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三十分経過したところで、私はあの短篇を思い出した。すると久世さんが通る声で「長い な」と言われた。私たちの席は新郎新婦のすぐ前のテープルだった。それでもかまうことなく 女史は話していた。列席者が女史を凝視していた。その時、ピンスポットの中の女史の顔のそ ばを白い煙りがゆっくりと流れて行った。煙りの出処を皆が見た。女史が長くなりますのでこ こらで終りますと言い、照明が明るくなった。久世さんが美味しそうに煙草をくゆらせてい た。あとにもさきにもあんな冾好のいい煙草の吸い方は見たことがない 私は一度だけ仲人をしたことがある。 騎手の武豊君の結婚式だ。当時、人気絶頂の彼があらたまった顔で挨拶に来た 「ぜひ僕たちの結婚の仲人をして欲しいのですが : 「そりやだめだ。もっと適任者がいるだろう。第一、君の仲人をやれば私は馬券が買えなくな る。私が君の騎乗する馬で勝負して ( 当時、私はバカみたいに馬券を買っていた ) 、それを見た人 が武騎手の仲人だから君が何か情報を入れたのだろうと疑われる。せつかくの君の貴公子たる 評判に傷がつく。仲人をすると私は競馬をやめなくてはいけなくなる」 私が言うとスター騎手がニャリとした 「いいじゃないですか。この際、馬券を買うのをおやめになって観戦だけにして下さい。ずい ぶん楽になりますよ

続・結婚式の怖い話 結婚式での長いスビーチが一番いけないというのは最近一言われていることではない。舟橋聖 一という作家がいて、昭和年代の後半は日本一の流行作家だった。この人の短篇に『華燭』 ( 華燭の典なんて結婚式のことを言う ) と題された作品があって、一人の男が結婚式でスビーチ をはじめる。話が段々長くなり、三十分経ってもまだ話している。一時間経っても終らない 発表当時、話題になり、怖い短篇と評さ 二時間、三時間、式場がパニックになってい れた。結婚式の長いスビーチはホラーになってしまうのだ。 亡くなった作家の久世光彦氏と或る芸能人の結婚式に出たことがあった。仲人を置かず立会 人がついていた。この立会人がロにチャックがいるほどの有名な話好きの女史だった。スポッ なれそ トライトの当たる中で立会人は新郎新婦の紹介、馴初め、プロポーズに至るまでの話を延々と しはじめた。すでに二十分余り時間が過ぎていた。まだ乾杯もしていない。隣りで久世さんが 何度か足を組み直していた。 77 夏

一 = ロ葉をつなごうとしてまた黙り込んだ。 寝ちゃうよ、と誰かの声がした。すると色川さんがばつりと言った。 「すみません。ョイショばっかりしたら疲れてしまいました」 粋なことです。結婚式は疲れるものです。 ちなみに私はほとんど結婚式には出席しない 「えつ、話が違いますよ」 理由は簡単、統計を取ると出席した結婚式の新しい夫婦の内、離婚したカップルの確率が九 十パーセントを越えていたからである。 「式に出てもらえませんか」 「私が出ると必ず別れるよ 相手はそれ以上言わない ス、れがい」 - っしに。

選んだものだから気にすることではない それで恥をかいたという話は一度も聞いたことがな 近頃の結婚式は見栄が七分で、その見栄にこちらが合わせる必要はさらさらない スビーチを依頼されたら、これも断らない。気の利いたスピーチなど一言わない方がいい 番イケナイのは延々と話すスビーチだ。ともかく短いのが肝心。「おめでとう。こんな嬉しい これでよろし ことはありません。おしあわせに いたとえ内心で『何がおめでとうだ。あん な生娘を貰いやがってこんな口惜しいことはない。地獄に堕ちろ』と思っていても、ただただ 笑っておく 今まで出席した結婚式でいいスビーチだなと思ったのはい。 すれも作家で、今、売れっ子力メ ラマンの宮澤正明君の結婚式で北方謙一二氏のスビーチが良かった。ウィットに富んでいて、声 も大きく、オチもあった。内容ははっきり覚えていないがさすがだった。ともかく短かい言葉 で皆が拍手した。その時も他の挨拶が長かった。このように結婚式のスビーチは長いのは野暮 もう一人はギャンプルの神様こと阿佐田哲也さん、本当の顔が文学者の色川武大さんが歌手 の井上陽水氏の婚姻後、何年かして身内だけでパーティーをした折のスビーチ。 出席者の全員がメインテープルに色川さんがいるというので注目していた。 「大丈夫かね。寝ちまうんじゃないの」

手続きに時間がかかるし、第一滞在している相手の国の人間がどこで何をしてるかをすぐに 把握できるはずがない 中国だからできたのか ? 否である。準備していたからできたと考えるべきだろう。 景気が悪くなって、テレビの報道などでも〃安ければ得だ″という風潮がある 果してそうだろうか。 〃安物買いの銭失い〃という一一一一口葉は私は正しいと思っている 物の価格というものは長い時間をかけて定まったものである。そしてその値段を私たちが納 得して買うのもやはり長い時間がかかっている。大人になって初めて物の値段は理解できる。 車がただ動けばいいだけのものであれば錆ついてドアも外れているトラックで道を走ればい ところが人はそれに乗ることをよしとしない なぜか ? 普段、懸命に働いている人なら、相応なものを選ぶことができる生活力とプライドがあるか らである。見栄とは違うのだ 車を懸命に生産している人々がいて、彼等が生活できる糧に対して値段が決められているの 7 1 夏

「ラスト ( このゲームで終了 ) だ」 と私が言うと、常連客が小声で言う。 「おたく麻雀のビデオに出てるでしよう」 それを聞いてメン、ハーか目を剥いた 「お客さん、俳優さん ? 「なわけないだろう。この顔で」 私が一一一口うと常連客が笑った。 「この人は阿佐田哲也の弟子だよ。兄弟子が小島武夫」 「えつ、そうなんですか。じや記念に店に色紙を貰えませんか」 「書くわけねえだろう」 ラストの局はメンバーがトンデ ( 空を飛ぶんじゃありませんよ ) すぐに終った。 煙草をふたっ買い店を出て表通りをロックの方に歩いていると宿無し風の男が私に手を差し 出した。煙草をひとっ渡すと、 「頑張れよ。暑さに負けるな」 と一 = ロわれた。 浅草にはまだ何かが残っている

昼間、桟草をぶらついていて、少し時間があったので、目にとまったフリー雀荘に入ってみ メンツワレ た。一一時間程遊ばうと狭い階段を上がって店に入ったが、面子割 ( 四人が揃わないこと ) らし く三十分待ってようやく打てた。 ひさしぶりの麻雀で手に牌がっかない。指先から麻雀牌がこばれ落ちそうになる。相手は常 連客とメンバーと呼ばれる店の雇った打ち手が二人。レートも安く、遊ぶには丁度良かった。 メンバーがそこそこ打てるのはわかるが、その常連客がなかなかだった。年齢は六十五、六 か。いやギャンプルを毎日している連中は意外と歳がいっていても若く見える者が多いので七 十歳近いかもしれない 「浅草はよく見えるんですか ? 」 「ああ時々ね」 メンハーが訊く。こちらの様子をさぐる サツにでも見えるのか 「どこかで逢ったように思うんですが : 「似た娘はいくらもいるよ。俺はあんたに逢うのは初めてだ」 こちらの言い方もあったが、それつきり話は途切れた。 一時間余計に遊んで、 67 夏

いを持たず悠々と生きればい ( 、との教えになっている 銀座以外の街はひさしぶりだ。しばらく足を踏み入れてないと街は変わってしまう。赤坂も 路地があちこちにあったのだが、それが消えて大きなビルを中心に、ひと昔前、アメリカの小 都市で見かけた新開発地区みたいになっている。 この一帯は五十年後はどうなっているのか ? 想像するといささか怖い 本造なり、モルタルなり、家主一人のカで建物の様相を変えられるうちは街全体の姿は保つ ことができるが、高層ビルは古くなるとどうしようもないのではないか 六本木も同じである。 汗を掻きながら小屋に入る列に並んだ。チケットを切って貰い、席についた 立日談士 5 をひさしぶりに観に一打った。 会場は満杯だ。皆談志のファンである 声は少ししわがれていたが、前半のジョーク連発の話も相変らず面白いし、後半の落語も良 し。病上がりでこれだけならと安心。客は皆、師匠の元気な姿を見ることができただけで嬉し そうだった 生きている談志がそこにいる。それでいいのた。いい 連中もまだ日本にいる。 0 0 0 6 6

あなたが生きているだけで : ・ 週末の日曜日、夕刻から東京・赤坂に出かけた。 九月の夕暮れというのに少し歩くだけで汗が出てくる。 この暑さは何だ ? 気象予報で天気図を説明するが、要するに風が吹かないのである。 風が吹かないから雨も降らない ごふうじゅうう " 五風十雨 ~ の当り前の気候が訪れないから、これほど暑い 稲田ではとうとう水を入れはじめた。そうしないと稲が全滅する。 " 五風十雨。はわかりますね。わからないのか ? 書けそうで書けない漢字などどうでもいし から、こういう基本の一一一一〔葉を大人の男は学んでおかないと。これは農作業に適した気候のこと を表わす一『〔葉で、五日ごとに風が吹き、十日ごとに雨が降ることで、これが普通の天候だとい う意味だ。 たと 今、天下は太平に治まっているの意味となり、細かいことに憂 この天候の順調さを喩えに、 6 5 夏