周辺や通路の佇まいを見つめた。 していたとい - フほかなかった。 トイレか風呂の換気窓の面格子には、畳まれていな 根来は次いて両隣のチャイムを鳴らし、それぞれの い黒の折り畳み傘が一本、ひっかかっていた。たた の住人からさらにネタを取った。どちらも佐野とは付き 使いっ放しか、干したつもりか。ドアには、佐野の筆合いはなく、昨夜は午前零時前に隣の部屋に人が出入 跡て《宗教お断り》の小さな貼り紙一枚。右隣の部屋 りする物音を聞いていた 。出入りしたのが一人か複数 の横には、赤い三輪車。左隣は買物カート。その向こ かについては、はっきりした証一言は得られなかったが、 うの部屋からは、子供を叱る女の声が響いてきた。も いずれにしろ、家捜しが入った可能性もあった。 う一度折り畳み傘を眺めて、根来はます、〈この部屋 立川ての収穫はそれだけだったが、警察に家出人届 は男の一人所帯だ〉と思った。 を出すべき親族を捜し出すという、 予想外の課題が新 根来は女の声がする部屋のチャイムを鳴らし、イン たに加わった。何年か前に会ったことのある佐野の奧 ターホンに「佐野さんの取引先の者てすが、ちょっ さんは、顔は覚えているのだが、出身や勤め先など詳 と」と告げて、、 ドアチェーン越しに顔を覗かせた主婦 しいことは聞かなかったし、別居か離婚したとなれば、 と一昱い舌をした。 追跡は難しい。佐野自身の実家は、茨城ということし 「佐野さん、家に帰っておられます ? ちょっと入金か分からない 帰路、根来は立川駅から毎日スポーツ が滞ってまして。ご家族は ? 幼稚園の娘さんがおら へ電話を入れ、立川の不動産屋を騙って、マンション れるはずてすが : などと尋ねてみた結果、少なく の家賃滞納を理由に保証人の住所氏名を教えてくれる とも一年前に越してきたその主婦は、佐野が一人暮ら よう頼んだ。佐野が毎日スポーツと記者契約を交わし 恐しだと田 5 っており、家族らしい人を見かけたことはな た際、契約書に記載されているはずの保証人は多分、 佐野は毎日昼ごろ部屋を出ていくが、今日はまだ 実家の親だと考えられたからだ。 といった話が取れた。考えてみれば、幼 そうして、みるみるうちにテレホンカードの度数が 年見ていない、 稚園の娘のいる家が四六時中、留守番電話になってい 減っていく悠長なやり取りの末、根来は保証人の住所 るはずもなく、もっと早く気づかなかった方がどうか氏名と電話番号を手にしたが、それは尾崎という名前 209
第一京浜に面した署の玄関前には、久々に報道陣の 徐々に固めてきた自分の腹をそうして確認し、また同 脚立が並んており、それを避けて産業道路側の裏口か 時に、〈今ならまだ引き返せるからな。よく考えろよ〉 ら中へ入ったら、袴田刑事課長と本庁一一課の管理官が と自分に呟 ( オ 午後四時前、合田は改札から溢れ出してくる乗客の立ち話をしているところにぶつかった。一一人は特捜本 中に、半田の姿を確認した。その十メートルほど後ろ 部にいない人間に注意を払う余裕はない様子てすぐ 行確の刑事一一人の顔も見た。改札に近づきながら 目を逸らせ、合田は黙礼だけてその横をすり抜けて三 確認した半田の表情は、一目て普段と違うのが分かる階へ上がった。他ならぬ安西の引っ越しを優先して、 硬さて、こいつはあらかじめ織り込み済みだったのてその日は午前中の休みを取り、午後から聞き込み現場 へ直行すると届け出てあったが、すぞに午後五時七分 はよい、事件の一報はニュースて知ったくちだと合田 則という、結構な時刻だった。 は判断した。・、 たとすれば、半田の腹は今、さぞかし穏 やかてはないだろう。自分の知らないところて誰かが 刑事部屋には、記録係と知能係が一人ずつ、盗犯係 が二人、そして土肥課長代理の五人しかおらず、土肥 勝手にやった犯行に激昂し、余計な火の粉が飛んてき はしまいかと法えて、気分的にこれからますます追い 以外の全員が電話番に追われている最中だった。鑑識 詰められるのは必至だった。今なら落とせる、今すぐ が三人とも出払っている上、マル暴と強行係が一人も 任意て引くべきだと当てもなく考えながら、合田は半残っていないのは、端的に、今日に限って事件の発生 カタタいし」い - フ , ) し」。ごっこ。 田の後ろ姿を見送り、入れ違いに改札を通ってホーム とっさにますいなと田 5 いながら部屋に入ると、土肥 へ上がった。 がすかさず手招きをよこした。 署へ戻る電車の中て、合田はさらに二十ページほど 「いやあ、今日はヒマてなあ : : : 。午前中、相和信金 読み進み、アントワース・チボーがジャックの残したの大森西支店て強盗未遂。ホシは逃げて、客一人が軽 傷。大森南の労災病院ぞ劇薬の盜難。中富小学校裏の 一粒種のジャン・ポールに一瞬弟の面影を見るところ アトて男女の変死体。午後からは一一時間の間に五 ぞ、大森町駅に着いた電車を降りた。 266
備えられた国を継ぎなさい 一一十七日火曜日の午後、東京カテドラルの大聖堂の そうだ、晴子が密葬にすると一言い出したときはさす 祭亶前に安置された柩と、その後方にそびえ立っ十字 がに戸惑ったものの、死んだ杉原の抱えていた事情 架を眺めながら、すきま風がすうすう通ってくるよう や、それを知っている晴子の気持ちゃ、加えて会社側 な、何か奇妙な光景だと感じながら、城山は考え続け ていた の微妙な立場を併せれば、自分自身、密葬は悪くない 城山の隣には妻と、赴任先から駆けつけた息 という田 5 いに至ったのだと城山は田 5 い出した。取締伐 子の光明と、晴子と、姪の佳子の夫婦がおり、通路を はさんだ反対側には杉原方の親兄弟と親戚が八人、さ会全体には、杉原が遺書も残さずに、本社に近い品日 したった倉田夫妻がいるのみ駅を死に場所に選んだことに対する居む地の悪さが らに家族ぐるみの付き合、 流れており、結局、社葬は話題にもならなかったのだ だった。五人も入る大聖堂の中に、参列者がたった が、あるいは晴子は、あらかじめ社内の空気を見越し 十六人。司祭と助祭一一人を合わせて合計十九人しかい た上て、先手を打っ形て密葬を主張したのかも知れな ない故の、すかすかした感じだったかも知れない 、刀学 / 巷の盛大な葬儀を見慣れている故の、違和感もあ 城山は今、この奇妙な空間に親族とともに自分がお ったかも知れない。 り、杉原の柩を前にして、死者を悼む祭儀に臨んてい 福音書の朗読は流れており、言葉の一つ一つを噛み ーし↓ / ること、そのこと自体を受け入れかねていた しめる準備の出来ていない城山の耳を、ただ呪文のよ なせ、自分はここにいるのだという田 5 いが、間断な うにかすめていった。「人の子が栄光の中にすべての く襲ってきた。 御使たちを従えて来るとき、彼はその栄光の座につく 杉原の自殺を聞いたとき、最初にやってきたのは呆 てあろう。そして、すべての国民をその前に集めて、 次いて名状しがたいりに臓腑が煮 羊飼いが羊とやぎを分けるように彼らをより分け、羊然自失だつごが、 え立ち、続いて激しい眼みに駆られ、なすすべもない を右に、やぎを左に置く、てあろう。そのとき、王は右 にいる人々に言うてあろう、『わたしの父にお福され自分に田 5 い至った後には、城山は完膚なきまての敗北 感を味わったのだった。そうか、これが貴方の仕返し た人たちょ、さあ、世の初めからあなたがたのために 190
なところは分からないが、いつも外に面したガラス窓 「いや。貴方の内部告発はいったん取り下げてもらい の近くの席にいたらしい。久保はウェートレスへの聞 そうしていただけたなら、告発はあらためてこ き込みのために、これまても数回そこを訪れ、窓辺の の私が引き受ける。レディ・ジョーカーを真に終わら せるためにも、田丸との関係清算はこの私こそがやる席を眺めては、コーヒーを啜りながら、三月末からそ の筋の人間と頻繁に会い始めたらしい菊池の、当時の べきぞす」 倉田は、今は横を向いて夜景へ目をやっていた。も身辺についての想像を積み上げてきた。 根来が個人的に首を突っ込んぞいた兜町の裏につい ちろん、城山の話は真摯に聞いていただろうが、そこ ては、ほかの三人が取材を進めており、久保の方はひ に自らの様々な思いを重ね合わせて、倉田もまた考え たすら菊池武史が接触していた人間を探し続けている 込むことは多いに違いなかった。 ところだった。 「白井さんを交えて、あらためて話し合いましよう」 これまて、三十人近い株屋や街金業者、手形プロー 城山はそう言って腰を上げた。倉田は返事をしなかっ ー、兜町の喫茶店、 カーなどに会い、新橋や銀座のバ たが、横を向いたまま頭を垂れたその横顔に涙らしき ものが伝うのを見ると、城山としてはそれ以上の言葉蕎麦屋、鰻屋などを片っ端から回ってきたが、折々に 。ナこというそれらの人々の話や場所から浮 菊池を見カ ( オ はなかった。 かんてくるのは、週刊東邦の榎本が言った通り、商談 や取引に奔走していた男の姿てはなく、そこここて人 と会い、おおっぴらとは思えないひそひそ話をして、 久保晴久は日曜日の午後、飯田橋のホテルエドモン トの一階にあるティールームにいた。あの菊池武史がすっと別れるという怪しげな姿だ。菊池が会っていた 相手の中ぞ、誰と特定出来る人間は少なく、これまて 以前、日曜日の午後にはよく来ていたという場所だっ に分かったのはやっと三人のみ。二人は投資グループ た。看板だけの ( 株 ) ジーエスシーの事務所からほど の会員て、ノンバンクの関係者。一人は西村真一 近いからか、日曜にはよほど所在がなかったのか、あ う総会屋。 るいは定期的に誰かと会うために来ていたのか、正確
呷った。平瀬も自分のための一缶を開けた。 「ま、住所と競馬は偶然の一致だろう。十三番には、 「合田さん。分かってると思うが、今日のテープ、身女や金のトラブルはない。 その筋との付き合いもない。 内が四人いる : 思想偏向も特定の信心もない。勤務成績も普通。身辺 「一番、二番、八番、十三番 : : ・ ~ すか」 も普通。従って動機らしいものもない」 「ああ。四人とも、三月一一十四日夜、夜勤て無線を携「今も特捜本部にいるんてすか , 帯していた。あんたが最初に探りを入れた通りだ」 「先週、蒲田へ戻った。サラ金強盗ぞ一一人殺されたヤ 「ほかに、四人を絞り込んだ理由は」 マ。蒲田も手が足りないらしい」 「一番は、実家がサラ金の借金を抱えている。一一番は そうだ、あいつは蒲田署の刑事だった。去年秋の日 マル暴。池袋周辺の組と親しい。八番は住宅ローンの曜日に、 *-æの蒲田駅前て出会ったとき。今回の特捜 返済が滞っている。十三番は、住所が羽田に近い。あ本部てしばしば目が合ったとき。いや、九〇年秋に品 の九〇年テープに登場する《岡村清一一》の実弟に当た 川署の階段て遭遇したとき。それらすべての場面て、 る人物が、羽田て薬局をしているのは知ってるだろ この自分に向けられていた執拗な目を次々に瞼に浮か べては、 う ? そいつが四十年来の競馬好きて、十三番も競騎 いささか茫然となりながら、合田は手の中て をやっている。それごすご、、。 学ノ / 、刀」 温んていく缶ビールを啜った。 三ロ目のビーレ、、。 ノカ喉につかえ、ちょっとむせた。住 理解に苦しむあの目に出会うたびに、生理的な嫌悪 所が羽田に近い。競馬好き。その一一点て、二時間前 と不安に襲われたのは事実だったが、おおかたある種 思い出せなかった何者かのタワシ頭が忽然と瞼に浮か の偏執狂だろうという以上のことは、これまて考えた こともなかったのだった。それが、レディ・ジョーカ 「その十三番、記録によると九〇年秋に品川署の殺し ー事件の重要参考人の一人だとなると、その目につい の捜査本部ぞ、あんたと 一緒だっこ。記匱にある ての認識の一切が、根底から覆されるのは避けられな 、刀学ノ か ? 」 「ええ」 自分はいったい何を見ていたのか、何に見つめられ 104
髪がモヒカン刈りの若い男なんてすが。あ、ご存じて 現場近くて合流し、受持ち区域の聞き込みを始めてい た。その日は、この半年の間にときどき現れるようにすか。彼と一緒にシンナーを吸ってる人間を見かけら れたことはありませんか」 なったもう一人の自分が、またぞろ顔を出してきて、 午後四時半ごろには、半田と相方の一一人は江崎グリ 次々に各戸のインターホンを押しては、「蒲田署のも コの前のファミリーマートにいて、「背丈が私のこの、 のぞすが、ちょっとお話をーと機械的に声をかけてい 耳の辺りて、ひょろりとしていて、髪がモヒカン刈り く自分を見ていた。そうして自分を見ている感じは、 の若い男なんてすが」と店員に聞き込みをしていた つもよりくつきりとしていたかも知れない。 そこて、十八歳のシンナー中毒の男には数人の友人が 「今朝の火事、不審火のようてして。この辺て最近、 おり、午前一時とか二時といった時刻に店の前てたむ 様子のおかしい人間を見かけられたことはありません ・カ ろしていること、ときどき大麻とシンナーの臭いがす : なるほど、シンナーを吸ってるグループと ることなどのネタを仕入れたところて、「休もうか」 うのは、近所の子てすか。名前、分かりますか」 「蒲田署のものてすが、今朝の火事、不審火のようてと相方を誘って喫茶店に入った。 急に乗り気になったらしい相方が「今夜、張ってみ して。この辺て最近、様子のおかしい人間を見かけら れたことはありませんか : ほう、東南アジア系 ? ようか」と言い出すのを、半田は耳の半分て聞いてい たが、運ばれてきたコーヒーを啜り始めたそのとき、 というのは、決まった顔ぶれてす 一「三人のグループ カ 半田はまた一つ、舞台が回ってしまったような、まっ たく違う気分の中にいた。 突然、肝硬変て硬くなった 家から家へ、マンションからマンションへ足を運ん 肝臓を思い浮かべると、それに似たような感じの鈍い てい くもう一人の自分は、その日はなかなか冴えてい 「野郎のシンナー友だちても探そうか。そっちの硬直を、最初に腹の辺りに感じ、次いて背中に感じ、 方がネタが入りそうだ」と相方を唆すと、振出しに戻額の辺りまてそれは上ってきた。たからどうだという 、、。 , ズご、み、′ルわなふ , フごし J い - フ , 」 話てはなかった。自分カナオ って二度目のインターホンを押し始めた。 とを、もう一人の自分が見ていただけだ。 「背丈が私のこの、耳の辺りて、ひょろりとしていて、 42 イ
うな気がして、一瞬、意識がどこかへ飛んだ。しかし わなことは 0 , フい」 - フ。て 0 よかった。 そのときは、自分が何かを見たという確かな意識にも 想像もしなかった新たな懸案を抱えて、ともかく頭 を整理しなければと焦りながら、少し間を置いて、半ならないまま、速やかに忘れてしまった。 それから半田は、新聞に首を突っ込んているポーズ 田は払戻機の方へ向かい、数人の短い行列に並んだ を取りながら、あらためて最初に見かけたような気が そして、あと一人というときになって、何気なしに自 分の手の中の馬券を見たときだ。『枠番連勝⑥ー⑧☆した物井がその辺にいないかと目を配ったが、見つか らなかった。次の川レースの馬券を買う窓口の列が増 ☆一〇〇〇円』と書かれていたはずの馬券が、「ホッ え始めたのを見計らって、そのフロアを出、階段を使 クス②⑥⑧各組☆一〇〇〇〇円』に変わっていて、仰 すてに って百円単位の四階に上がった。そこても人の流れに 天した。即座に高にしてやられたと田 5 ったが、 沿ってぶらぶらと進み、千円単位の三階とは少し客層 消えてしまった男を探すために振り向くことだけは、 の違う混雑に紛れ込みながら、目線を、床の方を這わ ど - フにか・目した。 手の中の馬券は、払い戻せば四十一万円にもなる代せて、ヨウちゃんを探した。たいてい、糸の切れた操 り人形のように床に。へったり座り込んていることが多 物だった。半田がいつも枠連の最低単位しか買わない いョウちゃんは、い ? ても比較的探しやすいのだが、 ことを知っている高が、そして尚且つ、四十一万もの 金を半田が絶対に受け取らないことを知っている高が、案の定、フロアの左端のモニターを取り囲んだ人垣の 足の間から、それらしい紺色の野球帽の頭が見えた。 「これて最後だ」と言わせないためにとっさに仕掛け 一人が座り込むと、たいていその周りに数人が座り込 た手管は、稚拙とも周到とも言しカオし むものたか、そのときも四、五人がひとかたまりにな ともかくあらためて、とんてもない話になったと焦り っていた。接触には、都合のいい状况だっこ。 ながら、半田は払戻しの行列から離れたのだった。 川レースの出走まて十二分。ョウちゃんはしばらく 同時に、半田はかろうじて、その辺にいるはすの行 動かないと見て、半田はそのモニターから近い窓口て、 、月、こ斤こ目を落としたが、 確の目を田 5 い出して毒しオ辛ド ( そのとき、視界の一部を白いスニーカーがよぎったよあらかじめ決めていた通り、 8 枠二頭のゾロ目て千円 2 ) 0
うたが、証券マンの割り出しには、佐野はかなり強引 ッキも能力のうちだ。 この男はよくやってると感心 て な手法を使っていた。後から根来が聞いたところぞは、 しながら、根来は佐野の声を聞いたが、佐野は続い 佐野は手始めに、十八の証券窓口のうち、個人的な知《それより、実は赤プリてもう一人、会った奴がいて り合いやッテを利用して八社十支店の営業部の名簿を と一一一口った。 入手した上て、すてに割れている会員の名を取っかえ 電話てざっと聞いたところては、会員十号と十三号 は新館の玄関からホテルに入り、三階の中廊下から旧 引っかえ騙って、片っ端から《折り入って話が : : : 》 などと電話を入れ、反応のあった者十名を特定したら 館の二階へ降りていった。佐野はそれを尾けていたが、 旧館一一階の踊り場て、会員一一名は一階の玄関口ビーを 残り八名の割り出し方法は思案中と言いつつ、佐野見下ろしてから、一一階の小部屋に入った。佐野はそれ は一方て、この秘密の投資グループの具体的な取引内を確認した後に一階ロビーて人声を聞き、先の二人と 容を知る手段はないと早々に見切りをつけ、とりあえ同じように二階踊り場から下を見下ろすと、玄関に支 ずは人物の相関図から資金の流れを推定するために、 配人が出ていて、一人の男を迎え入れているところだ 氏名の分かった二十二名を順次尾行し始めている。そ ったという。そして、その男は支配人の案内を断って、 う聞いたのは、二十二日月曜日に入った電話てのこと 一人て二階に上がり、会員十号と十三号のいる部屋に たったカ、そのとき佐野は《来週、また電話しますか入った。 ら》と言っていたのぞ、それから四日目の早い電話に、 佐野は《ともかく、そいつの人相書きとか、会員十 根来は少し期待したのだった。何か擱んだか、と。 三号の氏名とかのメモを、夜まてには例の場所に入れ 案の定、佐野は《もう一人割れました。会員十三号 ておきますんて、よろしく》と言って、電話を切って が》と切り出した。《実は今日、会員十号を尾行して しまった。いざとなれば用む深い佐野と、何事にも細 夏 いたら、たまたま赤坂プリンスてそいつが現れまして。 心の注意を払いたい根来の、双方の思惑が一致した結 年 ョ市、り . に」、 今度はそいつを尾けたら、総武証券の麹町支果、当面、直接会うことは避けているのだった。詳細 店に入っていったようなわけて》 な連絡事項は、必要に応じて佐野が、東邦本社から近
件、パチンコ店て裏口ムの被害。五件目の大森北二丁を一応擱んだ後、刑事部屋に戻ると、上肥がまた手招 目ては、中国人グループを追いかけた店員が刺されて きをよこして、今度はより明決な叱責が降ってきた。 重傷だ。ほかに、窃盗六件、婦女暴行一件。そうそう、 「合田君。七月と八月の強行犯の検挙率は、承知して 毎日ビールに異物混入ビールが出たとかて、平和島の いるな ? 強盜三件、強姦一一件、強姦未遂一一件、放火 毎日ビールの流通センターに盜犯から四人、駆り出さ 三件、殺未四件、傷害四件、いずれも未検挙。本署刑 れてる。銀座て出た赤いビールは、平和島の倉庫から事課始まって以来の、最低記録だ。この十八件につい 出荷されたものだっていうんてな。いやあ、ヒマてヒ て、捜査状況と今後の見込みについて報告をまとめ、 今月じゅうに挽回する旨、明記すること」 合田は土肥の厭味など聞いていなかった。即座に 「はい」と応えて一礼し、合田は書類棚から引き出し 下の顔を思い浮かべながら、「了解しました」と応え た簿冊や、記録係に頼んて出してもらった未検挙事案 て踵を返し、まずは通信室へ急いだ。 一一人の巡査部長のバインダーなどをひと抱え、強行係の机に置き、腹 はともかく、若い井沢と紺野の二人はどこて何をして を括って腰を下ろした。周りては一一〇番通報を受け いることやら。さすがに焦りながら、通信室から部下 た通信指令センターからの警電が鳴り続け、合田も何 四人の受令機を呼び出して、それぞれに向かって同じ度か手近の受話器を取ったが、幸い、緊急配備が必要 文句を吐いた。 な通報はなかった。 そうして、部下たちの書いた捜査報告書を繰りなが 「合田だ。今、どこ ? 状况は ? 俺は今夜ずっと署 にいるから、随時連絡を入れてくれ。ご苦労さま」 ら、未検挙の十八件について一つずつ捜査の見通しを 巡査部長の一人は、男女の変死体の解剖のために大書き連ねていド 崩 、下の二階の特捜本部の喧騒がそれ となく伝わり、階段を行き来する靴音が響き、窓の外 一塚の監察医務院。もう一人は、盗犯係と一緒に信金周 秋 年辺の聞き込み。井沢と紺野はパチンコ店の店員が刺さて侍機している報道陣のさんざめきが絶え間なく耳に れた現場近くて聞き込み。機捜と本庁の国際捜査課が届いてきた。誤字だらけの捜査報告書の不出来には腹 出てきているというのて、ほっとした。そうして現况 も立たず、頭の大半を毎日ビールの事件と半田修平の 2
無縁の事務に安住し、取締役会は周到にも岡田経友会 なくとも今、この場て固まりかけていた に関する話題は議事録にも残さなかった。その一方て、 「貴方のお気持ちは分かります」と白井は言った。 口頭ての報告と承認という形ての取締役会の意思決定 ど - フだろ , フか。屋しいものだという田 5 いて、城山は のもと、財務部は不正な支出を忠実に帳薄外て処理し あいまいに徴笑んだ 士「儿キノ、 そうした会社ぐるみの関与のシステムを敷きな 「おっしやる通り、倉田が告発を取り下げる可能性は がら、誰もが私は知らないとのたもうことが出来たの 月さいという気がします。そうなると、ビール事業本 オ現に、倉田が地検と交わしているらしいやり取り 部長の後任は、佐伯のほかにはいないのも事実てす ぞは、倉田以外の誰も知らなかった、ということて通 と城山は言った。 " 0 こ , とにもなっ Q のご " っ - フ 「倉田を諦めて下さいますかーと、白井は直截に畳み かけてきた。 今のこの事態を冷静に言い換えれば、倉田が今、な にがしかの個人的な意思によって、一人て責任を負お 「彼を会社に残すことについては」と、城山は応えた。 うとしている事態は、会社にとっては、最小限の犠牲 少し間を置いて、白井は苦笑、 しとともに「貴方はい て地検の関心事に一応の応えを出し、なおかっ岡田経つも決断の早い人だった」と呟き、白井の真骨項ぞあ 友会の一掃という悲願を達成する一石二鳥の好機だと る察しのよさて、さらに「何か含むところが、おあり 言えた。白井も口には出さないが、当然そういう判断てすか」と尋ねてきた。 をしているに違いなかった。 「このままいくと、倉田はいすれ法廷に立っことにな それはそれて正当な判断だが、いずれ倉田と前後し ります。しかし、総会屋への利益供ケは、よもや彼個 崩て日之出を去る自分には、また別の判断があるべきて人の独断てあったわけてはないのてすから、会社とし はないか。一個人に戻ったときに、会社の論理とは別 ての支援は必要だろうと思います , 秋 年の次元て、自らの取るべき道があるのてはないか。倉 「実際に起訴があった段階て、会社としても、彼の意 田が一人て刑事被告人になる無念を、そのまま黙認すを酌むかたちての態度を考えなければならないてし ることだけはするまいという城山の気持ち一つは、少 よう」