失踪を知っているのかいないのか、顔を窺った。そし 「いや、そんな大層な話じゃないよ。例の偽記者事件 て続けて「毎日の方、新しい動きはありませんか」と てクビになった安西憲明の供述の中に、根来さんの名 前が挙がっていたという、それだけの舌だ。為記者、 一一一一口うと、相手は「お宅の記者が行方不明なんだろう。 い記者が すなわち菊池武史は最初、『同僚に根来とラ一 それが一番の動きじゃないか」と切り返してきた。 「おっしやる通りてすが、記事は記事。身内の話は別 いて、彼から大森署に優秀な知能係の刑事がいると聞 ぞすから : : : 」そう応えながら、久保はその場て思い いて』と言って、安西に近づいてきたとかいう、それ つく限りの、精一杯のカマをかけたつもりだった。そ だけの文脈オ ご。もちろん、特捜本部の間い合わせに対 れに対して、班長は「身内の話て済むんなら、何も言 して、お宅の社の本物の根来記者は否定したと聞いて いる」 わんが」とあいまいな返事をした。それだけ聞けば、 「いや、しかし、菊池が実在の記者の名を出したとい 特捜本部が根来の失踪を事件絡みぞ捉えているのは、 もはや寉実だつご。 しち偽記者事件の真相は、未 うのも問題てすし、ごい、 芝居と意識し だに公表されてないし、私どもにはよく理解出来ませ 久保のロは自動的に機関銃になった。 ていたわけぞはないが、無意識のうちに演じていた芝んが、ひょっとして根来の失踪が絡み、というこ 居だった。「社内ては、失踪した本人に何か事情があとはありませんか ? 」 ったんだろうという話になっていますか、違うんてし 「直接、関係はないという認識だが , ようか ? ひょっとしてレディ・ジョーカー絡み、と 「ほんとうてすね ? もしや事件絡みだったら、大門 いうことてすか ? 失踪したのは、取材には直接関わ題なんて : : : 」 っていない遊軍長なんて、事件絡みというのはちょっ 「根来という記者が失踪した理由は、こっちが聞きた と、想像がっかないんぞすが。お願いします、教えて いぐらいだ。久保さん、身内て何か分かっていること かあるんじゃないの ? 金とか、女とか : 下さい、特捜本部てはうちの記者の失踪はどういう位 置づけになっているんてしようか。こんな話、他紙 ( そうして、思いがけすネタ元から逆に探りを入れら 抜かれたら、私はもうクビてす」 れて、久保はひとます安堵した。特艘本部は東邦記者
《サノ》と名乗り、記者が根来の不在を告げると、 「内部 ? 」受話器を耳に押しつけた瞬間、根来の頭は 『それては結構てす』と電話を切ったのは、い くるりと切り替わってしまい、電話、ポックスの中ぞ知 どこの何者か。どうやら禁己 5 中の禁己 5 に踏み込んだら らぬ間に拳を握りしめていた。 「レディ・ジョーカー しい佐野の、今しがたの話を聞いた後ては、悪い想像の一味にサッ官がいるんてすか : ばかりやって来た。 《週刊東邦の方から、そういう話が入ったんだ。よく 店を出て、根来は公衆電話ボックスから警視庁クラ分からんが、ともかくうちの一課担が血相を変えてる。 プの菅野キャップに電話を入れた。滅多にしないこと じゃあ、また後て》 外出しているときに限って、こ - フい - フことになる。 をしたのは、当てがあったからてはなく、思いつく顔 が菅野しかなかったというだけだった。まだ朝刊の締電話ボックスを飛び出して、タクシーをつかまえなが 東邦ポッ 切りには余裕のある時刻だったが、《はい、 ら、また今夜も寝られないなという思いが、ばつんと クス》と応えた菅野の声はちょっと硬かった。次いて、よぎっていった。 《なんだ、史ちゃんか》となり、《まだ兜町か》ときた。 「兜町なんか序のロてす。それをくぐったら、妖怪が 出てきた。最近、韓国ルート、 て何か聞いておられませ 半分は信じられ 久呆はたしかに血相を変えていご。 んか」 ないという思いてあり、半分は、よりにもよって警察 こもっていかれたショックのせい 《へえ、話はそっちへ広がってるのか : : 。当たって内部のネタを週刊誌 ( みるよ》と短い返事があった。もし佐野の目線が確か 半時間前、週刊東邦の榎本という記者が久保の携帯 恐なら、公安もなにがしかの監視はしているはずて、菅 一野なら感触だけ、 ても擱めるだろうと、根来は期待しこ。 電話を鳴らして、挨拶抜きの開口一番、《そっちて内 年《しかし、今はちょっと、海の向こうの話をしている部犯行説は聞いてる ? 》と言い出したときには、久保 ひまはないよ。足元が大変なことになってる。難しい は、移動中のハイヤーの中ぞほんとうにもんどりを打 ところだが、内部豸行 = = カ出た》 ちそうになった。榎本は《徴妙な話だから、清報交換 123
その時点て根来の腰は浮いてしまい、「君、これ代田義則の名はあり、さらに戸田の名の背後に、もう一 わって」と手元の原稿を近くの遊軍記者に押しやるや つの詐欺師の名前があるのだった。菊池武史の名前が。 いなや、中腰のまま当てもなく、慌ただしい編集局を そんなことを考える傍らて、根来は事務的な判断も 見渡していた。偶然目の合った前田部長が、即座に しなければならなかった。周囲のびりびりした視線に 「どうした ! 」と声を上げた。根来は一瞬文言に迷い 取り囲まれており、締切り直前の忙しさの真っ只中 て、びとり外線電話に出ているというのは気が気てな ながら、「毎日スポーツの紙面に、がらみてうち 、刀十 / の名前が出ます ! 東邦社会部を騙った偽記者。引っ かかった特捜本部の刑事が今夜、懲戒免職 ! , と怒鳴 「ネタ取ったの、君 ? と、根来は短く尋ねた 電話に戻った。声は自然に低くなった。 《いえ。うちの、増井って名の女性記者。一一十五歳の 「戸田義則というのは、ほんとか : 。西成て死んだ 爆弾娘。男には不可能な肉弾戦の成果ってやってす。 例の奴と同じ字か : 記者クラブに入ってないスポーツ紙のさがてすよ》 《同じてす。臭うてしよう ? 》 「うん」と根来は応えたが、「分かる」とまぞは言え なかった。 臭 いっぞや うというより、直感的に作為を感じた。 実際、その場ては女性記者の突撃取材の細 のタレ込み電話と同じ作為。数ある全国紙の中から東部を想像する時間も余裕もなかった。そして、佐野に もそんな余裕はないようだった。 邦の名を選び、ご丁寧に戸田義則の名を使った詐欺師 の名前が、呼び寄せるまてもなく額に点滅した。もち 《偽記者事件の主役は菊池武史だと思うんてすが》と、 ろん、この件がもっと重大な意味をもっていること。 佐野はいかにも硫ただしく自分の結論を突きつけてき 恐目的のためには警察への浸透さえやってのける地下組 た。根来としては、とっさに頭を整理した範囲て、用 一織の増長を、まさに目の当たりにしていること。これ件を二つ並べるのが精一杯だった。 「一つ。うちの社の話だから、その偽記者の名刺のコ 年て、レディ・ジョーカー事件にくつきりと闇社会の影 が浮かんだこと等々、根来は読み取ったつもりだった。 ピーが欲しい。一つ。君のいう彼にはまず、ばくが会 しかしまた、根来にとっては、事件の本筋とは別に戸 - フ。これは一兀はと一三ロえば , フちの社の話たから。 ' 1 ごし、
行方が分からなくなっているのは、本社社会部の根会部まて』 来史彰記者 ( 菊 ) 。これまての調べぞは、根来記者は 九月二日午後八時五分ごろ、「取材て人に会ってくる」 と同僚に言い残して、本社四階の編集局を出た。同八 十一月三日午前七時、合田は出力ー 、、。ナ・に新聞衂乂け・か、ら 時二十五分から同三十分にかけて、兜町て業界紙関係取った朝刊の一面に、言葉を失った。そこには『総会 者を取材した後、同三十五分ごろ、公衆電話から別の屋グループに一〇億 / 日之出ビール今日にも捜索』の 取材先に電話を入れていたが、その後、行方が分から見出しが躍っていた。思わず目を近づけた前文城 なくなっこ。 山恭介の名前を見るやいなや、合田は外へ押し出そう 同記者は「九時には社に戻る」と同僚に話していた としていた自転車を放り出して、その場て記事に数回 また、翌三日午前一一時に、本社ビル前て取材先の一人目を通した。 九月三日夜、義兄が日之出ビールの内部告発の件を と会う約束もしていた。このため、根来記者は兜町か ら本社に戻る途中て、何らかの事件か事故に巻き込ま電話て確認してきたとき、いっかこの日が来ることは れたものと見られている。 予想したし、早かったとか、遅かったといった感想は 根来記者は、社会部遊軍長として主に経済事件の調合田にはなかった。レディ・ジョーカーの追及とは次 査報道を担当していた 元の違うところて、地検特捜部が日之出ビールという 本社ては三日未明、都内の自宅に同記者が戻ってい カモを警察より先にかすめ取っていったことについて、 ないことを確認したうえて、丸の内署に家出人捜索願信義が云々といった意見も持ち合わせてはいなかった。 を出した。 、とい - フことは分かっていたし、 これが地検のやり方だ 同記者は身長一七三センチ。やせ型。髪は白髪まじ義兄はもちろん、特捜部全体が相当の覚悟と周到な計 りて、長め。失跡当時の服装は、白い半袖ポロシャツ。算の上て踏み切った話ごということを疑う気もなかっ 紺色のジャケット。灰色のスラックス。情報をお寄せ 一面を含めた関連記事を数回読み直す間に、合田 がとらわれていたのは、もっとほかの、自分ても名状 下さる方は、〇三ー三 x 一五ー六四一一六東邦新聞社 6
一分の遅刻になった。 とすれば、かなりの遠回りをしなければならない。 それより一分早い十一時二十五分、に二 犯人が現れなかった理由について、特捜本部ては、 回目のメールが入った。 『小松川橋下を過ぎたら、路初めから小手調べてあった可能性や、指定時間まてに 上に白色の△印がある。そこて車を止め、運転手は、 ヴァンが到着しなかったことによる断念などが考えら 石少に仕組まれた分刻みの移動の 高架橋沿いに商店街方向へ歩け。Ⅱ時分まてに、車れるとしているが、エ女 を乗り捨てろ』 指示に、警察は終始振り回された形になった。 なお、に送られたメールの発信元は、一 本社がその指示を運転手の携帯電話に伝えた際、通 信状態が悪かったために手間取り、ヴァンが小松川橋回目と二回目て異なっていたことが分かった。どちら 下の指定場所へ到着したのは十一時三十一分。運転手の発信者も何者かにパスワードを盜まれ、利用された は、路上に白いチョークて書かれた一辺五十センチの可能性が高いものと特捜本部ては見ている》 △印を確認し、車を放置して、商店街方向へ立ち去っ 日之出ビール本社のコメント。城山社長個人のコメ 捜査班が三十分現場を見張り、犯人が現れないま ントは取れず。 ま、十日午前零時過ぎにヴァンと現金を回収した。 《日之出ビール広報部は各報道機関に対し、十日朝、 十日朝の記者会見て、神崎捜査一課長は、「荒川の 「警察の捜査に全面的にお任せしており、コメントは 堤防沿いを走る四四九号線は、深夜は通行する車もな差し控えさせていただきたい」とファックスて通知し く、高い土手の上を走る一本道てあるため、近くて監てきた》 視している可能生もある犯人に気づかれないように、 識者談話。 恐現金運搬車を追尾することが困難だった」と述べた。 社会犯罪学者。《長引く不況と暗い世相を反映して、 また、四四九号線から脇道へそれたところにあるト 企業恐喝の手口も陰湿かっ過激になっている。企業は 年松川橋下の現場は、一方通行の路地に取り巻かれた人欧米型のリスクマネジメントの導入を本気て検討する けのない三叉路て、警察の追尾車両が、ヴァンが走っ べき時期に来ているし、警察はこの種の犯罪に対応す た四四九号線を通らすに東砂方面から現場へ向かおう る新たな捜査手法を早急に確立する必要がある》
手元て鳴り出した遊軍席の電話を取った。千葉の佐倉 く千葉工場が赤いビールの出荷元になったという事実 市へ、カルト教団信者の実家へ取材に出掛けていた言 を考えるなら、工場長への取材はまあ、順当な取材活 者ごっこ。 《やっと親に会えましたよ。原稿はハイヤ動の一端と言えた。 ーの中から送って、今から八千代の例の取材先へ向か 「根来さん ! 談話、取り直しました」という一声と います。最終版まてには何とかします。事件の方、進ともに、その辺から飛んてきた原稿一枚へざっと目を 展は ? 》 走らせ、その原稿を今度は後ろのデスク席へ回して 十ノ , 、 まだ時間はあるから、そんなに焦らな これて識者談話の全部 ! 」と声をかけてから、 くても、 根来は警視庁クラプへの内線電話へ手を伸ばした。そ 《適当にやります。じゃあ》と電話は切れた。記者は、 の手元にまた一枚、匿名の手書きのファックスが回っ たまたま八千代にある毎日ビールの千葉工場の工場長てくる。それにも目をやる。 の妻と親戚関係にあり、これから工場長の家に行って、 時間的に見て、現場の記者は取材の追い込みに走っ 周辺取材という形て、事件についての本音の感想など ている今の時刻、クラブのボックスに残っているのは を聞き出す役目を負っているのだった。 サブかキャップのどちらかしかいなかったが、電話に その工場長は技術畑一筋の人物らしいが、三十五歳出たのはキャップの菅野本人だった。《はい、警視庁 になる息子が人権擁護団体の活動に熱心な弁護士て、 クラブ ! 》と、少しテンションの上がっている声が応 被差別部落問題にも詳しいというような事情から、警えた。 視庁クラブの菅野キャップから直に、工場長に当たっ 「根来てす。うちの岡崎が今、八千代の工場長の家へ 崩てみてくれ、という 依頼があったのだ。公安筋に近い 向かいました。浦和支局にいたころに、その手の話は 菅野ならてはの着眼点というより、おおかた公安筋か かなり勉強してきた奴だから、間題はないと思います。 秋 年らの依頼という方が正しいかもしれなかったが、日之それから、毎日ビールの元総務部長の河村幸一。九二 出ビール恐喝の原点にちらついていた被差別部落の影年に商法違反て摘発されたときの部長てす。その河村 を今回も捜そうとする当局の狙いは別にして、ともか と思われる人物からの匿名のファックスが今、こちら 「はい、
知らされて、余計に落ち込む結果になった。また、ひ たか、何か気になることかあるらしく、ときどき「あ まなときぐらい子づくりにも励みたかったが、 妻はアれ、どうなってる , 「結果は出そうか、と尋ね、大し レルギー性喘息て病院通いをしており、計画していた て収穫がないと知ると、妙に納得した様子てそれ以上 盆の京都旅行も流れて、気がつくと八月も終わって は言わなかった。久保は、まずは被害者てある安西憲 明の取材から始めたのだが、一度新聞記者に煮え湯を 九月一日の昨日は、キャップの菅野に「一つても、 飲まされた安西は当然のことながらロは堅く、一カ月 結果を出せ」と言われたが、それは久保が、六月に懲半かけて、ようやく世間話ぐらいなら応じてもらえる 戒免職になった安西憲明の自宅へ、夏の間も何度か足ようになったところだった。 を運んてきた《結果》のことだった。偽記者事件につ そして先日はいきなり、郷里の福島て税理士の職を いては、久保自身は当初、関心を持つだけの時間の余得たから家族て引っ越すことにしたと告げられたのだ 裕がなかったが、七月に入って、あるネタ元から、偽菅野にそう報告すると、珍しいことに菅野は「引っ越 記者が《菊池武史》という元東邦新聞記者だと聞いて しの前 菊池が仕手筋の名前を口にしなかったかど 仰天し、そのとき初めて、東邦としての事件の後追い うかだけ、安西から聞き出せ、と、具体的な指示をく をしなかった理由を納得したが、同時にあらためて興 れた。たしかに、菊池本人の退職後の生業を追うと、 味も持ったのだった。 屋しげな金融筋の名前がいくつも出てくるのて、菊池 それから、いっぞやの約束通り、遊軍長の根来に目 本の焦点がその辺に絞られるのは間違いなかったが、さ 談すると、菊池武史はかの戸田義則をタレ込みに利用て今日明日に安西が口を割るかどうか。久保には、自 崩した可能性があるという。そこまて聞いて動かない 信も熱意もなかった。 一記者はいない。菊池の背後には何がいるか分からない そして九月二日の今日、久保は別のネタ元の自宅へ 年から、くれぐれも慎重にと根来は念を押しこ。 早朝の朝駆けをした後、練馬の安西の家へハイヤーを 一方、菅野キャップは「結果が出るんなら、俺は何向かわせた。安西は、子供一一人を新学期に間に合うよ も一言わん」といういつもの台詞て、取材を黙認してき うに転校させるために、奧さんと子供たちを先に実家 2 ワ
今や自分の足元を見る余裕しか残っていないらしい 保は、冷めた表情て何かぶつぶつ言っていた。「より 久保の鈍い表情を見ながら、根来はあらためて自分が にもよっての終結宣一言てすからね。偽記者より、 苛々しているのを感じた。久保個人に対しててはなく、 日之出の裏取引のウラか、内部犯行説のネタが入らな 事件に対して、捜査の現状に対して、新聞に対して、 いと、ほんとに慕引きてす。裏取引の方は、日之出が 佐野に対して、自分に対して苛々していた。根来は手認めない限り警察にも擱めないだろうし、内部犯行説 の方は、一部の幹部が握ってるんてしようが、任意て 招きをし、久保は少し面倒臭そうにやって来て、空っ ばの遊軍席に腰を引っかけた くだけのブツもないのか実態てしよう。この 事情を聴 「だって、君も知ってるだろう。安西を騙した偽記者調子だと、警察発表もあるかどうか。ネタ無し、発表 は戸田義則を名乗り、その戸田はうちにタレ込み電話無しなら、私らの続報も無してす , をかけてきた人物て、しかもとうの昔に死んている。 「一部の幹部が握っているんなら、一部の捜査員も知 事件に関わっているのは間違いない話なのに らされてる。君、大森署から本部に出ている合田とい 「事件に直接関わっているという認識は、警察にはな う男は知ってるか いと思います。少なくとも私のネタ元の範囲ては、偽 「名蔔ごけは。うちのネタ元リストては、接近は問題 記者事件は内部犯行説を流した民放とのつながりて、 外の《 0 ランク》てすー 認識されてますよ」 「五月七日の日曜日の昼間、ある人物の仲介て、ばく 「しかし、君は知ってる」 はその合田に会っ ' 」。」 オ前の日だったか、特捜本部は日 「偽記者の偽名を知っているというだけてす」 曜の休みが出たのかと、ばくは君に電話しただろう ? 喝 「菅野キャップも知ってる」 あの後だ。特捜本部に出ている刑事が、日曜の昼間 一「あの人は、私らには記事に必要なことしか言いませ オフだったというのが気になって、それからちょっと 調べたら、合田は本部の特命て、日之出へ出向して社 年んし」 なるほど、こいつは菅野と反りが合わないのか。そ長の警護役になっていた」 うだろうなと根来は少し雑念へ脱線した。その間に久「それは初耳てす : : : 」 201
章 終 ってくると、先ほどの作業着の男がトマトのかごを抱 かけられた視線は、久保の目を一瞬凍りつかせ、金縛 えて、ひょいと茂みから飛び出した。そのとき男は、 りにあったような感覚に陥れたが、そこにいたのは、 かって羽田の薬局。て見た人物とは似て非なる別人だっ草地に向かって「レディ ! 」と声を上げ、草地の方へ 軽く駆け出していきながら、もう一度「レディ、トマ わ」、刀、ら一た 1 トたぞ ! 」と叫んご。 「東邦の人だな。今ごろ何をしに来た」と物井は声を 久保は、牧草の青や畑の青がついに自分の網膜をお かけてきた。その声もまた、かって街 ( オ リ、 ' 」声色からは かしくし、静寂が耳をおかしくしたのだと田 5 いながら、 ほど遠く、まるて深い洞窟の底から響いてくるかのよ フ、 ' 、つ、、 0 学 / 学ノ 立ち尽くした。山間にこだました「レディ」の一声を 聞いた瞬間、ある直感が走り、それはたちまち擱みど その短い対面の間、久保が目の当たりにしたのは、 その一瞬、臓腑が震撼した ころもなく流れ去ったが、 人を吸い込むように白日のもとて虚ろな穴を開けてい た左目の白濁てあり、健常な右目の、憎悪を湛えて震ような感覚は残った。 久保の目の中ぞ、山々や耕地の青の上には今、急速 える黒い穴てあり、その二つの穴の間 この世の悪 に翳りが降りていき、やがてそこに冷たいやませが垂 意と混沌の一切を呑み込む虚空が据わった、鬼気迫る オオこの物井はいったい何者だったのれかかると、久保はいつの間にか、かの岡村清二が 何者かの顔ごっこ。 『さうして何千夜と云ふもの、風に叩かれる板壁の外 かと、久保はそのときかろうじて新聞記者の頭を働か は雹か霙かと、人も馬も息を止めるやうにして耳をす せたが、実際には、見えない憎悪の塊に押し戻される ませ』と書き綴った時間の中におり、地中から滲み出 ように一歩下がったのみだっこ。 帰っ してくるようなその声を聞いた。 「ここには、新聞が書くようなものは何もない。 てくれ」 物井はそう言い残し、草地の方へ降りていった。 という物 間もなく、「おー 昼一めしにしょ , フー・ 井の声が草地の向こうて響き、その声がトマト畑へ返 ( 完 ) 443
っ A フ、 机をカチ、カチと叩きながら、『これ、取材てすか』 その声は、ホームに入ってきた電車や、行き先を告 などといかにも醒めた台詞を吐いた。その菊池の声を げるアナウンスにかき消され、どっと動き出した乗客聞いて、自分は何を想像したのだろう。それなりに事 の波の中て、岡部はあっという間に根来を振り切って 務所を構え、電話一本て顧客の金を動かし、証券会社 電車に乗り込んぞしまった。 に注文を入れ、肩て風を切って兜町を闊歩しているの だろうと田 5 った、その想像の根本から誤っていたに違 乗降客の波が退いたホームに取り残された根来は、 ひとまず、岡部も何らかの事情て、自分が甘かったこ いなかった。今思うと、菊池の実像は、得体の知れな とをそれなりに田 5 い知らされて焦っているのだ、と思 い戸田某を使って新聞社にタレ込み電話を入れさせた った。続いて、菊池武史については、〈そりや、そう り、新聞記者を装って特捜本部の刑事をひっかけたり たよなあ〉という、拍子抜けするような感既をもった。 した何者かてあり、それだけごった。何らかの組織に 少々金勘定が出来、知恵が回ったとしても、所詮はプ 利用され、使い捨てられただけの何者か。せいぜいそ ン屋。地下社会を生き抜けるはすのない生き物だった。 の程度だと、今ごろになって納得しご。 取材て知った世界に生身を投じて、もしゃ何か出来る しかし、実態を読み ~ えた自分のミスにショックを と本気て考えたのだとしたら、菊池武史はただの阿呆受けつつ、根来がそんな田 5 いに受ったのは、実際には だし、あるいは諸般の事情が重なって抜き差しならな ほんの短い時間だった。その数倍もの時間を、菊池武 くなった末の転落なら、それも阿呆ごっ、驀、 オオカどちら史が消えたという事実一つを受け止めるのに費やして、 ハ癶がっノ \ し」、いっか、らそここ、ご ( ( オのかも覚えていない、 にしろ〈そりや、そうたよなあ〉という感慨ばかりカ 恐とめどなく湧いてきた。 兜町のドプ川縁に立っていた。 あれは三月二十七日、城山恭介が富士山麓て無事保 頭上に首都高の高架がのしかかり、すぐ近くには旧 年護された、その日の午後だった。遊軍席にかかったタ知の証券新聞の本社ビルが、いつ見ても傾いているの ーオし力と思う角度て、闇に紛れて建っていた。窓 レ込み電話の関係て、初めて菊池武史と電話て話した しつも とき、電話ロの向こうて、菊池はポールペンか何かてから空も見えないそのビルの三階の編集部に、 2 ち