ショットクラスにスコッチを注い があるとは思えません。それに、もし特捜部が動くよ 「まあ、お飲み下さい。今夜はもう少し踏み込んだ話うな事態になれば、そのときこそ、酒田に押さえさせ もしなければと田 5 ってますが、ばくはちょっとアルコ ればいい話てす。そのためなら、群馬県の土地一つ、 ルを入れないと、こんな話はなかなか出来ないん三〇億ぐらいに値切った上て買ってもい て」 「訴追を避ける方法は、たしかにないことはないぞし 樽出しの原酒は、日亜った草の匂いがした。喉ごしは よう。その上て、白井さんは彼をどう処遇するべきだ 柔らかい炎を封じ込めたようて、味は少し濃く、甘か とお考えぞすか」 「単刀直入に言いますが、倉田をライムライトに行。 「城山さん。ばくは、倉田をライムライトに行かせる せないためには、彼を代表権を持っ会長か、もしくは 。 ( ーし力ないと田 5 ってる : : : 」 社長にすることてす。内部告発まて辞さないぐらいだ 要くよ 「同感てす」 から、彼にもそれなりの考えはあるはずだか 「彼が内部告発という非常識な手段に出た真意につい この際、内部告発の件は不問に付す形て彼に恩を売り ては、おいおい本人の釈明を求めなければならないが、 たいと考えていますが、城山さんのご意見は」 その前に貴方とばくの腹を固めておく必要がある。ま 白井らしい割り切り方てはあった。倉田を代表取締 ず、当の内部告発てすが、ばくの得ている感触ては、 彳に弓き上げるという白井の胸のうちには、これから ビール事業本部を率いてきた倉 少なくとも警視庁が日之出の商法違反を単独て摘発すの新体制を鑑みるに、 る可能性は小さい。今の大浦警視総監は来春勇退して田の力を捨てがたいだけてなく、ライバル他社へ引き 次の衆院選に立つらしいから、酒田泰一に疑惑が及ぶ抜かれる可能性のある男を外へは出せないという現実 ような岡田経友会の摘発はやらないだろう、そういう 的な判断があると見られた。しかし、もう一歩考えを 理由てす」 進めると、内部告発に及んだ当の倉田がこのまま日之 「しかし地検は分からない」 出に留まると考えているのなら、白井はあるいは、こ 「地検は今、この一件を単独て取り上げるほどの余裕 こに至った倉田の内奥を読み違えているか、人間を甘 310
しかし、肝心の倉田は、朝になって急に体調が悪い 人目もあったのて、白井は「今夜、私の家て」と短 と副本部長宛てに連絡を入れてきたとかぞ、結局姿を く応えたが、普段の白井らしくもない構えた表だっ 見せず、城山はいよいよ地検が倉田を呼んだのだと察 た。そして、午後八時には、城山は関口の白井の家に した。倉田が今日地検に呼ばれたのは、九月半ばから直接車を着け、後になった白井の車を少し侍って、家 に迎え入れられた。奥さんがわざわざ用意してくれた 鈴木会長への聴取が週一回のペース′し続いてきた流れ ールが座敷て待っていた。 の中ての話だろうと予測はついたが、聴取が岡田経友惣菜が数品と、冷たいビ ひとまず城山にビールを薦め、自らも喉を潤した後、 会と日之出との関係に及ぶ前に、倉田には一刻も早く 白井は「ばくは、倉田君の意思は変わらないと思い始 告発を取り下げさせる必要が出てきたということだっ めているのてすが」と切り出した。 まったく別の組て回っていた白井とは、一日じゅう 「私もそう感じてはいるが、彼にはどうしても折れて もらわねば」 口をきく機会を持てず、結局帰りに駐車場てようやく 白井をつかまえて、「倉田が地検に呼ばれたようぞす。 「しかし、物は考えようて、ここまて会社を出る意思 の固い人間を慰留することが、ベストの人事と言える これ以上、先延ばしには出来ません」と告げた。 白井とはこれまぞ数回話し合ってはきたが、岡田経のだろうかという思いも、ばくにはある。男女の関係 と同じて、一度離れてしまったむは、元に戻らないと 友会との関係を清算する点ては一致しているものの、 いずれ日之出から刑事被告人を出すことになる告訴や いうことを前提にして、貴方もばくも、この辺て頭を 崩告発というやり方については、白井は態度を保留した 切り換えませんか」 またった。加えて、倉田の意思がなお固く、むやみ 十月になって、白井が倉田を切る方向へ傾いてきて 秋 いるのは、城山も感じてはいたことだった。白井の性 年に告発の取下げを迫っても首を縦に振らないという難 格からみて、内部告発を嗅ぎつけた時点て、内心は激 しい状況が続く中て、次期社長としての白井の胸のう 昂しなかったはずがなく、直ちに内偵を始めた段階て ちも揺れているようて、最近はとみにロが重くなって
その夜もまた、もう一カ月以上、義兄から音沙汰がな 挑発は、そろそろ八合目というところだった。九合 いことを田 5 った。地検の捜査が山場に近づいているの目まて、あと十日ほどカ ( オ 。ナこら、最後の上りは一気だ は分かっていたが、これまては、にしいときほど、官 舎に帰るより近い義弟の自宅に転がり込んて来ること が多かったのだ。 たカたかそれだけのことたったが、最近はもう、ほ かにあまり考えることが残っていないという理由て、 十月二十日になって、白井は急に相談があると城山 一人になるとつい、義兄のことを考えていることが多 に言ってきた。白井の地獄耳は、週の初めに城山が地 カった。それは多分、自分の人生は何だったのかと省検の担当者と接触をしたことを、どこかて聞き及んだ みる作業に重なってもいたのだろうが、何か義兄に言 らしい。白井なりのルート て地検の捜査の状況を探っ っておきたいことがあるような、何もないような、整 た結果、この際、会社が受けるタメージを最小限にく 理のつかないひと塊の思いは、増えもせず減りもしな い止めるために何が出来るかを、とくと思案したのだ ↓ま 6 、つ , 、。 ろ , フ 合田はふと、女房が出ていってしばらくの間が、ち 白井はその日、会社が城山と倉田を背任て告訴する ようどこんな感じだったと思い出した。そのときに感形を取りたいと、ずばり申し出てきた。城山が知る限 じたのと同じ燠火が今、自分の腹の奧底に残ってい り、地検は内部告発を受けての強制捜査を検討してい るのを発見すると、自分ても少し驚き、同時に苛立っ る段階だったが、白井の言う通り、会社が商法に違反 ような、むらむらするような火照りを感じた。今ごろ、 した役員を告訴するのが一番正当な姿てあるのは間違 この腹の燠火は何のために燃えているのか、誰に対 いなかった。会社が告訴すれば、強制捜査という不名 する何の未練かと思い これは半田修平を燃誉な事態もいくらか緩和される。城山とセットなら話 やしている火・ご、よ ) こロ ーカ ( 何があるかと自分に応えて、 が違うと、地検に対して態度を硬化させているらしい 合田は文机の上の封書へ目をやった。 倉田も、会社の告訴なら納得するだろう。結果は同じ 408
る。あんたの気持ちは分かってる」と言った。「例の えたこともなく、意識のすみに引っかかったことさえ 。よ、手口ヾ , 、つ , 、。 行き来が少ないと言われても、同意も 十三番の声の主はどうなった、と言いたいんだろ 反論も出来なかった。「私には判断しかねます」と合 田は逃げ、「申し訳ありません」と一礼した。その垂「それもあるが、それはとりあえず置きます。それよ り内部告発文書てす。その結論、すなわち、だからど れた頭の上に、「以上、ご苦労さまてす , という神崎 - フだとい , フことか、娃相〕同私には分からなかった」 の一声が降ってきた。 「一課長は言わなかったからな」 署長室を辞したとき、合田の胸には〈半田修平はど 「今、聞かせて下さい」 こへ消えたのだ〉という思いが一つ、こみ上がってき 「厳重に保秘ご。頼む」 ご。ほば間違いなく実行犯の一人だと分かっている男 「分かってます」 が、手を伸ばせば届くところにいるというのに、今ご 「今夜、内通者が城山てないことをしつこくあんたに ろ内部告発文書の送り主がどうこうという幹部の頭が 確認したのは、その内通者が実は、最後の部分てとん おかしいのか、それとも半田がホシてはないと判明してもないことを言ってるからだ。要約すると、当社は たカどちらかたと田 5 った。い や、あるいは、内部告 レディ・ジョーカーのうちの一名を特定する有力な情 発文書を問題にしなければならない肝心の理由が、自報を、田丸から得ている。ついては、司法当局が田丸 分には語られなかったか、だった。 善三の摘発に乗り出すなら、その情報を渡してもよい といった書き方て : そう思い至ると、合田は署長室から数歩も離れてい 「ホシを特定する有力な情報といっても、どの程度の 恐ない廊下の真ん中て携帯電話を取り出した。番号を押 し、つながるやいなや「合田てす。屋上て待ってるか情報か、保証はないてしよう」 「しかし、たしかに田丸はホシを知っている可能性が 年ら」と一方的に告げて、電話を切った。 ある。事件には、金勘定に長けた者が最低一人は関わ 合田は屋上て半時間侍ち、平瀬がせかせかと現れ、 っている。の本体は粗暴犯だが、その一名を介す しばしの密会になった。平瀬は開口一番、「分かって
ずれ避けられない関係清算に備えて、それなりに地道るのだが、しかし、なぜ内部告発という形を取らなけ ればならなかったのか。 な準備をしていたのだった。歯科医が怪テープを送り つけてきたとき、倉田がいち早く《岡田》の関与を察 倉田が本来、必要とあらばどんな駆け引きも出来る したのも、言い換えれば当時、倉田が意図的に、それ男てあり、事実これまてやって来たことを考えれば、 《岡田》との関係を冷やしつつあったということ 今の倉田に、もはやその意思がないのは明らかだった。 たった。そして、いざ関係清算の段になると、倉田は そうてあれば、倉田は今や日之出に己の将来を置いて いないということだろう。百歩ゆすってそれも分かる 一年をかけて強硬且っ周到に事を推し進め、九三年春、 絵画購入という形て日之出が一〇億の手切れ金を支払 が、なぜ内部告発なのか。 決着は寸、こ。 レディ・ジョーカー事件に伴うビール事業の損失が そのとき、将来にわたって二度と双方に利害関係は予測出来た時点て、倉田がそれなりに自らの進退を考 えたのは当然だが、 発生しないことを保証した念書を《岡田》と取り交わ それならば余計に、自分を告発す したが、今年初め、田丸善三が別荘地の購入話を打診 るに等しい田丸の告発をなぜ、この時期にやらなけれ してきた時点て、念書は相手方から一方的に破棄さればならなかったのか。しかも、三十数年の己の企業人 たも同然になった。端的に日之出は裏切られたという生を無に帰するような内部告発という非常識な手段に ことてあり、九三年の交渉を一任され決着させた倉田訴えた、その真意は城山にはどこまても分からなかっ としては、顔色を失うどころの状況てはなくなってい た。そうして、倉田は頭がおかしくなったのかと疑い るのは事実だった。あくまて土地購入問題が取締役会 ながら、目まいを覚えるような混沌に落ち込んて、城 の俎上に上った場合の話てはあるが、倉田は完全に立山は本社へ帰り着いたのだった。 場かなくなるばかりか、重大な責任を問われることに もなる。 城山は三十階の自分の執務室に戻るやいなや、半日 そこて倉田が今日、何としても田丸の手を封じなけ の不在の間にデスクいつばいにまった書類や伝言の ればと判断した、その危機感は城山にも十分理解出来メモをうっちゃってパソコンの端末を立ち上げ、着信 280
ーも見ました。城山さんは中身はご存じてすか」 「内部告発の主は倉田てはないかと、私も思っていま 「相当な確信犯てすよ。《岡田》から絵画を購入した 「彼てす。彼だという証拠もある。城山さん、ほんと うにここだけの話として聞いていただきたいが、文書 件は時効まて一年あるし、念書一枚ても揃えば、商法 違反て摘発も可能てしよう。それはともかく城山さん、をワープロて打ったのは、御妹さんだと思います」 「杉原晴子、てすか : : : 」 ここだけの話てすが、ライムライトが倉田君を引き抜 、さに、がかっ′しいつな・ 「いや、お気持ちはお察しします。ばくはそうと知っ 枝豆をかじりながら、白井は淡々と用件を明かして たとき、杉原君の経緯もあるし、それほど意外な感じ は受けませんてしたが。ひょっとして貴方、倉田君と しった。城山の方は、仰天した拍子に鯉のひと切れが 喉に詰まって咳き込むはめになった。 御妺さんがかなり親しいことを、ご存じなかったのて 「興信所が彼の自宅の電話を、すっと盜聴してましてすかな : いや、もう一一十年以上になるてしよう。 ね。ライムライトはかなり積極的てす。アジア市場を有名な話てす。しかし城山さん、大人の男女の話に、 今のうちに出来るだけ拡大しておきたい戦略てしよう お互い野暮は言いますまいよ」 が、今のアジア支社を独立させて、そこのトップに倉 もはや仰天を通り越して、城山はただ粛々と聞いて 田君を迎えたいというふうな、そんな話のようぞすな。 いた。しかし、倉田と晴子が一一十年以上の関係だと聞 当然、十年後にはライムライト・ジャパンも、 - フちと に及んて、長年の疑問がひとつ、鮮やかに解けてし まったのは事実だった。晴子が杉原武郎と結婚したの の合弁を解消して、そこに吸収されることになる」 は、そのときすてに倉田に妻子がいたからた、たたそ 崩「倉田本人の意思表明は : : : 」 一「電話ては彼はしきりに《事件の後始末が残っているれだけのことだったのだ、と。倉田が長年、凡庸な杉 年のて》という言い方て、返事を保留している。その原を懸命に引き立ててきたのは、晴子との不倫の後ろ めたさに因るところが大きかったのだ、と。 《後始末》は多分、内部告発文書のことだとばくは思 白井は無地の茶色のガラス瓶のコルク栓を抜いて、 ってますが」 309
「しかしばくとしては、貴方の処遇も念頭に置いて、 く見ているかだと城山は感じた。 ことを進めなければならない」 「明日、本人が出張から戻るのて、まずは将来につい ての彼の真意を聞いてみます。彼は日之出を出る腹を 「いや。それには及びません。ここだけの話として、 固めていると私は感じていますが、その場合も、ライ はっきり申し上げておきますが、私は今回、レディ・ ジョーカーに支払った二〇億の責任を取る形て退任す バル他社へ移ることはあり得ないてしよう。彼はそう るのだし、今期の業績に対する責任も負わなければな いう男てはありません」と城山は応えた。 らない 日之出に残ることは考えていません」 「ばくもそう願っていますが、ともかく彼の処遇は、 枝豆のひとさやを手に、臼井はしばし、予想外の状 彼が内部告発文書を撤回するか否かにかかっている」 况に直面したような放心の表情をしていた。 「おっしやる通りてす . 「ここはまず、亠呉方から働きかけをしていたたくのか 「しかし城山さん、それては倉田が承知しない」 一番てしよう」 「それも含めて、彼とは話し合いますが、倉田にして も、内部告発まてしておいて、今さら人の去就に意見 「そのつもりてす」 をする筋合いはありますまい」 城山自身、倉田が、自ら刑事被告人になるに等しい 内部告発に及んだむのうちを、どうしても知らずには 城山はそうはぐらかし、自分も枝豆に手を伸ばしこ。 「ところて白井さん、鯉こくが美味そうだ。煮え過ぎ 済ませられなかった。なにがしかの深謀遠慮があるの ならそれも見極めておきたかったし、晴子の加担が本ないうちに、賞味させていただけませんか」 大ぶりの漆塗りの椀にたつぶり注がれた八丁味噌仕 人の意思なのか、それとも倉田の依頼なのかというこ 立ての鯉こくに箸をつけながら、白井は言った。 崩とも、是非とも知りたかった。 もかく、貴方の件は保留にさせていたたきます。しば 一手元のグラスにはまた一杯、ウイスキーが注がれた らく他言はしないて下さい。頼みます」と。 年「城山さん、貴方はご自身のことをおっしやらないが、 何を考えておられるのかな : : : 」 「それはまあ、おいおい」
たか」倉田はそう聞き返し、苦笑い とともに首を横に が、特捜部にとっては、大事な突破口の一つになると い - フところてしょ - フ」 振った。「信じていたら、東栄の形ばかりの提案を拒 否する理由はなかった。要は、うちも東栄の目論見は 「倉田さん。私たちは日之出の話をしているのてす」 うすうす分かっていたということてす。黙認したと、 「酒田が生き残っては、日之出がたかられる状況は変 う意味ては、日之出も、東栄の相銀潰しと一連の詐欺わらない。酒田まて視野に入れて田丸摘発に取り組む のが、私の譲れない条件だと地検には言いました。そ の共犯てすー のために、私は刑事被告人になるつもりだ、と 「貴方も知っていたということてすか : : : 」 「知っていました」 「はっきり言います。貴方の内部告発は取り下げても 「あらためて確認しますが、地検が今日、九〇年一一月 の件て鈴木会長を呼んだのは、貴方の告発と関係があ「出来ません」 るのか、ないのか、どちらてす」 「今期の業績やレディ・ジョーカー事件に対して、責 「イエスてあり、ノーてす。地検はあくまて、当面の任を取るのは誰だと思っておられる。この私こそ、明 重要な案件の、周辺を固める意図だと思います。ここ 確な理由て辞任しなければならないときに、貴方まて だけの話ぞすが、地検特捜部はどうやら年明けにも、 勝手な理由ていなくなっては、会社が困る。トップが 一一人も同時にいなくなるわけにはいかないのてす。そ 小野証券の岡田系列の特別口座を根こそぎにして、つ いてに、ノンバンクを経由した岡田への迂回融資て東れはお分かりてしよう」 栄へも切り込む腹らしい。今度こそ、岡田経友会は息「少なくとも私に関しては、後任の人材はいます」 「誰が貴方の代わりを務めるにしても、完全に市場を 崩の根を止められるてしようが、顧問の田丸自身は小野 一証券に口座を開いていないんて、小野ルートては摘発任せられる人材に育つのに、一一年はかかる。これから を免れる可能性が高い。地検もその点を気にしていまの販売ルートの抜本的な改革には、ビ , ール事業の将来 ベストの人事て臨む カかかっている。この正念場に、 す。田丸抜きては、政界への資金の流れを解明出来な いし、日之出と岡田経友会の関係はあくまて周辺てすのが経営陣の義務だし、私には人事権がある。貴方に
何時からと正確に特定出来ないある時期から、いや、ものが並んているというのが、白井流のもてなしだっ おそらく杉原武郎の葬儀のころを境に、妻は積極的に た。その夜は、古伊万里の皿に無造作に盛られた鯉の 一人の生活を楽しむようになり、城山はごくたまに 洗い、青々と茹てられた大粒の枝豆、缶詰を開けただ 三十年以上続いてきた夫婦の距離が徴妙に空いてきて けのプロックフォアグラ、ハトロン紙の内側てとろけ いるのを感じてはいた。しかし、自分の身の周りにあ かけているフレッシュチーズ、秋ナスの糠漬け、そし らためて神経を注ぐ余裕は、その日もやはりないまま て七輪の上に載っている土鍋の鯉こくなどだった。も 「行ってらっしゃい , と妻を送り出して、自分もま ちろん、樽出しのスコッチのボトルと、冷えた日之出 マイスターもあった。 た普段着のまま、午後六時に家を出たのだった。 白井の自宅は文京区関口の古い屋敷町にあり、四百 まずは小ぶりのピルスナーグラスにマイスターを注 坪の敷地に生い茂った樹木に隠れて、築八十年になる いて、喉の渇きをいやし、薦められるままに、水てし 小さな平屋は門扉からは見えない。 そういう敷地の前 めた鯉の洗いに箸をつけた。下ろし方は不揃いながら、 美未だつご。 てタクシーを降りて、門扉のインターホンを押すと、 「貴方には負けますよ : 今夜は鯉をさばいて、明 白井が下駄をカラカラ響かせて、自ら門扉を開けに現 日はまたニューヨーク。お元気そうて何よりだが、先 「今日はばく、九〇て回りましてね、いやほんとてす。のことを少し考えていただけましたか」 夬調ついぞに、ちょうど九州の知り合いが送ってきた 「その話てすが、城山さん、実は興信所に調査を頼み 鯉を一尾さばいて、洗いと鯉こくを作って。まあ、ど ましてね」 うぞ中へ いきなりそんな話ごった。 そんなふうにして招き入れられた家は、あばら家寸 「内部告発文書を警視庁が受け取っているという話て 前の古さにもかかわらずいつも妙に決適ぞ、すだれのすか」 下がった槍の広縁に胡座をかいて座ると、目の前には 「まあ、それだけてはありませんが。内部告発の件は、 いかにも大雑把な取り合わせながら、実に美味そうな 六月末にある筋から小耳にはさみまして、実物のコピ 308
面談。署長室。保秘』とあった。 ートを巧妙に寉呆していた上に、そのルートを使って 『保秘』のためてなく、署長室への出入りをほかの捜行われたはすの交渉の中身も不明のままてすー 査員に見られたら、明日から自分自身の身の置場がな 「実際に裏取引があったか否かというと、私はあった くなるという理由て、合田は周囲の目をかわすために という意見てすー いったん屋上へ上がり、そこてタバコを一本吸った。 そう切り返して、神崎は単刀直入に、合田のあいま いな返事に釘を刺した。「日之出は終始、捜査を欺い 何かしら用のあるときだけ呼びつけられ絞られるのは、 ほとんど幹部の雑巾だったが、 これてまた少し秘匿情てきた。言い換えれば、終始のシナリオ通りに動 いてきた。それは明白てす。ほとんど共同謀議に近し 報に触れられると思うと、期待すら湧いてきて、それ も少し哀しいというところだった。 形て、何億かの金が不正に企業会計から捻出され、犯 一階の署長室に入ったとき、そこには神崎のほかに 人に支払われたと見ています。また、そうと窺わせる 特殊班の箱崎と係長、一一課と四課の課長と管理官、そ内容の内部告発文書も、刑事部長宛てに届いているー 内部告発と聞いても、とっさに慮測する何ものもな して平瀬がおり、まるて聴聞会のような空気て、合田 はのつけから緊張を強いられた。 く、合田はただ自然に城山の顔を田 5 い浮かべたた : オ 「合田さん。ます、日之出はとの裏取引に応じた いくつか貴 のか否か。貴方はどう考えていますか」と神崎は促し 「ところて、その内部告発文書について、 てきた。 方に確忍しなければならない点があるのてすが、くれ ぐれも厳重な保秘を願います。実物は用紙六枚に 「実際に裏取引が行われたかどうかは判断出来ません 喝 が、行われる素地はありました」と合田は応えた。 ものばる上、内容も商取引関連の事案が中心なのて、 ここては要旨だけを言います。ます、当該の文書は六 一「素地があったというのを、具体的に」 月二十五日の午後六時から翌一一十六日正午の間に、品 年「社内て臨時の取締役会が頻繁に開かれていたのは、 日局管内て投函された。この日付には留意されたい。 本来の業務のためだったとは思われません。日之出は、 文書はワープロて打たれており、封筒や用紙に指紋は 少なくとも先週の一一十三日夜まて、犯人側との連絡ル 工几 2 巧