第一部スラム編 窮する人々が集まって暮らす貧しい地区 のことです。 途上国でも、都市で普通の暮らしをし ようとしたら月に七、八千円以上の家賃 カかかってしまいます。一日に一ドルし か稼げなければ、人々はさらに安く暮ら せる地区、つまりスラムへ移り住むこと を余儀なくされます。ここですと、家賃 は半分以下ですむのです。 途上国の都市人口において、スラムに 暮らす貧困者の割合はたいへん大きな率 を占めています。実は、途上国における ラ 都市住民の三人に一人はスラムに暮らし ているというデータがあるのです。たと えば、インドの商業都市ムンバイ ( 旧ポ ンべイ ) には千五百万人前後の人々が暮 らしていますが、そのうちの五—七割の
いよいよ「貧困学講義」をはじめたいと思います。貧困を語る前に、ざっと世界の状況だけ見 てみましよう。本書の冒頭でご紹介した統計をご覧下さい 今、地球には約六十七億人の人々が住んでいるといわれていますが、このうち本書のタイトル で使った「絶対貧困」と呼ばれる一ドル以下で暮らしている人は十一一億人以上だと言われていま す。二ドル以下ですと三十億人以上です。つまり、世界の半数の人たちが一日二ドル以下で暮ら している計算になるのです。 これから私たちが見ていくのは、そうした人たちの暮らしについてです。まずは、彼らがどう いった場所で暮らしているのかということから、話をはじめていきましよう。 ロスラムの成立 スラムというのは、日本語にすると「貧民街」とか「貧民窟」となります。つまり、生活に困 冓のち ム立 ラり 第ス成
121 ろで生きていますから、自分がいっ生まれて何歳かということがわからないのです。そのため、 ほとんどの人がおおよその目安で年齢を答えるので、私の取材ノートに記された年齢は九割方き りのいい番号になってしまっています。でも、これこそが逆の意味での「ノンフィクション」な のです。 ロ病気 さて、次に病気の話をいたしましよう。 路上生活者たちが暮らす環境は汚く危険です。生まれた時からばい菌に埋もれるように暮らし ていると言っても過言ではありません。 彼らにとって最大の天敵は感染症です。私たちの周りには様々なウイルスや細菌がおり、それ が体内に入り込むことで人は病に罹ってしまいます。日本人のように清潔な環境で、一日三食バ ランスのとれたご飯を食べていればなかなか感染はしませんが、途上国の不潔な路上で暮らし、 ろくに食べ物も口にできない状態ならば感染はしやすくなりますし、病気の悪化も早くなりがち です。 論より証拠。日本の子供の死因と、アフリカの子供の死因を比べてみましよう。 第二部路上生活編
1 OO 今回お話しするのは、路上生活者たちの暮らしから結婚までです。 彼らは何を食べ、どんな恋愛をし、誰と結婚し、なぜ不倫をするのかということを述べていき たいと思います。 人間の本質的な部分はどこで暮らそうと変わりませんが、環境によって生き方や行動に特徴が でることがあります。路上でなければ起こりえないようなこともあります。 そうしたことを一つずつ見ていくことで、人間のたくましさやしたたかさを感じ取っていただ ければと思います。 ロ食べ物・結婚・性生活 路上生活者たちがつくるコミュニティの中には様々な友達や家族が集まっていますが、そこに は家族のような結びつきがあります。 第六講 恋愛から 婚姻
これから全十四回にわたって「世界リアル貧困学講義」を行いたいと思います。講義では「ス ラム編」「路上生活編」「売春編」と三つに分けて、そこで生きる人々の暮らしを細かく見てい つもりです。 近年、貧困間題という言葉をあちらこちらで耳にするようになりました。アフリカの孤児、ア ジアの売春婦、中東の難民 : : : テレビや新聞にはそんな一一一口葉が溢れています。 しかし、実際のところ、貧困といって具体的なイメージをもっている人はどれだけいるでしょ 、つ , 刀 おそらく路上で暮らす物乞いを思い浮かべることはできても、彼らが誰と結婚して、どこでセ ックスをして、どうやって赤ん坊を産んでいるのかはご存知ないはずです。 あるいは、スラムの粗末な家やテントを想像することはできると思いますが、そこで暮らす人 たちがどのような境遇にあるかを知っている人はまずいませんよね。 これまで貧困問題というと、「青少年のための議論」ばかりがなされてきました。世の中の不 条理が集まる汚い世界なのに清純なテーマばかりが取り上げられてきたのです。マスコミがつく 講義のはじめに 講義のはしめに
人々がスラムにいると言われています。いかにすさまじい数字かがおわかりになるかと思いま す。〔 1 1 〕の写真がその一つです。 スラムに暮らす人々のほとんどが地方の出身であると言われています。どこの国でも地方での 暮らしは厳しく貧しい上に、紛争の舞台になったり、天災に見舞われたりすることが多いので す。こうしたことが重なると、ギリギリで成り立っていた生活が完全に破綻してしまいます。 たとえば、途上国の地方の農村に暮らす人々は、日に一度の食事ができるかどうかの生活を強 いられています。そんな所で飢饉が起きれば、住民たちはその日の米すら手に人れられなくな り、貧しい故郷を捨てて都市に出て行かざるを得なくなるのです。 しかし都市へ移り住んだからといって仕事があるわけではありません。失業率の定義や明確な 数値を算出することは難しいのですが、南アフリカでは失業率は三〇 % ( 黒人成人の失業率は 七〇 % ) 、ジンバブエにいたっては八〇 % になります。アジアでも彳ノ 、。、ールなどは四〇 % にもな ります。単純計算すれば十人中四人から八人が仕事をもっていないのです。 こんな状況で、地方の農民が大都市にひょっこりやってきたところで職に就けるわけがありま せん。最初、彼らは路上で寝泊まりしますが、やがて粗末な小屋を自分たちで建てて暮らすよう になります。一般にバラックと呼ばれる、トタンやべニヤ板などでできた小屋です。こうしたバ ラックがどんどん増えて形成された町がスラムなのです。 この推移を紹介すると〔 1 ー 2 〕のようになります。
179 です。 ロストリートチルドレンの暮らし 子供たちが町の路上で暮らすようになった時、少なくて三、四人、多くて一一十人以上のグルー プを形成して生活をするようになります。〔川 1 〕のような集団です。 彼らがグループをつくるのは、「危険から身を守る」「寂しさをまぎらわす」「路上生活のノウ ハウを伝える」といった理由からです。路上での生活には数えきれないぐらいの危険や困難があ 第一一部路上生活編 うに家庭を離れ、都会でストリートチル ン ドレンになることがあるのです。 レ 実際、アフリカでも、アジアでも、ス チ トリートチルドレンたちが「村が戦争に 巻き込まれて以来、父親が荒んでアルコ 成 ールを飲んで暴力を振るうようになった プ から逃げてきた」と証一言することが多々 グ あります。何でもそうですが、原因とい うのは一つだけでなく、 いくつもの問題 が複雑に絡み合ってできているものなの / / ノ
〔 2 ー 1 〕左からアジア、中東、アフリカのバラック いるのかもしれませんね。 ロ家・トイレ・風呂 人の生活に必要な三大要素は、「住居」と「トイレ」と「お かならずこの三つがありま 風呂」です。人が暮らす所には、 す。 スラムにどのような住居が建てられるかは、国や地域によっ て大きく異なります。そもそも家というのは暮らしを守るため のものですから、それを取り巻く環境によって住居のあり方も 違ってくるのです。 地域別に見てみますと、東南アジアや南アジアの熱帯雨林の スラムでは、竹や木でつくった風通しの良い住居が好まれま す。雨季には洪水も多いので、高床式や一一階建てにすることも あります。 中央アジアや中東は、砂漠や荒野が広がる上地です。吹きす さぶ砂塵や、夜の寒さから守るために、泥や動物の糞で壁を塗 り固めた住居がつくられます。 第一部スラム編
285 この体験がきっかけになったのでしよう。その後、石井さんは途上国を中心に何十カ国と回 そこで生きる人々と暮らしを共にしながら取材をするようになりました。学生時代のほとん どをそうやって過ごしたと言います。 やがて大学を卒業して、社会に出ることになりました。本格的に仕事として出版や放送の世界 に携わろうと考えた時に、石井さんが真っ先にテーマにしたのもそうしたことでした。誰もやっ ていなかったところを取り上げれば作品として世に出せるのではないかと考え、ニ十五歳の時に アジア各地を回り、そこに暮らす障害者や物乞いといった人々を取材して『物乞う仏陀』 ( 文春 文庫 ) という本を著したのです。 この本は大きな話題となり、それ以来、石井さんは主に海外の貧困地域における取材を通して 書籍を上梓したり、雑誌に連載記事を書いたり、などでドキュメンタリ番組を制作してき ました。その他、漫画や写真やラジオといったメディアの仕事も手掛けています。 これまで話題になった石井さんの特徴は、常に多面的に物事を見る視野の広さにあります。こ れまで貧困問題はかならず《悲惨》という側面からしか考えられてきませんでした。しかし、石 井さんはそれ以外の様々な側面からそこで暮らす人々をやさしく見つめます。時には路上生活者 の性生活に密着したり、障害者たちの収入に目をつけたり、売春婦たちの家庭をクローズアップ したりします。そこには、これまで日本で報じられてこなかった数多くの重要な現実があり、多 くの人々かそれを知ることで貧困のイメージや世界観をまったく違うものにしました。 講師紹介
198 路上生活者の売人ですね。 では、なぜ彼らは麻薬組織とつながりをもっているのでしようか 実は、彼ら自身が中毒者なのです。彼らは路上で暮らしていくうちに仲間から誘われて薬物に 手を出すようになります。しかし、彼らは物乞いや物売りでその日暮らしをしている身ですから 易々と薬物を買えるような収人はありません。 そこで彼らは、一般庶民からお金をもらって犯罪組織から麻薬を買い、その一部を抜き取ろう とするのです。客が十グラム欲しいといえば、八グラムを客に渡して二グラムを自分のものにし たり、客が百円だせば八十円分買って残 りの一一十円を懐に人れて自分の麻薬代に 充てたりするのです。 犯罪組織がやり手の路上生活者をへッ ドハンティングすることもあります。売 り上げの一部を仲介手数料として払う約 中 東をして売人になってもらうのです。こ 者 うすれば、犯罪組織の販売網は格段に広 がりますし、客である一般庶民も恐ろし いマフィアに直接近づかなくてもブツを