男 - みる会図書館


検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」01 -古典文学集
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1. 集英社ギャラリー「世界の文学」01 -古典文学集

したあの男に、おそらく出会うにちがいないというのであっ ら、そんな役にも立たない無駄骨をやめにして、それより手 6 / 数のかからぬもっと物好きでないやり方で、本当の持主が出 「そいつあどうも、わしにはできませんや」と、サンチョがて来るまで、わしが後生大事にもっていたほうがよろしゅう ス こいつはきっとわしがそいつを テ答えた。「だってわしは、旦那さまとはなれたが最後、たちございますわい。おまけに、 まちおっかなくなって、いろんな恐ろしいことや身の毛のよ使ってしまった頃でしようよ。その時になれば、王さまもわ セだっ幻が押し寄せてまいるんです。だからこれからはわしをしを大目に見てくださろうというもんでさ」 旦那さまのそばから、それこそ指の先でも離さないように、 「サンチョ、それはおぬしの間違いじゃ」と、ドン・キホー わしの申し上げることをしつかと覚えておいてくださいまテが答えた。「すでにわれわれは、そもそも何びとが持主か 1 し という疑問を抱いていて、しかも今にもわれらの前に現われ 「いや、そういたすとしよう」と、憂い顔の主が答えた。そうだとしてみれば、われらは是が非でもその男をさがして、 「それにしても、そなたが拙者の勇気に頼ろうという気にな品物を返さなければならんのじゃ。ところでわれわれがあの ったと申すことは、拙者何より満足じゃ、このわしの勇気は、男をさがさないとしたところで、あの男が持主だと思いこん たといそなたの魂が身にそわなくとも、けっしてそなたを見だ疑念によっても、われわれはあたかもあの男が持主ででも すてることはない。それではわしの後からばつばっとなり、あるかのごとく罪を犯したことになるわけだ。してみればじ おぬしにできるようについてまいるがよい、そのかわりそな や、サンチョ、おぬしは別にあの男をさがすことで心を痛め ちょうちん るにはあたるまい、あの男を見つければ、わしの心のなやみ たの両眼を提灯のごとく開くのだ。われわれはこの小高い みね 嶺をぐるぐる回るとしよう。そうすればさきほど見たあの男も消えうせる道理だからな」 に出会うに相違ない。あの男が別人ならぬわれらの見つけた こう言い終わると、彼はロシナンテに拍車をくれた、する とサンチョもヒネシーリョ・デ・。ハサモンテのおかげで、歩 ロ物の持主だとい , っことはいさき、かも疑いないところじゃ」 これに対してサンチョが答えた。 いて荷物を背負いながらその後に従った。そうして山をかな り回ったとき、彼らは小川の中に落ちた、半ば犬に食われ、 「あいつは探さないほうがよろしゅうございますよ。なぜな からす くつわ らもしもわしどもがあの男を見つけ出して、ひょっとしてこ烏につつかれて、鞍も銜もつけたまま死んでいる騾馬をみ つけた。こ , つい , っことがし》 っそうさきに逃げた男こそこの のお金の持主だとしてごらんなさい。そうなればわしがそい つを返さなきゃならないことは間違いございませんよ。だか 騾馬と鞍敷きの持主に違いないという彼らの疑いをあおった。

2. 集英社ギャラリー「世界の文学」01 -古典文学集

よ。それというのが、「今年は大麦をまけ、小麦はまくな。てんで見当もっかないありさまでした。もうこの頃には、グ いんげんまめ 、大麦はいけない。来年はオリ リソーストモの父御が亡くなって、あの男は動産不動産の大 今年は隠元豆をまいたらいい した財産やら、少なからざる牛馬羊の獣やら、お金をしこた ープ油の豊年だ。つぎの三年はただの一滴もとれまい』など ス テ まゆずりうけたものでした。つまり、あの若い衆はこういう と言うようにあの男が教えてくれるとおりにみんな従ったか ン らなんです」 大した身代を何から何まで、思いのままにできる身分になっ セ「そういう学問は占星学というんです」と、ドン・キホーテたというわけですが、まったくの話がちゃんとそれだけの値 打のある男でござんしたよ。何せあの男は仲間としても申し が教えた。 いつも正直者の味方で、見る 「なんというかは存じませんがね、ただわしの知っているこ分のない、思いやりのふかい、 とは、あの男はそういうことを何もかも知っていたばかりか、 だけでも神さまにお礼を申したくなるような顔つきをしてい もっとほかのことも知っていたということでさ。で、とどのたんですから。その後あの男が身なりを変えたのはほかでも つまりが、あの男がサラマンカから帰って幾月もたたないこない、たださきほどわしらの仲間の若い衆が名前を言った、 ろ、ある日これまでの学生の着るような長い衣服をぬぎすてあの女の羊飼いのマルセーラの後を追って、そこいらの野山 っえかわごろも て、牧人の杖に革衣という羊飼いの身なりでひょっこり現をあちこち歩き回りたいからだったということが知れわたり われたのですが、あの男のごく仲の好い友人で、その昔勉強ました。つまり、あの気の毒な死んだグリソーストモはあの 仲間だった、アン。フローシオという男も、やつばり同じよう女にぞっこん惚れていたんでさ。そこで、この娘っ子がいっ たいどういう女か、ここでお話ししようと思うんですが、こ に羊飼いの身なりに姿をかえたんです。お話しするのをつい コプラス 忘れていましたが、死んだグリソーストモは小歌っくりのなれは是非とも知っていただかないとエ合が悪いんです。きっ 一んか かなかの名人でしたよ。したがって降誕節の前夜の讚歌もっと、いや、きっとでなくっても、あなたさまはこんなことは し、たとい くれば、聖体祭の芝居もっくるというふうで、これを村の若生まれてこの方お聞きなすったことはござんすま、 サルナ いずれもなかなかすば 旦那さんが疥癬より長の年月生きておいでなすったところで い衆連が舞台にかけたもんでしたが、 らしいものだと評判いたしていましたつけ。ところでこの二ね」 ぐあい 「いやさ、サールラと申されい」このときドン・キホーテは、 人の物識りがこんなエ合に思いがけもなく、羊飼いの身なり 相手の山羊飼いが言葉を言いそこなうのに我慢できなくなっ になったのを眼にすると、村の連中はみんなびつくりして、 何がもとでこの二人がこんな突拍子もなく姿をかえたものか、て口をはさんだ。

3. 集英社ギャラリー「世界の文学」01 -古典文学集

を申すのです。つまりこの罪人は拷問にかけられたあげく、 「船役と申すのはなんだ ? 」と、ドン・キホーテが聞いた。 よっあしし 「船役というのは徒刑船のことでさあ」と、この徒刑囚が答犯した罪を白状したのです、そいつは四足師、つまり家畜の えた。 泥棒だったんです、そうやって白状したおかげで、今では背 むち この男は二十四歳くらいの若者であったが、みすからピエ中に受けてしまった二百の笞たたきにかてて加えて、六年間 ドライータの生まれだと語っていた。ドン・キホーテは二番の船懲役を申しわたされたというわけです。で、この男がし よっちゅう案じ顔でふさぎこんでいるのも、この男が白状し これはいやにふさいで考 目の男にも同じことをたずねたが、 きもたま えこんでいて、ひと言も答えなかった。しかし最初の男がこて、いえと言いとおすだけの胆っ玉もなかったというので、 まだかなたに残っている仲間の泥棒も、ここへいっしょに来 れにかわってこう言って答えた。 いたぶった 「こいつは旦那、仲間じやカナリヤでとおっているんで、音た連中も、よってたかってこの男をいじめたり、 オしからなんです。 り、冷やかしたり、てんで人間扱いにしよ、 楽師で歌い手というわけでさあ」 。し』も字数はおんなじ 「異なことを聞くものじゃ ? 」と、ドン・キホーテが一言葉をなにしろこの連中は、『いえ』も『ま、 返した。「音楽師で歌い手だと、やはり徒刑船へまいるのだ。だから証人だの証拠品の舌によらないで、ただ罪を犯し た当人の舌一枚に、生きるか死ぬかがかかっているというこ 「そうなんですよ、旦那」と、徒刑囚が応じた。「もだえてとは、罪人には大した仕合せだというんですが、こいつはど うもわしもそう的はすれじゃないと思いますよ」 歌 , つくらい亜いことは、こぎ、んせんからな」 「いや、拙者も同感ですな」と、ドン・キホーテが答えた。 「わしの聞きおよぶところでは」と、ドン・キホーテが言っ それから彼は、三番目の男に近づいて、ほかの連中に聞い た。「歌うものは憂さを払うと申すことだが」 しと了も たのと同じ質問をした。すると、この男はさっそく、 「この世界じゃまるであべこべでさあね」と、徒刑囚が言っ テ 一た。「一度うたったが最後、その男は一生泣くんですからね」ほがらかにこう言って答えた。 ホ 「わしは十ドウカードの金が不足したおかげで、五年間お船 「はあてわしには一向に合点がゆかんが」と、ドン・キホー っ子のところへ行くことになったんでさあ」 ンテが一一 = ロった。 「そなたを苦役から救うためなら、拙者は喜んで二十ドウカ すると、警護役の一人が口を出した。 ード進呈しよう」と、ドン・キホーテが一一一一口った。 「騎士殿、こういう正しからぬ手合いのあいだでは苦しまぎ 「そいつはちょうど」と、この徒刑囚が答えた。「海のまん 問にかけられて白状すること れに歌をうたうというのは、拷

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した。ところでトルラルバはいよいよロー。へに袖にされてみまで来ているのが見えたし、涙を流したり口説きたてたりし ると、これまではついそその男をいとしいなどとは思ったこてさんざん苦しめられるに違いないと思ったからだと申しま す。しかしこの男が一生懸命そこらを見回しているうちに、 ともなかったのに、急に男が好きになりましたのじゃ」 「それが女子どもの本来の性質だ」と、ドン・キホーテが言一人の漁夫が見つかりましたが、これが自分の側に人一人山 葉をはさんだ。「好いてくれる男を袖にして、自分たちをき羊一頭やっと乗るくらいのごく小さな舟をもっていました。 そこで、ともかくも、この漁夫に話をして、自分と連れてい らっている男を慕うというのが。さあさきをつづけるがよい た三百頭の山羊を渡してくれるように話をつけました。そこ サンチョ」 で漁夫は小舟に乗って、山羊を一頭渡しました。帰って来て、 「さてそこで」と、サンチョが言った。「この羊番の男はい よいよ自分のもくろみに手をつけることになりましての、そ次の一頭を渡しました。また帰って来て、また別の一頭を渡 しました。旦那さま、この漁夫が連れて渡る山羊の数をかそ こで、山羊の群を先に追いながら、ポルトガルの土地へ向か えてくださいましよ。たとい一頭でも数を覚えちがうと、こ おうと、エストレマドウーラの野原を進んでまいりました。 それと知ったトルラルバは、男のあとを追っかけて、歩いて、の話は台なしになって、それつきりひとことも話せなくなり ますんでね。そこで、ようござんすかい ところで、向う岸 おまけにはだしになって、後ろのほうからついて行きました。 の船着き場は泥んこだらけでおまけに滑るんで、漁夫は往く 手には巡礼の杖をもち、頸に袋をかけて、その中には鏡が一 こびん さ帰るさにえらく暇がかかりました。それでも奴は次の山羊 かけら、櫛が一本、それに顔につける白粉の小壜だかなんだ か入れておったということでさ。しかし何を持っておろうがをとりに帰って来ました。それからまた次のやっ、それから 別にかまいやいたしません。別にわしは今ここでそんなこと次のやっと」 「も , っ山筆卞は残らず渡したことにするがよいぞ」と、ドン・ をせんさくいたすつもりじゃありませんからの。ただわしが 申したいことは、いよいよこの羊番が山羊の群をつれてグワキホーテが一一 = ロ葉をはさんだ。「そんなエ合に行ったり来たり ディャーナ河へついて渡ろうとしましたが、ちょうどその時するのは止めにせい。それでは一年たっても山羊は運びきれ は水かさがふえて、川床からあふれるほどで、おまけにこのまい」 ン 「今まで何頭渡りましたかい ? 」と、サンチョがたすねた 男が着いたところには船も小舟も、この男と山羊の群を向う 「わしが何を馬鹿な、さようなことを知っているというの 岸へ渡してくれる人間もおりませんでしたが、これにはほと カ ? 」と、ドン・キホーテが一一一口った。 ほと困ってしまいました。と申すのもトルラルバがすぐ近く っえ くび おしろい そで ど

5. 集英社ギャラリー「世界の文学」01 -古典文学集

ために主婦は、召使の奴隷となり、ちょうどカミーラの場合も、この時だけはいつもの思慮をすっかりなくして、いつも にそうなったように、召使の不身持ちゃ、ふしだらさをかえのそっのない思考力も忘れてしまったとしか思われなかった。 って隠してやらなければならないようにするものである。事というのは、すばらしいどころではない、 ・もっともらしい田 5 ス テ実、カミーラは、一度ならず幾度か小間使のレオネーラが、案一つまとめもせす、アンセルモが起きるのを待っこともし 家の一間に男といっしょにいるのを見かけたが、小間使を叱ないで、ただ胸をかむ嫉妬と怒りに目がくらんで、やっきと ふくしゅう セろうとしなかったばかりか、その男をかくまう場所を与えてなって、何ひとついやなこともしなかったカミーラに復讐 やり、夫に見つからないように便宜さえはかってやった。し しようともだえながらとびこんでいって、アンセルモにこう かし、こういう努力も、ある日の明け方、男が出て行くのを言ったのである。 ロターリオが見るということを防ぐことはできなかった。そ 「じつはね、アンセルモ、僕はもう何日も前から、僕自身と れが誰なのか知らなかったのでロターリオは、最初は幽霊かたたかい このうえ君に隠しておくことはとてもできない、 と思った。しかし、用心深く、外套にくるまって顔を隠しなそれに正しくないことをなんとか黙っていようとしてきたん がら歩いて行く姿を見ると、彼の単純な考えは消え失せて別 だ。じつはカミーラの城がもう落ちてしまっているんだ。そ の考えに変わったが、カミーラがなんとかとりつくろわない して、僕があの人をどうしようと、自由になっているんだ。 限りみんなの破滅になったにちがいなかった。こんな時刻に この事実を君に早く打ち明けなかったのは、あの人の一時の アンセルモの家から男の出て行く姿を見かけたので、ロター気まぐれではないか、それともあの人が僕をためそうと、僕 リオは、その男がレオネーラのために家にはいり込んでいた が君に許されてもちかけた恋が本心から出たものかどうか知 とは思わなかったばかりか、この世の中にレオネーラがいるろうとするのではあるまいかと疑っていたからなんだ。しか などとは田 5 い出しもしなかった。カミーラが造作なく、気軽 しまた、あの人が当然そうあるべき女、つまり君と僕が考え に自分に許したように、ほかの男にもそうだったのだと思、 ていたとおりの女ならだよ、僕の言いよったことをとっくに 込んだというのは泣きっかれ口説かれたあげく、身をまかせ君に話したろうと思ったんだ。ところがいつまでも言わない た男に対してさえ貞操の信用がなくなり、男からは他愛もな ところを見ると、僕に与えた約束も本当だったんだね。つま くほかの男にも身をまかせる女だと思われ、そこから生まれり今度また君が家をあけたら、君の貴重品のしまってある納 つもここでカミーラとロ てくるどんな疑惑も、間違いなしと信じこまれるというのが、戸で僕と会おうというんだが 不貞な女の不貞につきものだからである。しかしロターリオターリオのあいびきが行なわれたことは事実だった 力いとう

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アイスキュロス 62 リーニュス 復讐女神らが織りなした衣につつまれ、この男が このとおり倒れ臥しているのを見ればだ、わたしらには うれ ~ 嬉しいことよ、 おや とうとう父祖たちがしたたくらみの償いをする羽目にな ってな。 さればこの男の父親で、この国の王であったアトレウスが、 あか わたしの父であるテュエステースを、それも明らさまに言 えば 自分の兄弟である者を、国王の位についてとにかくしたと て、 みやこ この国都からも家居からも追放してしまったのだ。 そしてふたたび家へと仲直りをもとめて戻って来た折、 。いかにも安固 あわれや、テュエステースが見出したのま、 なさだめであった、 自身が殺され、父祖の床を血に染めるのではなかったゆえ、 接待にと、この男の神を畏れぬ その場でもってな。だが、 父 アトレウスは、わたしの父へ親切以上な気の入れ方で、 を騨り肉を捧げる祭り日をいとも陽気に ししむら 行なうと見せ、息子らの肉を食膳にすすめたのだ。 足のところや手の先の指などをば ・一人別座についていながら。 細かに刻んで上へ : この何ともわからぬものをさればその場は知らぬがま まに取り上げ、 食ったのだ、その、皆の衆も見るとおり、呪われた食物を それから後でこの怪しからぬ所業を悟ると、 わめ 声をあげて嘆き喚いた、してうち倒れ、肉片を嘔き出しな がら、 ペロプスの裔のやからに恐ろしい運命を祈り寄せたの あしげ その呪いに力をかすと食卓を足蹴に倒し、 やから まさしくかようにプレイステネースの族が残らず滅びよ、 とな。 わ これでもって、見られるとおりこの男が殺されたその理 由も唐られよう。 ちゅうさっ そしてわしは正義によるこの男の誅殺の計画者なのだ、 おやじ というのも、気の毒な親父にとっては、正義を求める三人 目 ( の子 ) に 当るというて、もろともにまだ襁褓の中の幼いわしを追出 しおったが、 それを大人になってから正義はふたたび連れ戻したのだ。 して外にいながらわしはこの男を仕留めてくれた、 てだて 禍いをはかるあらゆる手段を織りめぐらしてな。 さればこそ今は死ぬさえもわしにとっては結構なこと この男がこう正しい裁きの網にかかって果てたのを眼 に見るからは。 すえ むつき だ

7. 集英社ギャラリー「世界の文学」01 -古典文学集

はくだっ では、この男はひどくおしゃべりで、そのうえなかなかのラ 公民権剥奪ですな」と、役人がひきとった。「この男こそは、 あの名高いヒネース・デ・パサモンテ、またの名をヒネシー テン語通だということであった。 リョ・デ・ ハラピーリヤと呼ばれるんだとご承知くだされば こういう連中の後から、三十歳くらいの、なかなか立派な顔 ス ゃぶ つきをした男がやって来た。もっともこの男はいささか藪に申すことはありません」 ン 「もしお役人さん」と、このとき徒刑囚が口をはさんだ。 らみであった。この男はほかの連中とはまるで違うようにい あだな セ ましめられていた。というのは足にひどく長い鎖をつけてい 「お手やわらかに願いますぜ。お互いに名前だの綽名だの言 たが、これがからだじゅうをぐるぐる巻いていたし、頸には いたてないように願いたいね。わしの名はヒネースだ。ヒネ み。ようじ くびかせ シーリョじゃありませんぜ、パサモンテがわしの苗字さ。み 二つ首枷をつけて、ひとつはさきの鎖につながり、もう一つ は、友枷とか友脚とか呼ばれている首枷であった。これからなさんのおっしやるようなバラピーリヤじやござんせん。お 帯のあたりまでとどく二本の鉄棒がさがって、これにとりつ互いに自分の頭の蠅を追うことさ。でなきやろくなこたああ けた二つの手錠の中に両手をいれていたが、これがまたがんりませんぜ」 じような南京錠をつけているのだから、両手を口へもって行「もう少しおだやかに一一 = ロうがいいそ」と、役人がたしなめた。 くことも、顔を手のところへおろすこともできない始末であ「ここな大泥棒の番外めが、痛い目を見て黙らせられたくな とういうわけでこの男だけ、 った。そこでドン・キホーテは、。 いとしたらな」 ほかの連中よりものものしくいましめられているか聞いてみ「人間てやつは、神さまの思召し次第だってことは仕方があ りませんがね」と、徒刑囚が答えた。「しかしね、いっかは、 た。すると警護の役人が答えるには、この男ひとりで、ほか ハラピーリヤと呼ぶか呼ばないカ の連中が犯したものを全部あわせたよりもたくさんの罪を犯わしがヒネシーリョ・デ・ わかろうというもんでさ」 している。それにこうやって護送していても、油断できない どころか、逃げやしないかと恐れているくらい、じつに大胆「したが、世間じゃお前を現にそう呼んでいるじゃないか、 このいかさま師めが ? 」と、警護の役人が言った。 不敵な大した悪党だからだというのであった。 「そりや呼んでいますがね」と、ヒネースが答えた。「しか 「いったいどんな罪を犯したというのです」と、ドン・キホ し、今に呼ばせないようにしてお目にかけまさあ、でなきや、 ーテが言った。「徒刑船でなければふさわしい刑罰がないと ちょいと大きな声じや言いにくい場所から、そいつの毛を引 い , つのは ? ・」 っこ抜いてやるばかりでさあね。ところでお侍さん、何かわ 「この男は十年間の懲役にまいるんですが、こいつはいわば はえ

8. 集英社ギャラリー「世界の文学」01 -古典文学集

871 ドン・キホーテ か ! 」と、ドン・キホーテが答えた。 をおろして、彼らの中の四人の男が、鋭いつるはしをふるつ 他の連中も残らすこの二人のやりとりをじっと聞きいりなて、堅い岩の側面に墓穴を掘っているところであった。 あいさっ がら進んで行ったのであるが、さすがに山羊飼いや羊飼いの彼らはお互いにうやうやしく挨拶をかわした。それからド 連中にいたるまで、わがドン・キホーテの度をはずれた気違 ン・キホーテをはじめ一行の者は、さっそく棺をのそきこん いぶりをはっきりとさとることができた。ひとり、サンチだが、棺のなかには羊飼いの服装をつけた、見たところ三十 ハンサは、相手の人柄も知っていれば、生まれてこの方歳くらいのくさぐさの花でおおわれた遺骸があった。それは なじみ ふうば・つ の馴染でもあったので、主人の言ったことをそのまま本当だ死んでいても、生前は顔立ちひいでた、男らしい立派な風貌 と思っていた。で、いくぶん腑に落ちなかったことと言えば、の男だったことを現わしていた。棺の中には彼のまわりに幾 あのみめうるわしいドウルシネーア・デル・トボーソの一件冊かの本と、開いたり閉じたりしたおびただしい書き物があ を信ずることであった。それというのも彼がトボーソからあった。そうして、これを見ている者も、墓穴を掘っている者 れほど近いところに住んでいたのに、これまでついそそうい も、その他そこに居合わせた者はひとしく、妙にしばらく黙 う名前も、そういう姫君も耳にしたことがなかったからであっていたが、やがて遺骸をここまで運んできた中の一人の男 中司の一人に話しかけた。 る。こういう話をまじえながら行くうちに、二つの小高い山がイ尸 はギ、ま 「ねえ、アンプローシオ、あんたは故人が遺言で言いつけた のあいだの狭間を、二十人におよぶ羊飼いが、いずれも黒い 毛皮の衣をつけ、これは後でわかったことであるが、ある者ことを、そのままそっくり守りたいというんだから、ここが はたしてグリソーストモの言った場所かどうか、ようく見さ は水松の、ある者は糸杉の花輪をかぶって降りてくるのが眼 だめてもらいたいもんだね」 についた。そのうちの六人の男は、たくさんのとりどりの花 「ここだともき」」と、アンプローシオが応じた。「なにしろ や木の枝でおおった棺をかついでいる。すると、これを見た ここで、わしの気の毒な友達は幾度も幾度も、自分の不仕合 山羊飼いの一人が言った。 し力、 「あそこへやって来るのが、グリソーストモの遺骸を運ぶ連せをわしに語ったものさ。あの男が例の人間の敵ともいうべ ふもと 中ですよ。あの山の麓が、あの男が死んだら埋めてくれと言き女を最初に見染めたのもここなら、恋い慕うばかりか誠実 な自分の思いのたけを女に打ち明けたのもここだったし、最 い遺した例の場所なんです」 そこで一同は少しも早く向うへ着こうと道を急いだが、彼後にマルセーラがあの男の夢をきつばり断ち切って、あの男 らが着いた時には、すでに遺体を舁いで来た連中は地面に棺に恥をかかせたあげく、あの男のみじめな一生の悲劇の幕を ひつぎ かっ

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うたれ、この気の毒な狂人が何者であるか知りたいという熱 います。なぜかといえばあの男が気違いの発作を起こしてい るときには、たとい羊飼い連中がこころよく食べ物をさし出意をいっそう心に抱いて、これまで考えていたことを是が非 したところで、それを受けつけないで、相手をなぐりつけてでもやりとげようとかたく心に決めた。それはその男を見つ ス どうけっ と、も けるまでは、この山中をくまなく探索して、どんな隅も洞穴 取りあげるのですからな。これが正気でいるときは、し ン 丁寧に礼儀正しくどうかお慈悲でと申して頼み、相手の親切も見のがすまいということであった。しかし偶然は彼が思っ たよりも、彼が予期したよりも彼の上に幸いした、なぜなら セに対してはしきりにお礼を言い、涙さえ流す始末です。とこ ろでじつを申しますと、旦那方」と、山羊飼いはなおも言葉ちょうどこの時、彼らの居合わせた場所に口を開いていた山 をつづけた。「昨日のこと、わしと四人の若い衆とは、そのの谷間から、見つけようという当の若者が姿を現わしたから うちの二人はわしの召使で、あとの二人はわしの仲間ですが、である。この男は何やらひとりごとを言いながらやって来た が、これは近くで聞いてもなんのことかわからなかったに違 なんとしてもあの男を見つけ出すまでは草を分けても探そう いやおう いないのだから、まして遠くではわかろうはすもなかった。 と決心いたしました。そうして見つけ出したら、否応なしに、 こ、こ、、トノ・キ丁 バルの町へみんなで連れ彼の着物はさきに述べたとおりであったが、オた ここから八里ばかりあるアルモドー て行って、あの男の病がなおるものなら、あそこでなんとかホーテが相手の近づいてきたとき見ると、彼の着ているばろ そで りゅうぜんこう ばろの袖無しの胴着は竜涎香をたきこんだものであった、 手当てを加えよう、それともあの男の正気のときを見はから って、なんという人かたずねたうえ、あの男の災難を知らせこれから考えても、こういう衣服を身につけている人物にい てやる身内があるかどうか聞いてみようと申すのです。旦那やしい身分の者はいないはずであった。 しやが 若者は彼らのところへやって来ると、調子のはずれた嗄れ 方のおたずねに、わしがお答え申せるのは、つまりこれだけ あいさっ でございます。ところであなた方のごらんなすった品々の持た声ではあったが、さすがに礼儀正しく挨拶を述べた。ド 主は、やつばりあなた方のお見かけなすった、あの裸でひどン・キホーテもこれに劣らぬ丁寧さで挨拶を返して、それか くすばしつこく走って行った男だということは間違いありまらロシナンテから降りて、いかにも優しい身ごなしで相手を 両手に抱きしめようと近づいた。そうしてあたかもすっと昔 というのは、すでにドン・キホーテが尾根づたい せん」 っ ) レじ、 から相手を知っていたかのように、ややしばらく、ひしと相 しひ歩いて行った例の男を見たということを、山羊飼いに 手を両腕に抱きしめていた。相手の若者は ( ちょうどドン・ 話していたからであった。 彼はこれまで山羊飼いから聞いた話ですっかり奇異の感にキホーテを『憂い顔の騎士』と呼んだように ) 、われわれは

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859 ドン・キホーテ うからなんだ。そのほかまだいろんなことを遺一一 = ロしているん「そりやまあとにかく、おれたちはお前にお礼をいうぜ」と、 げどう だが、どうもそいつは村の坊さん方の話では、何しろ外道めペドロが答える。 いたことだから、そのとおりにするわけにもいかなししま ところで、ドン・キホーテはペドロにむかって、死んだ男 たそのとおりにしてやってはいけないというんだよ。すると はどういう人物だったか、女羊飼いはどういう女であったか これに対して、あの男の大の仲好しだった物識りのアンプロ 話してくれるように頼んだ。それに対してはペドロは、自分 シオがね、あいつもやつばりあの男のように羊飼いの身なの知っているかぎりでは、死んだ男はこの山国のある村に住 だんな りをしていたつけが、あれがどんなことがあっても、グリソんでいた、お金のある家柄のよい旦那衆で、かってはサラマ ーストモが言い遺したことを、ひとつのこらずしてやらなけンカで長い年月勉強をしていたが、それが終わると生まれた ればならんと答えたんだ。ところがこれで村じゅう大騒ぎさ 。村へ帰って来たが、なんでもじつによく知っていて、よく本 しかしとどのつまり、アンプローシオやあの男の仲間の羊飼を読んでいるという評判であった。中でも、世間の噂による い連中の思いどおりになることになって、明日はわしがさっ と星だの、あの空で太陽や月におこることだのの学問を知っ き話した場所へ堂々と埋葬するということだ。こいつあきっていたということで、その証拠には太陽や月のしよというも と大した見ものに違いないとおらあ思うよ。よしんば明日はのを間違いなく教えてくれたものだと答えた。 村へ帰るわナこま、ゝ しし。し力ないにしたところで、せめてこいつだ 「蝕というんです、しょではない、あの二つの天体が暗くな けは見のがせないね」 るのはな」このときドン・キホーテが口をはさんだ。 おれ イ、イ、い 「俺たちもみんなそうするともさ。だから、誰が残ってみん しかしペドロはこういう些細な間違しし。 、こよ一向に気がっか なの山羊の番をするか籤をひくとしよう」と山羊飼い連がす、平気で自分の話をつづけた。 口々に答えた。 「そればかりか、あの男はいつが豊年かいつがきけんかも言 「お前なかなかいい ことを一一一一口うぜ、ええ、。へドロ」と彼らの いあてたもんでさ」 ききん 中の一人が口を出した。「もっともそんな面倒なことをする 「いや、それは飢饉というつもりでしような」こうドン・キ ことはないんだよ。俺がみんなにかわって残ってやるからな。ホーテが言った。 といったところで別に遠慮ぶかいからとか、俺が物見高くな「飢饉だろうときけんだろうと、大したことはござんせんが いからとか思ってくれちゃいけないぜ。ただね、このあいだね。とにかくあの男の一一一口うことで、それを信用していたあの 足にささった刺で歩けないからなんだよ」 男の父御や友達連は大した金持になったと、こう申すんです