リントン - みる会図書館


検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」03 -イギリス2
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1. 集英社ギャラリー「世界の文学」03 -イギリス2

お父さんは好きになれないや、知らないひとだもの」 ヒースの香りがただよう澄んだ空気と、あかるい陽ざしと、 「あら、どこの子供だってお父さんお母さんは好きなのよ」 ミニーのおだやかな足なみのおかげで、しばらくすると彼の わたしは申しました。「お母さんはきっと、あまりお父さん の話をするとあなたが行きたがると思ってらしたのよ。さあ憂鬱もおさまってきたのでしよう。これから行く家のことや、 はやくしましよう。こんなに晴れた朝はやく馬に乗れば、もそこに住むひとびとにいままでより興味をもって活発に質問 するよ , つになりました。 う一時間寝てるよりずっと気持ちいいわ」 「嵐が丘ってスラッシュクロス屋敷みたいに気持ちのいいと 「あの子もいっしょに一打くの ? 」とリントンは聞きました。 こ ? 」とたすねてリントンは、なごりおしそうに谷間を振り 「きのう会ったあの女の子も」 かえりました。谷からはうすい霧が立ちのばり、青空のすそ 「きようは行きませんよ」とわたしは答えました。 に綿雲となってたなびいていました。 「伯父さんは ? 」と彼はつづけます。 「お屋敷みたいにりつばな林にかこまれていないし」とわた 「いいえ、お供するのはわたしですよ」とわたしは申しまし しは答えました。「それほど大きくもないけれど、まわりじ まくら ゅうの景色がきれいに見わたせるのよ。空気もあなたのから リントンはまた枕にもたれて考えこんでしまいました。 もっと新鮮で、乾いてるから。はじめの 「伯父さんといっしょでなきゃいやだ」と彼はとうとう叫びたししし。 うちは建物が古くて暗いと思うかもしれないわねーーでもち ました。「どこへ連れていかれるかわからないもの」 ゃんとしたお屋敷で、このあたりではスラッシュクロスにつ 、こ一丁くのをいやがるなんていけませんよ、 お父さんこ会 く家柄なのよ。それに荒野を散歩してごらんなさい、すてき と言いきかせてみたのですが、それでも強情に抵抗してなに だから ! ヘアトン・アーンショーが この子もキャシー ひとっ着がえさせてくれません。とうとうご主人に応援をた さんのいとこだから、あなたともいとこみたいなものよね のみ、なだめすかしてやっとべッドからおろしました。 すばらしいところをみんな案内してくれるでしよう。そ か、わい挈」 , っこ、 しいよいよ出発するときリントンは、その場 くばち しのぎの口約束をいろいろ聞かされていたのです。じき帰っれにお天気のいい日は本を持ちだして、緑の窪地でゆったり 嵐てこられるとか、伯父さんとキャシーが遊びに行くとか。そお勉強もできるし。ときには伯父さんもいっしょに散歩して のほかやはりちっとも当てにならない話ばかりを、嵐が丘のくださると思うわ。しよっちゅう丘のあたりを散歩なさるか 道すがらなんどとなくわたしは思いつくままに言いきかせまら」 ゅううつ ひ

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と足さきに帰りました。 道にはこりが立ってるわーー、来たのよ ! ちがったわ , つになったら来るのかしら ? もうすこしさきまで行ってみ「ねえ、キャシー」とエドガーは玄関の石段の下で立ちどま って言いました。「リントンはおまえほどじようぶでも陽気 半マイルよ、エレン、半マイルでいいから。行き でもないし、それにね、お母さんが亡くなったばかりだろう。 ましようよ、曲がり角のあの樺の林まで ! 」 っしょに遊んだり駆けまわったりできると わたしは頑固にはねつけました。そのうちに、やっと待ちだから、すぐにい 思ってはいけないよ。それから、あまりうるさく話しかけな こがれたかいがあって旅行馬車が一台、視界にとびこんでき いことだーーーーせめて今晩だけは、そっとしておきなさい、 ました。 窓からのそいているお父さまの顔を見つけるやいなや彼女いね ? 」 「ええ、 ノノ」とキャシーは答えました。「でも会 はけたたましく叫び、両腕をひろげました。おりてきたエド ガーも彼女におとらない熱狂ぶりで、しばらくは自分たちふってみたいわ。一度も窓から顔を出してくれないんだもの」 馬車がとまり、眠っていた少年も起こされて、伯父さんに たり以外の人間のことなど眼中にないありさまでした。 彼らが抱きあっているあいだに、わたしは馬車をのぞきこ抱きおろされました。 「これがいとこのキャシーだよ、リントン」と彼はふたりの んでリントンのようすを見ました。彼は隅っこで眠っていて、 小さな手をにぎらせました。「キャシーはもうきみが好きに 冬でもないのに、裏に毛のついた暖かいマントにくるまって います。青白い、きやしゃな、なよなよした少年で、エドガなってるんだ。だから今夜は泣いたりしちゃだめだよ、キャ の弟かと思うほど瓜ふたつですが、顔にあらわれている病シーが悲しむからね。さあ、元気をおだし。旅行も終わった 的な気むずかしさだけは、はっきりエドガーとちがうようでし、あとはもう寝るなり遊ぶなり、きみの好きなようにすれ す。 あいさっ 「じゃあばく、寝たいよ」と少年はキャシーの挨拶にも尻ご のそきこんでいるわたしの姿を見てエドガーは、握手して から、馬車のドアをしめなさいと命じました。あの子は旅でみして、ひっこめた手で涙の出かかった目をふこうとします。 「さあ、さあ、おりこうさんにしましようね」と小亠尸で言い つかれているから、そっとしておこうというのです。 嵐キャシーもひと目みたかったのでしようが、来なさいとおながらわたしはなかへ連れてはいりました。「お嬢さんまで ごらんなさい、あんなにあ 父さまに言われて、いっしょに猟園をお屋敷のほうへ歩きは泣いちゃうじゃありませんか じめ、わたしは召使たちに出迎えの準備をさせるために、ひなたのことを心配して ! 」 がん、 ) しり

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代々の墓所に葬るべきだとさえ主張しました。けれども、遺かいもなく、逃亡の共犯者として痛い目にあわされました。 言がそれをゆるしませんし、わたしも声を大にして、遺一一一一口状 の指一小にそむくことはいっさいできないと拒否しました。 葬儀はあわただしくとりおこなわれました。いまはリント ン・ヒースクリフ夫人となったキャシーは、お父さまの亡き葬式をすませた晩、キャシーとわたしは書斎にすわって、 しめやかに亡きひとをしのび、とくに彼女は悲嘆にくれてい がらがお屋敷を出ていく日までそこにとどまることをゆるさ たのですが、そのあいまには不安な思いであれこれと、暗い れました。 彼女から聞いたところによりますと、ついにリントンも彼行く末のことを語りあいました。 キャサリンにとっていちばん望ましいのはこれからさき、 女の悲しみをみるにみかねて、危険をおかして逃がしてくれ リントンが生きているあいだだけでも、このままスラッシュ たのです。わたしのさしむけた男たちが戸口で押し問答して いる声を聞いて、ヒースクリフの返事も彼女にはほば察しがクロス屋敷に住んで、リントンもこちらで暮らし、わたしも ついたのです。彼女はすっかり絶望しました。ーーわたしが帰家政婦としてのこるのを認めてもらうことだと、ふたりの意 ってからまもなく二階の応接間にうっされていたリントンが、見が一致したところでした。虫のよすぎる解決法かもしれな いとは思いながら、やはりわたしはそれに望みを託し、そう それを見てあわてふためき、父親がまたあがってこないうち なれば住みなれたお屋敷や仕事とも、とりわけ愛するお嬢さ に鍵をとってきました。 彼はぬけめなく知恵をはたらかせて、鍵をあけたあとドアんとも別れなくてすむと考えて、ようやくあかるい気持ちに なりかけていたとき、下男のひとり 解雇されてもまだ立 をしめすに鍵だけまわしておきました。そして、寝る時間に なると、ヘアトンの部屋で寝たいと父親にたのみ、今夜だけちのいていなかったのですーーがあわててとびこんできて、 〈あのヒースクリフの悪魔〉がいま中庭をとおってこっちへ ならとゆるしてもらったのです。 キャシーは夜明け前に脱出しました。戸口から出ると犬に来るから閉めだしをくわせようか、と申します。 いまさら彼をしめだすなんて正気の沙汰ではありませんが、 蚯えたてられるおそれがあるので、あき部屋をまわって窓を 嵐しらべていたところ、たまたまむかし母親が使っていた部屋とにかくそんな暇はなかったのです。ノックするとか名をな もみ で、格子窓からたやすく出られたので、そばにある樅の木をのるとか、礼儀作法はいっさいぬきで彼はこの家の主人とし おくびよう ったって地面へおりたのです。リントンは臆病な小細工のて、主人の特権を行使してずかずかと、ものも言わすに侵入

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E ・プロンテ 230 彼はヒースの上に寝そべったままわたしたちが歩いてくる 「なんだかあなたの天国にいるみたいね」とキャシーは央活 のを待ち、ほんの数ャードに近づくまで起きあがりもしませになろうとっとめています。「いっか約束したでしよう、め ん。やっと立って歩きだすと、よろよろして、顔も真っ青な いめいがいちばん楽しいと思う場所で、好きなようにして一 ので、すぐにわたしは叫びました 日ずつ過ごしてみましようって ? ここはあなたの天国にち 「まあ、坊っちゃん、きようはとても散歩どころじゃありま かいみたい。ただ雲があるけれど、あんなにやわらかいやさ せんね。すいぶん顔色がわるくて ! 」 しい雲なら、陽が照っているよりすてきだわ。来週、あなた キャシーは悲しみと驚きの目で彼をながめていましたが、 のぐあいがよかったら、馬でスラッシュクロスの猟園へ行っ 口まで出かかっていた歓声は不安の叫びに、待ちこがれた再て、あたしの天国をためしてみましようね」 あいさっ 会の挨拶は気づかわしげな質問にかわり、いつもより悪いの リントンは、そんな約束のことなどおばえていないようで かと聞きました。 すし、とにかく話をつづけるのがつらくてたまらないのでし いいんだよ いいんだよ ! 」と彼はあえいで、 よう。どんな話題をもちかけてもちっとも興味をしめさない ふるえながら、ささえにすがるようにして彼女の手をにぎり し、もちろん自分でおもしろい話もできっこないのですから、 しめ、大きな青い目でおすおずと彼女をながめまわしていま彼女は失望の色をかくすことができません。彼のからだっき ものう す。その目もすっかり落ちくばんで、かっての物憂げなまな も態度も、どことなくすっかり変わってしまった感じです。 しようす・い たち ざしがいまは狂おしい倅にみちています。 すねていてもなだめすかせばすぐに甘える質だったのに、 「でも亜かったんでしょ , つ」とキャシーはさらに一一 = ロいました。 まはただだるそうで無気力ですし、ちやほやされたいばかり だだ 「このまえ会ったときよりも悪いわーー・やせたし、それに にわざと駄々をこねたりするひねくれた子供というより、 ふきげん かにも自分のことしか考えない不機嫌な慢性の病人らしく、 「疲れてるんだよ」とリントンはあわててさえぎりました。 なぐさめを受けつけないし、善意の他人の陽気さを侮辱とう 「散歩には暑すぎるもの、ここでやすもうよ。それに、朝のけとってしまうのです。 うちはどうも調子がわるいんだ 伸びざかりのせいだとバ キャシーもわたしとおなじことに気づいたようです。リン パは一一一一口ってるよ」 トンはわたしたちといっしょにいることを , つれしがるどころ ちゅうちょ なっとくできない顔でキャシーはすわりこみ、彼はそのそか、罰として我慢しています。そこで彼女は躊躇なく、帰 ばに横になりました。 りましようと一一一一口いだしました。それを聞くとリントンは意外

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E ・プロンテ 228 間ですが、彼女はそれをゆるしてくれました。伯父さんもど た。父が反対なのでお屋敷へはうかがえませんが、お心づか いはありがたく思いますし、そのうち散歩のおりにでもお目うか彼女に免じてゆるしてください。健康はどうかとのおた にかかって、じかにお願いしたいと思っています、お嬢さんずねでしたがーーー・よくなっています。でも、あらゆる希望か とばくとがいつまでも会えない状態をなんとかしていただくら切りはなされて、孤独をしいられ、ばくに好意をもったこ よ , っこ。 ともなければ、これからももつはずのないひとばかりに囲ま このあたりの文章はすなおですし、おそらく自分で書いたれて、暮らしていかねばならないとすれば、どうして央活に、 のでしよう。キャシーに会いたいという願いならば彼でもう健康になれるでしよう ? 」 エドガーは少年をふびんとは思いながらも、願いをかなえ まく表現できることを、ヒースクリフは知っていたわけです。 てやるわけにいきません。キャシーを連れて出られるような そのつづき 「ばくは彼女にこちらへ来てくれとは申しません。でも、父からだではないのですから。 彼はリントンに、夏にはたぶん会えるだろうと思うから、 はばくがそちらへ行くことを禁じますし、あなたはキャシー がこちらへ来るのを禁じていらっしやるとすれば、ばくは、水それまではときどき便りをくれるようにと伝え、家庭内での 久に彼女に会えないのでしようか ? どうか彼女を連れてと彼のつらい立場はよくわかっているから、こちらからも手紙 きどき嵐が丘のほうへ遠乗りにいらして、あなたのまえでばでできるだけの忠告となぐさめをあたえると約束しました。 リントンはこの一一一一口葉にしたがいました。もしほっておいた くたちにしばらく話をさせてください , 仲をさかれねばな らないようなことを、ばくたちはなにひとっしていません。ら、ぐちと泣きごとの手紙ばかりよこして愛想をつかされた ばくをきらう理由ことでしようが、ヒースクリフが監視のまなこを光らせてい あなたは、ばくのことを怒っていない もない とご自分で認めていらっしゃいます。親愛なる伯ますし、エドガーからの手紙ももちろん取りあげて一行のこ 父さん ! あすにでもやさしい便りをください、そしてスラらず読んだでしよう。だからリントンの便りには、いつもま っさきに頭にうかぶはずの自分自身の苦しみや悲しみよりも、 ッシュクロス屋敷以外ならどこでもけっこうですから、お目 なっかしい恋しい彼女とのあいだを裂く残酷な禁制のことが にかからせてください 会えばきっとわかっていただけるは ずです。ばくは父のような性格はもっていません。父も、おくどくど書いてあるし、遠まわしにエドガーを責めています。 から 、さもないと空約束で故意 まえはわしの息子というより伯父さんの甥だと申します。ばぜひ近いうちに会わせてください と。 にこちらをだましたと思わざるをえない、 くはいろいろ欠点があって、キャサリンにふさわしくない人

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いかたでしたから」 いときはお客のまえに出てきません。エドガーの訪問をきら っていたのはむしろキャサリンかもしれません。手練手管で テキャサリンはリントン家で五週間暮らしたあと、ずっと家男をあやつることは苦手だし、ふたりの男友だちが顔を合わ ロ族との交際をつづけていました。彼らのまえではキャサリンせるとどうにもぐあいが悪いのです。ヒースクリフが面とむ もおてんばなところを見せたくないし、いつも丁重な相手にかってエドガーの悪口を一言うと、陰で言うときの半分もあい たいして失礼をつつしむくらいな分別はありますから、如才づちがうてませんし、エドガーがヒースクリフにたいする嫌 なくつきあっているうちに、なんとなくリントン夫妻にとり悪や反感をしめしたとき、幼友だちがけなされても平気だと いるかたちになりました。イザベラも彼女を崇拝するし、そ いう顔をするわけにいきません。 の兄さんにいたっては身も心も彼女のとりこになったのです。 そうした気苦労やロに出せない悩みをみてわたしはなんど 高く買われればもともと名誉心のつよい彼女ですから悪い気も笑いました。からかわれたくない一心でかくそうとしても はしませんし、はっきりひとをだますつもりはなくても、裏すぐわかってしまうのです。なんだか意地悪みたいですが、 と表の使いわけがしだいに身についてきました。 あんな高慢ちきなお嬢さんには、こまっていてもとても同清 ヒースクリフが「がさつなならず者」とか「犬畜生にもおする気になれません。心を入れかえてもっと謙虚にならなけ とるやっ」とか一言われているリントン家では、彼女はヒースれば。 クリフみたいな一一 = ロ動をかたくつつしんでいます。しかし自分そのうちに彼女もやっとうちあける気になって、わたしに の家ではちっとも礼儀作法をまもろうとしません。そんなこ 話してくれました。相談相手になりそうなひとがほかにひと とをしても笑われるだけですし、わがままをおさえたってだ りもいなかったのです。 れひとり感心してくれませんから。 ある日の午後、ご主人が出かけたのをいいことにして、ヒ エドガーが勇気を出しておおっぴらに嵐が丘をたすねてく ースクリフはかってに仕事をやすみました。たしかもう十六 ることはめったにありませんでした。ヒンドリ ーの評判にお歳になっていたはずで、顔つきが悪いわけでも、知能がおく それをなして、顔を合わせたくないのです。でも、たまにい れているわけでもないのに、見かけも、いもわざとひとにいや らっしやると、わたしたちはいつもできるだけ丁重にもてな がられるように努力しているみたいでした ( いまのあのひと しました。主人のヒンドリーでさえ、訪問の目的を知ってい とはまったく別人のようです ) 。 るので気をつけて応対しますし、愛想よくふるまえそうもな まず第一に、幼いころの教育の効果がすっかり消えてしま けん

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でしようけど。あのひとのお家は見当がついたのよーーーベニ よ , っーし」 ストンの岩山からの帰りに寄った家よ。そうでしよう ? 」 「おれのねらいはあくまで公明正大さ。すっかり種あかしし 「そのとおりだ。まあ、ネリー しいから默 ~ っていなさい てやろ , つ」とヒースクリフは一 = ロいました。「いとこど , っしが 寄ってみんなに会えばお嬢さんもよろこぶだろう。ヘア恋におちて、結婚してくれることさ。おまえの主人もけっし トン、お嬢さんといっしょにさきに ~ 打け。ネリ おまえはて損はしないはずだ。あの小娘はスラッシュクロス屋敷を相 わしといっしょに・米なき、い」 続するみこみがないが、おれの希望にそってくれたら、たち え、お嬢さんをあんなところへやるわけにいきませどころにリントンと共同相続人になれるからな」 ん」と叫んでわたしはヒースクリフにつかまれた腕を振りほ 「もしリントン坊やが亡くなると」とわたしは答えました。 どこうともがいたのですが、そのときキャシーはもう嵐が丘「それも病弱だからはやいかもしれませんがね、つぎの相続 を目前にして、全力疾走で崖つぶちをまわりこんでいました。 人はキャシーでしょ , つ」 お供を命じられたヘアトンはいっしょに行こうともしないで、 「いや、そうはいかん」と彼は言いました。「先代の遺一一一一口状 きまりわるげに道ばたを歩いて、やがて姿を消しました。 にはそんな指定はまったくない。 リントン家の財産はおれの 「ヒースクリフさん、ひどいじゃありませんか」とわたしは ところへ来るわけだ。ただ、いさこざをさけるために彼らを つづけました。「悪いと承知でなさるのね。行けば彼女はリ 結婚させたいのさ。ぜったいにやりとげてみせるそ」 「わたしのほうもぜったいに、 ントンに会うでしようし、お屋敷に帰るがはやいか何もかも 二度と彼女をこっちへ連れて きませんよ」とわたしが言いかえしたとき、ちょうど門のと しゃべるにきまってるし、叱られるのはわたしですからね」 「リントンに会わせたいのさ」と彼は答えました。「ここ数ころにさしかかり、そこにキャシーが待っていました。 日あいつも元気そうでね、ひとに会えるほど調子がいいのは ヒースクリフはわたしに沈黙を命じて、さきに立って玄関 めずらしいことだから。それに、来たことを黙ってなさいとへの小道をいそぎ、ドアをあけてくれました。キャシーはな いったいどんなひとだ いったいどこがひどんどとなく彼のほうをながめながら、 あの娘に言いふくめるのは簡単だよ いんだ ? 」 ろうと迷っているようすでしたが、 いまや彼は視線がムロ , った 嵐「ひどいもなにも、お嬢さんをあなたの家へ行かせたとわかびに微笑し、話しかけるときには声までやさしくなります。 れば、わたしは旦那さまに贈まれますよ。それに、あなたがわたしはおろかにも、あるいは母親の思い出に免じてキャシ お嬢さんを誘うからには、どうせ陰険なねらいがあるんでし ーを傷つけるたくらみをすてたのかしらと考えました。

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叫びました。「じゃ、あたしだって行けるわ、おとなになっ な質で、彼女もエドガーも血色がわるく、このあたりのひと たら 。パパは登ったの、エレン ? 」 に多い健康そうな赤味がありませんでした。彼女の最後の病 「バ。ハはきっとこうおっしやるでしようね」とわたしはあわ気がなんであったか、たしかなことはぞんじませんが、たぶ てて答えました。「あんなところへ苦労して登ってみてもつんエドガーとおなじ病気で亡くなったのではないでしようか。 0 0 、、 0 、、 まらない、 ノと散歩なさる荒野のほうがずっとすてそれは一種の熱病で、はじめは進行がゆるやかですが、なお きですもの。それにスラッシュクロスの猟園は世界でいちばるあてはなく、終わりごろには急激に生命を消耗させます。 イザベラは兄さんにこんな手紙をよこしました。四カ月ば んいいところですよ」 かり病気で寝ているが、もうだめかもしれないから、できれ 「でも猟園は知ってるけど、あそこは知らないんだもの」と しろいろ始末しておきたいことも 彼女はひとりごとのようにつぶやきました。「あのてつ。へんばぜひ会いに来てほしい。、 いっかあるし、最後のお別れも言いたいし、息子のリントンを託し の崖の上からまわりをながめたら楽しいだろうな て安心もしたい。彼女の希望としてはリントンを兄さんの手 月馬のミニーに乗って行ってみよう」 、ようせい で育ててほしいのです。これまでも自分が育ててきたことで 女中のひとりが妖精の洞穴のことを話したものですから、 彼女はすっかり夢中になって遠征計画を実行にうっそうとしすし、父親のヒースクリフはまさか、子供の養育や教育をひ ました。エドガーもうるさくせがまれて、大きくなったら連きうけたがるはすがないと、彼女はそう信じたかったのでし よ、つ れていくと約束しました。ところがお嬢さんは、ひと月単位 エドガーは一刻のためらいもなく妹のたのみに応じました。 で年をかそえていますから 「さあ、もう大きくなったからペニストンの岩山に行けるわふつうの用事ではなかなか外へ出たがらない彼が、このとき ばかりはとんでいきました。わたしには留守中くれぐれもキ ね ? 」とロぐせのようにたすねます。 たとえおまえといっしょ ヤシーに気をつけてくれ、とくに、 岩山への道は曲がりくねって嵐が丘のすぐそばを通ってい しつもおなでも猟園の外へ出してはならぬと、なんども注意されました。 ます。エドガーはそこを通りたくないはかりに、、 キャシーがひとりで出歩くとは夢にも考えていなかったので じ返事をしました。 ー ) よ , っ 嵐「まだはやいねえ、もうすこし」 お留守は三週間ばかりでした。はじめの一日か二日、お嬢 まえにも申しましたように、イザベラは夫のもとを去って から十二年ほど生きていました。リントン一族はみんな虚弱さんは書斎の隅にひきこもり、うちしおれて本も読ます遊び たち

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「よくもまあしらじらしい嘘がつけるわね、無邪気な子供を錠がやっとこわれて、わたしは外へ出ました。 「はんと , つにリントンは死にかけてる」とヒースクリフはま つかまえて ! 」とわたしは内側から叫びました。「さっさと 帰ってください , よくもまあ見えすいた話をでっちあげた ともにわたしの顔を見ながら、もう一度一言いました。「そし ものね ! お嬢さん、石で錠をこわしてあげますからね。そて悲しみと失望が、ますます死をはやめつつある。ネリー もしお嬢さんを行かせるのがいやなら、おまえが見てきても んな恥知らすなでたらめを信用しないで。考えてもごらんな さい、ろくに知りもしない相手に思いこがれて死ぬ人間があ いいんだよ。しかしね、おれは来週のいまごろまでいないし、 るもんですか」 おまえのご主人だってまさか、お嬢さんがいとこの見舞いし 「立ち聞き女がいたとは知らなかったよ」と見破られた悪党行くのに反対もしないと思うがね ! 」 はつぶやきました。「ディーン女史よ、おれはあんたが好き 「おはいりなさい」とわたしはキャシーの腕をとって、なか ちゅうしようぐせ なんだが、あんたの中傷癖は好きでない」と彼は大声でつばカずくでなかへひつばりこみました。なにしろ彼女はいっ づけました。「わしがこの〈無邪気な子供〉を憎んでいるな までも、動揺したまなざしで彼を見つめていますし、彼のき どと、よくもまあしらじらしい嘘がつけたもんだね。根も葉びしい表清はおよそ嘘をついているとは見えないのです。 もない怪談でおどしておれの家へ寄せつけまいと、よくも足彼は門にびったり馬を寄せ、かがみこんで言いました 「キャサリンさん、うちあけてしまえば、わしはリントンに どめをくわせたもんだ。キャサリン・リントン ( 名前からし は我慢がならん。ーーヘアトンやジョウゼフはなおさらだ。う てなっかしいよ ) 、かわいいお嬢さん、わしは今週いつばい うちを留守にするからね、さっきの話が嘘かどうか行って見ちあけたところ、あの子はまわりからつらく当たられていて てきなさい。たのむよ、 いい子だから ! あんたのお父さんね。親切と、愛情とに飢えている。だから、ひとことあんた がやさしい一一 = ロ葉をかけてやればなによりの薬なんだ。ディ がもしわしの立場で、あんたがリントンだったらと考えてご ンさんの薄清な忠告など気にしないで、思いやりをもって、 らん。あんたをなぐさめてやってくれと、お父さんからじか にたのまれていながら、一歩も動こうとしない薄情な恋人を、なんとか会うことを考えてみてくれ。あの子は昼も夜もあん 丘 あんたならどう思う ? たのむから、ばかばかしい誤解のせたのことを思いつめていて、きらわれてやしないんだといく 嵐 ら一一 = ロっても信じよ オい。なにしろ手紙もくれないし、見舞いに いで、そんな薄情なまねをしないでくれ。誓って言うが、 ントンは墓場へ行きかけてる。そしてあの子を救えるのはあも来ないんだからね」 わたしは扉をしめ、石をころがしてきて、こわれた錠の補 んた以外にないんだよ ! 」

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1253 解説 アーンショー氏の死後、嵐が止の家は中心を失って崩壊す る。キャサリンは、ヒースクリフを愛しているにもかかわら す、丘のふもとにあるスラッシュクロス屋敷 ( リントン家 ) 『嵐が止』をはじめて読み始めた人は、ます語りの構造の複の長男エドガーにも好意を寄せている。それを知ったヒース 雑さにとまどいを覚える。そこで最初に物語の内容を簡単にクリフは家を飛び出し、三年間行方不明になる。その間にキ ) 兄明しておくことにしょ , つ。 ャサリンはエドガーと結婚する。 『嵐が丘』の物語の中心は、嵐が止の屋敷に住むアーンショ やがてヒースクリフは、すっかり紳士風に変身して嵐が止 ー家の年代記である。嵐が止の当主アーンショー氏は、あるに戻って来る。ヒンドリーを支配し、嵐が丘の屋敷も手に入 ふくしゅう ときリヴァプールに出かけ、街角で見つけた浮浪児を連れてれる。さらにキャサリンとその夫とに復讐するために、エ 帰る。この粗暴で異様なジプシー少年がヒースクリフで、ア リントン ドガーの妺イザベラを誘惑し、自分のものにする。 ーンショー家の二人の子供に破壊的な影響を与えることにな家への出入りを禁じられたヒースクリフは、キャサリンに会 る。息子のヒンドリーとは激しい敵対感で離反し、娘のキャ いたさのあまり強引に家の中に入りこみ、病身のキャサリン サリンとは強烈な親和関係で結ばれる。 と最後の出会いをする。このあとキャサリンは月足らすの子 『嵐が丘』について で長生きして、八十四歳で死んだ。 上 / プロンテ三姉妺が 生涯を送った ハワースの牧師館 ( 現在のプロンテ博物館 ) 中 / ヒースの花咲く ハワースの荒野 下 / / / 兄プランウエルの描いご エミリーの肖像画