キーナン - みる会図書館


検索対象: 東京裁判 上
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1. 東京裁判 上

えの車で、東京にむかった。 三日後、八月十二日、キーナン検事は、裁判所調査部長ロイ・モーガンをつれて、東京・麻布 狸穴のソ連代表部に近い宿舎に、皇帝溥儀を訪ねた。二階建て洋館の前庭に、自動小銃を腕にの せたソ連護衛兵一人がいた。 キーナン検事とモーガン調査部長は、イワノフ大佐の案内で二階の皇帝溥儀の部屋にはいった。 キーナン検事は、英語で皇帝溥儀に話しかけた。 「ウラジオストックからの空の旅はいかがでした。快適でしたか」 「イエス、サンキュー 皇帝溥儀も、英語で答えた。あとで、キーナン検事の英語がわかったかと質間されると、わか った、と皇帝溥儀は述べた。 へ キーナン検事は、モーガン部長、イワノフ大佐とともに、約一時間半にわたって、皇帝溥儀と 台 言会談した。話題は主に、これまでの法廷の経過説明、今後の予定、とくに皇帝溥儀の証言の時期 儀と方法についてであった。 帝ほとんどモーガン部長が説明にあたり、キーナン検事はロをはさみながら、皇帝溥儀を観察す る様子たったが、会談が終ると、キーナン検事はあからさまに安堵と失望感を顔面にたたえて、 章 六退出した。 キーナン検事が、のちに総司令部対敵情報部長・ソー。フ准将にもらしたところによれば、検 幻 7

2. 東京裁判 上

おりから、十月八日は衆議院で日本国憲法が可決されている。この日にソ連冒頭陳述がおこな われたことは偶然だが、天皇にたいする不必要な不安は対日政策上、好ましくない。キーナン検 事は、マッカーサー元帥の示唆をうけ、十日閉廷後、二階の自室に各国代表検事を参集させた。 キーナン検事は、一部に不必要な噂が流布されていると注意して、 いった。「国際検察局 T) 長として、私は、国際検察局の方針として、天皇を訴追しないことに決定する」 待ってほしい、それは決定か協議か、と英国代表検事コミンズ・カーが口をはさみ、決定た というキーナン検事の答えを聞くと、コミンズ・カー検事は、首をふった。 「それは、私としては承服できない 「ホワット ( なんと ) 」 キーナン検事は、眼をむいてコミンズ・カー検事を直視した。 「これは (-.00<<2« ( 連合国軍最高司令官 ) の意思である。この coo<a«の方針に賛成できぬなら、 さっさと荷物をまとめて本国に帰ってもらおう。 coo<2.«はあらためてより適任者の派遣を要請 するだろう」 キーナン検事は、そういうと、各検事にむきなおり、「これはコミンズ・カー検事だけにいう のではない。 ロペッ検事、ユーもそうだ。ムッシュウ・オネト、 ューもそうだ。ゴルンスキー検 事、ユーも : : : 」 一人一人に呼びかけるキーナン検事の気迫に、秘書山崎晴一は「全員、寂として声はなかっ 266

3. 東京裁判 上

やめてほしい この旨を上手に伝えてくれ、と大佐は頼まれたのだが、ウェッ・フ裁判長は、明らかにカーベン ター大佐の言葉の背後にキーナン検事の意向があることを推察し、しかもキーナン検事にたいす る悪感情をほのめかしている。カー。ヘンター大佐は、ウェッ・フ裁判長の言葉をキーナン検事に伝 えることにしたが、憂慮した。裁判長と主席検事がともに感情家であるとなれば、、・ しすれ法廷で の衝突と、それによる審理の遅延が予測されるからである。カーベンタ 1 大佐はその夜、キーナ ン検事に、ただ、依頼をはたした旨を伝えた。キーナン検事は、上機嫌で大佐に、サンキ】 をくり返した。 立そのころ、小石川・音羽の三井ハウス ( 三井高陽邸 ) に移住していたキーナン検事は、田中隆吉 の少将との交際を深め、少将がきわめて重宝な人物であることを発見して、喜んでいた。六月から ナ秘書に雇った日本人山崎晴一は、有能ではあるが、至ってもの堅い。一方、田中少将は、記憶力 キのみならず、もの柔らかい方面の才能にも富むとみえ、検事が医師に禁止されている酒も秘かに ・フ持ちこんでくれるし、女性の世話もひきうける。田中少将によれば、ともにフランス語を話すの = で意思の疎通が円滑に進み、女性問題も二人の間に隠語を定めていた。キーナン検事が、「ジ = ・ スイ・フォル」 ( 私は強くなった ) といえば、「主に料亭・金龍亭の女将に頼んで旋」することに 章 七なる。カーベンター大佐の世話をうけたさいも、キーナン検事は " 強化現象対策を完了したあ となので、ひとしお機嫌よく、大佐に謝辞を述べたのである。 245

4. 東京裁判 上

今度は、ウェップ裁判長の顔が紅潮した。「ミスター主席検察官」と、ウェッ・フ裁判長は上体 をのりだし、結局は、証人の信憑性を追及しているのではないのかというと、キーナン検事は、 そんなことはしていない、法廷速記録を「よく研究してくれ」と、反発した。ウェップ裁判長は、 「本審理に興奮したり議論したりする必要はないーと述べたが、裁判長も検事も、すでに興奮し きっている。ウェップ裁判長、キーナン検事はともに白髪だが、法廷は、この二人の主役が、と もに白髪をふり、赭顔をつきだして論争する姿にびつくりした。 キーナン検事は、森岡中将の宣誓供述書に書いてあることが真実かどうかを質問するのがなぜ 不審なのかといい ウェッ・フ裁判長は、それは証人の信憑性をただすことになる、それなら裁判 官の仕事た、とゆずらない。キーナン検事は、森岡中将に、出廷前にファーネス弁護人の部屋に 出かけた事情をたすねたが、木戸幸一被告弁護人ウィリアム・ローガンが関連性なしと異議を述 べると、いや、関連はある、森岡中将は宣誓供述書に署名してから法廷に出るまでの間に考えが と答えた。 変ったらしい、その理由を知りたい、 「事情は明白となった。すなわち、検事側は自身の証人の信憑性を追及している」と、すかさず ウェップ裁判長が口をはさんだ。「問題になるのは、ファ 1 、ネス少佐を譴責すべきかどうかであ ・ : もし、貴下が希望するなら調査を進める。その調査は裁判所がおこなうべきものである」 キーナン検事は、瞬時、ウェップ裁判長を凝視した。裁判長が自己の優位を確立しようとする 意図は、はっきりしているが、検事はファーネス弁護人の懲罰を要請したこともなければ、だ、 248

5. 東京裁判 上

顔で黙思した。当日は機嫌が悪かった。 ウ = ツブ裁判長は、法廷から宿舎帝国ホテルの自室「三八八」号室に帰ると、冷蔵庫にひやさ せておいたオーストラリア・ジンを一杯飲むのが慣習であった。ところが、休廷日がつづいて、 係のポーイ木村和雄がうつかりして、ジンのびんに水をいれた。同じく冷水用に酒びんを利用し ていたので、無色のジンを水の残りと思い、そのまま満たしてしまったのである。間違いとわか り、ウェップ裁判長は軽く木村に注意したたけたったが、その日は >< ( 米軍酒保 ) も休業なの で、禁酒を余儀なくされることになり、むしやくしやしていた。 「それは ( キーナン ) 主席検察官に伝えてほしい意見たと思う。法廷の運営は裁判長の責任では あるが、審理のス。ヒードアツ。フは、検事の有効かっ無駄のない証拠提出いかんにも依存してい る」 ウェッ・フ裁判長は、早口に答え、皇帝溥儀の証人喚間を例にとって、まったくの時間の空費で あった、とカーベンター大佐にもらした。 カーベンター大佐は、当惑した。じつは、大佐がウェップ裁判長を訪ねたのは、キーナン検事 っこ 0 の依頼による。キーナン検事は、 「ウェップ裁判長は、東京裁判がどのようなものか理解していないらしい。オーストラリアでは、 なにもかも裁判長がとりしきるかもしれぬが、東京裁判は日本の過去十五年を裁く世紀の大裁判 である。少なくとも検事側の立証段階に不必要な口出し、とりわけ弁護人との討論を楽しむのは

6. 東京裁判 上

けられぬことになるかもしれないからである。 だが、皇帝溥儀は、「なにもかも、思うままに証言されたい」とキーナン検事がいうと、「サン キュー」と答え、くどくどと自分が日本の強圧下にあった事情を述べたて、証言用のメモ整理の ために数日の余裕がほしい、というだけであった。 「帝王の威厳はさらになく、その眼には自尊の光もなかった。せめて虚勢をはる気力も感じとれ いっさいの関心と興味を失った」 ず、危険性がないことを確認すると、 と、キーナン検事はソー。フ准将に感想を伝えたが、検事は会見の翌日、皇帝溥儀は八月十六日 に出廷する、と発表した。 憐れむべし元皇帝 へ そして、八月十六日。 台 言法廷の傍聴席、貴賓席、記者席は、すべて裁判開幕日いらい、久しぶりに満員であった。開廷 儀すると、前日にひきつづき、アメリカ人伝道師ジョン・マギーの南京虐殺事件にかんする証言が 帝おこなわれた。が、法廷は、予定されたドラマへの期待に耐えかねるように、かすかなざわめき につつまれていた。 六午前十一時二十五分ーーーマギー証人が降壇すると、そのざわめきはとだえ、静まる廷内に、歩 みでたキーナン検事の声がひびいた。 219

7. 東京裁判 上

はことの意外な発展におどろき、ファーネス弁護人は、「検事と弁護人のケンカはふつうだが、 裁判長と検事の争議はめったにないショ 1 ですよ」と、うれしそうに手をこすり合せながら、重 光元外相にささやいた。 昼食後、英国代表検事コミンズ・カー、鈴木貞一被告弁護人マイケル・ロビン、そして清瀬弁 護人も加わって論議がつづけられたが、結局、オネト検事のフランス語使用は認められた。 結論が出たのが、すでに午後四時に近く、その日の審理はおしまいとなった。 ウェップ裁判長は、、 しうーーー「有能なるキーナン検事にただひとっ欠点があった。それは、マ ッカーサー元帥が日本管理の責任者であることから、法廷もアメリカの法廷と誤解し、裁判官席 立を飾り棚としかみなかったことだ」 の 前述のキーナン検事のウェップ評と比較すれば、二人はまったく同質の観察をしあっているこ ナとになる。それだけに感情の対立は根強く、ウ = ツブ裁判長とキーナン検事との間には、次のよ キうに最後まで冷やかな応酬がつづいた。 AJ 「ところで、検事側はオネト氏にこの段階を担当させるつもりでしような」 工「それは質問ですか、ご意見ですか」 ウ 「質問として扱っていただく」 七「では、イエス。これが検事側の意向であります」 「フム : : : 明朝九時半まで休廷ー

8. 東京裁判 上

ば、質間することによってその疑いをはらすことは、簡単でありました。彼らは天皇の将来の地 位につき、実際に質間をしたのでありますー 「 ( 裁判に反対というなら ) 彼らが降伏したとき、戦争犯罪人はこの二十八人を含まない諒解をもっ ていたことを、証明せねばならぬ。また、もしこの二十八人が裁判にかけられるなら、降伏文書 に調印しなかったということも、証明しなければならぬ。もし、そうであれば、彼ら ( 日本国民 ) は、この二十八人が裁判されるよりは、 : ホッダム宣言第十三条の " 速かな、そして完全な破壊〃 のほうを好んでいたということになりましよう」 キーナン検事は、勝者が敗者に報復を加えるのは当然たといいたげであり、コミンズ・カー検 事は、嫌なら嫌と最初にいえ、いまさらいうのは手おくれだ、と冷笑するかのごときである。む ろん、清瀬弁護人は、憤然として裁判長に発言を求めた。清瀬弁護人は両検事の主張のひとつひ とつに反ばくして、 「キーナン検事も、コミンズ・カー検事も、ともに文明の擁護のために裁判をしなければならぬ とおっしやる。私も同意です。しかしながら、いわゆる文明の中には、条約の尊重、裁判の公正、 これは諸君のおっしやる文明のカテゴリーにはいっておらないのでしようか」 清瀬弁護人は、そのあと、両検事力ノ ; レーズベルト元大統領の言葉を引用したのにたいして、 ルーマン大統領が同年一月に発表した予算教書の中で、戦争裁判にふれた「一言」を引用したい、 と述べた。 っこ 0 172

9. 東京裁判 上

らぬ、という主張になる。 このたとえは、先ほど弁護人側がおっしやっておられましたような、法律的観念にばかりこだ わっている者にたいしては、非常に耳ざわりになるかもしれませんが、実際の戦争の苦痛を耐え 忍ばねばならなかった者たちには、わかるはずだ」 「一九四三年二月二十日、ルーズベルト大統領は、偉大なる解放者リンカーンの誕生日にあたり、 次のことを断言した。すなわち、枢軸国あるいは枢軸派との交渉条件はただひとつ、無条件降伏 をさだめたカサ・フランカ宣言である。枢軸国側の一般国民にたいし害を企図するものではない。 しかし、われわれは、彼らの有罪である野蛮な指導者にたいして処罰を加え、報復を加える企図 を有する、と」 死コミンズ検事の冷笑 の 人キーナン検事の反論は、昼食時間をはさんで、正味三時間半におよんだが、午後三時十分、こ 毅んどは英国代表コミンズ・カー検事が陳述台の前に立った。 田 コミンズ・カー検事は、起訴状の筆者であることでも明らかなように、検事団の中では群をぬ 広 いた〃切れ者〃とみられていたが、その論法は、キーナン検事の率直な興奮調にくらべて、いか 五にも英国風の皮肉にみちた〃詭弁調〃であった。 「もし ( 終戦 ) 当時、日本国政府が戦争犯罪人の意義について何か疑間を有しておりましたなら

10. 東京裁判 上

清瀬弁護人の闘志 法廷の検事席、弁護団席は騒然となった。穂積重威弁護人が清瀬弁護人の側により、なにごと かささやいたが、清瀬弁護人は首をふって、陳述台にしがみついた。 かけよるように、キーナン検事が近づき、清瀬弁護人をおしのけて発言しようとしたが、清瀬 弁護人ははなれない。キーナン検事は、首をマイクにおしつけて、法廷にたいする異議は書面で 提出すべきだ、と叫んで、清瀬弁護人をにらんた。キーナン検事は清瀬弁護人より二十センチは 背が高い。栄養もちがう。キーナン検事の赭顔にくらべて、清瀬弁護人は、自家菜園のカボチャ で腹ごしらえをするためか、顔色もさえない。 だが、キーナン検事が文書にしろといい、援軍を得た思いでウ = ツブ裁判長が、小さい問題で 議事進行がおくれるのでは、特別の規則を作る必要がある、と応し、さらに、キーナン検事と裁 判長との間で、手続きについてのやりとりがつづく間も、清瀬弁護人は、低い背をまっすぐにの ばして、検事を凝視して動かなかった。 「やせたヤギが肥った大ワシにかみついている」ーー・と、スミス記者が記者席で嘆声をあげた。 清瀬弁護人は、ウェップ裁判長がひと息つくと、忌避申立ては、条例で文書による提出を定め られている一般的な動議、申立て、請求のいずれとも違う、法廷においてとっさに起るものた、 と説き、陳述台をたたきつつ、短身に闘志をみなぎらせて、声を高めた。 156