最後 - みる会図書館


検索対象: レディ・ジョ-カ- 下巻
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1. レディ・ジョ-カ- 下巻

ちつけていて、頻繁に三十階にも上がってきた。この誘われたが、まだ片付けが残っていることを理由に断 辺かいかにも白井らしいところて、個々の用件のつい 。実際、その日は、午後に特約店会の幹事社の定 ぞに雑談という形て、幅広く将来の改革について自分例会や、経団連の部会があって外出し、その後に接待 も一件あったため、午後八時過ぎに帰社したとき、ま の考えを披露し、城山の意見を聞いてい 城山は白 井と向き合っている間、在任中に自分に出来なかった だ自分のデスクの引出しの整理が手つかすて残ってい こと、仕残したことなどをあらためて思い起こす一方、るという状態だった。昨日は、最後だからということ 自分には到底そこまては出来そうにない白井の発想や、て、野崎女史が片付けを手伝ってくれたが、女史の手 かなかったら、どうなっていたか分からない。分別の したり、感むしたりすることになった。 構想力に驚、 たとえば、城山には十分に進められなかった特約店 ために棚から出してあった書類の山を、項目別、年次 の再編だが、白井は五年後の解散を先に通告して中小 別、月別に、元の棚に入れ直す作業はほとんど女史が の再編と淘汰を一気に促し、あらためて傘下に組み込やってくれたおかげて、城山の執務室は、デスクを除 き、ほば二週間ぶりに整然とした姿に戻っていた。 んだ上て、日之出の販売事業部を子会社として独立さ せるとい - フ。 もうここまて来れば、あとひと自 5 ごっこ。 . オオこの一一週 五年をかけて役員の数を半分に減らし、 うち数名は社外役員を迎えるともいう。「今なら変え 間の間に徐々に雑念を払うすべを覚えた城山は、接待 られる。変えるなら今しかない。 そうてしよう ? 」との席てビールをグラス一杯、冷酒を半合ほど飲んてき いう白井の言葉は、これが代表取締役一一名を犠牲にすた勢いて、休むこともなく、最後の片付けに取りかか る会社の答えだと言っているようてもあった。白井の いつものように野崎が昼間に残した伝 っ ' 」。最初に、 新体制が西歴二〇〇〇年まてに改革に成功したら、そ言やメモをざっと処理した後、三つある書類用の大型 のとき日之出は、創業百十年の硬直を完全に脱した姿 引出しを一つすっ引き抜いて、中身をデスクの上にあ に生まれ変わっているだろう。 。た。引出しにめてあったのは、五年間の在任中に 城山が個人的にファイルした資料の類てあり、基本的 に処分してもい いものが大半だったが、 中に会社の資 十月三十日の夜、城山は白井に「ちょっと一杯」と 412

2. レディ・ジョ-カ- 下巻

る。堅牢なマホガニー材を張った飾りのない壁面は実 接待の席には、白井副社長と医薬事業本部長の大谷常 務が同席した。次期社長と目されているらしい白井は、 は扉ぞ、内側にもう一つ防火扉があり、中は資科や書 類の機能的な収納棚になっている。置物一つない簡素 老獪さを感じさせる洒脱な印象て、合田に噫すること さだが、 ムク材のデスクはよく磨かれているし、スウ なく声をかけてくる唯一の殳員ごっご。 彳」オオ今夜も、科亭 に入る前にさっと合田へ目をやり、「貴方、目が刑事エーデン家具だという椅子は妙に座り心地がよく、デ スクトップのパソコンと違和感のない重厚な真鍮のス になってますよ」と囁いていった。 大谷常務の方は、今夜初めて姿を見た。午後七時五タンドは、最高級のチャッブマン社製だ。 合田は自分のメモを取りながら、デスクを照らして 十分に座が終了し、日之出側三名が接待客一一名をハイ いるそのスタンドの美しさに見とれ、ついてに今はそ ャーて送り出した麦のことごっ ' 驀、 オオカ路地に迎えの社 にいない野崎秘書のことをちらりと考えた。合田は 用車が入ってくるのを待つわすかな間、大谷は、社長 最初の日に、野崎が城山を見る目にびんと来たため、 と副社長の後ろて終始あらぬ方向へ顔を向けていた。 昨日は城山の反応を注視し、今日はこれは野崎の片思 日之出の取締役会も一枚岩てはないと見た いだろうと結侖を出したが、 日報の所見に書く必要が その後、城山は午後八時一二十五分に帰社し、すてに ~ のるかど - フか・迷い↓〕同省′ \ ことにしこ。 秘書の野崎はいなかったのて、社長室の鍵は合田が開 城山が最後の仕事を片づけている間、合田はそうし けた。城山はそのまま執務室に入り、合田は秘書の控 て控室て自分の仕事をし、手帳の五ページほどを細か 室に留まって、城山の仕事の終了を待ちながら、今日 い字ぞ埋めた。その最後のページの数行を、合田は今、 一日分の手帳の整理をした。 日報に書き写した。 合田が朝晩を過ごすその控室は、民間企業の豊かさ 〕肪帰社。挨拶は守衛のみ。誰にも会わす。 の何たるかの一端を、しがない公務員に教えてくれる 工間だった。そこには、野崎秘書が使うデスク一つと、 、執務室に入る。内線・外線電話なし。 1 亠・ワ 3 ワ」・ -0 、執務室からどこかへ電話か。相手先、 コピー機兼用のファックスとシュレッダー、来客用の 内容、不明。城山もしくは会社名義の携帯 肘掛け椅子が二脚、合田のための椅子が一つ置いてあ

3. レディ・ジョ-カ- 下巻

電話の有無、要確認。 った。しかし、何かの挨拶の原稿を読みながら、独り 当該の午後九時一一分、控室の合田は突然、執務室の 言を呟いていた可能性もあるため、日報の方は、『携 中から「日之出の城山てす , という声を聞いたのだっ 帯電話の有無、要確認』のあいまいな文言に留めた。 た。ファックスのモーター音や、パソコンについてい それから、最後の三行を書い 1 亠・ る無停電電源装置の低いハム音に妨げられて、昼間は ワ」・つ乙 、執務終了。疲労の色あり。地下駐車場 執務室の話し声はほとんど聞き取れないが、機械が止 へ直行、乗車。 1 亠・ まっている夜は違う。誰もいないはずの城山の部屋か 山王着。付近に異常なし。 公舌 ら城山本人の声が聞こえたとき、合田は自動的に、秘 1 ゅ事イ・ は終日、顔色や物腰に異変はなく、落ち ついていた。 書のデスクの上のビジネスホンへ目をやったが、内 線・外線ともに使用ランプはついていなかった。 書き上げた日報を、本庁の第一特殊へファックスて とっさに携帯電話かと思ったが、自分のデスクの上送ったら、午前一時になっていた。ウイスキーを百五 に電話があるのに、わざわざ携帯電話を使う理由はな十グラム注ぎ、この二日触っていないヴァイオリンを いため、合田は椅子を立って執務室のドアに耳を当て 眺め、 O を小さな音てかけっ放しにして、べッド た。最初の「日之出の城山てす」から一分ほど置いて、 一日中ほとんど口を開くこともなく、 横になつご。 「意味が分からない : という声が聞こえた。さら人の話を耳にする機会さえ限られた生活が三日続くと、 二分置いて、「その件は分かった」という声。さら テレビの声ても、 しいから聞きたいと田 5 うのたった。 に一分後、もう一度「分かった」。さらに一分半置い 恐て、最後に「もっと : : 方法 : : : ほしい」。城山の声 くぐもってした は、普段と比べても小さく 朝刊出稿後、社会部の泊まりの記者たちと缶ビール 年電話をかけたのは城山の方てあり、業務上のやり取を一缶あけ、五月十一日の午前一一時、根来は早めに本 りの語調てはなく、しかもわざわざ携帯電話を使った 社ビルを出た。すぐ近くのフェャーモントホテルの駐 というのは、事情の如何にかかわらず要注意の対象だ 車場て、半日前に連絡を入れた佐野というジャーナリ

4. レディ・ジョ-カ- 下巻

や転換は起こらなかった。六時間に及ぶ手術て一命をぜかと考え続けたが、最後は自分には分からないとい 一フ結論を出し、その結珊とともに、潮が退いていくよ 取り留めた後に、合田が最初に思い知らされたのは、 そのこ」・ごっこ。 うに、レディ・ジョーカーへの興味を失ったのだった。 十一月八日朝、麻酔が覚めた激痛の中て、合田は看一方、平瀬は十日間毎日やってきて供述を迫ったが、 護婦に見せてもらつご月リ ナ卓干の社会面に、『刑事が刑事合田が最後まて口を開かなかったのは、自分自身がそ うして興味を失ってしまったことが大きかった。 を刺す』という見出しを掲げた記事を発見した。さら いや。ほんとうのところを言いますと、私はそ にその日の午前九時過ぎには、早くも特捜本部の平瀬「 : 警部補が現れて、半田の自宅て消印を同じくする四十のとき、頭もむもまったく別の間題ていつばいになっ ていたのて、ほかに何も考えられなかったのてす」と、 通の封書を押収したと言い、逮捕した半田が所持して 二通と併せて、「どういうことか説明してほしい」 合田は廩重に続けた。「何と言えばいいのか : と寸分の容赦もない口調て迫ってきた。合田は、全身ぬはずだったものが生き返ったときに、普通なら安堵 や悦びが来るんてしようが、私の場合は違いました」 麻酔の後遺症てが喉に詰まり、実際に声が出なかっ たこともあって、黙秘を通した。 合田は八日の夕刊を待ち、翌九日の朝刊を待ったが、 「司祭さん。近ごろは教会にもご無沙汰てすが、私の 続報はなかった。レディ・ジョーカーについての半田義兄を覚えておいててすか」 の自供が不完全て逮捕出来ないのか、自供を裏付ける 「もちろんてす」 つ、 : 何をしたのか、あの義兄に思い知らさ 物証が出ないのかと冷静に考えた一方て、失望はとめ 「私がいオ ( どなく深くなった。 れましてね : : : 。要は、私は取返しのつかない形て義 最後の行動から判断して、半田はむしろ逮捕を望ん兄を傷つけた、ということなのてすが」 合田はしばらく黙り込み、死ぬはずだったものが生 ていたと思われ、それならば、逮捕状を請求するだけ の供述や物証をすすんて提供しているだろうに、なせき返ったときに、直面した心の衝撃に思いを馳せた。 手術のあと、未明に義兄の呼ぶ声て目が覚めたとき、 逮捕がないのか。合田は数日間、出来るだけ冷静にな

5. レディ・ジョ-カ- 下巻

自殺のサインを送っていたのか否か、考えようとして 顔が分からないのは杉原夫人と杉原の娘夫婦、と いうことごけ寉忍し、合田はガラス張りの玄関ドアの も頭がまとまらなかった。スーツに着替えながら突然、 この自分は生きている杉原に接触した最後の人間かも前に立った。 知れないと思い至ると 受付窓口の明かりも消えた殺風景なロビー 、取返しのつかない失態をやっ たという敷しい後悔に揺すられた。 チのある片隅に立ったり座ったりしている六人の男女 クし離れて、品川署らしい の黙然とした姿があった。ト 午前零時十分には、合田は電話て呼んだタクシー 私服が一人、所在なげに立っていた。どんな死者ても 八潮を出発し、四十分後に都立大塚病院裏の狭い路地 に降り立った。最初にしたことは、医務院の正門前て似たり寄ったりの遺族の風景はまず、城山夫人に肩を 日之出の社員らしい男が二人、新聞記者やテレビカメ抱かれて足元の床を見つめている女性が、おそらく杉 ラを通すまいと右往左往している中に割って入ったこ原の妻。三日に一度は美容院てセットしているに違い とだった。「時間と場所を考えろ ! 」と一喝して、最 ない髪は薄紫色の部分染めて、人目を引く華やかな印 前列の記者数人を押し退け、さっさと鉄扉を閉めた。 象の女性だった。顔だちはもちろん城山に似ている。 次いて、その場て本部へ電話を入れて、所轄から現場 その母親より、父親の方に似ている若い女性がやはり 整理の警官を数名出すよう頼んだ。い くら表立っては 頭を垂れ、三十代の潔癖そうな感じの男性に肩を抱か これが糸井夫妻。子供がいるはすだが、時 動かないとはいっても、最低限、路地に溢れている報れていた。 道関係者をどかせるぐらいのことはしなければ、遺族 間が時間だから誰かに預けてきたのか が気の毒だという思いが半分。この人だかりては、不 放心しているとも、何事か考え込んているとも判断 審な人物が紛れ込んても目が届かないという理由が半のつかない表情て中空に目を据えている城山は、日之 出ビールの社長てあることを知らなければ、道に迷っ 夏 それから、社員の一人を呼んて自分の手帳を見せ、 て途方にくれている年寄りかと思う、憔庠した頭ご 年 中にいる会社関係の人物の氏名を尋ねた。城山社長夫った。その傍らに立っている倉田副社長が、最初に玄 妻、杉原夫人、糸井夫妻、倉田副社長、とのことだっ関ドアの外の合田へ目をやり、城山がゆっくり振り向

6. レディ・ジョ-カ- 下巻

円払った。 午後八時五分前、半田は署の刑事部屋に上がった。 係長には「現場付近、深夜にはけっこう外から人が入 小さいビニール袋を手にそこを出ると、京急蒲田駅 ってきてるようてす。夜の張り込みが必要だと思いま に向かう線路沿いの路地を三百メートル歩く す」などと報告した。シンナー中毒の十八歳は、供述田は果物ナイフのパックを破り、中身をジャケットの が取れないまま病院に入っていた。目撃者の証言もあ ポケットに入れて、台紙はビニール袋に戻した。大、 いまいて、モヒカン刈りぞはなかったと言い出してい て、いつの間にかもう一人の自分が買っていたらし、 。捜査は一からやり直して、明日は住民台帳冷 ~ 果の袋を破り、一口かじってみたが、食えたものて に基づいて不審者の洗い出しをする、ということだ はなかった。それもすぐにビニール袋に突っ込み、そ のビニール袋は一分後には蒲田駅のホームのゴミ箱行 半田はその後、朝から出払っていたために手つかずきになった。 たた昨日の分の捜索差押調書を一件、作成した。そ 半田が空港線のホームに立ったのは、八時五十一分 れを係長に提出し、「お疲れさまてす、お先に失礼し たった。二分後に入ってきた電車に乗り、一つ目の糀 ますーと告げて辞去したのは、午後八時三十四分だっ 谷駅には五十五分に着いた。そこて電車を降りた三、 た。署の玄関を出たとき、この半年の間に身についた 四十人の客のうち、環八に出て萩中の方向へ向かうの 習慣て、誰もいない道路の前後を見た。半年に亘った は約一二分の一。その最後尾からさらに五十メートルほ 行確は、十月三十一日を最後に途絶えたままだった。 と遅れるよう、半田は歩幅を調整した。その間に、ポ ケットの中て果物ナイフのさやを外し、さやは路傍の 崩半田は八時四十分、署から百メートル離れたコンビブランターの植え込みに投げ捨てた。 ニエンスストアのサンエプリーに立ち寄った。雑貨の 飲食店などの明かりがあるのは環八の交差点付近だ 秋 年棚から、台紙ごとパックされた果物ナイフ一本を取り、 けて、萩中の方向へ家路を急ぐ人の姿は、たちまち暗 続いて目に入ったアイスキャンデーの冷凍庫から、袋 い歩道に吸い込まれていった。半田が交差点から歩き 入りのアイスモナカ一個を取って、レジては五百十一一出したとき、二十メートル先に見えている薄明るい電 42 /

7. レディ・ジョ-カ- 下巻

ざっと目を通す間に、 いつものことて頭は自然に十四チから腰を上げて、すぐ後ろの階段を降りた。馬券売 場の一階フロアから。ハドックのある外へ出て、何重に 頭の馬の姿て満たされた。 も重なった人垣の頭越しに、しばらく厩務員に引かれ 時刻は、 8 レースが終わったばかりの午後一一時一二分 てお披露目される出走馬を見た。①番、⑦番、⑩番い 印たった。三歳馬だと、当然騎体の大きい方が強いに 強いてい 決まっている。しかも、一四〇〇メートル程度の距離ずれもとくに荒れているような様子はなく、 えば⑦番のアジュデイケーターが、立派な馬体のわり ては、本来の脚質より、最初から飛び出して逃げ切っ オナカその鈍重て には精彩がないかなという感じごっ , 驀、 てしまうか、先行して後半バテるか、最初に遅れたら 最後まてそのままか、三つのうちのどれかになる公算物憂げな印象が一瞬、駒子を思い出させたためか、物 が大。となると、ここは前走と前々走の成績からみて、井は結局、予定の変更はしなかった。 時刻は一一時十五分 。。ハドックの出走馬が、返し馬の 順当に、馬体の大きい三頭のどれかが先行して、逃げ ために次々に本馬場へ出ていき始めたところて、物井 切るレースになるに違いない、 も。、ドックから踵を返そ - フとした、そのときだっこ。 物井は、馬柱の三頭に赤えんびって〇印を付けた。 人垣が散り始めたパドックの向こう正面の電光掲示板 ①番のホクトペンダント、⑦番のアジュデイケーター の下に、車椅子に座った人の姿が見えた。 ⑩番のソロシンガー。アジュデイケーターはダートの 三、四十メートル先のその姿に目を凝らして、物井 経験しかなく、今日が芝コース初体験だが、今日の計 はレデイだと確認した。その近くの石段に座り込んて 量て体重は大きく減っているようなことさえなければ、 いる男は、多分布川だろう。八月に、半田からョウち 無視するだけの積極的な根拠はなし。いつの間にか頭 ゃんが聞いたという伝聞て、ウインズにレデイかいた の中ては、久々の馬番連勝て①⑦⑩をポックスて買お うと決めてしまっていた。今日の軍資金は上限一万円という話は聞いていたが、物井自身がレディの姿を見 と決めていたから、 9 レースに三千円を回しても、予るのは、実に一年ぶりのことだった。遠目には、上半 身が車椅子からすり落ちそうになって傾いており、 定の範囲内だった。 〈よし〉と自分に声をかけて新聞を畳み、物井はべン年前と同じように首をぐらぐらさせている様子しか分 386

8. レディ・ジョ-カ- 下巻

いて城山宅に出向いた朝、前庭に下駄履きて立ってい 城山の目は一瞬たりとも合田の目から離れす、顔の た城山は、事務封筒を手に、便箋のようなものを開い 筋肉も動かなかった。しかしその静かな顔も、合田に ていたのだった。犯人は初めのうちは手紙を自宅に投 とっては、普通に名付けられる感清には該当するもの げ込んており、ある時点て白テープの《合図》に代え、 何らかの激しい緊張を感じさせるものだった。 《合図》があった日には城山がどこかへ電話を入れる 合田は手短に続けた。 一言も発しない城山を前に、 ことになったのかも知れない。 「街灯の支柱に貼ってあったテープは、十二日の朝も 城山に知らせてはみたものの、今日の行き違い 見た記憶があります。あの路地とバス通り脇の街灯の いて、城山が適切な対処を取れるかどうかは分からな 位置関係や、時間帯などをいろいろ考えた結果、私の と合田は考えた。すてに白テープを回収しに来て 独断て、社長にお話ししました」 いるはずの犯人が、テープがなくなっていることを発 私としては心当 「お分かりしナオ ( 見して何を考えたかは、神のみぞ知るだった。 たりがないとお応えするだけてす」 その夜、合田はテープ発見の類末をレポート用紙一 「用件は以上てす。夜分、大変失礼いたしました」 枚の日報に簡潔にまとめた。もちろん、最後に城山本 合田は一礼し、最後は城山の顔を見ることなく立ち 去った。もう見る必要がなかった。話している間に城人にその件を知らせたことは書かなかった。それから、 二枚目のレポート用紙に、山王二丁目バス停から一六 山の目が見せた表情。無言に続く最後の一一一一口。その一 言を発した声の調子。白テープの《合図》の受取人は番地の城山宅まての住宅地図のコピーを貼りつけ、そ の地図に、まず朝晩の社用車の通り道を記し、さらに ほば間違いなく、城山本人だった。 不審車両が張り込むことの出来る路地や、死角になる 帰り道、そういえば、早朝に白テープが貼られてい 場所や、狙撃者が隠れることの出来る場所を詳細に書 た五月十二日は、夜九時過ぎに城山がどこかへ携帯電 言をかけた日だと思い出した。もっとも十日夜にも携き込み、《朝晩の社用車の通過時刻の前後に、警らを 強化していただきたい》と念を押した。 帯電話は使われ、その朝にはテープはなかったのだが、 その日報をファックスて送ってしまった後、ウイス その二日前の八日、合田が初めて城山警護の任務に着

9. レディ・ジョ-カ- 下巻

こちへ電話をかけているのだった。それらしい声も、 ると、視界からかき消えた控室の風景と同時に、この 日之出本社ビル三十階に通ってきた四十七日間も霧散 ドア越しに漏れてきた。 した。エレベーターホールへ歩きながら考えたのは、 執務室の中て、城山がデスクの上の書類をあっちへ やったり、こっちへやったりする気配は絶えす、電話久しぶりに義兄ても呼び出して飲もうかな、というこ とだけだった。ほんの小さな人生の、小さな脳味噌は、 の使用ランプは点いたり消えたりし続け、時刻は午後 九時を回り、さらに長針が二周したところて、そのラ 息苦しいビジネススーツや革靴との《おさらば》を、 ンプは出る者がいない点滅に変わった。どこからか入素直に喜んてい った内線電話を、城山が取らすに放置しているという ことだった。時刻は九時二分。 日之出本社ビルの不夜城を仰ぎ見る通りに出て、 。義兄本人 合田は検察合同庁舎へ携帯電話をかけた ドア越しに、合田は《城山てす》という声を聞いた。 が出たのて、「仕事、いっ終わる ? 」と尋ねたら、《日 続いて、長い沈黙。時計の長針がさらに一周したころ 付が変わるころ》という返事だった。飲みに誘うのは 《分かりました》という城山の声。さらに沈黙。 次に聞こえてきた《分かりました》という声を耳に収諦めた。 「明日、ゴルフは」 めて、合田は自分のスーツの襟の、ボタン穴に付けてい 《ない。今夜は泊まっていいか》 た日之出ビールの社員章を外し、秘書のデスクに置い 「ああ」 た。ドアの向こうからは、よく聞き取れない城山の声 が漏れてきていた この・ : : ・使用 : 《何か食べるものはあるかな》 。《警察が・ 「ジャガイモと卵なら」 《それて十分。貰い物のスコッチ一本持っていくよ》 城山が、犯人に向かって〈警察が目をつけている。 この電話の使用はこれを最後にしてほしい〉などと注 「じゃあ、後て」 スコッチー ( ジャガイモ十卵 ) Ⅱ今夜の宿賃、だっ 意を促している。そう推測したのを最後に、合田は控 携帯電話を懐にしまって、合田はもう一度四十階 室を後にした。音を立てないようにそっとドアを閉め リ 6

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うな気がして、一瞬、意識がどこかへ飛んだ。しかし わなことは 0 , フい」 - フ。て 0 よかった。 そのときは、自分が何かを見たという確かな意識にも 想像もしなかった新たな懸案を抱えて、ともかく頭 を整理しなければと焦りながら、少し間を置いて、半ならないまま、速やかに忘れてしまった。 それから半田は、新聞に首を突っ込んているポーズ 田は払戻機の方へ向かい、数人の短い行列に並んだ を取りながら、あらためて最初に見かけたような気が そして、あと一人というときになって、何気なしに自 分の手の中の馬券を見たときだ。『枠番連勝⑥ー⑧☆した物井がその辺にいないかと目を配ったが、見つか らなかった。次の川レースの馬券を買う窓口の列が増 ☆一〇〇〇円』と書かれていたはずの馬券が、「ホッ え始めたのを見計らって、そのフロアを出、階段を使 クス②⑥⑧各組☆一〇〇〇〇円』に変わっていて、仰 すてに って百円単位の四階に上がった。そこても人の流れに 天した。即座に高にしてやられたと田 5 ったが、 沿ってぶらぶらと進み、千円単位の三階とは少し客層 消えてしまった男を探すために振り向くことだけは、 の違う混雑に紛れ込みながら、目線を、床の方を這わ ど - フにか・目した。 手の中の馬券は、払い戻せば四十一万円にもなる代せて、ヨウちゃんを探した。たいてい、糸の切れた操 り人形のように床に。へったり座り込んていることが多 物だった。半田がいつも枠連の最低単位しか買わない いョウちゃんは、い ? ても比較的探しやすいのだが、 ことを知っている高が、そして尚且つ、四十一万もの 金を半田が絶対に受け取らないことを知っている高が、案の定、フロアの左端のモニターを取り囲んだ人垣の 足の間から、それらしい紺色の野球帽の頭が見えた。 「これて最後だ」と言わせないためにとっさに仕掛け 一人が座り込むと、たいていその周りに数人が座り込 た手管は、稚拙とも周到とも言しカオし むものたか、そのときも四、五人がひとかたまりにな ともかくあらためて、とんてもない話になったと焦り っていた。接触には、都合のいい状况だっこ。 ながら、半田は払戻しの行列から離れたのだった。 川レースの出走まて十二分。ョウちゃんはしばらく 同時に、半田はかろうじて、その辺にいるはすの行 動かないと見て、半田はそのモニターから近い窓口て、 、月、こ斤こ目を落としたが、 確の目を田 5 い出して毒しオ辛ド ( そのとき、視界の一部を白いスニーカーがよぎったよあらかじめ決めていた通り、 8 枠二頭のゾロ目て千円 2 ) 0