「間ってない。 それより今日、敬老の日だろ。女房 レディ・ジョーカー。復唱しろ」 が実家に毎年ビールを届けるんだが、今回はやめた方《我々は無差別殺人には関係ない、レディ・ジョーカ が輛 ~ 難だな。ちょっとうちに電話するから、先に行っ : また今夜は内職だ》 ててくれ」 「悪い状况てはない。俺を信じろ。それから、高に連 適当な嘘を並べて同僚を追いやり、半田は公衆電話 絡して、明日十六日の土曜日、午後一一時に後楽園のウ 、ボックスに入った。。 カラス戸を閉めると、遠のいた商インズの三階に来いと伝えてくれ」 店街の喧騒に代わって、自分の心臓の高鳴りが聞こえ 高が呼出しに応じるならよし。仮に応じなくとも、 た。たしかに、俺は興奮している。興奮している自分それはそれて、高の今後の出方の察しがつくというも にさらに興奮している。これこそが俺という男の真骨 のだった。年商一〇〇億の会社の社長に収まった本人 項だと半田は独りごち、外から見えないよう下を向い が、自分の手を汚しているとは思えないが、商標の無 て嗤った後、受話器を取り上げた。 断使用については何らかの形て落とし前をつけさせる 敬老の日に工場が閉まっているのは承知の上て、そ か、本家本元に迷惑をかけない旨の確約を取るか、ど ちらかはしなければならなかった。 こにヨウちゃんがいる確率ー よ五分五分だと思いながら、 半田はオオタ製作所の番号に電話をかけた。以前のヨ 電話、ポックスを出たとき、半田はちらりと行確の目 ウちゃんなら、間違いなくいると予想出来たのたが を思い出したが、 すぐに頭から追いやった。実際、偽 制に、ヨウちゃん 最近は分からなかった。この半年のド レディ・ジョーカーが青酸入りビールをばらまいたこ も確実に変わってきていた とにより、自分に訪れたのは危機てはなく、状况の好 崩 呼出し音が鳴り続け、切ろうかと思ったときに、や転だと言うことも出来るのだった。特捜本部の現場は っとつながった。ョウちゃんは《テレビを見てた》と ともかく、事態が重大になればなるほど逆に、保身て 頭がいつばいの幹部は慎重になる。今日まて自分を呼 年言った。 「だったら話は早い。明日一番に、もう一度手紙を出べなかった奴らが、こんな抜き差しならない事態の中 してくれ。文面は、我々は無差別殺人には関係ない、 て、ブツもなしに聴取を強行することは、ますないと
から鍵をかけた。そうしてやっと、ほんとうの狼狽を が立ち去った後、城山はドアを閉めた合田に声をか 自分のうちに迎え入れ、しばし部屋の真ん中に立ち尽 「今夜は泊まりますから、貴方はお帰りになっていし 一一カ月前、山中の隠れ家て『人質は、三百五十万キ てすよ。明日は、普段通りにここに来て下さい」 ロリットルのビールだ』と囁いた男の声は忘れもしな 城山は普通の声と表情を保っていたつもりだが、合 カったが、その脅し文句がこうして、血の色をしたビ 田の目はさっと城山の顔全体を舐めるように動き、 座に「お顔の色が : : : 」 と言った。この十七日間、そ ルという現実になったことについての実感は、むし オオこのス ろ薄かった。そうした実感はこれから湧いてくるのか の真っ直ぐな眼差しの質は常に同じごっご。 イめがと思いつつ、作為を感じさせられたことは一度も知れないし、あるいは永久にこのままかも知れなか もないその目に免じて、城山は今の今もまた、この千った。城山の狼狽は、真っ赤なビールよりも、今日の 里眼の邪魔者を受け入れた 状況の因って来るところから、あるいは自分自身の人 「そんなにひどいてすか : まあ、企業には大小 生の内側から、噴き出してきていた。二カ月前に誘拐 ろいろな間題が起こるものてす。ときには顔色の変わ された時点て密かに懐いた恐れが、今や数千億になる だろう具体的な被害の姿を取り、株主や社員はもちろ るような間題も。そういうときのために、普段から節 ん、関係各社や取引先の社員にまて直接間接に被害を 制して体力を養っているのてすから」 「それぞは、明日は少し早く参ります。もしご入り用及ばそうとしていること、そのことから噴き出して てあれば、ご自宅にお寄りして、着替えなどをお持ち 出来ますが」 九〇年秋に、城山自身の身内が発した不見識な一言 、ごけ、ありがたく項いておきます。ど一フカ て罪のない学生とその親の人生が破減した、その拭え 「お気遣し ご心配なく」 ない禍根がこうして災いの枝を広げて、今や市場を巻 き込もうとしているのだった。九〇年の一件さえなけ 「ては、お先に失礼いたします . れば、事件に対する対処も、その結果としての展開も、 合田も立ち去り、城山はひとり執務室に戻って内側
慢の範囲内だと、城山は大雑把な見通しを立てた。当「明朝、被害予想額は出せますか」 面の戦略は、被害の拡大を防ぐことと、積極的な業務「出せます。秘書室、財務、総務、広報の方へも連絡 用の拡販て小売り分の損失を埋めていくこと、全社員はしてありますから、城山さんはどうぞ適当な時間に の結束を固めていくことの三本柱て、具体的な中身は 引き揚げて、今夜はお休み下さい」 明日中には決めなければならない。城山自身を含めた 「いや。家に戻っても眠れないだろうから、私も泊ま ることにします。老ノえをまとめておかなければなりま 役員全員、おそらく明日からは、いつまて続くか分か らない顧客回りの日々になるのは必至だった。 せんし。貴方こそ無理をしないように」 「ところて倉田さん、犯人がレディ・ジョーカーてあ 「ぞは、私はこの辺て : : : 」 つなし J いフ . 証拠は、今のところありませんね ? ならば、 「そういえば、杉原は : : : 」 警察には別件として被害届を出すことにしましよう。 「今日は札幌てす。明日は現地て対処に当たることに レディ・ジョーカーが商品攻撃を始めたという形ての なると思います」 報道は、何としても封じなければ」 倉田は腰を上げ、城山も倉田を送り出すために立ち 「もちろん、そうします。警察には、十分に釘を刺し上がった。城山の方から片手を出し、軽く握手をした。 ておかなければなりません。警察発表の中身も、業界握り返してきた倉田の手は、やはりいくらかうわのそ 全体に影響のある話てすから、廩重に文言を選んぞも らだった。倉田も自分も今、長年築いてきた有形無形 らわなければ困りますし。明朝、保健所の回答が出次の財産の一角が壊れていくのを目の当たりにしている 第、江東区と多摩の所轄署へ届けを出しますが、その のてあり、どう目を逸らそうと、事実を変えることは い匂 辺の手配はうちの方てきちんとやります」 出来ず、今や残っているのは、被害を最小限に留める 一「役員の招集は、そちらてやっていただけますか」 対処のみ。どれほど狼狽しても足らなかった。 年「大丈夫てす。今夜はうちの方は、部長以上全員が 城山は、自分の手て執務室のドアを開けて倉田を送 残って、明朝の取締役会や記者発表の準備をやりますり出した。控室ては、相変わらずの立ち居て合田が倉 んて」 田のためにドアを開け、一礼をして送り出した。倉田
るのを察したものだつご。 きたし、最後に二〇億を発送するに当たって、終結宣 業界三位の旭だけてなく、医薬部門をもたないため 言を出すよう城山が要求したのを受けて、犯行グル その場にはいなかったが、 業界四位のクラウンビール ープは自ら『消エルコトニシタ』という文一言を使った も、同業他社はすべて、毎日ビールへの異物混入事件のだ という今日の事態を受けて、自社への波及を懸念せざ 今思えば、たしかに、犯行グループは同業他社に対 るを得なくなっている。そして、レディ・ジョーカー する行為まては言及しておらす、他社への行為を日之 の名は報道されてはいないものの、新たな被害者てあ出に対して約束する義理もなかったということも言え る←毋日ビール 0 、日 もクラウンも今、田 5 い描いている るが、城山としてはともかく大いに困惑し、 - フろたえ のはレディ・ジョーカーてあり、日之出が彼らとの裏ざるを得なかった。要は自分が甘かったということを 取引に応じたからこそ今日の第二の犯行を許したとい 認めるにしても、この事態をそういう形て納得するに う疑念に駆られているのも、容易に想像出来ることだ は程遠く、〈なぜだ〉と果てしなく自問し続けたのは、 った。もし日之出が他社の立場てあれば、自分も同じ何か腑に落ちないという直感のせいてもあった。 疑念をいただろうと城山は認めたし、おそらく消費 強いて憶測するならば、毎日ビ ールへの攻撃はビー 者も同じだろうと思うと、憂慮を通り越したパニック ル市場全体の売上に響く事態になるのは必至てあるこ 寸前のし地ごっご。 とから、形を変えた新たな日之出攻撃と考えられなく 城山自身、午前中に倉田からの内々の一報て毎日ビ もないかそ - フなると、〈なせた〉という田 5 いはさら ールの事態を知ったときは、数分の間言葉が出なかっ に架まる結果にもなった。直接に肉声を聞いた三人の 、すれか 崩たほど動揺した。富士山麓に監禁されていたとき、犯 犯人の声、その挙動、その指示、その行動。し 一人の一人が「一一〇億を手に入れたら、それ以外の要求らも、今日の事態をみじんも予想出来なかったのは、 は一切しないことを約束する」と言った、その文言のまさに自分のミスだったのか。あるいは、今回はレデ 年 一字一旬を城山は記億していた。その後の犯行グルー イ・ジョーカーてはない便乗犯なのか。 プからの指示も、初めの約束に従ったものと理解して 万一の場合、こういうことも予想すべきだったと、
かと自間すると、応えはイエスてもノーてもない つくづく思い返すにつけ、相手に戦略がなかった分、 局、取締役会の決議に従って、もう決まったことだと 自分に向かってきたのはほとんど人間の心の塊のよ 逃げ、よりよい対処の方法を不断に考え続けることを うだったと思った。三十六年の企業人生の中て、 止めてしまった自分自身に、城山は今ひとたびの失望や五十八年の人生の中て、あまり経験した記慮のない こ、つ 0 しょ , フ、、ごっ を感じ、電話台の傍らに座り込んだ。 生身の人間そのものが、自分の目の前 今夜、電話て聞いた声は、以前に二度聞いた声と同 じだった。警察に聞かされたテープに収録されていた そうだ。防空壕て周到に親の死を考えていた子供の ころから今日まて、自分にはこの生身というやつがな 声のうちの、《九番》か《十三番》だ。語調は例によ って事務的なものて、内容は準備する現金の指示だっ かったのだ。人の心に出会わず、人間に出会わなかっ た。今回の要求額七億は、一一回目に使用した後金庫に た人生だと城山は思ってみた。閑話休題、こんなこと 保管してあるものを使い、それとは別に、斤たに銀行 を考えること自体妙な話て、自分のために少し嗤った。 から七億を引き出して、それには水色の帯封をつける。 明日の《ゲーム》が終わった後、日之出の金庫には、 水色の帯封付きが一三億、白が七億、合計一一〇億の現 電話の音て目が覚めたとき、自動的に確かめた時刻 合田は腹の下になっていた 金が保管されていることになる、と男は念を押した。 は午前零時十分前だった。 最後に、二十五日日曜日の午後、電子メールて二〇億楽譜を引きずり出して、電話に手を伸ばした。 の発送方法と発送先を指示する、と男は言った。 とっさに公衆電話だと分かる気配を耳にしながら、 喝 そうして犯人と五分間も秘密の会話を交わしながら、「合田てす」と応えた。 一城山は一刻も早い事態の収拾しか頭になく、 犯罪への 《先ほどは大変失礼しました》という男の声が返って きた。合田は眠気も吹き飛び、城山だ、と田 5 った。 年嫌悪も、恐喝犯への憎悪も、経営者としての痛恨も、 ほとんどよぎることはなかったのた 《今、私は私人として電話をしております。貴方はい 城山は、自分の前に立ちはだかった若い刑事の顔を っぞや、雨の日曜日に訪ねてきて下さいましたね。そ
る。堅牢なマホガニー材を張った飾りのない壁面は実 接待の席には、白井副社長と医薬事業本部長の大谷常 務が同席した。次期社長と目されているらしい白井は、 は扉ぞ、内側にもう一つ防火扉があり、中は資科や書 類の機能的な収納棚になっている。置物一つない簡素 老獪さを感じさせる洒脱な印象て、合田に噫すること さだが、 ムク材のデスクはよく磨かれているし、スウ なく声をかけてくる唯一の殳員ごっご。 彳」オオ今夜も、科亭 に入る前にさっと合田へ目をやり、「貴方、目が刑事エーデン家具だという椅子は妙に座り心地がよく、デ スクトップのパソコンと違和感のない重厚な真鍮のス になってますよ」と囁いていった。 大谷常務の方は、今夜初めて姿を見た。午後七時五タンドは、最高級のチャッブマン社製だ。 合田は自分のメモを取りながら、デスクを照らして 十分に座が終了し、日之出側三名が接待客一一名をハイ いるそのスタンドの美しさに見とれ、ついてに今はそ ャーて送り出した麦のことごっ ' 驀、 オオカ路地に迎えの社 にいない野崎秘書のことをちらりと考えた。合田は 用車が入ってくるのを待つわすかな間、大谷は、社長 最初の日に、野崎が城山を見る目にびんと来たため、 と副社長の後ろて終始あらぬ方向へ顔を向けていた。 昨日は城山の反応を注視し、今日はこれは野崎の片思 日之出の取締役会も一枚岩てはないと見た いだろうと結侖を出したが、 日報の所見に書く必要が その後、城山は午後八時一二十五分に帰社し、すてに ~ のるかど - フか・迷い↓〕同省′ \ ことにしこ。 秘書の野崎はいなかったのて、社長室の鍵は合田が開 城山が最後の仕事を片づけている間、合田はそうし けた。城山はそのまま執務室に入り、合田は秘書の控 て控室て自分の仕事をし、手帳の五ページほどを細か 室に留まって、城山の仕事の終了を待ちながら、今日 い字ぞ埋めた。その最後のページの数行を、合田は今、 一日分の手帳の整理をした。 日報に書き写した。 合田が朝晩を過ごすその控室は、民間企業の豊かさ 〕肪帰社。挨拶は守衛のみ。誰にも会わす。 の何たるかの一端を、しがない公務員に教えてくれる 工間だった。そこには、野崎秘書が使うデスク一つと、 、執務室に入る。内線・外線電話なし。 1 亠・ワ 3 ワ」・ -0 、執務室からどこかへ電話か。相手先、 コピー機兼用のファックスとシュレッダー、来客用の 内容、不明。城山もしくは会社名義の携帯 肘掛け椅子が二脚、合田のための椅子が一つ置いてあ
何かを踏んていたことを強く窺わせるものてす。一人 『暗かったのて分からないが、轢いたかも知れない』 と供述していた。菅野キャップが言った通り、ずばり、の新聞記者が、まったく別の件て数年のうちに二度も 命を狙われるとは考えにく いのぞ、九一年の轢き逃げ その後公安が握りつぶした捜査資料そのものだった。 もう一つも、縦の罫線の入った調書の用紙だっこが、 は、今日の失踪とつながっていると見るべきてす。そ うなると、彼は九一年の時点て何を踏んていたのか、 これは途中の一枚を抜いたと田 5 われる断片だった。 『八八年八月三日の午後一一時に、私は赤坂プリンスのてしよう」 「おっしやる通り、それを解明しないことには、今回 旧館て東邦新聞社会部の根来とう い記者に会いまし の失踪と九一年の轢き逃げ事件を、関連付けて書くこ こ』というくたりかすぐに目に飛び込んてきた。 とは出来ません。関連を書けるか否かは、私どもが今 当時根来は、小野証券が推奨銘柄という形て特定の 後記事にする際の大きなポイントてす」 銘柄の株価をつり上げ、一部の大口顧客に儲けさせた 「私も同じ考えぞす。そこて、この八八年八月三日の 疑惑を掴み、調べ始めていた。そこて、大口顧客の < 午後一一時という日時てす。この時期はちょうど、旧中 氏と小野証券幹部の依頼という形て、この『私』は八 日相銀の中て創業者一族とそうてない経営陣の対立が 八年八月のその日に、根来に手を退くように迫った、 表面化したころてした。この年の十月に、月刊誌が初 そのことを証一一一口しているくだりご、と検事は説明した。 めて、相銀の内紛をすつば抜いています。ところて、 総会屋の『私』は九〇年一一月に、 < 氏に対する別件の この八月三日という日てすが、その日の午後一時から 恐喝容疑て逮捕され、これはそのときの供述調書の一 に・」し」い - フ、」し」、つ , 、 0 一時間、同じ赤坂プリンスの旧館て、旧中日相銀の校 倉という元常務と、竹村喜八という人物と、酒田泰一 「て、これの意味は」 の秘書の青野昭二の三者が会っていたことが分かって 「そちらの内部調査ては、九一年に根来さんが轢き逃 います。竹村は、相銀の創業者一族が後に、田丸善三 げに遭われた時点て、彼が特定の事件について、何か し J い , フ . の仲介て持株を譲渡した相手てす。この顔触れは、後 特別な清報に接していた形跡は見つからない、 の相銀処理の類末を十分に想像させるものてすが、こ ことてしたね ? しかし轢き逃げという事実は、彼が 4 叫
面々の複雑しごくな顔やひそひそ話てあり、今ごろ日 そういうときは、八月半ばから半田が何かのヤマの聞 之出本社の三十階て中腰て電話の応対に追われている き込みに回っている吉祥寺に、夕方には舞い戻ってく に違いない野崎秘書の姿等々だった。 るところを、吉祥寺駅の北ロて待ち受けるのが、一番 そうして、自分にはどうすることも出来ない所在な 確実なのだった。ひょっとしたら現れないかも知れな いカそのときはそのとき・ごっこ。 さのかたわらて、合田は控えめに、〈これは、レデ イ・ジョーカーの所業なのか否か〉という疑念を招き 半時間ほどバスに揺られた後、午後一時過ぎに合田 寄せ、さらに〈最近の半田は、それほど精力が余って は吉祥寺に着き、一一時間ほどの空き時間を、北口に近 いる顔はしていない〉と、慎重に考えた。この二カ月、 い喫茶店て本を読んて潰した。ほんとうは今日ぐらい 主に土日の競馬通いと、毎夜の帰宅状況などを見張っ署に戻って、山ほど溜まっている事務を少しても片づ てきた限りぞは、半田は十中八九、日之出から取った けるべきだったし、春から落ち続けている強行犯の検 金をまだ手にしていないと合田は見ていたそうだと 挙率も何とかしなければならなかったのだが、この二 すると、 ただてさえ行確を警戒しているホシが、二匹カ月、半田への個人的な執着は別にしても、合田は勤 目のドジョウを狙って動くとは考えられない。元のグ勉な仕事ぶりとは程遠くなっており、その上反省の念 ループから半田が抜けた可能性も含めて、いずれにし 力、ら亠迅いし J 一 ) つにいご。 ろ、半田は今回は関わっていないという方に合田の推 代わりに、時間があれば、学生時代に読んだ古い本 を手当たり次第に引っ張り出しては読み耽ることをや ールへの 半田はやってない。問題は、半田が毎日ビ っていたが、それは、時間潰しというより、自分の頭 恐喝を知っているのか否か、だけた 再三自分にそう を現世てないどこかへ移すための方便という方が正し 言い聞かせて合田は喫茶店をあとにし、今度は駅前か かった。なるべく長いやつを選んぞ、七月には『ブッ ら吉祥寺行きの路線バスに乗った。半田は今日も馬券デンプローク家の人々』と『ュリシーズ』と『大菩薩 を買いに行っているに違いなかったが、最初から尾け 峠』を読み、八月は『カラマーゾフの兄弟』『ジャ ていないと、どこのウインズに行ったか分からない ン・クリストフ』『チボー家の人々』と続いてきて、 264
私物らしいものは何一つなかった。 から、お宅の倉庫は大丈夫かと聞き返してやった」な どと話し始め、一一人はそのまま執務室に消えた。 そして、合田が自分の椅子に戻って一分も経たない その数分麦ごっこ。。、 彳オオカ野崎のデスクに入った外線電 うちに、野崎秘書が軽い靴音とともに控室に駆け戻っ てきた。多分、時間外の来客にお茶の接待だけすませ話があり、野崎はインターコムに「札幌から杉原取締 て、一一十階から急ぎ戻ってきたのだろうと推測出来た 役のお電話が入っておりますが」と告げた。城山から は《十五分後にかけ直すよう言って下さい》 が、そうして野崎が控室を空けていた時間は、合計す ると約四分間だった。控室に入ってくるなり「何か変事があり、野崎は電話にその通りに伝えた。 わったことは」と声をかけてきたのて、合田は「い 杉原という役員は、合田は二度ほど見かけたた : た 少こ卩象に残っていたビール事業本部の副本部 え」と応え、野崎はそのまま腰を下ろす間もなくビジ ネスホンに飛びついて、ランプが点きっ放しの内線電長という重職に似合わない、あまりの生気のなさ。人 話を片付け始めた。立ったままのその野崎のタイトス と顔を合わせるのを避けているらしい素振り。城山と カートのスリットが、お尻の中心線からすれてしまっ は縁戚関係のはずだが、その城山と相対するときの妙 ている光景など、初めて見た。 なぎこちなさ。九〇年秋、日之出の就職試験に応募し 城山本人はさらに十分遅れて戻ってきたが、ちょう た東大生が、面接を中座した後に自殺した経緯や、 どその直前 に、ロンドンから急ぎ帰国した白井副社長その東大生と懇意にしていた女学生が杉原の実娘だっ が訪ねてきていたのて、合田は不意の来客から解放さ こという事情は合田も内々に知らされていた力もう れた後の城山の表情を観察する機会を逸してしまった。 五年近い月日が経っている上、今日まてともかく役員 恐控室に入ってくるやいなや、城山は待っていた白井との椅子を確保してきたことから見て、身内のトラブル 一対面して「ああ、白井さん。ご苦労さまてす」と仕事が今も杉原の周りに影を落としているとは考えにくか 年上の顔を作ってしまったからだ。白井も挨拶代わりに、 合田は昨日、杉原の出張は今日まてと聞いていたか 彼がもう知ってましたよ。缶の方は大丈夫かって聞く 今夜も札幌にいるのなら、向こうて異物混入ビールの 「百貨店協会の黒川君と一緒の飛行機になったんだが、
ーの数字の向こうに、半田はしばし合 ンに元のように吸い込まれ始めた。半田は脇から店 机けるフィー 田の顔を見ていたが、その顔に伴っていたのは、昨日 員が差し出してくるカゴに受け皿から溢れ出す玉をか まての種々の興奮とは質の違う、ただ熱の塊としか呼き込み、足元に積み上げながら、右手はハンドル、左 べない何ものかだった。熱いという感覚のほかにはこ手は受け皿て、目を台に釘付けにした。その態勢て好 れといった感清もなく、もう個別の名 ~ 則も消えた、た 機を逃すまじと右手のハンドルを回し続け、フィー たの一つの顔に感じられた。 ーが止まった潮時も見逃さなかった。さっと切り上げ て席を立ったとき、足元には出玉て満杯の五箱が積み いて半田は、糀谷駅に近い環八沿いの電話ボック ス一つの姿も見た。もちろん、現金授受の指示のため上がっていたが、元手を差し引いた残りの半分の一一箱 を、気前よく相方に分けてやった。 に利用した電話ボックスぞあり、最後の手紙て今日、 景品交換所て換金したのは、半田が一万五千円、相 相手が電話番号を指定してきたポックスだったが、半 「今日はあんた、つきまくってる 田の目の中に現れたそれは、今はたんに、ほかのどの方が一万円だった。 半田自 なあと相手はほとほと感既深げに言ったが、 ポックスてもない、特 ~ 疋のボックスだというだけ、ごっ 身もそう田 5 ったし、いつになく幸福な気分にもなって 半田はそのポックスを額の真ん中に置いてちらり ー、ノ 3 / ノ 二点、そうしていた間にも、自分の身体を と今夜の手順を考え、〈まあ、そんなところだろう〉 と独りごちたが、実は手順というほどの手順てもなか 包んている熱の塊が、今にも燃え出しそうだったと、 うことを除いて。 った。半田はそうして、どこからか湧き出してくる熱 ノ一」の - 「熱い、熱い」と半田は呟き、ひとりて笑っご。 の塊に燃やされるような感じの中て、ハンドルを回す 右手を動かし続け、そのうち、翻り続けていた数字が身体の中て、血を造る臓器の巨大な塊が、熱気球のよ フに膨らんて真っ赤に熱せられている。身体の外へ、 突然止まって 7 、 7 、 7 と並んだ瞬間には、「おお ! 」 と声が出た。 熱せられたガスが噴き出していると思い、半田はただ 電車の騒音にかき消されて、相方には ジャーンと台が鳴り響き、電飾が一斉にびかびか点 可笑しかった。 滅し始めて、玉という玉が、開きっ放しになったゾ笑い声しか聞こえなかったようだった。 426