岩波新書創刊五十年、新版の発足に際して 岩波新書は、一九三八年一一月に創刊された。その前年、日本車部は日中戦争の全面化を強行し、国際社会の指弾を招いた。しかし、 アジアに覇を求めた日本は、言論思想の統制をきびしくし、世界大戦への道を歩み始めていた。出版を通して学術と社会に貢献・尽力 することを終始希いつづけた岩波書店創業者は、この時流に抗して、岩波新書を創刊した。 創刊の辞は、道義の精神に則らない日本の行動を深憂し、権勢に媚び偏狭に傾く風潮と他を排撃する驕慢な思想を戒め、批判的精神 と良心的行動に拠る文化日本の躍進を求めての出発であると謳っている。このような創刊の意は、戦時ドにおいても時勢に迎合しない 豊かな文化的教養の書を刊行し続けることによって、多数の読者に迎えられた。戦争は惨澹たる内外の犠牲を伴って終わり、戦時下に 一時休刊の止むなきにいたった岩波新書も、一九四九年、装を赤版から青版に転じて、刊行を開始した。新しい社会を形成する気連の 中で、自立的精神の糧を提供することを願っての再出発であった。赤版は一〇一点、青版は一千点の刊行を数えた。 一九七七年、岩波新書は、青版から黄版へ再び装を改めた。右の成果の上に、より一層の課題をこの叢書に課し、閉寨を排し、時代 の精神を拓こうとする人々の要請に応えたいとする新たな意欲によるものであった。即ち、時代の様相は戦争直後とは全く一変し、国 際的にも国内的にも大きな発展を遂けながらも、同時に混迷の度を深めて転換の時代を迎えたことを伝え、科学技術の発展と価値観の 多元化は文明の意味が根本的に間い直される状況にあることを示していた。 その根源的な問は、今日に及んで、いっそう深刻である。圧倒的な人々の希いと真摯な努力にもかかわらす、地球社会は核時代の恐 怖から解放されす、各地に戦火は止ます、飢えと貧窮は放置され、差別は克服されす人権侵害はつつけられている。科学技術の発展は 新しい大きな可能性を生み、一方では、人間の良心の動揺につながろうとする側面を持っている。溢れる報によって、かえって人々 ートピアを喪いはしめている。わが国にあっては、いまなおアジア民衆の信を得ないばかりか、近年にい . の現実認識は混乱に陥り、ユ たって再び独善偏狭に傾く県れのあることを否定できない。 豊かにして勁い人間性に基づく文化の創出こそは、岩波新書が、その歩んできた同時代の現実にあって一貫して希い、目標としてき たところである。今日、その希いは最も切実である。岩波新瞽が創刊五十年・刊行点数一千五百点という画期を迎えて、三たび装を改 めたのは、この切実な希いと、新世紀につながる時代に対応したいとするわれわれの自覚とによるものである。未来をになう若い世代 この叢書が一層の の人々、現代社会に生きる男性・女性の読者、また創刊五十年の歴史を共に歩んできた経験豊かな年齢層の人々に、 広がりをもって迎えられることを願って、初むに復し、飛躍を求めたいと思う。読者の皆様の御支持をねがってやまない。 ( 一九八八年一月 )
大野晋 1919 年東京に生まれる 1943 年東京大学文学部国文学科卒業 専攻ー国語学 現在一学習院大学名誉教授 著書 - 『日本語をさかのほ、る』 『日本語の文法を考える』 『日本語以前』 『日本語の起源新版』 ( 以上 , 岩波新書 ) 『日本書紀』 ( 共編・校注 , 岩波文庫 ) 『岩波古語辞典』 ( 共編 ) 『上代仮名遣の研究』 『仮名遣と上代語』 『文法と語彙』『日本語について』 『源氏物語』『係り結びの研究』 ( 以上 , 岩波書店 ) 『一語の辞典神』 ( 三省堂 ) ほか 日本語練習帳 岩波新書 ( 新赤版 ) 596 第 1 刷発行 第 11 刷発行 著者 発行者 発行所 電話 1999 年 1 月 20 日 1999 年 4 月 22 日 おおのすすむ 大野晋 大塚信一 株式会社岩波書店 〒 101- 繝 2 東京都千代田区ーツ橋 2 ー 5 ー 5 案内 03-5210 ー 4000 営業部 03 ー 5210 ー 4111 新書編集部 03 ー 5210 ー 4054 印刷・精興社カノヾー・半七印刷製本・中永製本 ◎ Susumu Ohno 1999 ISBN 4 ー 00 ー 430596 ー 9 Printed in Japan
日本語練習帳大野晋著 I S B N 4 ー 0 0 ー 4 3 0 5 9 6 ー 9 C 0 2 8 1 \ 6 6 0 E 定価 ( 本体 660 円十税 ) 日本語練習帳 ど、つすればよりよく読めて書けるよ、つになるか。何に気を つけ、どんな姿勢で文章に向かえばよいのか。練習問題に 答えながら、単語に敏感になる練習から始めて、文の組み 立て、文章の展開、敬語の基本など、日本語の骨格を理解 し技能をみがく。学生・社会人のために著者が六十年の研 究を傾けて語る日本語トレーニングの手順。 岩波新書から 日本語の起源新版大野晋著知 日本語の文法を考える大野晋著黄 日本語をさかのばる大野晋著 日本語はおもしろい柴田武著齠 日本語ウォッチング井上史雄著 9 7 8 4 0 0 4 5 0 5 9 6 5 1 9 2 0 2 8 1 0 0 6 6 0 9 岩波新書 596 岩波新書 596
大野晋著 日本語練習帳 岩波新書 596
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本文中の引用文について、原文が正字 体・旧仮名づかいのものは、新字体・現 代仮名づかいに改めた。 新書編集部
諸君にさせたことが、卒業して社会に出てから役に立ったと何人もから聞きました。その練習 法をこれから実習しましよう。 私は『岩波古語辞典』の制作のために、一一〇年間、協力者たちの多くの助力を得ながら、一 語一語の理解とその説明に力を注ぎました。古典から、一つの単語の用例を何十と集め、使い 方の類型によって区分し、それぞれの意味を抽出する。最も根源的な意味、それからの脈絡と 展開をたどる。その結果を短い現代語によって的確に示さなければならない。訳語だけでは不 十分と思われるときには、その単語の特徴を文章で説明しようとしました。そういう仕方の辞 典は日本には例がありませんでした。どう書けは簡単明瞭で分かりやすく解説できるか、どん な単語を使えは適切か。それを求めて書き上げる。それを結局一一万語繰り返した。これが私の 文章の書き方の基本的訓練になりました。語の意味の中心点を的確に把握する。それを平明に 表現する。 文章を縮約する それと同じような結果を得る練習をするにはどうすればよいかを考え、私は一つの作業を学 生諸君に課しました。それは新聞の社説を縮約するという作業です。 114
亠めとこか医、 『日本語練習帳』という本を考えて材料を集めはじめたのは一〇年ほど前のことだった。そ の後、岩波書店の私の本の編集や校正にかかわったことのある方々に、三週おきくらいに問題 を課し、答えを見ては批評・質問を交わす会合をもった。それぞれ英語・ロシア語・イタリア 語・日本古典語などの知識のある方々なので会話はいろいろ発展し、その言葉の会は楽しいも のだった。二年ほど続いたそのやりとりを再現する原稿も作ってみたが、全体の均衡上、結局 収められなかった。その時のメンノ ヾーは鈴木稔・土方邦子・加賀谷祥子・天野泰明・山田ま り・清水愛理という五〇代から二〇代のみなさんである。 原稿としての仕上げには大野陽子さんの全面的支援をうけた。金子陽子さんも役立っ助言を 惜しまれなかった。この本の編集に骨折ってくれた天野泰明君、その他、解答を試みて下さっ きた方々などに、今、校正刷を手にしてあらためて心からの感謝を表明したい。 , 刀 一九九八年一二月 あ 大野晋 215