209 嵐が丘 せん。 ひとりは畑へ出たのでしよう。リントンの声だとわかったの わたしたちは勝手口からはいって、ヒースクリフがほんとで、わたしたちは奥へはいっていきました。 うに留守かどうかをたしかめることにしました。わたしは彼「ちえつ、おまえなんか屋根裏部屋で死んでしまえ ! 凍え の約束を本気にしていなかったのです。 死にすればいいんだよ」と少年は、はいっていったわたした ジョウゼフはどうやら天国にでもいるような気分で、ごうちを怠漫なじいやと勘ちがいしました。 まちがいに気づいて彼は急に黙り、キャシーは彼にとびつ ごうと燃える暖炉のまえにひとりですわっていました。そば のテーブルには大ジョッキのビールと、大きな堅焼きのビスきました。 す ケットを山盛りにして、ロには例の黒い短い。ハイプをくわえ 「きみだったの、キャサリンさん ? 」と彼は、大きな椅子の ひじか ています。 肘掛けにもたせかけていた頭をあげました。「いやーーーキス キャシーは暖炉に駆けよってからだを暖めようとします。しないでよ。息が苦しくなるからーーーああ驚いた ! 来てく わたしは、。 れるとヾ。ハは一一 = ロってたけど」とようやく彼が一言ったのは、キ こ主人はご在宅かとたずねました。 いつまでも返事がありませんので、じいやもとうとうつんャサリンに抱きしめられた苦しさがすこし楽になってからで ばになったかと思って、もう一度、声をはりあげて聞いてみす。キャシーのほうは、悪いことをしたという顔でそばに立 オした。 っていました。「ドアをしめてくれないかなあ。きみがあけ こや 「 , っ , ん ! 」と彼は、うなったというより、鼻の奥でつばなしにしただろう。あいつらはーーーあの贈たらしいやっ いななきました。「うんーーーにや , さっさと来たとこへけらは石炭を持ってきてもくれないんだよ。ああ寒い ! 」 わたしは残り火をかきたて、石炭入れで一杯はこんできま えるがええだ」 「ジョウゼフ ! 」ととがった声が、わたしひとりでなく、同した。灰をかぶっちゃうじゃないかと病人は文句を言いまし せき たが、苦しげな咳はするし、熱病じみた顔色ですので、わた 時に奥の部屋からも聞こえました。「なんべん呼んだらわか しはわがままをとがめませんでした。 るんだい , もう消えかけて赤い灰だけになったそ ! ジョ 「ど , つ、リントン」とキャシーは、彼のしかめ面がよ , つやく ウゼフ ! すぐ来てくれよ ! 」 ろ ) ) うし なおると小声で言いました。「あたしに会えてうれしい ? 勢いよく煙草をふかし、じっと炉格子を見つめているだけ で、ジョウゼフはうったえに耳をかす気配もありません。女なにかあたしで役にたっことはない ? 」 「なぜもっとはやく来てくれないの ? 」と彼は言いました。 中とヘアトンもいないらしくて、ひとりはたぶんお使いに、
E ・フ・ロンテ 190 てきばりにして、すっと遠くまで行っています。聞こえない ね ? 」とヒースクリフはからか , つよ , つに由・しき小す・ のか、聞く気がないのか、知らん顔でどんどん前進しますの 「で、あなたはだれなの ? 」と問いかえしてキャシーはふし で、しかたなくわたしもあとを追いました。そのうちにキャ ぎそうに相手を見つめました。「そちらのひとはまえに会っ くばち シーの姿は窪地に隠れ、こんどあらわれた地点は、お屋敷よ たことがあるわ。あなたの息子さん ? 」 りも嵐が止のはうが二マイルも近いところです。見るとキャ キャシーが指さしたヘアトンのほうは、二年ほど見ないう シーはふたりの男につかまっていて、そのうちひとりはどうちに、成長したのは体格と腕力だけで、あいかわらす無骨で みてもヒースクリフではありませんか ぎごちない若者でした。 キャシーは雷鳥の巣を荒らしたか、すくなくとも物色して 「お嬢さん」とわたしはロをはさみました。「一時間の約束 いてつかまったのです。 がもうじき三時間になりますよ。ほんとうにもう帰らなくて ↓よ この止はヒースクリフの地所ですから、彼が密猟者をとっ ちめているのでしよう。 「いや、あれはわしの息子じゃないよ」とヒースクリフはわ 「あたしはつかまえもしないし、見つけもしなかったわ」と、 たしを押しのけて答えました。「しかし息子もひとりいるし、 やっとわたしが近づいてみるとキャシーは両手をひろげて、そっちにもあんたは会ってるはすだ。ばあやははやく帰りた 無罪を証明しているところでした。「つかまえるつもりなんがっているようだが、 ふたりともすこしやすんだほうがいし かなかったわ。このあたりにはたくさんいるとヾ ノハカら日耳い だろう。そこのヒースのこぶをまわりこめばすぐだから、寄 て、卵が見たいと思ったのよ」 ていきなさい。やすんだほうがけつきよく帰りもはやくな ヒースクリフは意地の悪い笑いを浮かべて、ちらりとわたるし、心から歓待してあげるよ」 しをながめました。犯人の素はよくわかってるし、だから わたしはキャシーに耳打ちして、どんなことがあってもあ たつぶりいじめてやるといわんばかり。そしてキャシーにむのひとのすすめに応じてはいけません、とんでもないことで 0 、、 0 、、 かって〈 / ノ〉とはだれのことだとたずねました。 すと申しました。 「スラッシュクロス屋敷のリントンよ」と彼女は答えました。 「どうして ? 」と彼女は大きな声でききました。「あたしは 「やつばりあたしのことを知らなくて、だからあんな失礼な走ってつかれちゃったし、地面が露で濡れてるしーーーすわれ 言いかたをなさったのね」 ないじゃないの。行きましようよ、エレン。それにあのひと、 「パパはよっぱどえらいひとで尊敬されてると思うのかあたしが息子さんに会ってると一一 = ロうのよ。きっと思いちがい
キャシーは微笑をうかべました。 がね、お嬢さん ! 」 リントンが いいですよ、わたしも用心しますからね ! 」とわたしはっ これを聞くと彼女は表情をかたくしました づけました。「あの錠を修理させれば、ほかはどこからも抜死ぬなどとかるがるしく言われて、いに痛手をうけたのでしょ けだせませんよ」 「石垣を乗りこえるわ」と彼女は笑っています。「お屋敷は 「あの子はあたしより若いのよ」と彼女はしばらくじっと考 ろうや 牢屋じゃないのよ、エレン、おまえもあたしの牢番じゃない えてから答えました。「だからいちばん長生きするはずだし、 し。それに、あたしはまもなく十七よ。おとななのよ たぶんーーかならすあたしとおなじくらい生きてるわよ。こ ントンだってきっとはやくよくなるわ、あたしが世話をしてのごろだって、北部へ来たばかりのころより弱くなってやし かぜ ないもの。それはたしかよ , あげればーーーあたしのほうが年も上だし、利ロだし、あんな いまはただ風邪をひいてるだ けなのよ ノとお、なじよ , つに に子供つばくないでしよう ? すこしなだめすかしてやれば、 ババはなおるっておまえ あの子はきっとすぐにあたしの一一 = ロうとおりにするわーーーおと言ったじゃないの、あの子だってなおるわよ」 なしいときはかわいい坊やですもの。あたしのものなら、う 「まあ、まあ」とわたしは叫びました。「どっちみち、わた しいですか、お んとかわいがってあげるんだけどーーーおたがいに慣れてくれしたちの知ったことじゃありませんからね。 けんか ばもう喧嘩なんかしないわ、そうでしよう ? おまえはあの嬢さん、よく聞いてください、わたしは言ったとおりにしま すからねーーーもしあなたが、わたしといっしょであろうとな 子が好きでないの、エレン ? 」 あらし かんしやく だんな 「好き ? 」とわたしは叫びました。「あんな癇癪もちの半病かろうと、こんど嵐が丘へ行こうとなさったら旦那さまに一 = ロ 人なんて ! よくまあ十いくつまで生きてきたけれど、さい いつけますよ。それから、旦那さまのおゆるしがないかきり、 わいヒースクリフさんの一一一一口うとおり二十までもちっこないでまたあの子とのつきあいをはじめてはいけません」 もっと しよう ! 来年の春までだって、あやしいみたい 「も , つはじまったわよ ! 」とキャシーは不服げにつぶやきま も、いっ死んでくれたってあそこの家じゃ惜しがりもしない 「そんなら、つづけてはいけません ! 」とわたしは答えまし でしよう。わたしたちだって、大だすかりでしたよ、父親が 嵐ひきとってくれてーーー親切にすればするほどっけあがって、 わがままがひどくなったでしようからね ! あんな子があな「考えておくわ ! 」と答えて、キャシーは早駆けでとびだし たのお婿さんになるおそれはないから、それだけは安心ですましたので、わたしはあとを追うのがひと苦労でした。
「ヒースクリフの言いつけで息子さんを受けとりに来ました いの。旦那さまはお会いにならないと思うわ」 だ。連れないで帰るわけにはいかねえだ」 わたしがそう言っているあいだにジョウゼフは、台所を通 エドガー・リントンはしばらく無一言のまま、はげし、悲し りぬけて、もう玄関の広間にはいってきました。日曜の外出 着を着こみ、一段としかつめらしい渋い顔で、片手に帽子を、みの色を顔じゅうにみなぎらせていました。自分としても子 供がかわいそうでならないでしようし、まして死んだイザベ 片手にステッキを持ったまま、マットで靴の泥を落としにか ラの希望や危惧や、息子へのせつない願い、ぜひ育ててくれ かり、ました。 いまさら手ばなすの と自分がたのまれたことを思いだすと、 「今晩は、ジョウゼフ」とわたしはひややかに申しました。 は身にしみて悲しく、なんとかひきとめる口実はないかと必 「今夜はわざわざなんの用なの ? 」 「エドガーの旦那に話してえことがあるだ」とジョウゼフは、死に考えていたのでしよう。なんの手だても浮かびません。 ひきとめたい気持ちをみせたりすれば相手はますますかさに おまえなどどけといわんばかりに手を振りました。 かかって引き渡しをせまるでしよう。あきらめるほかはなか 「旦那さまはおやすみになるところよ。特別な用事ならとも ったのです。けれども、眠っている子を起こすことだけはす かく、今夜はきっとお会いにならないわ」とわたしはつづけ まいと彼は決心しました。 ました。「台所で腰でもおろして、用件をわたしに話したら 「ヒースクリフさんに伝えてくれ」と彼はおだやかに答えま した。「自 5 子さんはあした嵐が丘におとどけする。もう寝て 「旦那の部屋はどっちだ ? 」と頑固に彼は、しまっているド るし、つかれて、とてもいまから長道はむりだからね。それ アのならびを見わたしています。 から、このことも伝えてほしい。母親はあの子がわたしの保 仲介はあくまでことわるつもりらしいので、しぶしぶわた いまのところ、あの子の健 しは二階の書斎へ行って、時ならぬ訪問者のことを伝え、あ護を受けることを望んでいたし、 すまた出なおしてくるように申しましようかとたずねました。康ははなはだ危険な状態にある」 「だめだね ! 」とジョウゼフは、ステッキで床をどんとたた そうしてくれと返事をなさる暇もなく、ジョウゼフがわた 五しのすぐあとからあがってきました。ずかずか書斎へはいりき、いたけだかに申しました。「だめだね ! それじゃ話に ヒースクリフは母親だの、おめえさまだの 嵐こみ、テープルのむこうに立ちはだかって、ステッキの握りもなんねえだ に両拳をかさねたまま、反対されるのは承知のうえとばかりを問題にしちゃいねえーー、とにかく息子をひきとりてえだか ら、わしは連れていかなきゃなんねえーーそれで文句はある に声をはりあげて申します。
243 嵐が丘 帰してくれれば。ヒースクリフさん、あなたは残酷なひとだ したものの、最初の文句も言いきらないうちに黙らされてし けど、悪魔ではないでしよう。まさか意地悪のためだけに、 まいました。それ以上ひとことでも言ったら、おまえだけ別 あたしの幸福のすべてをこわし、とりかえしもっかないこと室に移してしまうと一言うのです。 にはし、ないで 1 しょ , つ。 ノハがもし、わざと逃げだしたと思い そろそろ暗くなりかけたころーー庭の門のあたりで人声が しました。ヒースクリフはすぐさまとび出していきました。 こんだり、帰るまえに死んだりしたら、あたしはとても生き ていけないわ。あたしはもう泣いてません。こうしてあなた彼はぬけめなかったのに、わたしたちはばんやりしていたの のまえにひざますいています。あなたがあたしのほうを見てです。二、三分なにか話していましたが、彼はひとりでひき かえしてきました。 くださるまで、立ちあがりもしなければ、あなたのお顔から 目もはなしません ! 「ヘアトンかと田 5 ったわ」とわたしはキャシーに言いました。 しいえ、顔をそむけないでください ! こちらを見てください , あなたの腹がたつような顔はして「帰ってきてくれればいいのに ! わたしたちに味方してく ませんから。あなたを憎んではいません。ぶったことを怒っれるかもしれませんもの」 てもいません。あなたは生まれてからひとを愛したことがな 「スラッシュクロスから下男が三人、おまえたちをさがしに いんですか、叔父さま ? ただの一度も ? ねえ ! 一度で来たのさ」とヒースクリフはわたしの一一 = ロ葉を聞きつけて言い こ、つしまど あたしはとてもみじめな ました。「格子窓をあけてどなればよかったのに。しかしそ しいからあたしを見てください んですーーあわれだ、かわいそうだと思わずにはいられない の小娘のほうは、たぶんおまえがどならなかったんでほっと してるだろうな。帰れなくなったのがさそうれしいだろう はすです」 「いもりみたいな指でさわるな , どか、ないと蹴とば せつかくの機会を逃したと知ってわたしたちふたりは思わ すそ ! 」と野獣のようなヒースクリフは彼女の願いをはねっ けました。「蛇にでも巻かれたほうがまだましだ。わしにべず泣きくすれてしまいました。ヒースクリフは、そのままわ わしはおまえが たしたちを泣かせておき、九時になると、台所をとおって二 たべたするなんてまったくとんでもない ! 階のジラの部屋へ行けと言います。わたしは彼女に耳打ちし 大きらいなんだそ ! 」 けんお 彼は肩をすくめーーー身ぶるいしてまるで嫌悪のあまり身のて、命令にしたがうことにしました。窓から逃げだせるかも しれないし、屋根裏へあがって天窓から出られるかもしれな 毛がよだっかのように、椅子をうしろへ引きました。わたし いと思ったからです。窓はしかし階下のとおなじようにせま は立ちあがり、ロをひらいて、悪態のかぎりを浴びせようと
ましたが、 しだいに恐怖の色はうすれ、青白い頬にきまりわら ? 」と、とっぜん彼女はわれにかえりました。 「あれは月曜の晩のことで」とわたしは答えました。「いま るげな赤味がさしてきました。 「あら、まあ ! あたし実家にいるんだと思ってたわ」と彼が木曜の夜、というより金曜の朝ですね、もう」 あらし ためいき 女は溜息をつきました。「嵐が丘のあたしの部屋に寝てるみ「なんですって ! おなじ週なの ? 」と彼女は叫びました。 たいな気がしたの。衰弱して頭までこんがらがって、夢中で「たったそれくらいの時間 ? 」 かんしやく 「長すぎるくらいですよ、水と癇癪だけで生きてるには」 悲鳴をあげたのね。なにも言わないで、ただあたしのそばに いてちょうだい。 眠るのがこわいわ、おそろしい夢をみるんとわたしは申しました。 「でも、やりきれないほど長い時間だったのに」とつぶやい だもの」 「ぐっすり眠れば元気が出てきますよ、奥さま」とわたしはて彼女は信じられないようすです。「もっとたったはずよ けんか たしか、あのふたりが喧嘩したあと、あたしが居間にい 答えました。「これにこりて二度と絶食なんかしないでくだ たらエドガーがあんまりひどいことを一一 = ロうから、必死でこの き、いね」 かんぬき ドアに閂をかけたとたんに目の 「ああ、これが嵐が丘のあたしのべッドならいいのに ! 」と、部屋に逃げこんだのよ まど せつなそうに彼女は両手をもみしだいています。「そして窓まえが真っ暗になって床の上に倒れたわーーあれ以上しつこ もみ くいじめられたら発作がおきて、狂ってあばれだすにちがい 格子の外の樅の木をゆさぶる風の音。あの風に吹かれたい とうしてもエドガーにそれが言えない まっすぐに荒野を吹きわたってくる風ーーひとロあれをないと思ったのに、。 の ! 舌も頭もちっとも動いてくれないし、エドガーにはあ すわせてちょうだい ! 」 なだめるためにわたしはちょっとだけ窓をあけました。ったしの苦しさがわかってないみたいだし、とにかく彼のいな いところ、彼の声の聞こえないところに逃げこむだけで精い めたい風がなだれこみ、わたしはすぐしめて椅子にもどりま つばいだったわーーーようやく意識をとりもどして、目が見え キャサリンはようやく静まり、顔じゅうを涙に濡らして横耳が聞こえはじめたのは、もうしらじらと夜があけるころだ ったけど、そのときね、ネリ あたしの頭に浮かんできた たわっています。つかれはててすっかり気力までおとろえ、 嵐さしも勝ち気なキャサリンが子供みたいに泣きべそをかいてことがあるの。それからも気が変になったかと思うほどなん どもなんども思いだしてしまうのよ。教えてあげましようか いるのです。 倒れたままあたしが、あそこのテープルの脚に頭をもた 「あたしがここに閉じこもってから何日くらいたったかし ほお ゆか
「大きな顔がしてえなら、さあ、さっさと居間へ行くがえ えだ。あいとるでな。ひとりで好きに使うがええ、さびし けりやいつでも悪魔ちゅう似合いの相手があろうから ! 」 これさいわいとあたしは居間へおりていき、炉ばたの椅 子にとびこむがはやいか、こっくり、こっくり、たちまち 眠りはじめたわ。 ずいぶん深い、楽しい眠りだったのに、すぐ起こされて しまったの。ヒースクリフが起こすのよ。はいってくるな この手紙を読みおわるとすぐにわたしはエドガーのところ あらし り、いつものやさしい調子で聞くの、こんなところでなに へ行って報告しました。イザベラが嵐が丘に着いたこと、わ してやがる、って。 たしへの手紙のなかでキャサリンの病気を心配していること、 あたしはおそくまで起きてたわけを話したわーーーあたしそれにできるだけはやく兄さんのゆるしのしるしをわたしの たちの部屋の鍵はあなたのポケットにあるでしようって。手でとどけてほしいと願っていることも話しました。 その〈あたしたち〉がひどく気にさわったらしいのね。 「ゆるしだって ! 」とエドガーは言います。「ゆるすことな えいごう おまえなんかの部屋じゃないそ、未来永劫おまえなんかにんてないんだよ、エレンーーきようの午後にでも嵐が丘へ行 わたすものかとわめきたてて、おまえみたいなーーーでも彼ってばくは怒ってやしないと伝えてくれ。妹をうしなったこ の言葉づかいや、いつもの仕打ちをくどくど書くのはよし とを悲しんでいるだけなんだ。、、 とうみても彼女が幸福になる ましよう。たいへんな才能と努力なのよ、あたしをそっと とは思えないだけに、なおさらだが、しかしね、ばくが会い させることにかけては ! あきれはててときにはこわさを に行くなんてことはとてもできん。永久に縁を切ったんだか とらどくじゃ 忘れてしまうくらい。でもね、虎や毒蛇に出会ってもあたらね。ほんとうにばくをよろこばせたい気があるのなら、彼 しはきっとヒースクリフほどこわいとは感じないわ。彼は女が結婚してしまったあの悪党を説きふせて、この土地から 蚯あたしにキャサリンの病気のことを話し、エドガー兄さん出ていかせることだ」 だんな 嵐のせいだと一言うの。そしてエドガーをとっちめるまで、身「ほんの一筆でも書いてあげてくださいませんか、旦那さ ま ? 」とわたしはたのみこんでみました。 がわりとしてせいぜいあたしを痛めつけるんですって。 「いや」と彼は答えます。「不必要だ。ばくの家族とヒース あたしは彼が憎いーーみじめだわーーーあたしはばかだっ このことは屋敷のだれにもけっしてしゃべらないで ね。毎日あなたを待ってるわーーーあたしを失望させない イザベラ
というより、まったくあらわれていないのです。それにわた 「おそいねえ」と彼はそっけなく、苦しそうに言いました。 弭しも、事清が事情ですからつい弱気になって、彼の誤解をあ「お父さんがひどく悪いんだろう ? こないかと思ったよ」 あいさっ えて正そうとしませんでした。い まさら真相を伝えたって、 「なぜ率直にいえないの ? 」とキャシーは叫び、挨拶などそ ン 最後のひとときをかき乱すだけで、彼にはそれを活用するカっちのけです。「はっきりいえばいし 、じゃないの、あたしな ロ も機会もないはすです。 んか会いたくないって。すいぶん変よ、リントン、二度もわ わたしたちは外出を午後までのばしました。八月のすばらざわざこんなところへ呼びだしといて、ごらんなさい、ふた しい午後でした 止をわたってくる風のことごとくが生気りとも不愉央な思いをするだけで、ほかになんの意味もない にあふれ、それを吸えば、死「 にかかったひとでも生きかえるじゃないの ! 」 かと思われるほどです。 リントンは身ぶるいして彼女の顔を見やり、なかば哀願し、 ひ なぞ キャシーの顔はあたりの風景にそっくりでした 影と陽なかば恥じているような目をしましたが、そんな謎めいた態 ざしとがめまぐるしく交錯し、でも影のほうは長つづきする度をとられては彼女も我慢がなりません。 のに、陽ざしははかなく消えていきます。かわいそうに彼女「お父さまはひどく悪いわ」と彼女は言いました。「だのに は小さな胸のなかで心痛を忘れるその一瞬の晴れ間さえうし なぜお父さまの枕もとからあたしを呼びだしたりするの ? ろめたいものに感じていたようです。 約束はまもらなくていいとなぜあたしに伝えないの、来 リントンの姿が見えてきました。このまえ彼がえらんだのてほしくもないくせに。さあ ! 説明してちょうだいー・ー遊 とおなじ場所で、こちらを見まもっています。キャシーは馬んだりふざけたり、そんなことはもうたくさん。いまのあた をおり、ほんのちょっと会ってくるだけにするから、おまえしはいつまでもあなたの思わせぶりのおっきあいなんかして たづな は馬に乗ったままあたしの小馬の手綱を持っていてくれと言 いられないんだから ! 」 うのですが、わたしは反対しました。おあすかりしたお嬢さ 「思わせぶりだって ! 」とリントンはつぶやきました。「そ んの姿をたとえ一分でも見うしなう危険をおかしたくありまれはなんのことだい ? お願いだからキャサリン、そんな怒 けいべっ せん。だからふたりでヒースの斜面をのばっていきました。 った顔をしないでくれよ ! 軽蔑するならいくらでもしてく リントンはこのまえよりも興奮した態度でわたしたちを迎れ、どうせばくはろくでなしの弱虫ーーーどんなにばかにされ えましたが、。 へつに張りきったりよろこんだりしているわけても足りつこない人間なんだ ! きみが腹をたてるはどの相 ではなく、なにかをおそれているような興奮でした。 工丁じゃ、な、 憎むならばくのお父さんを憎んでくれ、ばく
わたしが本を持っていき、言われたとおりに伝えるのを彼 キャサリンはどうやら本能的に、この頑固な態度はつむじ を曲げているからで、自分をきらっているからではないと見女は心配そうに見まもっています。ヘアトンがにぎった手を ぬいたらしく、一瞬ためらってから、すぐ身をかがめて彼のひらこうとしないので、わたしはそれを膝の上へのせました。 ン 彼もべつにたたきおとそうとはしません。わたしは自分の仕 頬にやさしくキスしました。 ロ 事にかえり、キャサリンはテー。フルに両腕をのせてうつ伏せ プすみにおけないお嬢さんは、わたしが見ていないと思った になっていましたが、やがて包みをひらくかさかさいう音が のでしよう、澄ました顔でひきかえし、また窓ぎわの椅子に きこえてくると、そっとテー。フルをはなれ、黙って彼のそば すわりました。 にすわりました。彳。 皮まふるえ、顔を真っ赤にしてーーあの粗 わたしがとがめるように首を振ったら、彼女は真っ赤にな 暴さも、とげとげしい態度もどこへやらー。ー・しばらくは彼女 って、小声で言いました のもの問いたげなまなざしや、嘆願のささやきにたいして、 「だって、しかたがないでしよう、エレン ? 握手もしてく なんとか伝えたひとこと返事する勇気もでないようです。 れないし、あたしのほうを見もしないし 「ゆるすと言ってちょうだい、ヘアトン、ねえ ! そのひと かったのよ、好きだから仲よくしたいということを」 ことであたしはとてもしあわせになれるのよ」 さっきのキスでヘアトンがそう思ったかどうかはわかりま ヘアトンはなにか聞きとれないことをつぶやきました。 せん。なにしろ彼はしばらくのあいだ顔を見られないように 「そして仲よしになってくれるわね ? 」とキャサリンはさら 苦心していましたし、ようやく顔をあげてからも気の毒なほ にききました。 ど目のやり場にこまっていました。 「だめだ ! あんたはきっと一生のあいだ、毎日おれのこと キャサリンはきれいな本を一冊、きちんと白い紙に包んで、 リポンをかけ、『ヘアトン・アーンショーさま』と圭日くと、 を恥すかしく思うよ」とヘアトンは答えました。「知れば知 その贈りものを受取人のところまで持っていってくれとわたるはど、ますます恥ずかしく思うだろう。それがおれにはた まらない」 しにたのみました。 もし受けとってくれれば正「じゃあ、仲よしになりたくないの ? 」と彼女は蜜のように 「そしてこう伝えてちょうだい。 しく読めるように教えてあげるし」と彼女は言います。「受甘い微笑をうかべて、にじり寄りました。 けとってくれないなら、あたしは二階へあがって、もう二度それからあとの話はわたしには聞きとれませんでしたが、 こんど振りかえったときには、ふたりともすっかり晴れやか と , つるさく一一一口わないって」 ほお ひぎ みつ
E ・プロンテ 164 ひらめいたけれど、いつもそこから顔を出す悪魔が涙に濡れ リフは、あたしをつかまえようとするかわりに、テー、、フルの てどんよりしてるから、あたしは平気でもう一度声に出して食卓用ナイフをつかんであたしの顔に投げつけてたわ。それ あざ笑ったの。 が耳の下に命中してあたしは言いかけてた悪口が出なくなっ 『立ってとっとと消えうせろ』と悲しげなヒースクリフが言たけれど、ナイフを抜きとってドアのほうへ駆けよりながら、 , つの あらためて痛いことを言ってやったわ。彼のナイフよりこの ほとんど聞きとれない声だったけれど、とにかくあたしに ほ , つが、すこしは深く突きささってくれたと田崢つの。 はそう聞こえたわ。 最後にちらっと見たとき彼は猛然あたしにとびかかろうと 『悪かったわね』とあたしは答えたの。『でも、あたしだっ してヒンドリーに抱きとめられ、からみ合いながら暖炉の上 てキャサリンを愛してたのよ。その彼女の兄さんがこんなに に倒れてたわ。 ひどい怪我ですもの、彼女のためにも、あたしが介抱しなけ あたしは台所を走りぬけながら、ジョウゼフにはやく主人 れば。こうして彼女がいなくなると、ヒンドリーが彼女みたのところへ行くように言って、戸口のところで椅子の背から れん いな気がするの。目なんかほんとにそっくりよ、あなたがえ子犬を首つりにしてあそんでたヘアトンを突きころがし、煉 ぐり出そうとして、黒や赤の傷さえつけていなかったら。そ獄からのがれでた魂のような気分で、とんだりはねたりしな れに彼女のーー』 がらけわしい坂道を駆けおりたわ。それから曲がりくねった 『立たんか、ばか女め、おれに踏みつぶされたいのか ! 』と道をはなれて、まっすぐ荒野をつつきり、ころがるようにし あかり 叫んで彼がつめよってくるので、あたしも思わすあとすさりて土手をこえ、沼地をわたり、この屋敷の灯を目あてにただ したわ。 もういそぎにいそいだの。たとえひと晩でも、もう一度あの 『だけど』とあたしはいつでも逃げられる身がまえをして言嵐が丘の屋根の下ですごすくらいなら、永久に地獄に住むほ うがすっとましだわ」 ってやったの。『もしキャサリンがあなたを信じて、ヒース こつけい クリフ夫人などという滑稽な、下等な、あさましい名前を名 イザベラは話をやめて、お茶を飲みました。それから立ち のってたら、じきにあたしとおなじことになってたはずよ , あがって、ポンネットとわたしが持ってきた大きなショール を着せてくれと言い、せめてもう一時間いてくださいという 彼女があなたの卑劣なふるまいを黙って見てるもんですか。 いやだいやだと、はっきり口に出したにちがいないわ』 わたしのたのみには耳もかさす、椅子にあがってエドガーと あいさっ 長椅子の背とヒンドリーのからだにじゃまされたヒースクキャサリンの肖像にキスし、わたしにもおなじ別れの挨拶を