248 まあ、自分の愛人に売春させて平気でいられるんですから、当たり前といえば当たり前ですが このような男仲間の代わりに、小規模な組織が関わっていることがあります。彼らは大きな犯 罪組織というより、チンピラや不良集団といった方がいいでしよう。数人の仲間で集まり、田舎 から来た女性を騙したり、路上で育った女性たちを利用したりして、売春組織をつくっているの です。ただ、売春宿をつくるほどの資金力や知恵がないので、彼女たちに路上で立ちんぼうをさ せて小銭を稼いでいるのです。 こうした組織がからんでいる立ちんぼうは一目見てすぐにわかります。かならず四人以上のグ ループになって客引きをしており、時々男が様子を見に来たりしています。 興味深いのは、こうした組織がらみの路上売春でも、男仲間と売春婦が恋人や夫婦関係になっ ていることがあるということですね。どんな状況にあっても、男と女が近くにいれば恋愛関係に 発展し、結婚するようになるということなのでしようか ところで、個人売春と売春宿では、どちらが儲かるのでしよう。これはとても難しい問題で す。 個人売春の場合、一日で取れるお客さんは最大一一人ぐらいで、料金は売春宿のそれより少しだ け安いですね。一方、組織売春でも繁盛している売春宿ならその倍のお客さんをとることができ ますが、何割かはお店にとられます ( 食と住は無料 ) 。図にすると〔ー 6 〕のようになりま す。
237 リーを置いて食べるしかなかったのです。メリーは悲しみ、毎日主人に「人れて下さい」と頼ん でいました。主人は冷たくあしらうだけでした。ある日、メリーは急に泣きだしてこう言いまし 「お客さんには悪いと思っているわ。けど、私も他に生きていく術がないの。今はできるだけ感 染しないようにコンドームを二重にしてつけてもらっているわ。お客さんが事情を知らずに、着 用を嫌だと言って殴ってきても土下座して頼んでいるのよ。私も精一杯やっているの」 彼女は彼女なりに罪悪感を覚えながら、なんとか感染させないようにしていたのでしよう。 私は隣で聞いていて、彼女がここまで追い詰められてもなお男性客について考えていることに 驚くとともに、胸がしめつけられるような気持ちになりました。しかし主人が直既する理由もわ からないではありません。 私は何と一「〔うべきかずっと考えていましたが、うまい答えは見つかりませんでした。そうこう しているうちに、メリーは去っていってしまいました。それ以降、彼女が姿を見せたことは一度 もありませんでした。 第三部売春編
227 では、女性は買い物に出るにも父か夫につきそってもらわなければならず、店員との交渉も父か 夫の役割となっています。しかし、女性が自分の衣服を買う時だけは、女性だけで店に人ってサ イズ合わせをやらなければなりません。婦人服店の中は、女性が唯一男性 ( 店員 ) と素顔をさら して話すことのできる場所なのです。そのようなことから、婦人服店の店長が売春斡旋業をして いることがあるのです。 たとえば貧しい女性がお金に困った時、婦人服店へ行って、店長にこっそりと「売春をしてお 金を稼ぎたいので、お客さんを紹介してくれないか」と頼みます。店長は自分のネットワークを つかって男性客を見つけ、彼には先にホ テルで待機していてもらい、後で女性を 義 用 そこへ送り込みます。もちろん、その一 着 の 割とか一一割を店長が斡旋料として手に人 れます。とても非効率的な方法ですが、 女女性が思うように外を出歩けない社会で はる 圏は、このような方法によって売春をする ムれ ラしかないのです。 イ務 イスラーム圏でも女性の一人歩きが許 されている国であれば、売春婦が町中で 第三部売春編
199 手に入れることができます。いわば、路上生活者が仲介 をすることでカモフラージュになっているのです。 こうした路上生活者の売人たちはどれぐらい儲かって いるのでしょ一つか どこの国でも犯罪組織が仲介手数料として払うのは一 割ぐらいです。日本の場合、大麻一グラムの末端価格は 四千円といわれていますが、海外の場合ですと十分の一 以下ということもあります。表にしますと、〔Ⅱー 3 〕 のようになります こんな状態ですから、売人が一日に三人お客さんを見つけたとしても、収人は数十円か数百円 というレベルです。そういう意味ではやはり物売りや物乞いとの兼業でなければ生活していけな いのです。 これとは別に、麻薬の売買に修行僧のような人たちが関わっている、ちょっと変わった例をご 紹介しましよう。 インドやネパールには、サドウーと呼ばれる修行僧がおり、伝統的に修行の一環として大麻を 吸引することが認められています。その修行僧たちが、寺院の裏かなんかで自分たちの麻薬を一 般の人に売って小遣い稼ぎをしていることがあるのです。これは結構有名な話で、「大麻を吸う マリファナ ( 1 グラム ) 都会 1 OO ~ 200 円 郊外 50 ~ 1 OO 円 ハッシシ ( 1 グラム ) 都会 400 ~ 1 OOO 円 郊外 300 ~ 800 円 ブラウンシュガー ( 1 グラム ) 都会 800 ~ 1500 円 郊外 500 ~ 1 OOO 円 〔 1 1 ー 3 〕ドラッグ価格 第二部路上生活編
284 講師紹介 石井光太さんは海外の貧困や情勢についての作品を数多く発表している作家です。 最初に世界の貧困を目にしたのは、大学一年生の頃だったそうです。九〇年代の半ば、「あま り人か行かない国へ旅行しよう」と思って、何の理由もなくパキスタンに入国してアフガニスタ ンへと一路バスで向かったそうです。 当時はアフガニスタンかニ十数年にわたる泥沼の内戦をしていた時代でした。世界から見捨て られており、少漠には見渡す限り難民キャンプが広がり、物乞いたちか道路を埋めつくしていま した。人々は泥と砂埃にまみれ、手足や目を失い、傷口から血を流しながら「お金をめぐんで下 さい」と次々に訴えてきました。 初めて目にする貧困の光景に、石井さんは圧倒されました。どうして彼らは物乞いをしている のか。どうして彼らは障害のある体を見せて路上で生きなければならなくなったのか。そうした 疑問が次々と浮かびましたが、彼らの無惨な姿が恐ろしくて尋ねることができませんでした。伸 びてくる手をひたすら払いのけながら逃げることしかできなかったのです。
143 りは、物乞いとよく似ていますので、「物乞い系物売 り , 」と一「ロ、んるでしょ一つ。 物乞い系物売りの代表格として、ティッシュ売りがあ げられます。彼らは家族や仲間でお金を出し合って段ボ ール一箱分のポケットティッシュを買って、それをバラ 売りしているのです。 特徴的なのは、お客さんがティッシュを必要だから買 っているのではなく、売っている子を見て「かわいそう だから買ってあげよう」と思ってお金をだしている点で す。つまり、めぐんであげるような感覚で買ってあげて ゆえん 歩 いるのです。そこが物乞い系物売りである所以なので 供す。〔 8 ー川〕はエジプトで子供が道路にすわり込んで ティッシュを売っているところです。パッと見は、ほと っ んど物乞いと変わらないことがおわかりになるでしょ これは〔 8 ーⅡ〕の花売りとて同じですね。歓楽街で は、子供が花東を抱えて歩き回り、男を見つけては、 第一一部路上生活編
135 モチャを売り歩いていたり、オバサンたちが停車してい る車の運転手にタイヤやシートカバーを売ったりしてい ることがあります。これは、貧しい人たちが町のお店と 契約して商品を預かって売っているのです。 途上国の商店街に並ぶお店をのぞくと、まったくお客 さんが人っていないことってありますよね。主人は一日 中グーグー眠っているか、お茶を飲んで友達と談笑して いるだけ。一体どうやって食べていっているのかと心配 になるほどです。 実は、主人たちは店の商品を貧しい人たちに渡して、 一つ売れればいくらという歩合制で物売りをさせている のです。大体売り上げの一割か一一割が相場でしようか。 そのため、お店の主人は一日中お茶を飲んで、友達とエ ロ話をして、昼寝をしていても、夕方になったら貧しい 】物 人たちが売り上げをもって戻ってきてくれるのです。 の 海外のサービス精神の低さは、単純に自分の店で売らな くても利益がでるという裏事情があるためだったりする 第二部路上生活編
261 ロ途上国におけるー > 売春がの感染拡大の一因となっていることはご存知でしよう。 通常のセックスでは、の感染率というのはそれほど高くなく、異生間の性行為における 感染率を一。、 ーセント以下とする専門家もいます。 しかし、途上国の売春婦たちはそれ以上に感染率は高いと考えられます。彼女たちは淋病やク ラミジアなど他の性感染症に罹っていたり、栄養が不足していたりするために、ウイルス感染の 危機にさらされやすい体をしています。 また、一日に十人、一一十人とお客さんを取ることもありますし、中には暴力をふるうような客 も多いようです。それを考えれば、途上国における感染率というのは、先進国で一般に一言 われる数字よりはるかに高いものになるはずです。 ただ、これは誰もが予想できる感染パターンですよね。どこの国でもこれぐらいのこと は予想して、売春婦に検査を義務づけたり、コンドームを配布したりして予防に向けて努力して います。 ところが、現実というのは奇妙なもので、想像もできないような原因で感染が広がるこ ともあるのです。たとえば、南アフリカ共和国で次のような事件がニュースとして報道されたこ とがありました。 第三部売春編
236 があってお店をやめて違法な立ちんぼうになったのだとか。私は彼女を取材していたわけではな いので、それ以上深いことは訊きませんでした。 メリーは屋台でヌードルをすすっている最中いつも警察の悪口を言っていました。お客さんが つかまらないのに警察は賄賂ばかり要求してくる。おかげで家賃が払えない。そんなような話で した。 毎晩同じことばかり一一一口うので、ある日、私はなぜ公認のナイトクラブで働かないのかと尋ねま した。彼女はまだ若いので働けないことはありませんし、そこであれば少なくとも食いはぐれる ことはないだろうと思ったからです。すると彼女はこうつぶやきました。 「実は、私に感染しているの。だから公認のナイトクラブでは働けないのよ」 公認のナイトクラブでは感染者は雇用してもらえません。そのため、感染した売 春婦はお店をやめざるを得ないのです。しかし今さら実家に戻るわけにもいきませんし、他の職 業に就くこともできません。それで、やむを得ず非合法の立ちんぼうになったのだということで した。 私はそれはそれで仕方のないことだと考えていました。しかしこの話を横で聞いていた屋台の 主人はそうは考えませんでした。だとわかっているのに売春をしていることに怒りを覚 え、屋台から追い出し、一一度と来るな、と立ち人りを禁じたのです。 その日以来、私は屋台で一人で食事をとることになりました。近くに別の店はなかったのでメ
235 二、三十円ぐらいの賄賂を払います。それとて十人に要求されれば日に二、三百円の出費になって しまいます。お客さんを一人とって千円ぐらいだったりしますから、その四分の一ぐらいの額に なりますよね。 賄賂を支払わないとどうなるのか。時には警察官からの報復があるのです。 かってインドネシアの首都ジャカルタで、線路脇にある物置のような小汚い置屋の取材をした ことがありました。その店はいろんな事情があって数カ月賄賂を支払っていませんでした。 ある日、警察官がついに怒って、真っ昼間に突然ガソリンをまいて火をつけました。店はたち まち燃え上がって全焼し、営業不可能になってしまいました。売春婦たちはもともと違法なこと をやっているので、火をつけられたとしても文句を言ったり、訴えたりすることができず泣き寝 人りすることしかできませんでした。 非合法の売春婦といえば、一つ思い出深いことがあります。 ずいぶん前に、たまたまバンコクの街角で立ちんぼうと知り合ったことがありました。メリー という名前の二十歳そこそこの子でした。私が泊まっていたホテルの下で客を取っていたため、 何度か話しかけられているうちに仲良くなったのです。 当時、私は夜中まで取材をしていたので、夕飯を食べるのは午前零時を過ぎてからでした。私 は宿に荷物を置くと、腹をすかせて立っているメリーを誘って屋台でタイ・ヌードルをすすって いました。メリーは以前公認のナイトクラブで働いていたのだそうです。ただ、何かしらの事情 第三部売春編