世紀末、スコットランドからカナダ東端の島 ☆新潮クレスト・ブックス☆アリステア・マクラウド に、家族とともに渡った男がいたーーー寡作の短 彼方なる歌に耳をませよ中野恵津子訳編の名手年をかけ書きあげた唯一の長編、 絶賛を浴びたベストセラー 憂鬱症のペンギン・ミーシャと暮らす売れない ☆新潮クレスト・ブックス☆アンドレイ・クルコフ 小説家ヴィクトル。新聞の死亡記事を書く仕事 ペンキンの憂彫沼野恭子訳をき。かけに秀起きる不可解な変死。不条理 な世界を描く新ロシア文学。 彼の名は「ゴーゴリ」。父が万感の思いをこめ ☆新潮クレスト・ブックス☆ た名前だったが : : : 。奇跡的デビュー短篇集 ジュンパ・ラヒリ 青回莪訳『停電の夜に」の名手が描く人生の機微。ふか その名にちなんで ぶかと胸にしみる待望の初長篇。 土を踏みしめていたはずの足元に、ひたひたと ☆新翻クレスト・ブックス☆グレアム・スウイフト寄せる水の記憶・・・・ = 。人の精神の地下風景を圧 ウ - オ 1 タ - ー一フノド真野泰訳倒的ストーリー展開で描く、ブッカー賞作家の 最高傑作。ガーディアン賞受賞。 その工房では、若き職人が魔法のようにピアノ ☆新潮クレスト・ブックス☆ を再生する : : : だがピアノの本当の魅力とは ? 村松潔訳歴史とは ? 名器とは ? ピアノが弾きたくな リ左岸のピアノエ房 る、傑作ノンフィクション。 才能と出世と女に恵まれた者は、やがて身を滅 ☆新潮クレスト・ブックス☆ ィアン・マキューアン ばす。大人の小説愛好家にはたまらない、イギ , 山 , 太一訳リス人作家ならではの洗練された長篇小説。 アムステルダム 年ブッカー賞受賞作品。
燔歳の誕生日、少年は家を出た。一方、ネコ探 しの老人・ナカタさんも、西へと向かう。暴力 と喪失の影を抜け、世界と世界が結びあわされ 海辺のカフカ ( 上・下 ) 村上春樹 るはずの場所を求めて。 「海辺のカフカ」の読者から寄せられた質問・ ノ年カフカ村上春對感想」村上春樹 " 答えたイ半、 = 話、 る最初で最後のマガジン。 ニューヨークで編集・出版され、世界への扉を 開いた村上春樹の短篇集が日本に再上陸 ! ア 村上春樹 メリカでデビューした当時を語る書き下ろし工 象の消威短篇選集一 0 きム 0 ミ ッセイも収録した話題作。 マイルズ、 ーカー、エリントン : : : 和田誠が ロ田誠描く % 人のミ、ージシャンの肖像に、村上春樹 がとっておきのエッセイを寄せる ジャズへ ポートレイト・イン・ジャズ上春樹 の熱い想いに満ちた一冊。 ロリンズ、オー、不ット、にクリフォ 日田誠ド・プラウンーー和田誠が肖像を描き、村上春 ポートレイト・イン・ジャズ 2 村 -1 亠 ~ 脊樹樹が文章を寄せる、 % 組のジャズメン〈の熱い オマージュ。待望の第二弾ー 映画監督ファスビンダーに深く愛され、イヴ・ ☆新潮クレスト・ブックス☆ジャン。ジャック・シ、ル サン・ローランに霊感を与え、そして作家シュ ルのミューズとなった「運命の女」。その数奇 晶子訳 黄金の声の少女横川 な半生を描く長篇ロマン。
食事が終わり、ショッピング・モールに帰る途中、彼女は公園の駐車場に車を停め、彼の手を 握った。そしてどこか「静かなところ」に二人で行きたいと言った。ものごとの進行の急速さに 彼はいささか驚かされた。 「私は結婚してから、こんなことしたことはありません。一度も」と彼女は言い訳するように言 った。「本当です。でもこの一週間ずっとあなたのことを考えていました。面倒なことを持ち出 したりはしません。迷惑もおかけしません。もちろんもし私のことが嫌じゃなかったら、という ことですけど」 彼は相手の手を優しく握り返し、静かな声で事情を説明した。もし僕が普通の男であれば、喜 んであなたとどこか「静かなところ」に行くでしよう。あなたはとても魅力的な女性だし、一緒 に親密な時間を過せれば、それは素敵なことだろうと思います。でも実を言うと、僕は同性愛者 なんです。ですから女の人を相手にしたセックスはできません。女性とセックスできるゲイもい ますが、僕はそうじゃありません。どうか理解してください。あなたの友だちになることはでき ます。でも残念ながら、あなたの恋人にはなれません。 彼の説明の趣旨が相手にじゅうぶん理解されるまでに少し時間がかかったが ( なにしろ同性愛 者に出会ったのは、彼女の人生で初めての体験だったから ) 、それが呑み込めたあとで彼女は泣 いた。調律師の肩に顔をつけて、長いあいだ泣いていた。たぶんショックだったのだろう。気の 東京奇譚集 %
も良く、物腰も穏やかだったから、高校時代にはまわりの女の子たちに人気があった。きまった 恋人はいなかったが、何度かデートもした。彼女たちと出歩くことを彼は愉しんだ。彼女たちの 髪型をすぐそばで眺めたり、首筋の匂いを嗅いだり、ト / さな手を握ったりするのは好きだった。 しかし性的な体験は持たなかった。何度目かのデートになると、相手が自分に何らかの行動を期 待しているらしいとわかった。でも彼はあえてその一歩を踏み出さなかった。そうしなくてはな らない必然性が、自分の中に感じられなかったからだ。まわりの男の友だちはみんな例外なく、 性的衝動という抑制しがたいデーモンを抱えていて、それを持て余したり、あるいは積極的に発 散したりしていた。しかし彼の中にはそういう強い衝動は見あたらなかった。たぶん自分はおく てなのだろうと彼は考えた。そして正しい相手にまだ巡り合っていないのだろう。 大学に人って、同じ学年の打楽器科の女の子とっきあうようになった。話も合ったし、二人で いると親密な気持ちになれた。知り合って間もなく、彼女の部屋でセックスをした。彼女の方が 彼を誘ったのだ。酒もいくらか人っていた。とくに支障もなくセックスを終えたのだが、それは みんなが言うほど気持ちの良いものでも、スリリングなものでもなかった。どちらかといえば、 粗暴でグロテスクなものであるように思えた。性的に興奮したときに女性が身体ぜんたいから発 する微妙な匂いを、彼はどうしても好きになれなかった。彼女と直接的な性行為をするよりは、 ただ親密に話をしたり、音楽を一緒に演奏したり、食事をしたりしている方が楽しかった。そし 東京奇譚集
初出 「偶然の旅人」 ( 「新潮」一一〇〇五年三月号 ) 「ハナレイ・べイ」 ( 同四月号 ) 「どこであれそれが見つかりそうな場所で」 ( 同五月号 ) 「日々移動する腎臓のかたちをした石」 ( 同六月号 ) 「品川猿」 ( 書下ろし )
ンを飲み、淳平の部屋でセックスをし、一緒に眠った。朝になると、また同じように彼女の姿は 消えていた。日曜日だったが、やはり「仕事があるので、消えます」という簡潔なメモが残され ていた。キリエがどのような仕事をしているのか、淳平にはまだわからない。しかし朝早くから 始まる仕事に就いていることは確かだった。そして彼女はーーー少なくとも場合によってはーー日 曜日にも働くのだ。 二人は話題には不自由しなかった。キリエは頭が切れたし、話がうまかった。話題も豊富だっ た。彼女はどちらかと言えば、小説以外の本を読むのが好きだった。伝記や、歴史や、心理学や、 一般的な読者のために書かれた科学書なんかを好んで読んだ。そしてそのような分野の知識を、 キリエは驚くほど豊富に持っていた。あるときには、彼女がプレハプ住宅の歴史についてのあま りにも精密な知識を持っていることに、淳平は驚かされた。プレハプ住宅 ? ひょっとして君は 建築関係の仕事をしているの ? ノー、と彼女は言った。「私は何によらず、とても実際的なこ とに興味を惹かれるの。それだけ」と彼女は言った。 しかし彼女は淳平が出版した二冊の短編小説集を読んで、とてもすばらしいと言った。予想し ていたより遥かに面白かった、と。 「実はひそかに心配していたの」と彼女は言った。「あなたの書いた本を読んでみてぜんぜん面 白くなかったら、どうしよう。なんて言えばいいんだろうって。でも心配することなんかなかっ 日々移動する腎臓のかたちをした石
て日を追うにつれ、彼女とセックスをすることがだんだん心の重荷になっていった。 それでもまだ彼は、自分はただ性的に淡泊なだけなのだと考えていた。しかしあるとき : : : い や、でもこの話はやめよう。話し出すと長くなるし、この物語に直接関係のないことだからだ。 とにかくあることが起こり、自分が紛れもなくホモ・セクシュアルであるという事実を彼は発見 したわけだ。適当な言い訳をこしらえるのも面倒だったので、「僕はホモ・セクシュアルなんだ と思う」とガールフレンドに率直に打ち明けた。そして一週間後には、まわりのほとんどすべて の人間が、彼がゲイであることを知るようになった。その話は回りまわって家族にも伝わった。 それによって彼は何人かの親しい友人を失ったし、両親とのあいだもかなりぎくしやくすること になったわけだが、結果的に言えばそれはそれでよかったのかもしれない。明白な事実をクロー ゼットの奥に押し隠して生きるのは、彼の性格に合わないことだったからだ。 しかし何よりこたえたのは、家族の中でもっとも親しかった、二つ年上の姉と仲違いしてしま ったことだった。彼がゲイであることが相手の家族に知れたために、間近に控えていた結婚話が 暗礁に乗り上げそうになったのだ。何とか相手の両親を説得して、結婚にこぎ着けることはでき たのだが、姉はその騷ぎで半ばノイローゼ状態になり、彼に対してひどく腹を立てた。どうして わざわざこんな徴妙な時期を選んで波風を立てなくてはならなかったのか、と弟を声高に責めた。 弟にももちろん言い分はあった。それ以来二人のあいだには、もとあった親密さは二度と戻って 偶然の旅人
いうかーー」、彼女はロをつぐんで的確な言葉を探した。しかし一一一口葉は見つからなかった。彼女 は暫定的なため息をついた。「でもそれはさておき、私の印象ではあなたはいっか、もっと長い 大柄な小説を書くことになると思う。そしてそれによって、もっと重みのある作家になっていく ような気がする。時間は多少かかるかもしれないけれど」 「僕はもともとが短編小説の作家だよ。長編小説には向かない」と淳平は乾いた声で言った。 「それでも」と彼女は言った。 淳平はとくにそれ以上意見は言わなかった。ただ黙って、エアコンディショナーの風音に耳を 澄ませていた。実際のところ、彼はこれまで何度か長編小説に挑戦していた。しかしそのたびに 途中で筆をおくことになった。物語を書くための集中力を、長い期間にわたって保つことがどう してもできなかった。書き始めるときには素晴らしいものが書けそうな気がする。文章は生き生 きとしていて、将来が約束されているように見える。物語は自然に溢れ出てくる。ところが先に 進むにつれて、そのような勢いと輝きは少しずつ、しかし目に見えて失われていく。先細りにな 、やがて機関車がスピードを落として停止するように、完全に消滅してしまう。 二人はべッドの中にいた。季節は秋だ。長い親密なセックスを終えたあとで、二人はどちらも 裸だ。キリエは淳平の腕の中に肩を押し込んでいた。べッドサイドの机には白ワインの人ったグ ラスが二つ置かれている。 日々移動する腎臓のかたちをした石