・ 725 ・・ 725
89 ある。しかし , 「すごい」と思わせるなど , センスを必要とする募集のための説明会では , やはり最先端の技術と感性を駆使したツールを使い , 聞き手を圧倒することが大切である。 いずれの場合もプレゼンテーションに注目してもらうためには , 聞き手となる人たちが 手元資料を先に見ないように工夫したい。場合によっては , 配付物はあえてプレゼンテー ション終了前後に配ることもあり得る。 報告をするとき ( 情報提供型 ) 旅行や研究 , または自分の考えなどを報告し , 聞き手の人々の賛同やコミュニケーショ ンの増幅を目的とするプレゼンテーションにおいては , プレゼンテーション全体を楽しく 明るいものにすることが第一である。そのためにはプレゼンター自身にゆとりが必要であ る。したがって , 用いるツールは何よりも手慣れたもので , プレゼンターが気軽に使いこ なせるものがよい。このプレゼンテーションは , プレゼンターが話し上手であれば口頭だ けでも十分であるが , より理解と賛同を得るためには , やはり目に映る資料があると心強 。たとえば , 文字の少ない画面や写真 , グラフなどを , 得意なツールを使って「見せ る」とよい。 ( 4 フランスの ゴミ事情について ( 報告 ) ヒシュアルツールを使ってプレゼン
以下の記述が概ね正しい場合は〇 , 明らかな誤りを含む場合は x をつけなさい。 アリストテレスは人の心を動かす要素として , ロゴス・パトス・エートスを挙げた。 8 . PDS とは , Show ( 見せる ) を含んだ , 視覚資料の重要性を示す言葉である。 資料に頼らず , できるだけ言葉だけでスピーチをするように心がけた方がよい。 人の意見を取り入れることは , プレゼンテーションカを向上させるのに有益である。 プレゼンテーションには , 常に話し手自身を売り込んでいるという側面がある。 いったんプレゼンテーションがすんだら , その後は顧客に連絡を取る必要はない。 同じ人にとっても , その置かれた状況によって好ましいパフォーマンスは異なる。 パフォーマンスという語は学術的にはもつばら大道芸という意味で使われている。 1 . E. ゴッフマンは , どんな場面でも「振る舞い」を変えないことが重要だと説いた。 9 . 7 . 6 . 5 . 4 . 3 . 2 . 10. 話し手の人格への信頼がなければ , また , なぜその自己採点になったのか , 理由を箇条 自分が過去に行ったプレゼンテーションを振り返り , ロゴス・パトス・エートスにつ 一般に使われている意味と , 学術的な意味を整理 どんな話しをしても説得することは難しい。 【考え方の整理】 書きで書き出そう。 いて 10 点満点で採点してみよう。 し , 比較してみよう。 ノヾフォーマンスという言吾について , 【発展学習】 728 第 14 章 1 . 2 . 1 . 【知識の確認】 ま と めー自分自身をプレゼンする一 演習問題 2 . 本書以外に「プレゼンテーション」あるいは「スピーチ・話し方」をテーマに書かれ た本を 1 冊通読しよう。 本書とその新しく読んだ本を比較し , 「同じように強調されているポイント」と「説 明に違いがあるポイント」を整理して検討しよう。
まとめ 727 第 14 章 ー自分自身をプレゼンする一 この章のねらい 本書の目的は , プレゼンテーションという行為の概要を明らかにすることであった。 基本的考え方から始まり , 内容構成・表現技術・資料準備・環境設定・質疑応答と , 準備から実施までのポイントを幅広く網羅している。本書でしつかりと学んだ学生は , 人前できちんとした話しをするための基礎知識をマスターしたといえるだろう。 この最終章では , 今一度プレゼンテーションの意義を考えたい。プレゼント ( 贈り 物 ) という考え方を紹介したが , そもそも話しを通じて何を「プレゼント」している のだろうか。プレゼンテーションでは , 企画や商品を売り込む場合も , その対象物の 良さを訴えるのと同時に , 「プレゼンター自身を呈示している」ことを忘れないよう では , どのように振る舞ったら良い自己 PR ができるか。 E. ゴッフマンのパフォー こうした演技性がプレゼンテーションのみならず , さまざまな マンス理論を紹介し , 場面で有効であることも指摘しておきたい。 取に 理論を学んでも , 実はその時点では話し方がうまくなったわけではな いという ( ちょっと悲しい ) 現実も確認しておく。真にプレゼンテーションカを上達 させるためにはトレーニングの積み重ねが不可欠であることを強調し , 本書のまとめ とする。
57 第 7 章 表現技術を工夫しよう この章のねらい ここまでプレゼンテーションを , 内容・構成を中心に学んできた。また , 会場の設 営やレイアウトなどの環境面にも触れた。では , 理想的な環境の中で論理的に正しい 内容を提示すれば , 必ず成功するのだろうか。たとえどのように素晴らしい内容でも , 表現 ( 伝え方 ) に失敗すれば , プレゼンテーションが成功したとはいえない。そこで , ここでは表現技術の基本的な考え方について取り上げる。 ます , プレゼンテーションにおける「内容」と「表現」の関係を明らかにしたうえ で , 目的に応じた表現手段の選択を検討する。また , 組み立てた内容が生き生きと語 られるための原稿のシナリオ化という考え方も提示する。そして最後に自己の得意を 見極めることの重要性を強調する。表現技術には理論があり , たとえば話すスピード 一般的に望ましいとされる 1 分間の語数の目安がある。しかし一般的な理論 などは , だけでは実際にはうまくいかない。いかなる工夫もプレゼンター自身に合ったもので なければならない。自分自身を振り返り , 適性を見極めたうえで , アピールするため の表現を工夫することが大切である。その表現によって聞き手の心をつかみ , プレゼ ンテーションの世界を楽しんでもらえるための工夫を学んでいこう。
727 4 . 人の心を動かす要素 古代ギリシャの哲学者アリストテレスは , 著書『修辞学』の中で , 人を説得するために 必要な要素を 3 っ挙げている。話し方については , 現代においても関連本が多数刊行され ているが , それが大昔から人々の関心事であったことを思うと興味深い。 アリストテレスが挙げた第 1 の要素はロゴス ( 論理 ) である。論理的に筋の通った話を しなければ人の心は動かない。主張を支える強い根拠と理由付けが求められる。第 2 の要 素はバトス ( 感情 ) 。これは聞き手の熱意も含めて , 話し手と聞き手に感情面の通い合い があるかということである。人は感情の動物ともいわれる。理屈だけでなく , 気持ちの部 分への配慮なしでは , 相手の心を動かすことはできないのだ。 論理と感情がそろっても , まだもうーっ足りない。それが第 3 の要素 , 工ートス ( 話し 手に対する信頼感 ) である。同じことを同じように言っても , A さんに言われると説得力 があるが , B さんから言われるとどうも・ これがすなわち工ートスの差なのだ。要は , その話し手がいかに周囲から尊敬され , 人格的な信頼を持たれているかが重要だというこ とである。 この最後のポイントにプレゼンテーションの意義が集約されているように思う。提示す るのは自分自身 , プレゼンテーションで試されているのは , 小手先のテクニックではなく , っちか 長い年月をかけて培った話し手自身の人格である。 尊敬される人とそうでない人
6 . 人柄と情熱 プレゼンテーションの三要素として Plan ( 内容 , 構成 ) , presentation skill ( 話し方 , 話す技術 ) , PersonaIity ( 人柄 ) の 3P がある。いずれもプレゼンテーションには欠かせな いものであるが , この中で最も重視しなければならないものは , Personality である。 発表態度は礼儀をわきまえたものに , 振るまいは聞き手を不快にさせないものに , この ような事柄も Personality には含まれる。しかし , Persona ⅱ ty はその人自身の日常の積み 重ねから生まれるもので , プレゼンテーションのその場でつくれるものではない。それは , まさしく話し手の人間性なのである。 商品説明の場合 , 商品そのものよりも , 説明するプレゼンターが信頼できる人と判断で きるかどうかによって , その成否は決定する。また , アカデミックプレゼンテーションに おいても , 発表者の研究にかける誠意や熱意が伝わるかどうかが問われるだろう。 プレゼンテーションとは , 人間が人間に伝える情報であることを忘れてはならない。人 が人に伝える情報こそが , 事柄や商品などに対する興味や関心を呼び起こし , その人に対 する信頼から , 人はさらなる行動を起こすのである。 情熱とは , もちろん大声を出すことではない。この点について福永弘之は , 「 ( 1 ) 事前に 準備した安心感 , ( 2 ) 専門的知識をもっているという自信 , ( 3 ) 相手にわかってほしいという 熱意」 3 ) がプレゼンターに必要だと述べている。 舌し手は , プレゼンテーションの内容についての知識を十分に準備し , 誠実さ , 余裕 , そして情熱を聞き手に感じさせなければならない。また , 自分の意見を述べる時には , 貫した信念も大切である。プレゼンテーションで , 聞き手を納得させたり魅了したりする のは , 最後は話し手の人間性に関わってくるのである。 一三ロ 誠実さ , 情熱を 感じさせる 余裕を持って 3 ) 福永弘之著『プレゼンテーション概論及び演習』樹村房 2000 p. 73 。