台車 - みる会図書館


検索対象: 鉄道ファン 1976年11月号
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1. 鉄道ファン 1976年11月号

〔 EL 編〕 1. 最初の交直流機 ED461 号機 常磐線の沿線 , 筑波山麓の柿岡には , 地磁気観測所があ り , 鉄道を直流電化するとここの観測に微妙な影響を及 ばすことが考えられ , 常磐線の電化は取手でストップし ていた . しかし , 地磁気の観測には交流電化ならば支障 がないので , 交流電化の実用化とともに , 電化進展の機 運が生まれてきた . 取手以遠の電化は交流 50Hz で行な い , 取手一藤代間で交流と直流の接続を車上切換によっ て行なうこととなった . 当初の計画では , 貨物列車は直流・交流それぞれの専 用機関車によりけん引し , 旅客列車は , 近距離ローカル 列車を交直流電車により , 長距離列車を交直流機関車に より運転する方針であった . この方針に沿って , ED461 号 ( のちに ED921 号と改称 ) が , 昭和 34 年に試作された . 交直流電気車の構成は , ①直流電気車十交流→直流変換装置 わが国最初の交直流電機 ED461 ②交流電気車十直流→交流変換装置 ③直流電気車十交流電気車 (iv) 速度制御は直流機と同じく , 抵抗制御 , 組み合 が考えられるが , いすれも重量・スペースの制約が厳し わせ制御 , 界磁制御により , 交流機のようなタップ い . この内 , ①の方式がこの点で最も有利であり , E D 制御や位相制御は行なわない . 461 号も , 以後の交直流機関車もすべて①の方式を採用 (v) 列車の電気暖房用交流電源は , 交流区間では主変 している . ED461 号では , 直流機と同じ抵抗制御・直 並列組み合わせ制御に水銀整流器 ( ェクサイトロン ) を 圧器の 4 大巻線から供給され , 直流区間では , 水銀 付加した方式である . 整流器をインバータ運転することによって供給され ( 1 ) 性能 ( 注 ) 1 台車 1 電動機方式も , 連結軸間のネのため自励振動を起こ ED461 号の使用区間には , 最大 10 % 。のこう配しかなく , し , 粘着性能などに悪い影響を与えることが , EF 形として量 それも最長 4.5km で , 全体としての等価こう配は 1 % 。以 産されてから判明した . その意味では , D461 号は試作機とし て十分使いこまれたとは言えず , そして試作の意義を十分に発揮 下となり平坦線に近いので , 電気機関車の使用条件とし できなかったのは残念である . ては厳しいものではない . 旅客列車の定数は最大 550t ( 性能計画用 600t ) で , この列車をけん引して 10 % 。こう 2. 関門トンネル用 EF30 形の量産 配での均衡速度が約 70km / h であること , また将来の速 山陽本線の直流 1500V 電化と鹿児島本線の 60Hz20kV 電 度向上を考え , 最高速度は 110km / h とした . 化の決定により , 交流と直流の接続セクションを九州側 使用状況から考えて , 重連運転の必要はないので , そ の門司駅構内に設けることとなり , 車上切換により運転 のための設備はしていない . また , ローカル列車の電車 することとなった . このための交直流機関車として試作 化を想定し , 性能は急行列車を主体に考えているが , 各 EF301 号が昭和 35 年に誕生した . これは , 従来関門ト 駅停車にも使えるように容量は選定されている . ンネル用に使用されていた E F 10 形に代るもので , トン ②特徴 ネル区間の運転を主体とし , 門司ー門司操車場間の交流 区間でも部分出力で運転可能としている「直卞交従」形 G) 軽量化と主回路の簡略化のため , 1 台車 1 電動機 の客貨両用機関車である . 方式とした . この方式では前後軸が歯車で連結され ており , 軸重移動の影響を受けず , 粘着上も有利で ( 1 ) 性能 あった ( 注 ). 関門トンネル内の 22 % 。のこう配で , 重連で貨物 1200 t の 起動が可能であり , 門操の交流区間内のこう配でも , 重 (ii) このため , 主電動機は 1 時間定格 770kW ( 連続定 連で貨物 1200t の起動が可能である . このため , 1 時間 格 700kW ) で , 我国および狭軌で最大のものとなっ 定格出力 600kW の主電動機 3 台を 1 台車 1 電動機方式 た . ( ⅲ ) また , 駆動装置には防振ゴム接手を有する中空 で装備して , 直流区間ではその全出力が出せ , 交流区間 軸式が用いられた ( 注 ). では運転距離が短く平坦であるので , 346kW ( 10 分間定 E046 い プ 5

2. 鉄道ファン 1976年11月号

計画であったが , その後再検討され , 客 貨とも車上切換方式による交直流機関車 が用いられることとなり , 上野・田端ー 水戸間を主体に共通運用されることとな この機関車の設計が始められた頃には シリコン整流器の製作技術が発展し , 車 両用として , 信頼性・容量等の面で十分 使用できるものが製作されるようになっ てきた . 以上から , 常磐線用として F 形のシリ コン整流器式の機関車が E F80 形として 製作されることになった . E F80 形は昭和 37 年に登場した電気暖 房用大形 MG を持つ客貨両用のグループ ( EF801 ~ EF803 の , 続いて昭和 38 年 に登場した電気暖房装置を持たない貨物 用のグループ ( EF8031 ~ EF805 のと 水戸線 ( 小山一友部間 ) 電化にさいし引 張装置を引張棒式に変更して昭和 42 年に 登場したグループ ( 貨物用 EF8051 ~ E F8058 , 客貨両用 E F8059 ~ E F8063 ) がある . ( 1 ) 性能 定数 1200 t ( 計画値 1300 t ) の貨物列車 をけん引し , 10 % 。こう配で列車の起動が でき , 定数 550 t ( 計画値 600 t ) の旅客 列車をけん引し , 最高速度 95km / h にお いてもなお加速余力を保持するだけの高 速性能とを合わせもっている . ②特徴 交直流の標準形電機として万能ぶりを発揮する EF81 近江今津にて 1975 ー 5-26 写真 : 編集部 (i) 台車は ED461 号の流れを受け 1 台車 1 電動機式とし , 主電動機は 1 時間定格出力 踏襲されている . 650kW である . また駆動方式も ED461 号のものが (ii) 1 台車 1 電動機方式では速度選択の範囲が狭くな るので , 界磁制御の範囲を広くとるとともに , 抵抗 関門に進出したステンレスの EF8138 台 段での連続運転を可能としている . 門司にて 写真 : 小玉光 1973 ー 10 (iii) 電気機器や車体・台車とすべてにおいて軽量化と 小形化によるスペースの生み出しがはかられている ( ⅳ ) 列車暖房装置 ( 搭載車 ) は電気暖房装置とし , 交流区間はキ変圧器の暖房巻線から , 直流区間では 320kVA の大形電動発電機 (MG) から客車に給電 している . 最終となった E F 8063 号には , M G の代 りにサイリスタによる静止形インバータが試用され これは次の EF81 形へと引継れた . (v) 引張力の伝達は E F801 ~ 50 号では特殊心皿 , E F8051 ~ 63 号ではピッチング防止のため引張棒式と なっており , 同じ目的で後で若干両数改造されたも のもある . 真 写 て 端 田 流 直 交 的 格 本 の 初 最 た て し 線 1 つ物い 第第第幸を第を 2

3. 鉄道ファン 1976年11月号

0 第」い 食堂車も小窓になった ( 36 ー 1 開 3 ) 通路側 かかるようにした . 新幹線電車の停車方法は通常 30km / h ン程度軽減できた . さらに電動発電機についても風音・ までプレーキで減速し , 30km / h 以下で一たんプレーキ 磁気音の低減策の実施 , 主平滑リアクトルは鉄心締付強 をゆるめてから目標停止点に手動プレーキで停車してい 化による磁気音の低減を行なった . 運転台のインバータ る . 今回の主制御器の変更で 30km/h 以上の ATC プレ ーの騒音についても運転士からの苦情もあったので , リ ーキは電気プレーキ , 30km / h 以下の手動プレーキはデ アクトル類の鉄心をカットコアにして大幅に静かなイン イスクプレーキと使いわけることになり , 電気プレーキ バーターとすることができた . からディスクプレーキへの切替りはプレーキ中にはなく 6. 安全度の向上 なり , 当然切替りショックもなくなる . さらに 30km/h 高速走行中 , 万一ドア開閉スイッチを誤操作したり , 引 の低速まで電気プレーキがかかるようになると , プレー 通し線が混触してドアが開いては危険なので戸閉保安装 キライニングの寿命が延びて台検回帰の 30 万キロ以上に 置を新設した . 戸閉保安装置は出入台のない通勤電車に なると予想され , 3 万キロ毎の交番検査の主な仕事の 1 は以前からついているが , 新幹線電車の場合出入台があ つであるライニング取替え作業が大幅に減るものと思わ っても高速列車であるため , 万一ドアがあけば吹き飛ば れる . される恐れがあるので今回から取り付けにふみきった . 5. 電気機器の低騒音化 戸閉保安の方式は ATC 装置の速度リレーを利用して車 新幹線電車には主抵抗器用・主変圧器用等電気機器冷却 速が 30km / h 以上の時は各車の戸閉装置の電源をカット 用の送風機が多くついており , 駅停車中のこの騒音は走 する方法できわめて信頼度の高いものである . 行時の騒音にくらべれば小さいけれど , かなりやかまし 台車関係では過去の検修実績等からキズ人の発生しや すい個所を洗い出しその部分の強化をはかった . 具体的 いのが実情である . 特に東京駅の新幹線ホームは常に数 本の列車が停車しており , この騒音にまけないように案 にはマクラバリを S S 材より強度のある S M 材への変更 内放送も行なうので , ホームの混雑も加わって夏などは や , 側ばり・端ばり・油圧シリンダー取り付け部等の形 状変更である . また主電動機と駆動装置を結ぶコイルバ ホームの乗客の不快指数はかなりのものとなっている . 送風機の低騒音化は車両以外の一般用でも要求が強く , ネ式の WN 継手は走行時の共振による異常振動で故障が 各種技術が開発されている . 今回車両用送風機にもこの 発生していたので空気クッション式の WN 継手に変更し 技術を導入し , 従来の 2 段軸流ファンにかわり風量の多 た . その他 , 高さ調整弁や速度計の改良 , ベビコンの空 い主抵抗器用はシロッコファンに , それよりいくらか風 気だめの容量増大等安全度の向上と事故防止に関しては 量の少ない主整流器用と主変圧器用は遠心軸流ファンに 積極的に対策を講じている . 変更して騒音を下げた . これで送風機単体で 15 ~ 10 ホー ( 筆者 : 国鉄車両設計事務所主任技師 ) 63

4. 鉄道ファン 1976年11月号

3 い ②特徴 (i) 台車・駆動装置には 1 台車 1 電動 機方式 , WN 継手を採用し , 引張カ の伝達は引張棒によっている . これ により台車構造の簡易化と軸重移動 による空転の防止をはかっており , ニヤ制御の採用と合わせて粘着 性能の向上をはかっている . (ii) 直流全出力 , 交流部分出力とし , 全電動機の組み合わせは , 直流区間 では , 3 個直列から渡りを経て 3 個 並列となり , 交流区間では 3 個直列 関門トンネル用の交直流機として試作登場した EF3 田 下関にて 196 レ 6 写真 : 小玉 光 から渡りを経て 2 個直列 1 個開放と いう接続方式を採っている . 格と部分出力としている . 直流区間および交流区間にお (iii) 交流用の電気機器は出力が小さくてよいので , 小形・軽量化がはかられ , 主変圧器は油入自冷式 , ける均衡速度は次のとおりである . 主整流器は車載としては初めてシリコン整流器を使 荷 重 機関車 条 用している . トンネル内の塩害対策のため , 車体外板や屋上 ( ⅳ ) 機器の金属をステンレスにするなどの処置を構じて いる . なお , 車体外板は 2 号機以降ではステンレス のコルゲート板が使われている . (v) 重連総括制御のため , 交直切換方式は交直流電車 と同じく「一斉惰行 , 順次力行」方式が採られてい つり合速度 (km/h) 37 46 40 72 42 47 22 40 件 直流区問 ロ 50 V 交流区問 20kV 直流区問 ロ 50 V 10% 交流区問 20kV 22 % 直流区問 ロ 50 V 直流区間 ロ 50 V 0 % 交流区間 20kV 直流区間 ロ 50 V 交流区間 20kV 22 % 直流区問 ロ 50 V EF30 のステンレスの美しい姿体は関門の名物 0 % 貨物に 00 t 重連 客車 600 t 単機 3. 本格的交直流機関車 F80 形の登場 常磐線は当初 , 旅客列車のみが交直流機関車で連行する 下関にて写真 : 三島富士夫 プ 6

5. 鉄道ファン 1976年11月号

サノ、シ 451- 新 川口にて 円 64 ー 3 ー 写真 : 三島富士夫 サノ、 4 引ー 2 上野一日暮里間にて 円 70 ー 2 ーⅡ 写真 : 久保敏 クハ 4 引ー 1964 ー 3 ー 17 写真 : 三島富十夫 ・クモハ 453 ・クモハ 473 (Mc) 主電動機容量の増加 ( MT46B → MT54 化 ) のため形式 変更となったものであり , 形状はクモハ 45111 ~ と同一 クモハ 4731 は台車が DT32B に である . クモハ 45321 ~ 変更された . ・クモハ 455 ・クモハ 475 (Mc) 。モハ 452 ・モハ 472 (M 主電動機は MT54 ( 120kW ) でクモハ 453 ( 473 ) と同じ 前車と同じくモハ 450 ・ 470 の出力アップ形式で主変圧 であるが , 主制御器が抑速プレーキ可能の c S 15 B とな 器などの電気機器の容量が増強されたほかはモハ 450 ・ り , これら容量アップと抑速プレーキ付のため , コンプ 470 と変わらない . シリコン整流器取り付け側の車体下 レッサはモハ 454 ( 474 ) 〔 M ′車〕へ移された . 抑速プレ 部にはモハ 450 ・ 470 と同じく通風グリルが設けられてい ーキ装備のため KE58 カップラが増設され , 上り向きの モハ 4721 は台車が DT32B に変更され 設計 ( 奇数設計 ) となっている . る . モハ 45221 ~ なおクモハ 4559 クモハ 47535 ~ は拡声器の取り付け モハ 452 (50Hz) T M 9 モハ 472 (60Hz) T M 田 主変圧器 整流器 日 S 5 A 日 S 22 A 38

6. 鉄道ファン 1976年11月号

個室の比較表 スイロネフ 3 8 ナロネ 2 0 ( ルーメット ) オロネ 2 5 い等寝台 ) 個室定員 ( 名 ) 個室幅 ( ) 個室奥行 ( ) 個室高サ ( ) 寝台方向 横手 2. 基本構想 寝台の構造 固定 オロネ 25 形式寝台車は 24 系列の客車であり , 車体の大き さ ( 連結面間距離 21.3m , 車体幅 2.9m , 全高 4.09m ) , ずらわしさは避けられない . 台車・空気プレーキのシステム , それと電源車方式によ 個室寝台のスタイルとしては , ナロネ 20 形やニ ュ - ー・シ る A C 440V をサービス電源としていることなどは , 他 ーランド国鉄のシルバースター号のように寝台を車体の の 24 系客車とまったく同じである . 両側に長手方向に配置する方法もあるが , ナロネ 20 形な ただし , 室内設備については , 高水準の新構想とする どと違って寝台とソフアとを共用すると , この方法は昼 こと , また時代の要求として人手がかからないことなど 間時の快適性が確保できず , また通路幅も 60cm 以下と が , 既存の 24 系 A 寝台車オロネ 24 とは異なる点である . なり , ナロネ 20 形のように半車程度の長さならまだし また夜行寝台列車とはいえ , 東京ー西鹿児島間ともなれ も , 全車にわたって続くと通行上の支障もある . これに ば , 昼間乗車時間帯が長く , たとえ東京ー博多間として 対し寝室を横手方向に配置した方は昼間の居住性がたい も約 18 時間の乗車で , 就寝以外の時間がかなりあり , 寝 へん良いのでナロネ 20 形の 2 人個室と同様 , 車体横手方 台使用時以外の居住性を軽視することはできない . 向の寝室とした . このような特性に応える寝台車としては , 戦前にマイ ロネフ 37290 ( スイロネフ 38 ) , 戦後にマイネ 40 , そして 20 系のナロネ 20 の各形式があり , いずれもコンパー 3. 車両のレイアウト 個室寝台車の設計に先立ち , 実物大のモックアップを試 ント式の寝室を設けている . その他に海外には , 南ア連 作しモジュールとなる寝室の広さを検討した . その結果 邦のプルートレイン , オーストラリアのインディアン・ 寝台の大きさは , 以前に人間の就寝行動解析から求め , パシフィック号などがあるが , 前者の特別車は 1 両の定 員が 6 名という諸元であり , 後者も 3 昼夜の旅行をする その後の標準寸法になっている 700X1945mm のサイズ を踏襲した . 寝室スペースの幅は , 寝台幅に 465mm の のにふさわしくピアノがあることからも判るように , い スペースをつけ加え , 1150mm とした . この寝室の幅は すれも水準が違い過ぎてわが国鉄の現状にそぐわない . 決して広い寸法ではないが , オハネ 25 の 17 番席にある 2 いつばう欧州にはワゴンリーの寝台車が多数活躍して 人用区画の幅とほば同じ寸法で狭い寸法でもない . この いるが , A 寝台車に相等するものは , ほとんど上段と下 結果 1 両の寝台定員は 14 名とした . 寝室内の生活設備は 段とがある個室方式の寝台で , 希望により高い料金で 2 人用個室寝台を 1 人で使うこともできる体系を作ってい オロネ 25 諸元表 る . この時は上段寝台はたたみ込まれたままで , コンパ 連結面間距離 ートメントのスペースを 1 人で広く使うことができる . 車体幅 一般にこの種の寝台車の方式としては , (i) 個室 ( コンパートメント ) 方式 高 全 (ii) 寝台とサロンとの組み合わせ の 2 方式が考えられるが , オロネ 25 形では , (i) の個室 車 形式 方式ー一一特に 1 人個室 ( ルーメット方式 ) とすることに プレーキ装置 房 装 置 / 11 この方式は , 乗客のプライバシーが完全に保たれ , 最 房 能 カ 近の旅客の嗜好にマッチするほか , べッドとソフアとを 暖 方 式 温風暖房 房 兼用にすることにより , 寝台設廃の手間が省け , また乗 能 カ 暖 房 30kW / 両 客は好きな時に , ソフアに横になることもできる . もっ 製・ 初 年 逗 昭和引年 とも空間の占有効率を考えれば , 2 人個室の方が効率は 良いが相部屋となることもあり , 寝台券の販売面でのわ ( 注 ) 右側に C 印がいているのはオハネ 25 形と同し ョーロッパで見られる TEE の夜行版といわ れる "TEN ” 写真 : 野村董 2 5 9 0 2 3 0 0 ー 9 4 5 2 3 5 0 ー 9 0 0 ー 0 4 6 2 5 0 0 横手 固定 長手 〇〇〇 2 し 300 2 ′ 900 4 ′ 090E 名 T R 2 ロ C CL 方式自動空気プレーキ A U 77 形 X 2 台 20.000kca レ h / 両 〇〇〇〇 65

7. 鉄道ファン 1976年11月号

フつレーー トレインの新しい星 オロネ 25 個室寝台車が登場 岡田直昭 国鉄車両設計事務所旅客車 1. A 寝台車の動向 わっていない . プルートレイン , ーー一夜行寝台特急に対する需要には根 昭和 49 年の春に , 乗客の体位向上・生活水準の向上を 強いものがあり , また新幹線とともに長距離輸送におけ 考え , B 寝台を 2 段化した 25 形式寝台車が出現したが , る国鉄のチャンビオンともいえよう . この時は大阪一九州間のモノクラス編成であり , A 寝台 この寝台特急に運用される車両は , 当初 20 系 ( あさか 車の計画はなかった . この 2 段式 B 寝台車は営業を開始 せ形 ) が中心であったが , 20 系も誕生以来約 20 年 , すで してみるときわめて好評で , これに対する要望はきわめ て高く , 今回 , 昭和 50 年度 1 次債務で , 東京一九州間 , に一部の車は老朽化のため廃車の運命にあり , それに代 東京ー山陰間の寝台列車にも充当することになった . こ って最近では 24 系寝台車の増備が続いている . のような運用条件になると , A 寝台車が必要となり , 2 そのなかでも特に A 寝台車の動向に着目してみると , 段式 B 寝台車の編成に組み込むのにふさわしい A 寝台車 20 系では , もっとも当時は 2 等寝台といっていたが , ル ーメットも含めた個室寝台車 ( ナロネ 20 ) , プルマン方式 が必要となってきた . の開放式寝台車 ( ナロネ 21 ) とその両者を組み合わせた いつばう海外でも , 特に欧州ではオイルショック以来 列車輸送が見直され , TEN (Trans Europe Nihgt, 欧 方式 ( ナロネ 22 ) の 3 形式があった . その後 20 系寝台車 の運転線区は拡大され , 車両も増備されてきたが , 個室 州連絡夜行 ) の愛称とともに寝台列車にもヌーベルバー 寝台車の運用は東京一九州間にとどまり , A 寝台車の増 グの風潮が抬頭している . 新たにスイスが , フランスの 備にはもつばらプルマン方式のナロネ 21 形式を充当して ツーリスト級寝台車 T 2 の上級版をねらって T 2 S 形寝 台車を開発したり , またタルゴ列車の寝台版 ( バルセロ きた . ナ・タルゴ号 ) ができるなど話題は豊富である . さらに 20 系は昭和 40 年代に入って 14 系・ 24 系へと発展 このような背景のもとに , 今回新形式 A 寝台車オロネ したが , A 寝台車についても , 自動昇降装置の導入とい う省力化志向の導入は見られたが , プルマン方式を踏襲 25 形式を製作したので , その概要を紹介してみよう . しているという点では , 20 系の A 寝台車と基本的には変 プルートレインの話題をさらう , 新構想の個室寝台車オロネ 25

8. 鉄道ファン 1976年11月号

第を第 , ””“川い盟を 川口川間嘘 等、 中山・丈。 " ゆのくに”のヘッドマークもあざやかに東海道本線を快走する 475 系 山崎付近にて 1975-2 ー 9 写真 : 諸河久 をベースに , 設備は直流急行形 153 系とほば同等と考え 1. まえがき ることができる . 編成は使用線区を考慮し , かっ勾配区 昭和 36 年 6 月の常磐線取手一勝田間と山陽・鹿児島本線 間を考えて M 車の比率を多くする考え方から Mc 十 M ′ュ 小郡 ( 門司港 ) ー久留米間の電化開業は , 大都市あるい は都市間の近郊輸送をになう交流区間としての役割をも ニットとしている . そしてこの Mc 十 M' ユニットは上り 下りどちらにでも使用できるようにし , 付ずい車はサロ つこととなり , ここに本格的な近郊形交直流電車 401 系 451 とサハシ 451 のみとし , これらを Mc 十 M' ユニット (50Hz) と 421 系 (60Hz) が登場してきた . にはさんで使用する方式とした . 当時 , 東海道本線には直流新形急行用電車 153 系がすで 台車は新設計の DT32 (M 車 ), TR69 (T 車 ) でツリ に活躍を開始しており , 近い将来において交流電化区間 リンクを用いす下ュレマクラのない空気バネ台車となり の伸長とともにいずれは急行用交直流電車がこれらの近 軽量化とともに保守しやすいものとなり , 以後の長距離 郊形 401 系・ 421 系をベースとして製造されることは時 電車の台車の基本となった . 間の問題となっていた . そして昭和 37 年になって東北本 線用に 451 系 ( 50Hz ) , 北陸本線用として 471 系 ( 60Hz ) が 交直流急行電車としてさっそうと出場してきたのであ 台車の比較 る . 以降 , 出力増強した 453 系 (50Hz), 473 系 (60Hz), 東海形ー 5 3 系 山岳線用として抑速プレーキを装備した 455 系 (50Hz), 一台車分重量 製作費割合 475 系 (60Hz), そして 50 ・ 60Hz 共用変圧器をもった万 能タイプ 457 系へと発展し , 全国の電化区間をまたにか 車体では交流区間を通過することからホームの低い駅 けて活躍を続けている . 今回は特急電車のかげに隠れて を考えステップ付となった . またクモハ 451 ( 471 ) の前 あまり目立たないこれら交直流急行形電車について述べ 部ドアのみはマクラハリ部にステップがつくことから強 てみたい . 度上戸袋付の内引込戸とすることができないため外吊戸 2. 系列の概説 となった ( のち内引込戸に変更され , これら外吊戸のも 451 系〔 471 系 上野ー仙台 , 上野ー平 , 大阪ー金沢などに使用するため のも内引込戸に改造された . これについては後述する ). 昭和 37 年 7 月に登場したのが 451 系 (50Hz) および 471 このほか耐寒構造についても考慮されている . 電動機は 401 系 ( 421 系 ) に使用した MT46B ( 100 系 (60Hz) の交直流急行形電車である . これら車両は , 電気的に見れば近郊形 401 系 ( 421 系 ) (W) を装備し , 制御器はノッチ戻し ( 注りのできる CS D T 32 7.200 D T 24 A 7 ′ 9 圓 33

9. 鉄道ファン 1976年11月号

通って無誘導で N 点まで走り , そのあと直流機の 機留 1 ~ 3 番線に誘導で下がって留置となる . この方式は , 列車を停車させて機関車の付替え を必要とすること , 機関車のロングランができず 運用効率を上げることが困難であること , 地上設 備に多くの費用がかかることなどの欠点があり , その後の交直接続には交直両用電気車の開発とあ いまって車上切換式によることとなった . なお , 黒磯駅については昭和 43 年 10 月から特急 電車に対して列車選別車上子を , 地上には下り第 2 および上り第 2 閉そく信号機付近に列車選別の 地上子を , 1 番線と 5 番線の進入部分にデッド・ セクションを設け , 通過列車はこれにより車上で 交直の切換えを行なえるようにした . ②車上切換式 これは 2 駅の中間あるいは構内の特定区間の架線 にデッド・セクション ( 無加圧区間 ) を設けて , 交直両用の電気車がこのセクションを通過中に車 上の交直機器の切換えを行なう方式である . この 方式は高価な交直両用の電気車をたくさん製作し なくてはならないが , 切換えのための停車は不要 となり , 地上設備が簡単になるので , 昭和 36 年の るようになった . ョーロッパでも新しい接続個所 手間をはじめとして , 各所でこの方式が採用され 常磐線交流電化の際 , 接続個所となった藤代ー取 写真 : 荒川和敬 円 62 ー 12 ー 3 米原ー田村間にて 通過中の ED301 テッドセクションを 特 92 印 30 に第 ュ 第を“ 田村にて円 62 ー 3 ー 13 ークな凸形電機 ED30 の活躍した北陸本線米原ー田村間 写真 : 岩沙克次 57

10. 鉄道ファン 1976年11月号

モノ、 452 ーけ 赤羽にて 円 6 第 9 ー 6 写真 : ク、保 クモノ、 455 ー 44 赤羽 : こて 1964 ー 9 ー 写真 : 久保 敏 位置を変更 , さらにクモハ 45515 ~ クモハ 47535 ~ は座 る . 台車は改良形の TR69B を装備している . 席の形状が改良された . 台車は DT32B . なお昭和 50 年 10 月に , サハシ 45518 がクハ 455201 に改 ・モハ 454 ・モハ 474 (M 造されている . 改造は郡山工場 . クモハ 455 ・ 475 とユニットを組むノヾンタグラフ付の中間 ・サロ 455 (Ts) 電動車である . 主電動機の容量増加 , 抑速プレーキ装備 抑速プレーキ装備のためサロ 451 とは制御回路が異なっ 等で機器容量は増加している . モハ 450 ( 470 ) ・ 452 ( 472 ) ているが , 車体・室内はサロ 451 と同じである . にあった整流器用冷却風取り入れグリルが廃止されたか なお , 本形式は最初から冷房付 (AU12S) で登場し わりに , 低屋根部の通風口が増設された . また従来クモ た . またサロ 455201 ~ 203 はサロ 45123 ~ 25 の改造車である . ハにあったコンプレッサもモハ 454 ( 474 ) に移され , 同 ( 表 2 参照 ) 時に C2000 形へ大形化された . ・サハシ 455 (TB) モハ 4549 ~ , モハ 47435 ~ においては拡声器取り付け位 車体構造・外観・室内はサハシ 451 と同じであるが , 昭 置の変更 , さらにモハ 45415 ~ , モハ 47435 ~ では座席の 和 40 年以降のサハシ 45521 ~ はビュフェ内窓側に新幹線 形状が変更された . 台車は DT32B . と同じような F R P 製の椅子が設けられた . またモハ 454 ( 474 ) の項で述べたようにコンプレッサが大形化さ れたためサハシ 451 とは異なって , このサハシ 455 には コンプレッサが搭載されていない . 客室は後で冷房化されたため A U 13 E となっているが ビュフェ側は A U 12 S となっている . なお 60Hz 用のサ ハシは「そは」コーナーが「うどん」コーナーとなって いる . 昭和 50 年 10 月にサハシ 45518 がクハ 455201 へ改造さ れた . ・クモハ 457 (Mc) 50 ・ 60Hz 共用化のため形式変更となった制御電動車で クモハ 455 ( 475 ) と同構造の車両である . 近年の新形車 両と同様に , 改良形座席やステンレス製ドアとなってい るほか使所や天井板などの材質変更 , 冷房化にともなう モハ 474 (60Hz) T M 田 日 S 22 モハ 454 (50Hz) T M 9 , 9 B 日 S 22 A 主変圧器 整流器 ・クハ 455 (Tc) 抑速プレーキ装備のため新形式となったほかは , クモノ、 453 と同じである . クモハ 455 ( 475 ) ・モハ 454 ( 474 ) と同じく , ~ は拡声器の取り付け位置が変更となり , さらに 45536 クハ 45547 ~ は座席が改良されている . のち冷房化にと もない冷房用電源として 11()kVA の NIG が搭載された 451 系と同じく付すい車として 50 ・ 60Hz 共用となってい 39